ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ジョセフ・マーフィー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

この世はプログラミングで出来ている

私が、ニート2年目の19歳の時に読んだ、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』に改題)の中に、ある貧困なユダヤ人の少年に、教師が、「もし、沢山のお金を持ちたいなら、それをどう使うかを考えなさい」と教える話がある。
その子は、その通りにして、やがて大富豪になる。
しかし、私は、その方法をうまくやれなかった。
建設的な、自分が納得する大金の使い方を思い浮かばないのだ。
それが出来れば、私は金持ちになっていただろう。
そのユダヤ人の子供に、この方法を教えた教師もそうだったのではないだろうか?
そもそもその方法は、なかなか難しいのかもしれない。
そして、大抵の人は、「5億円あったらどう使う?」などと聞かれたら、やっぱり、大したことは思い浮かばないのだ。

1千万円の貯金が出来たら、次は2千万円と思うような人は、器が小さく、金持ちになったりしないのだろう。
ましてや、「大金を持ったらどうする?」と聞かれて、「貯金する」なんて小市民は、身の丈を知って生きていくのが最大の幸せだ。

ところが、お金の額を、ただの数字だと認識する者は、案外にお金持ちになっている。
そんな者は、大金を手にしても、自分が偉いから、あるいは、凄いからお金を得たなんてちっとも思っていないし、贅沢もしない。
そんな人は、騙しようがなく、詐欺に遭うこともない。
ゲーマーが案外、株で儲けたり、経営で成功したりすることがあるのも、人間が失敗する大きな要因であるプライドがあまりないからだと思う。

そして、この世は、ますますプログラミングになっていく。
だから、これからは、プログラミングが出来る者が、自由に世界を創造出来るようになっていくかもしれない。
世界を無理に変えようとせず、現状を認識し、その上で、「もし、○○だったらこうする」という、戦略と決断の下に進めば、失敗しても、次はもっとうまくやれるようになる。
それがプログラミング思考というものだ。

どんな意味においても、今後の世界では、プログラミングの能力は価値のあるものに違いない。









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ひきこもりは単に少数派なだけ

ひきこもりの性格や気質なんてものは、本当はないのだと思う。
ひきこもりって、単に「少数派」なだけなのだろう。
逆に、リア充(現実が活動的で充実している者)は、たまたま世間で多数派というだけのことなのだ。

私は若い時から、会社等では、ほとんど誰とも口を利かないし、忘年会、新年会、社員旅行等のイベントにも参加しない。
それで、暗いやつだとか、わがままなやつと言われることもあるが、別に私が本当に、暗かったり、わがままなわけではない。
単に周囲の者達と、考え方が違うというだけのことだ。
今、リア充している人達だって、私のような考え方をする者が多数派の世界に行けば、暗いやつ、わがままなやつになり、引きこもることになるかもしれない。
もっとも、私は、自分と考え方が違う人達に対し、合せはしないが、拒否もしないつもりだ。

つまりね、いまだ地球人は、多数派が威張っている、野蛮で遅れた人類なわけである。
初音ミクさんのコンサートで、ミクさん達に本気で声援を送るのは、今は少数派で、おかしな人とか、オタク扱いされるかもしれないが、それは変わりつつある。
ミクさんのコンサートに来る人達は、ほとんどがマナーが良い、まともな人達である。
昨年の「マジカルミライ2016」で、コンサート会場の幕張メッセに向かっている人で、スマートフォンを見ながら歩いているのは、単に、幕張メッセに行くためにマップアプリを見ているだけのようで、幕張メッセ近くでは、「マジカルミライはこちら」等の案内表示が充実し、係員も誘導してくれるので、スマートフォンをしまう人がほとんどだった。
特に、幕張メッセ内で、コンサート会場になっている国際展示場に行く時にスマートフォンを見ている人を、私は全く見なかった。
これは、他の場所ではあり得ないことと思う。
今年もそうであれば良いと思うし、おそらく、そうなるだろう。
企画展でも、コンサート会場でも、周りの人に気を使う、本当にまともな人達ばかりだった。
もちろん、良いアーチスト達のコンサートでも同じだろうとは思うが。

誰でも、大なり小なり自己中心的ではあるのだが、今は、度を超えたおかしな人が多過ぎるように感じる。
そんな連中が、多数派になって、少数派に対し威張っているのが、この住み難い乱暴な世界だ。

少数派は、力を持たなければならない。
そのために、身体を鍛え、勉強しなければならない。
今は、プログラミングが出来る者が強いので、出来ればやってみると良い。
ExcelのVBAであれば、やればきっと出来るし、即座に役に立ち、力を与えてくれる。
本格派を目指すなら、まずは、JavaScriptをやると良いと思う。
実際は、VBAやJavaScriptだけでも、本当に出来るなら戦える武器になる。
だが、個人の力などは知れているのも確かであり、ある程度は個人の力も磨かないといけないが、もっと大事なことは、内にある無限の知性と力を引き出すことだ。
そのためには、ジョセフ・マーフィーの本を1冊で良いから、丁寧に繰り返し読むと良い。
さらに、断ち物(特に強い欲望がある個人的快楽の1つを諦めること。例えば、美食や、ロリコンなら美少女)をすれば、勝利は確実である。









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暗闇の中の微かな光

宗教の教えは、本来、現実的なもののはずなのだが、現代の我々にとって、キリスト教の「天にいる父なる神」とか、「西方極楽浄土にいる阿弥陀如来」などという言い方は、違和感や抵抗を感じるのは仕方がないだろう。
実際は、昔の高僧ですら、それらの言い方は、あくまで比喩、喩え、象徴といったものであることをちゃんと理解していた。
例えば、親鸞の弟子であった唯円が書いたといわれる『歎異抄』にだって、実際は、仏様には大きさや色といったものはないと書かれている。
釈迦やイエスや、その他の高僧達が、比喩を用いたのは、庶民が受け入れることが出来るようにである。
しかし、庶民は、少なくとも、知識の面では進歩した。

庶民は賢くなった。
だが、実際は、「ほんの少し」賢くなった、あるいは、小賢しくなった程度かもしれない。
みんながみんな、高度な科学が分かる訳ではないし、そもそも、その科学だって、まだまだ未熟なもので、容易く定説が覆ることもある。
しかし、この世には、何かは分からないが、人間には想像も出来ない力を秘めた無限の英知とでも言うしかないものがあることは、直感的に感じると思う。
それを、昔から人類は、神とか仏とか言ったのだが、ジョセフ・マーフィーは、「言い方はどうでも良い」と断言した。
それで、マーフィーは、『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』。原題『The Cosmic Energizer』)では、その至高の存在のことを「The Cosmic Energizer(宇宙の活力)と表現した。ただ、それはあくまで、「一応」であり、現代人に受け入れ易いから、そう呼んだのだと思うが、やはり、「呼び方は何でも良い」のである。

私は、「内なる神」という言い方が一番「しっくり」する。
「神」のところを「無限の英知」「至高の存在」としても良いのだが、私の場合、神と言ったほうが親しみがあるようだ。
しかし、どう感じるかは人それぞれだ。
神、仏、ゼウス、アッラー、天帝、道、アマテラス、阿弥陀、実在、無限者・・・自分にぴったりな呼び方を知っておくと良い。
それは宇宙全体に偏在する。だが、これがちょっとややこしいのだが、それは、自分の心の深奥にある。
つまり、心の深奥が宇宙で、心の深奥とは、潜在意識の中でも深いところなのだと思う。

私の場合、「神」だけだと、どうしても宗教的に感じる。
しかし、「内なる神」とすると、純粋な観念になる。
そして、「内なる神を信じる」と称えると、ただちに無限の力が呼び起こされる。
ただ、その無限の力は、必ずしも自分を甘やかしてくれる訳ではない。
だが、やはり、良い方向に導くのであり、このあたりは、初音ミクさんも歌ってくれた、BUMP OF CHICKENの『ray』にある通り、「晴天とはほど遠い 終わらない暗闇にも
星を思い浮かべたなら すぐ銀河の中だ」という感じである。
あの歌、藤原基央さんの体験なんだろうなあと思う。

さて、私は、9月最初の初音ミクさんのコンサートに向かい、絶賛修行中である。
いろいろ辛いこともあり、食欲がなく、いっそ、敬愛する藤原基央さんのボディ(176cm、50kg)を目指している。
内なる神を信頼し、美食と色欲を捨てる断ち物をしている。
身体も毎日鍛えている。
まだまだロクでもない世の中に感じるが、ミクさんのおかげで生きていけるかもしれない。









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おそるべき教え

江戸末期の神道家、黒住宗忠は、難病に陥った武士に、「ありがたい」を、まず、1日百回、駄目なら、千回、ついには、1日1万回、一心不乱に唱えるよう指示し、武士がそれに素直に従ったところ、1万回唱えだしてからと思うが、わずか一週間で完治してしまったという。
これが、あらゆる問題に対する具体的解決方法と思う。

私も最近、体調が悪く、また、散々な目に遭うことが多かった。
そこで、「ミクさん、ありがとう」「ミクさん、愛してる」を、心の中でだが、なるべく多く称えるようにしていた。
問題が解決するかどうかより、これで心が強くなるのを感じる。
そうなれば当然、全ては良い方向に回り始める。

願いを叶える最大の秘訣は、イエスが教えた、「すでに叶ったと思え」である。
では、「叶ったと思う」とは、どういうことだろう?
それは、望みのものをすでに得たように振舞うことである。
希望の額のお金を得たら、楽しいし、心がゆったりとしている。
そんな人は、にこやかで、余裕があり、小さなことにこだわらない。
まるで駄目男君のように、しぶちん顔、不平不満顔、眉間にしわを寄せた険しい顔をしないものである。
そして、胸を張り、顔を上げ、脚は小さく組まず、両手は人の迷惑にならない範囲で広い場所を取り、時には高く挙げるものである。
さらに、その成果に対し、「ありがたい」とか、私のように、貴い存在に、「ありがとう」「愛してる」と言えば、心のテンションが上がると同時に純化する。
これだけ知れば、人生、勝ったも同然である。
イエス様、恐るべしである。
イエスの教えを現代意的に分かり易く述べたのがジョセフ・マーフィーであり、理屈っぽく教えたのがチャールズ・ハアネルである。
ビル・ゲイツのように、飛び切り頭の良い人は、ハアネルがお気に入りなのかもしれない。
私はひきこもっていた時に、マーフィーの本を読み、自分では「なんとなくうまくいった」程度に思っているが、実は、おそろしくうまくいったのである。でなければ、考えるだに悲惨な状態になっていたはずである。
そして、最後の秘訣が、願いが叶っても謙虚であろうと決心することだ。
これがないので、ほとんどの人はうまくいかないし、私も、概ね幸福ではあるが、歓喜には至れないのである。









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思い込みの力

ジョセフ・マーフィーの本で読んだ中でも、よく覚えているお話がある。
貧しい父親の息子が医者になりたいと言った時、父親は息子に、こんなこともあろうと、お前のために多額の貯金をしてあることを明かす。ただし、出来れば、医大を卒業するまでその貯金に手を出さない方が良いと言う。
感激した息子は、その通りに、貯金を1ドルも引き出さず、苦学して医大を卒業するが、その時、父親は、実は貯金なんて全くなかったことを告白する。
だが、息子は、貯金があると思ったから、医者になる力を得たのである。
一見、異なる話だが、本質的に同じお話を、「キャリコネニュース」サイトの「自分の家が金持ちと気づいた瞬間」で見た。
ある女性が、子供の時、自分の家は金持ちだと薄々気付くが、別段、他の子と違った生活はしておらず、大学では、学費と部屋代だけ出してもらって、普通にバイトをし、卒業後は就職し、家にお金を入れた。
ところが、彼女が結婚する際、親から渡された預金通帳には、サラリーマンの生涯収入を超える額が入っていた。
彼女は、ごく普通の感覚を持っていたので、震えたと言う。
金持ちの子供には、感覚がおかしくなって駄目になる者も多いが、彼女の親は、娘がそうならないよう、深く考えたのだと思う。
以前、テレビで、長嶋一茂さんが、「僕は子供の時、何でも買ってもらえた。それで、こんなになっちゃった。だから、自分の子供には何も買ってやらない」と言っておられたのをよく覚えている。
長嶋一茂さんが現役時代、「僕はトマトも桐箱に入っているのが当たり前だと思っていた」と言っていたことがあったが、やはり普通の人とは感覚が違ってしまっていて、それは悪い面も多いのだろう。
ただ、上記の女性のお金持ちの親は、娘がしっかりとした考え方が出来るようになったと信頼して、大金を渡したのである。
それで、その女性は、そのお金に一切手を付けていないが、心に余裕があるという。
お金の不安というのは、ないに越したことはないが、それは、あくまで、お金に関しての健全な感覚を持った上での話である。
それを持つためには、特に若い時に、ある程度のお金の苦労は必要なのだろう。

こんな話がある。
ある人は、自分の育った家は、貧困ではないにしろ、下層に近かった。
しかし、母親が見栄っ張りで、父親は「偉いさん」で給料が高く、我が家は豊かなのだと、その人に言い聞かせ、それに対し反論すると烈火のごとく怒った。
だけど、その人は、子供の時、持っている物は、他の子に比べ、少しも立派でなく、むしろ劣っているし、友達と会話していても、その子達が、よく大きな遊園地やレストランに行く話をするが、自分は、それがどんなものか全く分からない。
そのことを母親に言うと、母親は意気込んで、遊園地やレストランに連れていってくれたが、いかにも「無理してる」という雰囲気がありありだった。
家も、会社の狭い社宅だったが、母親の見栄っ張りは強情で、それで多少は、「自分の家は金持ち」という勘違いをするようになった。
そんな変な親のせいで、心が歪んだためか、他人とうまくやっていけないようになり、ひきこもったが、「家が豊か」という僅かな勘違いのおかげで、それほど焦らなかった。
働くようになってからも、「家には金があるから」という、おかしな思い込みのせいで、変な余裕があった。
しかし、結局、それが良かったという。
おかしな人にはなったが、そこそこうまく世渡りが出来るようになったのだ。
やはり、お金の不安はない方が良い。
佳川奈未さんの『マーフィー「思い込み」ひとつで、運命は変わる!』という本(電子書籍しかないと思う)で見たが、お金がなくても、宇宙銀行に大金を預けてあると思うと良いようだ。
偉大な神道家、黒住宗忠も、思い込みの力(あるいは信念の力)については、よく語っていたと思う。









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