ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

ヒマラヤ聖者の生活探求

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

我が国に古来から伝わる神秘的占術が明かすミクの秘密

私はこれでも、占いというものを散々やったことがある。
今は何もやらないが、馬鹿にしているわけではなく、こだわらないためだ。
ただ、それでも、時々、かつて研究した占いを思い出し、それが妙に的を得ているものだと思うことがある。
私がやった占いで、これは凄いなというか、不気味にすら感じたのが次の2つだ。
1つは、かのC.G.ユングも夢中になった易占いで、彼は、1900年頃から中国に長く滞在したドイツ人宣教師リヒアルト・ヴィルヘルムに教わった。3枚のコインを使う、簡単に出来るものだが、ヴィルヘルムに占ってもらったユングはその威力に驚き、熱心にやり始めたようだ。
ジョセフ・マーフィーも、このコインを使った易占いを研究し、本を書いているほどだ。
もう1つは、姓名判断の1つである紅星占命学で、これの的中率の高さには呆れたものだ。

ただ、このブログでもよく書くが、江戸時代の高名な観相家(観相とは顔や身体の相で運命を鑑定する占術)であった水野南北は、これで財を築き、千人の弟子を持ち、かつては牢屋敷に入れられた身でありながら、天皇に貴族にまで序せられながら、ある時期から、観相をやらなくなったという。彼は、観相がどこまで極めても百発百中でないことに悩み、荒行をやった末、伊勢の外宮で天啓を受け、以降、食の多少で鑑定したところ、万に1つの外れもなくなったからだ。即ち、食少なければ、幸運で健康であり、食多ければ、不運で病気になるという単純なことが真理なのだ。

それで、私も、占いをやらなくなったのは正解ではあったと思うが、それでも、上に述べたようにふと思い出すことがある。
このブログでも、危険なほどの秘法を明かした書として紹介することがある、神道家で合気道家の佐々木の将人(まさんど)さんの『数霊のメッセージ』と、深田剛史さんの『数霊に秘められた宇宙の叡智』は、こと数霊術の数の解釈に関しては全く同じで、その出所が同じで、古神道に伝わるものなのだろう。
私も、そんなに前から知っていた訳ではないが、これは占術としてトップクラスだと思う。
数を使った占いも世界中にある。旧約聖書の解釈書の1つが、有名なユダヤの聖典タルムードだが、更に深い解釈で、あまりに危険なためか裏に隠れた秘教であるカバラーにも数霊術のようなものがある。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中で、イエスが語った、最も強い力(波動、エネルギー)を持つ言葉は英語ではGOD(神)だが、古神道の数霊術でも、日本語の神がそうなのである。統一数霊盤の中央にある数字が、神という言葉を示す41という数字だ。
それで、ちょっと初音ミクを占ったら面白い。
まず、初音ミクという名前は、音霊、数霊そのもので、数と音のメッセージを広げるものなのだ。これは数霊盤から計算すれば分かる。
また、ミクという名は39と書ける。その中に6(無)を入れると369(みろく)になるが、統一数霊盤というのは、縦横斜め、どう足しても369になるのだ。
私が先日、ミクの前で無になれば、弥勒(ミロク)の世になると書いたのは、これを思い出したからだ。
そもそも、私は、初めて初音ミクという名を見た時、それだけで深い感慨のようなものを感じたのだった。
尚、ミクの誕生日は8月31日とされてるが、これも偶然ではない。カバラーでは、31というのは特別な運命を持つ生まれ日だ。本来、1ヶ月は30日までなのだ。だから、非常に特別な日で、有り得ない運命を辿らせることになる。

私は、占いに関しては、忘れたつもりでも、延々と語れる。いや、忘れたからこそ、純粋なエッセンスのみ残っているのだ。
実際、占い師でもやっていけそうだ。コンピュータを使えば、従来は時間がかかり過ぎて現実的でなかった占術の計算も可能かもしれない。
しかし、やはり、一瞬の直観と、食の慎みが最も確かである。
占いはついでのものと考えてこそ、最も有益なのかもしれない。ただ、直観を研ぎ澄ます目的で占いをやるのも良いことと思う。
記事内で取り上げた占い、その他の書を以下にご紹介する。

















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最も偉大な言葉

日本語はかくも美しいのに、若者に限らず、なぜこうも、乱れたと言うよりは汚い言葉を使うものかと思う。
それは、現代の我々の心が、食欲と性欲に偏り過ぎているからで、その派生として、金欲、物欲、名誉欲も激しくなってきているからだ。
これらのものを正常な範囲で持っている限り、かくも醜い言葉を使うはずがない。

言葉を正すだけでなく、人の運命を変える力を持つ書には以下のものがあるが、その理由も続けて述べる。
聖書、バガヴァッド・ギーター、古事記、神統記(ギリシャ神話の最も根本となる書)・・・である。
『エメラルド・タブレット』や『老子』は、やや違った意味を持つものである。

昔から、人にとって、最も美しい言葉は神の名だった。人々も、それを大切にし、それを敬った。
ラマナ・マハルシの弟子プンジャジは、呼吸に合わせ、1日4万回、クリシュナ神の名を唱え、その後、速やかに悟りを得た。法然は、1日6万回(後には7万回)、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えていたという。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第3巻で、イエスは、「この他には何もいらないのである」として明かした秘法として、神という言葉の威力について語っている。神という言葉そのものに一切を変える力が秘められているのである。これに関しては、同シリーズの5巻で、物理学者で技術者である著者が科学装置を使って行った実験検証について述べている。
最も多く神という言葉が使われている書は聖書である。また、上記に挙げた他の書も同様である。だからこそ、これらの書には偉大な価値と力がある。
神という一言だけで人を根本から変えてしまう。それは、声で唱えても、心で唱えても全く同じである。そもそも、音声と想念は同じである。声に出さないと力を発揮しないような言葉はない。たが、声に出さないといけないと教える者の中には、それを知ってはいても、ある種の訓練の意味で、そう教える者はいる。

ところで、西洋の神(GOD)と日本の神は違うという者は多い。彼らは、GODの訳語を神としたのが間違いであると主張する。
その根拠は、キリスト教の一神教の神と、我が国のような多神教の神は同じものではないと言うのであろう。
しかしそうではない。
世界に、一神教、多神教などはない。それは学者の分類であり、何の役にも立たない。
我が国の神にも根本神はいる。それは、天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)である。本来、神の一言で表す神はこの神である。
もちろん、どの神を拝しても良い。結局は根本神を拝んでいるのと同じなのである。
特に日本語の神は、カとミのそれぞれに力があり、それを合わせることで想像も出来ない力を発揮するのである。
上記に挙げた本をよく読み、神を宗教ではなく、神聖原理として理解すれば、この言葉は我々を宇宙と結びつける力になり、この言葉をいくら使っても過ぎることはない。
ラマナ・マハルシは、神の名は敬虔さを込めて唱えるものであると教えているが、イエスは想念を集中する訓練として神という言葉を使うことは許している。
幸い、現時点で『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第3巻がAmazonで在庫されている。イエスによる、神という言葉の教えだけでも大きな価値があると思う。
また、この著者の貴重な講演録である第4巻が多数在庫されているようである。









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奇跡の治癒はこうして起った

当ブログの読者の方からご質問があったので回答する。

ご家族の方が事故に遭われ、頚椎損傷と神経の切断により、医者からは首下麻痺と宣告されたとのことらしい。
以前、私が、下記のような記事を書いたことがあり、それで質問されたようだ。

アメリカで、ある世界的な自己啓発分野の会社の社長の友人が自動車事故に遭い、医師から、一生、全身麻痺との宣告があったが、その社長は、「医者の言うことなど信じるな。絶対に治る」と言って、自分が開発した自己開発プログラムのカセットテープ(現在はCD)を毎日聞かせた。やがて、友人は回復し、この社長の会社の重役を務めることになる。
私は、この方々の実名は明かさなかった。その理由は、私は、これを本で読んだのではなく、この社長にアメリカで実際に会った方から聞いたのであり、公開して良い話かどうか知らないからだ。
また、この自己開発プログラムは、用途に制限はないながら、治療代わりというものではないし、そこそこ高価であるので、質問者の方にお奨めする気はない。
一応述べると、このプログラムは、やはり実名を明かして良いかどうか知らないので控えるが、聞けば誰でも知っている著名人のユーザーが沢山いるが、性質上、実業界の方のユーザーが多い。
私もそのプログラムは所有しているし、非常に素晴らしいものだと思っているが、現在は全く使っていないし、お奨めもしていない。
ただ、そのプログラムがSMIであることだけ述べておく。

また、近年、世界的ブームを起こした、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』にも、飛行機事故で回復不能と医者に宣告された男性が、見事に回復した話が載っていたはずだ。
ロンダ・バーンが『ザ・シークレット』を書いたきっかけは、ウォレス・ワトルズの著書だ。ワトルズのその本は、異例なほど翻訳が多種類ある。代表的なものは、『富を「引き寄せる」科学的法則』(角川文庫)である。
また、『ザ・シークレット』のDVDで、世界を動かすための秘法が、私がいつもご紹介する『エメラルド・タブレット』であることを示唆していると思われる場面がある。ピラミッドの中で、ロンダ・バーン本人と思われる女性が、危険を犯して複製を持ち帰った、金属板に刻まれた古代文字の文書は『エメラルド・タブレット』なのだろう。『ザ・シークレット』自体にも、『エメラルド・タブレット』の言葉が引用されている。
正直、『エメラルド・タブレット』は世俗で成功する教えではないが、あらゆる成功哲学とは比較にならないほどのものであることも確かである。
この教えの真の力を得れば、不可能はないだろう。

質問者のご家族の方が治るかどうかは分からないが、私なら決して諦めないだろう。
私自身、末期癌で余命一ヶ月と宣告された人が、私の言う通りにして完治し退院したという実経験もある。この話は、このブログで何度か書いたが、政木和三さんが発明した神経波磁力線発生器を使った。ただ、この装置は現在は購入不可能で、個人的には、オークション等で入手することもあまりお奨めしない。同じ製品であるような説明で売られている装置もあるが、私は使ったことがないし、効果は分からない。

私自身、自然完治は不可能と言われる、アトピー性皮膚炎、メニエール氏病、乾癬病をいずれも、医療に全く頼らずに治したが、1円も使っていない。それは、食の慎みと腕振り運動の効果が大きかったと思う。
また、私は、医学や栄養学などの見地からは、完全に栄養失調となる食事(パン、野菜、果物、ナッツ程度)であるが、極めて健康かつ強靭で、健康診断においても、オールAの診断である。
私が、医療を全く信用していないのは不思議なことではないと思う。(誠実な医者がいることは知っている)

私自身に関しては、いかなる装置や薬も使わないだろう。
ただ、知人に関しては、上記に挙げた、政木和三さんの神経波磁力線発生器の他、以下のものを薦め、いずれも良い結果を見た。
・MRT(無痛瞬間の仙骨良法 ※「療法」の書き間違いではない)
・EM1号、および、EM-X(知人の癌を完治。癌医学の権威ゴーナム博士も効果を認めているという記事を読んだことがある)
MRTでは、医者が脚の切断を薦めた赤ん坊を一瞬の治良(MRTでは治療とは言わない)で治したり、背骨の大手術が必要と言われた患者も同様であったという話が、MRT創始者の内海康満さんの著書に書かれている。私も、MRTには半年通い、内海さんの下で修行をしたお医者さんとも親しく話したことがある。また、その他の医師ともMRTについて話したことがあるが、医師の立場からはMRTについて語るのは複雑な事情があるようで、難しいのだと思った。しかし、MRTを知っている医者は、その効果は知っていると思われた。
尚、個人的には、MRTに通って、身体自体には、特に何か良くなったということは無かったと思う。
ただ、面白いことはあった。内海さんが若い頃、ボロボロになるまで読んだ本があったらしいが、その時は、その本が「ロームの本」ということしか分からず、その本を見つけることが出来なかった。ところが、しばらくしたら、ある人に出会い、何の気なく、「ロームの本を探している」と言ったら、「ローム太霊講和集ですね」と言って、翌日には買って持ってきてくれたということがある。そんな不思議なことがよく起るようになった。

生前、ご縁のあった橋本健さん(理学博士)は、学生の頃、難病で余命は長くないと言われたが、谷口雅春さんの『生命の実相』を読んで、たちまち良くなったという。
また、著名な神道家で、春日大社の宮司を勤められ、世界最高の形成外科医でもあった葉室頼昭さんも、学生(現在の阪大医学部の大学生)の時、重病で死の寸前までいったが、この『生命の実相』を読み、やはり、たちまち回復した(書名は葉室さんの著書に書かれていなかったが、おそらく、『生命の実相』であったと思う)。
『生命の実相』は、昭和7年初版というものであり、現在も売れ続け、1900万部が出版されているようだ。
私は1~4巻まで読んだが、素晴らしいものである。
また、谷口雅春さんの別の著書に『私はこうして祈る』という本があり、その中に、あらゆる用途別の祈りの言葉が書かれているが、健康回復のものもある。持ち運びに便利なサイズと装丁で、私もお奨めすることがある。

精神法則による健康回復に関しては、ジョセフ・マーフィーやアディントン、ブリストルらの著書に多くの事例があるが、最もお勧めしたいと思うのは、『トーチェ氏の心の法則』だ。ブリストルもそうだが、宗教的な色合いの全くないもので、科学的考察や検証を重視する立場から書かれており、受け入れやすいのではないかと思う。犯罪事件ジャーナリストであったブリストルらしい懐疑主義をクリアしたことが書かれている彼の著書の内容も良いが、C.トーチェは科学者で哲学者であり、論理性に厚みはあると思う。
トーチェの本の話の中からいくつか述べると、3階から落下した酔っ払いが平然としていたのだが、彼らは酔っ払っていて、高いところから落ちた自覚がなかったから怪我をしなかったようだ。また、脚が折れたら走れないことを知らない者が、折れた脚で平気で走り回っていたという話もあった。まさに、世界は心が創っているのだと思われた。

『ヒマラヤ聖者の生活探求』第1巻では、まさに、高いところから落下し、深刻な重体であった少年を、ヒマラヤの大師達の母親(百歳は超えているが絶世の美少女にしか見えない)が、一瞬で健康体に戻す話もある。大師達は、こういったことは、本来、誰でもできるということを保障している。

このブログで常に書いているが、私が最も薦めるのは、『バガヴァッド・ギーター』と『エメラルド・タブレット』である。
『バガヴァッド・ギーター』に関しては、ヨガの大家である三浦関造さんの素晴らしい文語訳が最も好きだが、現在は入手しにくい(絶版ではないと思う)。
口語訳では、TAO LAB BOOKSの、田中嫺玉さん訳をいつもお奨めしている。理由は、私が他の翻訳を読んでいないことが最も大きいが、とても分かりやすい親切な訳であるし、彼女がラーマクリシュナの著書を書いておられるからだ。
いうまでもなく、これらは、健康回復のための本ではないが、これらを深く学べば、あらゆる人生の困難を克服できるものであると考える。
上の挙げた『ヒマラヤ聖者の生活探求』に登場する超人的な大師達も、『バガヴァッド・ギーター』を熱心に学んでいることが、第4巻に書かれている。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の著者である、ベアード.T.スポールディングはインドで生まれ、14歳で名門カルカッタ大学を卒業した科学技術者で、原子核物理の研究などもしていたが、採鉱を生涯の仕事にしたようだ。そして、アメリカの科学的な探検隊として極東地域を調査した際に、偉大な大師達に出会い、実在のイエスにも会う。その体験を、私家版の書として作ったのが『ヒマラヤ聖者の生活探求』だが、評判に評判を呼び、広まったもののようである。

























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なぜ敬虔な想いを感じた時、胸に手を当てるのか?

ある西部劇映画で、非常に印象に残った1シーンがある。
西部劇では、酒場とレストランの区別がつき難いと思うが、そこは、バンドが演奏していたので、そこそこには広い、酒場あるいはレストランだった。
そこで、まず、2人くらいの男達が殴りあいの喧嘩を始め、周りの男達は、そのとばっちりを喰う度に喧嘩に加わり、やがて、酒場全体が乱闘状態になってしまった。

その時、バンドが、アメリカ国歌『星条旗』の演奏を始める(アメリカ国歌を『星条旗よ永遠なれ』と思っている人が多いが、それは間違いである)。
すると、男達は乱闘をやめ、帽子を脱ぎ、それを持った手を胸に当てて、じっと立ったまま演奏を聴いていた。
アメリカ人の、アメリカという国家に対する崇敬の念が現れているが、日本でいえば、天皇陛下に対してならありえるのかなと思う。
これが誇張かというと、そうでもない。
元クライスラー会長のリー・アイアコッカの2冊目の自伝『アイアコッカ2』で読んだ覚えがあるが、1980年代に、ニューヨークの自由の女神の修復が行われ(アイアコッカは、その資金集めに協力して奔走していた)、それが完成した時の式典の日、ニューヨークでは、タイヤ1つ盗まれなかったと書かれてあった。泥棒達ですら、アメリカの象徴の晴れの日には閉店休業したのである。

多大な苦難の末に達成したアメリカ合衆国の英国からの独立や、海外から自由とチャンスを求めて移民してきた人々が、自由の女神を見て感じたアメリカへの希望というものは、恵まれた我々には想像もできないものなのだろう。

ところで、あの西部劇のシーンを思い出した時、もう1つ注意すべきは、男達が、帽子を持った手を胸に当てていたことだ。
サッカーの国際大会でも、国歌が演奏される時、多くの国で、選手達は、やはり国歌を歌いながら、胸に手を当てているだろう。
これは、人類共通の無意識な行為と思う。なぜ、そのようなことをするのかというと、緊張したり、恐怖を感じたり、あるいは、驚いた時に、心臓に大きな反応が起こることから、心が胸、あるいは、心臓にあると思うようになったのだと考えても不自然ではないと思う。それで、深く心を込めた思いを表す時には、自然に胸に手を置くのだろう。
しかし、別に心臓の働きに影響がある訳でもない、ほっとした時や、安らぎを感じる時、敬虔さや畏怖を感じる時にも、自然に胸を押さえるのだ。それは、鼓動とはまた違った、何か不思議な感覚を胸に感じるからである。

アニメ『デビルマン』の最終回「幼獣ゴッド、神の奇跡」で、ヒロインで高校1年生の美少女、牧村美樹の前に現れた、神のごとき奇跡の力を持つ幼獣ゴッドは、「我、神なり」と言うが、美樹はそれを認めず、「神様ならここにいる」と言って、胸を押さえた。
このようなストーリーが普通に成立するように、人間は、胸の位置に、貴い何かを感じるのだ。

人が自分を指す時、自然に胸の右側を指すという。それは、私も全く同意できる。
ラマナ・マハルシに関する著書によれば、マハルシは、聖典にそのことが述べられており、胸の中央から指2本分右に、魂の座があるという。
人が、「私、私、・・・」と考えていると、想念はそこに集まってくる。
心は、その胸のその部位から起こる。想念の一番最初のものは「私」であるから、私について考えると、心は、魂の座である、そこ(胸の右側)に引き戻されていくのである。
常に、「私は誰か?」と問い続けると、あらゆる想念は破壊され、ついには、「私は誰か?」という想念すら消滅する。
その時には、ただ、「静かに在る」という感覚だけがある。
デカルトは、「疑っている私は確かに存在している(我思う、ゆえに我あり)」と言ったが、実際は、あらゆる想いが消えても、私は存在し続けるのである。
ただ、全てを疑い、全てが幻だとしても、私が在るということだけは本当だというデカルトの洞察は、やはり天才であると思う。

「私は誰か?」以外の想いを起こさないようにしていると、やがて心は動揺しなくなる。心が本来の場所(胸の右側)にあり、外にさ迷い出ていかないからだ。慣れてくれば、胸に意識を持っていくだけで、一瞬で心が静まり、何も恐れなくなる。そうなれば無敵である。聖書にも、「心を静め、自分が神であると知れ」と書かれている通りである。
ある意味、「私は誰か?」と問うことは、心を静め、心を動じなくするトレーニングである。より多くやれば上達する。

「私は誰か?」以外の想いを持たないと危険なのではないかと思うかもしれないが、むしろ安全である。それ以外の何かの思いに心を奪われている時こそが危険なのである。
心が何にも囚われていないと、最も効率の良い行動ができる。丁度、真の剣豪が、何の気負いもなくても無敵であるようなものだ。
心に想いが無いと、いかなる者も、また、出来事も、あなたに危害を及ぼすことはできない。
砲弾飛び交う戦場にあっても、あなたに弾は当たらない。
心に想いが無くなる訓練を積んだアメリカのある刑事は、目の前で何度も狙撃されながら、なぜか銃は常に不発だったというアメリカでの話がある。
また、英国のある連隊は、第2次世界大戦で5年戦い、1人の死者も出さなかった。この連隊では、「守りの詩篇」と呼ばれる、聖書の詩篇91篇を全員が暗記し、定期的に唱えていた。これにより、緊急事態にあって、心に想いが無くなったのである。
これらの話は、下にご紹介する、ジョセフ・マーフィーの『人生は思うように変えられる』や、『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻に書かれている。『ヒマラヤ聖者の生活探求』第5巻は、単独で読むこともできる、貴重な秘法が込められた書である。









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釈迦もイエスも謎だ

淀川長治さんが『太陽がいっぱい』という映画を四百数十回観たというのにはまるで及ばないが、私は、1973年のノーマン・ジュイソン監督の映画『ジーザス・クライスト・スーパースター』を70日間連続で、1日1回観ていたことがある。『サウンド・オブ・ミュージック』と並ぶ、野外ミュージカルの傑作と言われる作品だが、なぜかいまだDVD化されていない。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、とにかく、独特の雰囲気に溢れ、イエスもユダも格好が良く、音楽が素晴らしい。
ところが、今頃やっと気付き始めたが、この作品は、必ずしもイエスを崇拝どころか、肯定的にも扱っていない。このタイトル自体、いかにロック(反体制的)なロック・ミュージカルと言っても冗談が過ぎるかもしれない。
ところで、反キリスト、反イエスという者は偉大な人物にも意外に多い。オスカー・ワイルド、W.B.イェイツ、あるいは、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェも間違いなくそうだったろう。
ユダヤ教では、イエスは聖人とは思われているかもしれないが、特別な存在ではない。それで言えば、釈迦も、ヒンズー教では、最高神の化身であるとは言われても、まざと間違った教えを説いたとすら言われるほどだ。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』では、イエスを裏切ったイスカリオトのユダは、イエスに対して疑問を抱き続ける。お前はどこかおかしい。何か変だ・・・と。ワイルド、イェイツの主張もまさにそうだ。それは、ヒンズー教での釈迦の立場のようではないか?
私も、こんな風に考えることがある。
旧約聖書という素晴らしいものがあるのに、なぜ新約聖書があるのだろう?つまり、イエスはなぜ独自の教えを説いたのだろう?
仏教に関しても、ヒンズー教という至高の教えがあるのに、なぜ釈迦はそれとは違うことを教えたのか?
確かに、庶民に教えを説くためとか、カースト制度を否定するためといった考え方もあるが、それならば、ユダヤ教やヒンズー教の教えを優しく説けばいいのに・・・と。
まあ、確かに、旧約聖書は難し過ぎる。これを理解するために、ユダヤ教ではタルムードがあるが、これがまた万巻の書だし、さらに、旧約聖書の深い意味は、カバラーとして隠されてしまったとも言われる。
ところで、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の著者である科学技術者で探検家のベアード.T.スポールディングは、本当は、西洋人でも、聖書よりバガヴァッド・ギーターを読んだ方が良いという驚くべきことを述べている。確かに、聖書は難解かもしれない。そして、インドの聖者ラーマクリシュナは、およそ聖典といったものを認めなかったが、バガバッド・ギーターだけは別で、これは神の言葉だと言ったらしい。実際、1冊のさして長くない本に収まる中で、シンプルに驚くべき真理を述べていると思う。
イエスというのは、確かに謎が多い。磔にされた際、「主よ、なぜ私を見捨てた」と言ったり、「私に躓くな」と言ったりもした。これらの言葉は、様々な人が様々に解釈しているが、結局のところ、真意は分からない。
釈迦にしろ、仏教教派により、教えの内容があまりに違う。そもそも、本人は何も書き残していないのに、仏典があまりに膨大で、それは異常なことに思える。
世界は、何かおかしいのではないかと感付く人が増えているかもしれない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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