ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ダビデ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

人が神の言葉を語ると

昨夜、優れた本は音読すべきであることを書いたが、『バガヴァッド・ギーター』を音読すると、予期せぬことがあった。
私が音読したのは、田中嫺玉さん翻訳の、『神の詩 バガヴァッド・ギーター』(タオラボブックス)である。
まず、大変なことをしたと思ったのだ。
なんと、私の口が、至高神クリシュナの言葉を語るのである!
あまりの畏れ多さに自我はひれ伏すのであるが、しかし同時に、我が内にクリシュナは宿るのであるから、それは極めて自然でもあるのだ。
そして、クリシュナを愛さずにはおられないのである。
インドの詩聖タゴールの詩を読むと、タゴール自身が神に恋する乙女のようになってしまっているのであるが、初めてその理由が分かるように思うのである。
ラマナ・マハルシの弟子プンジャジもクリシュナに恋焦がれ、1日4万回クリシュナの名を唱えたというが、無理もないことであると思う。
クリシュナは果てしない慈悲に溢れ、優しい。

そして、クリシュナとアルジュナ王子の会話の仕方が素晴らしい。
クリシュナが神であることを知らなかった時でさえ、アルジュナは、クリシュナを親友として、誰よりも親しみ愛すると共に、師としては、この上なく尊敬し、完全に信頼していたたのであるが、それが会話の中にはっきり現れている。
また、宇宙最高の神であるクリシュナが、決してアルジュナを、言葉のただ1つの欠片においても見下すことはなく、それどころか、いつも、最上の誉め言葉でもって会話を始めるのである。
クリシュナは、アルジュが、並ぶことなき勇者であること、王家の血に相応しい高貴さを備えていること、そして、さらには、人類最高の人間であると褒め称える。
お互いを敬う対話の崇高さ、清々しさ、美しさはどうであろう!
こんな素晴らしい書の音読はおろか、読書すら薦めたことのない我が国の教育機関は、仮に悪の巣窟でないとすれば、限りなく愚かなのであり、それは国家の責任である。
だが、憂う必要はない。
『バガヴァッド・ギーター』の優れた翻訳はいくつか出ており、容易に入手できるのであるから。
ならば、それができるようにした我が祖国や、また、積極的に『バガヴァッド・ギーター』を否定するのではない我が国の学校だって、捨てたものではない。
様々な幸運により、我々は神の言葉を話すチャンスを得るが、それは、内なる神に語っていただく光栄を得ることなのである。

老子の『老子』(道徳経)は、やはり、神のごとき仙人である老子が、最高の人物である尹喜(いんき)に語った五千語の教えである。
こちらは、対話の形ではなく、尹喜が老子から聞いたことを憶えておいて、その後で筆写したものであり、我々は尹喜のおかげでこれを読めるのである。
『老子』は難解と言われるが、高名な宗教家の五井昌久氏によれば、やはり、ただ音読すれば分かるのだそうである。

我が国にある神の言葉は、春日大社の宮司も務めた神道家である葉室頼昭氏(はむろよりあき。医学博士。故人)によれば、『大祓詞』(おおはらえのことば)であるらしい。
ただ、これはあくまで神の言葉であるのだから、人間的な意味があるのではなく、葉室氏は、これをひらがなで書き直して、ただ音読したのだそうで、人々にも、そうすることを勧めている。

クリシュナのように神の言葉を語ったものといえば、やはり新約聖書の福音書の中のイエスの言葉であろう。
また、イエスの先祖で、聖霊に満たされたダビデ王が書いたとされる聖書の詩篇も、神の言葉であると言えると思う。
特に・・・というのではないが、詩篇23篇と91篇は、常に唱えれば、神の強大な保護と恵みを得られると言われ、ジョセフ・マーフィーもたびたび著書の中でそのことを強調している。

ただ、いかなる神の言葉も、それによって個人的な利益や名誉を得ようとするなら、それは穢れた魔道であり、それがあまりに強いと、悲惨な結果となる恐れがある。
クリシュナ自身、それを論理的に指摘し、説いているのである。
尚、田中嫺玉さん翻訳の『バガヴァッド・ギーター』はAmazonで在庫切れのことがあっても、すぐに補充されると思う。









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『エメラルド・タブレット』と響きあう至高の詩

私は別にキリスト教徒でもユダヤ教徒でもないが、至高の詩は、古代イスラエルの王ダビデが書いた、旧約聖書の詩篇の中の19篇であると思う。
ダビデが書いたとは言ったが、これは人間に書けるものではないので、ダビデの心が静寂にあった時に、神(一応こう呼ぶが)がダビデに教えたものだと思う。
尚、ダビデは、賢王ソロモンの父である。イエスもまた、ダビデの子と呼ばれることがある(イエスはダビデの子孫)。
ダビデ王は、旧約聖書の『サムエル記』、『列王記』に登場する。
詩篇19篇は、美しいだけではなく、霊感と力に満ちた詩で、何千回も読んで暗記する価値があると思う。
意味を言葉で解説すれば、ちょっとおかしくなりかねない。言葉を超えたものだからだ。
もし、深く意味を知りたいと思えば、『エメラルド・タブレット』を読むことをお薦めする。
もちろん、『エメラルド・タブレット』と旧約聖書に直接の関係は無いのだが、詩篇19篇を読むと、『エメラルド・タブレット』が流れ込んで来るのを感じるのである。
詩篇19篇の全文は以下の通り。

もろもろの天は神の栄光をあらわし、
大空はみ手のわざをしめす。
この日は言葉をかの日につたえ、
この夜は知識をかの夜につげる。
話すことなく、語ることなく、
その声も聞えないのに、
その響きは全地にあまねく、
その言葉は世界のはてにまで及ぶ。
神は日のために幕屋を天に設けられた。
日は花婿がその祝のへやから出てくるように、
また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
それは天のはてからのぼって、
天のはてにまで、めぐって行く。
その暖まりをこうむらないものはない。
主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、
主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、
主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
主を恐れる道は清らかで、
とこしえに絶えることがなく、
主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、
また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。
これらを守れば、大いなる報いがある。
だれが自分のあやまちを知ることができましようか。
どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
また、あなたのしもべを引きとめて、
故意の罪を犯させず、
これに支配されることのないようにしてください。
そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、
大いなるとがを免れることができるでしょう。
わが岩、わがあがないぬしなる主よ、
どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが
あなたの前に喜ばれますように。

下記に、『エメラルド・タブレット』と共に、天才画家・イラストレーターであるギュスターヴ・ドレが、驚くべき精緻でなおかつ荘厳な銅版画の挿絵を描いた旧約聖書の抄本と、里中真知子さんが描く、『サムエル記』、『列王記』を含む漫画の旧約聖書をご紹介しておく。









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