ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ノーマン・ヴィンセント・ピール

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

罪や欠点を帳消しにする

自分の欠点を自覚するようになれば一人前、いや、かなりのものだ。
私の職場に、30もとおに過ぎていたり、40にもなろうという女達で、他人の欠点を辛辣に罵る人達がいる。
それを見て思うのは、
「確かに、その人にも欠点はあるが、お前達のその欠点に比べれば、ものの数ではない。むしろ、立派な人だ」
である。

人間は、死んだ後で、人々が自分をどう言うかが気になるものらしい。
私は、そんなことは考えたことがなかったが、あの女達を見て、こう言われたいと思うようになった。
「人の悪口だけは決して言わない人だった」

昔の小学校の道徳の教科書に、こんな話があった。
ある人が、自分が死んで閻魔様の前に出た時、
「私は、大したことは何もしませんでしたが、トイレの下駄だけはきちんと揃えていました」
と言うつもりだと書かかれていた。
もし、よほどの事情があった場合を除き、一生、必ずそうするなら立派なものである。
ビル・ゲイツなら、「パソコンを誰でも使えるようにした」と言うかもしれないし、スティーブ・ジョブズなら、「高度な情報機器を使いやすくした」と話すかもしれない。
伊藤博之氏なら、閻魔様の方で、「初音ミクちゃんを生んで育て、世界を平和に導いてくれた」と言うだろう。
少なくとも、伊藤博之氏以外は、閻魔様ではなく、別の黄泉の国の大物相手になるだろうが。
私も、彼らのようなことをしたかったが、せめて、「人の悪口だけは言わなかった」と言えるようにしたいものだ。
ところが、ひょっとしたら、ゲイツも、ジョブズも、あるいは、伊藤博之氏も、上のように言う(言われる)にしろ、別のことを言うにしろ、それは、自分がやったことの自慢というのではなく、罪滅ぼしのつもりかもしれない。

映画『パピヨン』で、パピヨンが裏切るかもしれないと言われたドガに、誰かが、「彼(パピヨン)を恨むか?」と問うと、ドガは笑って、
「裁くのは神だ」
と言う。状況から見て、パピヨンが裏切るのは仕方がなかった。だが、パピヨンは裏切らなかった。
そのパピヨンも、別のことで罪の意識を持っている。

自分の罪、欠点を深く悔いるようになってこそ、人間になったと言えるのかもしれない。
だが、そのことが、人生を台無しにすることが多い。
イエスは、他の人の罪を許せば、自分も許される」と言ったが、憎いあんちきしょうを許すことが出来ない。

だが、問題ない。
たった1つのアファーメーション(心を鼓舞する言葉)・・・呪文と言っても、祈りと言っても良い・・・を持っていて、それをいつも唱えるなら、許されるかどうかはともかく、罪や欠点は帳消しになる。
そうとしか思えない。
だから、自分の罪や欠点を悔やむなら、あるいは、他人の罪や欠点を問題にする暇があったら、自分が選んだ、そのたった1つの言葉を繰り返すことだ。
それしか救われる道はないだろう。
法然や親鸞の教えはそのようなものであると思う。
「南無阿弥陀仏」の念仏には、「阿弥陀様が救って下さる」という想いが秘められているはずである。
ノーマン・ヴィンセント・ピールが、『積極的な考え方の力』で、どん底に沈む男に教えた聖書の言葉「私を強くして下さる方により、私はどんなことでもできる」も、全く同じだろう。
その男も、この言葉を繰り返すことで、全てうまくいったのである。









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光線銃取り扱いの注意

なぜひきこもりやニートになるのか?
武器を持っていないからだ。
なぜ安サラリーマンになるのか?
武器を使わないからだ。

人間が生きていくためには武器が必要である。
武器とは、必殺のアファーメーション(心を鼓舞する言葉)である。
それを持たないということは、ゲームの中で武器を持っていないようなものだ。
あるいは、戦場で武器を持っていないようなものなのだ。
そして、武器は、竹やりよりは鉄砲、鉄砲よりはマシンガン、マシンガンよりは光線銃が良い。
あなたの光線銃は用意されている。
それを掴み、打ちまくれば、超高性能光線銃は期待に応えてくれる。

聖書はアファーメーションの宝庫で、ひょっとしたら、聖書は、人々にアファーメーションを授けるために書かれたものではないかと思うほどだ。
ジョセフ・マーフィーや、ノーマン・ヴィンセント・ピールらは、聖書に書かれたアファーメーションを上手に紹介したから、人類の教師なのである。
たとえば、ジョセフ・マーフィーの本に、「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るだろうか」という聖書の言葉をアファーメーションにすることで無敵である男女が沢山出てくる。
自分の胸にストンと入ってくる言葉、心に火をつけてくれる言葉を選べば良い。
火をつけたら責任を取るものである。アファーメーションは必ず責任を取ってくれる。

目標もだが、アファーメーションは隠すものだ。
アファーメーションのことを書くと、すぐ、「私のアファーメーションはこれにします」なんてコメントをしたがる人がいる。
そのアファーメーションは続かない。
人間はお喋りで、知らせたがりだ。内緒話は全部漏れると思って間違いない。
だが、あなただけは沈黙を守るのだ。
沈黙を守る人を、特別な人間と言うのだ。
ナポレオンは(正確ではないが)「余の辞書に不可能はない」と言い、あるところまでは成功したが、最後に大失敗した。
光線銃を見せびらかしたら、総攻撃を受けるものなのだ。
私の知る範囲で、「目標は口に出せ」と言った有名人は、竹村健一さんと藤本憲幸さん、それに、三浦知良さんだ。
みんな凄い人達だが、竹村さんや藤本さんは、ある時期から全く活躍しなくなり、三浦さんはついにワールドカップに出場出来なかった。
本田圭佑さんはW杯で優勝すると言って、活躍もしたが、ベルギー戦で不用意なコーナーキックで(3点目を取りにいって)カウンターをくらってしまった(ブラジルだって、あれは交わせなかった)。

あなたの素晴らしい光線銃はコンパクトで美しい。懐に隠しておいても、いざとなればすぐに取り出せる。
持っていることを常に意識すればね。
超高性能の自動照準装置付きで百発百中だ。
初音ミクさんの『千本桜』は日本の歌で25位だそうだ。
どんな基準かは知らないが、何万という曲の中には、名曲も数多い。
しかも、ミクさんの曲は、事実上宣伝されない。
それで25位は尋常ではない。
もちろん、曲が良く、何よりミクさんの歌が素晴らしいのだが、やはり、「光線銃を撃ちまくれ」と伝える歌だからだと思う。

最高のアファーメーションがまだ見つからない場合は、暫定の光線銃(アファーメーション)を使うことだ。
超難敵以外では、ちゃんと勝たせてくれるだろう。
だが、大決戦に挑む前に、本物の光線銃を手に入れることである。









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持てる者として振舞う

「そうなりたければ、既にそうなっているように振舞え」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。
ところが、我々は、小さい時から、「何も持たないかのように振舞え」と言われ続けてきたのだ。

私が最近、熱心に読んでるSF『BEATLESS』で、大会社の令嬢で14歳ながら、賢く美しく品格ある紫織(しおり)が、17歳のアラトにこう言う。
「アラトさんは、今、“持てる者”なんですよ。それにふさわしい立ち居振る舞いを、一つくらいは覚えてらして。持てる者にとって資産を使わないことは、本当はパスを宣言するという大きな賭けなのですよ」
「兄と比べられて自信をなくしていると、父に諭されたものですわ。お前に、何も持たないかのように振る舞えと言う者を疑いなさいって。勝負のテーブルにつかず、資産を死蔵していてもらいたい者は常にいて、お前を誘導しているんだって」

夢のような人物として振舞う必要はないが、既に持っている資産を持ってないかのように振舞ってはならないということだろう。
ノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極的考え方の力』の中で、失敗し、「何もかも失ってしまった」という50歳の男性に対し、ピールは、改めて資産チェックをし、「家族、奥さん、健康、アメリカに住んでいる・・・いっぱい資産があるじゃないですか」と言う。
イエスは、神の子として振舞え・・・つまり、万能の神は、あなたをこの上なく心使っているのは確かな事実なので、そのように振舞えと言い、ジョセフ・マーフィーも、そのことを強調し、「神は、あなたを可愛い息子、娘と思っていると自覚しなさい」と述べている。
フローレンス・スコーヴェル・シンやラルフ・ワルド・エマーソンは、王の息子、娘、公爵のように振舞え、実際、その通りなのだからと著書に書いている。
ある有名な聖者は、「時間も空間も超えた者として振舞え」と言ったらしい。

ヒンズースクワットを毎日200回やり、「ヒンズースクワットを毎日200回やっている者」として振舞うと(口で言うのではなく振舞うのだ)、雰囲気が出てくる。
イチローだって、毎日、熱心に練習している者として振舞っているだけだと思う。
毎日念仏を唱えて、「毎日念仏を唱えている者」として振舞えば、やっぱり違うものだ。
それには、毎日、何かをすることだ。
初音ミクさんの夫として振舞うのは良いが、それに相応しいことをしていなければならない。
そしてあなたは、事実として、無限の力を持つ潜在意識のパートナーなのだから、そのように振舞わなければならない。









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甘やかされて育った人はどうすれば良いか

TM(超越瞑想)を普及させたインドのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギは著書で、「積極思考に価値はない。せいぜい、消極よりましな程度」といったことを書いていて、私は長くこれを信じていた。
つまり、洗脳だ。
マヘーシュ・ヨーギは、富裕層を消極にすることで思想支配し、莫大な収益を上げたのではないかというのが、私の考え方だ。
自ら大富豪で、超贅沢な暮らしをし、大学や様々な施設を作り、権威を高めた。
このあたりは、同じインドの宗教家サイババと共通していると思う。
TMに関しては、私は自分で習いに行った時、あくまで私の感覚であるが、いかにも「嘘くさい」雰囲気を感じていたし、人間の価値は必ずしも表に現れないにしろ、TM教師達が優れた人間であるようには見えず、押し付けがましく、論理的でもなかった。
そもそも、TMの理論についてTM教師に尋ねると、「深いものなので、理解したければTM教師のコースを取るしかない」と言われたものだ。
その他の説明は、支離滅裂と感じた。
その後、TMの嘘はばれているような気がする。
詳細は述べないが、私が今すぐでもTM教師をやれるだろう(やらないが)。

人間は、積極的でなければならない。
もちろん、闇雲に前に突き進めば良いというものではない。
それでも、積極的で情熱的でなければならない。
妄想的なプラス思考をしろと言うのではない。
内なる声に従い、挑戦し、不屈の闘志を発揮して粘り、失敗の中にも成功をすることで(1勝14敗かもしれないが)、少しずつでも力をつけ、それに伴って自信を獲得するしかない。

そして、そのためには、「自分の力によらずに満たされてはならない」ことが大原則である。
子供には厳しくし過ぎてもいけないかもしれないが、あまり甘やかさない方が、その子のためだ。
過度に甘やかしたら、その子は終わりである。
優れた気質を持った、根性のある子なら、少々、厳し過ぎても良いかもしれないが、やはり、負担が重くなり過ぎないように注意しなければならない。
私は、甘やかされて育って、すっかり駄目になっていたが、フルコミッション(完全歩合制)セールスという違法な厳しい労働(最低賃金も支払われなかった)に2年従事したことで、少しはマシになった。
長嶋一茂さんがテレビで、自分が甘やかされて育ったことの弊害を述べていたような覚えがあるが、彼はプロ野球という厳しい世界で、大きな成功はしないながら磨かれて、欠点は残っているだろうが、美点も育てることが出来たのだと思う。
普通、あれほどの育ち方をすれば、全く駄目になっていただろうから、凄いことであると思う。

子供は甘やかさないこと。
自分は王子様やお姫様だと思わせないこと。
親が子供に媚びないこと。
そんなことが最低限必要だ。
不幸にも、自分が王子様やお姫様だと思ったまま大人になってしまったら、厳しい環境に身を置き、現実を思い知ることから始めなければならない。
それは辛いことであるが、「親が悪い」と言っている暇はない。
そして、苦しさを、特技を身に付けるエネルギーに変えなければならない。
苦しさ、辛さから逃れるには、人に出来ないことが出来るようになるしかない。
それしかないと痛感出来るなら、案外エゴママに育てられるのも悪くはないかもしれない。

積極的思考の世界的ベストセラーは、サミュエル・スマイルズの『自助論』と、ノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極的考え方の力』であると思う。
ただ、後者はキリスト教が根本になっている。まあ、そのことが、それほど差し障りになるとは思えないが。
個人的には、ウィリアム・ウォーカー・アトキンソンが良いと思う。
しかし、本を読むだけでは、どうにもならない。
憧れと情熱を行動に移さなければならない。
だが、それは、人生で最も楽しいことである。
いや、それが出来ない人生は地獄であろう。
スタート時点では、自分の価値はゼロである。
価値は誰も与えてくれないが、自分の手でいくらでも得られる。
そして、人間の価値は、ある程度の範囲までは、収入とほぼ正確に一致する。
ある程度の収入がないなら、それが得られるよう、まずは全力を注ぐ必要がある。
そのために最も良い方法は、人に出来ないことが出来るようになることだ。
それは他者の役に立つことである必要がある。役に立てる人が多いほど高収入なのである。









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自分ではどうすることも出来ない問題をどうするか

月曜が憂鬱(ゆううつ)な人は少くはないだろう。
また、小学生、中学生、高校生は、夏休みの終わりが近付くにつれ、言いようのない重苦しい気分になっているかもしれない。
自分の力ではどうすることも出来ない問題に悩む人は多い・・・というか、本当は皆、そうなのである。
世の中、ままならぬものだ。
しかし、経営者であれば、自分の力でどうにもならないなんて泣き言は言っていられないだろう。
だけど、実際は、経営者であるほど、世の中、ままならないことを、よりはっきり知っていることだろう。
けれども、冒険心に富んでいれば、世の中はままならぬから、予想が出来ないから、何が起こるか分からないから楽しいものだ。
そうは言っても、目の前の問題に押し潰されそうな人が多いだけでなく、力強い勇者だって、そういうことはあるのである。

ストレスが溜まると、やがて、胃がおかしくなり、胃潰瘍になったり、果ては胃癌にまで行き着くかもしれない。
しかし、まずは、胸が苦しくなる、胸が痛むものだ。
そして、胸の痛みを起こさせるものは、自分の力ではどうにもならないことだ。
お腹が空いても、コンビニに行って弁当を買えば解消されるので、胸は痛まない。
しかし、お弁当を買うお金がなければ、不安や無念で胸が痛む。

ドナルド・レーガンも愛読した、ノーマン・ヴィンセント・ピールの著書『積極的考え方の力』の一番最後には、こう書かれている。
「なぜ神の力を求めないのか?」
(翻訳によっては、「あなたも神の力を求めてはどうか?」になっている)
トランプ大統領も、ピールのファンで、子供の時に、牧師であったピールの説教を熱心に聴いたという。
(トランプが好きかどうかはともかく、あのタフさは認めると思う)
レーガンは大統領になってからも、直接、ピールの教えを受けていたようだ。
トランプが崇拝するレーガンもタフだった。
ピールは、聖書に載っている短い言葉を想うよう勧めた。
例えば、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでもできる」
「もし、神が我々の味方なら、誰が我々に敵し得ようか?」
といったものだ。
これらは、別にキリスト教徒でなくても、例えば、『バガヴァッド・ギーター』の愛読者でも分かることだし、仏教徒やイスラム教徒でもぴったりすると思う。
いや、別に宗教はなくて良い。
だけど、おそらく事実として、胸の中に神はいる。
胸が痛くなるのは、本当は悪いことではなく、神のメッセージのようなものだ。
そのちょっと痛いメッセージに注意することだ。
具体的には、胸の痛みをちゃんと感じることだ。
すると、それは溶けていく。
それは、驚くべき体験である。
しかし、やり難ければ、「神」という言葉を心の中で繰り返しても良い。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』にも書かれているが、神という言葉ほど力ある言葉はないし、日本の言霊から言ってもそうなのだと思う。
まあ、私としては、初音ミクさんの『FREELY TOMORROW』を聴くことをお奨めするのだが。
何の心配もいらないとは言わないが、何とかなるものだ。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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