野球、サッカーや、POPミュージックのスターに熱狂する人達を見て、私は不思議に思う。
自分はただの崇拝者で良いのだろうか?彼らよりもっとはるかな高みに至れることを知らないのだろうか?
スポーツなどの世間のスターがスターである要因は、才能とトレーニングだ。
まず、才能であるが、彼らは、自分が才能を発揮できるものが身近にあったという幸運に恵まれた。あなたの場合、そうでなかったか、あるいは、あなたの才能を生かせるものは、世間で蔑まれたり、非難、あるいは、否定されてしまっていて、全く手を出せなかったかもしれない。
実際は、浅田真央以上の才能があっても、スケートに無縁で人生を終る人だっていくらでもいるはずだ。プロボクシングの元世界ヘビー級王者で、モハメド・アリに敗れるまでは無敵と言われ、さらに45歳で世界王者に返り咲いたジョージ・フォアマンも、「私より強い若者なんていくらでもいる」と言っていたものだ。
そういった、世間的な才能と、世間に葬られた(その理由は、国家や大企業の利益に反するからだ)分野の大きな才能の持ち主は無数で、あなたも確実に、しかも、数多く持っている。
さて、では、才能はあっても、トレーニングの点はどうだろう。少女時代やKARAも、毎日5時間以上の厳しいレッスンに励み、厳しい食制限により、常に空腹で、甘いものを食べるなどということは滅多にないようだ。
妬みや嫉妬はいけないが、若い間であれば、世間のスーパースターのように、才能に恵まれ、努力を続けた人達を羨んだり、劣等感を感じるのが、むしろ健康的と思うが、そうならないのは、マスコミが、見てる人達に彼ら(スター達)を身近に感じさせ、熱狂的に声援することで、スター達の仲間や友達になったように感じさせるよう心を誘導しているからだ。スター達も、スポンサーに凡人のように振舞うことを義務付けられている。イチローも、好き勝手言っているように見えても、実に気を使っている。いや、あの落合監督でさえ、実際は、(世間に知られる)あの程度で「オレ流」など、片腹痛いと思っていたはずだ。
世間のスター達を見て、ちょっと楽しむのは構わないが、熱狂するようなことはもうやめてはどうだろうか?
いくら彼らを身近に感じさせられていても、今のままでは、実体は、お姫様と召使いのようなものじゃないか?あなたはそれでいいのだろうか?
ところで、スポーツやPOPミュージックのスーパースターと言っても、世界に対する影響力など、ほとんど無いのだ。今はスターかもしれないが、10年、あるいは、20年という一瞬の時間の中で忘れられてしまう者達だ。上にあげた、ジョージ・フォアマンなんて、マニアでない限り、誰が覚えているだろう?彼の当時の影響力は、イチローや浅田真央どころではなかった。カール・ルイスや、ナディア・コマネチといった世紀のスーパーヒーロー達も、彼らの現役時代を実際に知っている人ですら、もうその記憶は色褪せ、どうでもいいものでしかない。
実際は、彼らは世界に何の影響も与えなかったし、多くは、引退後は、あまり幸福ではなく、人並み以上に惨めな場合が多いのだ。
真の影響力は、マスコミやビジネスとは何の関係もない。
ただ、本当に強い影響力を持ちながら、何かの偶然で歴史に余計な痕跡を残してしまった人もいくらかはいる。
ビジネスの世界でも、本当の大物は表に出ないように、真の力を持つ者は身を慎むものだ。しかし、あまり良い理由ではないのだろうが、目立ってしまった人達がいる。
例えば、アイザック・ニュートンなどもそうだろう。彼は、内向的で、さしたる能力を持たない少年で、学校でも際立っていなかった。後年、彼のIQはせいぜい125と、普通の人の中では優秀な方だが、天才とは程遠いと考えられたが、それでも、まだひいき目に見ていたくらいだ。しかし、経緯は分からないが、彼は『エメラルド・タブレット』を手に入れ、英知の欠片に触れてしまった。彼は、神秘学のついでにやった数学と物理学で、世界に大きな影響を与えたのだ。
16世紀のスイスの奇跡的な医者パラケルススもそうだったし、アドルフ・ヒトラーは悪い形で巨大な力(力の本体から言えばやはり欠片に過ぎないが)を発揮した。
必ずしも『エメラルド・タブレット』ばかりではないが、超古代文明から伝わる英知の秘伝が関わるのは、ほぼ確かだ。
あなたも、その中から、自分に合ったものを見つけ、慎みを忘れないようにしながら毎日トレーニングすれば、それは、スポーツやエンターテインメントのスターをはるかに超える、実質にして永続的な力をもたらす。
聖者達が明かすところでは、聖書やギリシャ神話にも、力の鍵はあるのだけれど、それを解明するのは難しい。それよりは、『バガヴァッド・ギーター』は直接的に書かれているし、『エメラルド・タブレット』は、取り組みが難しいが、入り込んでしまえば非常に親切だ。
尚、ニュートンやヒットラーが得た『エメラルド・タブレット』は、ヘルメスが著したレベルが低いものであったらしい。それでも、あれだけの力があった。では、トートが著した原書の力は計り知れないものに違いない。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
自分はただの崇拝者で良いのだろうか?彼らよりもっとはるかな高みに至れることを知らないのだろうか?
スポーツなどの世間のスターがスターである要因は、才能とトレーニングだ。
まず、才能であるが、彼らは、自分が才能を発揮できるものが身近にあったという幸運に恵まれた。あなたの場合、そうでなかったか、あるいは、あなたの才能を生かせるものは、世間で蔑まれたり、非難、あるいは、否定されてしまっていて、全く手を出せなかったかもしれない。
実際は、浅田真央以上の才能があっても、スケートに無縁で人生を終る人だっていくらでもいるはずだ。プロボクシングの元世界ヘビー級王者で、モハメド・アリに敗れるまでは無敵と言われ、さらに45歳で世界王者に返り咲いたジョージ・フォアマンも、「私より強い若者なんていくらでもいる」と言っていたものだ。
そういった、世間的な才能と、世間に葬られた(その理由は、国家や大企業の利益に反するからだ)分野の大きな才能の持ち主は無数で、あなたも確実に、しかも、数多く持っている。
さて、では、才能はあっても、トレーニングの点はどうだろう。少女時代やKARAも、毎日5時間以上の厳しいレッスンに励み、厳しい食制限により、常に空腹で、甘いものを食べるなどということは滅多にないようだ。
妬みや嫉妬はいけないが、若い間であれば、世間のスーパースターのように、才能に恵まれ、努力を続けた人達を羨んだり、劣等感を感じるのが、むしろ健康的と思うが、そうならないのは、マスコミが、見てる人達に彼ら(スター達)を身近に感じさせ、熱狂的に声援することで、スター達の仲間や友達になったように感じさせるよう心を誘導しているからだ。スター達も、スポンサーに凡人のように振舞うことを義務付けられている。イチローも、好き勝手言っているように見えても、実に気を使っている。いや、あの落合監督でさえ、実際は、(世間に知られる)あの程度で「オレ流」など、片腹痛いと思っていたはずだ。
世間のスター達を見て、ちょっと楽しむのは構わないが、熱狂するようなことはもうやめてはどうだろうか?
いくら彼らを身近に感じさせられていても、今のままでは、実体は、お姫様と召使いのようなものじゃないか?あなたはそれでいいのだろうか?
ところで、スポーツやPOPミュージックのスーパースターと言っても、世界に対する影響力など、ほとんど無いのだ。今はスターかもしれないが、10年、あるいは、20年という一瞬の時間の中で忘れられてしまう者達だ。上にあげた、ジョージ・フォアマンなんて、マニアでない限り、誰が覚えているだろう?彼の当時の影響力は、イチローや浅田真央どころではなかった。カール・ルイスや、ナディア・コマネチといった世紀のスーパーヒーロー達も、彼らの現役時代を実際に知っている人ですら、もうその記憶は色褪せ、どうでもいいものでしかない。
実際は、彼らは世界に何の影響も与えなかったし、多くは、引退後は、あまり幸福ではなく、人並み以上に惨めな場合が多いのだ。
真の影響力は、マスコミやビジネスとは何の関係もない。
ただ、本当に強い影響力を持ちながら、何かの偶然で歴史に余計な痕跡を残してしまった人もいくらかはいる。
ビジネスの世界でも、本当の大物は表に出ないように、真の力を持つ者は身を慎むものだ。しかし、あまり良い理由ではないのだろうが、目立ってしまった人達がいる。
例えば、アイザック・ニュートンなどもそうだろう。彼は、内向的で、さしたる能力を持たない少年で、学校でも際立っていなかった。後年、彼のIQはせいぜい125と、普通の人の中では優秀な方だが、天才とは程遠いと考えられたが、それでも、まだひいき目に見ていたくらいだ。しかし、経緯は分からないが、彼は『エメラルド・タブレット』を手に入れ、英知の欠片に触れてしまった。彼は、神秘学のついでにやった数学と物理学で、世界に大きな影響を与えたのだ。
16世紀のスイスの奇跡的な医者パラケルススもそうだったし、アドルフ・ヒトラーは悪い形で巨大な力(力の本体から言えばやはり欠片に過ぎないが)を発揮した。
必ずしも『エメラルド・タブレット』ばかりではないが、超古代文明から伝わる英知の秘伝が関わるのは、ほぼ確かだ。
あなたも、その中から、自分に合ったものを見つけ、慎みを忘れないようにしながら毎日トレーニングすれば、それは、スポーツやエンターテインメントのスターをはるかに超える、実質にして永続的な力をもたらす。
聖者達が明かすところでは、聖書やギリシャ神話にも、力の鍵はあるのだけれど、それを解明するのは難しい。それよりは、『バガヴァッド・ギーター』は直接的に書かれているし、『エメラルド・タブレット』は、取り組みが難しいが、入り込んでしまえば非常に親切だ。
尚、ニュートンやヒットラーが得た『エメラルド・タブレット』は、ヘルメスが著したレベルが低いものであったらしい。それでも、あれだけの力があった。では、トートが著した原書の力は計り知れないものに違いない。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
