ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ヒマラヤ聖者の生活探求

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

世界をあっさり作り変える方法

目の前の現実は、一瞬、一瞬で作られている。
そして、その世界を作っているのは自分だ。
それなら、現実を一瞬で変えられるだろうか?
例えば、自分が94kgで太っているとして、一瞬で、60kgのすらりとした身体に変えられるだろうか?
私は、それを1年かけてやったが、一瞬では無理なのかというと、原理的には可能だ。

世界とは何か?
少し古いが、フィルム映画で説明しよう。
と言うのは、これが一番、単純で解り易いし、近代の聖者達も、フィルム映画で説明していることが多いので参考になるからだ。
簡単に言えば、世界とは、魂という光源から発した光が、心のフィルムをスクリーンに投影した幻だ。
フィルムは潜在意識の中にある記憶で、スクリーンは、本当は脳の中にあるが、面倒なので、虚空にあるスクリーンと思ってもらえば良い。
だから、現実を変えたければ、潜在意識の中の記憶を変えれば良いのであるが、幼い頃は、それ(潜在意識の中の記憶)は柔軟に変わるが、歳を取るごとに固定化される傾向があり、変え難くなる。

潜在意識の中の記憶が変わり難い人のことを、「固定観念が強い人」と言うのである。
固定観念というのは、潜在意識の中の記憶の、変化し難い部分だ。
それは、長い時間をかけて刻み込まれてきたものなので、なかなか変わらないのである。
例えば、「学校の試験の成績が良い者は賢い」といった固定観念を持っている人は多いし、今は、そんな人は、その固定観念を生涯持ち続けることが多い。

潜在意識の中の記憶には、喩えて言えば、タガとかギプスのようなもので固定されたものがあり、これは極めて変化させ難い。
例えば、頭がツルツルに剥げているとか、自分は〇歳であるとかいったもので、これは、理由があってはめられたタガやギプスであり、なかなか壊せない。
だが、絶対に壊せないものでもない。
ベアード.T.スポールディングの『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中には、いったん死んだ老人が、青年になって蘇るというシーンがあるが、それが、「普通は絶対的に壊せない固定観念を壊した」例で、それは、今のところ、特別な方法でのみ可能である。
まあ、ほとんどの人は、こんな話は、「あり得ないこと」という固定観念を持っているし、それはそれで悪い訳ではない。
しかし、いずれは、そんなものはなくなると思う。

可能な範囲で、潜在意識の中の記憶を変化させれば、ほとんど奇跡とも思えることが十分に出来る。
そのために必要なことは、明確な目標を持つことと、良い気分でいることだ。
目標は、イエスが言ったように、既に叶ったと思い、良い気分になれば、潜在意識の中の記憶は、望み通りに変化する。
いつも言って恐縮だが、『イット・ワークス』の方法でやるのが簡単である。








魔法手順大公開(質問大歓迎)

ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』には、100万ドル(約1憶円)を引き寄せるのも、1ドル(約百円)を引き寄せるのも、全く違いはないと述べられている。
また、斎藤一人さんも愛読していると言われる(実際、斎藤さんの著書の中に、極めて似た内容が書かれている部分があった)『マスターの教え』の中で、マスターが客船の最も豪華な部屋を使っている時、こんなことを言っている。
この船の船長は、船長という仕事に相応しいが、船主になるのは、とても無理と思っているかもしれない。しかし、船長と船主の違いは、呼び名の違いに過ぎないと言い、船長がその気になれば、簡単に船主にもなれる。
そして、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中で、チベット、インドで、超人的なマスター達としばらく一緒に過ごしたアメリカの調査隊の1人が、「マスターこそ、本来の人間の姿。人間が、地上を這う虫のようなものであってはならない」と言い、マスターと同じことをやろうと言い出す。そして、皆が、実際に、アメリカ等での常識では奇跡としか言えないことを楽々と行う。

これらは、私には非常に納得出来る。
なぜなら、私はある意味、100万ドルや客船を得る以上に難しいことを平然とやったことがあるからだ。それも、何度も。
その1つが、テレビ放送のコントロールだ。
最近、私はテレビドラマというものを全く見ないので、今、どんなものがあるのか分からないが、例えば、数年前に放送されたドラマのある回を、何度も見たいと思ったとする。
そんな場合、今なら、Amazonプライムビデオを探したり、DVD化されていないかお店に探しに行くのだろうが、私が子供の時は、そのようなものはなかった、あるいは、あっても、存在を知らなかった。
それで、どうしたのかというと、その見たいドラマの特定の回が放送されることを期待し、録画リモコンを握っていたのである。
「何、この阿呆」と思うだろうが、それで、いつも、さして待つことなく期待通りに放送され、楽々、録画したのだった。
その時のやり方を再現出来れば、相当な奇跡現象を起こせるだろう。
で、どうやってやったかというと、ただ強く期待しただけだった。
頭の中で、「放送されよ」と念じた訳でもない。
つまり、目標が分かっていたら、言葉など不要である。
例えば、好きな女の子がいて、「A子さんを彼女に出来ますように」とか、結婚したい男性がいて、「B男さんと結ばれますように」といった祈り言葉を使うというのとは違う。
別に言葉にしなくても、具体的な願いははっきりしている訳だから、「願う」「期待する」という精神行為をすれば良いのである。
受験に合格したい時も、「〇〇大学に合格出来ますように」「〇〇大学に絶対合格する」と言ったり思ったりは、ちょっとどうかと思うのだ。
と言うのは、言葉にすると、どこか思念にノイズが混ざるように感じるのだ。

非言語で願う・・・という感覚は、そんなに難しい訳ではないと思う。
例えば、私は、子供の時、向こうを向いている人を、声も音も出さずに振り向かせることが出来るのは、当たり前だと思っていた。
そして、それをする時も、決して、頭の中で「振り向け」と言うのではない。
ただ、振り向くことを期待するだけである。

しかし、どうしても、「非言語で願う」感覚が分からないなら、こうすれば良い。
願いがイタリア旅行とする。
それなら、まず一度、頭の中で(口に出したり、紙に書いたりしても良い)、「イタリア旅行に行く」と言い、その感覚を覚えるのだ。
覚えていないと思っても、もう願いは分かったし、実際はその感覚を覚えているので、それをただ、願えば(期待すれば、求めれば)良い。
その願いの想いを込めて、笑顔やガッツポーズをすれば良い。

分からないところがあれば、ご質問をどうぞ。
多分、個々に、あるいは、すぐには答えないが、よく考えて、改訂版を出そうと思う。
その意味、質問は歓迎する。








魔法少女の世界が当たり前になる

最近は子供向けアニメが少ない影響もあるが、魔法少女アニメというものを見なくなった。
まあ、1年ごとに新しいシリーズに変えながら驚異のロングランを続けるプリキュアや、現在も新作映画が作られるなど世界的に人気があるセーラームーンなども、一種の魔法少女ものと言えるが、それらは、『魔法使いサリー』のような昔の魔法少女のように、魔法を前面に押し出さず、どこか控えめな感じがある。

ところで、横山光輝さん原作の『魔法使いサリー』は、初期はモノクロで、そのオープニングは、こんなシーンから始まる。
10歳位の魔法少女のサリーが、古木の切り株に魔法をかけると、それがみるみる西洋風の屋敷になる。
昔の魔法少女ものでは、そんな場面が普通だった。
今の魔法少女は、そんな個人的な魔法は使わない。昔と違って、何でもある時代だ(笑)。
しかし、昔の魔法少女が使う「露骨な」魔法を見て、私は、子供の時から、強烈な違和感を持っていた。
いや、空想の魔法に対し、そんなに違和感を持っても仕方がない・・・で反論出来ることではない。
どういうことかというと、「それ(魔法)は出来るが、どうやってやるのか解らない。そのやり方は、なぜ隠されているのか?」という想いから来る違和感だった。
私の親が工務店の社長と親しく、私も、その社長に可愛がってもらっていたので、家を建てるということについては、普通の子供より知っていた。
家を建てるというのは、細かい堅実な工程を経てなされるもので、魔法少女の気合い一発でどうなるものではない。
魔法で作られた家だって、建った後では、普通に建築されたようになっているはずなのだ。
では、誰かが、あるいは、何かが、その家が出来るよう、取り計らったはずなのだ。

そのように、「家をにょきにょき生やす」ということについては、19世紀に、アメリカのベアード.T.スポールディングが探検隊の一員として、インド、チベット等を調査した記録である『ヒマラヤ聖者の生活探求』という本にもある。
天使のような美少女に見えるが、実は数百歳という存在が、あばら家で生活する家族のために、立派な家を一瞬で「生やす」ことを行い、アメリカの探検隊員達を驚かせる。
著者のスポールディングは、「信じなくても良いが、厳然たる事実である」と言う。
これを読むと、多くの人は「アホらしい」と思うだろうし、私も半ばそう思っていたが、実は、可能と言えば可能だ。

なぜ、家を「生やす」ことが可能なのだろうか?
まず、夢の中で、そんなことが出来るかもしれないと言ったら、納得する人も多いだろう。
だが、この現実も夢と変わらない。
全ては作り物であるというのが、古代からの賢者達の見解で、現在でも、世界で最も明晰な頭脳を持つ人達にも、それに同意する者が増えてきた。
つまり、この世界は、VR(仮想現実)であり、超高度なコンピューターが作り出したシミュレーション世界なのである。
このような説を「シミュレーション仮説」と言い、そこでは、世界は「シミュレーテッド・リアリティ」であると言う。
火星移住に現実的に取り組み、大都市の地下に無限階層の高速道路を作ろうと計画し、電気を無料にし、電気自動車の会社では時価総額でトヨタを抜いた大事業家のイーロン・マスクが、この世界がシミュレーテッド・リアリティでない可能性はほぼ全くないと言ったことがよく知られているが、そう言うのは、別に、マスクだけではない。
シミュレーテッド・リアリティの世界では、理論的には、家を生やすことなど、全く実現可能である。
新旧の魔法少女の世界も、設定次第では、全く普通に出来る。
私は最近、アニメを見始めたばかりだが(14話まで見た)『サクラダリセット』も、当たり前に説明出来る。

そんなことを考えていたら、今朝、久々に、非常に鮮明な夢を見た。
上に述べたようなことを考えれば、あなたも鮮明な夢を見て、現実も夢と変わらないことが分かると思う。













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新型コロナウイルスはこれまでのウイルス感染流行とやや異なる

もちろん、ウイルスの世界的流行はこれまで何度もあったし、今回の新型コロナウイルスも、それらと同様、いずれは終焉するはずという期待もある。
が、「これまでのものとは違う」ということも感じられるのではないかと思う。
まず、いまだ感染源が解らないことや、陽性→陰性→陽性という変異を起こすところも不気味だ。
普通は、陰性になったところで免疫が出来ているので、むしろ、軽症で済むなら、一度感染した方が安全といったところもあり、そして、感染が広がるほど免疫のある人間も増えるから、感染が縮小していくわけだ。
新型コロナウイルスは、ヒト免疫不全ウイルス(免疫を破壊するウイルス)ではないと思うが、抗HIV薬が新型コロナウイルスに効果があるという報告もある。
現在は、新型コロナウイルスに対するワクチンはないし、いつ出来るかも不明で、そもそも、本当に有効なワクチンが作ることが出来るかどうかも解らない。

花粉症対策もだが、特に、2009年の新型インフルエンザの流行の時から、日本人はマスクを使う人が多くなり、会社や公共施設の入り口に消毒薬を置いてきた。
しかし、ジェームズ・キャメロンだったか、そんなマスクをしている日本人に対し、「駄目だ!ウイルスはどんどん身体に入れて、免疫生成能力を高めないといけない」と言っていた。
B'zの昔の曲『さまよえる蒼い弾丸』の、「無菌状態に慣れすぎ、みんな、あちこち弱っている」という歌詞を、私は妙に覚えている。
探検家の中には、世界中で、とんでもない数の、とんでもないウイルスに感染した人もいて、そんな人は、やはり、免疫の生成能力が高いのかもしれない。

まあ、不安がってばかりでは駄目だ。
このようなことを言っている私が全然不安がっていない。単に馬鹿だからだが(笑)。
吉本隆明氏の「共同幻想論」や岸田秀氏の「唯幻論」などは、かなり意味が違うのだろうが、古代インド哲学では、世界は心が作った幻想で、量子力学も、その可能性を示唆する部分があるのだと思う。(「共同幻想論」と「唯幻論」も別のものだ)
楳図かずお氏の『洗礼』という漫画で、小学4年生の美少女の心が驚くべき幻想の世界を作るが、楳図氏の壮大な想像力は、どこか無視出来ないものを感じるのである。
つまり、世界は心が作るのである。

もっと穏やかな言い方をすると、思い込みには力がある。
私はセールスマン時代、「売れると思い込めば売れる」という不可思議さ、その中でも、(偶然かもしれないが)あり得ない奇跡的なセールス成功の体験があり、心の魔法が世界を作るというのは、嘘ではないと思う。

ビタミンCは、思い込みでなく、実際にウイルスに効果があることは調べれば解ると思う。
一例として、コロナウイルスについて|大阪 田中クリニックを上げておく(私はそのクリニックとは無関係)。

今朝も、個人的な新型コロナウイルス対策はいろいろ書いた。
そして、最近よく書いているように、自己暗示というか、言葉の力は偉大だと思う。
その典型的なものでは、何度も書いたが、教育学者の七田眞氏の本にある話で、ホームレスの男性が頻繁に「神様の奇跡が起こる」と唱え、一億円の宝くじを2度当てたというものがある(七田博士は、これは事実であると明記している)。
まあ、邪な思いだけでは、こんな言葉を長く唱え続けることは出来ないので、本当に数多く唱えれば、何かは起こると思う。
また、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第1巻の「神癒の廟」にある「生命、愛、平和」という言葉を数多く唱えれば、その中でこの言葉しか使われない廟を通り抜けるだけで、あらゆる病気が癒される力が、いくらかは備わるかもしれない。
ちょっと前なら、非科学的この上ないお話になるが、最近では、そうでもないように思う。
無論、私に解ることではないので、誰も説得するつもりはないが。
また、私の場合、医療に何度か(大袈裟ではないと思うが)殺されかけたことがあり、医療以外のものを求める傾向はあるだろうから、そのあたりはお断りしておく。








生命力を高める

今、世界に拡散しつつあるような新型コロナウイルスは、今のところ、若くて健康な人の場合、さしたる脅威はないと言われる。
若くて健康な者は、免疫力が高いからだ。
免疫とは、体内に細菌、ウイルス、毒素等、害になるものが入り込んでも、それに抵抗して打ち勝つ力である。
若い間は免疫力が高く、あらゆる病気への耐性が強いが、歳を取ると共に、それが弱くなる。
また、免疫だけでなく、再生能力も若い方が高く、若い人ならすぐに治ってしまう怪我も、老人になると、驚くほど治りが遅くなる。
再生力は子供、赤ん坊、さらには、生まれる前の胎児の方が高い。
ただ、体力の問題があり、病気に対しては、健康な大人が最も強いだろう。

免疫力や再生力は、生命力と呼ばれるものに含まれると思われる。
歳を取ると生命力が失われる。
ただ、若くても生命力に乏しい者もいる。
生命力は、身体だけでなく、精神の影響も大きいので、精神が不健康な場合に、生命力が著しく低下する場合があり得るからだ。

そして、生命ほど美しいものはなく、だから、高い生命力を持つ若い人、子供、そして、赤ん坊の美しさが称賛されるのである。
初音ミクさんを見て美しいと思うのは、形だけでなく、あの軽快で疲れを知らない感じが生命力を感じさせるからだと思う。

2008年のアニメ『キャシャーンSins』は、まさに、生命力をテーマにしたような作品だった。
「シンギュラリティ」の概念を唱えたAIの権威で発明家であるレイ・カーツワイルが預言したように、『キャシャーンSins』では、未来世界において、人間にも死というものがなくなる。
だが、ロボットが人間を征服し、世界はロボットの帝国となる。
ところが、そのロボット達の身体が錆び、朽ちていくという謎の現象が世界中に広まり、人間もロボットも滅びに向かう。
その中で、キャシャーンという若者のロボットだけは、なぜか、昨日作られたばかりのように、いつまでも新品で新しい。
キャシャーンの中には無限の生命力があり、どれほど身体を傷つけられても、たちどころに回復してしまう。
そんなキャシャーンは、朽ち果てていくロボット達の嫉妬の的になる。
ところが、犬型ロボットのフレンダーや、青年型ロボットのジンという、身体に滅びが始まらない不思議なロボットが時々いた。
この作品は、生命力の本質をよく捉えている。
フレンダーやジンは、強い信念を持っているから生命力が高いのだということが解る。
だが、それと共に、明るさや愛とでもいうものが生命力を高める。
キャシャーンは生命力が完全で、死ねない身体を持つことに悩むが、キャシャーンのような生命力は、誰もが憧れる。
では、どうしたら、そんな強い生命力を持てるのか?

『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第1巻にある「神癒の廟」が、まさにそれを示す。
その廟(寺院)に入ると、ほとんどの病気は癒されてしまう。
また、その廟自体、壊れても自動的に再生してしまう。まさにキャシャーンのようだ。
では、その秘密はというと、その廟が建てられて以来、その中で、「生命、愛、平和」以外の言葉が使われず、その言葉(言霊)の強烈な波動が廟の中に満ちているのである。
それなら、我々も、これらの言葉を常に唱えることで、生命力を高めることが出来るのである。
やってみると、ほとんどいかなる言葉より「生命、愛、平和」という言葉は、自然で唱えやすいことが解る。

このブログで最近、時々ご紹介している「歓喜、成功、富」という言葉は、これらの言葉が表す実利を呼び寄せる波動がある。
だが、「生命、愛、平和」はそれよりも上位の波動であり、これによって生命力を高めれば、より言霊の力が高まるだろう。

尚、『キャシャーンSins』に登場する「月という名の太陽」ルナは、11歳くらいに見える美少女で、キャシャーンのように永遠の生命を持つが、彼女の場合、生命の反対である死を嫌うあまり、それから目を逸らした。
死ねないキャシャーンは、それを見て、死を知らなければ生きることも出来ないことを悟る。
人間は死ぬから生きる。それもまた大切なことだろう。
だが、今の人間は生命力が低過ぎる。「生命、愛、平和」の言葉を使ってみると良いだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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