ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

プログラミング学習

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

無理に告白するな

今のアニメやライトノベルを見ると、「好きなら勇気を持って告白しろ」みたいな雰囲気のものが多いが、それはどうかと思う。
そんなアニメなどは、視聴者に、「ひょっとしたら、あの子に告白したらうまくいくのでは?」という妄想の希望を与えようとしているだけだ。
うまくいくなら、その男女の間に引力が働いており、自然にうまくいくはずで、その流れの中で、「ついでに」告白みたいなことをする場合があるというだけだ。
だが、こんな話もある。
昔、ある大農場で働く若い小作人の男がいて、彼は、そこの農場主の美しいお嬢さんに憧れていた。
しかし、身分違いもはなはだしいので、諦めてしまい、アクションを起こすこともなく、やがて、その農場を離れた。
ところが、ずっと後で、そのお嬢さんも、実は、彼に気があったのだと分かり、彼は悔しい思いをした。
まあ、男の方も、よく考えれば、そうではないかと思える出来事はいろいろあったと気付くのだ。
この場合はどうだろう?
やはり、縁がなかったのである。
単に惹かれ合うだけなら、世の中にいくらでもあるが、実際に結ばれるのは、そのうちの一部だ。
その男が、もし、そのお嬢さんに見合うだけの男なら、何か起こったはずなのだ。
だが、実際には、その男に、何かを起こすだけの器量がなかったのである。

だから、告白しようなんてつまらないことは考えず、男や女を磨くべきなのである。
磨き方が良いと、もっと良い男や女を引き寄せ、以前憧れていた相手に対しては、「なんで、あんな男(女)が良いと思ったのだろう」と思うものである。

もうずっと前から、「今の時代、プログラミングが出来ないといけない」とかよく言われ、さらにその前から、「今の時代、英語が出来ないと駄目だ」などというのをよく聞いたと思う。
それは、英会話学校とか、パソコン屋とか、プログラミング教室が、人々をそそのかして儲けたり、英語やプログラミングをちょっと出来る者が優越感を満足させるために言ったことである。
まあ、私の場合も確かに、若い頃に勤めていた会社で、ある技術課長に「これからはプログラミングが出来ると良い」と言われたことで、プログラミングの勉強を始めたような気もするが、元々、私がプログラミングに興味があったから、実際に取り組んだのであり、そうでなければ、誰に何を言われても、やろうとしなかったはずだ。
いい歳になったサラリーマンが、「英語をやっておけば良かった」とか「経理の勉強をしておけば良かった」、あるいは、「株取引に取り組んでおけば良かった」などと言うことも多いが、そんな後悔はすべきでない。
本当に興味があれば、実際にやっていたはずで、そうでないなら、間違ってやっていても、無駄であったか、良い思いはしなかっただろう。

大切なことは、昔であれば、テレビや新聞、今で言えば、ネットのインフルエンサーの言うことなど聞かない・・・つまり、騙さないことだ。
外側だけピカピカだったり、上っ面が格好良く思えるだけの論破王みたいな者の言うことに軽薄に同調せず、なるべく無心でいることだ。
モブキャラに人気が出る者って、大抵が中味のない軽薄な者なのだから。
中には、本当に立派なインフルエンサーもいないこともないが、そんな者達を軽薄に仕立てて利用することで儲けている者が今は多いのだ。
もし、軽薄な欲望や見栄をなるべく持たず、出来るだけ無の状態で、自分が本当に興味があることをやっていれば、自然にうまくいくだろう。
無になることは、このブログのメインテーマである。
器によるレベルは確かにあるが、人間は、無になりきれば不可能はなく、全て思い通りなのである。








上達の秘訣は「楽に長く」

いかなることにおいても、「継続は力なり」が真理であると思う。
そして、面白ければ続き易いが、最初から面白さが分かるものばかりではないし、そもそも、継続より難しいのはスタートであることをご存じと思う。
それで考えれば、楽で便利なことしか取り組めないし、続かない。
勉強でも、運動でも、ピアノでも、引き寄せでも。
ピアノ教室も、いかに楽にスタートを切らせてあげるかが大切なのに、絶対にスタートを切らせてあげない性格の悪い指導者も多く、そんな指導者がいる教室に行ったら、災難としか言えない。
そもそも、学校には、生徒に、一生、音楽のスタートを切ることが出来ないようにさせる音楽教師が多いかもしれない。

コンピュータープログラミングに関して言えば、昔は、BASICインタープリターという、楽で便利なものがあったので、むしろ、プログラミングを始めやすかったが、今主流の、Python(パイソン)やJavaScript(ジャバスクリプト)は、初心者にも楽で便利な開発ツールがないので、プログラミングが出来る人が増えないのである。まあ、ここらは英語も同じであるが。
それなら、ExcelでVBAでプログラミングすることをお勧めする。
これほど、楽で便利なプログラミングツールはないし、すぐに実用になるという利点がある。JavaScriptやRythonで実際に役に立つことをするのはハードルが高い。特に、職業プログラマーになるわけでもなかったら、Excel(あるいはAccess)でのVBA以外、あまり考えられない。
また、小規模な業務システムであれば、JavaやVisualStudio(プログラミング言語は主にC#やVisualBasic)で作るより、Acccessで作るメリットが大きい場合が多い。
私は、いろいろな企業でVisualStudioなどで何か月もの時間とかなりの費用をかけてうまくいかなかったシステムをAccessで数日で試作品を作り、数週間で稼働させたことが何度もある。中には、Accessで試作品を作った後、C#で本番システムを作ろうとしたのだが、Accessでの試作品を使ったユーザーが「これでいい」と言って、少し手直ししただけで本番用にしてしまったこともある。

運動不足で肥満したり、健康度が落ちている人に、世間の人は、何でこんなに、苦しくて不便な運動をやらせようとするのか、あまりの愚かさに驚く。まあ、そんな者達をカモにして儲けたい連中も多そうだが。
私が、運動が苦手に人に勧める運動は2つ。
それは、「壁腕立て伏せ」と「超ショートスクワット」だ。
壁腕立て伏せは、普通の床でやる腕立て伏せを、壁でやるもので、壁に手をついて、腕を真っすぐ伸ばした分だけ離れて立ち、身体を真っすぐにして、顎が壁にかすかに触れる程度まで腕を曲げ、そこから腕を伸ばしてゆっくり元の姿勢に戻る。
非常に楽なはずなので、少なくとも100回、出来れば数百回行う。
超ショートスクワットは、自然に姿勢良く立ち、かかとをつけたまま、そして、上体を真っすぐに保ったまま、10センチ前後の振幅でスクワットを行う。
これも楽なので、最初でも30回以上、なるべく早く100回以上、そして、数百回以上行うようにする。普通の人なら全然楽勝のはずだ。
こんな簡単な運動でも、やるとやらないでは雲泥の差だ。

そして、学校の体育のようでないといけないという洗脳がないなら、腕振り運動と四股をお勧めする。
腕振り運動は『超訳甩手功(スワイショウ、うで振り)』という安価な電子書籍があるが、それに書かれた方法で間違いないと思う。
四股に関しては、相撲の四股のようではなく、足はせいぜい10センチ程度上げ、ゆっくりそっと降ろすようにやる。
書籍で言えば、『佐川幸義 神業の合気』の「第3章 佐川宗範の鍛錬術」の中の「四股(相撲の四股との比較)」が参考になる。
尚、腕振り運動や四股は、ここでは詳しくは述べないが、単なる健康体操ではなく、熱心にやれば超人化する可能性があるものだ。

学校やマスコミの洗脳のせいか、日本人は、辛いこと苦しいことでないと価値がないと思い、それを、出来るだけ短時間で済ませたがる。
しかし、本当の恵みを運んでくれるのは、楽に長時間やることだ。
雑草がアスファルトを突き抜けるように、清水が岩を穿(うが)つ(掘る)ように。
手塚治虫の『火の鳥 鳳凰編』の、細い水流で岩の彫刻を作る和尚さんのお話が面白かった。








般若心経の呪文でプログラミングをマスターする

プログラミングをプロレベルでマスターしたいという人も多いと思う。
資格なんか持ってるより就職し易いし、今の日本のIT業界はまだ職場環境が良いとは言えないが、社内SEになれば、いい想いが出来るし、営業しなくていいし(笑)。
私は、プログラミングをマスターしてから、いい想いばかりしている。
では、どうやってプログラミングをマスターしたのかというと、そりゃ、一所懸命に勉強したのだが(笑)、考えれば、楽しいことだった。
だが、不遇な状況にいる人に、プログラミングの習得を勧めたことはあるが、ほとんどの人が、渋々勉強した挙句、挫折したように思う。
では、私と彼らとの違いは何かというと、私の頭が良い・・・わけではない(笑)。その明確な証拠がある。
私より明らかに頭が良いのにプログラミングが出来るようにならなかった人がいた半面、言っては悪いが、私より頭が悪いのにプログラミングは上手い人もいるからだ。
そりゃ、高度な分野のプログラミングであれば、絶対的な頭の良さが要求されることもあるが、社内SEレベル、あるいは、小規模な業務システムレベルであれば、小学生に算数が教えられる程度の頭があれば良いと思う。
では、なぜ、私が何の苦労もなくプログラミングをマスター出来たかというと、もちろん、真言を唱えていたからだ。
唱えていた真言は何かというと、はっきり言える。
般若心経の呪文(真言と言って良いと思う)である。
中国語版、
「ギャテイ、ギャテイ、ハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジ、ソワカ」
と、サンスクリット語版、
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」
を両方唱えたが、サンスクリット語版の方が気に入ったので、そちらを主に唱えた。だが、別にどちらでも同じである。

経緯はこうである。
私は、初めてまともなサラリーマンになった時の仕事は事務員だった(総務とか言っていたが)。
だが、オフィスでの近くの席だった技術課長が、私にプログラミングの勉強を勧めてくれた。
今では、その技術課長に大変に感謝している(ただ、この技術課長は非常に頭が良いのにプログラミングをマスター出来なかった)。
ところが、その時は、無視するわけではないが、聞き流した。
その頃、仏教学者の紀野一義氏の『「般若心経」を読む』を読み、般若心経の呪文には力があると感じた。
そして、決定的だったのが、天才発明家で能力開発のスペシャリストとして知られていた中山正和氏が、著書の中で、般若心経は能力開発の秘法であり、特に、その呪文が良いと書いていたことだった。
中山氏は、この呪文を唱えれば、運が良くなるだけでなく、頭も良くなると、科学的に説明してくれている。
そこで、私は、少なくとも、通勤中は、心の中で「ガテー、ガテー、・・・」となるべくずっと唱えていた。
夜、ベッドに入ってからも唱えていた。
すると、知らないうちに、プログラミングのテキストを次々購入し、自然に、ページを開くようになった。
テキストを読んで、何となく分かるような気がしたら、後は、自宅のパソコンで、テキストの通りにプログラムを打ち込んで動作を試すことを繰り返したが、これをIT業界では「写経」と言い、知っている人は、これこそが最短の学習法と分かっている。

以上、参考になればと思う。








ネイビーシールズの腕立て伏せから全てを学ぶ

アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの名を知っている人は多いと思う。
最も過酷で危険な任務を行う特殊部隊で、海軍に所属してはいるが、シールズ(SEALs)という言葉が、SEがSEA(海)、AがAIR(空)、LがLAND(陸)を意味し、「どこでも活動する」部隊である。
入隊試験の厳しさも想像を絶し、全米の肉体も頭脳も優秀な若者達が志願するが、8割以上が脱落する。

そのネイビーシールズで教官をい務める者による、腕立て伏せを指導するYouTube動画を見た。
どんな立場の人が投稿したのか分からないが、とりあえず、リンクは以下の通りだ。
【YouTube】筋トレ:腕立て伏せで、対コロ特殊戦に備えよう(ネイビーシールズ)

実際の指導に入る前に、この教官がこう言ったのに共感した。
「諸君の多くは、できるだけ早くことを済まそうとする」(動画内の翻訳字幕)
これこそが、多くの人がうまくいかない理由で、これは、腕立て伏せで腕力をつけることに当てはまるだけでなく、ほとんど全てのことにあてはまるのだ。
腕立て伏せにおいては、多くの者が、鍛えることよりも、出来るだけ楽に回数を稼ごうとし、結果、少しの成果しか得られないのである。

「簡単」「手軽」が日本を含む先進国のトレンドだ。
ダイエットにおいては「3分で痩せる」「これを飲むだけで痩せる」といったものが好まれる・・・というより、そんなものしか見向きもされないが、そんなものは存在するはずがない。
つまり、私の考えでは、そんな甘言で気を引こうとする者は詐欺師でしかない。
著名なコンピューター科学者のピーター・ノーヴィグが、こんなことを自分のブログに書いている。

Amazonで「日」「学ぶ」で検索したら、出て来たのは、ほとんどがコンピューター関連の本で、書名は、
『7日で学ぶJava』だの『3日で学ぶPascal』(Pascalは以前は人気があったプログラミング言語)
といったものだ。
この結果に対し、ノーヴィグは「数日で学ぶベートーヴェンや量子力学や犬の調教って本はないのに、コンピュータープログラミングを学ぶのは、信じられないくらい易しいらしい」と皮肉を言う。
ノーヴィグが考える「プログラミングをマスターした」というレベルに到達するには、ノーヴィグは10年かかると言う。
彼の考えるレベルは確かに非常に高いだろうが、それでも、3日や7日では何も出来ないことは確かだ。

実際、プログラミングをマスター出来ない人というのは、プログラミングを、せいぜい、「なんとか食べられるクッキーを作る」程度の難易度と期待しているのだと思う。
なんと言っても、本当に『3日でマスター!Python』なんて本は多いのだ。
私は、あまり賢い方ではないが、「初心者向き」と言われたBASIC言語を、そこそこに使えるようになるまで数ヵ月かかったし、そこからC言語を勉強し始め、通勤電車の中でテキストを20ページ読むことをノルマとし、毎晩、3時近くまでパソコンで練習し、それを1日も欠かさず継続した。
それで、数ヵ月で「少しは書ける」程度になり、多分、C言語でプロと言えるほどになるのに3年はかかったと思う。
マイクロソフトAccessとVBA言語で、大きなシステムを作ることが出来るようになるのにも、やはり、数年はかかっている。
これは、どんな言語をやっても同じようなものだったはずだ。
以前いた職場で、私がAccessとVBAで、業務を大いに効率化するシステムを楽々作るのを見て、「自分もやりたい」という人がいたのは良いことだったが、皆、私と同レベルになるのに、まさか一か月以上かかるとは思っていなかったようだ。

私が最近、熱烈にお勧めしている、魔法の力をもたらす真言についても同じなのである。
毎日、せいざい10回か20回唱えて、数日で、給料が上がったり、皆に敬われたり、モテモテになることを期待している人は多いのだと思う。
また、真言こそ、雑に唱えてはならず、かといって、お堅いお坊様やスピリチュアリストが書籍やYouTubeで言うような大仰なマナーも必要ないが、丁寧に唱える必要があり、それなりに時間がかかる。
そんな唱え方で、心構えとしては四六時中唱える気持ちで、出来るだけ多く唱えれば、いかなる奇跡だってごく現実的だ。

私は楽なことしかやらないし、人にも楽なことしか勧めないのだが、あまりに甘ったれた、子供っぽい考え方をしている者も実際にいて、それはもう私の手には負えない。
もちろん、そんな人でも、真言を唱えれば、唱えた分の恵みはある。
だから、元々は、そんなふうに超甘ったれた私でも、なんとかモノになったのであり、それには、努力、忍耐、克己など必要としなかった。
ただ、確かに、私は『3日で学ぶC言語』みたいな本は見なかった。
これが、真言を唱えていたことの、仏様の恵みかもしれない。
とにかく、丁寧に出来るだけ数多く真言を唱えれば良いのだと思うし、私も、それ以外はやる気はない。
そこで、上にご紹介した、ネイビーシールズの教官の腕立て伏せを実施し、「丁寧に」やることを、再度、思い出そうと思う。

時間をかけることの大切さを私が感じた書籍を以下にご紹介する。








誰だってどんなことでも名人になれる

最近は、70代以上の人が「普通」にスマートフォンを使っている。
通話はもちろんだが、カメラ機能やLINEも、当たり前のように使っている。
それは10年近く前なら想像し難いことだったが、今のスマートフォンの使い方が、昔と比べてそれほど簡単になった訳ではない。
それに、老人達は、かなり高度に使いこなし、やっていることは、若者と全く変わらない。
なぜ、そうなったかというと、「使うことを決意」し、「時間をかけた」だけである。

一方で、老人は、今もパソコンを使える人は、あまりいない。
その理由も同じで、パソコンを使うことを決意しなかったし、時間もかけていないからだ。
つまり、もし、老人が、パソコンを使うことを決意し、時間をかければ、やはり楽々使えるのである。

実は、今は、若者がパソコンを使えなくなっている。
企業では、新入社員にパソコンの使い方の研修をするのが、当たり前になっている。
高校生や大学生が、パソコンを使わなくてもスマートフォンで事足りるので、パソコンを使う動機がなく(だから使う決意をしない)、よってパソコンに時間をかけないのだから、使えなくて当たり前だ。

ピアノもヴァイオリンも数学もスケートボードも、その他のいかなることも、やろうと決意し、時間をかければ誰でも出来る。
ところが、学校とかピアノ教室などでは、決意もしていない生徒にそれらをやらせようとしたり、短時間で詰め込もうとするから出来ない生徒がいるだけである。
「ピアノを厳しく指導する」というのも、単に、「短時間で教えようとしている」だけなのである。
指導者が、短時間で出来るようになることが美徳であるように思っていたり、特にそうではなくても、親が子供に沢山のことをやらせようとしたら、1つのことに時間をかけられないのでうまくいかないだけである。
アインシュタインだって、子供の時、ヴァイオリンを習ったが弾けるようにならず、勉強も全然出来なかったが、1人で時間をかけてヴァイオリンをやれば、かなりうまく弾けるようになったし、科学が得意になったのは良い教師に巡り合ったからだと言われているが、単に、高校を出て暇になったので(予備校に行っていた)、時間をかけて科学の勉強をしたに過ぎない。実際、アインシュタインが「予備校であの先生に出会えて科学が分かるようになった」と言った教師に後で聞いたら、その教師はアインシュタインのことを覚えていなかった。これは、その教師が、短時間で詰め込もうとしなかったので(単に、やる気のない教師だったからかもしれない)、アインシュタインが時間をかけてゆっくり勉強出来ただけのことであると思う。

私は昔、事務員と言うよりは雑用係みたいなことをしながらコンピュータープログラミングをマスターし、プログラマー、システムエンジニアになったが、なぜ、そんなことが出来たかというと、単に、雑用係をやっていた頃、暇だったからだ。友達も彼女もいなかったこと、趣味もほとんどなかったことが大きい。それらは時間をとられるので、もし、そんなものに時間をかける「リア充」であったなら、おそらく、プログラミングが出来るようにはなっていなかったと思う。

だから、プログラミングをマスターしたければ、まず「プログラミングを出来るようになる」と決意し(軽く決意すれば良い)、とにかく、時間をかけることだ。
書籍の売り文句のように「3日でマスター」なんて馬鹿なことを考えない方が良い。
プログラミングにしろ、料理にしろ、世の中で価値あることで、3日で出来るようになることなどない。
のんびり、ゆるくやれば良いのである。
そうすれば、時間なんて勝手に流れる。やってさえいれば、時間が味方し、気がついたら出来るようになっているのだ。
私は、決して、短時間でプログラミングをマスターしてなどいない。
少しも厳しくはなかったが、時間だけはとんでもなくかけていたのである。
チームラボの猪子寿之社長が、現在ドワンゴ社長である夏野剛氏と対談した『大企業の時代は終わったか』で、イチローが成功したのは、単に、誰よりも野球に時間をかけたからで、別に才能の問題じゃないと説得力を持って言われていた。他にも沢山の示唆を得られるので、100円の電子書籍だから読むと良い。

引き寄せとか魔法や超能力も同じで、人間には、元々、そんな能力があるのであり、それを出来るようになるには、才能やら秘法的訓練が必要なのではなく、時間をかければ誰でも、いくらでも高度に出来るようになる。
私も、幼い頃、魔法にひたすら時間をかけ、おかげで、他の子が出来ることは何も出来ず、怒られてばかりで辛かったことを覚えている(笑)。
しかし、不思議なことは当たり前に出来るようになったのである。
定評ある本を時間をかけて読み、実践すれば良いだけである。そして、それらはやることは楽なので、本当に楽々出来るようになるはずなのだ。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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