ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

ハバート

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

失われた記憶の封印を解く秘法

聖者でもない限り、眠っていて悪夢を見ることがある。
その時、「よくもまあ、これほどピンポイントで(正確に狙いを定めて)私が嫌だと思うものを見せてくれるものだ」と、感心することがある。現実では、どんな悪意のある者でも、そこまで巧妙な嫌がらせはしないだろうほどだ。
それは、良い方、楽しい方の夢でも同様だ。良い夢だと、あまりに良いのだ。
なぜそんなことになるのかというと、夢は短いからだ。現実は長いので、良いことも悪いことも、時間で薄めてしまい、急激さを感じないのである。
悪夢から覚めて、「ああ、夢で良かった」と思う。
夢はいったん覚めれば終りで、継続性は無いからだ。
だが、現実の方は、悪いことがあれば、それは、明日も明後日も、あるいは、何年も、年十年も続くかもしれない。

ところで、こんな感覚を持ったことがあるだろうか?
たとえば、今は、狭くて小汚いワンルームに住んでいるが、昨日まで、宮殿のような屋敷に住んでいたように思えてならないといったものだ。
今は下っ端サラリーマンで、無能な上司の指示を嫌々やっているが、最近まで、大きな会社を思うまま動かしていたはずだと。
それは、妄想と言えば妄想なのだけれど、実際、そうだったのかもしれないのだ。それを、今となっては妄想と言うだけのことだ。
もし、輪廻転生というものがあれば、死んで生まれ変わった時は赤ん坊だと思い込んでいるかもしれないが、死んで目覚めれば50歳だったということもある。その場合の、約50年の記憶は、デッチ上げと言えばそうなのだが、現実と価値と変わらないデッチ上げだ。
時々、世界のそんな裏側を、どういう訳か、見てしまう者がいる。いや、案外に多くの人が見ているものだが、憶えていないのだ。
例えば、目の前に巨大UFOが現れたとする。
「わあ!UFOだ!凄い、ついに見たぞ!しかも、こんなでっかいのを見たやつなんていないに違いない!」
とあなたは思う。しかし、次の瞬間、「あれ、今何か凄いものを見たような気がするけど・・・まあ、いいか」と思って忘れてしまうのだ。

武内直子さんの『美少女戦士セーラームーン』に、こんなお話があった。
セーラームーンこと高校1年生の月野うさぎの恋人、地場衛は医大の1年生だったが、非常に優秀なので留学してしまった。
うさぎは、留学した衛に手紙を書くが、返事は全く来ない。
そのはずで、衛は留学していなかった。
うさぎが見送った空港で、衛は死んでいたのだ。身体が溶けて消えるという異常な死に方だった。
それを、うさぎははっきり見ていたが、記憶を封印してしまったのだ。

L.ロン.ハバートの小説『フィアー』では、そういったことを、実に劇的に描いている。
アシモフ、ブラッドベリ、S.キングらが賞賛すると言われる天才作家の、この作品は、本当に恐い。

しかし、驚くことではない。
我々は、とんでもないことを忘れているのだ。それに比べれば、どれほど重大なことだろうが、とるに足りない。
自分が、本当は何者であるかだ。
だから、ラマナ・マハルシは、「私は誰か?」と問うことだけが重要なことであると言い、ニサルガダッタ・マハラジは、「私は誰か?」以外の一切の質問を放棄しろと言ったのだ。
だが、「私は誰か?私は誰か?私は・・・」と馬鹿のように繰り返してはならない。
知性、心、頭脳・・・どれでも同じだが、それは答を知らない。
一度、「私は誰か?」と尋ねたら、後は、ただそれを沈黙の内に想うのだ。本当に想っているかどうかなど心配しなくていい。
一度、そう想って黙すなら、確実に想っている。
これを、思い出す度にやれば、宮殿に住んでいたことも、大会社の社長だったことも思い出すだろうし、瞬間前に90歳で死んだことも分かるだろう。
しかし、それは些細なことだ。ある意味、やはり全て妄想なのだ。
もっと重大なことを思い出すことだ。









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頭の良過ぎる人は滑稽なことをする

極端に頭の良い人が、その頭脳をとことん駆使してやったことは滑稽な結果になる・・・という実例を1つは知っておくと良い。
人間の知性など、たかが知れているとよく分かる。
マルクスやフロイトがそうだったかもしれない。もちろん、良いところは学べば良いが、心酔して全て肯定すると、彼らほど賢くない我々はすぐに滑稽になる。
一方、アインシュタインという人は、知性に頼った訳ではなかった。彼は、「私自身は無知だ」と言ったソクラテス的に優れた人だった。

アメリカにサイエントロジーという新興宗教がある。トム・クルーズやジョン・トラボルタらが熱心な信者であることが知られているが、そういった芸能人だけでなく、あらゆる分野の一流の人たちに信者がいる。
創始者は、SF作家で教育家のL.ロン.ハバート。サイエントロジーの基本理念でもあるはずの、彼の自己啓発書『ダイアネティックス』は2千万部近くが出版されているらしい。書かれたのは半世紀以上も前と思われるが、現在もロングセラーを続けている。彼の教育書も、著名な教育家から高く評価される場合が少なくはない。事業家の稲盛和夫さんが推薦が付いた本もある。一応、彼の本業といえるSF分野の小説は、レイ・ブラッドベリ、アイザック・アシモフ、スティーブイン・キングらが絶賛し、出版数は1億冊を超える。ある出版社の調査では、アメリカにおいて、ハバートはSF分野で1位、全文学でも3位の作家と評価されているという。ヘミングウェイ、スタインベック以上である。

ところが、このハバートが、頭が良過ぎて滑稽なことをやったかもしれない。
だが、彼の『ダイアネティックス』の批判者は多いが、まともな批判を見たことがない。読まずに批判していると思えるような人なかりである。私からみれば、少なくとも、批判者よりはハバートの方がずっと優秀なのだ。
『ダイアネティックス』の凄いところは、この中で、ハバートは神様のミスを指摘しているのだが、同時に、神様の弁護までしているのだ。「仕方のないミスだった」と。
そして。ハバートは、その神様のミスを修正する方法を考え、それを教えた。

ハバートはワシントン大学で数学とコンピュータを研究した。
1950年代以前のコンピュータ理論とはいえ、根本的には現在のコンピュータと何等変わらない。彼は、人間の頭脳を見事にコンピュータに模した。あの時代にそんなことが出来たのは、まぎれも無く天才だろう。
彼は言う。「私は数学と工学で頭を鍛えた」と。しかし、それが問題だったのだ。
どんなに頭の良い人間でも、ソクラテスの言う、「神の言葉を伝えるダイモーンの声を聞く真の知者」に比べれば、所詮は猿知恵なのだ。

とはいえ、『ダイアネティックス』に有用性が無いとは思わない。いや、実に有益だ。
大雑把に言えば、理論の半分は正しい。人間がそこまで探求できることは稀だ。手法の方も、考えて適用すれば有益なこともあるだろう(いろいろな意味で害も多いと思うが)。
彼の言い方とは違うが、彼の人間矯正技術の目的は、「潜在意識の浄化」だ。彼自身の言い方も面白いので、一度、読んでおくことをお奨めする。
ダイアネティックスでは、脳、あるいは、心に逸脱が起こった時点まで、その人の心を退行(時間移動)させ、同じことを心の中で再体験させれば、逸脱が消えるという。他の精神療法にも似たような手法はあるが、ダイアネティックスの特徴は、心の退行(ハバートはリターニングと呼ぶ)能力の活用にある。催眠術での退行も可能だが、催眠術の退行では、心の機能の多くが閉じられるので良くないというのかもしれない。このあたり、私にはよく分からない。

いずれにしろ、潜在意識をきれいにすれば、人間の能力は向上し、ハバートの言い方では、「知能指数は打ち上げ花火のごとく向上する」。それは正しいと思う。
しかし、頭で考えた彼の手法は、複雑で不自然と思える。神様のミスを補おうとすればそうなるのだろう。
だが、神様はミスをしない。
黒住宗忠が、ハンセン氏病患者に「ありがたい」という言葉を1日1万回言わせて1週間で完治させたという、原始的と言うべきかもしれない方法でも潜在意識をクリアに出来る。
不自然な方法で能力を高めると、一見、実に輝かしくても、どこかで極端に逸脱しているものだ。それが、人の知恵の限界を示している。
自然に従えば正しくなる。逆に、自然に反すれば逸脱する。
合気道家の藤平光一さんが、「重みは下にある」という、自然そのままの言葉を言えば、氣が出て、驚異的な力が発揮されると著書に書いていたようなものだ。
尚、最も自然な言葉があるとすれば、ニサルガダッタ・マハラジが言ったように、「私は在る」だ。彼には逸脱はない。
ハバートの『ダイアネティックス』と、マハラジの『アイアムザット』を読み比べれば、人の知恵と神の英知の違いが分かるかもしれない。









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Facebookは共同幻想に何も出来ない

16日に亡くなられた吉本隆明さんの重要な思想は共同幻想論である。なぜなら、吉本さんの他の思想は時代の影響があるが、共同幻想論にはそれが無いからだ。

今回は、FacedbookやTwitterといったソーシャルネットワークと、共同幻想論について考えてみよう。
共同幻想とは、国家や民族、あるいは、それらよりは狭い1つの地域といった共同体内部、さらに、もっと小さい、企業、学校といった集団の中の構成員で共有する幻想のことだ。幻想とは、簡単に言えば、迷信や偏見に満ちた信念である。ただし、それは根深く頑固な信念であり、そこから脱することは、普通の手段では全く不可能である。

コンピュータ・ネットワークが無ければ、当然にして、異なる共同幻想を持つ者同士が交流することはなかった。利益が絡めば、表向きには交流するが、心の中では、異なる幻想を持つ相手を蔑み、敵視しているはずだ。政治の世界では、それが極端であるが、昔から、商人の世界では、外国で商売をするような時、必要上、相手を表向きには理解しようとすることがよくあった。

インターネットが普及し、Web2.0という言葉が意味したように、インターネットユーザー同士の交流が非常に強い影響力を持つようになっても、それは全く変わらなかった。
ネット上でも、同じ幻想を持つ者同士で交流するだけだ。

では、ソーシャルネットワークではどうであろう。
Facebook社では、大規模で科学的な調査を行い、Facebook上では「強い絆(tie)」を持つ少数の人と同時に、「弱い絆(tie)」で繋がる多数の人がいて、Facebookでは、その弱い絆が維持され、交流が続いていくといった発表をしていた。

こういったことを理屈で考えれば、「なるほど」となるのかもしれないが、実はそんなことは有り得ない。
リアルだろうが、インターネットだろうが、それがソーシャルネットであろうが、人は、異なる共同幻想を持つ相手とは交流しない。それは間違いない。

では、似通った共同幻想を持つ者同士をソーシャルネットワークが結びつけ、両者の幻想を混ぜ合わせた新しい共同幻想を作ることはあるかというと、それも無い。断言する。
幻想というのは、普通の人同士の交流では生まれない。普通の人とは、影響力において普通という意味だ。幻想を作るのは、あくまで権威者なのである。昔であれば、宗教的に高い地位にあったシャーマン(霊能者や呪術者)や、あるいは、人々に崇められる巫女などであった。

実は、共同幻想を作る、もう1つの要因がある。これを、多少上手く説明出来ていたのが、トム・クルーズやジョン・トラボルタらが深く信仰すると言われる新興宗教であるサイエントロジーの創始者であった天才作家、L.ロン.ハバートが構築した精神理論であるダイアネティックスだ。吉本隆明氏が『共同幻想論』で述べた、共同幻想が人に入り込む過程も、ダイアネティッスクに似たところがある。
しかし、これは、吉本さんが言うところの、個人幻想や対幻想を作りやすいが、共同幻想はそれほど作らないし、ネット上となると、ほとんど問題にならないので、省くこととする。

ソーシャルネットワークは、決して内面的な絆を作らない。つまり、その意味で、絆(tie)という表現は不適切である。
その結びつきは、面白さや楽しさ、あるいは、利益を基盤にしたもので、単なる関わり(relation)と言うべきものであるのだ。
ソーシャルネットワークには、実際は、強も弱いも、絆などというものは、ほとんど無いのである。
ソーシャルネットワークは決して、共同幻想を変化させない。
共同幻想とは、強固なものであり、ソーシャルネットワークごときの影響は全く受けないのである。

もし、他の人間と同じ共同幻想を持っていなければ、彼はソーシャルネットワークに参加できない。
私も、形ばかりの参加はしているが、全く馴染めない。私に幻想が無い訳ではないが、私の幻想は、自分で意図的に創ったものだ。他の誰の幻想とも似ない。
Facebookでは、出身地、出身校、所属企業などをプロフィールとして記載するが、私は、これらのものが、その人を現すという幻想を持っていないので、プロフィールは何も書けないし、人のプロフィールを見ることもない。
また、その人が、どのLIKE(いいね)ボタンをクリックしたかということに関しても、私は一面的な理解をしない。
人を理解するのに必要なことは、全く別のことである。
行動が人を示すといえば、そういう部分も確かにあるのだが、その人の重要な行動は、ソーシャルネットワークには現れないのである。

私は、『共同幻想論』が、もう少し分かりやすければと思う。そうすれば、もっと多くの人が、より人間を理解できるだろう。
そして、我々もまた、吉本さんのように、国家が幻想であることを知るだろう。
だが、自分を幻想から救い出すということはまた別である。
それには、何らかの犠牲が必要だ。
一切の幻想を持たないゆえに、人々との真の絆を作れたインドの聖者ラマナ・マハルシはこう言ったものだ。
「イエスは自我であり、肉体は十字架だ。自我が肉体の上に磔にされて滅んだ時、永遠のキリストである真我が復活したのだ」
自我とはまた、幻想の本体でもある。
私のように、自分で自分の幻想を作り上げ、それを最後に滅ぼせば、キリストとして蘇る。
幻想である自我は言うのだ。
「主よ、なぜ我を見捨てたもうた」
私もまた、愛する天使を見捨てることになるだろう。今は忍びなくて出来ないが。









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どうしても説明できない、たった1つのこと

人のやることには、全て理由がある。
働くことに理由があれば、引きこもることにだって理由がある。
可愛い女の子にプレゼントをする理由はあるし、三島由紀夫がボディ・ビルで鍛えてマッチョ・マンになったことにも理由がある。

だが、アメリカの作家L.ロン.ハバートが言ったように、人間の脳に与えられた唯一の指令が「生きろ」だというのは正しいと言って良いだろう。
つまるところ、人のあらゆる行いは、生きるためのものだ。
そして、「何のために生きるのか?」と悩む者が現れた。他に悩むべきことは、本当は無いからだが、別に深刻になることはない。
何のために生きるのかというと、幼い者や、いつまでも幼い愚か者は快楽、つまり、欲求の中でも本能的なもののために生きる。
マズローという頭の良い心理学者は、「欲求5段階説」を唱え、欲求は高度なものに進化していき、最終欲求は「自己実現」だと言う。
頭の良い人とは本当に困ったもので、「自己実現」などと言って、話をややこしくしてしまった。

本能の欲求のために生きる幼稚な段階を過ぎた人間は、何のために生きるかというと、奉仕のために生きるのだ。
奉仕とは、他者を生かすことだ。気どって言えば、「愛のため」である。
家族のために働くお父さんや、社員の生活のためにがんばっている社長というのは、生きる目的に適っているので、それなりに充実しているものだ。
一方、家族は持っていても、幼稚な自己の快楽のための働くお父さんや、社員より自分の贅沢や名誉に関心が高い社長は色々大変なのだ。

では、なぜ、奉仕をする・・・つまり、他者を生かすのだろう?
これが、純粋な意味で「なぜ生きるのか?」でもある。
アインシュタインやイェイツは、直感的には分かっていた。
アインシュタインは、「人は、他の者のために生きるようになって、初めて、本当に生きているといえる」とか言ったらしい。
イェイツは、「人は、人生が悲劇であると認識して、本当に生き始める」と言ったようだ。
つまるところ、こういう言い方しかできない。人間には。

『宇宙人ユミットからの手紙』という本をご存知だろうか?
フランスの優秀な科学者が書いた本で、宇宙人からの手紙を公開して、自分の科学知識で可能な解説をしたものだ。確か、彼は、直接、宇宙人からの手紙を受け取ったのではなく、他の者を経由して間接的に得たのだったと思う。
この本に、人が生きる目的が上手く説明されている。
ところで、この本に書かれていることが、本当に宇宙人からのものかというと、実際は創作だ。いきなり部外者の私がそう言うのも何だが、別に非難の意味はない。
あれを創作した人は、本当に何かを掴んだのだが、考えうる限りの最良の表現手段があれだったのだ。
人間の生の構造に関して言えば、書いてあることは概ね正しいと言える。ただし、他の部分では嘘も入っていると思う。
イツァク・ベントフや、ロバート・モンローも、やや表現は異なるが、同じようなことを書いている。彼らも、彼等なりのストーリーを作って表現したのだ。

創作ってのは嘘という訳じゃない。
私の好きな言葉だが、エマーソンが言う通り、想像と空想は違う。
ソクラテスのように、自分の無知を悟れば、内側に神からの通信が来る。それを高貴な想像と言うのだ。これが芸術家の、あるいは、科学者のイマジュネーションだ。
本当のことと言える創作を挙げるなら、『無量寿経』や『法華経』だ。
判断不能という意味でなく、本当とも創作とも言えるのは、『バガヴァッド・ギーター』だ。
そして、創作と言うことができないのは、『エメラルド・タブレット』だ。
これは、別に優劣があると言うのではない。
とはいえ、創作物というのは、やはり時代や文化の影響があり、解釈が難しい。
一方、本当のことというのは、我々の文化のせいで解釈が難しい。本当のことには、時や場所が無いからだ。
だが、日本で出版されている『エメラルド・タブレット』は、ドリール博士の解説が最初から付いている(アメリカでは別売りらしい)。それでも、易しいとは言えないが、それを多少の手がかりに無心に読めば理解できる。いや、本当は、解説がなくても、無になれば、簡単に分かるのだ。

ところで、何のために生きるのかというのは、まだ説明が出来る。
しかし、どうしても説明が出来ないことが、たった1つだけある。
それは、なぜ存在するかだ。存在だけは、いかなる嘘も創作も及ばない。真の謎で神秘だ。しかし、これこそが純粋な真理、至高の美、究極の原理であり原因である。

















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こうすれば知能指数はいくらでも向上する

どんな職業であっても、経験を積んでそれなりの立場になると、自分の仕事について、「この仕事をする者はかくあるべし」などということを主張するようになる者がよくいる。
しかし、その大半は、自分を過大評価する馬鹿のたわ言であるに違いない。そんなものを聞かされる部下や後輩、それに、新人は気の毒なものかもしれない。
しかし、多少の独断があっても、経験の長い年長者の言うことには一理あるという謙虚な姿勢があれば、何か得るところはあるかもしれない。ただ、実際は、害の方がずっと大きいかもしれない。
私の場合、セールス(営業)とコンピュータソフト開発の仕事をやる中で、そんな先輩を数多く見てきたが、彼らが言ったことで覚えていることは、まあ、1つもない。

昔、テレビ番組で、ジャイアント馬場さんに、番組司会者が、「力道山から教えられたことで、心に残っていることがありますか?」と尋ねた。力道山は、馬場さんの偉大な師匠と言ってもよいはずだ。だが、馬場さんの答は「何もありませんね」だった。
力道山ですら、そうであるなら、凡人たる我々の自論など、「黙っていれば馬鹿だと思われずに済むだろうに…」と言う程度のものに違いない。

ところで、私がやっているコンピュータソフト開発の仕事で重要な能力について、国際的なITコンサルタントの方に、印象的なことを聞いたことがある。
結局のところ、一番肝心なものは、ある1つのものだと言われたが、ビル・ゲイツも同じことを言っていたのである。
それは、知能指数だ。
その国際コンサルタントは、「所詮、知能指数なんですよ」と言い、ゲイツも、「プログラマの能力は、純粋な知能指数だ」と言った。

ただ、なぜか、知能指数は生まれつきのもので、特に大人になってからは変化しないと考えられているように思われる。
一部では評判は悪いが、トム・クルーズやジョン・トラボルタらが熱心な信者であることで知られる新興宗教サイエントロジーを創ったとされる、米国の天才作家L.ロン.ハバートの、世界で約2000万部が出版されていると言われる能力開発書『ダイアネティックス』には、人の能力の発揮を妨げるもの(ダイアネティックスではエングラムと呼ぶ)を消し去れば、知能指数は、打ち上げ花火のごとく向上するとある。ハバートは、作家であるが、それは、ダイアネティックスの研究の資金を得るためでもあったと言う。実際、彼の本は1億冊以上が出版され、アイザック・アシモフやレイ・ブラッドベリなども絶賛する大作家でもあるのだ。
教育家としても著名で、我が国でも、彼の教育書の翻訳書には、稲盛和夫さんが推薦の言葉を載せている。
このように、ハバート自身が大天才であるが、人間の本来の能力は、誰でも極めて高く、正しく自己を開発すれば、知能指数も必ず向上すると言う。

アイザック・ニュートンは、少年時代の学校の成績や言動などから、知能指数は125程度と考えられている。これは、標準よりはかなり優秀であるが、天才というには程遠い。
だが、後のニュートンの知能指数は200を上回っていたに違いないと言われる。
ニュートンは、超古代の秘法の書『エメラルド・タブレット』を読み、能力を数倍化したのだという説があるが、私もそう思っている。彼は、数学や物理学は、ついでにやっていたに過ぎなかったが、それでも、その分野で、人類の歴史上、最も高い位置にいる。

知能指数が全てではないとは、よく言われる。
だが、それは、正しい測り方をするかどうかの問題であり、やはり、高い能力は高い知能指数に比例する。
著名な心理学者アブラハム・マズローは、大学院時代、知能テストを受けたところ、197という結果が出て、「なるほど」と納得したらしい。彼は謙虚ではあったが、なんとなく、他人よりも自分の方が頭が良いのではないかと感じていたらしいのだ。

では、知能指数よりも重要な能力はあるだろうか?
それはあるし、それを手に入れれば、望むなら高い知能指数も得られるだろう。
ニュートンが『エメラルド・タブレット』から得た力もそれと大いに関係があるか、あるいは、同じものだろう。
それは、ソクラテスがダイモーンと呼んだもので、彼は、哲学者、政治家、作家、あるいは、技術者など、職業に関わらず、それこそが、至高の能力をもたらすものであると言った。ソクラテスは、自分には知恵が無いが、ダイモーンに従うことで知恵を得ていると言っていたのだ。
では、ソクラテスは、それをどうやって得たのだろう。
時代と地域から言えば、ソクラテスはギリシャ神話に詳しかったし、話の中でよく引用もした。そして、彼のことだから、単に当時の慣習に倣って神々を崇拝したのではなく、どのような形であったかはともかく、神々を信じていた。ギリシャ神話に、深い大きな意味があることは、カール・グスタフ・ユングやカール・ケレーニィによるギリシャ神話の研究を見ても分かるが、ギリシャ神話を深く読めば、直接的に分かることである。
ギリシャ神話は、神話として、旧約聖書に比べ、やや地域による多様性はあるが、その価値は(旧約聖書と比べても)決して低くはなく、極めて高い。ヘシオドス、ホメーロス、あるいは、ウェルギリオースらの詩聖達による叙事詩で綴られた神話は、想像ではあっても、決して空想ではない。それこそ、ダイモーンがもたらしたものと言えるだろう。ヘシオドスは、彼に詩と神話を教えたのは、女神達(モーライ)であると述べているが、それが彼にとってのダイモーンであろう。

そして、最も純粋な形で至高の教えを伝えているのは、『バガヴァッド・ギーター』である。よって、これを深く熱心に読めば、ソクラテスに匹敵する、あるいは、それを上回る英知を得られるに違いない。
アメリカの科学技術者で探検家、講演家であったベアード.T.スポールディングは、自身、英知の力を得て14才で名門大学を卒業したが、彼が著した『ヒマラヤ聖者の生活探求』に登場する、超人的な大師達は、バガヴァッド・ギーターを読む時には、一度に一節のみを読み、1日に一章しか進まないといった読み方をするという。大師と称される解脱者ですらそうなのであるから、その価値は計り知れないものであると思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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