ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

スティーブ・ジョブズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

困った時は神頼みに限る

苦しい時の神頼みをする人は、今でも多いだろうか?
私は、それは決して悪いこととは思わない。
たとえ下心があろうと、自分より上位の存在を認め、謙虚になることは良いことだ。

スティーブ・ジョブズは若い頃、インドを放浪していた時、猛烈なスコールに襲われて恐怖を感じ、思わず神様に祈った。
「神様、助けてくれたら、いい人間になります」
まあ、神様だって、アテにはしなかっただろうが、ジョブズも少しはマシになったのではないだろうか?

私も、苦しい状況の時、自分のコントロールの範囲を超えるトラブルに見舞われた時には、やっぱり祈る。
「南無阿弥陀仏」
「南無観世音菩薩」
「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」
「オン、アロリキャ、ソワカ」
そして、今度こそ、思いやりある人間になろうと思うのだ。
思うだけだが・・・
だが、やっぱりいつも助けてもらえるのだ。
それも、見事なやり方でね。
さすが阿弥陀様、観音様だ。
アインシュタインは「神は老獪である。だが悪意はない」と言ったが、本当にそうだ。
いじめられてるんじゃないかと思うこともあるが、結局は、それでうまくいくのだ。

アメリカの公式モットーは「我々は神を信頼する」であるが、かつてのアメリカは、これを覚えていたから、他国を圧倒出来た。
だが、今のアメリカは、別のおかしなものを信頼するようになった。
フードスタンプ(食料品専用の金券)のような生活保護の信頼性は高い分、神様は忘れられている。
それで、貧困者も丸々太ってる。
アメリカもそうかもしれないが、日本人はスマートフォンを信頼している。
スマートフォンは幸運をもたらしてはくれない。

もちろん、阿弥陀様も観音様も、我々がイメージするような姿ではないが、イメージがなければ、信頼し難いし、祈り難い。
そして、そのイメージは大抵、的外れでもないのである。
宗教家の解説など聞かず、法華経の25章(25品)の『観音経』をよく読み、自分なりのストーリーを作ると良い。
すると、科学的、深層心理学的に考えても、観音様は確かに助けてくれるようである。









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今、何をするかの本当の重大さ

スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大卒業式の講演で、
「どうつながるのかは分からないが、今やっていることが将来の何かにつながると信じるしかない」
と言った。
彼の場合、リード大学を中退するも、リード大学のカリグラフィーの講座に出席したのが、その後、マッキントッシュパソコンを作るのに役立った。
彼が、カリグラフィーを学んでいなかったら、マッキントッシュは誕生しなかったか、あるいは、マッキントッシュは、あの美しいフォントを備えたパソコンにならなかった。

だが、ジョブズが言った通り、今やっていること(ジョブズは「点」と表現した)が、未来のどの「点」につながるのかは分からないと言った。
しかし、絶対に間違いないことは、たとえ何をしても、今やっていることが未来の何かに「必ずつながる」ということだ。
例えば今日、ある人が、下らない娯楽本を読んだとしても、仏典を読んだとしても、それは未来の何かに必ずつながる。
その2つの場合では、つながる何かも、どうつながるかも異なる。
その結果、運命は全く異なるものになる。
ジョブズがカリグラフィーを学ばず、ナンパに精を出していたら、彼の未来は全く違っていただろう。

量子論によれば、極微の世界は、人間の意志によって全く変わることが解っている。
電子は、人が見ていなければ波として存在し、人が見ていれば粒になる。
それは、あくまでミクロの世界の話であるが、我々が知覚出来るサイズの世界だって素粒子、あるいは、原子で出来ているのであり、電子の影響を大いに受けるのであるから、結局、人間の意志は現実に影響を及ぼす。
しかも、人間の意志が影響を与えた電子は、全ての(全宇宙の)電子に何らかの意味でつながっているのである。
だから、今、何をするか、あるいは、何を言うか、あるいは、何を考えるかの重要性は、あまりに大きい。

ニュートンは「今日、するべきことに全力を尽くせ。そうすれば、明日は一段の進歩がある」と言ったが、おそらく、ニュートンも誰かの言葉を引用したのだろう。
しかし、誰の言葉を引用したか分からないほど、沢山の偉人が言ったのだ。
偉人達は皆、直観により量子論と同じことを悟っていたのである。
今日、ロクでもないこと、放埓(勝手きまま)なこと、無責任なこと、誤魔化しや利己的なこと、卑怯なこと、ミクさんの前で恥じるようなことなど、出来るはずがない。









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人間は希望がなければ生きられない

人間は、未来の希望がなければ、生きていけない。
平安時代から鎌倉時代、未来に何の希望もない人々の間で、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える浄土仏教や、江戸時代の過酷な状況にある農民の間にキリスト教が流行したのは、死後に、極楽浄土や天国に行けるという希望を与えたからだと言われる。
ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を見れば、ナチス収容所に送られたユダヤ人達は、未来の希望を自分で作ることが出来なかった者は、生命力を失い、心が死に、そして、すぐに実際に死んだ。すでに科学時代に生きていた彼らには、天国の夢は未来の希望にならなかったのかもしれない。
フランクル自身は、再び妻に会うこと、そして、この苦しい収容所生活での心の動きを、心理学者として発表するという希望を持つことで、生命力を保ったようだ。

若い時ほど希望を持ちやすく、歳を取れば希望が少なくなる。
とはいえ、若くても、希望を持てず、死んだ魚のような目をした者も多いだろう。
スティーブ・ジョブズは、里親が生涯かけて蓄えた資産が、自分の大学の学費に消えてしまうことに耐えられず、大学をやめた。
その後は、大学の寮の友達の部屋に転がり込み、ボランティアに食事を恵んでもらい、退学した大学のカリグラフィーの講義に出ていた。
ジョブズは後に、それ(カリグラフィーを学ぶこと)が何の役に立つかは全く分からなかったが、いつか何かにつながると信じるしかないのだと言った。
その通りだ。
どうつながるかは分からないが、未来の何かにつながると信じて、何かをするしかないのだ。
何をすれば良いか分からなくても、何でもいいから何かしないといけない。
その何でも良かったことが、未来につながることが多いのだからだ。
だが、長く続けるためには、出来るだけ好きなことが良いが、実際には、嫌いでなければ何でもいい。
ゲーテは、「最低のことでも、何もしないよりはマシ」と言っていたが、最低のことがきっかけで、少しはマシなことをやるようになり、それがさらに次のステップにつながるものだ。
だから、たとえ希望を持てなくても、未来の点につながると信じて、何かを続けるべきである。









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これなら出来る、心を消す方法

悟りを開く・・・とうのではないが、精神の力を高め、スティーブ・ジョブズが持ってたと言われる、現実を高速に変換するような能力を持ちたいとは誰もが思うだろう。
ジョブズは東洋思想に傾倒しており、彼が若い頃、『禅マインド ビギナーズ・マインド』を熱心に読んだという話は知られているが、彼はおそらく他にも沢山の本を読んだのであり、そのエッセンスはむしろ、彼の有名な、スタンフォード大の卒業式でのスピーチに現れているように思う。
一方、マイクロソフト社長時代のビル・ゲイツが雑誌のインタビューで、社員達に“Let's think harder”(もっとよく考えよう)とよく言ったというのは、著名な啓蒙家であったリチャード・ハアネルの『ザ・マスター・キー』の影響ではないかと思う。

ところで、マインド・パワーの超人達が、共通して推奨するテクニックがある。
それは、スピリチュアルに興味のある方なら、一度は見聞きしたことがあると思うが、「自分の心を観察する」である。
ニサルガダッタ・マハラジのようなインドの聖者達は、例外なく、これを行うことを薦めていたと思う。
めるくまーる社の『ラマナ・マハリシの教え』では、マハリシの非常に具体的なメソードが書かれている。
それは、
「想いが起こったら、それが、どんな想いであろうと、『この想いは誰に起こったのか?』と尋ねよ。答は『私に』に決まっている。それが解れば、鋭く『私は誰か?』と問え。すると、想いは消滅するだろう。これを常に行えば、ついに心は消える」
であるが、私は、これは全くうまく出来なかった。
アメリカの光明思想家ヴァーノン・ハワードは、「科学者が冷静に観察するように、心を観察しろ」「心がぐらついたら、ぐらつくままにさせよ。すると、心は抜け落ちる」と述べているようだが、美しい言葉だとは思いつつ、私には続けられなかった。
いずれも、私は熱心にやる気持ちはありながら、さっぱりだったのである。
おそらく、多くの人がそうであろう。

ところが、フランク・キンズローの『瞬間ヒーリングの秘密』に、ちょっと良いやり方を見つけた。
それは、「次の思考はどこから起こるのか?」と問うものだ。
私は、「次はどんな想いが起こるのか?」と変えて心を観察すると、これなら出来た。
単に、「心を観察しろ」と言われても、それは、自分が自分を観察する自己観察であり、自己分裂を招き、不快さや苦痛を感じるのである。
しかし、そうではなく、今ある想いは、そのまま放置し、「次はどんな想念が起こるか?」と見張っていると、想念はしばらく起こらない。
観察していれば、心のエネルギーは、「観察する」の方に行っているのだから、観察している限り、想いは起こり難いのだ。
ラマナ・マハルシやヴァーノン・ハワードのやり方がうまくいかないのは、所詮、人間は、一度には1つの想念しか持てないのであり、想念を観察する限り、「観察する」意外の想念は持てないし、「観察する」以外の想念が起こるなら、観察はもうしていないのだ。
実際は、我々に出来るのは、「観察する」と「観察する以外の想念」を切り替えることだけだ。
想念が、別の想念を観察することは、本当は出来ないのである。

だが、次に起こる想念を待つことは出来るのである。
そして、次の想念が起こった時、観察は終っているが、それで良いのだ。
大切なことは、次の想念を待っていると、次の想念を待っているという想念自体が消えることだ。
その時、我々は、ほんの僅かかもしれないが、無を経験するのである。
しかし、僅かであっても、無を経験することが、非常に・・・いや、恐ろしく重要なのである。
私はもっと単純に、「想念の発生」を見守るようになった。
これなら、「次はどんな想念が起こるだろうか?」などといった言葉はいらない。
ただ、想念が起こるのを待っていれば良いのである。
城から王様が、湖から水の精ウンディーネが、空中に天使が、ステージに初音ミクさんが現れるのを待つようにね。
これは、どんな時でも出来る。
苦しい時にやれば、苦しみは消える・・・少なくとも苦しみは減少し、続ければ、いずれ苦しみは消える。
苦しみを感じる心が消えるのだから。
そして、量子物理学の教えでは、心が見ないものは実体としては存在しないというのが事実である。
それは、ミクロの世界だけでなく、マクロの現実でも変わらない。
よって、苦しみは存在しないのである。
再度言うが、最初は瞬間である。しかし、根気強く続ければ、いずれ苦しみは全て消えるし、精神のエネルギーが高まるので、行動にも鋭さ増すだろう。
行動出来ないなら、まだちゃんとやれていないのである。









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目に見えない大切なものは何かの解答

この世界のシステムで、ある程度うまくいくと、「見えないもの」を信じなくなる。
それに、「見えないものを信じていない」態度が、この世界のシステムでうまくやっていく方法なのだ。
この世界でうまくやると、お金が入ってくるので、歳を取ってくると、それが有り難く思えてくるのだ。
感動とトキメキがなくなってくると、お金ほど頼りになるものはないと、ますます思えてくるからだろう。

『星の王子様』で、薔薇が言ったのだったっけ(?)・・・有名な、「本当に大切なものは目に見えない」という言葉がある。
目に見えない大切なものって何だろう?
重力ほど大切なものはなく、これは確かに目には見えないが、その効果の方は、いくらでも見える。
思いやりは、目に見えないどころか、見える方が良い。いくら、「あなたのためを思ってます」と言ったところで、飢えてる人に対し「神の恵みを」と思うより、食べ物をあげた方が良いだろう。
崖にぶら下がって落ちそうな人に対し、ひっそり「あなたが幸福であることを祈ります」って思うんじゃなくて助けてやれーってね(笑)。

目に見えないものが、神の助けだとしたら、神の助けはどうすれば得られるのだろう?
サミュエル・スマイルズの有名な『自助論』は、「神は自分を助ける者を助ける」から始まっていて、以下読む必要がない(笑)。
つまりは、自分で自分を助ける自助の人であれば神様が助けてくれ、自分で自分を助けない人は神様は助けてくれないって訳だ。
一方、法然や親鸞は、人間には何の力もなく、自分も他人も救えない。だから、全部、阿弥陀如来にまかせ、念仏を唱えてさえいれば良いのだよ・・・ということなのだが、怠惰な人にこれを聞かせるとエラいことになる・・・が、やっぱりそう言うしかないのだ。
『荘子』も、阿弥陀如来こそ出てこないが、全てなりゆきにまかせ、作為を捨てれば(自助なんてものも捨てるのだろうか)、うまくいくかどうかは分からないが、安らかでいられるらしい。
まあ、普通の人は、安らかさよりお金が欲しいのだろうし、お金がないと安らかでいられないと思っているのだろう。
だが、EA(えれくとりっく・えんじぇぅ)メソードを教えてくれたアレクサンダー・ロイド博士(彼はEAメソードなんて言ってないが)は、「100万ドル欲しい」というある女性に対し、「何でそんなもの欲しいの?」と聞いたら、その女性は「安らかになれるから」と答え、そうしたらロイドは「欲しいのは安らぎで、金じゃないでしょ?」と指摘し、女性は納得したらしい。

言葉遊びは、そのうち飽きるので、結論を言えば、スティーブ・ジョブズが教えてくれている。
それは、「つながると信じること」だ。
ジョブズは、里親が一生かけて蓄えた資産が、自分の大学の学費に消えてしまうことに耐えられず大学をやめたが、興味があったカリグラフィーの講座だけは、違法に勝手に受講した。それが何になるのかは分からなかった(何になるとも思っていなかったというのが正しいのだろう)が、後にマッキントッシュパソコンを作る時に大いに役に立った。
今やっていることが、将来どうつながるか、何につながるかは分からない。
しかし、「信じるしかない」とジョブズは言う。
いや、もっと大雑把に、いい加減に、「何かを信じろ」と言ったような気もする。
信じればいいってモンじゃない・・・いや、いいってモンなんだ。

何千も何万も紡いで繋ぐ
すればいいってモンじゃない
いや、いいってモンなんだ!
~『リバースユニバース』(作詞・作曲・編曲:ナユタン星人。歌:初音ミク)より~

この歌もだが、ボカロ曲というのは、いろんな歌がつながっていることが多くなってきた。
脳内では、ニューロンが1体多に無限に並行につながっていく。
脳は、宇宙の構造をそのまま現している。
宇宙はつながることで生まれる。
ボカロ曲そのものだ。
しかし、ジョブズの言うように、運命(じゃじゃじゃじゃーん)という意味では、何が何とどうつながるかは分からない。
つながると信じて何かをするしかないのだよ、人間は。
だから、Excel VBAをやろうよ(笑)。
将来、何かにつながるかもしれないけれど、いますぐ役に立つからね。
それで言えば、JavaScriptやPythonとなると、何につながるかは分からないが、何かにはつながるんじゃないかな?

目に見えない大切なこととは、つながるってことだ。
つながると信じることである。









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