ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ソードアート・オンライン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

「強いから笑う」のではなく「笑うから強い」

最近のお笑いは、強制的に笑わせる技術に関してはレベルが高いと思う。
人間が、どんな時に笑うのか、冷静な分析がある。
そして、バラエティー番組はもちろん、ワイドショーやニュース番組にまで、その手法が取り入れられているように思う。
それらの「笑いを取る」ための場面を見ると、平凡な感性を持った人は、ほぼ間違いない笑える。
そして、今は、大半の人が、平凡な感性を持っている。

だが、別にお笑いが悪い訳ではないが、あまり見ない方が良いと私は思う。
私も、見たら面白いと思うし、かなり笑えるし、それは心地よいものだ。
しかし、その後、あまりいい気分にならない。

なぜか?
それ(相手の狙い通りに笑うこと)は、進歩した人間の在り方ではないからだ。
進歩した人間は、「笑う時、怒る時、泣く時は、自分で決める」のである。
今の、お笑い、ワイドショー、テレビドラマ、映画は、「笑う時、怒る時、泣く時を決められている」のである。

久々に、アニメ『ソードアート・オンラインII』の1、2話を見たが、シノン(第一級の狙撃手の少女)は、スコープ越しに見た重機関銃を持つ巨漢の男が笑うのを見て、即座に、その男の実力を見抜く。
「あの男は戦場で笑う強さがある」
お笑いで笑わされてばかりで、自分で笑う時を決めない者には、そんな強さがない。
そして、重要なことは、
「強いから笑う」
のではない。
「笑うから強い」
のだ。
シノンの見た、重機関銃の男の強さも、実はそれなのだ。

誰も笑わない苦しい状況の中で、無理にでも笑う者は強い、
なぜなら、そんな時に笑う者を宇宙は見捨てないからだ。
宇宙は、自分の意思で笑う者を必要としているのである。
だから、顔を上げて笑うと、宇宙エネルギーが集まり、全てが笑う者に従う。

それと、もう1つ、有益なことを言おう。
笑うと同時に、ガッツポーズをすれば、流入するエネルギーは8倍化する(人によって多少違うが)。
具体的には、顔を上げて笑うと、首の後ろから宇宙エネルギーが流入するが、握った拳を上げると、頭頂部からもエネルギーが流入するのである。
笑顔とガッツポーズをしながら念じたことは大抵叶う。
何で皆、こんないいことしないのだろう?













当ブログ著者、KayのAI書。
英語の諺に、
The proof of the pudding is in the eating.
(プディングの味は食べてみないと分からない。)
というものがあります。
食べたら、簡単に分かるのです。
AIも同じです。
自分でやってみれば(作って使えば)簡単に分かります。
本書は、楽しいAI体験を通して、AIを理解し、そして、自分で実用AIを作ることが出来るように書かれています。
そのために、数学、プログラミング、難しいAI理論は必要ありません。
Excelが使えるくらいのスキルがあれば十分と思います。
本書のほぼ全ての実習のためのデータが作れるExcelマクロを無料でダウンロード出来ます。

VRゲーム世界のヒーローに学ぶ

この世界が、偶然に出来た世界だとか、全能の神が作った世界だとしたら、自分の意思で上手くやっていくにはどうすれば良いか知ることは、かなり難しいかもしれない。
しかし、この世界が、『ソードアート・オンライン』のゲーム世界のようなVR(仮想現実)ワールドだとしたらどうだろう?
確かに、その場合も、このVRワールドを作った者は、我々よりはるかに優れているのだから、そう簡単に道を開くことは出来ないかもしれない。
しかし、逆に、我々にも分かるようなヒントを与えているのではないかと思うのだ。

例えば、『ソードアート・オンライン』が支持を集めているというなら、この作品には、実はVRワールドである現実世界の攻略のヒントがあるのかもしれず、この作品のヒーローのキリト君に倣えば勝てるのかもしれない。
では、キリト君は、どうやって勝ち続けているのだろう?
それは、彼がアビリティ(技量)を高めたからであり、そのために、彼は長い時間を注ぎ込んだのだ。
そして、私なりに世界を見ても、何かに時間を注ぎ込んだ者が技量を高め、そして、勝っている。
他にも、キリト君に特徴はあるだろうか?
それは、不屈であることや、思いやりがあること、利他的であることなどだ。
こう言えば、「なんだ、いいやつになればいいのか?」と思うかもしれないが・・・その通りである(笑)。
ただし、見かけ上のいいやつでは駄目である。
そこらは誤魔化しが効かないのだと思う。

そして、いろいろ考えてみるに、このVRワールドで上手くやっていくには、あまりに古典的であるが、最も必要なものは積極的な心構えである。
もう嫌になるほど古いのだが(笑)、自分に打ち勝ち、悪いことをせず善いことをすることだ。
そのためには、「やせ我慢」をしなければならない状況になる場合が多いと思う。
どんな人だって、投げ出したくなるような逆境に追い込まれることがあるが、そこで打ちひしがれて泣いてんばかりいたら、もう終わりである。
やせ我慢をしてでも立ち上がって、進まなくてはならない。
本当に宗教か道徳の時間のようだが(笑)、このVRワールドでは、『水戸黄門』の主題歌『ああ人生に涙あり』のような当たり前のことを笑う風潮が流行ってしまっているのだろう。
そんなウイルスのようなプログラムに打ち勝たねばならない。
そして、このVRワールドでは、元々、そんな(心が歪んで、正しいことを笑うようになる)ウイルスが活動するようになっているのかもしれない。
しかし、ワクチンのようなものもあるのだろう。
例えば、ノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極的考え方の力』という本で、40歳の男が打ちひしがれ自信を失くした状態でピールに相談に来た際、ピールは、聖書の言葉、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」という言葉を、その男に教え、男は立ち直りに成功する。
この言葉、あるいは、この本がワクチンのようなものだ。
ただし、いかにワクチンがあっても、結局は、それを生かすのは自分の意思であるというのが、このVRワールドの決まりなのだ。

この世界が、実はVRワールドであるということを描いた映画『マトリックス』を、ただ楽しむだけでなく、深い示唆を得た人も多いが、それもまた、この世界というVRワールドの製作者や管理者の意図かもしれない。
なら、『マトリックス』や『ソードアート・オンライン』をよく見て、自分なりに学ぶことである。

そして、秘儀があるとすれば、宗教家は天命と言うが、我々は世界に対して何かをしなければならないうのだが、それは、あくまで、このVRワールドの製作者や管理者の意図に適っていなくてはならない。宗教的には「神の意の通りになりますように」である。
宗教的な学びが好きであれば、『新約聖書』や『バガヴァッド・ギーター』を、このVRワールドの攻略本みたいに使えば良い。
『積極的考え方の力』などは、低ランクの攻略本なのであるが、解り易いとは言えるだろう。
この世界でのキリト君になることだ。
そうすれば、きっと、アスナやシノンのような可愛い女の子達も現れるさ(笑)。もちろん、女性なら、アスナやシノンに「本当に」なれるのである。












当ブログ著者、KayのAI書。
高給な職業の1つに「予測屋」というものがあります。
あまり知られていませんが、政府や大企業は、高度な予測屋を高給で雇っています。
精度の高い予測が出来る者は、希少で価値が高いのです。
言い換えれば、他のことではかなり優秀な人間でも、予測は下手なのです。
AIは、人間が苦手な予測を高度に行うために作られました。
ならばAIをうまく使えるなら、やはり希少価値の人材になれます。
本書は、数学、プログラミング、AI理論なしで、Excelが使えるスキルがあれば、実用的なAIを自分で作れるようになることを意図して書きました。

超能力が論理的に可能な世界

超能力現象の存在を否定する科学者の言い分は、「それは物理法則に反している」というものだ。
空中で支えを失ったリンゴは、空気抵抗を無視すれば重力加速度による初期速度ゼロの加速度運動をする他はあり得ない。
でないと、ニュートンは力学の法則を作ることは出来なかった。
だが、高性能なHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を頭に装着して見る、リアリティの高い3次元のVR(仮想現実)世界では、木の枝から離れたリンゴが落下せずに空中に浮かんだり、それどころか、上方に飛んで行こうが、プログラム次第で自由自在である。
もちろん、物理法則に忠実に作ったVRでは、リンゴは現実世界と同じような運動しかしないけどね。

そして、この現実世界そのものが、極めて高精度に作られたVR世界なのではないかという考え方があり、それを「シミュレーション仮説」と言う。
我々が知っているVRでは、まだ自由度が少なく、身体の動きは現実世界に縛られている。
しかし、『マトリックス』や『ソードアート・オンライン』のように、意識が仮想世界に入り込んで(「フル・ダイブ」と言うようだ)しまうことが出来れば、もはや、我々は、自分が現実世界にいるのか、仮想世界にいるのか区別が付かない。

意識が仮想世界にダイブ(沈み込む)する方法としては、『ソードアート・オンライン』のように、HMDのような形状のデバイスを頭に装着するだけでは難しいかもしれないが、脳内に特殊なチップを埋め込むことで実現出来る可能性があり、アメリカのニューラリンカ社では、そんなチップを開発して動物実験を重ね、人間への臨床実験の許可を政府機関に申請している。
他にも、精神をコンピューターの中に転送する「精神転送」という方法もあり、理論上は可能であるようだ。

ところが、この世界は最初から「シミュレーション仮説」が実現している世界、即ち、「シミュレーテッド・リアリティ」であると考える知識人も増えている。
研究者によっては、地球をシミュレート出来るコンピューターを作ろうと思ったら、宇宙にある全ての物質を使っても足りないと計算したことから、この世界がシミュレーテッド・リアリティであることを否定したという話があるが、どんな計算かを沢山の研究者が検証したという話はあまり聞かない。
数十年前には、人間の脳と同機能のコンピューターを作ったら月の大きさになるという説が有名だったらしいが、既にスーパーコンピューターは人間の脳を超え、パソコンも数年で追いつくと言われているし、そう遠くなく、角砂糖一個の大きさのコンピューターが、人間の脳の1憶の1憶倍高性能になるという著名な研究者の話もある。

確かなことは分からないかもしれないが、この世界は、VRであるシミュレーテッド・リアリティである可能性はあるだろう。
現実世界そっくりな仮想世界(「デジタル・ツイン」とか言う)に、ダイブして生活するという構想は、かなり現実的になっていて、そうなれば、何が現実で何が仮想かは、感覚だけでは区別出来ない。
それを考えると、この世界がシミュレーテッド・リアリティであるというのは、そう荒唐無稽ではない。
ただ、そうであるとしても、世界は物理法則に従うようプログラムされているのだろう。その方が、いろいろ都合が良いに違いない。
物理学を理解している者にとっては、例えば、ユリ・ゲラーがスプーンを念力で曲げるという現象はあり得ないことになるが、何かの理由で、ユリ・ゲラーはシミュレーテッド・リアリティの世界の設定を変更出来るのかもしれない。それが、ゲラーの意思か、それとは別の原因によるものかは分からないがね。

では、我々は、シミュレーテッド・リアリティの設定を変えられないのだろうか?
普通に考えれば、それをみだりに行うことは出来ないようになっているはずだ。
しかし、それを行うための、何らかの手順は用意されているかもしれない。
物理法則には反しないながらも、自分の意思によって、シミュレーテッド・リアリティで起こる出来事を操作出来るかもしれず、それが「引き寄せの法則」と呼ばれるものだろう。
だが、どうやらそれは難しそうだ。

我々は、シミュレーテッド・リアリティの世界を操作出来ないのだろうか?
これに関し、新約聖書の福音書に、興味深い話がある。
イエス・キリストの弟子達が船に乗って沖にいると、イエスが岸辺から湖の上を歩いてやって来た。
イエスは、シミュレーテッド・リアリティを操作出来るのだと考えられる。
それを見て感動した弟子のペテロが、イエスに「僕にもやらせて下さい」と言ったら、イエスは「お前には出来ない」とは言わず、「よし、来い」と言った。
すると、ペテロも水の上を歩けたのである。
しかし、ペテロが、「沈むのでは」と恐れると沈み始めた。
それを見てイエスは、「信念のないやつだ。そんなことでは駄目だ」と窘めた。
シミュレーテッド・リアリティを操作するには、信念というか、心の強さが関係するのかもしれない。













当ブログ著者、KayのAI書。
数学、プログラミング、AI理論が分からない人でも、WindowsやExcelが使える程度のスキルがあれば、ほぼ無料で、自分で実用的なAIを作ることが出来るようになるための本です。
コンピューターオタクでなくても分かる言葉と事例で入門し、その後も、実用AIを作るスキルを楽しく得られるよう、面白いテーマで実習出来ることを心掛けました。
ほぼ全ての実習のためのデータを作れるExcelマクロを無料でダウンロード出来ます。

人生は芝居、あるいは、バーチャル・ゲーム

インドや中国では、古代の賢者達がそう言ったからかもしれないが、人生は夢のようなものだという考え方があると思う。
日本でも、室町時代の歌謡集である閑吟集(かんぎんしゅう)に、「なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ(人生は夢だ。深刻にならずただ狂え)」というものがあり、それはインドや中国の(仏教や道教の)影響もあるだろうが、やはり、人生は儚い夢と考えることもあるのだと思う。
私の場合は、誰かに教えられた訳でもないと思うのだが(実際は何かの影響はあったかもしれないが)、子供の時から、人生は芝居の舞台のようなものだと思っていた。
我々は皆、舞台で演技をする役者なのだが、人生が芝居であることを忘れてしまっている。
しかし、舞台での自分の役割が終わると・・・即ち、死ぬと、普通は、「ああ、これは芝居だった。つい真剣になって本物の世界だと思い込んでしまった」などと言うのだと「解っていた」。
芝居が終わった後の世界のことがよく分からないような気もするが、そうでないと芝居が面白くならないのだろう。

アイルランドの「20世紀最大の詩人」と言われたW.B.イェイツも、やはり人生は芝居だと思っていたのかもしれない。
彼は、人々が自分が舞台の役者であることを忘れ、ハムレットやリア王のように悩んでいる様子を滑稽だという詩を書いている。
だが、優れた役者・・・即ち高度な人間は、人生が芝居であることを自覚し、「良い役者は(観客は泣かせても)自分が泣いたりしない」と詩の中で述べている。
映画『燃えよドラゴン』で、ブルース・リー演じる、少林寺の拳法の達人リーが師に、「良い闘いは少人数で真剣に演じる劇に似ている」と言ったのも、何か面白いと思う。

いかに人生が芝居だとしても、盗みでもやったら、かなり嫌な役割になる・・・いや、実は、盗みをするのも、その後、悪い展開になるのも既定のシナリオであるのかもしれない。これもまた、古代の賢者達がよく言ったことである。

じゃあ、辛い役柄にある人は、どうすれば良いかと言うと、先程の閑吟集の歌のように、「真面目くさってないで、ただ狂え」ということになる。
また、やはり上で取り上げたイェイツは「リア王もハムレットも陽気なのだよ」と言う。つまり、悲劇を演じていても、醒めているばかりか、内心では演技を楽しんでいるのである。
芝居なんだから、隣の美人の奥さんにちょっかいを・・・出したら、まあ、ロクでもない展開が待っている。しかし、そんな役割が決まっているなら避けられない。
ラマナ・マハルシは、「働く運命なら仕事は避けられないが、働かない運命なら、いくら探しても仕事は見つからない」と言ったらしい。
なら、ニートも運命なのであるから、ニートも、その親も、真面目くさって深刻にならず、陽気で・・・とは、なかなかいられない。普通の人は三流の役者なのだ。

もちろん、現代では、人生は芝居というより、バーチャル・ゲームであるという認識に進みつつある。
『ソードアート・オンライン』などを見て、隠しコマンドを探してみても良いかもしれない。
そういえば、昔にだって『ゲームの達人』なんてものがあったのだよ。








迫り来るディストピアに打ち勝つには

何かで読んだが、ある途上国のGNPの大きな割合が麻薬の輸出によるものなので、同国で麻薬を作るのをやめさせることは出来ないらしい。
また、やはりどこかの途上国に旅行した日本人が盗難被害に遭い、警察に訴えると、警察は「持ち物の管理をしないお前が悪い」と、とり合ってくれなかったらしい。この国では、泥棒をしないと生きていけない人が沢山いるのだ。
ついでにもう1つ。ある国(やはり途上国と思う)の企業が、日本の企業に商品を発注し、納品を受けた。だが、その代金を払わずに踏み倒した担当者が、会社に利益をもたらしたとして、表彰されたという。そういうことをしないと、会社を維持することが出来ないのだ。だから、その「踏み倒し屋」は、会社を救った英雄というわけだ。
これらの話を本に書いた著者達は、だから、善や悪というものは、場所によって全く異なるのだと主張していたように思う。

だが、そうだろうか?もちろん、非常に難しい問題であるのは確かで、上記のような主張を否定出来ないとしても、少なくとも、そんな言い分を安易に受け入れるべきではない。
世界中の人が平和に暮らすことが可能かどうかは、分からない。
ジョセフ・マーフィーやウォレス・ワトルズの本を見ると、資源的には、それは十分過ぎるほど可能だという。
例えば、現在、世界では1日4万人が餓死しているというが、日本では食料の半分以上が消費されず廃棄されているのだがから、輸送その他の経費をとりあえず無視すれば、そのくらいの人数は軽く救える。また、飢餓状態にある8.5億の人も、日本だけで、6千万人分の食糧が余っているし、アメリカでは貧困層でも丸々と肥満しているのだから、もっと余っていると考えられるので、この2国だけで、世界中の人達を最悪の飢餓の状態からは救えると考えられる。
ものごと、そう簡単にはいかないにしても、無理と決め付けてしまうのは間違っているだろう。

AIが発達すると、Aは全ての人間を監視出来るようになる。
Googleは、全ての人のGmailの中身や、クラウドに登録したデータを、AIが閲覧していることを認めているが、その他のGAFMAも似たり寄ったりか、それ以上と思う。
日本は政府がITに弱いのでそうではないが、アメリカ、ロシア、中国では、国家がそれを行ってる。
国家の秘密警察や国家保安部による国民監視には、国の繁栄の目的もあるのだが、支配者の利益を増大させる目的が強い。
しかし、もし、Googleなどが善意の目的で、AIやビッグデータを使えば、人類を幸福にする道は開ける。
ここで、考えるべきことを1つだけ述べる。
それは、AIの力で世界を幸福にするためには、我々のプライバシーが、AIに対しては公開されることが必要だということだ。
Googleは、AIは見ても、人間は見ていないと発表している。とはいえ、Googleのトップ達は、自分達のプライバシーを隠すやり方は知っているだろう。
そして、ロシアや中国の場合、支配者は、国民のプライバシーは見ても、自分達のプライバーは鉄の扉で完全に守る。
これは、どういう意味だろう?
簡単な話で、穏便な言い方をすれば、情報公開だが、もっと当を得た言い方をすれば、プライバシーを丸裸にされるのは、庶民だけで、偉い人達はそうではないということだ。
そりゃ、会社や官庁でも、情報の透明化を謳っても、情報を透明にされるのは、偉くない社員や職員で、偉い人達は、パソコン内の情報すら検査されることはない。「そこに機密情報があるから」なんて綺麗事を言ってね。

そして、話はそれだけで終わらない。
これから、ますますテクノロジーが進歩し、AIや、それに、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)の技術が発達すると、地球まるごと、人類まるごとのデジタルコピーが必ず作られ、世界は、リアルとバーチャルに完全に別れ、バーチャル世界が主になる。
そうなった時の、プライバー格差は、今の経済的な格差をはるかに超える不平等をもたらす。
特権層は、バーチャル世界で神にも匹敵する幸福を享受するが、我々庶民は、一切の自由を奪われかねない。
その自由の剥奪振りは、秘密警察によるものどころではない。
偉い人達のコマンド1つで、我々はどうにでもされる。
『ソードアート・オンライン』では、キリト達は、ネット世界のスキルで高位の権限を得たが、そんなことは出来ないのだ。
そんな訳で、出来るだけ、AI、インターネット、VR、AR、MR等の勉強をした方が良い。
今年4月に、私が数学講師と共著で出す書籍では、まず、誰もがAIを実戦的に作れるノウハウを提供しようと思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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