ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ジョセフ・マーフィー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

危機を免れる秘訣

戦争になったら、どうすれば良いだろう?
戦争中、あるいは、戦闘とも言える中、最も危険だった場所ですら安全に過ごした人達の話があり、私が覚えているものをいくつか挙げれば、以下の通りだ。
織田信長は、砲弾飛び交う戦場で、「俺に弾は当たらん」と言って、悠然と歩いたという。
信長のこの話は伝承であり、真偽のほどは分からないが、合氣道家の藤平光一氏は、23歳で隊長として参加した第二次世界大戦で、自ら同じことをやったという。年上の部下達を少しでも安心させるためだった。
サルトルは、第二次世界大戦中、ひどく治安の悪い町をうろついたそうだが、それは、精神が高揚する体験であったようだ。
ジョセフ・マーフィーの本で、戦争ではないが、ある刑事が、何度も至近距離で狙撃されながら無傷で生き延びた話がある。
また、やはり、ジョセフ・マーフィーの本で、F.L.ローソンの著作の引用として、第二次世界大戦中、ウィットルゼイ大佐の部隊が5年間戦って1人の死者も出さなかったという話がある。
このF.L.ローソンに関しては、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中で、著者ベアード.T.スポールディングが自らイギリスに面会に行き、ローソンの神秘力を見せられると共に、ローソン自身、第一次世界大戦に参加し、率いた部下百名を全員復員させたと述べている。
また、これは変わった話だが、「心身医学の父」として名高いドイツ人医師ゲオルグ・グロデックの論文であるが、戦争中、ある兵士が、自分の膝を指さし「ここに弾が当たったら故郷に帰れる」と言った直後、流れ弾がまさにそこに当たり、彼は望み通り故郷に帰還した。彼は、これで命拾いしたと言えるが、それなら、信長や藤平光一氏のように、弾が当たらないように出来たかもしれない。
日本では、サムハラ神社の御札を持って出兵した兵隊が、無事に帰還したという有名な話があり、それでサムハラ神社が知られるようになったようだ。私はサムハラカードは、マキノ出版の雑誌『大成功を呼ぶ「最強の開運神社」』で付録についていたものを持っている。

上の者達が、どうやって危機を免れたのかというと、祈った場合が多い。
ウィットルゼイ大佐の場合は、部下全員に、聖書の詩篇91を暗記させ、定期的に唱えさせたそうだ。
F.L.ローソンの場合は、彼の信念を現す言葉が「神の他に何もない(There is nothing,but God)」で、スポールディングの前で奇跡を起こした時も、この言葉を唱えた。
まあ、私に言わせれば、いつも言う通り、泣き言を言わず、引き締まった顔でシャンとすれば良いのだと思う。
この世界は漫画であり、ヒーロー、ヒロインに相応しい態度の者なら滅びはしない。そして、ヒーロー、ヒロインは、泣き言を言わず、欲張らず、いいわけをせず、いつもシャンとして清々しいものである。








夕陽やバラを美しいと思わない人だっている

人間性が成功の決め手だということを書いたのが、ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』や、サミュエル・スマイルズの『自助論』で、彼らの主張は全く正しいのだが、これらの本は、ハードルが高過ぎると言うか、「気取り過ぎ」なのだと思う。
こんな高邁な理想論を見ると、確かに一時的な情動で心地良い感激を覚えるが、人間って、そんなに立派なものではない。
新渡戸稲造の『武士道』も、書いた本人は、人間精神の高潔さの部分を示して、さぞや悦に入っていたことだろうが、日常とかけ離れた神秘的なものと受け取られてしまった・・・つまり、地に足がついておらず、現実的でない。
幕末の政治家、勝海舟の時代は、外国語の和訳辞書は超貴重で超高価であったが、貧しいが学問への志に燃える勝海舟は、オランダ語ー日本語辞書を所有する学者からなんとか借り受けて、それを書き写したという話がある。勝海舟は既に結婚もしていたが、1日中、それをやって働きもしないので、生活も苦しいのに、少しでもお金があると紙を買ってしまう。
それを見た年長者が、勝海舟に「学問より今日のおまんま(食事)が大事でしょう?」とたしなめるが、勝海舟は耳を貸さず、妻が苦労を背負う。
勝海舟は、高貴な理想を持つ立派な人間のように言われるが、そんな性質が治らなかったのだとしたら、美化されて伝わっているだけかもしれない。そんな歴史上の人物は沢山いる。

よく、「自己啓発書は何の役にも立ちません」から、さらに、「自己啓発書に手を出してはいけません」とまで言う人が沢山いると思う。
しかし、実際は、成功者で自己啓発書を読んでない人はいない。
つまり、読み手の基本的な人間性の問題なのだ。
自己啓発書の中でも、スピリチュアルとかスピ本と言われる類の本を読んで成功した人だって沢山いる。
しかし、私も、直接会った人に、これも一種のスピ本と言われるジョセフ・マーフィーの本を読むよう勧めたこともあるが、「こいつは、読んでも絶対駄目だろうな」と思うことも多く、ある時期からは、相手によっては、マーフィーなどの本を初めからは勧めず、まず、ディール・カーネギーあたりを推薦するが、それも駄目だったことが多かったと思う。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識の活用による成功法則の本は、人間の誰もが持つ潜在意識の無限の力を引き出して、思う通りに現実を創るという、人によっては「スピ本」と馬鹿にする本だろうが、確かに、人間性の低い者にとっては、そう言われても仕方がない、有害な本になることもあると思う。
しかし、マーフィーを読んで成功した立派な人物はいくらでもいるし、私も、ある成功した事業家の本棚にマーフィーの本があるのを見たこともある。

原語ではどう言ったのかは知らないが、ゲーテも「人格が全て」と言ったが、我々は人格と言ったら、ピカピカの作り物の人格のイメージを持ち、それは単に「ご立派な」もので、我々凡人には無縁のものか、あるいは、自分はそれ(人格)を「あいつよりは」あるいは「卑しい連中よりは」持っていると思ったりしている。そう思う時点で、その「人格」はハリボテだ。
また、人格ではなく「品性」という言い方をする者もいるが、品性の重要性を上から目線で訴える品性のない人間もテレビでよく見るかもしれない。
ここらは、家庭や学校やテレビなどのメディアが腐っていて、我々がおかしくなってしまっており、大切なものが見えない・・・いや、本当に大切なものは見えないらしいので、見えない大切なものを感じることが出来なくなっているのだろう。

昔、ある有名人の小学4年生くらいの可愛い娘が、その有名な親から、「美しい花を見た時には、美しいと思う心を大切にする」よう教えられたと言っていたのを覚えている。
なるほど、では、多くの人々は、美しくもないもの、素晴らしくもないものを、美しい、素晴らしいと感じるよう洗脳されているのだろう。
洗脳の仕方とは、何かを見せて、それを美しい、素晴らしいと感じるよう強制することで、もうずっと前から、日本人に対しても行われていることである。
たとえきれいな花があっても、それを見ている子供に対し、「きれいねえ!」とやたらと言うのは馬鹿な大人のやることだ。
どう感じようが、子供の勝手だ。
岡田斗司夫さんの昔の本(『東大オタク学講座』だったと思う)で、「我々は夕陽を見て美しいと思うかもしれないが、夜行性の野獣がいるジャングルの人々にとっては、そんな野獣が目覚める恐怖のサイン」と書かれていたと思うが、花を見て美しいと思わない人にも、それなりの理由がある。ちなみに、私は赤いバラは理由があって美しいと思わない。
ところが、岡田さんのその話をしたら、「夕陽が美しいと思わないなんて可哀そうな人ですね」と非難する人がいた。思考力を根こそぎ奪われているような人だったが、それが人の親だったのだから恐ろしい。

まあ、大昔から、「今の若者は」という蔑みの言葉がよく使われたように、きっと昔から、「俺たちの国は、いつからこんなふうになっちまったんだろう」と嘆く者も多かったのだろう。
ところが、今は、「いつ、誰によって、どのようにして、この国がこうなった」が見えるようになってしまい、それを知れば、本当に今が末期であることが分かってしまう。
ソドムとゴモラのようになりはしないとは思うが、テレビ、新聞、学校チームは、ちょっと厳しいことになるだろう。








ニュータイプの就活

私が以前勤めていた会社のある先輩は、中学は普通の公立に通っていたが、非常に成績が良かったので、高校は、私立のトップクラスの進学校に入ったらしい。
すると、それまではずっと1番だったのが、その進学校では下の方になってしまい、あまり良い想いをせずに過ごすことになり、大学は、立派な公立大学に入ったから、普通の受験生から見れば成功の部類とも言えるが、その進学校からすれば、どちらかというと恥ずかしい大学だった。
ちなみに、私は、中学では勉強はさっぱりで、公立高校では入れるところもなかったが、一応、進学校と言われる私立を受けたら合格したので、そこに入った。私の成績では、相当苦労するようなことを言われ、少し心配だったが、別にそんなこともなく(本当は、自分の成績がどの位置か全く考えたことがなかった)、そこそこの公立大学に入った。実は、その大学が、上で述べた、一流進学校に行った先輩と同じだった。

学校はともかく、職場では、周囲の者達があまり優秀でない方が気分良く働けるので、あまりレベルの高い職場に行かない方が良いと言う人もいる。最近も、あるネットのインフルエンサーがそんなことを言う動画を見たが、その動画を見て「なるほど」と思った人も多いと思う。
ドワンゴを創業して1部上場まで果たし、KADOKAWAの会長や社長も務めた川上量生さんは、京大工学部を出て入った会社では、同期に4大卒は自分だけだったという面白い人だった。
比べては悪いが、私は、最初に入った職場は、やはり大卒はおらず、偏差値の低い高校の卒業生ばかりで、中卒も結構いた。私は、そこから転職を繰り返し、1部上場企業や、一流大学卒業生ばかりの会社にも入ったが、社員の優秀さは、どこも同じで、むしろ、一番最初の、中卒&下位高校卒の職場の従業員の方が、1部上場企業や、一流大学卒が大半の会社の社員より、総合的に優秀とすら思えた。
まあ、私は、阿弥陀如来真言を唱えるだけで、どこの職場でも、ほとんど仕事をした覚えがないので、自分のレベルは全く分らない(笑)。
私に見る目がないのだろうが、「こいつは優秀だ」と思う人に会ったことはない。
経営者には素晴らしい人がいたが、ナンバー2以下は、極めて平凡だった。
何かの本に、平社員と専務の差より、専務と社長の差の方がずっと大きいと書かれていたが、実際、そんなものかもしれない。

就活とは厳しいものらしいが、待遇で贅沢を言わなければ、普通の大卒なら、簡単に就職出来ると思う。いや、まともな人なら、高卒以下でも同じと思う。
そもそも、人手不足で困っている会社も多く、歓迎されることも多いはずだ。
それに、小さい会社の方が、仕事や社会のことが早く分るようになるものだと思う。大きな会社では、かなりの歳になっても、自分の会社のことしか知らない人が多いが、小さな会社なら、初めから、お客様であるいろんな会社に行き、いろんな人と会って見聞を広められることが多いと思う。
もちろん、どんな会社に入っても楽ではないし、特に、初めて就職したなら、非常に厳しく感じることが多いと思う。
しかし、そこで、ジョセフ・マーフィーなどの本を読んで、自分の中には無限の力があることを信じ、また、私のように、真言やまじないを唱えて、神秘の力で楽をさせてもらうと良い。
その間に、良ければ、プログラミング、特に、事務系なら、Excel VBAをマスターしておくと道が開けるかもしれない。








万能の力を使えるのは当たり前(個人的に永久保存版)

アメリカで3年間、ベストセラーの最上位を保ったと言われる、ノーマン・ヴィンセント・ピールの著書『積極的考え方の力』の最初の章は、破滅寸前のような状況の40歳の男が、ピールに個人相談をする話で始まる。
困難に直面し、すっかり自信を失っている男に、ピールは、聖書の言葉を1つ教え、出来るだけ多く、この言葉を唱えるよう指示した。
その言葉は、「私を強くして下さる方によって、私はどんなことも出来る」であった。

※ちなみに、その言葉は、1964年にダイヤモンド社から出版された翻訳では、「我を強くし給ふ者によりて凡ての事をなし得るなり」という重厚な訳になっていた。最新の翻訳では、「わたしを強めてくださる方のお蔭で、わたしにはすべてが可能です」となっている。

それを実際に行うことで、この男はうまくいった。
この言葉は、特にキリスト教徒でなくても有効であるが、「私を強くして下さる方」は、神を指すと思われるので、無神論とは言わないまでも、普段、あまり神のことを考えない人は、やや違和感があるかもしれない。
ピールより11日だけ早く生まれたジョセフ・マーフィーは、ピールと同じ牧師であるが、聖書の価値を認めつつ、宗教に優劣をつけず、神というものは、それぞれの心の中にいるものとし、簡単に、潜在意識と神を同一視した。無論、厳密な意味でではないが、それが分かり易くて便利だからである。
人間の意識には、表に現れた思考する意識である顕在意識(けんざいいしき)と、意識は出来ないが巨大な存在である潜在意識の2つがある。
全意識の少なくとも9割は潜在意識であると言われ、この潜在意識の中に、神に匹敵する万能の力がある。
ある意味、潜在意識が神そのものである。
そして、潜在意識の力を使うことは当然の権利であり、本来、誰でも自由に使える。
だから、上記の「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」は、「潜在意識の力により、私はどんなことでも出来る」と言い換えられる。

では、どうすれば、潜在意識の力を使えるのかが問題と思うかもしれないが、そんなことは考えない方が良い。
丁度、どうすれば歩けるかとか、どうすれば喋れるかなど、考えなくても良いのと同じだ。
なぜ歩けるのかというと、歩けると知っているからに他ならない。
もっと正確に言えば、歩けないことを知らないからである。
それはどういう意味だろう?
例えば、あなたは、もし、脚を折ったら、歩くことが出来ない。
脚が折れたら歩けないことを知っているからだ。
ところが、トーチェ夫妻の著書『トーチェ氏の心の法則』には、ある未開の地域の人々は、脚が折れても元気に走り回るのだそうだ。彼らは、脚が折れたら走れないことを知らないからである。

あなたは単に、万能の潜在意識の力を自由に使えることを知っていれば良いのである。
あるいは、万能の潜在意識の力を使えないことを知らずにいることだ。
そのために、何かする必要はない。
せいぜい、当たり前のように、静かに、「潜在意識の力により、私はどんなことでも出来る」とか「私は潜在意識の万能の力を自在に使える」と、たまに言ってみれば良いだけである。
それらの言葉を、顔を真っ赤にして、力んで唱えるようなことはしてはならない。逆効果になるから。
それは、「地球は丸い」とか「水は低い方に流れる」というのと同じくらい、当たり前のことなのだから、穏やかに、静かに言うしかない。
誰がいまどき、顔を真っ赤にして、必死に「地球は丸いんだ」と言うだろうか?
例えば、「私は初音ミクが好きで、私は潜在意識の万能の力を自由に使える」というふうに「当たり前のこと」を並べて言えば、前者と同じくらい後者も当たり前になる。








就活、婚活は簡単

就活とは、単に仕事探しだし、婚活とは、単なる恋愛の1つだ。
仕事探しと恋愛では、仕事探しの方がずっと簡単だ。
なぜなら、仕事探しでは、面白いとまでは言わなくても、嫌ではない仕事でお金が得られれば良いのであり、それに比べ、恋愛はいろいろ面倒だ。
だから、まずは、適切な仕事を得てから、望むなら、じっくり恋愛に取り組めば良いのである。
とはいえ、本当は、両者にそれほどの差はない。
さっき、仕事は、嫌でないことでお金が得られれば良いと書いたが、やりがいとか生きがいみたいなことを言うなら、それは、仕事ではなく事業だ。
仕事というなら、「楽でさえあれば良い」というのも成り立つ。私がいつもそうだったのだが・・・

仕事探しや恋愛がうまくいかない理由は簡単で、自分の力と偶然という2つのことしか考えていないからだ。
どんな優れた人間だって、個人の力など、たかが知れているし、偶然に頼っていては、不確実で不安でしかない。
もっと大切な力があるのだが、それは世間で認知されていないので、世間的な言い方はなく、やむなく、神の力、潜在意識の力、宇宙の力、引き寄せ・・・などと言うのである。
一番、宗教っぽくないという意味で、潜在意識の力と呼ぶが、これを使わないからうまくいかないのだが、これを使わない人が多過ぎる。
トランプ大統領がこよなく尊敬したノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極的考え方の力』の最後で、ピールは、「なぜ神の力を求めないのか?」と書いたが、いまだ、この言葉は一般の人に伝わらない。
この、「なぜ神の力を求めないのか」は、「なぜ潜在意識の力を使わないのか」と同じことである。

ところで、良い仕事、良い恋愛というものを、普通の人はイメージ出来ないと思う。
実は、一生、良い仕事や良い恋愛と縁のない人が大半なのだ。
「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、普通の人は、仕事や恋愛(あるいは結婚)に関し、学校やテレビで叩き込まれた、偽りのイメージを持っているだけで、確かに、そのイメージ通りの仕事や恋愛を得るだけなのだ。
だから、良い仕事とは何か、良い恋愛とは何かは、神様、あるいは、潜在意識にまかせてしまう方が良い。
確かにそれは、楽しい仕事とか、楽しい恋愛であるのだが、普通の人は、何が本当に楽しい仕事で、何が本当に楽しい恋愛かが分からないのだ。
だから、神様、あるいは、潜在意識にまかせれば、本当に楽しい仕事とは何か、本当に楽しい恋愛とは何かを分からせてくれるだろう。

それらを得る方法について知りたいなら、ジョセフ・マーフィーの著作か、クラウド・ブリステルの『信念の魔術』を読めば分かるのであるが、頭が悪くてすんなり理解出来ない人もいると、最近、思うようになった(まさに私がそうなのだが)。
そこで、潜在意識にまかせる簡単な方法を述べる。
まず、目的が、良い仕事か、良い恋愛かを決める。
そして、息を吸い止める。
1秒で良いから、無念無想になる。息を吸って止めれば全く難しくないはずだ。
そしたら、心の中で「成った」と言う。
良い仕事や恋愛を得ることが成ったという意味の「成った」だ。
別に、「成った」でなくても、「成功した」「得た」「OK」など、何でも良い。
一度でうまくいかなくても、あせらず、何度かやってみると良い。
それと共に、上に挙げた本を少しずつでも真面目に読むと、さらに良いだろう。
ちなみに、私を長いニート生活から解放し、トップセールスマンから(楽な)プログラマー、システムエンジニアに導いてくれたのは、ジョセフ・マーフィーの『努力嫌いの成功法』(単行本では『あなたも幸せになれる』のタイトル)だった。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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