ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ビル・ゲイツ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

驕って落ちぶれた者と謙虚で成功し続けた者

誰でも、たまたまうまくいって有頂天になることが一度や二度はあると思う。
それが人生のテストみたいなもので、そこで躓(つまづ)いて哀れな結果になることが多い。
子供には、必ずこう教えるべきだ。
「もうすぐかもしれないし、ずっと先かもしれないが、お前は何かでとてもうまくいって、沢山の人がチヤホヤしてくれ、もしかしたら、お金も沢山入って来るかもしれない。でもそれは、お前が本当に強いからではなく、たまたまなのだ」
そして、本当の実力について教えてあげないといけない。
成り上がった時には、悪魔が側に控えていて、いい気になっている人間を蹴落として楽しもうと狙っているのだ。

昔、日本で、たまたまテレビで大変な人気者になった子役俳優の男の子がいた。
本当に凄まじい人気で、彼が「気に入らない」と言えば、番組の偉いスタッフすら降板させらるほど丁重に扱われた。
しかし、もちろん、そんな人気が長く続くはずがないが、彼はすっかりいい気になって、ある程度の年になっても自分を磨かなかった。そして、彼を巡る大金も、そんな彼や周囲にとってマイナスに働いた。それで彼は、一時は落ちぶれたが、彼は長く痛い目に遭って、ようやく学んだのだと思う。その後は別のことで成功している。

マイクロソフト社の創業者で、世界屈指の大富豪であるビル・ゲイツは、18歳の時に、友人のポール・アレンと共に、初期のパソコン(当時はマイコン=マイクロコンピューターと言った)のためのプログラミング言語BASICを開発してマイクロソフト社を起業し、たちまち大成功して、天才少年と崇められ、お金持ちになった。
ゲイツはその後も成功し続け、40歳前からずっと、ほとんどの期間で世界一のお金持ちであり続けた。ところが、60歳を過ぎた現在に至るまで、驚異的なことであるが、思い上がることがなかった。
ゲイツが23歳位で、既に大金持ちだった時のこんなお話がある。
彼が社長を務めるマイクロソフトで、事務員の募集をしていた。
それを見てある女性が応募をした。彼女は、子供が独立したので、社会復帰したいと思っていたのだった。
だが、マイクロソフトの面接に行った彼女は、辞める予定の今の事務員の女性を見て、来るところを間違えたと思った。その女性はブロンドの若い美女だった。
けれども、彼女と面接した、すらりとしたハンサムなゲイツは、すぐに、「いつから来れますか?」と彼女に尋ねた。
彼女は、マイクロソフトに入社したが、コンピューターやソフトウェアについて無知だった。
ところが、彼女が何を尋ねても、ゲイツは、彼女が解るまで、粘り強く丁寧に説明するのだった。
マイクロソフトは躍進し続け、大きな業績を上げたある年、ゲイツ達はお祝いの食事会のために高級レストランに行き、彼女も同行した。
だが、普段、大衆食堂か持ち帰りピザで夕食を済ませ、高級レストランなどには行かないゲイツは勝手が分からず、結局、ハンバーガーを注文した。
ちなみに、ゲイツが育った家庭はかなり裕福だった。

私は、単に興味がないので「いいレストラン」に行くことはなく、たまにそんな所に行くと、ずらっと並んだナイフやフォークに圧倒され、実際、使い方が分からない。
ところが、若い人と一緒に行くと、彼らは全くそつなく扱える。
他のことでも、彼らは世間のことはよく知っているのだ。
だが、そんな者というのは、特別な能力がない。
きっと、時間を使うところを間違っているのだと思う。
まあ、世間のことをうまくやれない者のひがみかもしれないが(笑)。

特に、若いうちは思い上がらずにいることは難しい。
しかし、度を過ぎると、後で必ずツケを払うことになる。驕った分は、容赦なく取り立てられる。
だが、謙虚であれば、自分を抑えた数倍の力が与えられるのである。











やっぱりオタクでなくてはならない

私はちょっと昔のことしか知らないが、若い人達を中心に、イチローさんや中田英寿さんや本田圭佑さんのようになりたいと思っていた(いる)人が多かったと思う。
しかし、今は、なれるものならなりたいとしたら、それは米津玄師(よねづけんし)さんではないかと思う。
私は、神様が「イチローと替えてやる」と言ってくれても断っただろうが、そんな私でも、米津玄師ならなりたいと思う。
無論、本人の苦労とかは全く考えずに・・・という話なのは言うまでもないが。
年末のNHK紅白歌合戦は、特に古い歌手は出たくて仕方がなく、そのためには何でもするらしいが、米津玄師さんは逆に、NHKがどんなことをしてでも出てもらおうとしたのだから(結局、昨年は出なかったが)、まさに絶対的存在である。
以前は、宇多田ヒカルさんもそんなことがあったが、米津さんほど、「出ない。理由は特にない」という雰囲気ではなかったと思う。
つまり、誰に対しても好き勝手出来るだけの強さがあることに誰しも憧れるだろうし、しかも、それでいて、米津さんは、大人しくて横暴さをまるで感じない。
もちろん、私は米津さんのことは実際は全く知らないので、テレビでたまたまインタビューを見たり、『ROCKIN'ON JAPAN 2013年11月号』での、じんさんとの対談を読んだ感じでそう思っただけである。ちなみに、私は米津さんと同い年のじんさんの天才振りは米津さんに優るとも劣らないと思っている。

で、これも何かでチラと見ただけだが、イメージに合うこととして、米津さんは、パソコンに向かって黙々と曲を作るのが好きな仙人みたいな人・・・これを俗っぽく言えば、オタクなんだと思う。
随分前から、オタクの時代と言われ、チームラボ(デジタルアートで有名なテクノロジー企業)は以前、社員募集条件の第一に「オタクであること」というのがあったのを覚えているが、チームラボ社長の、やはり天才、猪子寿之さんがオタクを求めるところにも、オタクこそ人類の理想形(の1つ)であることが分かるのである。

1997年に、当時既に「オタキング」と呼ばれていたかどうかは知らないが、東大教養学部で講師もしていた岡田斗司夫さんが『東大オタク学講座』という本を書かれていたのが、まさに、「オタクの時代」と言われてしばらくのことで、当時、マイクロソフトのCEOだったビル・ゲイツが世界的オタク(彼はパソコンオタク)の代表だった。
当時のことであるが、 岡田斗司夫さんは、その本で、「ファンは、ただ対象が好き」「マニアは、好きな対象に関するグッズ集めに精を出す」ようなことを書かれていて、では、オタクとは何かと言うと、「対象と自己のバックグラウンドレベルで関わる」みたいな定義をしておられ、当時としては新鮮であった。
まさに、ビル・ゲイツはパソコンとバックグラウンドレベル(生い立ちが関わる信念)で関わり、米津玄師さんは音楽とバックグラウンドレベルで関わっているのだろう。

だから、まあ人にもよるが、特に若い人は、米津玄師さんの雰囲気を見て良いと感じたら、何かのオタクになるのが良い。
しかし、全教科万遍なく頭に詰め込まされる学校というのは、オタクを否定する場所であるが、スポーツや音楽だけでなく、学問の世界でも、人類を前に進めるのは、間違いなくオタクであり、日本の学校にいる限り、世界的リーダーになるのは極めて難しい。
脳科学者の茂木健一郎さんの話で、完全に本当かどうかはちょっと疑わしいとは思っているが、ビル・ゲイツが高校生の時、担任教師がゲイツに「お前はプログラミングだけしてろ。そしたら、卒業単位は俺がちゃんとやるから」と言ったらしいが、そんな学校なら行っても構わないだろう。
何にしろ、オタクになることだ。
つまり、三度のメシより好きな何かをやることで、格闘家で子供の時からケンカオタクだった堀部正史さんによれば、誰でも、そんなものが1つはあるはずだと言うが、全く同意である。








日本の教育方針は無視しないと危ない理由

頭の良さとは、測定出来るものではない。しかし、次のような方法で、推測が出来るかもしれない。
我々は、よく、「(A)は、だいたい、(X)だ」という言い方をする。例えば、「挨拶がきちんと出来る人は道徳的な人だ」とかである。
実際は、挨拶が出来るからと言って、その人が道徳的であるという保証はないが、ほぼ合っていると考えて良い。
これを、「挨拶が出来ることと道徳的であることとは相関性がある」と言う。
頭の良さも、何かに相関性があるかもしれない。

「知識と知恵は違う」と言うことがある。
つまり、物知りだからと言って、必ずしも賢くないし、馬鹿である場合だって少なくないかもしれないということだろう。
ところが、知識量と頭の良さは、高い相関性があることは、分かっているらしい。
実際、「物知りだけど賢くない」というのは、むしろ例外で、知識が多ければ、思考力・問題解決能力も高い。
では、「試験の成績が良い人は頭が良いのか?」と問うなら、答は「ごく限定的にイエス」だ。
特に、学生の間は、試験の成績と頭の良さに、相関性はかなり認められると思う。
ただ、教科書の知識は、知識全体のほんの一部で、しかも、非常に偏った知識であることに注意しなければならない。
教科書に載っていることが、ものごとの基礎でも何でもないことは、多くの人が誤解している。
教科書に載っていることは、「1つの偏見」くらいに考えて丁度良いのである。
とはいえ、教科書の知識も1つの知識であることは確かで、多くの学生は、持っている知識の多くは教科書の知識なので、教科書の知識が多い方が、頭が良い可能性が高いのである。
しかし、ある学生が、教科書に書いてあることはあまり知らないが、教科書には載っていない何かに強い好奇心を持ち、多くの知識を得ていて、しかも、その知識量が非常に大きければ、学校の秀才よりずっと賢いかもしれない。
その代表がアルベルト・アインシュタインだった。
彼は、学校の試験の成績はサッパリだったが、科学の一般書に興味を持ち、沢山の知識を得ていた。
逆に、アインシュタインは知識を軽視していたという誤解もあるが、彼が軽視していたのは、教科書に載っているような知識だった。

社会人になると、学校での、教科書の知識量で優劣がついた頭の良さは容易く逆転する。
教科書の知識は、この世の情報のほんの一部で、しかも偏っているし、しかも、秀才だったとはいえ、いつまでも教科書の内容を覚えている訳ではないのだから、学校を終えてから知識を増やさないと、学校秀才も、あっという間に馬鹿になる。
だが、教科書をいつまでも覚えている者も問題なのだ。
教科書の知識を保持している大人が、教科書に載っていない知識も豊富であれば良いのだが、そんな(教科書の知識を保持している)者は、多くの場合、教科書に載っていること以外の知識に欠けている。
ところが本人は、教科書の知識が豊富な自分は、頭が良いと思っている滑稽なことが多いのだ。
学校や塾・予備校の先生には多いタイプと思う。
私の中学校の時の音楽の先生は、生徒に対しては、自分がいかにも大音楽家のように振る舞っていたが、大学や大学院程度で、しかも、専門分野しか知識がなければ、大人としては知識が少ない、つまり、馬鹿であるが、本人にその自覚がなく、自分は優秀だと思っている。面白かったのは、その学校に、本物の音楽家が善意で指導に訪れた時、その音楽教師の物凄く憮然とした顔が新聞に載っていたことだ。自分の馬鹿さを感じざるを得なかった教師の哀れな様子だったのだと思う。
専門馬鹿で、他のことをあまり知らず、しかも、その専門も学校レベルであるなら、そもそもが、世の中で通用しない。
よく、「教師はつぶしがきかない」と言われるが、広い範囲で知識豊富なら、そんなことは絶対にない。しかし、教師は偏った狭い知識しか持たない場合が多いのである。
だから、本当は、教師は子供に関わらせてはいけない人種なのである。

プログラマーでも、コンピューターやプログラミングの知識しかない者は、プログラマーとしても能力は低い。
ビル・ゲイツも、「優秀なプログラマーは、あらゆることを話題に出来る」と言っていたが、全く正しい指摘である。
学生のうちから、成績はそこそこでいいから、興味のあることをどんどん勉強し、本当に賢くなっておくことだ。
特に、これからの時代は、いくら「お勉強」だけは出来ても、学校の偏った狭い知識しかない者は全く駄目だ。
自分が好奇心を持てることをガンガン勉強する者が、ごく自然に上に立つ時代になった。だが、おかしなことに、日本は、世界で、この動きに最もついていけていない国なのだ。
だから、国の教育方針など、あまりに下らないだけでなく、危ないので、決して関わってはならない。








決して考えるな、決して、決して、決して

1900年代初頭のイギリスの首相ウィンストン・チャーチルほどの政治家はそうはいない。
それまでのイギリスが、ヒトラーに遭えて逆らわず共存する(いわゆる宥和政策)道を取っていたが、チャーチルは、絶対にヒトラーを潰すべきと確信して疑わなかったおかげでイギリスは救われた。
チャーチルには、ヒトラーが絶対に危ないヤツにしか見えなかったが、彼の目は確かだった。単に、自分に似ているから分かったのだという説もあるのだが・・・
チャーチルの言葉としてあまりに有名なものが、
"Never never never never give up."
(決して諦めるな、決して、決して、決して)
だ。
だが、これからの時代には相応しくない。
これからは、
"Never never never never think."
(決して考えるな、決して、決して、決して)
だ。

普通は、「考えすぎるな」「余計なことは考えるな」程度に穏便に言うのだが、それどころではない。

断然、感情任せで進め
~『アメリカ~We are all right!~』(作詞・作曲・編曲:じん。唄:IA)より~

である。
情緒を大切にすれば、直観は感情に現れる。
私は、この歌を作ったじんさんが、二十歳そこそこで『カゲロウデイズ』のような凄い小説を書き、これをアニメ化する時は、脚本と音楽を担当して大ヒットしたことに、感心するより呆れた。
自分が二十歳くらいの時のことを思い出し「なーんも考えていなかった」と言う人が多いが、そうではなく、やっぱり「余計なことばかり考えていた」はずなのだ。
じんさんは、今をときめく米津玄師さんと同い年で、ニコニコ動画のボカロ曲で世に出たところも同じだが、米津さんが先に撤退したとはいえ、ミリオン(百万回再生)曲数では、じんさんが、2位以下を圧倒する1位で、歳が同じこともあり、2人は意識し合っていたようだ。

近年は、アメリカでも日本でも、20代で起業して成功する事業家も多い。
その代表が、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズで、現役では、マーク・ザッカーバーグやラリー・ペイジ、イーロン・マスク、孫正義さんらだ。
40代以上で、まともな知性のある人なら、自分が20代の頃のことを思い出すと全くのガキで、ゲイツらがいかに頭が良くても、そのあたりは変わらないはずなのに、なぜ、あれだけうまくやれたのか、不思議に思うはずだ。
しかし、ゲイツらは何も考えてなかったのだ。
確かに、ゲイツは、"Let's think harder(もっとよく考えよう)"と言ったし、彼が愛読したという、チャールズ・ハアネルの『ザ・マスター・キー』には、考えることの重要性が懇々と説かれている。
だが、若い頃、ゲイツは激情家で、多分、本人も分かっていないが、彼が「考えろ!」と言う時、正しくは、「馬鹿なことを考えるな!」だったはずなのだ。
彼は昔、頭で考えて、インターネットは重要でないと思っていた。
しかし、ある時、5日間、部屋に閉じこもり、部屋から出ると、マイクロソフト全社に「我が社は今後、全てをインターネットにシフトする」と号令をかけた。それで、マイクロソフトは破滅を免れた。
しかし、彼は5日の間考えたのではなく、5日かけて、考えるのを止めたのだ。そこは賭けても良いと思う。

世間で言う「思考停止」とは、愚かな考えにとり憑かれたことを言っているのである。
『燃えよドラゴン』の「考えるな、感じろ」は全く正しいが、無理に感じる必要はない。
考えなければ自然に感じる。
胸に秘めた想いがあれば、考えるのをやめれば、必要なことは感情でやってくる。それが直観である。
だから、最も正しくは、「決して考えるな、決して、決して、決して」なのである。









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運とは掴み取るもの

あなたにも、自慢出来ることの1つや2つあるだろう。
解り易いものなら、学歴(学位)やTOEICスコア、会社の肩書、スポーツや何かのコンテストのトロフィー、職業、免許、資格。
しかし、いかなるものであれ、それを得られたのは、あなたの努力というより、運だ。つまり、たまたま得られたのだ。
今年の東大の入学式で、上野千鶴子氏が「君達が東大に入れたのは単に運が良かったから」みたいなことを言い、東大生や東大卒業生はムっとし、東大生の親御さんは「うちの子がどれほどがんばったか・・・それをよくも」と憤ったかもしれない。
だが、憤った人は、東大入学(あるいは子女の東大入学)が人生のピークで、後は落ちるだけである。
対して、「なるほど!運だった」と思う人は、上がる一方である。

投資家のマックス・ギュンターは『運とつきあう』で、あらゆる成功者の成功の要因は運だと述べ、なるべく明確に証明もしている・・・つまり、エビデンス(証拠)を示している。
言うまでもなく、努力せずに成功した人はいないが、成功者1人の裏には、成功者と同等以上の能力があり、成功者に負けない努力をして駄目だった者が、数千人、数万人といるのだろうと思う。

だが、成功者の多くが、あまり露骨には言わないかもしれないが、自分が努力で成功したかのように言ったり示唆することが多く、さらに、努力の尊さを説き、「君達も努力さえすれば成功出来る」と言うことが多い。しかし、実際は、努力しても成功しなかった者の数が圧倒的なのである。
リー・アイアコッカが「いつの時代も勤勉が一番大切だ」みたいなことを言ったと思うが、それはそれで正しい。勤勉でないビジネスマンが長期に渡って成功することは絶対にない。しかし、勤勉でない人間なんて、ロクでもないものなのだ。
けれども、勤勉だけど成功しない者が圧倒的なのだ。
それで、「なぜ、あなたが成功しないのか・・・それはこの秘訣を知らないからである」みたいな、成功のノウハウ書が次々出てくるが、それらの本に書かれた方法で成功する者もいない。
何せ、成功の要因は、本当は運なのだから。

だが、自分の成果が運のおかげと認め、運に感謝する人は、運に恵まれ易い。
なぜかと言うと、本当は、運が巡ってこない人間はいないのだからだ。
その必ず来る運を逃さない心構えがある人、リスクを背負って運に賭ける人が成功するのだろう。


One Life この瞬間を
One Chance つかみ取ろうよ
・・・・・・
One Life 大切なもの
One Chance 逃さないで
・・・
スピード上げて
流れ星に 飛び乗ってみよう oh, oh, oh
すべてを託して 未来へ飛び出せ
※歌詞の3箇所を抜粋
~『Shooting Star』(作詞・作曲:KURIS・YUICHI NAKASE、編曲:TeddyLoid。歌:IA)より~

【IA OFFICIAL】Shooting Star / TeddyLoid feat.IA (MUSIC VIDEO) -YouTube-

なるほど、昔から言う通り、運は流れ星(Shooting Star)なのである。
ビル・ゲイツは努力の大切さを説くが、飛行機はエコノミークラスに乗り、大衆食堂で食事する彼は、本当はどこかで解っているのだ。
実際、彼が運が良かったことは明白だ。
松下幸之助さんも、運の大切さを語っていたし、斉藤一人さんは、「私が成功したのは、頭が良かったからでも、頑張ったからでもなく、運が良かったから」と初期の著書では明言しておられた。
川上量生さんも、自分を「運だけで成功した経営者」と言ってた頃は凄かった。しかし、何年も前から危ういと思っていたが、そうなってしまったようだ。









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名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
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