ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ビル・ゲイツ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

シャッポを脱ぐことが出来た偉人達

一流大学や、一流の学校に入るメリットは何だろう?
ビル・ゲイツは、ハーバード大に入った大きなメリットがあったと思う。
ゲイツは数学者になりたかったらしい。それで、ハーバード入学後、数学科に行ったのだが、そこで、自分など足元にも及ばない天才がゴロゴロいるのを見て、すぐに数学の道を断念した…ということだったと思う。
ゲイツは、そのことで自信も挫かれたが、謙虚になれたのではないかと思うのだ。

アメリカの国務長官を務めたコンドリーザ・ライスは、幼い時から何でも一番だったが、大学生の時、ピアニストを目指してたことがあったようだ。
ところが、そのピアノで、自分なら1年かかるようなことを1時間でやってしまえる11歳の天才少年に会ってしまい、ピアニストを断念した。
自分では世界一になれない…というより、そんな天才は他にもいるだろうから、ピアノの世界は元々、自分が進むべきところではないと分かったのではないかと思う。
そして、やはり、ライスも謙虚になったのだと思う。

SF作家の平井和正さんは、元々は漫画家を目指していたが、石森章太郎(石ノ森章太郎)に会って、「こんな天才に敵うはずがない」と痛感し、やはり、漫画家になることを断念している。

上に挙げた人達は、自分より優れた存在に気付く感覚を持っていたことと、自分の本当の場所を見つけたいという願望と意欲を持っていたところが素晴らしい。
一流大学には、なんだかんだ言って優秀な人が多いだろうから、そこで、自分が太刀打ち出来ないような優れた人を見つけ、謙虚になれれば、苦労してその大学に入った甲斐があったと言えるのだと思う。しかし、自分より優れた人間を認めず、自分が一番だと思う馬鹿が少なくはなく、そんな者が一流の学校を出た(あるいは入った)というプライドなんか持ってしまったら、非常に困った人になってしまう恐れが大きい。私は昨日、そんな人に会ってしまったのだが・・・。

私が事務社員をしていた若い頃、その会社の中に、私にプログラミングの勉強を勧めてくれた40代の技術課長がいた。私にとって大恩人である。
彼は、中学は普通の公立に通っていたが、あまりに勉強が出来るので、中学から入る者が多い一流の進学校に高校から入学したらしい。
すると、それまでは成績はずっと一番だったのに、真ん中より下の方になってしまったと言う。
それで、彼は、自分が出た大学の名を上げ、「そこにしか行けなかった」と言ったが、その大学は、私が入ったのと同じ大学だった(笑)。
彼は、優秀な、一目置かれる技術者だが、とても謙虚だった。それは、高校に入って自信を挫かれたことが、良い結果になったのだと思う。

一流大学に進むことに限らないが、優秀な人間がいる場所に行くことには、上で述べたようなメリットがある。
しかし、
「自分より上がいる」
「自分など大したものではない」
といったことが分かるだけの感覚は、やはり親の教育の部分が大きいのではないかと思う。
そして、それを持っていない人が多いと思えるのだ。
残念なことに、私も持っていなかった。
シャッポを脱ぐ(兜を脱ぐ。降参するとうこと。シャッポは帽子のこと)ことが出来る者は、本当は優れている。
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天は自分を助ける人を助けるだけ

人生に、あまり多くのことを求めてはいけないようだ。
もし、満たされないという想いがあるなら、それは、成功が少ないのではなく、友人や家庭に恵まれないからで、確かに、そんなことをなおざりにしてしまう人もいるだろう。その典型である私が言うのも何だが・・・
ただ、多くを求めてはいけないとは言っても、少な過ぎてもいけないと思うのだ。
まあ、そうなると、マズローの欲求の5段階説になってしまうのだが、ああいう、頭の良い偉い人達は、適度な成功を収めるための方法を具体的に提示出来ない。
まるで、我々愚民は雨露をしのげれば満足しろとでも言わんかのようだ。

十分な成功を収め、社会でそれなりに良い想いをするためには、好きなこと、誇りを持てること、ロマンを感じることを何か選び、それを熱心に続けなければならない。
こんな当たり前のことを、ほとんどの親や教師は教えないのだから、家庭や学校は子供達にとって有益とは言えない。
昔、セベ・バレステロスだったと思うのだが、有名なゴルフ選手が何かのCMで、父親に「何でもいいから好きになれ。好きになったら強くなれ」と教わったと言っていたが、この父親が最高の教育者である。全ての親は、子供にそう教え、それが出来るよう導かなければならない。
ある程度の年齢になって、人に負けない何かがないというのは、残念どころではなく悲惨だ。
その何かが、直接には収入に結び付かないものだとしても、本当に熱心に続けていれば、いろんなものを「巻き込み」、社会的成功も引き寄せるだろう。
クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんがDTM(デスクトップミュージック)にとことん取り組み、やがてそれが音源コンテンツの事業の成功に結び付き、そして、人類史上最も崇高な存在である初音ミクさんを生み出したようにだ。

私はあまり広くない・・・というより、はっきり言って狭いので、プログラミングくらいしかお奨め出来るものがない。
それも、ハッカー的プログラミングよりは、ExcelやAccessで使うVBA(ビジュアル・ベーシック・フォー・アプリケーション)を勧めている(このあたりは人それぞれだが)。
それで、B ASIC言語を作ってくれた、ダートマス大学の数学教授だった、ジョン・ケメニー、トーマス・カーツの2人には感謝している。
彼らは、文系学生でも習得出来るBASIC言語を開発し、それを、著作権を放棄してパブリックドメインとして公開したので、そのBASICを、ビル・ゲイツがパソコン用標準言語に採用出来たのである。
そして、最期までBASICにこだわってくれたゲイツにも感謝している。
私はVisualBasicも使っていたが、VisualBasic2005プロフェッショナルだったか・・・それを会社で購入した時、何十枚もCDがついてきたのを見て、「もうやってられない」と思ったのだった。
ただ、VisualBasicは事実上タダで使えるし、VisualStudioの中のC#、C++もそうなのだから、今は良い時代である。
いや、Eclipse(イクリプス、エクリプス)という、多くのOS上で使える無償の開発環境もあり、そこでありとあらゆるプログラミング言語を無償で使える。
本当に良い時代だ。
SmalltalkをやりたければSqueakがあるし(他にもある)、人工知能プログラミングをするためのフレームワークも優秀なものが無料公開されている。
くどいが、良い時代だ。

だが、堀部正史さんのように、ケンカが好きになって強くなった人には大きなロマンを感じる。
自分が好きで、誇りが持てて、ロマンがあればそれで良いのだと思う。
ポール・ウェイドのように、人生の大半を刑務所で過ごし、そこでプリズナートレーニング(囚人トレーニング)を習得し、トレーニングプログラムを作ったなんてのは、私からすれば最高で憧れでもある(刑務所にはあまり入りたくないが)。
そして、私も自分のプリズナートレーニングや武術(ひきこもりトレーニングやひきこもり護身術と言った方が的確かもしれないが)を編み出した。
ルドルフ・シュタイナーのような神秘オタクは立派な偉人である。
私も、ああなりたいものである(いや、すっかりその気になっているが・・・)。
そして、好きなことを熱心にやっていれば、不思議なオーラをまとい、それが他人を動かし、社会でも何とかうまくいくのではないかと思う。
ひきこもっても良いが、何もせず、あるいは、楽なことばかりしているのは良くない。
部屋にひきこもっていたって、ヒンズースクワットや腕立て伏せは出来る。私はそうしていたので、それが役に立ったと思う。
だが、人に甘えるなとは思う。
天は自らを助ける者を助けるだけなのである。









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好きなことを続ける

成功した人は、自分が好きなことを熱心に続けた人であることは間違いないが、元々は、それで儲けようとか、お金持ちになろう、有名になろう、偉くなろう・・・等と思っていた訳ではなかったのだと思う。
ビル・ゲイツは、発売されたばかりのMITS社のマイクロコンピューターであるアルテアでBASIC言語が使えるようにすれば、売れるかもしれないとは思ったかもしれないが、その実現に打ち込んだ動機は、「面白いから」とか「楽しいから」ではなかったのかと思うのだ。
ゲイツは、高校生の時からプログラマーとして稼いでいたが、そんなゲイツでも、彼に大成功をもたらしたアルテア8080BASICの開発は、半分・・・いや、ほとんど趣味だったのだと思う。
敬愛すべき、初音ミクさんのお父さんである、クリプトン・フューチャーメディアの伊藤博之社長も、高校を出て、北海道大学の職員として働きながら、夜間大学にも通う中で、とんでもないローンを組んで電子音楽の機材やMACのコンピューターを買い込んだのも、単にDTM(デスクトップミュージック)が好きだったからなのだと思う。それが長い時を経てミクさんの誕生につながる訳である。
伊藤博之さんは講演会で、「好きなことを続けなさい。そうすれば、セレンディピティ(偶然に幸運を掴むこと)が起こる」と言われていたが、それが自分の実感なのだろうと思う。
アメリカの石油王で大富豪だったアーマンド・ハマーは、90歳を過ぎて書いた自伝で、自分の行動の動機は生涯、7歳の時に「立派な人達の役に立つこと」と願ったことがいつも根底にあると述べていて、ビジネスで自分が利益を得ようとはあまり思っていなかったらしい。彼が最初にやったことは、医者になる勉強をしながらビジネスで財を成し、おそらく無償で旧ソビエトで医療活動をしようとしたのだが、ソ連で最高実力者のフルシチョフ書記長に会い、ソ連と世界を結ぶビジネスをやってくれと頼まれたことが発端となって世界的ビジネスマンになったのだった。

私も、プログラミングの勉強を熱心にやったのは、プログラミングが出来たら格好ええだろうなあという妙な動機だったように思うが、純粋なロマンみたいなものも確かに感じていたと思う。
別にそれで成功した訳ではないが、普通の人としては、それで楽々世の中を渡っていけるようになれば十分である。
一方、私は、お金のためと思って始めたことで、良い思いをしたものは全くない。
サラリーマンの多くが、人生が楽しくないというのも、給料のために会社に入ったからではあるまいか?
だから、熱心に就活する理由が、より良い給料のためであるなら、それはかなり悲惨なことではないかと思う。
せめて、お金じゃなく、あくまで、自分がやりたいことで仕事や会社を選んだ方が良いだろう。

だが、今の世の中、自分達が金儲けをするために、単に面白いとか快楽であるものを提供する者があまりに多い。
それは、グルメであったり、ゲームであったり、性的なものであったり、スポーツやコンサートを見て楽しむだけのことであったりする。
確かにそれらに打ち込んでモノになった者がいたりするのでややこしいのだが、要は、人に与えられた、楽なこと、お金さえ出せば楽しめることに「うつつを抜かす」ことをしてはならないのだと思う。
自分が本当の意味で楽しめ、それをやるためなら、どんな苦労も厭わないというものを選ばなければならない。
私は、プログラミングの他にも、楽しいことをいろいろやっているが、それらがどう発展していくかは全く分からない。
だが、面白いと感じるなら、人様に迷惑をかけない限り続けるべきなのだろうと思う。









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現実的な成功の道

一番幸せな生涯とは、好きなことに好きなだけ打ち込むことが出来た生涯なのかもしれない。
たとえば、野球のメジャーリーガーだったテッド・ウィリアムズのようにだ。
彼は、子供の時から、起きている時間の全てをバッティングの練習に使おうとして、いろいろ騒動を起こしたようだ。
外野で守備についていた時にすら、バッティング練習をやっていたなんて話もある(それでもMLB最高の左翼手と言われている)。
テッド・ウィリアムズの名を知らない人も多いだろうが、イチローにも全く劣らない選手で、生涯打率.344、生涯出塁率は.482(メジャー記録)、通算案打数2654本、通算本塁打数521本。
最高打率は.406で、現時点で最後の4割打者であり、最後に首位打者になった時は39歳だった。
戦争で兵役についていなければ、ハンク・アーロンの本塁打記録を超えていた可能性もあったと言われている。
200安打に達したことはなかったが、デビューから8年は、ほぼ、180安打以上で、190安打以上も2回。しかも、試合数は現在より10試合ほど少なかったと思う。

ただ、メディアは、ウィリアムズやイチローのような極端な存在にスポットを当てるが、我々が彼らのようになる必要はないし、その真似をすることが必ずしも幸福なことではない。
ウィリアムズは家族は放りっぱなしで、子供と一緒に過ごしたことは、ほとんどなかったという。
為末大さんが言ったように、アスリートは才能が99%なのかは分からないが、才能というのは、やはり大きなものに違いない。
そして、ほとんどの人が、それほど大きな才能には恵まれていない。
子供の時は、野球やサッカーで天才と言われても、努力してもプロにすらなれない人なんてザラだ。
『神様のメモ帳』という小説で、地元でスターだった高校野球の投手が、なまじ、いくらか才能があったから分かったのだろうが、甲子園に行ったら、「化物みたいなのがウヨウヨしていて、俺なんか大したことない」と思ったというのが、何だかリアリティがあるように感じる(彼はそれで悲観してしまい、人生を誤る)。

しかし、プロスポーツのような特殊なものでなければ、それなりに打ち込めば、それなりの大物になり、一目置かれ、それなりの高収入を得られる可能性もある。
私のようなプログラマーも、プロ野球やプロサッカーで言えば、大したことのない中でも大したことないレベルでも、十分通用する。
私は、一時期は、数ヶ月間、毎日のようにプログラミングの本を買い、夜中の2時過ぎまで自宅のパソコンで練習し、休日にドライブしていても、プログラミングのことばかり考えていたのを覚えているが、その程度の修行でプロになれるのである。
ビル・ゲイツは天才プログラマーだったと言われているが、私はあまり信用していない。彼は、高校時代、プログラミング漬けで、それなりの腕はあったと思うが、彼が自分のプログラマーとしての唯一の業績という8080BASICの開発だって、大半はポール・アレンがやったというのが、おそらく本当だろう。ゲイツはBASICで業務用プログラムを作るのが得意だったが、アレンは、プログラミング言語などの基本システムの開発が好きだったからだ。
それでも、やはり、ゲイツはプログラミングの十分な基礎があったから、マイクロソフトの経営者として成功したことは間違いがない。

ただ、子供の時から、いつも文学作品を読んでいたり、ゲームばかりやっていたが、作家になった訳でも、ゲームプログラマーやゲームデザイナー、あるいは、プロゲーマーになった訳でもなく、中には、ひきこもりのニートになった者も確かにいる。
しかし、ひょっとしたら、ビル・ゲイツはともかく、現在、大成功している人だって、時の巡りあわせによっては、そんなふうになっていたかもしれない。
とはいえ、その差を分けたものは、自分で何とか出来るのではないかと思う。
天才ならともかく、その差を分けるのは、現実的に言って、ビジョンと計画だ。
うまくいかなかった人には、現実的な目標がなかったのだと思う。
1日中でなくても、しょっちゅう聖書を読んでるなんてのも、とても良いと思う。
ただ、読むだけでは駄目で、それで得た知恵を生かそうとすることは自分でやらなければならない。
宗教家になるか、あるいは、聖書の知恵を政治や経営、あるいは、教育の道で生かすか、いろいろな選択があるが、その選択は自分でしなければならない。
実話だが、刑務所に入っている間に、法華経を読み始め、それに没頭し、出所後、企業の幹部になった人のようにである。
そして、成功には、他者に共感することが必要である。
これがさっぱり無かった私は痛切に感じる。









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デモシカ仏陀

成功したかったら、結局のところ、好きなことを思い存分やる以外にない。
まあ、そう言ったら、今の時代、「じゃあ、ゲームをとことんやります」と言われても、「まあ、お好きなように」と言ってやるしかないが、ゲームで成功した者も確かにいるし、色事にかまけて芸術みたいなもので成功した者もいる。
ただ、初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんが講演で言われていたが、好きなことが出来るシステム・・・まあ、場所や設備や時間、それに、経済的なことも含めた環境全般なのだろうが、それは自分で作らないといけない。
通算出塁率のメジャー記録を持ち、イチローも成し得なかった打率4割を達成した、現在、最期の4割打者であるテッド・ウィリアムズは、子供の時からバッティングが大好きで、起きている時間の全てをバッティングに注ぎ込もうとしていた。
それほどまでにバッティングが好きで野球選手になれないことがあるのかどうかは私には分からないが、いずれにしろ、それほど好きなものがあることは幸せなことだろう。多分・・・

誰かが、「成功したかったら、自分の好きなことは何か、じっくり心ゆくまで考えろ」と言ったが、いろんな意味で、それは難しいと思う。
また、ミクパパの伊藤博之さんは、確かに音楽が好きだが、ミュージシャンになろうとはせず、電子音楽に徹底的にのめり込んだのは、運が良かっただけかもしれない。
彼は、北海道に生まれ、会社も北海道で作り、ずっと北海道で事業をしているが、ミュージシャンになるために東京に行って、失敗して帰って来た人達を見ていたらしいが、それも良かったのだろう。
ビル・ゲイツだって、高校生の時にプログラミングにのめり込んだが、一(いち)プログラマーにこだわっていたら、果たして成功出来たかどうかは分からない。
彼の、プログラマーとしての業績は、本人も言う通り、8080CPU用のBASIC言語しかないが、それも、大半はポール・アレン(友人でマイクロソフト共同創業者)が作ったという話もある。
ゲイツが天才プログラマーだというのは、いまひとつ信憑性はないが、それでも彼は、人類の中で、ほとんど誰よりも成功したのだ。

宮沢賢治なんて、運の悪い例かもしれない。
彼は多分、文章を書くことが好きだったのだろうが、教師をやったり、音楽をやったり、サラリーマンもやったし、農業指導者もやった。
そして、文学で稼いだ金は生涯で5円(今の10万円くらいか)だけだ。
彼の場合、案外に、家が大金持ちだったことが、災いしたのかもしれないが、それは何とも言えない。
ゴッホも、家が金持ちだったわけではないが、弟のテオが経済面の一切の面倒を見てくれたことが、果たして良かったのか悪かったのかは分からない。

いずれにしろ、自分が本当に好きなことを見つけ、それに邁進出来た者は、そうでない者より幸せだし、特に今の時代なら、ほぼ確実に成功出来ると思う。
だが、自分でそれを見つけることが出来る者は、きっと少ないのだ。
あなたもその1人と思う。
だから、「自分探し」なんてものが流行るのだが、それで首尾よく見つけることが出来る者も、やはり、滅多にいないのだ。
では、片っ端から試していけば・・・いや、やっぱり、見つからないまま人生を終えてしまう。
世界ってのは、それほど多くの偉人を求めてはいないのかもしれない。
だったら、悟りを開くとか、仙人やマスター(大師)を目指すよりないかもしれない。
「ブッダにでもなるか」「キリストにしかなれない」
案外に、釈迦やイエスはデモシカだったのかもしれない。
不遜かもしれないが、私は少し、そう思っている。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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