ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ヒマラヤ聖者の生活探求

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

新型コロナウイルスはこれまでのウイルス感染流行とやや異なる

もちろん、ウイルスの世界的流行はこれまで何度もあったし、今回の新型コロナウイルスも、それらと同様、いずれは終焉するはずという期待もある。
が、「これまでのものとは違う」ということも感じられるのではないかと思う。
まず、いまだ感染源が解らないことや、陽性→陰性→陽性という変異を起こすところも不気味だ。
普通は、陰性になったところで免疫が出来ているので、むしろ、軽症で済むなら、一度感染した方が安全といったところもあり、そして、感染が広がるほど免疫のある人間も増えるから、感染が縮小していくわけだ。
新型コロナウイルスは、ヒト免疫不全ウイルス(免疫を破壊するウイルス)ではないと思うが、抗HIV薬が新型コロナウイルスに効果があるという報告もある。
現在は、新型コロナウイルスに対するワクチンはないし、いつ出来るかも不明で、そもそも、本当に有効なワクチンが作ることが出来るかどうかも解らない。

花粉症対策もだが、特に、2009年の新型インフルエンザの流行の時から、日本人はマスクを使う人が多くなり、会社や公共施設の入り口に消毒薬を置いてきた。
しかし、ジェームズ・キャメロンだったか、そんなマスクをしている日本人に対し、「駄目だ!ウイルスはどんどん身体に入れて、免疫生成能力を高めないといけない」と言っていた。
B'zの昔の曲『さまよえる蒼い弾丸』の、「無菌状態に慣れすぎ、みんな、あちこち弱っている」という歌詞を、私は妙に覚えている。
探検家の中には、世界中で、とんでもない数の、とんでもないウイルスに感染した人もいて、そんな人は、やはり、免疫の生成能力が高いのかもしれない。

まあ、不安がってばかりでは駄目だ。
このようなことを言っている私が全然不安がっていない。単に馬鹿だからだが(笑)。
吉本隆明氏の「共同幻想論」や岸田秀氏の「唯幻論」などは、かなり意味が違うのだろうが、古代インド哲学では、世界は心が作った幻想で、量子力学も、その可能性を示唆する部分があるのだと思う。(「共同幻想論」と「唯幻論」も別のものだ)
楳図かずお氏の『洗礼』という漫画で、小学4年生の美少女の心が驚くべき幻想の世界を作るが、楳図氏の壮大な想像力は、どこか無視出来ないものを感じるのである。
つまり、世界は心が作るのである。

もっと穏やかな言い方をすると、思い込みには力がある。
私はセールスマン時代、「売れると思い込めば売れる」という不可思議さ、その中でも、(偶然かもしれないが)あり得ない奇跡的なセールス成功の体験があり、心の魔法が世界を作るというのは、嘘ではないと思う。

ビタミンCは、思い込みでなく、実際にウイルスに効果があることは調べれば解ると思う。
一例として、コロナウイルスについて|大阪 田中クリニックを上げておく(私はそのクリニックとは無関係)。

今朝も、個人的な新型コロナウイルス対策はいろいろ書いた。
そして、最近よく書いているように、自己暗示というか、言葉の力は偉大だと思う。
その典型的なものでは、何度も書いたが、教育学者の七田眞氏の本にある話で、ホームレスの男性が頻繁に「神様の奇跡が起こる」と唱え、一億円の宝くじを2度当てたというものがある(七田博士は、これは事実であると明記している)。
まあ、邪な思いだけでは、こんな言葉を長く唱え続けることは出来ないので、本当に数多く唱えれば、何かは起こると思う。
また、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第1巻の「神癒の廟」にある「生命、愛、平和」という言葉を数多く唱えれば、その中でこの言葉しか使われない廟を通り抜けるだけで、あらゆる病気が癒される力が、いくらかは備わるかもしれない。
ちょっと前なら、非科学的この上ないお話になるが、最近では、そうでもないように思う。
無論、私に解ることではないので、誰も説得するつもりはないが。
また、私の場合、医療に何度か(大袈裟ではないと思うが)殺されかけたことがあり、医療以外のものを求める傾向はあるだろうから、そのあたりはお断りしておく。








生命力を高める

今、世界に拡散しつつあるような新型コロナウイルスは、今のところ、若くて健康な人の場合、さしたる脅威はないと言われる。
若くて健康な者は、免疫力が高いからだ。
免疫とは、体内に細菌、ウイルス、毒素等、害になるものが入り込んでも、それに抵抗して打ち勝つ力である。
若い間は免疫力が高く、あらゆる病気への耐性が強いが、歳を取ると共に、それが弱くなる。
また、免疫だけでなく、再生能力も若い方が高く、若い人ならすぐに治ってしまう怪我も、老人になると、驚くほど治りが遅くなる。
再生力は子供、赤ん坊、さらには、生まれる前の胎児の方が高い。
ただ、体力の問題があり、病気に対しては、健康な大人が最も強いだろう。

免疫力や再生力は、生命力と呼ばれるものに含まれると思われる。
歳を取ると生命力が失われる。
ただ、若くても生命力に乏しい者もいる。
生命力は、身体だけでなく、精神の影響も大きいので、精神が不健康な場合に、生命力が著しく低下する場合があり得るからだ。

そして、生命ほど美しいものはなく、だから、高い生命力を持つ若い人、子供、そして、赤ん坊の美しさが称賛されるのである。
初音ミクさんを見て美しいと思うのは、形だけでなく、あの軽快で疲れを知らない感じが生命力を感じさせるからだと思う。

2008年のアニメ『キャシャーンSins』は、まさに、生命力をテーマにしたような作品だった。
「シンギュラリティ」の概念を唱えたAIの権威で発明家であるレイ・カーツワイルが預言したように、『キャシャーンSins』では、未来世界において、人間にも死というものがなくなる。
だが、ロボットが人間を征服し、世界はロボットの帝国となる。
ところが、そのロボット達の身体が錆び、朽ちていくという謎の現象が世界中に広まり、人間もロボットも滅びに向かう。
その中で、キャシャーンという若者のロボットだけは、なぜか、昨日作られたばかりのように、いつまでも新品で新しい。
キャシャーンの中には無限の生命力があり、どれほど身体を傷つけられても、たちどころに回復してしまう。
そんなキャシャーンは、朽ち果てていくロボット達の嫉妬の的になる。
ところが、犬型ロボットのフレンダーや、青年型ロボットのジンという、身体に滅びが始まらない不思議なロボットが時々いた。
この作品は、生命力の本質をよく捉えている。
フレンダーやジンは、強い信念を持っているから生命力が高いのだということが解る。
だが、それと共に、明るさや愛とでもいうものが生命力を高める。
キャシャーンは生命力が完全で、死ねない身体を持つことに悩むが、キャシャーンのような生命力は、誰もが憧れる。
では、どうしたら、そんな強い生命力を持てるのか?

『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第1巻にある「神癒の廟」が、まさにそれを示す。
その廟(寺院)に入ると、ほとんどの病気は癒されてしまう。
また、その廟自体、壊れても自動的に再生してしまう。まさにキャシャーンのようだ。
では、その秘密はというと、その廟が建てられて以来、その中で、「生命、愛、平和」以外の言葉が使われず、その言葉(言霊)の強烈な波動が廟の中に満ちているのである。
それなら、我々も、これらの言葉を常に唱えることで、生命力を高めることが出来るのである。
やってみると、ほとんどいかなる言葉より「生命、愛、平和」という言葉は、自然で唱えやすいことが解る。

このブログで最近、時々ご紹介している「歓喜、成功、富」という言葉は、これらの言葉が表す実利を呼び寄せる波動がある。
だが、「生命、愛、平和」はそれよりも上位の波動であり、これによって生命力を高めれば、より言霊の力が高まるだろう。

尚、『キャシャーンSins』に登場する「月という名の太陽」ルナは、11歳くらいに見える美少女で、キャシャーンのように永遠の生命を持つが、彼女の場合、生命の反対である死を嫌うあまり、それから目を逸らした。
死ねないキャシャーンは、それを見て、死を知らなければ生きることも出来ないことを悟る。
人間は死ぬから生きる。それもまた大切なことだろう。
だが、今の人間は生命力が低過ぎる。「生命、愛、平和」の言葉を使ってみると良いだろう。








自家薬籠(じかやくろう)の暗示の言葉

「自家薬籠(じかやくろう)」という言葉がある。
薬籠とは薬箱のことで、言葉のままの意味で言えば、自家薬籠は、自分の家の薬箱だ。
そこで、自家薬籠という言葉は「使いたい時に使える必要な物。すでに手中にあって、いつでも使えて役に立つもの。完全に身についた技術や、また思いのままに操ることのできる人物」という意味になる。
人間は、どれほど優れた自家薬籠を持ってるかが大切である。
それは、自分を強くし、幸運を呼び、勝利と成功に導くものでなければならない。
一般的には、習得した有益な技術や特技のことで、Excelマクロも強力な自家薬籠になる。

そして、人間にとって、その一番の自家薬籠は自己暗示の言葉だ。新約聖書の福音書の『ヨハネ福音書』の始まりが「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」で、その後に、
「万物は言葉によって成った」
「成ったもので、言葉によらずに成ったものは何一つなかった」
などとも、書かれているが、実際の意味は深いものかもしれない。
だが、言葉が大切であることは確かで、そして、いつも使う言葉は自己暗示になるのだから、よくよく注意して言葉を使わなくてはならない。

そこで、あなたは、自家薬籠・・・抜群の効き目がある言葉を忘れずに持っていなければならない。
以前、ご紹介した「神様の奇跡が起こる」もそれで、これをずっと唱えていたホームレスは、一億円の宝くじが2回当ったという実話がある。
常に「絶好調」と唱えて絶好調の人もいるし、『カードキャプターさくら』のヒロイン、桜の無敵の呪文は「絶対大丈夫だよ」だ。
世の中に薬が沢山あるように、自家薬籠になる薬も多い。
しかし、我々は、少しの・・・出来れば1つの万能薬になる自己暗示の言葉を持っている方が良い。
エミール・クーエの有名な自己暗示は「毎日私はあらゆる面でますます良くなっていく」で、これが好きなら、もちろん、これにしても良い。
だが、私がそうなのだが、文章による暗示の言葉は選び難く、唱え難いこともある。
感情を込めず、淡々と、出来るだけ多く唱えることが必要だが、状況が悪くなると、人にもよるが唱え難くなるかもしれない。
その中で、やりやすいのは、「単語法」と呼ばれる、単語だけを唱えるものがある。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』という本の中に、数千年存在する廟(びょう。寺院のようなもの)があるが、昨日建てられたかのようであるという。
その廟の中では、「生命、愛、調和、平和、完全」といった言葉しか使われない。その廟では、何かが壊れても勝手に治ってしまうという。
また、ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』の中に、こんな話がある。
ある映画俳優である女優は「歓喜・成功・富」の三語を頻繁に唱えることで、全てがうまくいった。
マーフィーは、これは勝利の歌であり、あなたも勝利に導くと請け負っている。
あなたも、ここに挙げた言葉、あるいは、自分のお気に入りの言葉を自家薬籠とすると良い。
自家薬籠の言葉は、使えば使うほど威力が大きくなるのである。




特に呼吸と若さの関係

『ヒマラヤ聖者の生活探求』という本は、19世紀のアメリカの科学的な探検隊が、インドやチベット等を探検した記録であるが、その探検隊をサポートした現地の男性であるエミール師は、身かけは50歳くらいだが、実は人間の寿命をはるかに超える年齢であったとされている。
また、エミール師の母となると、可憐な少女にしか見えないと言う。
では、なぜ、そのようなことが出来るかのヒントとなる出来事が起こる。
現地のある老人の男性が老衰のために亡くなったが、イエス・キリストが彼を復活させる。
そして、復活した後、その老人の男性は、青年の姿だった。
この男性は、生命エネルギーの浪費により、若さを失い、年老いて死んだのである。
そこで、イエスは、生命エネルギーを彼に戻したのである。
ではなぜ、生命エネルギーが浪費されるのかというと、不安や恐怖によるストレスや、誤った観念からである。
日本でも、明治時代に、長南年恵(おさなみとしえ)という女性は、44歳くらいで亡くなるまで、18歳位の容姿を保ったと言われる。
そして、年恵の性質は、やはり無邪気な少女のようであったと言われ、これは、世間的な観念を持たなかったせいと思われるのだ。
中国の『神仙伝』によれば、仙人であった老子は、不老で重要なことは「精力の節約」であり、そのためには、心穏かであることが必要であると述べたと伝えられている。
イギリスの数学者で、『不思議の国のアリス』の著者として知られるルイス・キャロルは、沢山の少女達と交流し続けたが、60歳になっても青年のように若々しく、最後の少女の友達だった女性の証言によれば、顔にシワ1つなかったという。
彼の場合、いわゆる「ロリコン」ではなく、不穏な噂の1つもなかったようで、少女達の生命エネルギーへの同調効果もあったかもしれないが、生命エネルギー(あるいは精力)の節約を行えたのだろう。

電波工学の世界的権威であった関英男博士は、90歳を超えても世界中を飛び回って研究を行っていたが、誰も彼が90歳過ぎだと思わなかったようだ。
彼を、いわゆる「トンデモ博士」扱いする、ある記者も、関博士が聡明であることや、人柄が抜群であることは認めていた。
その関博士は、毎朝、腕振り運動2千回を欠かさなかったが、他にも、著書で興味深いことを述べている。
宇宙全体に渡って、平均的な素粒子より20ケタ小さい粒子が存在し、それを関博士は仮にサイ粒子と呼んでいた。
サイ粒子が宇宙を飛び回っている時は宇宙微子で、これが生命の中に入ると生命微子となる。この生命微子が、気功でいう気である。
そして、これを多く集めれば、若さを保ち、さらには老化を逆転すると考えられた。
サイ粒子は、どこにでもあるので、息を吸えば空気と共に入ってくる。
ただし、普通に息を吐けば、やはり出て行ってしまう。
詳細は省くが、サイ粒子を体内に残し、空気だけを排出するコツはこうである。
息を吸った後、いったん、少し止め、細くゆっくり鼻で吐く・・・これだけである。

かつて「スーパーラーニング」と呼ばれた超学習法は、現在、形を変えて発展している。
このスーパーラーニングで、驚異的な記憶力を発揮させる方法が、「原理は不明」とされたが、息を吸っていったん止め、ゆっくり吐くことだった。
関博士の言う、サイ粒子が身体に入って生命微子になったものが脳に作用し、記憶力を高めるようであるが、それだけでなく、健康を向上させることも知られていた。
そして、若さを保つことにも威力があるのだと思われる。

他にも、医学的なものから精神科学的なものまで、数多くの情報があるが、そのだいたいの共通点が、やはり、
(1)吸った息をいったん止める
(2)鼻からゆっくり吐く
なのである。
だが、全体としても、呼吸は鼻で行うのが良いと思われる。








呪文、マントラの効果の論理的根拠

呪文、マントラ(真言)がなぜ良いのかという論理的根拠はある。
まず、人間の心は、放っておいても、否定的な言葉を、頭の中で、1分に数百はつぶやいているという科学的研究結果があるらしい。
そして、人間が高レベルの能力を発揮するのは、頭の中のおしゃべり(あるいは、つぶやき)が止んだ時であると考えられるのである。
いわゆる、無になった状態を言うのだと思うが、その時に、時に異常なほどの高い力を発揮するというのは、今や不思議なこととは思えない。
それで、想念(頭の中のおしゃべりやつぶやき)を消すという意味でも、呪文には効果があるが、呪文の効果はそれだけではない。

1つ1つの呪文について考えよう。
ただ、出典をいちいち書いていたら大変なので、それは省く。
インドの聖者、ラマナ・マハルシが最高のマントラと言うのは「私」である。
常に「私」と唱えれば、悟りすら開ける。
悟りはともかく、素晴らしい真言であることは分かる。
なぜなら、これもマハルシの説明であるのだが、あらゆる想念は「私」に起こるのであるから、その想念の主である「私」に意識を向けてしまえば、あらゆる想念は消える。
つまり、頭の中のおしゃべりやつぶやきはなくなる。
能力が最大になるだけでなく、ついには「私」という想念も消え、悟りが開かれるというわけである。
興味深いのは、マハルシと同時代のインドの聖者、ニサルガダッタ・マハラジは「私は在る(私は存在する)」が最高のマントラと言うが、それも道理がある。
これも、マハラジの説明では「あなたが確信出来る唯一のことは、私は在るということだけ」なのだから、人間に解る範囲での究極の真理である「私は在る」に集中すれば、それより劣る概念や想念は消えてしまうのである。

ナーマスマラナというのは、神の名をマントラとして唱えることである。
親しみを感じる神の名があれば、それを唱えることで深い安らぎに至り、また、他の想念が消えることは期待出来る。
インドでは、ラーマ、クリシュナといった神が人気があるのだと思う。
日本では、マテラスオオミカミが人気があるし、アメノミナカヌシノカミの名も威厳があって、なかなか宜しいと思う。
また、念仏という形式になった「南無阿弥陀仏」や「南無観世音菩薩」も同じと思う。
阿弥陀如来の真言は「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だし、観世音菩薩の真言は「オン、アロリキャ、ソワカ」である。
本来の名で言えば、阿弥陀如来はアミターバ、あるいは、アミターユスで、観世音菩薩はアヴァローキテーシュバラーである。
神仏の名の場合は、単なる心理学的、あるいは、脳科学的な効用だけでなく、むしろ、それらの言葉、あるいは、音が持つ霊妙な力が重要であると言われる。それは、なかなか科学的な証明は難しいと思うが、科学には解明出来ない摩訶不思議な力があるのかもしれない。
やや長いが、般若心経の最後の部分の呪文も、最高のものとされている。
それは、「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディスヴァーハー」である。
また、山蔭神道では、究極の言葉は「アジマリカン」であると言う。

『ヒマラヤ聖者の生活探求』では、究極の言葉は「神」であり、有声でも無声でも、これを唱えると全てを変えると言う。
ただ、「神」を呪文にしてはいけないと言う。
この著作の、3巻だったと思うのだが、イエス・キリストが「他のことは忘れてよろしい」として語ったのが「神」という言葉を使うことで、なるべく多く使えば良いが、このことを「公式」にしてはいけないと言う。その意味は各自考えていただければと思う。難しいこととは思えない。
例えば「神」という言葉、あるいは、「神の他に何もない」という言葉について瞑想するなどでも良いと思う。

私も、呪文、マントラに救われたことは数限りない。
だからこそ、上に挙げたことや、その数倍以上のことを覚えているのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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