ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

プログラミング教育

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

今は既に地図のない世界だ

プログラミングは、才能が無い者には出来ないと言う人がいる。
本当だろうか?
嘘である。
だが、まつもとひろゆき氏(プログラム言語Rubyの開発者)のような権威者ですら、「プログラミングは能力差が極端に出る」「大学の成績とプログラミングの習得率に相関関係はなかった(成績の良い学生でも、プログラミングは駄目という者もいる)」といった話をしている。
また、イギリスのある大学の「ふたこぶらくだ」という有名な論文では、コンピューター学科の学生すら、6割はプログラミングをマスター出来ないという調査結果について述べている。
困ったものである。

そりゃ、従来の学校式の「教育」で教えれば(教われば)、そうなるだろうさ。
だから、2020年から始まるらしい、学校でのプログラミング教育でも、他の学科同様、プログラミングで落ちこぼれる子供は沢山出る。
MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんが、2010年のTEDの講演で、「偏見かもしれませんが」と前置きしつつ、「学校は、外で何かをする前に百科事典を覚えさせようとしているように思える」と述べていたが、そんな教育では、まともな子は苦痛なものなのだ。
それが極端に現れるのが、従来のピアノ教室だ。
もし、皆がピアノ教室に通うとしたら、それでピアノをマスター出来る子は、ごく僅かだろう。
もちろん、ピアニストになれる子は滅多にいないが、来客をもてなす程度の腕なら、誰でも持てるはずだ。
しかし、ピアノ教室の、まず指使いを徹底マスターさせられる指導では、皆、やる気をなくしてしまうのだ。
練習曲に進んだら進んだで、教師側の基準で粗探しばかりされ、すっかり嫌になる。
そんなピアノ教育で、すっかりピアノが嫌いになったが、何かのきっかけで独学でピアノを練習して演奏家にまでなれた人だっている。
あるいは、ピアノを習ったことがない独学のピアニストもいる。
アインシュタインはヴァイオリンだったが、やはり教師の指導が嫌でレッスンをやめたが、後で1人で練習して、かなり弾けるようになっている。
プログラミングや、それに、外国語も同じで、学校でやるように、まず文法を頭に詰め込むような教育では、私だってプログラミングを出来るようにならなかったはずである。

もう学校教育は必要がない。
実際、IQが高ければ、学校の勉強は、努力をしなくても楽々良い成績を取れる。
それで学歴を作れば、これまでの社会では良い思いが出来た。
しかし、その時代はもう終わりだ。
企業の幹部教育は、受験エリートのためのもので、実力がない者を立派に見えるように見せかけるテクニックを教えるものなのである。
あなたの会社にもいるでしょ?
何も出来ないのに、ビビらせるのは上手いってのが。それが幹部教育の成果なのである。
もう、これからの時代、通用しないが。
学校も、大手学習塾・予備校も、絶対にもう要らない。
むしろ小さな塾でも、自律的、創造的な学びをさせてもらえるところは、学校に取って代わるほど重要になるだろう。
なぜか?
だいぶ以前から「不確実性の時代」とか言われたが、これまでは、古い人達が無理矢理、不確実性を消して、先が見える世界にしてきた。
しかし、それがもう限界に来てしまった。
これからは、全く先が見えない、正解のない世界だ。
そんな中では、その瞬間に自律的に学び、自分の基準で動く人間でないと何も出来ない。その自分の基準は、教育で与えられるものではなく、感性を働かせながら経験を積んで得るものだ。

プログラミングをうまくマスター出来る者というのは、文法はそこそこでも、とにかく早くプログラムを作り始める者だ。
外国語をマスター出来る者というのは、カタコトの外国語を、とにかく使ってみる者だ。
私も、プログラム言語の少しのコマンドと文法を覚えただけで、すぐに短いプログラムを作った。その時、私はパソコンを持っていなかったが、それでも、自分で作ることに意味があった。
それから、私は、今は知っている人は少ないと思うが、ポケコンという、1行だけのモノクロ液晶がついた小さなコンピューターでプログラムを動かした。
今は、スマートフォンでも出来るが、やはり、パソコンを持つべきと思う。
VisualStudioやEclipseのような開発システムは、インストールだけでも大変だが、もっと簡単にプログラミングを始められる無料ツールだって沢山ある(自分で調べよ)。
特にサラリーマンの場合、Excelがあれば、すぐにVBAが始められ、しかも、すぐに仕事に役立つ。
JavaScriptなら、ブラウザさえあれば始められる。
JavaScriptは有望な良い言語だ。

学校、大手学習塾・予備校の優等生は、もういらない世界になった。
今は自分で学ぶ時代で、上に挙げた伊藤穣一さんが言うように「地図よりコンパス」つまり、「地図がないと動けない人ではなく、コンパス(磁石)をたよりに動ける人」が必要なのである。
そういえば、我らが初音ミクさんのお父さん、伊藤博之さんは、北海道で「No Maps」という、クリエイターや事業家のために創造の場を作る大規模なイベントの実行委員長をしておられる。
我々は、非線形の、地図のない、混沌とした、わけわかんない世界にいるのである。
そんな世界に、学校、大手塾は何の役にも立たないばかりか、そんなものに関わると、偽物の地図を持ってウロウロする馬鹿な人間になるしかない。









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偽物はなぜ強いのか

木枯し紋次郎に、「お前は剣士か?」と尋ねたら、彼はシニカル(冷笑的)に笑いながら、こう言うだろう。
「とんでもございやせんや。あっしはただの渡世人でござんす」

初音ミクさんに、「君は歌手なのか?」と尋ねても、彼女は何も答えない。ただ歌を歌うのである。

ならば私も、「あんたはプログラマーかね?」と聞かれたら、私はただの労働者であると言おう。

紋次郎は、一流の剣術家とまともに戦っても勝てない。
しかし、何度も、剣術の達人達を打ち倒した。
偽物だからこそ、見栄もこだわりもなく、自由自在だからだ。

ミクさんは、「歌はこんなふうに歌うもの」と言われても全く取り合わず、作り手が求める通りに歌う。
だからこそ、創造の本質の美をそのまま引き出す。

大山倍達さんを偽物の空手家などと言ったら無礼もいいところだろうが、彼はずっと、偽物扱いだった。空手界のルールに従わなかったからだ。
そして、「目潰しと金的攻撃があるから空手は地上最強」と堂々と言う彼は、正統な空手界から見れば、やっぱり偽物かもしれない。
だからこそ、純粋な大山空手は最強なのである。

西尾維新さんの「物語シリーズ」の『偽物語』で、「本物と偽物ではどちからが価値があるか」について、3人の超人間は、それぞれこう言う。
影縫余弦(かげぬいよづる)は、「もちろん本物や」。
忍野メメ(おしのメメ)は、「同価値」。
貝木泥舟(かいきでいしゅう)は、「圧倒的に偽物」。
まあ、誰にとって、何にとっての価値ということになるのだろうがね。
究極的に忍野が正しいのだろうが、私は影縫余弦のような者に刃向かうために貝木泥舟でいよう。
結局のところ、美少女達を一番救ったのは、意外に貝木泥舟だ。

ところで、偽物プログラマーの私が、子供から高校生までがプログラミングを学ぶとしたら、どの言語を選べば良いかと聞かれたら、まず、Scratch(スクラッチ)のようなビジュアルプログラミング言語は絶対に薦めない。
小学生も高学年になれば、十分に実用的なプログラミングが出来るのに、全く実用的でないビジュアルプログラミング言語をやる意味なんて全くなく、無駄を通り越して有害である。
で、頭では、JavaScriptと分かっているのだが、あの曖昧な言語仕様が私はあまり好きでない。
つまり、「基本的にはこうする。しかし、こんな場合だけはこうする」という、スッキリしないところが嫌だ。
だから、実際は、ジョン・ケメニー、トーマス・クルツが発明したBASIC言語が最上なのだが、彼らのTrueBASICは日本語版がないし、普及していないものを使っても仕方がない。
これからのAI時代にはPythonだし、実際、この言語が一番良いと思うが、この言語を覚えても、今のところ「仕事がない」(笑)。
将来は分からないが、いかに子供とはいえ、銭につながらないものは、あまり奨める気にならない(笑)。多分、将来は大丈夫(仕事がある)とは思うが、そんなこと分からない。

プログラミングというのは、楽器の演奏や、あるいは、自動車の運転やタイプライターのタイピングのようなもので、毎日やってこそ上手くなる。
一時的にわーっと熱心に勉強したって駄目なのだ。
JavaScriptやPythonで毎日何が出来るだろう?(何も出来ない)
サラリーマンなら、文句無くVBAを奨める。
では、子供やごく若い人には?
Squeakが、もっと使いやすければ奨めるが、実際のところ、使えたもんじゃない(たまに練習するなら良いが、毎日使う気になんかならない)。
LOGOは、一部では残っているが、今後の発展があるはずがないので駄目だ。
一応、非常に消極的に言えばこうだ。
(1)JavaScript
(2)Python
(3)C
(4)VBA
(5)Lisp
(6)Java
Javaの手軽な開発環境があれば、もっと上位でも良いのになあと思う(実際ない)。
ちなみに、私が一番好きなのはLispである。









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唯一のひきこもり対策

ひきこもり、ニートは、かつて青少年問題だったが、今は、中高年問題になりつつある。
そりゃそうで、20年や30年なんて、あっという間であり、かつてひきこもりだった青少年も、すぐに、中高年になる。
そして、若い時にひきこもりやニートになると、ほとんどがそのままなのだと思う。
今朝の朝日新聞にも、40代のひきこもりの息子を80代の親が養っていたり、80代の女性が死に、孤独死かと思われたら、ゴミ屋敷になった家の奥に60代の息子が生活していたという話が載っていた。

私も、そうなる可能性は十分あったのだと思う。
なぜ、私がそうならなかったのかと言うと、2つの面から見なければならない。
1つは、異常なほど運が良かったこと。これは、4次元的要因と思える。
それなら、3次元的(つまり、現実的)要因はというと、プログラミングが出来るようになったことだ。
だから、ひきこもりの人が、このブログを見てプログラミングをマスターして豊かになったなら、その人には4次元的な作用、つまり、運があることになる。

はっきり言って、プログラマー、システムエンジニア(私はどちらも同じと思っている)の仕事は面白いものではない。嫌なところの方が多いかもしれない。
しかし、振り返ると、それでも、他の仕事と比べると、断然マシとは言えると思うのだ。

突出したプログラマーになるような人なら、私のブログなど見る必要もなく、自然にプログラミングを始めていることだろう。
私自身が、天性のプログラマーではない。
だが、上級であるとは言えると思う。そして、そうなれたのも、やはり運が良過ぎたのだ。

ところで、聞かれて困るのが、「どのプログラミング言語を勉強すれば良いですか?」だ。
主要なプログラミング言語だけで軽く3桁、一流のWebのサービスサイトだって、FacebookもTwitterもAmazonも、はてなも、LINEも、YouTubeもニコニコ動画も、ほとんど全て違う言語で作られているが、それぞれのサイトの製作者に聞けば、その言語を選んだ正当性、論理性、合理性・・・つまるところ、自分の賢さを熱く主張するだろうが、まあ、真に受けない方が良い。それは単なる、趣味や偏見でしかない・・・と言ったら言い過ぎであるが、違う言語で作ったって、そんなに変わらなかったはずだ。
何と言っても、スマートフォン用となると、どれも(ほとんど)同じ言語で作るしかないのに、やっぱりどれも同じくらい良いじゃないか?

ところで、「PHPなら仕事が沢山あるから、PHPなら間違いない」と言う人は多いが、それもどんなものかと思う。
PHPを使うなら、HTMLやCSSを十分使いこなせることが必要で、現実的には、JavaScriptも、少なくとも、本片手にプログラミング出来るようでないといけない。
また、PHPというのは、データベースシステムを使ってこそ意味があるので、MySQL、PostgreSQL(やや少ないが)、SQL Server、あるいは、Oracleなどが使えないといけないが、それぞれが、バージョンが違えば別物と言うほど異なる場合もある。
また、サーバーOSやWeb OSもある程度(いや、かなり)扱えないと、高給取りにはなれない。
つまり、豊かになれるハードルが高過ぎる。

それで私は、本物のプログラマを自称するほどの人からは、多分、ディスられる(馬鹿にされる)だろうが、ExcelやAccessと一緒に使うVBA(ビジュアル・ベーシック・フォー・アプリケーション)を一貫して勧めている。
もちろん、上に述べた、天性のプログラマーに対しては、何も言うことはない。
だが、特に自分は技術系ではないとか、極まった技術者になる自信がない、あるいは、やや年齢も高いという場合には、「悪い事は言わねえ。VBAやりなさい」と言いたい。
1つには、技術馬鹿にならずに済むということもある。
それに、たとえVBAでも、高度にマスターすれば、他の言語は難しくはない。

別に、ひきこもり対策と言うのではなく、社会で楽にやっていくためには、自分の武器が必要であるという事実、いや、真実を、もっと皆、頭に叩き込むべきなのだ。
学歴は、相変わらず強味ではあるが、昔に比べ、かなり無効になってきた。そして、これからは、ますます役に立たなくなり、後少しで、何の意味もないというほどになる。
かといって、誰でもすぐにマスター出来るようなことなど、ちっとも武器にならない。
そして、唯一のひきこもり対策は、単純に「強くなること」で、そのためには、武器を持つしかなく、社会でやっていく武器は鍛えて作るしかない。
「自分がやりたい仕事をする」というのは、「自分が身に付けたい武器を鍛える」ということと同じことなのだ。
それは、学校の勉強と違い、深海に潜るカプセルを作る時のように、本気でやらないといけないのである。
学校の勉強が、深海に潜るシミュレーションであるのに比べ、社会で働くとは、本当に深海に潜ることなのであるから。
シミュレーションでは、想定外のことは起こらない。
しかし、現実社会で働くと、思いもかけなかったことが次々にやってくる。
それに対処出来るのは、本物の武器を持つ者だけである。









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プログラミングをマスターする見返りは極めて大きい

今、ショぼい仕事をしている人、ショぼい立場にある人に、私はよく、「プログラミングの勉強したら?」と言う。
ショぼいからこそ、チャンスなのだ。
なぜなら、自分は今、上手くいっていると思っているなら、プログラミングの勉強なんかやろうって気にならないだろうからだ。

ところで、「プログラミングの勉強をしたら?」と言ったら、「それは以前、挫折した」と応える人がいる。
どのくらい勉強して挫折したのだろう?
それは、数日とか一週間とか、せいぜい一ヶ月といったところだろう。
だが、一ヶ月やそこらで、プログラミングをマスター出来るはずがないのである。

だいぶ前から、「すぐに取れる資格」みたいなものの宣伝が盛んだが、すぐに取れる資格が力になったりなどしない。
だが、資格の学校や通信教育等の宣伝に騙され、勉強というものを、あんな薄っぺらなものと考えてしまっている人が多いのだ。
だからこそ、正しい考え方をする者はチャンスである。
馬鹿が多いからこそ、自分は楽々、上に上がれるのだ。

プログラミングは、すぐにはマスター出来ないからこそ価値がある。
プログラミングをマスターするには、根気も努力も必要だが、それをマスターした暁には、光線銃のような素晴らしい武器を得たも同然である。
その光線銃を持てば、一生、食いっぱぐれないし、仕事に困らないと思う。
どんな仕事をしていても、良い立場でいられるに違いない。
いかなる分野に進んでも、これからは、プログラミングが出来るか出来ないかが、圧倒的な差になることは間違いないと思う。
さらに、才能や努力次第で、光線銃以上の武器が楽々と得られるかもしれない。
だが、光線銃なら誰でも得られるのだ。

そりゃ、非常に頭が良くて、プログラミングを1ヶ月でマスターしたなんて人もいるかもしれない。
羨ましい限りだ。
しかし、本当のことを言えば、どんな天才でも、1ヶ月程度でマスター出来るプログラミングでは役に立たない。
このあたり、プログラミングというのは、割と公平で、経験がモノを言う。
外国語でも同じと思う。
ただ、外国語なら、短い期間で身につけたものでも、「変な○○語」ではあっても、それなりに実用になる。
その点は、むしろ、プログラミングの方が厳格かもしれない。
だからこそ、プログラミングは見返りも大きい。

何をやっていいか分からなければ、例えば、JavaScriptをマスターしたいなら、「JavaScript入門」あたりでぐぐって、良さそうなサイトだったら、そこに載っているプログラムを、そのまま何も考えずにテキストエディタで書き込むことだ。出来るだけ多くだ。
優れた入門書も沢山出ているので、1冊を徹底的に理解すれば良い。どれを選んでも、中身は大して変わらない。
どの言語を選ぶかは、いつの時代も、標準的に使われている言語を選ぶのが原則である。
今は、何だかんだ言っても、Java、PHPがそれであると思う。
有望になってきたのがJavaScript、根本的な基礎として力になる「不動の基本」はC言語。
しかし、自分のビジネスの力になるのは、ExcelやAccessと共に使うVBAだというのは、まだまだ今後、十数年変わらないと思う。既に、それなりに仕事をしていて、IT技術者になろうというのでなければ、圧倒的にVBAをお奨めする。しかし、その先にはIT技術者への道だってある。プログラミングは、どれもそんなに違わない。









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この世はプログラミングで出来ている

私が、ニート2年目の19歳の時に読んだ、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』に改題)の中に、ある貧困なユダヤ人の少年に、教師が、「もし、沢山のお金を持ちたいなら、それをどう使うかを考えなさい」と教える話がある。
その子は、その通りにして、やがて大富豪になる。
しかし、私は、その方法をうまくやれなかった。
建設的な、自分が納得する大金の使い方を思い浮かばないのだ。
それが出来れば、私は金持ちになっていただろう。
そのユダヤ人の子供に、この方法を教えた教師もそうだったのではないだろうか?
そもそもその方法は、なかなか難しいのかもしれない。
そして、大抵の人は、「5億円あったらどう使う?」などと聞かれたら、やっぱり、大したことは思い浮かばないのだ。

1千万円の貯金が出来たら、次は2千万円と思うような人は、器が小さく、金持ちになったりしないのだろう。
ましてや、「大金を持ったらどうする?」と聞かれて、「貯金する」なんて小市民は、身の丈を知って生きていくのが最大の幸せだ。

ところが、お金の額を、ただの数字だと認識する者は、案外にお金持ちになっている。
そんな者は、大金を手にしても、自分が偉いから、あるいは、凄いからお金を得たなんてちっとも思っていないし、贅沢もしない。
そんな人は、騙しようがなく、詐欺に遭うこともない。
ゲーマーが案外、株で儲けたり、経営で成功したりすることがあるのも、人間が失敗する大きな要因であるプライドがあまりないからだと思う。

そして、この世は、ますますプログラミングになっていく。
だから、これからは、プログラミングが出来る者が、自由に世界を創造出来るようになっていくかもしれない。
世界を無理に変えようとせず、現状を認識し、その上で、「もし、○○だったらこうする」という、戦略と決断の下に進めば、失敗しても、次はもっとうまくやれるようになる。
それがプログラミング思考というものだ。

どんな意味においても、今後の世界では、プログラミングの能力は価値のあるものに違いない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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