ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ジョセフ・マーフィー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

若いうちの苦労を買い損ねた人が成功する方法

願望の成就を阻むものはエゴ(自我)である。
宗教では、このエゴを消滅させることを目指し、修行をしてエゴを葬り去ろうとする。
しかし、それは難しく、ほとんどの場合は失敗する。失敗するどころかエゴを強化する。
ところが、修行などしない一般の人が、何かの出来事の後、人にこう言われる。
「どうしたんだ?まるで仏様のような顔をしているじゃないか?」
その出来事のために、エゴが静まってしまったのだ。
その者は、余計なものは欲しがらないが、その気になれば、どんな願いも楽々叶えることが出来る。
良い引き寄せというのは、そんなことを意図的に起こすことなのである。

エゴを静めるのは難しい。
規則や権威でエゴを抑えつけても、エゴは反発して、かえって強くなる。
エゴを静めるには、エゴを満足させるのが賢いやり方である。
だが、エゴのわがままを聞いてやって(欲しいものを与えて)変に満足させると、エゴは「もっと欲しい」と言って、さらにわがままになるだろう。

宗教的な修行で、10日断食したら、人々に称賛され、エゴは満足するが、エゴはすぐに、もっと称賛を欲しがり、さらに断食に励む。
そして、ガリガリだが、我の強い醜悪な「聖者もどき」が出来上がる。よくあることだ。

こんな話がある。
ある若い女性は、人々から、ちやほやされることでエゴを満足させていた。
生まれつき容姿が優れていて、子供の時からちやほやされていたか、別に美人ではなくても、親から見ればどんな娘も超美人なので、その親が過剰にちやほやしたせいで、エゴは、ちやほやされることで満足を得ることを憶えたのだ。
そして、この女性は、女優になって大いにちやほやされる妄想を抱き、いい歳になっているのに本気で女優になろうと思っていた。
この女性に対し、ジョセフ・マーフィー(潜在意識による願望達成の世界的教師)が、「子供の夢は卒業しなさい」と嗜(たしな)める。
それで、この女性は、実務の勉強をして就職し、就職先の会社の若い社長と結婚して幸福になった。
だが、子供の夢を持っている者は多い・・・と言うより、誰でも持っている。
仕方なく会社に勤めているが、いつかベストセラー作家になるという妄想を持っている中年男性もいるだろう。こんな子供の夢が高じて、会社をやめ、引きこもって売れるはずがない小説を書くかもしれない。
いい歳になって、すっかり(醜い)オッサンになっているのに、アイドルやアニメのヒロインのような恋人を得ることを妄想する者は、今は多いようだ。
こんな者達に、「子供の夢を卒業しなさい」と言って、聞くはずがない。
これらの願いは、どんな引き寄せでも叶わない。
なぜなら、最初に述べた通り、引き寄せとは、願望の成就を阻むエゴを静めて、潜在意識の万能の力を発揮させる技術だからだ。
だが、子供の夢(=妄想)とは、エゴが前面で出張っている状態なのだ。

エゴを満足させてやると、女優になるという子供の夢が消える。あるいは、消えるわけではないが、それを子供の夢と認識し、執着しなくなる。
そうなるとどうなるのかというと、別の優れた願望が浮かんで、それを易々と実現するか、案外に本当に女優になってしまう。
「そうか、それで女優になれることがあるのか!では執着を捨ててやる」と思うと、またもやエゴを強くし、執着が生まれ、子供の夢が復活する。

よく、苦労することで大人になると言われる。つまり、エゴが弱くなると思われている。
そうではない。
苦労するだけなら、むしろエゴの強い困った人間になる。
だが、苦労する中で、小さなことに喜びを感じてエゴが満足すると、エゴが静まるのだ。
そんな機会は、苦労した方が圧倒的に多いし、逆に、苦労しないと、そんな機会は滅多にない。
だから、苦労も必要悪である。
結局のところ、引き寄せが上手い人って、いったんどん底に落ちた人が多いのだ。
よって、若いうちの苦労は買ってでもしなさいとか、可愛い子には旅をさせろという、極めてまっとうな教訓が生まれたのである。

だがね、王様ってのは、子供をどん底に落とせない。
それで、苦労せずとも、エゴを静める秘法を持っている。
持っていないと、子供は馬鹿王子から馬鹿王様になり、国を亡ぼす。
『老子』とか『君主論』てのは、王様みたいな立場で書かれたもので、庶民にはあまりピンと来ない。
あるいは、ぼんぼん育ちでも偉い人って、これらを読んでいるのである。
王様や名家の生まれでなくても、苦労知らずのボンボンや嬢ちゃんのまま大人になったボンクラは、これらを読むと良いだろう。








引き寄せの安全装置

「潜在意識の法則」とか、「ニューソート(新思想)」と言うべきかもしれないが、引き寄せと言って良いと思うジョセフ・マーフィーの本を、私が初めて読んだのは19歳の時で、そのおかげで、それまでひきこもりニートだったのが、概ねでうまくいくようになったのだが、私は引き寄せを知って以来、引き寄せは誰にでも等しく出来るものだと思っている。
しかし、「こいつには、絶対引き寄せは出来ない」と思うこともよくあるのである。
その中で、非常に印象的なことがあった。
ある時、書店のジョセフ・マーフィーの本が置いてある自己啓発書のコーナー(ビジネス書コーナーや精神世界コーナーに置いてある書店もある)にたまたま行ったら、1人の若い女性が、ジョセフ・マーフィーの本を立ち読みしていた。
明らかに、熱心に見ている様子だったが、私は瞬間で「こいつ駄目だ」と感じた。
しかし、その理由は明確に言えない。
休日でもあり、彼女は普段着だったが、だらしない格好をしているわけではなかったし、スタイルが良かったという印象はないが肥満してもいなかったと思う。
しかし、彼女の存在全体から伝わって来る、得体の知れない、締まりのなさ、馬鹿っぽさ・・・などと言ったら他人に対して失礼もいいところだとは思うが、とにかく、こんなのがマーフィーの本を読んでも駄目だということは分かってしまうのである。
また、私が以前勤めていた会社の派遣社員で、これも言っては悪いが、「まるでダメ男」と呼ぶしかない駄目な30過ぎの男・・・別に基本能力がないわけではなく、身体は丈夫で、頭も良い方かもしれないのに、信じられないほど駄目な男だったが、この男も、やはり、マーフィーの本を読んでも仕方がないと思う。
あの書店の女性や、まるでダメ男のような、マーフィーの本を読んでも駄目な者の共通点と思うのは、「性根」の問題である。
性根とは、「基本的な心の持ち方」とか「心構え」といった意味で、抽象的なものだが、いろんな人を見ていると、(私が人のことを言えるほどのものでないことはご容赦願うが)性根の腐った人間というのは立派な会社の中にも居る。
私がある一部上場企業に勤めていた時、システム開発部門の後輩(実質部下だったが)の中にも、絶対に使えないと思わせる者が時々いて、それもやはり、能力の欠如と言うより「性根」の問題なのだが、私は、「よくここまで性根が腐った人間になれたものだ」と、ある意味感心したこともあった。私は少し考えて、こういったことを、「人生に対する心構え」の問題と理解したが、やはり簡単に言えば性根が腐っているということなのだろう。

そして、そういった性根の腐った人間には引き寄せは出来ないだろう。
最近、私は『無能なナナ』というアニメを見たが、その中では「能力者」と呼ばれる、生まれつき超能力を備えた子供が稀に存在するのだが、その能力者の持つ超能力は半端なく強力であることも少なくなかった。
それで、政府はまず、能力者を隔離したが、能力者が結託でもしたら、少人数で世界を支配出来るほどの力があるので、排除・・・早い話が全員殺すことを決定した。
能力者の超能力を間近に見たナナ(ヒロインの少女)は、「苦労もせずに大きな力を得るというのは、子供に核爆弾を持たせるようなもの」と感じる。
引き寄せの力は、大きなものであれば、まさにそのようなものだろう。
上の、まるでダメ男に、それとなく願望を聞いてみたら、マジで社長になりたいとか、二十歳以下の可愛い彼女が欲しいというものがあったが、それらは本来は、引き寄せで簡単に叶う程度のものであるが、このまるでダメ男がそんなものを苦労せず得ることが出来る世界はディストピア(暗黒郷)以外の何物でもない。
しかし、そんなことは起こらない。
引き寄せの法則には、そんな「安全装置」と思えるものが確実に付いている。

つまり、引き寄せが出来ない場合、そのような、引き寄せの法則に付属する安全装置が働いていると考えられるのである。
ということは、何かの願望を引き寄せで叶えようとしたら、「自分の人となりは、この願望を叶えるのに相応しいものだろうか?」と考える必要があるのだろう。
マーフィーの本の中でも、大金を引き寄せようとする者が、「私はこのお金を賢明に、良いことのみに使う」と宣言する場合がよくある。
ヒトラーのような男が、国1つを支配したのも間違いなく引き寄せの力であり、あの場合には、引き寄せの安全装置が働いていなかったように見える。
詳しくは書かないが、そのような場合があることも理解出来るのである。しかし、「与えたものが与えられる」という法則も確実に存在する。つまり、行ったことに対する報いを受ける。
我々は、引き寄せの安全装置を意識しながら、引き寄せを行うべきであると思う。








闇の勢力や偽賢者との戦い方

世界が闇の勢力に支配され、庶民は家畜化、奴隷化されているというのは陰謀論だと言われるが、もう普通に考えても、その通りであることは分かるのではないかと思う。
しかし、「現代の普通」は、「家畜の普通」、「奴隷の普通」になってしまっていて、人間らしい普通が通用しないので、そのこと(我々は既に家畜・奴隷である)に気付かない人が多い。
ジョセフ・マーフィーを有名にしたマーフィーの著書は『眠りながら成功する』という1963年の本だが、実は、それ以前の1959年にマーフィーは『あなたは不安なしに生きられる』という本を出している。
その中で、マーフィーは何度も、
「我々は何もしなければ、世間の教義や信念に飲み込まれる」
と警告しているが、これが、今、せいぜいネットの一部で話題になる、民衆の洗脳と家畜化、奴隷化のことで、このことを、マーフィーは60年以上も昔に、本で知らせていたのである。
今は、「我々は洗脳されている」とか、闇の勢力とは何かといったことをネット等で話す人もおり、その8割はいかがわしい情報だが、中には、情報としては正しいものもある。
ただ、洗脳とか闇の勢力といったところで、それらが全く隠されているわけではなく、教科書的な本ではそうではないが、真面目な歴史学者の本や、政治・経済の本には、かなり書かれているのである。
確かに、歴史や政治・経済の本にも、フェイク(嘘)の本も多いのであるが、それも、普通の頭があれば、嘘は見抜けるはずである。しかし、洗脳された頭ではそれが出来ない。

ところが、貴重な恐ろしい事実を提示しても、「ではどうすれば良いのか?」の具体的対策として示されることは非常にお寒い。
せいぜいが「騙されないようにしましょう」で、騙されないことで奴隷化、家畜化されるのを防ぎましょうだが、騙されなかったとしても、力がなくては闇の勢力に全く抵抗出来ない。
そもそも、闇の勢力のやり方というのは、庶民に対し、無力感を叩き込むことだ。それはもう完全に成功している。
そして、闇の勢力に立ち向かっているように見える英雄的な人達だって、知恵や力は自分にだけあり、やっぱり庶民は無知・無力だと思わせて、自分が庶民から巻き上げる、新・闇の勢力を目指しているに過ぎない。

我々が持てる力は引き寄せであるが、長い支配者の洗脳により、引き寄せは、馬鹿が信じるもの、怪しいもの、ただのおとぎ話、信じると恥ずかしいものと思わされており、善意の引き寄せの本も、なるべく引き寄せの本に見えないように、宗教や哲学、心理学の立場で書かれているものも多い。
しかし、もう猶予はなく、引き寄せが出来ないと、自分も親しい人も守れない。
そもそも、引き寄せが出来ないと生活が破綻しかねない状況になっている。
これに関し、「これまで普通に手に入っていたものが得られなくなる」「とんでもないことが起こる」と不安ばかり煽る者が沢山出てきたが、そんな者の多くは、自分だけは儲けて良い思いをしようとしているのである。だから、そんな偽物のヒーローにも騙されないようにしないといけないが、そんな連中はインフルエンサーと呼ばれ、愚民に支持されている。こう言って、誰のことか分からないのも問題かもしれない。

そんなわけで、脳内お花畑と蔑まれることなど構わず、引き寄せを学ばないといけないが、確かに、引き寄せを学ぶ者の中には、悪い意味で脳内お花畑の者が多い。
そんな者の特徴は、誰かに言われた簡単なことをやってさえいれば自分も得を出来ると思っており、それでうまくいくかどうかの責任は自分にはないと主張していることである。
不満や文句を言う者には引き寄せは出来ない。
不満や文句は決して言ってはならない。このことは、いくら強調してもし過ぎであることはない。
不満や文句は絶対に言ってはならない。もちろん、思ってもならない。
そして、自分がやることを決めてもらいたがる者、他者からの承認欲求が強い者・・・つまり、認めて欲しがる者も駄目なのだ。
岡本太郎が言った「嫌われてもいい。いや、嫌われないといけない」は、別に芸術家の心構えではなく、現代においては、誰にも必須の心構えである。
だが、岡本太郎は、世の中と戦うことには意欲的であったが、問題解決の具体的方法は、ほとんど提示していない。
彼は特別過ぎたのだと思う。
彼の考え方は、世間の考え方との違いが大きいので、それが世間とのコントラストの差になり、ショッキングで分かり易い。しかし、あまり引っ張られないことも必要である。
岡本太郎主義者ってのは、ほとんどが、精神的にはどこか光るものがある場合でも、無力な変人である。
彼の考え方は引き寄せの役に立つが、引き寄せそのものではない。
崇拝の対象ではないのだ。
そこを間違えなければ、彼は素晴らしい存在である。
ちなみに、闇の勢力が使うのは力業だけで、偽の正義の味方(ネットのインフルエンサー)は騙すだけである。つまり、彼らには引き寄せは出来ない。よって、引き寄せが出来れば勝てるのであるが、敵さんもそこは分かっているので「自己啓発書を読むやつは馬鹿ですよ」「自己啓発書を読んで成功した人は1人もいません」とか言うのである。
確かに、変な自己啓発書も多いが、その中でも最も変に見える引き寄せの本の中で、宣伝なしに長く生き残ったものは読んでおくと良いだろう。








「楽しい」が「ありがたい」「幸せだ」に優る理由

願うものや幸運を引き寄せるために、日々、口や心で唱えるべき言葉として、「ありがとう/ありがたい」「嬉しい」「幸せだ」がよく知られている。
江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠は、最初は形だけでも良いので「ありがたい」と唱えよと常に言い、ハンセン氏病(らい病)に罹った武士に、1日1万回「ありがたい」と言わせることで、1週間で完治させた。

全く良いことだと思うが、直観的にも、経験的にも、願いを叶えるための言葉としては「楽しい(楽しいなあ)」の方が威力がある。
現在、すでに幸せであるとか、良い状況(あるいは、そこそこ良い状況)にある場合なら、「ありがとう/ありがたい」「嬉しい」「幸せだ」で良いと思う。
確かに、「現在、悪い状況であっても、ありがたいと言ってこそ良くなるのだ」という教えは良いものと思う。
しかし、悪い状況で「ありがたい」「嬉しい」と言うのは抵抗があるに違いないし、気分が変わり難い。
いや、それよりも、「ありがたい」「うれしい」は、静的な感じ、あるいは、守りの感じがあるのに比べ、「楽しい」は、動的な感じ、あるいは、積極的な感じがある。
分かり易い例で言おう。
たとえば、一億円欲しいとしよう。
引き寄せのコツは「一億円、すでにあると思うこと」であり、これは、イエスの教えであり、現在の最新の引き寄せの教えでもある。
そして、一億円があるとして、「ありがたい」「嬉しい」「幸せだ」と言うのは、確かにしっくりくる。
しかし、そこで止まってしまっていないだろうか?
一億円の銀行預金があることに対し、ニコニコ安心して「ありがたいなあ」「幸せだなあ」とほくそ笑むばかりで、生命力が感じられない。
そして、一億円の銀行預金があることに対し、「楽しいなあ」は、言葉としてちょっとおかしい。
一方、一億円を素晴らしいことに使うことを考えると、「楽しいなあ」はぴったりだが、「ありがたい」「嬉しい」は、ちょっとしっくりこないのである。
「いや、一億円の銀行預金があればそれでいいんです」と言うなら、それは問題である。
何のために、そんなもの欲しいのだと言うことになる。
それは、安心のためということと思うが、それなら、高次の力(引き寄せの力、潜在意識の力)を信じておらず、お金を信じているということだ。
その場合、一億円は得られないだろう。
引き寄せや潜在意識の力を信じていないのだから。
そもそも、死蔵するようなお金は得られないし、得ても良いことはない。
お金とは、有意義に使ってこそのものである。

ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』。原題は『コズミック・エナージャイザー(宇宙の活力)』)に、こんな話がある。
貧民街出身で、若い時は貧困であったある男が億万長者になったが、それは、学校で先生が教えてくれたことを実践したからだと言っていた。
それは簡単なもので、「100万ドル得たければ、100万ドルを使うことを想像しろ」だった。
決して、「100万ドルあってありがたいなあ、嬉しいなあと感じなさい」とは言わなかったし、それではうまくいかないだろう。

他にも、好きな女性(女性なら男性)がいて、恋人や夫婦になりたい場合も同じではないか?
好きな女性にキスしたり、結婚式を挙げることを考えたら、確かに、「ありがたいなあ」「嬉しいなあ」「幸せだなあ」と思うことだろう。
しかし、何かおかしくないか?
目的はキスや結婚式ではないだろう?
2人で楽しいことをする、楽しい人生を送ることだろう?
それなら、静的な「ありがたい」より「楽しい」の方がぴったりするはずだ。
また、キスしたり性的行為をするのだって、「嬉しい」なら、小説やエロ本でも感じられる。
そもそも、「嬉」という字は、「女を喜ぶ」であり、実際、元々は、男が女遊びをして喜ぶ言葉であった。
そして、享楽的な女遊び(あるいは男遊び)は、「楽しい」と言ってみたところで、本質は「虚しい」である。
「楽しい」というなら、やはり、男女で心を通わせた発展性、積極性がないといけない。
初音ミクさんのような女の子と付き合う場合、「嬉しい」なら、付き合うこと自体。、キスをすること自体が目的になってしまっている。
しかし、一緒に素晴らしいことをすることを考えると「楽しい」になるはずだ。
初音ミクさんは、ライブの時、「楽しんでますか?」とは聞くが、「嬉しいですか?」「ありがたいですか?」「幸せですか?」とは聞かない。聞いたらおかしい。
「このライブは皆で一緒に作り上げているものです」という意味で「楽しんでますか?」と聞いているのだと思う。
積極性が大切なのである。

以上から、満足出来る良い引き寄せを行う時の口ぐせ、まじない、アファーメーションは「楽しい」が良いと思うのである。
ついでにもう1つ言えば、最強の口ぐせ、アファーメーションは「生きている」である。








引き寄せに関する役に立つ話

引き寄せの法則は、昔は、ニューソート(新思考)と呼ばれ、日本では光明思想と呼ばれていた。
その後、ノーマン・ヴィンセント・ピールの教えが「積極的思考(ポジティブ・シンキング)」、ジョセフ・マーフィーの教えが「潜在意識の法則」、ナポレオン・ヒルの教えが「成功哲学」あるいは「思考は現実化する」と言われたが、現在は、その他のものも含め、全部まとめて「引き寄せの法則」と言われている。

引き寄せの法則は、複雑なものだと思われているが、実は一言で言い表すことが出来、それは、「信じていることが実現する」である。
よく、引き寄せとは何かについて、「思考は現実化する」とか「感情が実現する」とか言われることがあるが、それらは本質ではなく、引き寄せの法則の属性とか性質であり、引き寄せの法則とは、「信じていることが実現する」であると言って間違いない。

人間は、本当に信じていることが現実になる。
本当に金メダルが取れると信じれば金メダルが取れるし、特定の芸能人やスポーツ選手と結婚出来ると信じればそうなる。
ところで、一応言っておくと、なぜそうなるのかの原理は、今のところ、はっきりと分かっているわけではないし、そう簡単ではない。
だが、原理については知らなくても、引き寄せの効力とは関係がない。そもそも、どれほど凄い引き寄せを行った人でも、引き寄せの原理を理解している人は、今のところ、ほとんどおらず、昔は全くいなかった。しかし、昔の人の方がうまく引き寄せを行っていた。ただ、昔は、引き寄せを知っている人が少なかった。

信じたこことが実現するということから、当然のように、こんなことを考える人がいた。
「催眠術を使って信じれば良い」
つまり、金持ちになりたければ、催眠術で自分はお金持ちだと信じればお金持ちになる。
正確には催眠術ではないが、エミール・クーエの暗示法は、実質、それと同じで、確かに驚異的成果を上げることがあり、一時期ブームになったが、あまり知っている人はいない。
催眠術に関しては、こんな話がある。
旧ソ連で、公式な研究所で行われたものらしいが、肉体労働者の中年男に、催眠術をかけ「お前は偉大な画家だ」という暗示を与えた。
すると、その男は猛然と絵を描きはじめ、初めは下手だったが、みるみる上達して大画家になり、作品がクレムリン宮殿の中に飾られるほどになった。
ただ、これについては、「その男は、元々画家の才能があったのだ」と考えることも出来る。
しかし、重要なことは、その男が、絵を描くことが好きかどうかであり、絵を描くことが好きでない者に対して同じことをやっても、さっきの男のようにはいかない。
才能とは、所詮、内的衝動であり、それを起こすのは、好き嫌いでしかない。
だから、突出したことで成功を収めるには、引き寄せを使うにしても、本当に好きなことをしないといけない。
子供や、精神が未熟な人間が、「女優になりたい」「サッカー選手になりたい」と言っても、それは単に、ちやほやされて楽しそうとか、格好良いからといった理由でそう言うだけであり、そういうのを「子供の夢」とか「幼い夢」と言う。
子供の夢は、催眠術を使ったところで、本当に信じることは出来ないので実現しない。

だが、好き嫌いに影響されないことや、好きに決まっていることなら、割合簡単に信じることが出来、簡単に実現出来る。
例えば、お金は皆好きなので、金持ちになれると信じれば間違いなく金持ちになれる。
ただ、実はお金が嫌いとか、お金に抵抗があるという人間は多く、そんな者は自分が金持ちになれると信じることが難しい。それで、金持ちになれない。
とはいえ、お金が嫌いというのは誤解によるものがほとんどなので、その誤解を解けば金持ちになれるし、そこそこの生活が出来る程度のお金も嫌いという場合はさすがに少ないので、引き寄せを使えば、誰でも悠々とした暮らしは簡単に出来る。

ところで、昔から、権力者は、自分に都合の良い信念を国民に叩き込み、支配し易いようにした。
ある意味、権力者は、昔から、引き寄せのことを知っていたのである。
そして、こういったことは、今でも、昔とほとんど変わらず行われている。いわゆる思想統制であり、言い方を変えれば洗脳である。
共産主義国家だけでなく、アメリカ、日本といった民主主義国家でも、学校やマスコミ(特にテレビ)を使って、国民を洗脳しており、少なくとも8割以上の国民は権力者の狙い通りに洗脳されている。

本当に信じた通りのことが起こるし、もっと言えば、自分の世界は、自分が本当に信じている通りの世界なのである。
人間の本当の能力はただ1つで、好きなことを信じる能力だ。
それが高いか低いかで運命は決まる。
合氣道家の藤平光一は、毎朝、鏡に向かい、「お前はますます信念が強くなる」と念じたそうであるが、これも一種の自己暗示である。
ただ、これは、かなり心を鍛えた者のやり方ではないかと思う。
普通は、もっと穏やかな方法を使うべきだが、そのための方法が沢山あって迷うかもしれない、
しかし、大切なことは、自分に合った方法を使うことで、別の人に向いた方法が自分にも向いているとは限らない。

私は、非常に悪い状況にあった19歳の時、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』)を読み、世界は想い通りになることを知り、一切の不安がなくなった。
いざとなれば引き寄せを行えば良いだけだと分かったからである。
確かに、親や学校やテレビに植え付けられたおかしな信念や偏見のせいで、なかなか信じることが出来ないことも多かったが、出来る範囲で信じても、快適な状況を作ることは出来た。
心の中のおかしな信念や偏見を、引き寄せに関しては「ブロック」と呼ぶことが多い。
だが、ブロックは、真面目に引き寄せを行えば、容易く壊すことが出来る。私の場合は、熱心さが足りなかったのだが、それでも、一般的には何でもうまくいった。
つまり、ちょっと真面目にやりさえすれば、引き寄せは素晴らしい効果がある。
これを使わない手はない。
だが、「引き寄せは胡散臭い、デタラメだ、頭の中お花畑の愚か者の考えだ」というのが、権力者による洗脳である。
それを外せない者が9割で、今のところ、権力者の勝ちである。
しかし、その洗脳を外すのは簡単で、例えば、いつも言う「今今メソッド」をやるという方法があり、その他にも沢山書いており、今後も書くので、読んでいただきたい。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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