ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

プログラミング

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

営業をやらなくて良い幸運

悪夢・・・というのではないが(それに近かったが)、今朝、辛い夢を見た。
初めて社会人になった二十歳そこそこの時にやっていたセールスマンに戻った夢だ。
年齢的には、今くらいなのだが、私は現実でも全然歳を取ったつもりがないので、実際は、年齢についてはどうでも良かった。
実際は短い時間の間に見た夢であるが、数ヶ月に及ぶ夢だった。
夢の中で、私は、数ヶ月前、良い受注をしたのだが、その後、全然、売上げがない。
そもそも、仕事をしていなかったが、それは会社には内緒で、私は上司に、売上げが出ない、もっともらしい言い訳をしていた。
しかし、上司は、それは嘘だと分かっている。
私は、やる気を示し、セールスに出かけた。
しかし、商品に全く自信を持っていない。
それは実際、昔、私がセールスにやる気を失くした理由だった。
高いお金を出してその商品を買うお客様にメリットがあると思えないのである。

目が覚めて、私は心から安堵した。
私はもうセールスマンではない。その幸運を噛み締めた。
性格にもよるだろうが、私のようなひきこもり気質の人間にとって、セールスほど辛い仕事はない。
ましてや、商品に自信が無ければ、仕事は地獄であるが、世の中に、自信を持って売り込める商品なんて無いと私は思う(本当に良い商品は、売り込まなくても勝手に売れる)。
だが、今でも、企業が多く募集しているのはセールス、あるいは、営業と呼ばれる職種だ。
営業という仕事にプライドを持ち、実力もある人には、この言い方は悪いとは思うが、特技のない人間は、営業をやるしかない・・・営業しかやらせてもらえないということは言えると思う。
ただの事務員は給料が安いし、若い女の子で十分務まる・・・と言うか、若い女の子の方がいろんな意味で良い。
企業が営業を沢山募集するのは、商品が悪いからだと私は思っている。そんな商品を無理矢理売るには、無理をするセールスマンが必要なのだ。

初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長も営業が嫌いらしく、1995年の、まだインターネットは黎明期で貧弱な時代に、「これで営業を」と考えられたそうである。凄い発想であるが、商品(音源コンテンツ)に自信があったのだろう。
そんな伊藤社長に対し、私は、「この成功者め!」と思ってしまうのだ。
なんと言っても、初音ミクさんのお父さんなのだ(ご本人は、ミクさんを娘とは思っていないと講演で言われていたが)。
羨ましくて殴ってやりたいが(いやマジで)、伊藤社長は、素朴で真面目そうな人で、それに、やはり、有名企業の経営者の貫禄があるので、目の前にしたら殴れやしないだろう(当たり前か)。

だが、私は今や、プログラミングが出来るので、営業職をやる必要がないのだ。
さっきも書いたが、今朝、その幸運を噛み締めることが出来た。
ソフトウェアとしての初音ミクさんや、動画を作るためのフリーソフト「MMD(MikuMikuDance)」等は、VisualStudioやEclipseといった開発環境システムで、CやC++言語、あるいは、Java、時にC#で作るのだが、そういうのは、特別な能力のある人達にやっていただくしかない。
若い人で意欲があれば、挑んでいただきたい。
だが、我々は、ExcelやAccessで、VBA言語を使えば、ちゃんと良い仕事が出来る。
何も出来なければ、テレアポを取るために迷惑な電話をし、何とかアポが取れて訪問しても、剣もホロロに扱われ、よほどメンタルの強い人でなければ、人生に疑問を持つほどのダメージを心に受ける。
プログラミング技能は、それを回避出来る有り難いものである。









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まだまだ今後十数年はEXCEL、ACCESSでVBA

1980年代のパソコンは、BASICというプログラミング言語が付いていて、それを使ってプログラムを作る以外、実用的な用途はなかった。
そして、企業の中で、事務や営業や様々な技術職をやっている人達が、自分達の仕事を効率化するためにBASIC言語でプログラミングを行った。
彼らはプログラマーと呼ばれることはなかったが、パソコンを有益な道具にしたのは彼らで、コンピューターを一般の人のものにして世界を変えたのである。
やがて、マルチプランやロータス1-2-3といった表計算ソフトが登場し、BASICでプログラムが出来なくても、自分の仕事にパソコンを役立たせることが出来るようになった。
単にデータを入力し、単純に処理するだけなら、BASICよりはるかに便利で、表計算ソフトは大いに普及したが、BASICのような万能性はなかった。
ところが、1990年代になり、パソコンにもリレーショナルデータベースという凄いものが現れた。
dBASEや、そのコピーと言うしかないFOX BASEやdBXLなどだった。
dBASEは高価で(10万円くらいしたと思う)、性能で優るとも劣らないFOX BASEやdBXLは安価だったが、当時は、ソフトの違法コピーが簡単だったこともあり、3つ共広く普及したが、一番多く使われたのはdBASEだった。
これらは、BASIC言語でやれることを、はるかに簡単に、しかも、より高度に実現出来た。
ただ、数万円とはいえ有償だったのと、高度な処理には、xBASE言語でプログラミングをしなければならず、それはBASICでのプログラミングと同じくらい難しかったので、BASICも生き残った。

そして、BASICやdBASE等で行っていたことは、今は、EXCELとACCESSで行われている。
途中、MAGIC(昔は国内ではdbMAGICと呼ばれた)やMRDB、その他、良いものがいろいろ現れたが、使われ続けるのはEXCELとACCESSである。
なぜそうなるのかというと、根本的には、EXCEL、ACCESS以外は、「お高い」からだ。
MAGICは今でもあるが、もはやいくらかかるのか、(携帯電話やポケットWiFiの料金プラン並に)いくら調べてもサッパリ分からない。昔なら、パソコン一台につき60万円だった。そういうふうにシンプルな料金だと、高くても使おうという気になるのだけどねえ・・・。
MRDBも10万円以上で、やっぱり高い。それで消滅した。
最近、ユーザーが自分で業務システムを作るためのもので、「EXCELはもう古い」を謳い文句にするものが、いろいろ出ているが、全く駄目だ。
そして、駄目以前にやっぱりバカ高い。
1人、月数千円という新手の商売である。
だが、EXCELやACCESSなら、最初に1~3万円で買えば、10年は使える。
今は、EXCELやACCESSのバージョンは2016が最新だが、2010とそれほど変わらず、2010で十分であり、これらを作っているマイクロソフトは、落ちたとはいえ、まだまだ、そして、これからもお金持ちなので、このまま少なくとも10~20年は変わらない。
EXCELやACCESSに付いているVBA言語を使えば万能である。
VBAはもう古いというのは10年以上前から言われているが、それは、茶碗や箸が古いというのと同じで、電動茶碗や電動箸を家庭で必要とする人などいないように、ユーザーコンピューティングに、他の高価なツールは必要ない。いや、本当は、少なくとも8割の企業のシステムは、EXCELやACCESSで十分なのである。
それは、一般家庭でなくても、宮廷や高級ホテルでも、電動茶碗や電動箸なんていらないのと同じである。
ただ、EXCELそのもの、ACCESSそのもの、OSやSQL Serverなどのデータベースシステム、あるいは、初音ミクやMMD(MikuMikuDance)を作るのに、C系言語(C、C++、Java等)を使えば良いのである。
FileMakerも良いのだと思うが、私には、あの料金体系も理解出来ない。電気を供給する企業の電力プラン並にふにゃふにゃしてて理解する気にもならない。
FileMakerも、EXCELやACCESSのように、1つ2万円くらい(せめて5万円)で無制限に使えるようであれば、私も使おうという気になるが、そうなってはいない。
FoxProが残ってたら良かったかもしれないが、これも消えた。
やっぱり、EXCELとACCESSしかない。
ユーザーシステムがWebシステムである必要はないので、RubyやPHPなどを使う必要はないし、これらも、開発に必要なフレームワークがいっぱいあって、選ぶことが出来ない。
よって、サラリーマンとして1つの力を持ちたいなら、昔ならBASIC、その後はdBASE(とそのコピー)、そして、現在と今後少なくとも十数年は、EXCELかACCESSを使うのが、賢いやり方である。









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会社は禅寺の千倍効果的な修行場

日本の今の社会って、相当、楽が出来るのではないだろうか?
なぜって、外見が無残なまでに醜いのに、楽々生きている人が多いからだ。
このあたり、いろいろ綻びが出ているとはいえ、さすが経済大国ニッポンである。

人間は、内面が外面に現れるし、特に、歳を重ねるごとにそうなる。
そして、ほとんどの人が内面を磨かないので、老人になる度に見苦しくなる。
それと、時々見るのは、かなり鍛えられ、磨かれている部分があるので、どこか美しいところは確かにあるのだが、力を得たせいでプライドが高いために、全体としては醜かったり、健康やその他の問題を抱えている人だ。

ラマナ・マハルシという有名な聖者がいるが、生涯、フンドシ1本しか所有しなかった彼のようになりたいと思う人はあまりいないだろう。
だが、彼は物質的なものに関心がなかったので、そのようであったが、実際は、解脱といったことが起こると、物質的にもうまくいくし、それどころか、解脱に近付いて魂の力を高めていなければ、表向きには成功しているようでも、それに相当するほど問題が起こる。
だから、ほとんどの富豪は、実際は普通の人よりずっと惨めだし、難病奇病に苦しめられるのである。
また、マハルシ個人はフンドシ1本しか持たなかったとしても、彼は相当に裕福で、沢山の人達が無償で世話をしてくれたし、世界中から贈り物も絶えなかった(彼はやや迷惑していたようだが)。

ところで、マハルシの真似なのか、フンドシを替えと合わせて2本所有しているだけの高名な聖者がいたらしいが、火事で1本が焼けそうになった時、彼は大パニックを起こしたらしい。
彼は、一面では立派だが、いびつに進化した聖者なのだろう。
彼の場合は、もっと世の中に出て苦労し、物質的に成功すべきだったかもしれない。

つまり、私のようなひきこもりタイプには、あまり心地良いことではないが、所詮、人間は、人々と関わり、嫌な思いを存分に味わう必要があるのだ。
世の中に背を向けて聖典ばかり読んでいても「キモくなる一方」だ。
あるいは、寺や荒野で修行しても、やっぱりキモいままなのである。
日本には、いかなる寺や秘密結社にも優る、カイシャという最高の修行場がある。
寺や宗教団体では通用しても、会社では全く通用しないものである。
会社って面白くないものだが、そこから抜け出すには、そこを卒業するしかない。
そして、卒業しなくてはならない。
会社の居心地が良くなった頃が辞め時だ。
居心地が良くて居座り続けると、今度はどんどん居心地が悪くなるが、それは、「さっさと卒業せいよ」という神の慈悲に違いない。
だが、まずは、居心地が良くなるよう努力しなくてはならない。

で、会社の修行を効率よくやるためには、プログラミングを・・・それも、一般には、ExcelやAccessのVBAをやることだ。
特にプログラミングが好きなら、JavaでもPythonでも、あるいは、RubyやC#等をやれば良いが、その場合は、IT全体の、より深い知識と経験が必要になる。
所詮、ITオタクでなければ、本格的なプログラミングはやれないが、実際は、VBAでも、高度になれば、かなりのものである。
仕事の仕組みを理解した上でVBAに熟達すると、すぐに会社は楽になる。
そうしたら、さっさと解脱した方が良いだろう。









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潰しが利く(つぶしがきく)話

「潰しが利く(つぶしがきく)」という言葉を、私は長い間、理解出来なかった。
解るようになったのは、何度も転職してからだ。
高校生の時に読んだ漫画の中で、数学教師の父親が、医学部志望の高校生の息子に対し、
「教師は潰しが利かない。その点、医者はいい」
と言うのが、本当に、全く理解出来なかった。
まあ、今思えば、医者だって潰しが利かないのだが、潰す必要がないってことだろう。
ちなみに、「潰しが利く」とは、持っている能力が多くのことに転用出来ることで、特に、他の職業でも応用が利く職業能力のことを言う。
「教師はつぶしが利かない」というのは、教師の能力は、他の職業で通用せず、教師をやってて、ある程度の年齢になってしまえば、もう一生、教師以外は出来ないという意味だ。
実際、教師は潰しが利かない傾向はあると思う。
アメリカでは、教師ほど応用が効く職業はないと言われているらしいが、それは、アメリカでは教師は少しも偉いと見なされないという事情があるからと思う。
日本では、新卒の若者すら、「先生」と呼ばれて自尊心を満足させてしまうが、そもそも、それが潰しが利かない最大の原因ではないかと思う。

スポーツでは、陸上短距離のウサイン・ボルトがサッカー選手を目指しているらしいが、さすがに、一流サッカー選手にまでなれるかどうかはともなく、走力は、あらゆるスポーツの基礎で、野球の上原浩治さんのように、陸上競技出身のスポーツ選手には有利な点が多い。
だから、どんなスポーツを目指すにしろ、まずは陸上という考え方もあると思う。
相撲や柔道は、能力的には、あらゆる格闘技に通用しそうだが、相撲も柔道も、倒れた相手への攻撃をしない習慣が邪魔になることがあるし、プロ格闘技の、時に、汚さが必要な駆け引きに馴染めないと、全く適応出来ない。

では、最も潰しが利く職業は何だろう?
自己開発プログラムのSMIを開発・販売するSMI社の創業者ポール・マイヤーによれば、それは「セールス」だと言う。
その意味は、いかなる職業も、根本は売り込みだからで、スポーツ選手だって、いかに優秀でも、自分を売り込む力がなければ、特にプロでは成功出来ないと言う。
まあ、ある意味、そうであるとは思うし、私も、自分がセールスをやった経験から言っても、かなり実感するが、「では、セールス能力の何が、他の職種で生きるか?」と言えば、むしろ、忍耐力、根気、そして、自主性、そして、何より「現実性」である。
セールスほど「現実を思い知る」職業は、そうはないと思う。結果が全ての職業で、「がんばっているかどうか」は、1%も考慮されない仕事であるからだ。

ところで、最も論理的な数学者、あるいは、数学教師は、さぞ潰しが利くと考えられるのだが、数学者こそ、「潰しが利かない職業の代表」なのである。
学問に関係する職業の中でも、特に、数学者や数学教師は「頭が良い」と言われて、プライドが高くなってしまうのが最大の害悪だが、それでも、本当に能力が高ければ何とかなりそうなものだが、それが、どうにもならない。
つまり、仕事っていうのは、理屈でやれるものではないということだ。
いや、もちろん、どんな仕事でも理屈は必要だが、それよりも、もっと大切な能力があるのだが、数学者のように、理屈の能力をいびつなまでに肥大化させると、他の能力が身につき難いのだろう。
そして、世の中は、数学的な理屈では動かない。
しかし、プログラマーの理屈、すなわち、「アルゴリズム」は万能と言われる。
アルゴリズムとは、処理手順とでも言うものだが、プログラムで表現していること自体がアルゴリズムだ。
プログラミング能力が増すほど、アルゴリズムを考え、構築する能力も高まる。
プログラミングをやると、IT全般、また、AIだって理解し易くなるが、それは、コンピューターに対する理解力が高まるということもあるが、やはり、アルゴリズムという理屈の能力が高くなるからだ。
一方、これは私も不思議に思ったが、評価の高い数学教師がプログラミングが出来ないということがよくあるのである。
いや、本当に能力がない訳ではないが、彼らが誇りを持っている数学的論理思考は、やはり、少しも潰しが利かないのかもしれない。
人類最高の数学者の1人であった岡潔は、数学には情緒が必要と言ったが、それは、感情の中に高度な何かがあるという意味であり、数学者が情緒的という意味ではないと思う。

私は、過去万能と言われたセールスマンと、現在、万能と言われるプログラマーの両方であるのだが、もちろん、万能とはほど遠い。
しかし、これらを、もしやらなかった私と比べれば、千万倍も万能である。
だが、今は、セールス力よりは、共感力と想像力(あるいは創造力)だ。
そして、真のセールス力も共感力と想像力なのだ。
だから、今の世の中、初音ミクさんが分からないと、時代に取り残されるのである。
ところでだが、本当に万能な力は熱意である。









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下層プログラマーがメシを食えるようになれる方法

プログラマーと言えば、プログラミング言語でプログラムを書く人のことで、プログラミングと言えば、プログラミング言語でプログラムを書くことだと思われているだろう。
もちろん、それはそれで正しい。
ところが、私は、何年間か、プログラムを書かないプログラマーをやっていて、そのおかげで「メシが食えるプログラマー」になれたのだ。
こう言うと、ちょっとシステム開発について知っている人なら、
「ああ、それはシステムエンジニアをやっていたってことでしょ?プログラマーとは違うのでは?」
と言うかもしれない。

ところで、NLP(神経言語プログラミング)という、心理療法の技術がある。
これも、別に何かの言語でプログラムを書く訳ではなく、心を治療する基本テクニックがあって、それを、個々の人に適応させるのである。
個々の人に適応させる際に、独自の手順を作るのだが、基本的な技術は決まったものを使うのである。
要は、プログラムとは個々の手順であり、「デザイン」という言い方が適切かもしれない。
コンサートなどのイベントでも、その具体的な内容のことをプログラムと言うが、これも、コンサートの具体的な中身のデザインのことである。

つまり、コンピューターが実行する処理内容をデザインすることがプログラムなのであり、そのためにプログラムを書く場合が多いというだけのことだ。
私はある時期、dbMAGIC(今のMAGIC)というシステム開発ツールを使っていたのであるが、これは、プログラム言語でプログラムを書かずに、処理のデザインを作ることが出来るものだ。
そして、その本質は、「画面や帳票をデザインする」「データベースをデザインする」「処理内容をデザインする」の3つなのであるが、重要なことは、「データをデザインし、そのデータを自由自在に処理することが出来る」ことだ。
私は、プログラム言語でプログラムを書くという面倒なことに煩わされずに、データ処理だけに集中出来た。
そして、データ処理に通じる・・・つまり、達人になることが、ビジネス分野、業務処理分野で、楽々メシが食えるプログラマーになる秘訣なのである。

DOA(データ中心アプローチ)という、システム開発分野の用語があるが、ビジネスシステムで最も重要なものはこれである。
ところが、DOAを語る時、すぐにER図だのエンティティだのといった専門用語を持ち出して混乱させる連中がいるが、要は、ちゃんとデータベース設計が出来れば良いのであり、私はそのために、ERだの、エンティティだのといった言葉を使ったことなどない。
システム開発では、なぜかOOP(オブジェクト指向プログラミング)の方が有名になってしまったが、それはもっと「さらりと」使えば良いのではないかと思う。そりゃ、今は誰でもそれを使うが、その技術的詳細を知る必要がある人は、ごく一部である。
それよりも、普通のプログラマーにとって重要なことは、DOAなのである。
ところが、DOAとOOPをごっちゃにする人が多く、Webでも、DOAで検索すると、そんな勘違い野郎のサイトが上位に出てくるから困る。
OOPは、確かに、手順とデータをカプセル化する技術だが、そのデータと、データベースのデータは全く意味が違う。
OOPは、いまや空気のようなもので、JavaやRubyを使えば、「自然に使ってしまう」ものであり、特に意識しなくても良いのではと思う。
それよりもDOAだ、データベース処理だ。
それを今、最も簡単に出来るのは、マイクロソフトAccessである。
この「簡単に出来る」ということが肝心である。
しかも、私がDOAを磨いた高価なMAGICとAccessは変わらない。
両者の違いは、圧倒的な値段の違いである(MAGICは高価だ)。
もちろん、細かには、値段が違うだけのことはあるのだが、DOAを習得するという意味においては全く変わらないし、私くらいになると、MAGICは、デスクトップアプリに加えて、Webアプリとタブレットアプリも作れるが、Accessはデスクトップアプリしか作れないという違い以外、何も違いを感じない。
そして、MAGICのWebアプリとタブレットアプリはあまり良くないように思うのだが、まあ、作れるのは良いことだ。
しかし、事務員や研究者が、早く簡単にデータ処理をしたい時に、いちいちWebアプリやタブレットアプリを作らないように、素早く作れ、素早く改造出来るデスクトップアプリが必要でなくなることは決してない。
それが出来ないことが、Googleがこの分野で弱い所であり、それが出来ることが、今後も、マイクロソフトが重要である理由である。
だから、マイクロソフトは、もっとAccessのサポートを真面目にやった方が良い。









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