ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

パラマハンサ・ヨガナンダ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

良い気分でいれば願いが叶うのは当たり前だと思える話

「気分」とは、「持続的な感情の状態」のことで、英語ではフィーリングだが、英語の方が、その意味にぴったりくるかもしれない。
そして、なぜか、この気分が良い状態(GOOG FEELING)であれば、さらに気分が良くなることが起こり、逆に、気分が悪い状態(BAD FEELING)であれば、さらに気分を悪くさせられることが起こる。
このことで思い出すのが、インドの聖者、ラマナ・マハルシの言葉だ。
「幸福は外側にはない。内側(魂)にある。願い事が叶った時、実は、我々は内なる幸福を楽しんでいるのだ」
我々の存在の核たる魂の本性は至福である。だから、何もなくても、魂に意識を向けさえすれば幸福なのだそうだ。

気分が良いというのは、欲求が満たされている状態を言うのだと思われているが、実は、そうではなく、外部に目がいかず、自己の内部に潜り込んだ状態なのである。
例えば、最高の気分の時は、我を忘れ、周囲で起こっていることすら分からなくなるだろう。
それなら、実は、我々は、いつでも、気分良くいられる。

では、なぜ、気分が良ければ、世界は自分にとって、より嬉しいもの、より楽しいものになるのだろう?
それは、古代哲学で既に言われ、そして、ようやく最新科学でも明らかになりつつあることだが、心が世界を作るのだからだ。
人間が外を見た時(意識した時)、人間の内にいる魔術師が一瞬で世界を作り上げると言った科学者がいた。もちろん、比喩的表現だが、実に正しい。
サルトルも言ったように、小説を読むとは、読んでいる一瞬一瞬に小説を書くという個人的体験である。
当然ながら、絵を見る時は、内なる魔術師が一瞬で絵を描き上げるのである。
音楽を聴いている時は音楽を作っているのであり、コリン・ウィルソンの『フランケンシュタインの城』で、ウィルソンと親しいある人物は、ショパンを聴いている時、自分がショパンなってしまうというが、実は、それは異常なことではなく、ごく自然なことなのであり、そして、気がつかなくても、誰もが同じなのである。

ラマナ・マハルシのような、快楽を否定する無欲を最上とする教えも、引き寄せの法則のように、願望を実現する科学も、実のところ、違うことは言っていない。
例えば、自動車や富を欲しい時には、ラマナ・マハルシの場合は、そういった外部にあるものの虚偽性を暴いて無欲になることを説くだろう。
しかし、引き寄せでは、既に欲しいものを得たと思って、それを得た喜びを味わうと、それが叶うと教える。
イエスは単に、「願いは叶ったと思えば叶う」と言ったが、もっと細かく言うと、この引き寄せの法則のようになるだろう。
インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの師の師であるラヒリ・マハサヤは、解脱の一歩手前の段階でも、豪邸を強く欲しがっていた。
そこで、師のババジが幻術の力で宮殿のような家を出現させ、これにマハサヤが入って楽しむと、マハサヤは執着から解き放たれ、ついに解脱を果たした。
願望は叶うと、執着が消えるのである。
だが、条件がある。

行動や努力で強引に欲望を叶えると、さらに欲望は強まるのだ。
だから、我々は、イエスが教えたことを基にした引き寄せの法則の通り、願いが既に叶ったと思って、想像でその喜びを味わい、気分を良くすることで、努力なく願いを叶えた方が良いのである。
そうやって何かを得ると、得たものと同じようなものを渇望することはなくなる。
しかし、そうではなく、戦って強引に勝ち取ると、『スター・トレック』でミスター・スポックが言ったようになる。
「どんなに欲しいと思っていたものでも、得てしまえば、さほどでもなくなる(得たものがつまらないものに思える)」
つまり、この場合は、もっと別のものが欲しくなるのだ。そして、次を得たら、さらに強く、別のものが欲しくなるという、欲望の無限の連鎖にはまり込む。
例えば、美女を得れば、もっと上と思える美女を次々に欲しくなるのである。
だから、我々は、無理な行動ではなく、心の力で願いを楽に叶えるべきであると思う。








確信を持てば楽々うまくいく

松本元(まつもとげん。1940-2003)さんという優秀な脳科学者が書いた『愛は脳を活性化する』という素晴らしい本がある。
脳科学者ではあるが、AI(人工知能)の開発に多大な成果を上げた。
その本は1990年代の本だが、機械学習という最新のAIをそれなりに勉強している私が読んでも、古臭さが全くないばかりか、むしろ、機械学習の仕組みを裏付けるような記述が多く、驚くと共に面白い。

この本に、脳は、確信を持つと、それを実現するよう効率良く働くとあるが、それは、確信を持つことで、目標の実現のための回路が脳内に出来ると考えて良いのではと思う。
例えば、人類が(最初にやったのはライト兄弟だが)飛行機を作ることが出来たのは、空を飛ぶ鳥を見て、「この世界は、飛ぶことが可能な世界」であることが分かり、技術さえあれば、飛ぶ機械を作ることが出来ると確信したからだ。

出来ると確信するのと、そうでないのとでは、脳科学的にも効率が全然違うのだと思う。
イギリスのある大学の研究では、人間の60%はコンピュータープログラミングをマスター出来ないらしいが、これは単に、「自分はコンピュータープログラミングをマスター出来る」と確信した人が40%だけだったというだけの話だ。
もし、実験者の80%の人達に「自分はコンピュータープログラミングのマスターが可能」と確信させることが出来たら、80%の人達が出来たことだろう。

パラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』に登場した、虎と戦って勝つヨーギ(ヨガ行者)のタイガー・ババが「人々には冷静な自信が欠けている」と言っていたというのが印象的だ。彼は、「虎に勝てる」と確信しているから勝てるのである。
もちろん、妄想の自信では駄目で、彼が言う「冷静な自信」であることが大切である。

ひきこもりが働くのは難しいと言われるが、「自分は社会でやっていくことが出来る」と確信すれば、それは容易いことだ。
重度のひきこもりだった私も、ジョセフ・マーフィーの本を読んで、「手に職はないが、セールスマンなら出来る」と確信し、すぐに才能あるセールスマンと認められ、セールスを始めて1年後に入った会社では、強豪セールスマン達を押しのけてセールス・コンテストで優勝した。
コンピュータープログラミングに関しては、昔のことだから、当時はワープロを打てる人も少ない中で、毎日ワープロ打ちをやらされたおかげで、キーボードに慣れると、それだけで「プログラミングだって出来る」と勘違いかもしれないが確信を持ったから、割と楽々とプログラミングをマスター出来た。
プログラミングをマスター出来ない人は沢山見たが、彼らはやはり「自分にも出来る」という「冷静な自信」・・・確信が欠けているのである。

もちろん、プロ野球選手になれる、大きな会社の社長になれる、売れっ子画家になれるという確信は、なかなか持ち難いし、私も持ったことはないが、楽に高い給料を取れるシステムエンジニアやプログラマーになら、誰だってなれると確信出来ると思う。
だから私は、「誰でもシステムエンジニアやプログラマーになれる」とは言わない。
「確信さえ持てれば、誰でもシステムエンジニアやプログラマーになれる」と言うのである。

なぜ、タイガー・ババが言うように、普通の人々には冷静な自信が欠けているのかというと、親や教師から「お前にロクなことは出来ない」と言われ続けたからだ。
だから、そうでない人、まして、「お前なら出来るよ」と言ってもらえた人は、何でもスイスイ出来るのである。
ドワンゴ創業者の有名な経営者である川上量生さんは「自分は運だけで成功した」と言ってたと思うが、運もあっただろうが、やはり彼は自分はドワンゴを成功させることが出来ると確信していたのだと思う。ある程度は勘違いもあったと思うが、妄想というほどではなかったはずだ。

あなたは、辛い仕事や、低収入の仕事に甘んじる必要はない。
楽しいか、せめて、嫌でない仕事をして、沢山のお金を稼げるのである。
冷静な自信・・・確信さえ持てれば。
だから、それを得るために全力を注ぐべきである。
まずは、私が薦める「EA(えれくとりっく・えんじぇぅ)メソッド」に励み、エネルギーを高めると良い。
やることは、初音ミクさんが『えれくとりっく・えんじぇぅ』を歌う時に、胸の前で手を回すのを参考に(あそこまでダイナミックにやらなくて良いが)、胸の前で手を重ね、その手を好きな方向にゆっくり回せば良い。十数秒回したら、逆方向に十数秒回すというふうにやれば効果的であるらしい。
【PS4FT】えれくとりっく・えんじぇぅ【初音ミク:スクール(ディープスカイ)眼鏡なし】PV -YouTube-
ただ、自分に合ったやり方があるので、工夫すると良い。
面倒なら、気がつく度に、胸の前で手を重ねるだけでも良い。
同じことを、額や頭頂でも行うと、さらに良い。
詳しくは、アレクサンダー・ロイド博士(心理学)の『「潜在意識」を変えれば、すべてうまくいく』を読んでいただきたい。









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永遠に新しくあるには

人間の値打ちと力を決めるのは、やはり信念かもしれない。

スターウォーズの一番最初の映画だったと思うが、オビ・ワンが、ルークの前で下っ端の兵士をフォースで簡単に操って、こう言ったと思う。
「信念のない者は簡単に操れる」
ところが、パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『あるヨギの自叙伝』で、若かった時のヨガナンダの前で、師のスリ・ユクテスワが、やはり同じことをやり、同じことを教えたと思う。
信念のない者は弱く、他人の言いなりだ。

私は今、アニメ『キャシャーンSins』に夢中になっているが、今日「第11話 己の使命のもとに 」を観た。
なぜか、ロボット達のボディーがどんどん腐敗し、滅んでいく世界で、ジンという名の青年型ロボットが全く腐敗しない。
キャシャーンは特別で、腐敗どころか、常に新しくなるし、ロボット犬フレンダーもなぜか腐敗が始まらない。
ところが、キャシャーンが弱っているように見えた時、ジンの仲間達は、キャシャーンを殺すことで、永遠の命を手に入れようとジンに願う。ジンには、その力があると思えたからだ。
だが、ジンは「誰かを犠牲にして助かろうとは思わない」と、それを敢然と拒否した。
その時、1人のロボットが「なぜジンに滅びが始まらない(腐敗しない)のかが解った気がする」と言った。
そうだ、信念のある者に滅びは寄りつかないのだ。
そして、それはフレンダーも同じであると、そのロボットは言った。

信念とは、絶対的に正しいと自分が思う何かを持っていることだ。
確かに、この世に絶対的善などというものは存在しないかもしれない。
だが、善か悪かなど関係なく、絶対に正しいと思う何かは持てるのである。
例えば、「従業員とその家族の生活を保証するのが俺の役目」という絶対的信念を持っている社長が実際にいて、彼が社長を務めている会社は絶対に業績が上がるのである。
我々も、自らの正義を持ち、それを貫かねばならない。そうすれば、永遠に新しい。
もしかしたら、それは古い考えのように思われるかもしれないが、それは太古の昔から、そして、未来永劫変わらぬ生命の法則である。
ただ、その信念は、ゆるい目にした方が良い。
例えば、西洋の騎士であれば女性を敬うだろうが、制限なく敬うことは出来ない。
だから、ある程度ゆるい目に、「女性に対して、すべきこと、すべきでないこと」を決めているのである。
例えば、女性に対して失礼な言動はいけないが、イエス様には悪いが、表情に表れない範囲でエッチなことを考えるのは良いとか・・・(苦笑)。
食に関しても、あまりに厳しい少食粗食の掟はストレスになり、あまり良い結果を生まない。
ちなみに、私の食に関する今の掟は「満腹するまで食べて自分を甘やかさない」だけであり、しかも、「ただし、親しい人との会食の際はこの限りにあらず」との例外つきだ。

自分が絶対に正しいと思うことを掟にすれば良い。
それを守る限り繁栄することは、釈迦も保証している。









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冷静な自信

今朝起きて、呪文を唱えると、世界を支配するために私が得た2つの情報がやってきて結び付いた。

1つは、昔読んだ、インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『あるヨギの自叙伝』に登場した、虎と戦う聖者タイガー・ババのことだ。
日本にも、農耕用の牛を素手で殺す空手家がいたが、これは確か、戦う意欲など全くない牛を押さえつけて角を手刀で叩いて折るという、少なくとも今なら動物虐待に問われかねないものだった。しかし、タイガー・ババの場合は、素手で虎とまともに戦うというものだ。
しかし、いかに鍛えた人間でも、虎が相手では力の差があり過ぎて勝てるはずがない。
けれども、タイガー・ババは虎を打ちのめし、勝利の証として、負けを認めておとなしくなった虎の口の中に、自分の頭を入れて見せたらしい。
そのタイガー・ババが言った言葉を、私は非常に印象的に覚えている。
「普通の人間は冷静な自信に欠ける」
当時、若い私は確信したものだ。
「冷静な自信」こそ、人間最大の力であると。

一方で、こんなお話を思い出す。
私がまだ子供の時にテレビで見た、モノクロの西洋の映画だ。
高層アパートのベランダで、小さな男の子が、母親に手を掴まれてぶらさがってる。
母親が手を離したら、男の子は、はるか下の地面に激突して死ぬが、母親の手の力にも限界があり、母親の顔に苦悶が浮かぶ。
辛そうな母親の顔を見た男の子の頭の中に、地上に向かって落ちる自分を天使が支え、微笑みながら地上に軽々と着地する自分の姿が浮かぶ。
聖書の詩篇91に、「天使はあなたを支え、石に足を打つ付けることはない」と書かれているのを、この男の子も読んでもらったことがあるのかもしれない。
そして、この男の子は、自信を持って、母親に、「手を離していいよ」と言う。
もちろん、母親は、そんなことをしようとは思わず、「坊や、なんてこと言うの!」と言うが、もう手は限界に近付いていた。
幸い、素晴らしい男性がそれを見つけ、見事に助けたが、そうでなければ、坊やの自信は裏切られ、幼い命を落とし、母親は人生最大の悲しみを味わうところだったはずだ。
この男の子の自信は、妄想というか、幼いファンタジーだ。
それは正確には自信と言わない。
別に、幼い子供でなくても、ファンタジーに囚われた愚かな大人だっている。
ジョセフ・マーフィーも、自分は女優になると言っている大人の女性に、「幼いお伽噺は卒業しなさい」とたしなめている。
妄想のような自信と、タイガー・ババが言った「冷静な自信」とは違う。

もっとも、その男の子が助かったのは、助けたのが天使でなくても、男の子の自信のためだったかもしれない。
私も、7歳くらいの時、住んでいた団地の前を走る、交通量の多い車道に、「目をつぶって飛び込めば、車は来ない」というおかしな自信を持っていて、それを実際に「ずっと」やっていた。
今はもちろん、そんなことは出来ない。それで無事で済む自信はないし、そんな自信は欲しくない。
だが、今は、どんな自信が必要か分かるほとには賢くなったのだ。

人間にとって、最も素晴らしいものは「冷静な自信」だ。
それを教えるために、タイガー・ババは虎と戦って見せたのだが、ではどうすれば、それが得られるかを教えることが出来たとは思えない。
自信さえあれば、イエスも言ったように、山をも動かせるというのに。
自信を持つ方法、それはもう、絶対に呪文しかない。
「自信がある」「どんなことでも自信がある」といった言葉を1つ考え、選び、感情を込めず、しかし、丁寧に、いつでも、出来るだけ多く心の中で唱えるのである。
人間は、自在に自信など持てない。
人間は、心を支配出来ないからだ。
しかし、言葉は支配出来る。
そして、言葉が心を導くのである。
根気強く「自信がある」という呪文を唱え続ければ、猛獣も、ウイルスも、ミサイルも、あなたを害することはない。
だが、特別な理由でもない限り、それらと戦う必要はない。
本当の自信を持つようになるほど、愚かなことはしなくなる。
けれども、真に自信がある者は、世間の人には愚かに見えても、本当に必要なことなら、当たり前に行うことだろう。









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本当の自己満足

誰か知らないが、きっとかなり尊敬されている人が、「幸せとは自己満足だ」と言ったらしいが、その通りだ。
一方、悟りとは、自己満足をして喜ぶ自我が消えることらしい。
ある聖者は、「100万ドルを得ても、悟りを開くと100万ドルを喜ぶ自我が無いので嬉しくない」と言ったが、ちょっと違う話がある。
有名な聖者であるパラマハンサ・ヨガナンダの師スリ・ユクテスワの師であるラヒリ・マハサヤは、御殿のような豪華な家に住みたいという強い願いを持っていたのだが、神人ババジの幻術で、その願いを叶えてもらうことで、自己満足し、悟りを開いた。
つまり、自己満足を得て幸せになることで悟りを開くのである。
世界のある場所では、昔、普通の人を1年間、王のように扱って自己満足させた後、その者を生贄として心臓を抉り出して神に捧げたというが、本当に自己満足し、悟りを開いているなら、その者は恐怖を感じないらしい。

陸上競技のスーパースターだったカール・ルイスは、世界記録よりも勝利を優先した。
その理由を、「記録はいつかは破られるが、勝利の瞬間は永遠だからだ」と言う。
つまり、世界記録の自己満足は、いつかは終わるが、勝利なら(どんな勝利かにもよるだろうが)永遠に自己満足出来るのである。
私は、それは本当だと思う。
昔、それまでの人生で、およそ勝ったことのない私が、セールスマンになって、なぜか、ベテランのセールスマン達を破ってセールスコンテストで優勝した時の自己満足は、今でも楽しめるのだ。
また、初めてマイクロソフトのMCP資格試験に受かった瞬間の自己満足も、やっぱり覚えている。

もちろん、大勢の人々の喝采を浴びて歓喜した人が不幸になることはよくあるが、それは、その時に、本当は心は満足しなかったのだ。
そんな時は、自我は一面では快感を感じていても、別の面では嘘っぽさを感じていて、その嘘っぽさが苦痛なのだ。
例えば、強盗をして大金を得たり、全く好みのタイプの女性が相手でもレイプという手段を使えば、ある程度の自己満足を感じるが、必ず不満が大きくなるばかりか、本当に自己満足することが出来なくなる。
ライバルを卑怯な手段で蹴落として地位を手に入れた場合も同じだ。
だから、自己満足を得るためにも、手段は選ばなければならない。
また、女性遍歴や浮気を繰り返す男というのは、本当に好きな人にはフラれたり、相手にされなかったのである。

本当の自己満足を得れば、自我が消えたりはしないが、自我が変容するのである。それが錬金術の本当の意味である。
高度に変容した自我は、慈悲深く、雄大で、静かである。
だから、悟りを開くと、自我は消えるのではなく、変容するのであると思う。
よって、正々堂々、自己満足を求めるべきである。
そして、そのための願いならスムーズに叶うのであり、無理矢理叶えようとする必要はない。
そして、悟りを開けば、物質世界は好きなように変えられるので、安心して1つの願いを持てば良いのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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