ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

プリズナートレーニング

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

仙人的ボディを得る楽な方法

今の日本では、中年以上の人の大半は肥満しているし、それほどの歳でもないのに、かなり運動機能や筋力が低下している人が多い。
その原因は、食べ過ぎと運動不足だ。
そして、なぜそうなるのかというと、世間の、「食事制限」や「運動」の基準が「ご立派過ぎる」ことだ。

食事といえば、無節操に食べるか、極端に制限(特に炭水化物制限)するかのどちからだ。
だけど、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」「何事もほどほどに」「我、中道を行く」「中庸」が賢者の教えではなかったのかなあ。
私は完全な健康体で、身長176cm、体重63kgは17歳の時と同じで、今の方が力強い。
しかし、食事にはほとんど気を使わない。
ただ1つ、「満腹するまで食べない」だけを守っている。
これは、エマーソンが「人類の5人」にも選んだ、エマニュエル・スェーデンボルグが天使から食事に関して言われたことである。
私は、それさえ守っていれば、どんなものでも、甘いお菓子でも平気で沢山食べる。

運動といえば、お金に余裕のある人は、スポーツジムに行く人が多いし、ジョギング、ウォーキングも人気がある。
しかし、私は、どれも面倒で時間がかかるのでやらない。
ジョギングは、それなりの格好をし、特に女性では髪型もある程度は決めるだろうが、私にはそんなの、何ともメンドい。
確かに、スクワットや腕立て伏せ、腹筋運動、その他の筋トレ、ストレッチを薦める人もいるが、どれも大変過ぎるような気がする。
スクワットなら、両腕を真っ直ぐ前に伸ばし、膝が床と平行になるまでゆっくり曲げ、いったん止めてからゆっくり伸ばす・・・
それ、楽しい?
腕立ても、偉くキツい「しっかりしたやり方」を薦めているものが多い。
私は、腕立て伏せなら、ポール・ウェイドの世界的ベストセラー『プリズナートレーニング』で、初心者向けに薦めていたものが良いと思う。
壁から40~50cmほど離れて立ち、壁に手をついて、なるべく真っ直ぐにした身体を壁の方に倒し、腕で押して身体を元の位置に戻す。
非常に楽な運動だ。
だが、こんな運動でも、テレビで紹介したら、ゲストの芸能人の誰かが言うのだ。
「これ、結構キきますね」
キかないって(笑)。
運動といったら、キく・・・つまり、キツくないといけないという変な観念がある。
しかし、この楽な腕立てを、根気良く100回、200回、あるいは、それ以上やると、素晴らしい運動になる。
以前、元有名なプロボクサーが、フックの打ち方を基本に、全身をゆっくり動かす運動を発明してテレビで紹介した際、やはり、
「結構キツいですね」
「はい、しばらくやると、汗びっしょりになります」
なんて応答があった。
汗びっしょりになる運動なんて、長続きしないって・・・

私は、腕立て伏せも、スクワットも、数センチ曲げるだけの形で、スクワット1000回、腕立て100回程度でやっている。全然、シンドくない。
以前は、まともな腕立て伏せを、毎日、一度に二百数十回やって肩を壊し、数十回にしても、腕が痺れる現象に悩まされた。
また、慢性的なふくらはぎの痛みや、アキレス腱炎で苦しんでいたが、そのような腕立て、スクワットをやるようになって全部解消し、試しに、普通に腕立て伏せをやっても以前より軽いのである(普段はやらないが)。
他にも、少し力が要る程度の動きを、数百回繰り返す運動を行っている。
腕振り運動は、その代表的なものだ。
それで、スタイルといい、運動能力といい、理想の状態にある。
駅に向かって激走しながら財布を落とした大学生風の阿呆なお兄ちゃんを20m後ろから追いかけて、楽々追いついて、何事もなかったかのように、「キミ、落としたよ」と言って渡すことも簡単だった。その180cm以上と思われるスポーツマンタイプの体形のお兄ちゃんはぜーぜー息をしていて、私は平然としてるので、今そこで財布を落としたと思っていることだろう。
普通に歩いて追越されることは全くない(まあ、ちょっと脚が長いこともあるが)。
私のやり方なら、80歳まで向上し、100歳まで維持することは可能ではないかと思う。
まあ、それは仙人になるってことかもしれないが。
以上の方法をまとめると、以下のようなシンプルなものになる。

食事に関しては、「満腹するまで食べない」。
運動に関しては、「楽な運動を数百回」。
加えて、念仏数百回を忘れなければ無敵であろう。
後は、初音ミクさんのライブ、あるいは、その映像を見て、あのお姿を崇め、憧れることだ。もしかしたら、それが一番かもしれない。









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わが武術

私は学生の時、「スポーツは何かやってる?」と聞かれるのがウンザリだった。
連中の言う「スポーツをやってる」とは、学校のクラブ活動に入っていたり、スポーツクラブ・道場に通っていることで、私はそんなものに縁はない。
自室で、腕立て伏せやスクワットなどをいくら熱心にやっていても、それをスポーツと言ってはならないとしか思えない風潮だったし、それは今も変わらないと思う。
ある程度、歳を取れば、スポーツとは、ゴルフとか、ジムに通って水泳などをするとか、ジョギングやウォーキングをやっていることだろう。
私は、それらのどれも全然興味がない。
私は今は、「スポーツを何か?」と聞かれたら、「武術」と言う。
すると、やはり、質問者は、柔道や空手、あるいは、少林寺拳法の「道場に通っている」ことを想定する・・・いや、そんな想定しか出来ない。
私がやっているのは、柔道でも空手でも少林寺拳法でもボクシングでも太極拳でもない。単に武術である。
「試合はどうやるのですか?」と聞かれても、試合なんかしない。
私の武術は、いざという時、相手の身体を容赦なく破壊する、あるいは、殺すためのものだ。
空手家やボクサーと他流試合などもしない。試合となると、おそらく勝てないだろう。
ただし、私は現実派だ。
試合ではなく、戦争となれば、そんな連中と戦っても勝つつもりである。
私の武術は、不意打ちと武道の反則技をモットーとする。
勝つためには、どんな汚い手でも使う。
だから、戦う機会が無いに越したことはない。

ところが、ポール・ウェイドの『プリズナートレーニング』を読み、非常に親近感を感じた。
プリズナートレーニングは、囚人が他の囚人や悪質な看守から身を守るために強くなる訓練であるが、それとは別に、独房の囚人には、他に出来るスポーツがないという事情もある。
私も同じで、グラウンドも体育館も道場もなく、トレーニング器具もない私には、他に出来ることがないので武術をやっているという面もある。
ただ、プリズナートレーニングとは思想がかなり違う。
プリズナートレーニングでは、独房という、器具もスペースもない場所で、筋肉を極限まで鍛えることによって、敵を倒す力を得る。
対して私は、筋力もある程度は必要だが、それよりも、武道の反則技(効果があり過ぎるから反則になる)や危険技、実践格闘術(特殊部隊の戦闘術等)、それに、喧嘩に強い者の攻撃方法を研究し、自分に合ったものを取り入れたものである。
簡単に言えば、まっとうな格闘技や武道では「やってはいけない」と言われることは「何でもやる」のが私の武術だ。
とはいえ、ある種のプリズナートレーニングと言えるとは思う。
場所も器具も金も教師もいらないところがだ。
私も、世間ではプリズナー(囚人)と変わらないのだ。

ポール・ウェイドは『プリズナートレーニング』の本を、あらゆる家庭に備えさせたいようであるが、私の武術は誰も知らなくて良いし、教える気もない。
それほど汚い最低のものだ。
自信に満ちている訳でもない。使えば、こっちもタダでは済まないのだから、そこそこに使うことは出来ないのだ。
だが、おかげで、理想的なすらりとした美しい、そして狼のように俊敏に動ける身体を得ることは出来た。
私は、世間で言うオマケは好きではないが、これだけは嬉しいオマケと思っている。
無論、「全て順調だ」という呪文を忘れずにやるべきである。
すると、このような武術だけでなく、文字通り全てのことで、本当に喜ばしいオマケがいくらでも得られるだろう。
人生の楽しさとは、思いもしなかった真に素敵なオマケを得ることではないだろうか。









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身体を痛めない運動を

一流スポーツ選手の大半は、身体が壊れてしまっていて、それを何とか誤魔化しながらプレイし続けている。
特に、アメリカの野球のように、「剛速球を投げる」「特大ホームランを打つ」ことが好まれるものでは、若いうちからそうなる。
なぜそうなるのかというと、ウェイトトレーニングをして、沢山食べ、筋肉モリモリになり、体重も重くなった身体をフルパワーで動かすのだから、骨や筋が耐えられるはずがない。
イチローのように、ほとんど身体の故障が起こらないのは奇跡のように言われるが、彼は、ウェイトトレーニングを全くせず、毎日、長時間ストレッチ運動をしているようだ。
イチローが、遠くに届く球を投げたり、その気になれば長打を打てるのは、筋肉の力ではなく、身体の使い方が優れているからだろう。
しかし、他の大半の選手は、壊れると分かっていながら(あるいは、自分だけは大丈夫だと思うのだろうか?)、皆、ウェイトトレーニングで「パワーアップ」したがり、「いい身体」になりたがる。

実は、プロレスのジャイアント馬場さんが、事故的な場合を除き、全く怪我をしない人で、5千試合連続出場なんてことをやっていた。
馬場さんは、糖尿病のため、歳を取ってからはかなり痩せていたが、パワーに満ちた若い頃だって、決して、クリスタルカットの筋肉や板チョコの腹筋みたいな身体ではなかった。
彼は、元々は巨人軍のピッチャーで、当時は、腕立て伏せも怪我につながるからと、やらされない時代だったが、走りこみは相当やったらしい。
そして、若い時にアメリカに行き、フレッド・アトキンスという名レスラーに弟子入りしたのが良かったのだろう。
50歳をとおに超えたアトキンスに力で全く敵わなかったというが、アトキンスも筋肉が強かった訳ではないのだと思う。
馬場さんも、ロープを引っ張るようなトレーニングをさせられたというが、やはり、アトキンスに、正しい身体の使い方を教えられたのだろう。
ホームラン世界記録の王貞治さんは、引退の前の年に、それまでやらなかったウェイトトレーニングを取り入れてしまい、最低の成績に終わって引退してしまった。40歳くらいで、当時としては、その歳まで現役なら大したものだったと思うが、本当はもっと長くやれ、ホームランも900本の大台に乗せられたかもしれないし、1000本だっていけたかもしれない。

『プリズナートレーニング』という、囚人が刑務所内で自分を守るため、道具も広い場所もない監獄で、自分の体重を使って効果的にトレーニングする方法が書かれた本があるが、ここでも、「外の世界の連中」が、重い負荷を使ったウェイトトレーニングで、どれほど容易く身体を壊してしまうかが指摘されている。
ただ、私からすれば、プリズナートレーニングも、やや過激な部分はあると思うので、良いところだけ取り入れている。
例えば、腕立て伏せは、体幹能力を鍛える目的で、脚は閉じてやるといったところである。

ところが、一般人がジムでウェイトトレーニングをしていることも結構あるらしい。
いずれ、プロでも、ウェイトトレーニングは愚かだというのが常識になると思うが、一般人まで、それまで付き合う必要はない。
盛り上がった筋肉をつけることに憧れるのかもしれないが、今の私がそうだが、未来の人は、現在以前の男性の筋肉モリモリの画像を、嘲笑はしないだろうが、冷ややかに、あるいは、憐れんで見ることになるだろう。

ジムになんか行かなくても、車ばかり乗らないで歩けば良いし、また、スマートフォンをしまって、姿勢良く、適度に速く歩けば良い。
スマートフォンを持った若い人の歩く遅さは、大袈裟でも何でもなく「異常」であるし、周囲の迷惑に配慮しない精神性もまた「極めて異常」である。
ここまで異常な人間が、幸福になったり成功することはありえない。

運動するなら、決して身体を痛めず、身体全体を調整出来る腕振り運動や、スクワットや腕立て伏せも、姿勢良く、適度な速さで適度な回数をやれば十分と思う。
それと、私は、蹲踞(そんきょ)を重視し、いろんな運動の間に、頻繁に蹲踞をする。
そして、蹲踞がまさにそれを鍛えるが、足の親指の力を重要視し、腕振り運動の際も、足の親指に力を入れるようにしている。
ところで、「筋肉ではなく骨じゃ」と主張する武道家が書いた本があり、確かに本人も優れた武道家なのだろうが、とてもではないが、文章で教えられるものではないので、本を読んでも無駄である。
彼の直接指導を受けてすら、成功する人は少ないはずだ。ましてや、本なんかで学ぼうとすると、間違ったことばかりやり、逆効果になる。
別に、特殊な運動をする必要などないのである。
私が今、最高の運動だと思っているのは、掃除、洗濯の一連の動き、そして、二階への昇り降りで、これらを真面目にやると、後はよく歩けば、特に運動は必要ないとすら思う。









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魂に感応する人間力

笹沢左保さんの時代劇小説『木枯し紋次郎』で、ヒーローの紋次郎は、じっとしていても隠しようのない貫禄があって、力のある人間ほど、それをはっきり感じることが出来るのだと思う。
また、つまらない人間であっても、魂では、紋次郎の常人とは違う何かを感じるのだろう。
そんな人間は現実にもいるのだろうなあと思う。
そして、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』ではないが、「ソウイウモノニ、ワタシハナリタイ」と思う。
では、どうすればそうなれるかというと、やはり日々の修行だろう。
決して弛まず、自己を厳しく律することを長年続けることで、そうなれるのだと思う。
紋次郎は、別に目的がある旅ではないが、毎朝、おそらくは午前4時には起き、支度を整えると、すぐに旅に出発し、1日中、風のように速く、そして、黙々と歩く。
宿に泊まることはなく、農家の物置を借りたり、山寺に宿泊し、野宿をすることも多い。
そんな厳しい生活を送りながら、愚痴の1つも言わず、ため息など決してつかず、引き締まった顔で淡々と過ごす。

まあ、なかなかそんなことは出来ないが、新渡戸稲造が、こんな話をしている(『武士道』に載っているのかもしれないが、読んだことがないので知らない)。
江戸時代、ある立派な武士が、街中で1人の町人に目を留める。
一見、普通の町人であるが、その目付き、立ち居振る舞いから、彼は只者ではないと感じ、武士は近寄って、「お前は何者?」と尋ねるが、町人は、「ただの町人でございます」と言う。
「そんなことはあるまい。わしはこれでも、人を見る目はある」と武士が詰め寄ると、町人は、「もし、他の者と違うところがあるとしたら・・・」と、こんな話をする。
自分は子供の時からひどく臆病で、それを治したいと思って、毎日、夕刻になると墓場に行くことにしているが、それを毎日欠かさず続けていると。
武士も、それで納得したのではないかと思う。
自分に課した修行を、毎日、必ずやるということを長年続ければ、魂に感応する不思議な雰囲気を持ち、それは、実際の力を示している。

その修行は、怠惰な甘い自分に打ち勝つようなものであれば良い。
新渡戸稲造は、毎朝、必ず水ごりをすると決めたそうで、風邪で高熱がある日も決して止めず、医者に怒られたというが、それは確かにやり過ぎとしても、そのくらいの気概があれば良い。
私は、朝晩のトレーニングを5年、夜だけなら7年は、毎日欠かさず続けているが、少しは貫禄や雰囲気が出てきただろうか・・・などとつまらぬことを考えている。
トレーニングに関しては、「プリズナートレーニング」の思想に大いに共感しているが、私は、あのような筋力至上主義者ではない。
蹲踞で足の親指を鍛え、腕振り運動で仙骨の調整をしつつ、ヒンズースクワットやプッシュアップ(腕立て伏せ)を愛好し、武術の鍛錬を熱心にやっている。
また、「プリズナートレーニング」では全く触れていない、鼻で静かに呼吸することを全面的に取り入れている。
最近、トレーニングが楽しみでならなくなったのは、トレーニング法や武術が完成に近付き、実際に強くなっているからだろう。
気のせいかもしれないが、最近、可愛い少女と不意に目が合っても、悪い反応を見た覚えが全くなく、むしろ、好ましい様子さえ感じるようになった。
まあ、気のせいか・・・
ただ、精神的には、大きく欠けるところがあることは明白だ。
これは、社会的修行がまだ足りないということか。
Mitchie Mさんの手による、初音ミクさんの隠れた名曲『Believe』を聴いて、もっと頑張ろう。
私はやる気が出るのである。この曲で。








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修行で得た力は、使わないと意味がない

5年以上、毎日欠かさず続けている、訓練とか修行といったものがあるだろうか?
まあ、サラリーマンなら、会社に行くことも、修行というか苦行である人も多く、実際、立派な修行ではあると思うが、これは目的が金であるのだから、魂を磨く効果は、やや低いかもしれない。
もっと、自主的で・・・つまり、自分の意志でやっていることだ。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、それがDTM(デスク・トップ・ミュージック。コンピューターを使った音楽)だったから、初音ミクさんを生み出したのだが、本当に、毎日やっている何かで人生で決まると言うか、それが、人生そのものかもしれない。

私は、5年以上、朝晩、身体を鍛えていて、特に、ヒンズースクワットは欠かしていないし、最近では、護身術のような武術を編み出した。危な過ぎて、組み手なんてとんでもないというものだ。
おかげで、身体は妖精(妖怪?)じみてきたが、これでは初音ミクさんは生み出せないし、そもそも、何の役に立つ訳でもないかもしれない。
まあ、新渡戸稲造は、毎朝、水ごりをやったらしいが、それはそれで、魂を磨くだろうから、私のスクワットも、そんな効果があればと思う。
私の鍛錬は、狭い部屋の中で、道具なしで出来ることが必要だったので、その点、監獄の囚人の間で受け継がれてきたプリズナートレーニングの精神と同じだが、アメリカ的に、筋肉の力を最重要視するのとは、私のは、やや思想が違う。
だが、仰向けに寝てバーベルを上げるように、腕以外を固定して腕を鍛えるようなトレーニングはせず、腕立て伏せのように、全身を使う運動をするといった基本的なところは同じだ。
スクワットも、西洋式に、手を頭の後ろで組み、かかとを常につけ、「脚以外は絶対に運動させないぞ」というものではなく、ヒンズースクワットは、とにかく、身体全体を使い、動く部分と動かない部分の断絶を起こさせない。
以前は、ヒンズースクワット200回が苦しかったが、呼吸を少なくし、しかも、鼻だけで呼吸しながらやることで、300回でも、さして苦しくなくなった。

般若心経を毎日唱え、累計で10万回は唱えたという人がいるが、そんな人は、もう只者でない雰囲気が明らかにあり、実際、超人である。
なぜかというと、そこまで自分の意志を自在に使えるなら、人間を超えているからだ。
法然のように、1日6万回とか7万回、念仏を唱えられる人も同じだろう。
とはいえ、毎日、よほどのことがない限り続ける何かがあれば、それなりに意思を使えるようになっているはずである。
よほどのことと言うのは、1年に、せいぜい5日までと考えて良いと思う。
心を鍛え、意思を使えるようになったら、それを使わなくてはならない。
つまり、行動しなければならないし、もっとはっきり、戦わなくてはならない。
インドの大統領だったかが、自分の娘に「愛とは戦いである」と言ったらしいが、人生そのものが戦いである。
念仏も、腕振り運動も、バガヴァッド・ギーターを読むことも、心を鍛え、魂を磨く優れた方法であるが、大切なことは、それで得た力を使って戦うことである。
「戦うって言葉は嫌です」なんて、甘っちょろいことを言ってはならない。世の中は甘くなく、戦って勝たなければ、負け犬になるしかないからだ。









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名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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