ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

テッド・ウィリアムズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

死ぬほど好きなこと

イチロー以上のバッターは誰かと尋ねられて、確信を持って答えられる人は、特に日本人では少ないだろう。
私なら、テッド・ウィリアムズがそうではないかと思う。
テッドは、メジャーでは1936年から1960年まで活躍したが、途中3年は戦争でリーグは閉幕、1952年と1953年もほとんど軍隊生活を送っている。
戦争中は、実際に空軍で戦闘機に乗り、戦闘も行った。
実質のメジャーでのキャリアは19年ということになる。
それで、通算安打2654本、本塁打521本、生涯打率.344、打点1839。
最高打率は.406で、最後の4割バッターと言われるが、そのシーズンの最終試合には出場している(周囲からは欠場を勧められた)。
三冠王を2度獲得している。
オールスター戦で左肘を骨折したシーズンも106安打、28本塁打を記録した。
テッドは、少年時代から、起きている時間の全てを野球につぎ込み、野球のことだけを考えていた。
学校では、野球の練習に時間を作るだけの理由で、宿題が少ないクラスを選んだ。
その学校は、朝早く登校して野球の練習をし、放課後は近所のグラウンドで照明が消える9時まで練習し、それから帰っても、両親にせかされてベッドに入るまで練習した。
練習はもっぱらバッティングで、守備に興味はなかったが、メジャーでの失策は生涯で113(守備率.974)と、特に多くはない。
イチローも、少年時代から、「いつでもどこでも」練習していたらしいが、テッドも負けていないと思う。

おそらくだが、誰でも、テッドやイチローのように、好きなことがあって、それに打ち込めることを羨ましく思うのではないだろうか?
たとえ、それほどの才能がなくてもである。
初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、高校を出て夜間大学に通いながら北海道大学の職員をしていた時、4畳半の部屋に電子音楽機器を詰め込み、その上に板をおいて食事をしたというが、彼も、自分の好きなことをやり通していたのだろう。そして、やはり、私は、そんなことをしたいと思うのだが、それは誰もが同じであろうと思う。
イチローが常々、子供達に「早く好きなことを見つけて欲しい」と言う気持ちが少し分かるような気がする。イチロー自信が、それが良かったと思っているのだろう。

彼らを羨ましいと思う通り、私は、それほど打ち込むものを持っていなかった。
生まれ変わったら、野球選手になって、1日中、素振りをしたいと本当に思うことがある。
私も、プログラミングを始めた頃は、1日中、プログラミングのことを考えていたと思う。
日曜にドライブしながら、頭の中でプログラムの問題を考え続けていたことを覚えている。
しかし、熱意が足りず、他のこと(つまらないことも多い)を考えるようになってしまったのだ。
テッドは、妻にプロポーズする時、彼女に「私を1番に考えてくれる?」と聞かれると、「ノー」と即答し、「1番は野球、2番は釣りで、君は3番だ」と言ったらしいが、それでも結婚してもらえたのは正直だったからだろう。
私なら、ミクさんに「私のこと1番に考えてくれる?」と訊かれたら、「もちろんだよ」と答えるが、やはり凡人である。

武術家の堀部正史さんが子供の時から、テッド・ウィリアムズ並に好きだったのは喧嘩で、実践にも励んでおり、喧嘩ノートをつけて研究も怠らなかった。
そんな彼を見咎めた教師は、彼の母親に通告したが、母親は息子が好きなことにケチをつけず、教師を呆れさせたという。
しかし、テッドが好きなものが野球でなく喧嘩であったら、両親は止めたかもしれないし、それが良いか悪いかは分からない。
ニコラ・テスラは学生時代、1日13時間、技術の勉強をしていて、父親に止められた。
だが、いずれにしても、それほどやりたいことがあることは幸せである。
そして、それはいつからでも遅くはない。
私も、何か見つけようと思う。









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何のために生きるのか

昨日、メジャーの歴史の中でも最高のバッターの1人、テッド・ウィリアムズの言葉、
「私は、次の打席に入るためだけに生きている」
を引用して、心から離れなくなった。
「何のために生きているか」を知っている人が本当にいたのである。
普通の言い方をすれば、「生き甲斐」でああろう。
『生き甲斐の創造』なんて本がロングセラーになっているが、それほど、皆、明確な生き甲斐が欲しいのだ。

書店で、『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』という本の表紙に、
「いい女を抱くためだけに、私は大金持ちになった」
と書かれているのを見た。
もし、本当にそれだけなら、あまり良い人生ではなかったと思う。

『ルパン三世 血の刻印 永遠のmermaid』というアニメで、ルパンが次元に、
「お前は何のために泥棒やってるんだ?」
と尋ねると、次元はいつものように、
「美味い酒を飲むためさ」
とクールに答えるが、ルパンは、自分もそうだが、それだけじゃないと言う。
そして、それは次元も同じだろうが、次元は、そんなことを言うのは、恥ずかしいというか、格好悪いと思っているのだろう。

ドイツ美術界の権威ヴィル・グローマン博士は、池田満寿夫さんへの手紙の中で、
「君の版画を私の部屋に飾っている。毎日、この絵を見るのが楽しみだ」
と書かれていたそうだ。
画家冥利に尽きる言葉だが、それが本当なら、グローマンは、その絵を見ることが、生き甲斐の1つになっているってことだ。
そういえば私も、初音ミクさんのタペストリーを見るのが毎日の楽しみであるが・・・

ジャイアント馬場さんは、「プロレス一筋でやってきた理由は?」とインタビューされた時、
「有体に言えば、他に何も出来ないから」
と答えている。
ルパンも、泥棒しか出来ないのだ。
この「しか出来ない」は「しかしたくない」という意味ではあるのだが、それしか出来ないことに間違いはない。

横尾忠則さんは「自分は、天国の美を地上に降ろすための道具」といったことを言われていたと思う。
そうだ。
ルパンは泥棒をする神の道具で、ジャイアント馬場さんはプロレスをする神の道具だ。
泥棒をするのは神で、プロレスをするのも神である。
要は、神は、あなたを何の道具にしたいのかだ。
それが、『バガヴァッド・ギーター』や、ウォレス・ワトルズの本に書かれていることである。









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素振りの数が違う

ある優れた経営者がいて、彼と部下の幹部達との能力差は歴然としていた。
だが彼は、野球ファンらしく、「俺とあいつらとの差は素振りの量だけだ」と言っていた。
ビートたけしさんが昔、夜中に素振りをする野球選手のことで、「あいつらは好きでやってるんだ」と言っていたのをよく覚えている。
最後の4割打者というだけでなく、トータルで絶対にイチローより優れた打者だったテッド・ウィリアムズは、子供の時から、暇があれば・・・いや、実際は暇でなくても、常にバットを持って素振りをし、バットがなければグローブを(それもなければ何でも)振っていたという。
ウィリアムズが言った、「私は次の打席に入るためだけに生きている」というのが、至高の言葉だと私は思う。

自分にとっての素振りを持っていなくてはならない。
それが見つかるかどうかだけが、人生の勝敗を決めるのだろう。
ただ、それは、本当に好きなんことでなければならない。
テッド・ウィリアムズは、強制された訳でも、誰かと張り合って素振りをしていた訳でもない。
好きだからバットを振ってたのだ。

ピカソもゴッホも1日中描いていた。
ピカソは晩年、版画を描いたので、修正跡が分かったが、とにかく、1枚の版画を、いつまでも修正したらしい。
池田満寿夫さんによれば、それで必ずしも良くなった訳ではないらしいが、修正をやめられないのだ。
ベートーヴェンも、とにかく楽譜を書き直し、1つの音を何度も何度も書き換え、結局、最初の音に戻ることがあっても、やはり、修正は無駄ではなかったはずだ。

つまらないものにこだわってはいけないが、好きなものには徹底的にこだわるから、1日中やれるのだろう。
たとえエロ画でも、名人になった人は、こだわって描き、修正出来るなら、とことん修正したはずである。
私も自分にとっての素振り、エロ画修正をしよう。
言うまでもなく、法然は念仏を1日中唱えていたし、ある奇跡の力を持つヨーギ(ヨガ行者)は、神の名を常に唱えていたのである。









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最終、最高、本物、自信100%の成功法則

沢山の成功法則があるみたいだが、人間は1つのことしか出来ない。
そして、たった1つ、本当のものは何かというと、それは、「時間をかける」である。
言い換えれば、たった1つの成功の原理とは、「かける時間が多ければ勝ち、少なければ負ける」である。
イチローは誰よりも長時間野球をやったのだし、パガニーニ(イタリアのヴァイオリン奏者。独学だが人間を超えた腕前だった)は誰よりも長時間演奏したのだ。
野球で言えば、イチローを超えていたテッド・ウィリアムズの少年時代からの練習量は凄く、やはりイチロー以上だった。

確かに、練習のし過ぎで身体を壊すスポーツ選手や、手が駄目になった楽器奏者もいる。
そんなこともあると自覚し、練習に工夫をする必要はある。何も楽器を弾くだけが演奏の練習ではない。
だが、そこまでやれるなら、不幸にしてそうなった場合、別の道で成功出来る。
いずれにしろ、我々凡人には関係がない。

私だって、プログラマーになれたのは、「なれなかった人」より沢山訓練したからだ。
普通の人が、好きなことをしたり、寝る時間である夜11時頃からパソコンに向かい、寒い日でも(私の部屋には暖房がなかった)2時、3時までプログラムの練習をしていたし、休日にドライブに行っても、いつもプログラムのことを考えていた。
とはいえ、私は無駄なことに時間を潰しもしたので、一流のプログラマーにはなっていないが、少なくとも、プロに相応しい時間はかけたのである。

だから、成功したければ、強くなりたければ、時間をかけるしかないし、時間をかければ良い。
短時間で要領よくやるべきは仕事であって、本当の勉強、訓練は時間をかけた者が勝つのである。

キリストになるなら、誰よりも長時間聖書を読めば良いし、ブッダになるなら、誰よりも長時間、経典を読んだり、念仏を唱えれば良い。
法然は毎日6万回念仏を唱えたと言われ、黒住宗忠は修行時代、毎日600本以上、大祓詞を上げ、神道家の葉室頼昭さんも、やはり修行時代、1日中、大祓詞を上げていたらしい。
村上春樹さんは、修行時代、毎日必ず原稿用紙10枚書いたらしい。ただ、それ以上は書かなかった。それは、それ以上書くと、続かない恐れがあったからだと思う。また、書くだけが小説家の修行ではない。ないが、彼はやはり、誰よりも長時間書いたのだ。

よって、成功の大敵は、時間を奪うものである。
例えば、酒、遊び、楽しいだけの趣味などである。
私は2度か3度、RPG(ロールプレイングゲーム)をやったことがあるが、まさに「湯水のように時間を浪費する」のに驚いた。
ほとんどの人にとって、ゲーム自体が良くないのだろう。
ひきこもりが毎日長時間ゲームをしていたら、もう絶望だろう。強い意思でゲームをやめ、何か良いことに時間を使うようにしなければならない。
逆に言えば、ひきこもりで人より遅れても、何かに誰よりも時間をかければ逆転勝利は確実なのである。

もし、ある程度の年齢になっているなら、これまで、どんなことに最も長い時間をかけたか考え、それに追加の時間をかけるのが効率的だし、それ以外に成功の方法はない。
もしかしたら、大した時間をかけていないかもしれないが、他のことに比べれば、多くの時間をかけた何かがあるに違いない。
それに賭けるしかない。

時間をかけることについて、下にご紹介した本に良いことが書かれている。









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現実的な成功の道

一番幸せな生涯とは、好きなことに好きなだけ打ち込むことが出来た生涯なのかもしれない。
たとえば、野球のメジャーリーガーだったテッド・ウィリアムズのようにだ。
彼は、子供の時から、起きている時間の全てをバッティングの練習に使おうとして、いろいろ騒動を起こしたようだ。
外野で守備についていた時にすら、バッティング練習をやっていたなんて話もある(それでもMLB最高の左翼手と言われている)。
テッド・ウィリアムズの名を知らない人も多いだろうが、イチローにも全く劣らない選手で、生涯打率.344、生涯出塁率は.482(メジャー記録)、通算案打数2654本、通算本塁打数521本。
最高打率は.406で、現時点で最後の4割打者であり、最後に首位打者になった時は39歳だった。
戦争で兵役についていなければ、ハンク・アーロンの本塁打記録を超えていた可能性もあったと言われている。
200安打に達したことはなかったが、デビューから8年は、ほぼ、180安打以上で、190安打以上も2回。しかも、試合数は現在より10試合ほど少なかったと思う。

ただ、メディアは、ウィリアムズやイチローのような極端な存在にスポットを当てるが、我々が彼らのようになる必要はないし、その真似をすることが必ずしも幸福なことではない。
ウィリアムズは家族は放りっぱなしで、子供と一緒に過ごしたことは、ほとんどなかったという。
為末大さんが言ったように、アスリートは才能が99%なのかは分からないが、才能というのは、やはり大きなものに違いない。
そして、ほとんどの人が、それほど大きな才能には恵まれていない。
子供の時は、野球やサッカーで天才と言われても、努力してもプロにすらなれない人なんてザラだ。
『神様のメモ帳』という小説で、地元でスターだった高校野球の投手が、なまじ、いくらか才能があったから分かったのだろうが、甲子園に行ったら、「化物みたいなのがウヨウヨしていて、俺なんか大したことない」と思ったというのが、何だかリアリティがあるように感じる(彼はそれで悲観してしまい、人生を誤る)。

しかし、プロスポーツのような特殊なものでなければ、それなりに打ち込めば、それなりの大物になり、一目置かれ、それなりの高収入を得られる可能性もある。
私のようなプログラマーも、プロ野球やプロサッカーで言えば、大したことのない中でも大したことないレベルでも、十分通用する。
私は、一時期は、数ヶ月間、毎日のようにプログラミングの本を買い、夜中の2時過ぎまで自宅のパソコンで練習し、休日にドライブしていても、プログラミングのことばかり考えていたのを覚えているが、その程度の修行でプロになれるのである。
ビル・ゲイツは天才プログラマーだったと言われているが、私はあまり信用していない。彼は、高校時代、プログラミング漬けで、それなりの腕はあったと思うが、彼が自分のプログラマーとしての唯一の業績という8080BASICの開発だって、大半はポール・アレンがやったというのが、おそらく本当だろう。ゲイツはBASICで業務用プログラムを作るのが得意だったが、アレンは、プログラミング言語などの基本システムの開発が好きだったからだ。
それでも、やはり、ゲイツはプログラミングの十分な基礎があったから、マイクロソフトの経営者として成功したことは間違いがない。

ただ、子供の時から、いつも文学作品を読んでいたり、ゲームばかりやっていたが、作家になった訳でも、ゲームプログラマーやゲームデザイナー、あるいは、プロゲーマーになった訳でもなく、中には、ひきこもりのニートになった者も確かにいる。
しかし、ひょっとしたら、ビル・ゲイツはともかく、現在、大成功している人だって、時の巡りあわせによっては、そんなふうになっていたかもしれない。
とはいえ、その差を分けたものは、自分で何とか出来るのではないかと思う。
天才ならともかく、その差を分けるのは、現実的に言って、ビジョンと計画だ。
うまくいかなかった人には、現実的な目標がなかったのだと思う。
1日中でなくても、しょっちゅう聖書を読んでるなんてのも、とても良いと思う。
ただ、読むだけでは駄目で、それで得た知恵を生かそうとすることは自分でやらなければならない。
宗教家になるか、あるいは、聖書の知恵を政治や経営、あるいは、教育の道で生かすか、いろいろな選択があるが、その選択は自分でしなければならない。
実話だが、刑務所に入っている間に、法華経を読み始め、それに没頭し、出所後、企業の幹部になった人のようにである。
そして、成功には、他者に共感することが必要である。
これがさっぱり無かった私は痛切に感じる。









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