ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ツバサ・クロニクル

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

決意と誠意

人間が「神モード」にチェンジするということは「無になる」ということだ。
無になることを、無我、忘我、没我などとも言う。
英語ではエクスタシーで、近年では、ゾーンとかフローと呼ばれるようになった精神状態も、同じようなものを指しているのだろう。
宗教的には法悦と言う。

無になれば、人間に不可能はないし、少なくとも、奇跡的な力を発揮する。
そして、太古の昔から、人類の最重要なテーマは、この無であるのだが、釈迦の時代には、もう庶民はそれを忘れ、稀に考えたとしても、それを、特殊なもの、神秘的なもの、あるいは、奇異なものと捉えるようになった。その原因は分からないが、これこそが、権力者達の策略かもしれない。

「無になった状態」が明確に見えるものがあれば良いのだが、私は、アニメの『ツバサ・クロニクル』の中で、そんな場面を見たことがある。
あまり詳しく状況を覚えていないが、これだけ分かれば良いと思う。
小狼(シャオラン。少年。推定14歳)とサクラ(少女。14歳)が、姿が見えない敵に、魔力で襲われる。
小狼は立ち向かうが、敵は姿が見えない上、その魔力はあまりに強大で、たちまち小狼はダメージを受け、勝ち目があるとは思えない。言ってみれば、猫が虎に挑むようなものだった。
しかし、傷を負いながらも、小狼は立ち上がり、立ち向かうことを止める様子は全くない。
そして、小狼に、悲壮さがまるでないことに注意しなければならない。
「死ぬまで戦うぞ」といった「健気な」気合いのようなものはまるで感じないのだ。
その顔は無表情だ。
彼の目的は、サクラを確実に守ることで、それ以外のことは、あまりに些細な問題なのだ。
この小狼の状態が、無、無我、忘我、没我である。
近年では、上にも述べた通り、ゾーンとかフローと言うのだが、これらの言葉には、やや雑な概念も混じっており、やはり、無と言うのが良いと思う。
つまり、小狼のようにやれば良いのである。
どういうことかというと、小狼がなぜそんなことが出来るのかというと、2つの要素が認められる。
1つは「決意」で、もう1つは「泣き言を言わない」ことだ。
彼は、サクラを守ると決意しており、泣き言を一切言わないことが当たり前になっている。
キリスト教では「献身」とよく言うらしいが、それは、自分の利益を全く顧みない行為であり、そもそも、考えることをしない。
これを悪用するのが軍隊であるが、小狼と軍隊の違いは、自分の意思で決意した小狼と、軍に都合の良いことを兵士に決意させる軍隊との違いである。

まとめると、(軍隊とは違う意味で)無になるには、まず、自分の意思で何かを決意すること。
次に、泣き言を言わないことだ。
最初は、意志力を必要とするかもしれないが、いったん覚悟が決まれば努力はいらない。
例えば、少年が、幼い弟の前で、お兄さんらしく振る舞うことを決意し、苦しい状況の中でもシャンとするようにだ。
「泣き言を言わない」・・・同じことなのだが、「屈服しない」「文句を言わない」「言い訳をしない」を「ごく当然に」行う。
それが無になる方法で、決意の出来ない甘えた根性では決して超人になることはない。

そう言えば、『ツバサ・クロニクル』の原作である『ツバサ』で、時の魔法使いが、小狼に、「お前は成功するために必要なものを全て持っている」というようなことを言ったのは、著者のCLAMPがそう思っているのだから、私も電子版の1巻だけでも買っておこうと思う(多分、1巻の中で、その理由が分かるだろう)。
ただ、特に近年のCLAMPの近年の作品は、やや感情表現が過剰なので、私はあまり好きではないのだが。
・・・で、今、購入したら、やはりあった。結局、全部購入しそうな気がする(笑)。








なぜ出来るようになったのかは謎

プロ野球選手に、「どうやったらプロ野球選手になれますか?」と聞いても、聞かれた方は困るだろう。
せいぜいが、「一生懸命練習しろ」としか言えないが、人気者だと、もっと気の利いたことも言わないといけない。
しかし、言う通りにやっても、ほとんどの人がプロに入れない。
そんなことは、聞かれた方も分かっている。
じゃあ、「才能と運と努力」かというと、そのようにも思えるが、つまるところ分からないのだ。
これは、プロのオーケストラの演奏者とか、売れる俳優とか、食えるYouTuberとかいった、「なるのが難しい」職業全般に言える。

では、私のようなプログラマーはどうかと言うと、なるのはそう難しいことではないと思われるので、ありきたりな勉強法とか、就職の仕方を一通り言うかもしれない。
しかし、実際には、それよりも先に、「どうやったらプログラミングが出来るようになるか?」と聞かれたって、真面目に答えるのは難しいのである。
出来る人にとっては、むしろ簡単なことなのだが、プログラミングをやろうとしても出来ない人もいる。
イギリスのある大学の調査では、その大学の情報学科に入った学生でも、6割はプログラミングをマスター出来なかったという話があるくらいだし、昔、パソコンで、ほぼBASIC言語しかなかった時代、この最も易しい(と言われる)プログラミング言語をマスター出来るのは10%だと言われたこともあった。
記憶にある範囲で言えば、私は、毎日、プログラミングの本を買って帰り(大抵の本は挫折したのでw)、夜に2時、3時までパソコンに向かって、BASICとアセンブリ言語とC言語をますマスターした。
ただ、知り合いのプログラマーは、「C言語?あんなの一夜漬けでマスターしたよ」とか言っていたが、そう言った直後、鼻が伸びてたなあ(嘘)。
いや、これは「マスター」の意味合いの問題で、どんなプログラミング言語にも、トラブルを経験しないと分からないような重要な特製もいろいろあるので、いかに天才でも、本当にマスターするには、そこそこ時間がかかるのである。
そして、本当のところ、プログラミングだって、どうやれば出来るようになるかは分からないのだ。

実際のところ、「どうやれば、あなたのようになれるか?」と聞かれ、「はい、こうすればなれます」と言える種類の能力などないのだ。
あるとしたら、スマホの使い方とかいった、本当にやりたければ、聞くまでもなく誰でも出来ることだ。

なかなか出来ないことを、どうすれば出来るようになれるのだろう?
私の場合、せいぜいプログラミングしか分からないが、自分では、努力の末に出来るようになったと記憶している。
しかし、本当かなあと思う。
というのは、考えてみれば、大したことはやってないからだ。
では才能があったのかというと、かなりマスターまで時間がかかっているので、そうでもないと思う。
本をそれなりに読み、本に載っているプログラムをそのままキーボードでタイプし、後は・・・記憶にない(笑)。
「世界5分前仮説」という、実は、この世界は5分前に出来たばかりで、それ以前の記憶は捏造であるという仮説がある。
それでいえば、5分前、私は、プログラミングが出来る状態で出現しただけということになり、案外、これが一番納得出来る(笑)。
丁度、普通の家に住んでいる人が、夢の中で宮殿に住んでいても、ちっとも不思議に思わず、自分はずっと、この宮殿で暮らしていると思うようなものだ。
支持する物理学者も決して少なくない「多世界解釈」では、この宇宙は1つではなく沢山あり、さらに新しい世界がぱっと生まれる。
これらの宇宙は、他の宇宙と似ているが、異なっている部分がある。
小さいことでは、この宇宙では自分は青い服を着ているが、別の宇宙では赤い服を着ていたり、ある宇宙では平凡なサラリーマンだが、別の宇宙ではサッカーのスター選手だったりする。
だったら、この宇宙ではプログラミングが出来なくても、自分がプログラミングが出来る宇宙だってある。
漫画・アニメの『ツバサ・クロニクル』(CLAMP著。漫画のタイトルは『ツバサ』)や、筒井康隆さんの『果てなき多元宇宙』は、そんなことが描かれたお話だ。
宇宙人バシャールによると、他の宇宙とくっつくことも出来るそうだが、案外、たびたびくっついているのかもしれない(バシャールのどの本に書いてあったかは知らないが)。
好みの宇宙とくっつくには、その宇宙に親しみを感じれば良いのだと思うが、ここに挙げた本で自分で考えると分かるように思う。








大したことのない偉大な男達

最近の人気のあるアニメ、小説、漫画の傾向として、大したことのない男の主人公が、沢山の美少女達に慕われるということがあるらしい。
私は、それほど多くは知らないが、確かにことごとくそうだ。
『To LOVEる -とらぶる』、『涼宮ハルヒ』シリーズ(アニメでは一貫して『涼宮ハルヒの憂鬱』)、『灼眼のシャナ』、『僕は友達が少ない』などが、すぐに浮かぶ。
平凡でサエない少年達が、なぜか、外見はもちろん、中身においても素晴らしい少女達に本気の好意を寄せられるのである。
これは、男性の大半の視聴者、読み手である、サエない、平凡な男に共感を持たせるためだという予測をすることもあるだろうが、その程度の仕掛けでヒット作品を創れたりはしないだろう。
その「サエない」「大したことない」というのは世間的評価だ。
実は、私は、上にあげた作品の、サエないはずの少年達は、ことごとく、大したやつだと感動しているのである。
中でも、『灼眼のシャナ』の坂井悠二という高校1年生の男子には、ほとんど惚れ込んでしまった。彼も、最初は、ヒロインの、あらゆる面で極めて大した少女であるシャナや、彼女と共にある異界の神アラストールにひどく蔑まれた扱いをされる。「これ」と物扱いされたり、「器が知れる」と貶され、全くケチョンケチョンである。ところが、やがて、表立っては示さなれないが、シャナに深く想われ(こういうのをツンデレというようだ)、アラストールも敬服させるほどになる。
悠二に限らず、他の「美少女達に慕われるサエない男達」が、皆、素晴らしい。だが、どこが素晴らしいかとなると、言葉にしにくい面もある。普通に言えば、「ものにこだわらない」「公平である」「親切」となる。しかし、これらの徳目を備えているだけでも、本当に「大したもの」ではないだろうか?

『まほろまてぃっく』というガイナックスのアニメで、優(すぐる)という名の14歳の中学生の少年がいて、やはり、ヒロイン達はもちろん、幼馴染の美少女達や女教師にまで慕われる。真面目な話ではあるのだが、進化した宇宙人が、優を調査する。確かに、頭脳や運動能力などでも優秀な少年だが、天才的というわけでも、超人的というわけでもない。調査を依頼された宇宙人(男性アンドロイドだが)は、なぜこんな平凡な少年を調査させられたのか、上の意志が理解できず、いぶかる。
だが、この無敵の宇宙人製アンドロイドは、優に驚愕させられる。そして、本当の強さというものを思い知らされる。彼に指令を与えた至高の存在マシューは、彼にそれを教えたかったのだ。

サエないモテるヒーロー達にも、やはり、秘めた特別なものがあるに違いない。ただ、それは、世間的なものではなく、やはり、世間的には大したことのない我々にも得られる何かだ。それは、ある意味、簡単に得られるが、逆に、得ることが最も難しいものであるとも言える。

CLAMPは、大人気作品を多く持つ女性4人組の漫画家ユニットで、アニメ制作にも深く関わることが多い。さすが、女性作者だけあって、彼女達の描くヒーロー達は、世間的にも大したものである場合が多い。だから、まだ男を見る目の無い少女読者達も、CLAMPのヒーローには入れ込みやすい。
『ツバサ・クロニクル』(原作漫画は『ツバサ』)のヒーローの少年、小狼(シャオラン)は、格好も良く、ある意味、可愛いとも言え、少年とはいえ男らしい性格で、武術に秀でる。だが、私も彼には惚れ込んだが、その理由は、そういった表向きの素晴らしさではない。自分が正しいと思うことのためなら、勝ち目がない戦いでも、全くひるまず、特に気合を入れることもなく、当然のように立ち向かう。その、ある種の静かさがたまらないと思う。

『To LOVEる -とらぶる』で、ヒロインの、宇宙的に大した美少女であるララが愛するのは、やはり、サエない少年リトだった。クラスメイトの普通の少女達は、ララに、リトはサエないし頼りないので、ララに相応しい、もっと上のランクの男を狙うよう忠言する。まさに、「上のランク」という言葉が、世間的価値を示している。
だが、ララは言う。「リトは宇宙で一番頼りになる男だよ」。これは、恋のために盲目的になったララの妄想だろうか?そうではないと思うし、世の女性達も、いや、女性に限らず、全ての人に、いくらかは、ララのようなハートを持って欲しいと思う。

見えないものを信じたら 向こう側へと抜けるカギが見えるわ
~『こっちをお向きよソフィア』より。作詞:康珍化、作曲:大沢誉志幸、歌:山下久美子~

本当に大切なものは目に見えない
~『星の王子様』(サン・テグジュペリ)より~









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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