ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

セールス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

これで駄目男、駄目女を卒業出来る

ものごとがうまくいかない理由の大半は、肝心な人が思うように動いてくれないことだ。
しかし、他人を操るとか、コントロールするというのではなく、名人や達人というのは、相手が好ましく動いてくれるように出来るのである。
簡単に言えば、下手なナンパ男というのは、女の子に無視されたり、拒否られたりするだけだが、別にイケメンでも何でもないのに、声をかけてからデートに誘ってしまうまで、相手の女の子が全く抵抗しないような人がいるだろう。
武道だってそうなのだ。
本当の達人というのは、相手が全く逆らわず、楽しんで投げられてくれる。もちろん、達人も、相手に怪我なんかさせたりしない。
営業も全く同じだ。
下手なセールスマンに対しては、見込み客は、防御に徹するか、露骨に拒否の姿勢を見せるかだ。
ところが、達人セールスマンに対しては、全く抵抗をしない。
だが、その達人セールスマンは、あと一押しで売れるところで引き上げることがよくある。
理由を聞いたら、彼は笑顔で、
「必要になったら、向こうから連絡してきますよ。今は必要ないので、売らないのです」
と言う。

なぜ、達人のようにいかないかというと、単に、訓練の問題だ。
多くの人が、家庭や学校、あるいは、テレビで、拒否されるように訓練されているのだ。

格闘漫画・アニメに夢中になった子供は、自分が戦うシーンを想像するはずだ。
ところが、その内容は、こちらの攻撃に対し、相手が反撃し、それを力で抑えて敵を叩きのめすというものになるだろう。
格闘に限らず、様々なことで、そんな誤った想像、あるいは、シミュレーションを重ねてしまっているのだ。
だから、抵抗があるのが当たり前で、現実世界では、相手が自分より上手に見えると、自分が負けるイメージが出来てしまう。
たとえ、自分が勝つ場合でも、相手をねじ伏せて勝つイメージが出来ていれば、相手は抵抗し、勝つために大変な苦労を必要とし、しかも、勝った後で問題を残してしまう。

健全な想像、シミュレーションの練習をすると良い。
可愛い女の子やイケメンの男性に話しかけ、相手が微笑みとともに好ましく反応してくれるが、こちらも、相手を敬い大切にするのだ。
だが、駄目男、駄目女は、相手をちゃんと敬ったり、大切にしたりが出来ない。自己中心的に考え、自分だけが都合が良いことをイメージし、相手ではなく自分が敬われること、自分が大切にされることしか頭にない。そんな者は、何をやってもうまくいかず、哀れだ。まず、相手に奉仕する想像から始めると良い。徹底的に尽くす想像が楽しくなれば、うまくいくだろう。











潰しが利く(つぶしがきく)話

「潰しが利く(つぶしがきく)」という言葉を、私は長い間、理解出来なかった。
解るようになったのは、何度も転職してからだ。
高校生の時に読んだ漫画の中で、数学教師の父親が、医学部志望の高校生の息子に対し、
「教師は潰しが利かない。その点、医者はいい」
と言うのが、本当に、全く理解出来なかった。
まあ、今思えば、医者だって潰しが利かないのだが、潰す必要がないってことだろう。
ちなみに、「潰しが利く」とは、持っている能力が多くのことに転用出来ることで、特に、他の職業でも応用が利く職業能力のことを言う。
「教師はつぶしが利かない」というのは、教師の能力は、他の職業で通用せず、教師をやってて、ある程度の年齢になってしまえば、もう一生、教師以外は出来ないという意味だ。
実際、教師は潰しが利かない傾向はあると思う。
アメリカでは、教師ほど応用が効く職業はないと言われているらしいが、それは、アメリカでは教師は少しも偉いと見なされないという事情があるからと思う。
日本では、新卒の若者すら、「先生」と呼ばれて自尊心を満足させてしまうが、そもそも、それが潰しが利かない最大の原因ではないかと思う。

スポーツでは、陸上短距離のウサイン・ボルトがサッカー選手を目指しているらしいが、さすがに、一流サッカー選手にまでなれるかどうかはともなく、走力は、あらゆるスポーツの基礎で、野球の上原浩治さんのように、陸上競技出身のスポーツ選手には有利な点が多い。
だから、どんなスポーツを目指すにしろ、まずは陸上という考え方もあると思う。
相撲や柔道は、能力的には、あらゆる格闘技に通用しそうだが、相撲も柔道も、倒れた相手への攻撃をしない習慣が邪魔になることがあるし、プロ格闘技の、時に、汚さが必要な駆け引きに馴染めないと、全く適応出来ない。

では、最も潰しが利く職業は何だろう?
自己開発プログラムのSMIを開発・販売するSMI社の創業者ポール・マイヤーによれば、それは「セールス」だと言う。
その意味は、いかなる職業も、根本は売り込みだからで、スポーツ選手だって、いかに優秀でも、自分を売り込む力がなければ、特にプロでは成功出来ないと言う。
まあ、ある意味、そうであるとは思うし、私も、自分がセールスをやった経験から言っても、かなり実感するが、「では、セールス能力の何が、他の職種で生きるか?」と言えば、むしろ、忍耐力、根気、そして、自主性、そして、何より「現実性」である。
セールスほど「現実を思い知る」職業は、そうはないと思う。結果が全ての職業で、「がんばっているかどうか」は、1%も考慮されない仕事であるからだ。

ところで、最も論理的な数学者、あるいは、数学教師は、さぞ潰しが利くと考えられるのだが、数学者こそ、「潰しが利かない職業の代表」なのである。
学問に関係する職業の中でも、特に、数学者や数学教師は「頭が良い」と言われて、プライドが高くなってしまうのが最大の害悪だが、それでも、本当に能力が高ければ何とかなりそうなものだが、それが、どうにもならない。
つまり、仕事っていうのは、理屈でやれるものではないということだ。
いや、もちろん、どんな仕事でも理屈は必要だが、それよりも、もっと大切な能力があるのだが、数学者のように、理屈の能力をいびつなまでに肥大化させると、他の能力が身につき難いのだろう。
そして、世の中は、数学的な理屈では動かない。
しかし、プログラマーの理屈、すなわち、「アルゴリズム」は万能と言われる。
アルゴリズムとは、処理手順とでも言うものだが、プログラムで表現していること自体がアルゴリズムだ。
プログラミング能力が増すほど、アルゴリズムを考え、構築する能力も高まる。
プログラミングをやると、IT全般、また、AIだって理解し易くなるが、それは、コンピューターに対する理解力が高まるということもあるが、やはり、アルゴリズムという理屈の能力が高くなるからだ。
一方、これは私も不思議に思ったが、評価の高い数学教師がプログラミングが出来ないということがよくあるのである。
いや、本当に能力がない訳ではないが、彼らが誇りを持っている数学的論理思考は、やはり、少しも潰しが利かないのかもしれない。
人類最高の数学者の1人であった岡潔は、数学には情緒が必要と言ったが、それは、感情の中に高度な何かがあるという意味であり、数学者が情緒的という意味ではないと思う。

私は、過去万能と言われたセールスマンと、現在、万能と言われるプログラマーの両方であるのだが、もちろん、万能とはほど遠い。
しかし、これらを、もしやらなかった私と比べれば、千万倍も万能である。
だが、今は、セールス力よりは、共感力と想像力(あるいは創造力)だ。
そして、真のセールス力も共感力と想像力なのだ。
だから、今の世の中、初音ミクさんが分からないと、時代に取り残されるのである。
ところでだが、本当に万能な力は熱意である。









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彼女の涙は本当に美しかったのか?

失敗したら、がっかりしたり、悔しかったり、あるいは、恥ずかしいと思う。
どうしても成功したかったことの場合、なかなかそれが消えず、やがて、怒りに変わる。
その時、何に怒るかで、自分の値打ちが決まる。
成功のために、けなげに、涙ぐましいまでの必死の努力をした場合、失敗の要因には不運というものが認められる場合が多い。
その分、嘆きも大きくなる。
しかし、「運も実力」と言うし、そもそも、不運は、あって当然である。
不運を嘆くうちは大したことはできない。
また、一般には、努力不足の自分に対して怒るのが健全とされる。
一応は真っ当だが、無理に努力しなければならないなら、得るべきものではないのだ。
つまり、最初から、目標が間違っていたのだ。

では、何に対して怒り、どこに、このやるせない気持ちをぶつければ良いのだろう。
それは、ただ1つ。
成功を予測していた甘い自分に対してだ。
成功して、周りの人達に「おめでとう」なんて言われている様子を思い描いていた、どうしようもなく甘ったれた、愚かで知恵のない自分に対して大いに怒らなければならない。
だが、そんな甘ったれた人間になるよう誘うものが、世間にはいかに多いことか。
近藤真彦さんのミリオンヒット『ミッドナイト・シャッフル』という歌は、私も結構好きなのだが、あの中に、「天使のような悪魔の笑顔」という有名なフレーズがある。
我々を甘ったれさせるのが、天使のような悪魔の笑顔ではないかと思う。

私は、システム開発の仕事を請け負った時、うまくいくと思ってやったら、大抵、まずい結果になり、悲惨を味わった。
逆に、どう考えてもうまくいくとは思えず、納期が恐ろしいと思っていたら、不思議なほどうまくいった。
もちろん、失敗したらタダでは済まないので、「どうでもいいや」なんて言ってられる状況ではない。
また、私はプログラマーをやる前にセールスマンをしていたことがあったが、見込み客のところに行く時、「あの客は絶対に落とせるぞ」なんて甘ったれた考えで行けば、この前まで好意的だった見込み客が豹変したと思えるほど厳しく断られた。
逆に、全く見込みがあるとも思えず、行くだけ時間の無駄だなあと思いつつも、行くしかないといった場合には(会社には「契約できるまで帰ってくるな」と言われている)、すぐに向こうが進んで契約書にサインしてくれた。

セールスマンが契約を取ってこなくても殺されたりはしないと思うかもしれないが、やっている本人としては、殺されるような気分なのである。
なら、殺されてやると思うしかない。
私は、買う側として若い女性セールスマン(新入社員だという)と交渉したことがあるが、私は彼女の競合相手を選び、彼女には断りをしたことがある。
彼女は、笑顔で、これまで(計10回位の交渉)相手をしてくれたことを感謝したが、涙を流していた。
以前は、良い涙だと思ったが、今はそうは思っていない。
薄汚い、卑しい涙だ。
彼女が、あんな企画・提案、交渉で買ってもらえると思っていたとしたら、あまりに甘いのである。
きっと彼女は、見事契約して、上司に誉められ、同僚に賞賛され、同期の新人達に羨望の眼差しで見られでもしたかったのだろう。
だから、悔し涙が出たのだ。
自分は失敗して当たり前で、結果、上司には罵倒され、同僚には見下され、同期の者達に嘲笑される。
それを受け入れていれば、泣いたりはしない。
実際、あの時、私は罪の意識を感じたものだが、そんなものを感じさせる時点で失格である。
実は、そんなことが3度あった。
一度は、相手は、ある有名なIT企業だったが、担当の素晴らしい美人の外交員は、断られて意外という顔をしていた。
しかし、競合他社は2000万円の見積りなのに、貧弱な提案で5000万円の見積りを持ってくる恥知らずをやっていたにも関わらずである。
実際、多くの場合、負けた方のセールスマンが「我々の提案のどこがいけませんでしたか?」と尋ねてくる。
それも、会社に命じられて仕方なく聞いているというより、本気で質問していると感じられるのである。
そんな時は、ほとんどの場合、「アンタのその提案で本当に注文してもらえると思ってたの?」と思い、呆れてしまうのである。
あまりに甘いのである。
我々は、甘ったれた自分に怒ることを覚えなければならない。









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改めて言われてはっとすること

当たり前のことを言われて、はっとするとか、どきっとする時がある。
当たり前のことなのだが、それを忘れていたり、あるいは、無意識に無視しようとしていたからだろう。
それをはっきりと言われてみて、改めて、「確かにそうだ・・・」と心の中で、しみじみ思うのだ。
だが、それに近い感覚を起こさせる偽者もある。例えば、「女は所詮、顔よ」「やっぱり学歴だよ」などである。そう思えることもあるかもしれないが、やはり心の中にすっきりしないものを感じるはずだ。

私が初めてやった仕事は家庭向けセールスだったが、上司であるスーパーセールスマンに言われた一言が今も胸に残っている。それは、
「努力する人には敵いませんよ」
だった。
彼は、その時はマネージャー職だったので、ほとんどセールスには出なかったが、元は全国屈指のセールスマンだった。その時、彼はまだ26歳の若さだったが、意志の強さ、落ち着き、頭の回転の速さ、巧みな会話、スリムな身体つきだが体力もあり、まさにザ・セールスマンとしての資質に溢れていた。
そんな彼が、現役セールスマンだった時、どうしても敵わなかった相手がいたという。その相手というのが、40歳も過ぎたおじさんで、普通の人よりずっと話下手で、ボソボソとしか話せず、ほとんど何を言っているのか分からないほどだという。おとなしくて、気も弱い。全くセールスマン向きでないのだ。そんな男に、月間の成績で一度も勝てなかったという。
そんなことがあったから、我が上司だったスーパーセールスマンは「努力する人には敵わない」と、本当にしみじみと言ったのだ。
そのおじさんのセールスマンが、インタビューに応えて言ったのは、自分には能力がないことが分かっていたので、とにかく、訪問件数で勝負するしかないと、普通の人の何十倍もの訪問をしたようだ。セールスの訪問が、特に、家庭向けの場合、どんなに厳しいものかは、経験しないと分からない。たまたまやってきたセールスマンに、「忙しい時になんだよ!」「呼んでないよ、帰ってよ」と、厳しい言葉を浴びせたことのある人は少なくないだろう。言う方は一度だが、セールスマンは1日中、そんな言葉を受けるのである。ちょっと嫌なことを言われて「傷付いた」と落ち込むような人が多いが、彼だって、別に鈍感な訳ではなく、全く同じ心を持った人間なのである。それは確かに厳しく、私のいた職場では、10人の新人セールスマンが入ってきても、翌月、1人残っているかどうかだった。そんな厳しい訪問を、1日、何百と行う精神力はやはり凄い。そんな忍耐、努力が、絶望的に思えるほどの能力の差を逆転し、勝ち続けさせたのである。

ただ、私は別に根性論を説く気もない。
そこまで努力して、全国1位のセールスマンになったとしても、所詮は企業の奴隷である。そんな努力家のセールスマンを企業は美化して宣伝したがるが、そんなセールスマンが幸福になったというためしは無いと思う。
私も、上に述べた通り、猛烈セールスマンを経験したし、セールスコンテストで優勝したこともある。元々が引きこもり気質でセールスマン向きでないこともあるが、やはり厳しいもので、仕事そのものが楽しいと思ったことは決してなかった。
まあ、おかげで、保険会社のテレビCMが全部欺瞞だって分かるようになったり、他の様々なことと合わせ、世間そのものが嘘だということを実感できたことは、悪いことではないと思う。
無理な努力をして、成果を上げると、かえって心が狭くなる。それを克服するのは、なかなか大変だった。
そして、過ぎた努力というのは、世間では崇拝されるような、金メダルを取ったり、プロスポーツで活躍したり、高収益の企業を作る者も含め、所詮は我欲とか、未来の不安や恐怖がさせるものなのだ。
世のため、人のために、神の道具として働く者は、はた目からは大変な努力をしているように見えても、本人としては何もしていないのである。もし、本人が努力と思っているなら、どこかに名誉欲のような我欲があるのである。

ゴッホは、1年に百枚以上の絵を制作したが、儲けようなどとは全く考えていなかった。実際、生涯で1枚も売れなかったが、そんなことに構わず描き続けた。だが、私に言わせれば、彼もがんばり過ぎた。純粋な創作の衝動と共に、やはり、自分を認めてくれない世間や、あるいは、同じ売れない画家でありながら、彼の作品に関心を持ってくれなかったセザンヌやルノワール、そして、ゴッホと対立したが、多少は売れたゴーギャンらに対する反感と、やはり、認められたいという心の奥の切望が、彼を無理に突っ走らせたように感じるのだ。彼も、スピードを落とし、心を安らかにしていれば、自殺することもなかったし、生活においても豊かになれたと思うのである。

実は、「改めて言われてはっとすること」というテーマで、全然別のことを書く気だった。
昔の仕事のことを思い出しているうちに、ついつい固い話になってしまった。夜には、同じテーマで、もっと楽な話をしようと思う。









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