もし私が今、宇宙人の宇宙船内部に入り、十分に観察した後、そこで見たものを文章で記述したとする。しかし、その内容は、実際の数パーセントも表現していないに違いない。
もし、数世紀後の人類が、私の書いたレポートを見たら、「随分、21世紀初頭の雰囲気だな」と感じることだろう。
現在の我々のテクノロジを、千年以上前の人間に見せれば、やはり、彼らは、それらを、彼らに分かるものに喩えて表現するだろう。パソコンディスプレイは、薄い皮に描いた絵を、後ろから光を当てて見たようなものだとか、携帯電話は、平らに磨いた透明な琥珀のついた笛か何かと言うかもしれない。そして、実際のディスプレイ上のものは、パソコンにしろ、携帯電話にしろ、彼らには実際に認識できない。そこには、彼らは何も見えないと言うか、ただ、きらきらした光の渦だと言うだろう。人は、自分が観念として持っていないものは見えないのだ。
仮に、神が目に見えるものだとしても、それが目の前に現れたところで、我々にはそれが認識できない。神の方で、その民族の神の概念に合わせた姿を見せてくれた場合にのみ、人々は「神が現れた」と言うのである。
村田正雄さんという人が、宇宙人の宇宙船に乗せてもらい、月や金星を訪れた経験を1970年代に本にして出しているが、実際に宇宙船に乗ったのは、それよりももっと前のことらしい。
そして、その本を見ると、確かに、宇宙船の中の様子が、現代の我々から考えても、ちょっとレトロ(懐古的)であるように思える。ボタンスイッチ、レバー、メーター、テレビ画面…などといったものが、どこか昭和の雰囲気である。それらは、実際は、文章に書かれたものとは、かなり異なっていたかもしれない。しかし、彼にはやはりそのように見えたのだ。そして、ところどころで、表現に苦労している様子がうかがえる。だが、時代を考えると、彼の表現はかなりのものだと思う。
彼は、自分の指導霊であると言っているが、夢の中で年配の婦人が現れたという。彼は、その時、アダムスキーの本を読んでいたらしい。その指導霊は、その本をしっかり読むように言ったという。
アダムスキーは、宇宙人とのコンタクティー(接触者)としては、世界でも最も有名だろう。しかし、そのことで彼は、詐欺師、ペテン師のレッテルを貼られてしまっているように思われる。アダムスキーと聞けば、その名を知っている人でも、せいぜいが、「あの嘘つきだろう?」とごく当たり前に言うことも多いと思うが、そう言う人は、彼が嘘つきかそうでないか、実際は全く知らないのだ普通だ。「いや、俺は彼がペテン師だと言える理由があるぞ」という人にしたって、単にデマを信じているに過ぎない。
そのアダムスキーも、宇宙船に搭乗した時の様子をかなり詳細に本に書いている。それは、1950年代の出来事と思う。そして、その記述はかなりのものだ。まるで、現代のコンピュータの画面より、はるかに進んだ映像があったことが想像できるのである。当時は、コンピュータの出力は、主として、穿孔(小さな穴)で情報を表示した紙テープだったのではないかと思う。ディスプレイがあったとしても、2色のブラウン管画面に、粗い文字が表示されるくらいだったはずだ。それを考えれば、たとえ想像だとしても、アダムスキーの発想力は大したものだと思う。
個人的には、アダムスキーの情報に、明らかな虚偽と思えるようなものはないと思う。
私もいつか宇宙船にという夢は膨らむが、アダムスキーは、単なる好奇心で宇宙船に乗せられることはないし、また、自分のいるところでうまくやれない人間は、他の星に行っても、やっぱりうまくやれないのだと言う。合点がいくだけに、ちょっと残念である。やはり、地球人は地球でやるべきことがあるのだろう。
私は、アダムスキーに関しては、彼や彼の報告を誹謗中傷する人々の大半よりは、アダムスキーの情報や態度、思想がずっとマシという理由で、彼の話を真面目に考えている。
いずれにしろ、開かれた心を持つことだ。
彼が1940年代に、小説の形で発表した作品では、宇宙人は、原子力は、武器としては言うまでもないが、危険であり、産業や生活のエネルギーとしても相応しくないと言ったことが書かれている。当時の状況を考えれば、やはり、一般の人間の認識としては非常に高度だと思う。もっとも、当時からでも、本当の専門家であれば、それは十分に分かっていたことであったと思う。そして、宇宙人は、原子力エネルギーを使う必要がないことも示唆している。
ところで、1つ、私がアダムスキーについて違和感があるのは、転生に関する、エドガー・ケイシーやエマニュエル・スウェーデンボルグらとの説明の違いだ。
アダムスキーは、人は死後、必ず、ほぼ瞬時に、別の肉体に転生するという。
だが、ケイシーによれば、死の直後の転生もあるが、霊界で長く過ごす霊も少なくないと言っていると思う。
スウェーデンボルグとなると、転生は無いという。
しかし、これも、転生というものをどう理解するかの問題と思う。
必ずしも、我々が1つの固有の魂を持っており、それが、ただ1つの肉体に転生するといった単純なものだとは限らない。
解決する術のない疑問は保留するしかない。すると、答の方からやってくるのである。
尚、宇宙人の宇宙船の飛行原理に関し、現代の我々のテクノロジに近い形で説明しいると思われるのは、足立育朗さんの『波動の法則』の中にあるが、それは、アダムスキーの説明と矛盾しないと思う。
地球人類も、その気になれば、今でも、UFOのような宇宙船を製作できるのではないかと私は思っている。
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もし、数世紀後の人類が、私の書いたレポートを見たら、「随分、21世紀初頭の雰囲気だな」と感じることだろう。
現在の我々のテクノロジを、千年以上前の人間に見せれば、やはり、彼らは、それらを、彼らに分かるものに喩えて表現するだろう。パソコンディスプレイは、薄い皮に描いた絵を、後ろから光を当てて見たようなものだとか、携帯電話は、平らに磨いた透明な琥珀のついた笛か何かと言うかもしれない。そして、実際のディスプレイ上のものは、パソコンにしろ、携帯電話にしろ、彼らには実際に認識できない。そこには、彼らは何も見えないと言うか、ただ、きらきらした光の渦だと言うだろう。人は、自分が観念として持っていないものは見えないのだ。
仮に、神が目に見えるものだとしても、それが目の前に現れたところで、我々にはそれが認識できない。神の方で、その民族の神の概念に合わせた姿を見せてくれた場合にのみ、人々は「神が現れた」と言うのである。
村田正雄さんという人が、宇宙人の宇宙船に乗せてもらい、月や金星を訪れた経験を1970年代に本にして出しているが、実際に宇宙船に乗ったのは、それよりももっと前のことらしい。
そして、その本を見ると、確かに、宇宙船の中の様子が、現代の我々から考えても、ちょっとレトロ(懐古的)であるように思える。ボタンスイッチ、レバー、メーター、テレビ画面…などといったものが、どこか昭和の雰囲気である。それらは、実際は、文章に書かれたものとは、かなり異なっていたかもしれない。しかし、彼にはやはりそのように見えたのだ。そして、ところどころで、表現に苦労している様子がうかがえる。だが、時代を考えると、彼の表現はかなりのものだと思う。
彼は、自分の指導霊であると言っているが、夢の中で年配の婦人が現れたという。彼は、その時、アダムスキーの本を読んでいたらしい。その指導霊は、その本をしっかり読むように言ったという。
アダムスキーは、宇宙人とのコンタクティー(接触者)としては、世界でも最も有名だろう。しかし、そのことで彼は、詐欺師、ペテン師のレッテルを貼られてしまっているように思われる。アダムスキーと聞けば、その名を知っている人でも、せいぜいが、「あの嘘つきだろう?」とごく当たり前に言うことも多いと思うが、そう言う人は、彼が嘘つきかそうでないか、実際は全く知らないのだ普通だ。「いや、俺は彼がペテン師だと言える理由があるぞ」という人にしたって、単にデマを信じているに過ぎない。
そのアダムスキーも、宇宙船に搭乗した時の様子をかなり詳細に本に書いている。それは、1950年代の出来事と思う。そして、その記述はかなりのものだ。まるで、現代のコンピュータの画面より、はるかに進んだ映像があったことが想像できるのである。当時は、コンピュータの出力は、主として、穿孔(小さな穴)で情報を表示した紙テープだったのではないかと思う。ディスプレイがあったとしても、2色のブラウン管画面に、粗い文字が表示されるくらいだったはずだ。それを考えれば、たとえ想像だとしても、アダムスキーの発想力は大したものだと思う。
個人的には、アダムスキーの情報に、明らかな虚偽と思えるようなものはないと思う。
私もいつか宇宙船にという夢は膨らむが、アダムスキーは、単なる好奇心で宇宙船に乗せられることはないし、また、自分のいるところでうまくやれない人間は、他の星に行っても、やっぱりうまくやれないのだと言う。合点がいくだけに、ちょっと残念である。やはり、地球人は地球でやるべきことがあるのだろう。
私は、アダムスキーに関しては、彼や彼の報告を誹謗中傷する人々の大半よりは、アダムスキーの情報や態度、思想がずっとマシという理由で、彼の話を真面目に考えている。
いずれにしろ、開かれた心を持つことだ。
彼が1940年代に、小説の形で発表した作品では、宇宙人は、原子力は、武器としては言うまでもないが、危険であり、産業や生活のエネルギーとしても相応しくないと言ったことが書かれている。当時の状況を考えれば、やはり、一般の人間の認識としては非常に高度だと思う。もっとも、当時からでも、本当の専門家であれば、それは十分に分かっていたことであったと思う。そして、宇宙人は、原子力エネルギーを使う必要がないことも示唆している。
ところで、1つ、私がアダムスキーについて違和感があるのは、転生に関する、エドガー・ケイシーやエマニュエル・スウェーデンボルグらとの説明の違いだ。
アダムスキーは、人は死後、必ず、ほぼ瞬時に、別の肉体に転生するという。
だが、ケイシーによれば、死の直後の転生もあるが、霊界で長く過ごす霊も少なくないと言っていると思う。
スウェーデンボルグとなると、転生は無いという。
しかし、これも、転生というものをどう理解するかの問題と思う。
必ずしも、我々が1つの固有の魂を持っており、それが、ただ1つの肉体に転生するといった単純なものだとは限らない。
解決する術のない疑問は保留するしかない。すると、答の方からやってくるのである。
尚、宇宙人の宇宙船の飛行原理に関し、現代の我々のテクノロジに近い形で説明しいると思われるのは、足立育朗さんの『波動の法則』の中にあるが、それは、アダムスキーの説明と矛盾しないと思う。
地球人類も、その気になれば、今でも、UFOのような宇宙船を製作できるのではないかと私は思っている。
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