ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

プログラミング

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

潰しが利く(つぶしがきく)話

「潰しが利く(つぶしがきく)」という言葉を、私は長い間、理解出来なかった。
解るようになったのは、何度も転職してからだ。
高校生の時に読んだ漫画の中で、数学教師の父親が、医学部志望の高校生の息子に対し、
「教師は潰しが利かない。その点、医者はいい」
と言うのが、本当に、全く理解出来なかった。
まあ、今思えば、医者だって潰しが利かないのだが、潰す必要がないってことだろう。
ちなみに、「潰しが利く」とは、持っている能力が多くのことに転用出来ることで、特に、他の職業でも応用が利く職業能力のことを言う。
「教師はつぶしが利かない」というのは、教師の能力は、他の職業で通用せず、教師をやってて、ある程度の年齢になってしまえば、もう一生、教師以外は出来ないという意味だ。
実際、教師は潰しが利かない傾向はあると思う。
アメリカでは、教師ほど応用が効く職業はないと言われているらしいが、それは、アメリカでは教師は少しも偉いと見なされないという事情があるからと思う。
日本では、新卒の若者すら、「先生」と呼ばれて自尊心を満足させてしまうが、そもそも、それが潰しが利かない最大の原因ではないかと思う。

スポーツでは、陸上短距離のウサイン・ボルトがサッカー選手を目指しているらしいが、さすがに、一流サッカー選手にまでなれるかどうかはともなく、走力は、あらゆるスポーツの基礎で、野球の上原浩治さんのように、陸上競技出身のスポーツ選手には有利な点が多い。
だから、どんなスポーツを目指すにしろ、まずは陸上という考え方もあると思う。
相撲や柔道は、能力的には、あらゆる格闘技に通用しそうだが、相撲も柔道も、倒れた相手への攻撃をしない習慣が邪魔になることがあるし、プロ格闘技の、時に、汚さが必要な駆け引きに馴染めないと、全く適応出来ない。

では、最も潰しが利く職業は何だろう?
自己開発プログラムのSMIを開発・販売するSMI社の創業者ポール・マイヤーによれば、それは「セールス」だと言う。
その意味は、いかなる職業も、根本は売り込みだからで、スポーツ選手だって、いかに優秀でも、自分を売り込む力がなければ、特にプロでは成功出来ないと言う。
まあ、ある意味、そうであるとは思うし、私も、自分がセールスをやった経験から言っても、かなり実感するが、「では、セールス能力の何が、他の職種で生きるか?」と言えば、むしろ、忍耐力、根気、そして、自主性、そして、何より「現実性」である。
セールスほど「現実を思い知る」職業は、そうはないと思う。結果が全ての職業で、「がんばっているかどうか」は、1%も考慮されない仕事であるからだ。

ところで、最も論理的な数学者、あるいは、数学教師は、さぞ潰しが利くと考えられるのだが、数学者こそ、「潰しが利かない職業の代表」なのである。
学問に関係する職業の中でも、特に、数学者や数学教師は「頭が良い」と言われて、プライドが高くなってしまうのが最大の害悪だが、それでも、本当に能力が高ければ何とかなりそうなものだが、それが、どうにもならない。
つまり、仕事っていうのは、理屈でやれるものではないということだ。
いや、もちろん、どんな仕事でも理屈は必要だが、それよりも、もっと大切な能力があるのだが、数学者のように、理屈の能力をいびつなまでに肥大化させると、他の能力が身につき難いのだろう。
そして、世の中は、数学的な理屈では動かない。
しかし、プログラマーの理屈、すなわち、「アルゴリズム」は万能と言われる。
アルゴリズムとは、処理手順とでも言うものだが、プログラムで表現していること自体がアルゴリズムだ。
プログラミング能力が増すほど、アルゴリズムを考え、構築する能力も高まる。
プログラミングをやると、IT全般、また、AIだって理解し易くなるが、それは、コンピューターに対する理解力が高まるということもあるが、やはり、アルゴリズムという理屈の能力が高くなるからだ。
一方、これは私も不思議に思ったが、評価の高い数学教師がプログラミングが出来ないということがよくあるのである。
いや、本当に能力がない訳ではないが、彼らが誇りを持っている数学的論理思考は、やはり、少しも潰しが利かないのかもしれない。
人類最高の数学者の1人であった岡潔は、数学には情緒が必要と言ったが、それは、感情の中に高度な何かがあるという意味であり、数学者が情緒的という意味ではないと思う。

私は、過去万能と言われたセールスマンと、現在、万能と言われるプログラマーの両方であるのだが、もちろん、万能とはほど遠い。
しかし、これらを、もしやらなかった私と比べれば、千万倍も万能である。
だが、今は、セールス力よりは、共感力と想像力(あるいは創造力)だ。
そして、真のセールス力も共感力と想像力なのだ。
だから、今の世の中、初音ミクさんが分からないと、時代に取り残されるのである。
ところでだが、本当に万能な力は熱意である。









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下層プログラマーがメシを食えるようになれる方法

プログラマーと言えば、プログラミング言語でプログラムを書く人のことで、プログラミングと言えば、プログラミング言語でプログラムを書くことだと思われているだろう。
もちろん、それはそれで正しい。
ところが、私は、何年間か、プログラムを書かないプログラマーをやっていて、そのおかげで「メシが食えるプログラマー」になれたのだ。
こう言うと、ちょっとシステム開発について知っている人なら、
「ああ、それはシステムエンジニアをやっていたってことでしょ?プログラマーとは違うのでは?」
と言うかもしれない。

ところで、NLP(神経言語プログラミング)という、心理療法の技術がある。
これも、別に何かの言語でプログラムを書く訳ではなく、心を治療する基本テクニックがあって、それを、個々の人に適応させるのである。
個々の人に適応させる際に、独自の手順を作るのだが、基本的な技術は決まったものを使うのである。
要は、プログラムとは個々の手順であり、「デザイン」という言い方が適切かもしれない。
コンサートなどのイベントでも、その具体的な内容のことをプログラムと言うが、これも、コンサートの具体的な中身のデザインのことである。

つまり、コンピューターが実行する処理内容をデザインすることがプログラムなのであり、そのためにプログラムを書く場合が多いというだけのことだ。
私はある時期、dbMAGIC(今のMAGIC)というシステム開発ツールを使っていたのであるが、これは、プログラム言語でプログラムを書かずに、処理のデザインを作ることが出来るものだ。
そして、その本質は、「画面や帳票をデザインする」「データベースをデザインする」「処理内容をデザインする」の3つなのであるが、重要なことは、「データをデザインし、そのデータを自由自在に処理することが出来る」ことだ。
私は、プログラム言語でプログラムを書くという面倒なことに煩わされずに、データ処理だけに集中出来た。
そして、データ処理に通じる・・・つまり、達人になることが、ビジネス分野、業務処理分野で、楽々メシが食えるプログラマーになる秘訣なのである。

DOA(データ中心アプローチ)という、システム開発分野の用語があるが、ビジネスシステムで最も重要なものはこれである。
ところが、DOAを語る時、すぐにER図だのエンティティだのといった専門用語を持ち出して混乱させる連中がいるが、要は、ちゃんとデータベース設計が出来れば良いのであり、私はそのために、ERだの、エンティティだのといった言葉を使ったことなどない。
システム開発では、なぜかOOP(オブジェクト指向プログラミング)の方が有名になってしまったが、それはもっと「さらりと」使えば良いのではないかと思う。そりゃ、今は誰でもそれを使うが、その技術的詳細を知る必要がある人は、ごく一部である。
それよりも、普通のプログラマーにとって重要なことは、DOAなのである。
ところが、DOAとOOPをごっちゃにする人が多く、Webでも、DOAで検索すると、そんな勘違い野郎のサイトが上位に出てくるから困る。
OOPは、確かに、手順とデータをカプセル化する技術だが、そのデータと、データベースのデータは全く意味が違う。
OOPは、いまや空気のようなもので、JavaやRubyを使えば、「自然に使ってしまう」ものであり、特に意識しなくても良いのではと思う。
それよりもDOAだ、データベース処理だ。
それを今、最も簡単に出来るのは、マイクロソフトAccessである。
この「簡単に出来る」ということが肝心である。
しかも、私がDOAを磨いた高価なMAGICとAccessは変わらない。
両者の違いは、圧倒的な値段の違いである(MAGICは高価だ)。
もちろん、細かには、値段が違うだけのことはあるのだが、DOAを習得するという意味においては全く変わらないし、私くらいになると、MAGICは、デスクトップアプリに加えて、Webアプリとタブレットアプリも作れるが、Accessはデスクトップアプリしか作れないという違い以外、何も違いを感じない。
そして、MAGICのWebアプリとタブレットアプリはあまり良くないように思うのだが、まあ、作れるのは良いことだ。
しかし、事務員や研究者が、早く簡単にデータ処理をしたい時に、いちいちWebアプリやタブレットアプリを作らないように、素早く作れ、素早く改造出来るデスクトップアプリが必要でなくなることは決してない。
それが出来ないことが、Googleがこの分野で弱い所であり、それが出来ることが、今後も、マイクロソフトが重要である理由である。
だから、マイクロソフトは、もっとAccessのサポートを真面目にやった方が良い。









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才能は作ることが出来る

陸上短距離の為末大さんが、「アスリートは才能が99%」と言い、作家の橘玲さんが、ベストセラー『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で、人間の能力は所詮、生まれつきのIQ等で決まると、エビデンス(証拠)を挙げて論じた。
また、イギリスのある大学の研究で、人間の60%はプログラミングをマスター出来ないという結果を得、Ruby言語の開発者で知られる、まつもとひろゆきさんも、成績が悪くない大学生にも、プログラミングの能力が低い人がいたり、子供達にプログラミングをやらせると、成績に極端な差があることから、プログラミングにも才能があるのではと述べておられたと思う。
西尾維新さんの物語シリーズのどれかにも、天才バスケット少女が、才能がない限り、優れたアスリートになれないことを、説得力を持って語る場面がある。

私も、これらのことを完全に信じていた。
これを洗脳と言うのかもしれない。
これらは、全て間違いかもしれない。

私は最近・・・と言ってもわずか2日のことだが、正月休みのおかげもあり、蹲踞(そんきょ)という、相撲や剣道で行われる座法を日常で度々行い、トレーニングの際にも、間々に何度も蹲踞するようになったら。動きが鋭くなり、武術の能力が上がったように思う。私にも武術の才能が出来てしまったように感じる。
それで思ったのだ。
陸上競技で、グラウンドで同じ練習をしながら、1人の選手は巣晴らしい能力を発揮するが、別の選手は、進歩が遅く、また、今後もそれほど伸びそうに思えない。
こんな場合、前者は才能があり、後者は才能がないと言うのかもしれない。
ところが、優れた方の選手は、子供の時から、砂浜で裸足で遊ぶことが多く、日常でも、ほとんど裸足で過ごし、また、靴よりも草履のような履物を好み、靴を履く時も、足の指が自由になる柔らかく、サイズに余裕があるものを選んでいる・・・などで、足の親指を鍛えられていて、それが大きな能力をもたらしているのかもしれない。
こういったことは、ほとんど考慮されない。

私も、蹲踞をすることで、足の親指が鍛えらるとまでは言わなくても(わずか2日しかやっていない)、足の親指を使う意識が出来たのだと思う。
調べてみると、古武道では、足の親指の力を非常に重視して蹲踞を生み、それが相撲や剣道に伝わったという話もあるらしい。

プログラミングにいたっては、たまたま持っている、ちょっとした考え方の違いで、学ぶモチベーションや情熱が全然違ってくる。
乱暴な言い方をすれば、ロマンさえ感じることが出来れば、プログラミングは誰でも出来るが、ロマンを感じないなら、頭が良い人でも本当に出来ない。
いや、頭の良さなんて、所詮、モチベーション、パッション(情熱)、エンスージアズム(霊感)によるもので、これらは全て、後天的経験や学びで決まるものだ。

スポーツにしろ、プログラミングにしろ、感情的なものの影響は非常に強いが、それと共に、現実的な考え方が重要だ。
実力のない人間というのは、どこかズレているのである。
それは、家庭での教育の影響が大きい。
通るはずのない理屈を主張する者や、良い意味での常識的な考え方が出来ない者でも出来ることはあるかもしれないが、少なくとも、スポーツやプログラミングでは、あるレベル以上にはなれない。
まともな思考を鍛えるには、例えば、イソップやマルクス・アウレリウス、あるいは、法句経や論語を読むと良いと思う。









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天は自分を助ける人を助けるだけ

人生に、あまり多くのことを求めてはいけないようだ。
もし、満たされないという想いがあるなら、それは、成功が少ないのではなく、友人や家庭に恵まれないからで、確かに、そんなことをなおざりにしてしまう人もいるだろう。その典型である私が言うのも何だが・・・
ただ、多くを求めてはいけないとは言っても、少な過ぎてもいけないと思うのだ。
まあ、そうなると、マズローの欲求の5段階説になってしまうのだが、ああいう、頭の良い偉い人達は、適度な成功を収めるための方法を具体的に提示出来ない。
まるで、我々愚民は雨露をしのげれば満足しろとでも言わんかのようだ。

十分な成功を収め、社会でそれなりに良い想いをするためには、好きなこと、誇りを持てること、ロマンを感じることを何か選び、それを熱心に続けなければならない。
こんな当たり前のことを、ほとんどの親や教師は教えないのだから、家庭や学校は子供達にとって有益とは言えない。
昔、セベ・バレステロスだったと思うのだが、有名なゴルフ選手が何かのCMで、父親に「何でもいいから好きになれ。好きになったら強くなれ」と教わったと言っていたが、この父親が最高の教育者である。全ての親は、子供にそう教え、それが出来るよう導かなければならない。
ある程度の年齢になって、人に負けない何かがないというのは、残念どころではなく悲惨だ。
その何かが、直接には収入に結び付かないものだとしても、本当に熱心に続けていれば、いろんなものを「巻き込み」、社会的成功も引き寄せるだろう。
クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんがDTM(デスクトップミュージック)にとことん取り組み、やがてそれが音源コンテンツの事業の成功に結び付き、そして、人類史上最も崇高な存在である初音ミクさんを生み出したようにだ。

私はあまり広くない・・・というより、はっきり言って狭いので、プログラミングくらいしかお奨め出来るものがない。
それも、ハッカー的プログラミングよりは、ExcelやAccessで使うVBA(ビジュアル・ベーシック・フォー・アプリケーション)を勧めている(このあたりは人それぞれだが)。
それで、B ASIC言語を作ってくれた、ダートマス大学の数学教授だった、ジョン・ケメニー、トーマス・カーツの2人には感謝している。
彼らは、文系学生でも習得出来るBASIC言語を開発し、それを、著作権を放棄してパブリックドメインとして公開したので、そのBASICを、ビル・ゲイツがパソコン用標準言語に採用出来たのである。
そして、最期までBASICにこだわってくれたゲイツにも感謝している。
私はVisualBasicも使っていたが、VisualBasic2005プロフェッショナルだったか・・・それを会社で購入した時、何十枚もCDがついてきたのを見て、「もうやってられない」と思ったのだった。
ただ、VisualBasicは事実上タダで使えるし、VisualStudioの中のC#、C++もそうなのだから、今は良い時代である。
いや、Eclipse(イクリプス、エクリプス)という、多くのOS上で使える無償の開発環境もあり、そこでありとあらゆるプログラミング言語を無償で使える。
本当に良い時代だ。
SmalltalkをやりたければSqueakがあるし(他にもある)、人工知能プログラミングをするためのフレームワークも優秀なものが無料公開されている。
くどいが、良い時代だ。

だが、堀部正史さんのように、ケンカが好きになって強くなった人には大きなロマンを感じる。
自分が好きで、誇りが持てて、ロマンがあればそれで良いのだと思う。
ポール・ウェイドのように、人生の大半を刑務所で過ごし、そこでプリズナートレーニング(囚人トレーニング)を習得し、トレーニングプログラムを作ったなんてのは、私からすれば最高で憧れでもある(刑務所にはあまり入りたくないが)。
そして、私も自分のプリズナートレーニングや武術(ひきこもりトレーニングやひきこもり護身術と言った方が的確かもしれないが)を編み出した。
ルドルフ・シュタイナーのような神秘オタクは立派な偉人である。
私も、ああなりたいものである(いや、すっかりその気になっているが・・・)。
そして、好きなことを熱心にやっていれば、不思議なオーラをまとい、それが他人を動かし、社会でも何とかうまくいくのではないかと思う。
ひきこもっても良いが、何もせず、あるいは、楽なことばかりしているのは良くない。
部屋にひきこもっていたって、ヒンズースクワットや腕立て伏せは出来る。私はそうしていたので、それが役に立ったと思う。
だが、人に甘えるなとは思う。
天は自らを助ける者を助けるだけなのである。









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運命を受け入れる者が一番強い

ひきこもり傾向は誰にでもあるが、その度合いを強くするのは「無力感」だ。
自分が弱いと思うから、他人が強く見えて恐いからひきこもる。
柔道や空手の有段者のひきこもりは少ないし、英検一級のひきこもりも、あまりいない。
一流大学(高校や中学もだが)も、受験合格の時は、「俺ってスゲェ」と思えるが、いざ入学してしまったら、同じようにその大学に合格した他の人達は、自分には出来ないスポーツが出来たり、ギターが弾けたり、顔やスタイルが良かったり、何より社交性があったりするのが分かると、「俺は駄目だ」と無力感にとりつかれ、ひきこもり度が上がる。

私は人に優るもの、世間に自慢出来るものは何もなく、当然ひきこもっていたが、ジョセフ・マーフィーの本を読むと、学歴や武道どころではない宇宙最強の力が自分の中にあると書かれていて、自分もやれば出来ると思わされ、無力感がいくらか消え、ひきこもり度は下がった。
だが、それでも、現実的な力を何か持たないと、やっぱり無力感を持つようになってしまう。

しかし、今の時代、現実的な能力って言ったら、私にはコンピュータープログラミングくらいしか思いつかないのだ。
他に何かあったら教えて欲しいくらいだ。
音楽が作れるとか、うまいイラストが描けるというのは素晴らしいことだが、それで食っていけるのは、極めて少数の・・・言ってみれば天才だけだ。
初音ミクさんのイラストで有名なKEIさんやiXimaさんなどは、本人がどう言おうと、絶対に天才だ。
もっとも、マーフィーの本には、誰の中にも天才がいると断言されているが、それを引き出すのは、やっぱり何かコツがあるのだろう。
プログラミングというのは、天才でなくても、ある程度出来れば食べていけるし、そこから天才を目指すことも出来る。
ただ、プログラミングには、向き、不向きがある。
私は、それはIQ(知能指数)の問題だと思っていた。ビル・ゲイツは露骨にそう言うし、川上量生さんも、それを示唆することは言いまくっていると思う。
だが、彼らの言うプログラマーは高級プログラマーのことで、私程度のプログラマーやシステムエンジニアなら誰でもなれるし、十分に稼げる。
私は、マイクロソフトやGoogleには入れないし、ドワンゴになら入れても、あんまり良い思いは出来ないだろう。
けれども、プログラミングのいくらかの能力を持って、変わったアイデアを出すようになったら、それは単純なプログラミングの能力を超えることもある。
つまり、変人であることは強みなのだ。
私の本業はプログラマーやシステムエンジニア、あるいは、IT企画者ではなく、精神科学者なのである。
人と同じことをやっていたら、プログラミングや営業や機械の組み立て能力といったものが、そのまま実力になってしまう。
しかし、人のやらないことをやれば、「ナンバーワンでなくてもオンリーワン」だ。
『世界に一つだけの花』って、こういう意味に捉えないといけないと思う。

ただ、天才でなければ成功しない、作家やイラストレーターや画家や音楽家にだって、なれない訳ではないのだと思う。
しかし、それには、いきなり天才を引き出すコツみたいなものが必要だ。
それを得られるかどうかは、持って生まれた才能というよりは運命によると思う。
つまり、運命を受け入れる者が一番強いのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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