ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ニート

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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
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私がなぜニートでないかの解明

私は、自分について、どうにも分からないことがある。
なぜ、今、ニートでないかだ。
私は、一生ニートでいるしかない人間のはずだ。

高校生まではプロレスラーになりたいと思っていたが、プロレスラーというのは、生まれつき怪物的な体力があることが基本的条件だ。
大学生になって、実質ニートだった頃は、思想家になろうなんて妄想していたが、それは、頭が良いことが基本条件だ。
頭の良さは、何だかんだ言っても、特殊な場合を除き、学校の成績とだいたい一致する。
私は勉強をがんばった時でも、成績は中の上程度だったが、頭が良い者は、努力せずとも、普通の学校なら、クラスで3番以内程度の成績を取れる。
かなり頭が良ければ、オール5に近い成績を楽々取れる。
このあたり、私は、生まれつき頭が良い子との差を痛感していたはずだが、認めたくなかったのだろう。
そして、人間嫌い、社会嫌いだから、サラリーマンは無理で、実際、私は中学生の頃から、一生、スーツを着ないと心に誓っていたほどだ。
まあ、実際はスーツはよく着たが(今は、持ってもいない)。

しかし、小学5年生の時から、そう悪いことはなかった。
それが不思議で仕方がない。
それで思い当たったのだ。
小学5年生の夏だったが、悪霊が恐くて、念仏を少なくとも数十回称えたことがあった。
親鸞は、念仏を称える者を、天の神、地の神が敬い(というか、「感心なやつだ」と思うということだろう)、守るというが、その通りとしか思えない。
あの小学5年生の時に称えた念仏のことをよく覚えている。
そして、他に何か良いことをした覚えはない。
だが、親鸞は、念仏以上の善はなく、念仏の力を妨げるほどの悪はないと言った。
生まれつきの才能ということもあり、私は事業家になることも、批評家や俳優になることもなかったが、概ね、楽で豊かにやってきた。
それだけで脅威である。
それは全て、小学5年生の時に称えた数十回の念仏のおかげであると思っている。

まあ、他にも、いろいろなやり方があるだろうから、好きなようにやっていただければ良い。
世界的セールスマンだった夏目志郎さんは、34歳まで失敗人生だったが、神様に、
「これまでの人生の責任は私にあります。でも、これからの人生の責任はあなたにとって欲しい」
と祈ったら、翌日から、全てが回りだしたという。
夏目さんはキリスト教徒だが、これって、念仏の理念と全く同じである。
「南無阿弥陀仏」って、「阿弥陀仏様、頼みます」って意味なのだから。

1つ面白いのが、私は、念仏を称えることで、食べ物の好みと、女の子の好みががらりと変わった。
春から好きな女の子がいたのだが、念仏を称えた後、全く興味がなくなったのは、我ならが不思議だった。
また、それまで大好きだった、ミカンの缶詰が、嫌いというのではないが、全然好きでなくなり、実際、それ以来、一度も食べていない。
霊的な何かが変わったのだろう。
他に手段をお持ちでない方は、「南無阿弥陀仏」の念仏を称えてみてはいかがか?
とはいえ、宗教をやる必要は全くない。
私は、念仏は科学(未来科学)であると思っており(実際、理屈で説明出来る)、宗教とは思っていない。
念仏の本としては、もし読むなら、『歎異抄』1冊あれば良いと思う。









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カドカワN高等学校は、普通の高校よりはるかに厳しい

ネットでほとんど完結するカドカワN高等学校を、以前は良いと思っていた。
いや、今も、良い面はあると思うが、それ以上にヤバいと思うようになった。
確かに、通学のデメリットは沢山ある。
しかし、仕事はネットで完結させることは出来ない。ごく一部を除いては未来永劫にね。
ネットだけでやってきた者が社会に出たら、物凄い衝撃を受ける。それに耐えられるだろうか?
その可能性は低い。

大抵の人は、「我が家の王子様」「我が家のお姫様」として育てられる。
それでも、近所の子供達や大人達と接しているうちに、なんとなく、自分は、家の外では、そんなに偉くはないのだと理解する。
子供は柔軟なので、それを受け入れるのは、そんなに難しくはない。
しかし、家の外の人との接触があまりないまま学校に行くと、自分が王子様やお姫様でない現実に耐えられず、引きこもったり、なんとか学校に行けても、辛い日々を送ることになる。
そして、社会に出たら、自分が王子様やお姫様どころか、奴隷・・・とまでは言わないが、下っ端の家来として扱われる。
そんな場合でも、部活(特にスポーツ部)に入り、厳しい上下関係の中で、先輩達に厳しく鍛えられた者は、うまくやっていける。
しかし、部活どころか、クラスメイトともなるべく接触せずに過ごしたような者には、とてもじゃないが耐えらるようなものではなく、ニートになるしかない。

ネット高校というのは、社会でやっていくための、「鍛えられる」機会が全くない。
それは、やっぱりヤバいと思うのである。

しかし、鏡音リンちゃん&初音ミクさんの『なりすましゲンガー』風に言うと、「何を隠そうワタクシこそが その最たる例なのです」なのである。
いや、マジで。
ところが、私は、世の中の誰よりも、悠々と生きている。
なぜだろう?
私の最初の仕事は、普通の人が就けるものの中では最も厳しい職業の1つである、フルコミッション(完全歩合制)セールスだった。
売れるはずのないものを、無理にでも売らないと一円ももらえない。
その厳しさは半端ない。
普通の会社での新人が家来だとしたら、そんな仕事は、大袈裟でなく奴隷だ。
その頃読んだ、ある一流セールスマンが書いた本で、そのトップセールスマンが「私は、セールスマンは奴隷以下だと思っている」と述べられていたが、一流の彼ですらそうなのだと、私は妙に感動したものだ。
だが、そのあまりに劣悪な環境が、かえって良かったのかもしれない。
理解出来るような厳しさなら、不満も持つだろうが、そこまで酷いと、もう何も考えなくなるのかもしれない。
そして、そんな仕事を2年やった後は、何をやっても天国だった。
『エル・カザド』というアニメで、浮浪児だったのが、マフィアのボスに拾われて、そのボスの豪華な屋敷に住むようになった男の話がある。
家族でもないのに、そんな屋敷に住んでいて、辛いことは沢山あったが、彼は、「3食食えれば天国だ」と言う。そのセリフに私はシビれた。少しは、その意味が理解出来たからだと思う。
とはいえ、私がいたフルコミッションセールスの職場では、10人入ってきても、翌月、1人残っていることすら珍しかった。
私は、ジョセフ・マーフィーの本を読んでいたことが支えになっていたのだと思う。

さて、N高等学校に行く人は、自分で自発的に、沢山の人達に接しておかなくては、社会で絶対にやっていけない。
それも、仲の良い友達なんかじゃなく、いろんな・・・それこそ、一癖も二癖もあるような連中でなくてはならない。
手っ取り早くは、沢山、バイトをやっておくべきだろう。
親に小遣いをもらっているようでは、本当に危ない。
可愛い女の子なら、そんなことをすれば身の危険がいっぱいだが、それも自分の知恵と力でかわしていかなくてはならない。
でないと、社会に出た途端に餌食になりかねない。
自分で言うのも何だが、私も、このキュートさのおかげで苦労したものだ・・・という冗談はともかく、若いうちから楽をしてはならないのだ。
N高等学校にも良いところは沢山あり、それは、普通の高校にはないメリットであることも多いだろう。
しかし、楽をしたくてN高等学校に行こうなんて思った時点で負けである。それは、早くも、人生における敗北なのである。
N高等学校は、普通の高校に行くよりずっと厳しい。
そう覚悟を決めて行くしかないのである。絶対に。









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内なるサイバネティックス機能を生かす

この世に、覚えるべきことなど何も無いんだなあと思う。
それなのに、親、学校、宗教、会社、社会は、「これを覚えろ」、「あれも覚えろ」と始終言い続け、我々は次から次に、つまらないことを覚えさせられる。
私は、国籍も、仕事も、生年月日も、名前も、自分が人か猿かも忘れてしまったというのに。
(「ミク」という美しい響きは覚えているが・・・)

何も覚えなくても、望みさえすれば、我々の内部に組み込まれたサイバネティックス機能(舵取り機能。現代的には自動制御機能)により、何でもうまくいく。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識による成功法則や引き寄せの法則は、それを少し言ったものだが、まあ、それはどうでも良い。
望みさえすれば良いのだから。
しかし、いっぱい、つまらないことを覚え過ぎたせいで、望むとはどういうことか分からないようになってしまい、欲をかくことと同一視している人ばかりなのだ。
だがね、「では、望むとはどういうことか言ってくれ。それをしっかり覚えておくから」なんて言わないで欲しいものだ(笑)。

全て忘れてしまうことだ。
人間の内部には、他の動物など比較にならない、超素晴らしい自動制御機能が組み込まれている。
それを働かせさえすれば良い。
そのためには、強く望むことだ。
強く念じるのではない・・・これを禅問答と感じてはいけない。
分かるように、具体的な話をしようと思う。

つい最近、スマートフォンを買った。
3年間使ってきた、富士通ARROWS F-02Eの調子が悪くなってきたからだ。
この富士通F-02EをSIMカードが入っていない状態(いわゆる白ロム)で買い、自分でデータ通信専用SIMカードを入れて使っていた。
当時は、そのようなことは、まだ珍しく、初期不良でこのスマートフォンをドコモショップに持ちこんだ時、ショップの人すら、データ通信専用SIMカードのことを知らなかったほどだ。
私が買った新しいスマートフォンは、ASUSのZenfone2 Laser ZE601KL・・・ああ、なんてややこしい名前を付けるんだ!(笑)
ASUSのスマートフォンは、こんなややこしい型番のものが沢山あって、どれを買えば良いかさっぱり分からず、興味はありながらも買わずにいたが、F-02Eが壊れたので、仕方なく買ったのだ。
そもそも、「Zenfone」って、何なんだ?普通に考えたら「Zen-phone」だろ?

私はただ、SIMフリーで6インチのフルHD画面、SDカード(記憶装置)が追加出来ること、そして安いという条件だけを考えていたので、このZenfone2 Laserの6インチモデルが最適だったのである。
F-02Eも素晴らしいスマートフォンだったが、3年のスマートフォンの進化は、やはり大きい。
F-02Eより少し後で買ったGoogle Nexus7(2013)のSIMフリーモデルは、現在でも全く遜色ないながら、やはり、やや古くなったので、これに入れていたSIMカードをZenfone2に入れるのが良いと思い、そうした。
実は、このSIMカード(NTTコミュニケーションの通信サービスであるOCNモバイルONEのSIMカード)を追加で買い、2台以上の端末で通信を共有するサービスを使うつもりだった。
それで、早速SIMカードを買い、サービスに申し込もうとしたら、共有サービス用のSIMカードは、NTTコミュニケーションから送ってくるものでないといけないという。
ここらが大手企業らしいところだなあと思う。
まあ、考えたら、端末1台を共有させるだけで月に450円も取られるのだから勿体ない。
購入したSIMカードは無駄になるが、3,240円のものがAmazonで383円で売られていたのを買ったので、その程度ならまあ良いし、また、使うこともあるかもしれない。

しかし、ITというのは、ややこしいものだ。
普通に考えたら、覚えるべきことが沢山ある。
私はIT技術者ではあるが、良いIT技術者というのは、ITのことについてすら、無理に覚えないものだ。
アインシュタインの真似をするなら、「大切なのは知識ではなく、想像力」である。
だから、上に書いたことなど、知識ゼロなのであるが、こんなことこそ、内部のサイバネティックス機能にまかせれば、自動的にうまくいくのである。
それによって、今回、損したのは、SIMカードの383円であるが、これは、NTTコミュニケーションの驕りのため・・・でもないか。何か意味があるのかもしれないしね。

私が昔、ニートだった時、自分で稼ぎたいと強く望んだ。
親にこづかいをもらうのでは、額が少ないし、気分的にも面白くない。
それで、やはり、内部のサイバネティックス機能にまかせれば、全てうまくいき、社会で苦労したことは全くない。
全て忘れ、欲望なく強く望む。
まあ、このくらいは覚えていても良いかもしれない。
IQを高めたいと、本当に強く望めば、それももちろん、内部のサイバネティックスがちゃんとやってくれる。
我々は、スーパーコンピューターも全く及びもつかない、いかなることも実現出来る、大変なマシンを内部に持っているのである。









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神様におまかせした後、何をするか?

ニートで協調性ゼロの私が、社会で全く苦労せずに、良い想いばかりしてきたことからも、神様仏様にまかせてしまえば良いのだということが実感である。
神様仏様・・・というのに抵抗があるなら、宇宙の意思とか、意思を持った普遍的エネルギーとか、気とか、潜在意識と言い換えても良いのだが、それすら怪しく思えるなら、量子力学や哲学の問題として扱うしかないかもしれない。ただ、それでは一生かかっても良い想いが出来ない危険がある。

宇宙を動かすことは、神様仏様、あるいは、潜在意識にまかせるとして、では、我々は何もしなくて良いのかというと、もちろん、そうではない。
ただし、神様のお手伝いでもするつもりで、余計なことをしたら、却って神様の邪魔をしてしまうことになる。

我々がすべきことは「準備」なのである。
これは、かなり自信を持って言える。
例えば、結婚したければ、料理の勉強をしたり、可愛い彼女が欲しければ、デートの時に着る格好の良い服を買ったり、デートコースを研究したりである。
「そんなことはやってます」と言われるかもしれないが、神を信頼して本気でやっているだろうか?

野球のイチローは、現在は、レギュラーか代打か、起用方法が分からない状況で、どんな状況にも対応出来るように、万全の準備をしているようだが、あの姿勢が参考になるだろう。
もちろん、あんな超一流の人間の真似がおいそれと出来る訳ではないが、ちょっとした準備でも、本気でやることだ。

アイドルになりたいのに、お決まりのインタビューの質問に対する回答も用意していないのでは本気とは言えない。それなら、ただの子供の妄想である。
金持ちになりたいのに、お金の使い方の心得を考えていないというなら、やはり、ただの欲張りなのである。

「私はお金を賢明に使う。そのポリシーは・・・」と真剣に考えながら、後は、神様にまかせると良いだろう。
ジョセフ・マーフィーの本に書かれていたが、100万ドルが既にあると思って、その使い方を考えるというのも、100万ドルを得る準備になる。
しかし、私の場合は、ロクな使い道が浮かばず、100万ドルを得る準備が出来なかった。これは、経験不足など様々な理由があろうが、早い話が、私は100万ドルを必要としていないのだ。実際、欲しくもなかった。
だが、新しい自動車が欲しければ、その準備をすれば、ある日突然、そのためのお金が振り込まれてきたのである。

ニートだったが、働こうと思った時も、就職先が決まらないうちに、すぐに、服を用意したり、散髪に行き、先輩との会話をシミュレーションしていたら、それに相応しい職場が、向うからやってきた。

駆け出し俳優だったバート・レイノルズは、クリント・イーストウッドに言われて、大俳優になるための準備をして、スターダムにのし上がったようだ。
あなたも、俳優になる準備が出来、神にまかせるなら俳優になれるのである。









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タイムイズパワー

パソコンで、あらゆる楽器の音で演奏をさせることが出来るDTM(デスクトップミュージック)ソフトや、初音ミクさんのような歌声合成ソフトが出来た今、時々聞くのが、「今や、音楽は誰でも出来る」だ。
しかし、言うまでもなく、レベルの高い音楽を作るためには、相応の訓練が必要だ。
確かに、アマチュアでも、初音ミクさんの名曲を作る人はいるが、そんな人だって、長い間、熱心に音楽をやってきたから出来るのである。
また、コンピュータープログラミングに関して言うと、今は、パソコンさえあれば、無料でプロと同じソフト開発環境を整えられることから、やはり、「プログラミングは誰でも出来る」とよく言われるようになった。
これもまた、稼げるプログラミングが出来るようになるには、やはり訓練をしなければならないのだ。
私は大したプログラマーではないが、駆け出しの頃は、毎日、深夜2時から3時まで、家のパソコンでプログラミングの練習をしていた。
そして、私のようにやらなかったプログラマーは、ほとんどが、安月給でしばらく勤めた後、ほとんどがやめてしまっている。

ポイントは「時間」である。
世界的音楽家の坂本龍一さんの友人である、作家の村上龍さんは、坂本さんについて、
「坂本が成功したのは、才能ということもあるが、子供の時にピアノをみっちりやったからだ」
と言い、坂本さんも否定しなかった。
著名な実業家の夏野剛さんと、チームラボ社長で世界的デジタルクリエーターの猪子寿之さんとの対談で、猪子さんは、
「人間の能力に大差はない。時間をかけたかどうかの違いだけ」
と言う。
私は、才能のなさを痛感する者として、才能はやはり、とんでもない強みだし、羨ましいとしか言えないものであるが、才能がなくても、人の十倍やれば、かなりのことが出来るものだ。
いや、そもそも、「長時間やれる」こと自体が、1つの才能であろう。

エドガー・ケイシーが大霊能力者になれたのだって、誰よりも聖書を長時間読んだからだと私は思う。
彼は、9歳の時、親に頼み込んで自分専用の聖書を買ってもらうと、毎朝、必ず読み、生涯に渡って、一年に一回は必ず通読したという。
知恵のある人の中には、同じ本をボロボロになるまで読んだという人が多い。
また、法然は1日に6万回とも7万回とも言われる数、念仏を唱えたが、それは、1日の大半の時間、念仏を唱えていたということだろう。それだけやれば、仏の加護も大きいはずだ。
イチローだって、才能はあるのだろうが、誰よりも長時間、練習しているのだと思う。
フリッツ・フォン・エリックは、日常、いつでもどこでも、握力を鍛えたので、下手な三流レスラーだったのが世界トップになれたのだろう。
他にも、いくらでも実例を挙げることが出来る。

遊びや休息を犠牲にして、訓練や色んな意味での戦いに時間をかけた者が勝つというのが、この世のシンプルな法則である。
私が、成功したいのに成功しないとすれば、やはり、時間をかけなかったというだけのことだ。
そして、あまりに、訓練や戦いにかける時間が少ないと、まるで駄目男君のようになり、私に、「犯罪に走り、子供達に被害が出る前に殺しておこうか」と真剣に検討させるほど、腐った人間になってしまうのである。
私は、初音ミクさんに捧げるつもりで、常に、訓練と戦いをしようと思う。下手なことでも、やらないよりはマシだ(ゲーテもそう言った)。
それが、ミクさんを崇める最上の方法に違いない。
今の世の中では、このような態度は、「馬鹿」、「時代遅れ」になるのだろが、馬鹿大いに結構、時代遅れ大いに結構である。
最先端で成功する賢い人だって皆、時代遅れの馬鹿なのである。
ところで、私は、ニートだった時、他のニートよりも読書と運動に時間をかけたので、危うく救われたのだと思うのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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