私が先月の4月7日からはっきり申し上げるようになった、人の運命は生まれてから死ぬまで全て完全に決まっているということと、以前はよくお奨めしていた、ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則は矛盾するのではないかといったコメントをいただいたが、これについて説明しよう。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則とは、いかなる願望であろうが、それを潜在意識に刻み込めば、潜在意識に隠された無限の力がそれを実現するというものだ。
しかし、上に述べた通り、人の運命はいかなる些細な点も全て決まっており、我々にはいかなるコントロールをする力もない。我々はただ、決められた通りに動き、話し、考えるだけの操り人形のようなものである。
それらが矛盾するかと言うと、何らの矛盾もない。
私は決定された運命のことと同時に、度々、石を投げ上げれば必ず落ちてくるのが法則だと述べている。
そして、マーフィーの潜在意識の法則は、正しい法則であり、石を投げれば落ちてくるのと同様、正しく使えば必ず願いは叶う。
私は、ジョセフ・マーフィーという人は、我々が思う以上に大変な人なのだと思う。普段の生活は実に質素で、ほとんどいつも、本を書くか読むかしかせず、食事なども非常に慎ましいものであったらしい。しかし、度々世界旅行に出かけていて、馴染みになっている海外の地も数多いようだった。彼は、インドやヨーロッパの魔法結社のようなものとも、よく通じていたに違いないと思う。
まず、世界に対し、何等の支配力も持たない我々の願いが叶うかというと、それは視点によって異なる。
それは、マーフィーの本にちゃんと書いてあるのだが、マーフィーの教えを勝手な解釈で歪めた人が多いので、そんな人達の書いたものを読むと分からなくなる。
私は、以前から、マーフィーの教えは、必ず、マーフィー自身が書いた本から学べと度々強調していたのだ。
我欲の願いは決して叶わない。叶ったように見えても、それは、たまたまそういう宿命だったというだけのことだ。
一方、本心から来る願い…それは、閃きとして浮かぶものだが、そんな願いは叶う。叶うべき願いが、閃きで訪れるのである。自分では、願いが起こった後にそれが叶ったように思っているが、実はその逆で、成就は既に決まっていたことが、心の深奥から願いとして湧いてくるのである。
再度言うが、石を投げれば落ちてくるのが法則であるように、マーフィーの法則に正しく則って祈れば必ず叶う。
マーフィーは、黄金律を守れ、即ち、自分に起こって欲しいことを他人のために心から祈れと教えたはずだ。そして、憎しみは捨てなければならず、自分に悪いことをした者も赦さなければならないと常に強調していたはずだ。
我欲からの願いで、これらのことは決してできない。
しかし、魂からの願いであれば、心がすっと晴れた瞬間、これらのことが完全に成されるのである。そして、その願いは必ず叶うのだ。
ただ、マーフィーは、一般の人々に対し、彼らのものの考え方に合わせた教えを与えたのも事実だ。
それは、釈迦もイエスも同じであり、まずは、人々が受け入れ易いような話をしたのである。
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ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則とは、いかなる願望であろうが、それを潜在意識に刻み込めば、潜在意識に隠された無限の力がそれを実現するというものだ。
しかし、上に述べた通り、人の運命はいかなる些細な点も全て決まっており、我々にはいかなるコントロールをする力もない。我々はただ、決められた通りに動き、話し、考えるだけの操り人形のようなものである。
それらが矛盾するかと言うと、何らの矛盾もない。
私は決定された運命のことと同時に、度々、石を投げ上げれば必ず落ちてくるのが法則だと述べている。
そして、マーフィーの潜在意識の法則は、正しい法則であり、石を投げれば落ちてくるのと同様、正しく使えば必ず願いは叶う。
私は、ジョセフ・マーフィーという人は、我々が思う以上に大変な人なのだと思う。普段の生活は実に質素で、ほとんどいつも、本を書くか読むかしかせず、食事なども非常に慎ましいものであったらしい。しかし、度々世界旅行に出かけていて、馴染みになっている海外の地も数多いようだった。彼は、インドやヨーロッパの魔法結社のようなものとも、よく通じていたに違いないと思う。
まず、世界に対し、何等の支配力も持たない我々の願いが叶うかというと、それは視点によって異なる。
それは、マーフィーの本にちゃんと書いてあるのだが、マーフィーの教えを勝手な解釈で歪めた人が多いので、そんな人達の書いたものを読むと分からなくなる。
私は、以前から、マーフィーの教えは、必ず、マーフィー自身が書いた本から学べと度々強調していたのだ。
我欲の願いは決して叶わない。叶ったように見えても、それは、たまたまそういう宿命だったというだけのことだ。
一方、本心から来る願い…それは、閃きとして浮かぶものだが、そんな願いは叶う。叶うべき願いが、閃きで訪れるのである。自分では、願いが起こった後にそれが叶ったように思っているが、実はその逆で、成就は既に決まっていたことが、心の深奥から願いとして湧いてくるのである。
再度言うが、石を投げれば落ちてくるのが法則であるように、マーフィーの法則に正しく則って祈れば必ず叶う。
マーフィーは、黄金律を守れ、即ち、自分に起こって欲しいことを他人のために心から祈れと教えたはずだ。そして、憎しみは捨てなければならず、自分に悪いことをした者も赦さなければならないと常に強調していたはずだ。
我欲からの願いで、これらのことは決してできない。
しかし、魂からの願いであれば、心がすっと晴れた瞬間、これらのことが完全に成されるのである。そして、その願いは必ず叶うのだ。
ただ、マーフィーは、一般の人々に対し、彼らのものの考え方に合わせた教えを与えたのも事実だ。
それは、釈迦もイエスも同じであり、まずは、人々が受け入れ易いような話をしたのである。
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