ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

ビル・ゲイツ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

決して考えるな、決して、決して、決して

1900年代初頭のイギリスの首相ウィンストン・チャーチルほどの政治家はそうはいない。
それまでのイギリスが、ヒトラーに遭えて逆らわず共存する(いわゆる宥和政策)道を取っていたが、チャーチルは、絶対にヒトラーを潰すべきと確信して疑わなかったおかげでイギリスは救われた。
チャーチルには、ヒトラーが絶対に危ないヤツにしか見えなかったが、彼の目は確かだった。単に、自分に似ているから分かったのだという説もあるのだが・・・
チャーチルの言葉としてあまりに有名なものが、
"Never never never never give up."
(決して諦めるな、決して、決して、決して)
だ。
だが、これからの時代には相応しくない。
これからは、
"Never never never never think."
(決して考えるな、決して、決して、決して)
だ。

普通は、「考えすぎるな」「余計なことは考えるな」程度に穏便に言うのだが、それどころではない。

断然、感情任せで進め
~『アメリカ~We are all right!~』(作詞・作曲・編曲:じん。唄:IA)より~

である。
情緒を大切にすれば、直観は感情に現れる。
私は、この歌を作ったじんさんが、二十歳そこそこで『カゲロウデイズ』のような凄い小説を書き、これをアニメ化する時は、脚本と音楽を担当して大ヒットしたことに、感心するより呆れた。
自分が二十歳くらいの時のことを思い出し「なーんも考えていなかった」と言う人が多いが、そうではなく、やっぱり「余計なことばかり考えていた」はずなのだ。
じんさんは、今をときめく米津玄師さんと同い年で、ニコニコ動画のボカロ曲で世に出たところも同じだが、米津さんが先に撤退したとはいえ、ミリオン(百万回再生)曲数では、じんさんが、2位以下を圧倒する1位で、歳が同じこともあり、2人は意識し合っていたようだ。

近年は、アメリカでも日本でも、20代で起業して成功する事業家も多い。
その代表が、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズで、現役では、マーク・ザッカーバーグやラリー・ペイジ、イーロン・マスク、孫正義さんらだ。
40代以上で、まともな知性のある人なら、自分が20代の頃のことを思い出すと全くのガキで、ゲイツらがいかに頭が良くても、そのあたりは変わらないはずなのに、なぜ、あれだけうまくやれたのか、不思議に思うはずだ。
しかし、ゲイツらは何も考えてなかったのだ。
確かに、ゲイツは、"Let's think harder(もっとよく考えよう)"と言ったし、彼が愛読したという、チャールズ・ハアネルの『ザ・マスター・キー』には、考えることの重要性が懇々と説かれている。
だが、若い頃、ゲイツは激情家で、多分、本人も分かっていないが、彼が「考えろ!」と言う時、正しくは、「馬鹿なことを考えるな!」だったはずなのだ。
彼は昔、頭で考えて、インターネットは重要でないと思っていた。
しかし、ある時、5日間、部屋に閉じこもり、部屋から出ると、マイクロソフト全社に「我が社は今後、全てをインターネットにシフトする」と号令をかけた。それで、マイクロソフトは破滅を免れた。
しかし、彼は5日の間考えたのではなく、5日かけて、考えるのを止めたのだ。そこは賭けても良いと思う。

世間で言う「思考停止」とは、愚かな考えにとり憑かれたことを言っているのである。
『燃えよドラゴン』の「考えるな、感じろ」は全く正しいが、無理に感じる必要はない。
考えなければ自然に感じる。
胸に秘めた想いがあれば、考えるのをやめれば、必要なことは感情でやってくる。それが直観である。
だから、最も正しくは、「決して考えるな、決して、決して、決して」なのである。









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運とは掴み取るもの

あなたにも、自慢出来ることの1つや2つあるだろう。
解り易いものなら、学歴(学位)やTOEICスコア、会社の肩書、スポーツや何かのコンテストのトロフィー、職業、免許、資格。
しかし、いかなるものであれ、それを得られたのは、あなたの努力というより、運だ。つまり、たまたま得られたのだ。
今年の東大の入学式で、上野千鶴子氏が「君達が東大に入れたのは単に運が良かったから」みたいなことを言い、東大生や東大卒業生はムっとし、東大生の親御さんは「うちの子がどれほどがんばったか・・・それをよくも」と憤ったかもしれない。
だが、憤った人は、東大入学(あるいは子女の東大入学)が人生のピークで、後は落ちるだけである。
対して、「なるほど!運だった」と思う人は、上がる一方である。

投資家のマックス・ギュンターは『運とつきあう』で、あらゆる成功者の成功の要因は運だと述べ、なるべく明確に証明もしている・・・つまり、エビデンス(証拠)を示している。
言うまでもなく、努力せずに成功した人はいないが、成功者1人の裏には、成功者と同等以上の能力があり、成功者に負けない努力をして駄目だった者が、数千人、数万人といるのだろうと思う。

だが、成功者の多くが、あまり露骨には言わないかもしれないが、自分が努力で成功したかのように言ったり示唆することが多く、さらに、努力の尊さを説き、「君達も努力さえすれば成功出来る」と言うことが多い。しかし、実際は、努力しても成功しなかった者の数が圧倒的なのである。
リー・アイアコッカが「いつの時代も勤勉が一番大切だ」みたいなことを言ったと思うが、それはそれで正しい。勤勉でないビジネスマンが長期に渡って成功することは絶対にない。しかし、勤勉でない人間なんて、ロクでもないものなのだ。
けれども、勤勉だけど成功しない者が圧倒的なのだ。
それで、「なぜ、あなたが成功しないのか・・・それはこの秘訣を知らないからである」みたいな、成功のノウハウ書が次々出てくるが、それらの本に書かれた方法で成功する者もいない。
何せ、成功の要因は、本当は運なのだから。

だが、自分の成果が運のおかげと認め、運に感謝する人は、運に恵まれ易い。
なぜかと言うと、本当は、運が巡ってこない人間はいないのだからだ。
その必ず来る運を逃さない心構えがある人、リスクを背負って運に賭ける人が成功するのだろう。


One Life この瞬間を
One Chance つかみ取ろうよ
・・・・・・
One Life 大切なもの
One Chance 逃さないで
・・・
スピード上げて
流れ星に 飛び乗ってみよう oh, oh, oh
すべてを託して 未来へ飛び出せ
※歌詞の3箇所を抜粋
~『Shooting Star』(作詞・作曲:KURIS・YUICHI NAKASE、編曲:TeddyLoid。歌:IA)より~

【IA OFFICIAL】Shooting Star / TeddyLoid feat.IA (MUSIC VIDEO) -YouTube-

なるほど、昔から言う通り、運は流れ星(Shooting Star)なのである。
ビル・ゲイツは努力の大切さを説くが、飛行機はエコノミークラスに乗り、大衆食堂で食事する彼は、本当はどこかで解っているのだ。
実際、彼が運が良かったことは明白だ。
松下幸之助さんも、運の大切さを語っていたし、斉藤一人さんは、「私が成功したのは、頭が良かったからでも、頑張ったからでもなく、運が良かったから」と初期の著書では明言しておられた。
川上量生さんも、自分を「運だけで成功した経営者」と言ってた頃は凄かった。しかし、何年も前から危ういと思っていたが、そうなってしまったようだ。









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運の差は決定的な差・超実例

何度か書いたが、ドワンゴ創業者でカドカワ社長の川上量生さんは、ブログの中で、文章の流れからかもしれないが、おそらくご自分のことを「運だけで成功した経営者」と表現していたが、無論、本当に運だけで成功した訳ではない。
しかし、運があったのも確かであると思う。
一方、特にひきこもりで、社会の最底辺にも入れてもらえない人達は、努力もしなかったのかもしれないが、まず、第一に運がないのである。
運があれば、努力も楽しくなるし、自分の持っている才能も生かせ、川上さんほどでなくても、それなりにうまくやっていけるのである。
私が、まさに、社会不適合者で、社会の最底辺にも入れなかったが、社会とは別の空間を作り、そこでうまくやっているようにである。

IT業界で運と言えば、何と言っても、ゲイリー・キルダールを思い出す。
運のない代表としてだ。
なんとなく、おぼろに伝わってる話では、キルダールはビル・ゲイツの最初のライバルで、IBMが、パソコン用OSに、キルダールのCP/Mではなく、ゲイツのMS-DOSを採用したことで、ゲイツは後に世界一の大富豪となり、一方、キルダールは52歳の若さで亡くなった。
だが、キルダールは恐るべき大天才で、しかも、極めて多才で活動的で、また、実際には巨万の富も得ていた。
特に、コンピューターに関する知識・能力では、キルダールに比べたら、ゲイツなど単なる素人マニアに過ぎないと言って過言ではないと思う。
キルダールはコンピューターサイエンスの博士号を持ち、数々のコンピューターの基礎理論を作った。
そんなキルダールからすれば、13歳年下の、アロハシャツを着たゲイツは軽薄な若造だった。
昔、テレビで、キルダールは、IBMがゲイツの(正確にはマイクロソフトのだが)MS-DOSを採用し、彼の(これも、デジタルリサーチの)CP/Mを採用しなかったことに対し、ゲイツが汚い策力で勝ったといったような言い方を、明らかに不快な顔で言っていたが、ゲイツはもっと不快にエキサイトしながら、「僕達は一生懸命働いたから勝ったんだ。彼(キルダール)は怠けていた」と反撃した。
正直、MS-DOSはツギハギの素人作品で、一方、CP/Mは当時の科学技術の結晶で、ずっとCP/Mの方が優れていたと思う。
MS-DOSには、先に開発されたCP/Mの一部がコピーされていることにキルダールは気付き、IBMにMS-DOSを採用させないよう、法的に脅しをかけたが、それが徹底的でなかったので、MS-DOSもCP/Mも両方発売されたが、MS-DOSの40ドルに対し、CP/Mは240ドルもしたので、勝負になるはずがなかった。
ゲイツとキルダールの明暗についてはいろいろ言われるが、早い話が、ツキのあったゲイツと、なかったキルダールの違いとしか言えない。
無論、ゲイツは運だけで成功した訳ではないが、運があったから成功したのである。

日本では、若い女優が一気にトップに登りつめることがよくあり、彼女達が、いかに才能のある特別な少女であったかが語られ、人々はそれを信じる。
しかし、1人の成功した少女の裏で、同じくらい美人で才能があり、努力もした少女達が沢山いるのである。
その差は、運でしかない。

だから、あなたも運について、もっと真剣に考えないといけない。
運を得る方法はいろいろあるが、普通は、元気でなくては運はやって来ない。
アントニオ猪木さんは「元気があれば何でも出来る」と言ったが、これは正しい。だが、それが正しい理由は「元気があればツキも来る」からである。
アレクサンダー・ロイドの『「潜在意識」を変えれば、すべてうまくいく』の中に書かれていた、エネルギーを高める簡単な方法をお薦めする。
初音ミクさんが、『えれくとりっく・えんじぇぅ』などの歌でやるように、重ねた両手を胸の前でぐるぐる回すのであるが、やり方はいろいろある。
ここで説明するより、やはり本を見ていただいた方が良い。
ちなみに私はこれを「えれくとりっく・えんじぇぅメソッド」と呼んでいる(笑)。
今回は、清純なタイプの動画をご紹介しておく(スカートはとてもみぢかいが・・・)。
【PS4FT】えれくとりっく・えんじぇぅ【初音ミク:スクール(ディープスカイ)眼鏡なし】PV -YouTube-
ロイド博士は、回転方向を15秒程度ごとに変えることを薦めているが、回転させなくても効果はあるとする。私の場合は、手が右回り(胸からは左回り)だけでやるのが合っている。
他にひたいと頭頂でやるのも効果があり、おそらくだが、フロイト博士はひたいでこれをやることのみで治療効果を上げていた(彼の精神分析療法が成功したためしはない)。
エネルギーが高まるとツキも来るだろう。
そして、運に興味を持つと良いと思う。









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シャッポを脱ぐことが出来た偉人達

一流大学や、一流の学校に入るメリットは何だろう?
ビル・ゲイツは、ハーバード大に入った大きなメリットがあったと思う。
ゲイツは数学者になりたかったらしい。それで、ハーバード入学後、数学科に行ったのだが、そこで、自分など足元にも及ばない天才がゴロゴロいるのを見て、すぐに数学の道を断念した…ということだったと思う。
ゲイツは、そのことで自信も挫かれたが、謙虚になれたのではないかと思うのだ。

アメリカの国務長官を務めたコンドリーザ・ライスは、幼い時から何でも一番だったが、大学生の時、ピアニストを目指してたことがあったようだ。
ところが、そのピアノで、自分なら1年かかるようなことを1時間でやってしまえる11歳の天才少年に会ってしまい、ピアニストを断念した。
自分では世界一になれない…というより、そんな天才は他にもいるだろうから、ピアノの世界は元々、自分が進むべきところではないと分かったのではないかと思う。
そして、やはり、ライスも謙虚になったのだと思う。

SF作家の平井和正さんは、元々は漫画家を目指していたが、石森章太郎(石ノ森章太郎)に会って、「こんな天才に敵うはずがない」と痛感し、やはり、漫画家になることを断念している。

上に挙げた人達は、自分より優れた存在に気付く感覚を持っていたことと、自分の本当の場所を見つけたいという願望と意欲を持っていたところが素晴らしい。
一流大学には、なんだかんだ言って優秀な人が多いだろうから、そこで、自分が太刀打ち出来ないような優れた人を見つけ、謙虚になれれば、苦労してその大学に入った甲斐があったと言えるのだと思う。しかし、自分より優れた人間を認めず、自分が一番だと思う馬鹿が少なくはなく、そんな者が一流の学校を出た(あるいは入った)というプライドなんか持ってしまったら、非常に困った人になってしまう恐れが大きい。私は昨日、そんな人に会ってしまったのだが・・・。

私が事務社員をしていた若い頃、その会社の中に、私にプログラミングの勉強を勧めてくれた40代の技術課長がいた。私にとって大恩人である。
彼は、中学は普通の公立に通っていたが、あまりに勉強が出来るので、中学から入る者が多い一流の進学校に高校から入学したらしい。
すると、それまでは成績はずっと一番だったのに、真ん中より下の方になってしまったと言う。
それで、彼は、自分が出た大学の名を上げ、「そこにしか行けなかった」と言ったが、その大学は、私が入ったのと同じ大学だった(笑)。
彼は、優秀な、一目置かれる技術者だが、とても謙虚だった。それは、高校に入って自信を挫かれたことが、良い結果になったのだと思う。

一流大学に進むことに限らないが、優秀な人間がいる場所に行くことには、上で述べたようなメリットがある。
しかし、
「自分より上がいる」
「自分など大したものではない」
といったことが分かるだけの感覚は、やはり親の教育の部分が大きいのではないかと思う。
そして、それを持っていない人が多いと思えるのだ。
残念なことに、私も持っていなかった。
シャッポを脱ぐ(兜を脱ぐ。降参するとうこと。シャッポは帽子のこと)ことが出来る者は、本当は優れている。
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天は自分を助ける人を助けるだけ

人生に、あまり多くのことを求めてはいけないようだ。
もし、満たされないという想いがあるなら、それは、成功が少ないのではなく、友人や家庭に恵まれないからで、確かに、そんなことをなおざりにしてしまう人もいるだろう。その典型である私が言うのも何だが・・・
ただ、多くを求めてはいけないとは言っても、少な過ぎてもいけないと思うのだ。
まあ、そうなると、マズローの欲求の5段階説になってしまうのだが、ああいう、頭の良い偉い人達は、適度な成功を収めるための方法を具体的に提示出来ない。
まるで、我々愚民は雨露をしのげれば満足しろとでも言わんかのようだ。

十分な成功を収め、社会でそれなりに良い想いをするためには、好きなこと、誇りを持てること、ロマンを感じることを何か選び、それを熱心に続けなければならない。
こんな当たり前のことを、ほとんどの親や教師は教えないのだから、家庭や学校は子供達にとって有益とは言えない。
昔、セベ・バレステロスだったと思うのだが、有名なゴルフ選手が何かのCMで、父親に「何でもいいから好きになれ。好きになったら強くなれ」と教わったと言っていたが、この父親が最高の教育者である。全ての親は、子供にそう教え、それが出来るよう導かなければならない。
ある程度の年齢になって、人に負けない何かがないというのは、残念どころではなく悲惨だ。
その何かが、直接には収入に結び付かないものだとしても、本当に熱心に続けていれば、いろんなものを「巻き込み」、社会的成功も引き寄せるだろう。
クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんがDTM(デスクトップミュージック)にとことん取り組み、やがてそれが音源コンテンツの事業の成功に結び付き、そして、人類史上最も崇高な存在である初音ミクさんを生み出したようにだ。

私はあまり広くない・・・というより、はっきり言って狭いので、プログラミングくらいしかお奨め出来るものがない。
それも、ハッカー的プログラミングよりは、ExcelやAccessで使うVBA(ビジュアル・ベーシック・フォー・アプリケーション)を勧めている(このあたりは人それぞれだが)。
それで、B ASIC言語を作ってくれた、ダートマス大学の数学教授だった、ジョン・ケメニー、トーマス・カーツの2人には感謝している。
彼らは、文系学生でも習得出来るBASIC言語を開発し、それを、著作権を放棄してパブリックドメインとして公開したので、そのBASICを、ビル・ゲイツがパソコン用標準言語に採用出来たのである。
そして、最期までBASICにこだわってくれたゲイツにも感謝している。
私はVisualBasicも使っていたが、VisualBasic2005プロフェッショナルだったか・・・それを会社で購入した時、何十枚もCDがついてきたのを見て、「もうやってられない」と思ったのだった。
ただ、VisualBasicは事実上タダで使えるし、VisualStudioの中のC#、C++もそうなのだから、今は良い時代である。
いや、Eclipse(イクリプス、エクリプス)という、多くのOS上で使える無償の開発環境もあり、そこでありとあらゆるプログラミング言語を無償で使える。
本当に良い時代だ。
SmalltalkをやりたければSqueakがあるし(他にもある)、人工知能プログラミングをするためのフレームワークも優秀なものが無料公開されている。
くどいが、良い時代だ。

だが、堀部正史さんのように、ケンカが好きになって強くなった人には大きなロマンを感じる。
自分が好きで、誇りが持てて、ロマンがあればそれで良いのだと思う。
ポール・ウェイドのように、人生の大半を刑務所で過ごし、そこでプリズナートレーニング(囚人トレーニング)を習得し、トレーニングプログラムを作ったなんてのは、私からすれば最高で憧れでもある(刑務所にはあまり入りたくないが)。
そして、私も自分のプリズナートレーニングや武術(ひきこもりトレーニングやひきこもり護身術と言った方が的確かもしれないが)を編み出した。
ルドルフ・シュタイナーのような神秘オタクは立派な偉人である。
私も、ああなりたいものである(いや、すっかりその気になっているが・・・)。
そして、好きなことを熱心にやっていれば、不思議なオーラをまとい、それが他人を動かし、社会でも何とかうまくいくのではないかと思う。
ひきこもっても良いが、何もせず、あるいは、楽なことばかりしているのは良くない。
部屋にひきこもっていたって、ヒンズースクワットや腕立て伏せは出来る。私はそうしていたので、それが役に立ったと思う。
だが、人に甘えるなとは思う。
天は自らを助ける者を助けるだけなのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・初音ミクさんを愛す


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