ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

バガヴァッド・ギーター

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

親友

あなたは誰に「親友」と呼ばれたいだろうか?
有名なスポーツ選手や作家や音楽家が、大勢の人の前であなたを「親友」と言ったらどうか?
確かに、快感のようなものは感じるかもしれないが、本当に嬉しく想う訳ではあるまい。
むしろ私なら、世の中で蔑まれる罪人が、本気で私を友達だと言ってくれたら嬉しいのだ。
そして、小さな子供が、私が少しも偉くないことを知りながら私のことを仲間に友達だと言ってくれたら、大いに歓喜するだろう。

新約聖書の福音書は、私の親友であるイエス・キリストのお話だ。
イエスにとって我々は、罪人か幼子みたいなものだから、彼のことを親友呼ばわりしても許されるし、喜んでくれるかもしれない。
王子アルジュナは、クリシュナが偉大な神であることを知り、クリシュナのことを親友だと思っていた非礼を詫びたが、クリシュナは咎めなかったし、アルジュナが親友であることを認めた。
それは、アルジュナが自分を王子ではなく、無知な人間としてクリシュナに対したからだ。
だから、クリシュナはアルジュナを、人類の中で最も優れた者と言ったのだ。

アラトはレイシアが恐るべき力を持っていても、彼女を崇めなかったし卑屈にもならなかった。
かといって、レイシアをモノだからと蔑むこともなかった。
対等のパートナーとして扱った。
だから、レイシアに「僕と一緒に戦え」と命じたし、レイシアに「引き上げて下さい」と言われても戦いの場に残った。
あなたのレイシアである潜在意識は、命じたからといって怒ったりしないし、むしろ躍動する。
潜在意識をパートナーであると認識し、高貴な目的に使う限り。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

時は来た

不幸の原因は力がないことである。
愛の不足ではない。
幸福の要因は愛である。
力があっても幸福にはなれない。

まずは、不幸を追い払うために力を得なければならない。
その後で、愛を得て幸福になれば良い。
力がないまま、愛を得て幸福になっても、その幸福はすぐに壊れる。
逆に、不幸を恐れるあまり、力ばかり求めて愛をないがしろにしたら、自分が力に閉じ込められてしまうのだ。

ある成功者から、『バガヴァッド・ギーター』を100回読んだと聞いたことがある。
こう言うと、「私も100回読みます」「私も100回読みました」と言う者がいるが、これは相当勘違いしている者達である。
成功した後で、ついでの話として言っていただければ良いのである。
一番悲しいのが、「私も100回読みたいです」だ。
それでは何度生まれ変わっても駄目である。
黙って100回読めである。

ある刑務所に入れられていた男が、刑務所で『法華経』を毎日読み、出所後、まっとうな社会人になり、企業の重役になった。
彼は、後に、『法華経』が、大したことはないが自分の成功の要因と言った。
彼だって、別に隠してはいなかったが、自分が法華経を読んでいることは、わざわざ人に言ったりしなかった。

北海道では、「SNOW MIKU 2018」開催中だ。
ataruさんや厚志さんが、これに参加することをコメントで教えてくれた。
そのコメントを読んでいると、自分が行くかのように楽しくなる。本当に嬉しいし、ありがたい。
私も来年は行きたい。
雪ミク電車も乗りたい。
そこで、来年は、会社勤めする必要のない優雅な身分になり、ゆっくり楽しめるようにしよう。
今は忙し過ぎて余裕がない。
達成する自信はたっぷりである。
時は来た。断固やる。
何なら、もう、北海道に住もうかなとも思う。
『魔法使いの嫁』のエリアスのイングランドの田舎の家のような素敵な家を北海道に建ててね。
そして、俺の嫁はマジカルミクってね。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

人生は幻想ではなく、挑み戦うべき現実

全ては幻想であるという「唯幻論」を唱えた岸田秀さんが昔、大学に勤務していた時、岸田さんの本を読んだ男が大学にやって来て、
「全てが幻想なら、これも痛くないだろ?」
と言って、岸田さんを殴り、岸田さんは鼻血が止まらなかったという。
さて、岸田さんと、岸田さんを殴った男のどっちが愚かなのかというと、私は、昔は、殴った男の方が愚かだと思っていた。
しかし、今は、両方愚かだと分かる。

この世は、我々にとっては完全な現実だ。
「人生は1つの夢のようなものと見なされるべきである」と言ったニサルガダッタ・マハラジや、「夢は短く、目覚めは長い。それ以外に両者に違いはない」と言ったラマナ・マハルシのような名高い聖者達も、もし、本当にそう言っていたとしたら、大間違いを犯していた。彼らは少しも賢くはない。
「人生は、挑み、戦うべき現実であり、しっかり目を覚まし、現実を見なければならない」というのが、本当に賢い人の見解だ。

「婆子焼庵(ばすしょうあん)」という、有名な禅の公案(練習問題)がある。
あるおばあさんが、1人の僧のために、庵を建てて面倒を見ていた。
そしてある時、おばあさんは、若い娘に、その僧を誘惑させたら、僧は、
「私は悟っているから、こんな幻には惑わされぬ」
と言ったので、お婆さんは、
「じゃあ、現実を知れ」
と言って、庵を焼いて僧を追い出した。
その僧は、お腹が空いて、寝るところもなく、しっかり現実を思い知ったであろう。
岸田さんも、殴られて現実を思い知ったと思うのだが、その後も唯幻論を説き続けたのは、いかにも現実的な事情に違いない。

親から見れば、幼い子供のお父さんごっこやお母さんごっこは幻想のようなものである。
しかし、子供にとっては、それは現実である。
同じく、我々人類を、幼い子供と見ることが出来る高い存在からすれば、我々の人生は幻想かもしれない。
だがやはり、我々にとっては、我々の人生は現実なのである。
ならば、高い存在になるか、高い存在の援助を受ければ良い。
今朝も書いたが、『法華経』の第25章の『観音経』は、そんな方法を書いているのである。
『バガヴァッド・ギーター』もそうであるし、『観無量寿経』(浄土三部経の1つ)もそうである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

一番醜い人とは

『法華経の新しい解釈』という本には、法華経の第25章(法華経では25品と言うが)の『観音経』について、こんなことが書かれている。
「この品ほど誤って受け取られているものはない」
「観世音菩薩の名を唱えれば、たちどころに現実の難儀から救われるのだというふうに、非常に浅く解釈され、安易な拝み信仰の対象にされてしまっている」
そして、観音経の本当は意味はこうだと、解説しているのだが、それは立派な解説であると思うと同時に、とにかく抽象的で難しい。

それで言えば、斎藤一人さんの「ツイてる」と言えばツキが来るから、「ツイてる、ツイてる」と言えというのも、安易な拝み信仰である。
しかし、安易な拝み信仰で良いと思う。
ただ、『法華経の新しい解釈』の言うことも分かる。
著者の庭野日敬氏も、「のほほんとした安易な拝み信仰者」に愛想をつかしたのだろうと思う。

「念仏、毎日唱えてまーす!」
「腕振り運動、千回しましたー!」
で、後は何にもせず、する気もなく、のほほんとしたがる者は確かにいるだろう。
そんな人が言うのだ。
「念仏さえすればいいんですね?」
いいけど、のほほんとしてはならない。

ゲーテの『ファウスト』で、神様も言ったではないか?
人間はすぐに怠けたがる。
そんな人間には、悪魔を遣わして刺激を与えると。
そんな刺激、いらないよね?
どんな刺激かというと、仮想通貨で大金をスるとか、難病になるとか・・・そんな感じと思う。

『バガヴァッド・ギーター』では、「戦争いやだ。戦いたくない」というアルジュナを、神クリシュナが「義務を果たせ」とたしなめる。
斎藤一人さんだって、「学生は一生懸命勉強し、戦争になったら一生懸命戦うのが良い」と書かれていたくらいだ。
あるいは、学校の勉強に背を向け、もっと偉大な努力をしたり、単に「戦争反対」なんて言うだけの楽な反戦運動をするのではなく、戦争を止めたいなら止めたいで、自分に出来る最善を尽くすことだ。
それによって、自分がいかに卑小な存在であるかも自覚出来る。

「南無観世音菩薩」と唱え、想えば、全てうまくいく。
だからといって、のほほんとしてはならない。
観世音菩薩に助けてもらったら、観世音菩薩の心に応える生き方をすることだ。
自分の本心が観世音菩薩なのであるからね。
ところで、私は、のほほんとした人間ほど醜いものはないと、子供の時から思っている。
醜くはなりたくないものだ。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

あげ↑る方法

苦しみを逃れ、勝利するための、最も優れた方法は、モーリス・ホワイトの『LET'S FLY』という歌で何度も繰り返される以下のフレーズに表れている。

LET'S FLY HIGH
LEAVE THE PAIN YOU KNEW SPINNING BELOW
(詩:BROCK WALSH)

飛ぼうよ高く
辛いことは下界で空まわりさせとけばいい
(訳詩:冬杜花代子)
※『LET'S FLY』は『ガッチャマン』(1994)の主題歌。

高く飛んでしまえば、地上の喧騒に影響されることはなくなる。
これは、心の振動数を上げれば、振動数が高い原因世界に入り込み、世界をコントロールするという意味だ。
これだけ言うと、オカルト的と感じるかもしれないが、それが真理だし、良い意味の、そして、本当の意味のオカルト(隠されたもの)である。

直感的には、私はずっと昔に、この詩の奥深い真理を感じてはたのだが、「どうすれば高く飛べるか」が分からなかった。
少食などの修行は、高く飛ぶための準備にはなるが、それだけで高く飛べる訳ではない。
だが、ヴァーノン・ハワードも著書で述べていた通り、我々は翼を持っていることを忘れた鷲である。
本当は、翼を広げさえすれば飛べるのである。

振動数を上げることについては、「マジカルミライ」の2013年から昨年2017年まで全てで歌われた『shake it!』の歌詞「あげ↑てきな」の通りだ。
[60fps Full] shake it! シェイクイット! - Hatsune Miku Rin Len 初音ミク 鏡音リン レン DIVA English Romaji PDA FT - YouTube -
実際のやり方は、「自分流」でいくしかない。
方法は無限にあるが、自分でやるしかないのである。
けれども、いかなる方法も、たとえしばらくの間は振動数を上げられても、急下降する危険もある。
少食も、念仏も、坐禅や静坐も、あらゆる聖典を読むことも。
しかし、よほどひねくれて読まない限り、『バガヴァッド・ギーター』は神の言葉なのだから、間違いないかもしれない。
ただ、本当に重要なことは「敬う」ということだ。
それは、確実に振動数を上げる。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』で、最低の振動数の26人の男が、本当は平凡な娘なのだが、ターニャという16歳の少女を女神のように崇めることで、振動数を上げたようにである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ