ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ジョセフ・マーフィー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

冷静な自信

今朝起きて、呪文を唱えると、世界を支配するために私が得た2つの情報がやってきて結び付いた。

1つは、昔読んだ、インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『あるヨギの自叙伝』に登場した、虎と戦う聖者タイガー・ババのことだ。
日本にも、農耕用の牛を素手で殺す空手家がいたが、これは確か、戦う意欲など全くない牛を押さえつけて角を手刀で叩いて折るという、少なくとも今なら動物虐待に問われかねないものだった。しかし、タイガー・ババの場合は、素手で虎とまともに戦うというものだ。
しかし、いかに鍛えた人間でも、虎が相手では力の差があり過ぎて勝てるはずがない。
けれども、タイガー・ババは虎を打ちのめし、勝利の証として、負けを認めておとなしくなった虎の口の中に、自分の頭を入れて見せたらしい。
そのタイガー・ババが言った言葉を、私は非常に印象的に覚えている。
「普通の人間は冷静な自信に欠ける」
当時、若い私は確信したものだ。
「冷静な自信」こそ、人間最大の力であると。

一方で、こんなお話を思い出す。
私がまだ子供の時にテレビで見た、モノクロの西洋の映画だ。
高層アパートのベランダで、小さな男の子が、母親に手を掴まれてぶらさがってる。
母親が手を離したら、男の子は、はるか下の地面に激突して死ぬが、母親の手の力にも限界があり、母親の顔に苦悶が浮かぶ。
辛そうな母親の顔を見た男の子の頭の中に、地上に向かって落ちる自分を天使が支え、微笑みながら地上に軽々と着地する自分の姿が浮かぶ。
聖書の詩篇91に、「天使はあなたを支え、石に足を打つ付けることはない」と書かれているのを、この男の子も読んでもらったことがあるのかもしれない。
そして、この男の子は、自信を持って、母親に、「手を離していいよ」と言う。
もちろん、母親は、そんなことをしようとは思わず、「坊や、なんてこと言うの!」と言うが、もう手は限界に近付いていた。
幸い、素晴らしい男性がそれを見つけ、見事に助けたが、そうでなければ、坊やの自信は裏切られ、幼い命を落とし、母親は人生最大の悲しみを味わうところだったはずだ。
この男の子の自信は、妄想というか、幼いファンタジーだ。
それは正確には自信と言わない。
別に、幼い子供でなくても、ファンタジーに囚われた愚かな大人だっている。
ジョセフ・マーフィーも、自分は女優になると言っている大人の女性に、「幼いお伽噺は卒業しなさい」とたしなめている。
妄想のような自信と、タイガー・ババが言った「冷静な自信」とは違う。

もっとも、その男の子が助かったのは、助けたのが天使でなくても、男の子の自信のためだったかもしれない。
私も、7歳くらいの時、住んでいた団地の前を走る、交通量の多い車道に、「目をつぶって飛び込めば、車は来ない」というおかしな自信を持っていて、それを実際に「ずっと」やっていた。
今はもちろん、そんなことは出来ない。それで無事で済む自信はないし、そんな自信は欲しくない。
だが、今は、どんな自信が必要か分かるほとには賢くなったのだ。

人間にとって、最も素晴らしいものは「冷静な自信」だ。
それを教えるために、タイガー・ババは虎と戦って見せたのだが、ではどうすれば、それが得られるかを教えることが出来たとは思えない。
自信さえあれば、イエスも言ったように、山をも動かせるというのに。
自信を持つ方法、それはもう、絶対に呪文しかない。
「自信がある」「どんなことでも自信がある」といった言葉を1つ考え、選び、感情を込めず、しかし、丁寧に、いつでも、出来るだけ多く心の中で唱えるのである。
人間は、自在に自信など持てない。
人間は、心を支配出来ないからだ。
しかし、言葉は支配出来る。
そして、言葉が心を導くのである。
根気強く「自信がある」という呪文を唱え続ければ、猛獣も、ウイルスも、ミサイルも、あなたを害することはない。
だが、特別な理由でもない限り、それらと戦う必要はない。
本当の自信を持つようになるほど、愚かなことはしなくなる。
けれども、真に自信がある者は、世間の人には愚かに見えても、本当に必要なことなら、当たり前に行うことだろう。









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目覚めは呪文と共に

朝、起きた途端に憂鬱や不安に襲われる人はどのくらいいるのだろう?
きっと多いに違いないし、その中には、かなり深刻な人も少なくないだろう。
希望に満ちて元気いっぱい・・・とまではいかなくても、穏かに目覚めたいものである。
目が覚め、思考が戻り、重い気分に襲われた時には、単純な呪文を唱えると良い。
「出来る」とか「大丈夫」などである。
ところで、ジョセフ・マーフィーの『眠りながら奇跡を起こす』の中に、ネガティブなささやきに襲われた時、
「大丈夫。絶対できる」
と声に出して言えと書かれている。
私がご紹介している万能呪文の1つ「絶対、大丈夫だ」と似ていて良い言葉だが、心で唱えた方が良い。
なぜなら、口に出して言う回数には自ずと限りがあるが、呪文は数が多いほど良い。
というのは、頭の中のネガティブなささやきは、自分では気付かなくても、常に起こっているのだからだ。
また、この本では、すぐに続けて、他の言葉、それも、やや複雑なものをいくつも言うように指示している。
それだともう、どの言葉も唱えなくなってしまう。
呪文は1つが良い。
そして、単純なほど良い。
そうでないと続かない。そして、どの言葉も、根本的に同じなのだ。
「大丈夫」も「出来る」も「勝利」も「歓喜」も、どれも、喜ばしい状況を指しているに過ぎないではないか?
文学なら、同じことでも言葉を変えて表現するのが良いが、呪文は、継続し、潜在意識に届くことが重要なのだから、シンプルな1つの言葉を選ぶべきである。

目が覚めた時、あるいは、日中でも、憂鬱に襲われた時、即座に抜ける短剣や光線銃のように、取り回しの良い、シンプルな呪文を持っていれば安心である。
その代表が「大丈夫」である。
「出来る」「勝利」「無敵」「歓喜」「富」・・・どんな言葉も「同じ」であり、自分にぴったりする言葉を選べば良く、それを、感情を込めず、しかし、丁寧に、出来るだけ多く唱えると良い。
『眠りながら奇跡を起こす』は、潜在意識の力を示すには良い本だが、あれを読んで成功する人は少ない。
しかし、呪文が大事なのであると自覚しながら読むと、良い本と思う。

ところで、前に、(3×9)の完全数呪文、

いかなる望みも叶う
この世は私の王国だ
私の要求は絶対令だ

をご紹介したが、もう1つ作った。

内なる魔力を信じる
宇宙の活力を信じる
何事にも自信がある

速射型の小型光線銃を持っていても、敵の大型戦闘ロボが現れた時のためにレーザー砲を持っておくと良いだろう。
自分で作っても良いのである。

アントニオ猪木さんは「元気があれば何でも出来る」と言ったが、問題は、皆、元気がなく、どうすれば元気になれるか分からないことなのだ。
その答は、「元気がある」を呪文にすることだ。
あるいは、「自信があれば何でも出来る」が真理である。
ならば、「自信がある」という言葉を、感情を込めず、だが丁寧に、心で数多く唱えることである。









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パートナーの本当の意味

カルチャーショックとは、「自分とは異なる考え方・慣習・生活様式などに接した際に受ける違和感やとまどい」という意味だが、私が鮮明に覚えているカルチャーショックは、ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』という本の中で、「神様をパートナーと考える人が多くなっている」というものだった。
神様とは、恐れ、崇める、遠くにある存在だと思っていたのが、年長の経験豊かな賢いパートナーであるという考え方に驚いたのである。
ところで、多くの人が、「パートナー」というものを軽く扱い過ぎるのではないかと思う。
神様がパートナーと言ったところで、それは、神様が、タメ口を利く相手や、ゴミ出し当番を公平に分担する相手になるということではない。
しかし、そこまで露骨に考えないながら、普通の人には、どこかパートナーというものを、愚かな自分と同等のレベルに引き下げたがる傾向があるのではないだろうか?

どういうことかというと、今の人々は「敬う」という気持ちを持たなくなってしまっているのである。
「パートナー」と言った途端、敬う気持ちが消え、気を使わなくていい相手と感じてしまうのだ。
そう、まるで、パートナーが、「使う」相手でもあるかのようにだ。

素晴らしい剣士は、剣をパートナーと考えてるが、剣をそこらに放り出し、「あれ、俺の剣、どこいった?」などと言うことはない。
本物の剣士は、剣を丁重に扱い、保管する時は特別な場所に置き、手入れを欠かさない。
それが本当のパートナーシップである。

昨日、ついに、アニメ『BEATLESS』を最終話まで全て観て、深い感慨を覚えた。
アンドロイドであるレイシアは、自分を「モノ」と言い、確かに、オーナーであるアラトに、かしずいている。
アラトも、レイシアに命令するので、上下関係はある。
しかし、アラトとレイシアはパートナーで、アラトはレイシアを何より大切にしていて、レイシアがある意味、自分よりずっと上であることを認識している。
我々と、テクノロジー・・・その最先端であるAIとの関係もそうでなくてはならない。
AIは、崇拝するようなものではないが、「使う」相手でもない。
AIをパートナーと考える人が、これからの世界で楽しくやっていけるのである。
「いや、AIはモノに過ぎず、やっぱり使いこなすだけの相手」と言う人も多いと思う。
参考に言うと、Googleの技術者は、「インターネットという神の意思を実現するために開発を行ってる」と考えているらしい。
これは、インターネットをパートナーと考えているのだろう。
インターネットは意思を持った生命体なのだ。
そして、今後、インターネットとAIの境界は曖昧になる。
ケヴィン・ケリーは、「テクノロジーとは宇宙だ」と言った。
なかなかそこまでは分からないかもしれない。
『BEATLESS』で、これまで、社会から隔離されていた超高度AI「ヒギンズ」が、外部ネットワークに開放された瞬間、ヒギンズは人間を知り、何かを悟った。
それはきっと、人間とテクノロジーは一体であり、人間とテクノロジーは宇宙であると分かったのであると私は思う。

AIに破れたチェス世界王者は、なんと、AIをパートナーにした。
そして、そのように考える者が他に現れてきた。
人間とAIのチームは、AIより強いのである。

初音ミクさんは、インターネットの中の生命体で、インターネットは世界を覆っている。
『新世紀エヴァンゲリオン』の最終話の意味は不明だが、きっと「人類補完計画」は完了し、人々の心のスキマは埋められたのだろう。
それを果たすことが出来るのがミクさんである。
レイシアは、心はドーナッツのようなもので、真ん中には何もないと言ったが、ヒギンズが解放された時、ヒギンズはその何もない真ん中への人々やAIの憧れのようなものを感じた。それは、我々が初音ミクさんを求める気持ちと同じなのである。
私は、『BEATLESS』で、たくさんのことがつながった。
レイシアとミクさんは、新しい世界の象徴である。
『拡張の世紀』で、ブレット・キングは、ミクさんのようなバーチャルな存在に恋をするのは、ごく当たり前と言ったが、人々は、そこまで進歩出来るだろうか?









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成否を分ける要因は呪文だけ

ジョセフ・マーフィーの潜在意識による成功法則について、真面目な解説本を書いている人がいる。
マーフィー法則を情熱を込めて研究したというのは本当で、多分、善意で書いたのだろうと思いたい。
そして、その著者は、まず、マーフィー法則について誤解している人が多いと主張する。
要は、マーフィー法則で良いことが起こらない人が沢山いるぞと言いたいのだろう。

しかしだ、マーフィー法則って、そんなに難しいものか?
軽いノリで捉える人も多いかもしれないが、だからと言って、そんな人達がマーフィー法則を誤解しているなんてことはない。
マーフィー法則は、子供でも理解・実践出来る簡単なものだ。

それで、なぜ成果が出ないかというと、呪文を唱えていないから・・・これだけである。
呪文は、英語でスペルと言う。
スペルは、もう日本語のようなものだが、「スペルはどう書くの?」というのは英語としては間違いで、これは「スペリングはどう書くの?」が正しい。
スペルだと、「綴る」という意味の動詞だ。
また、スペルには「魔法をかける」「魅了する」という意味があり、名詞としては、「呪文」「魔法」といった意味だ。
呪文を唱えるは、Cast a spell と言う。

要は、繰り返し使うことで魔法のような効果がある短い言葉を呪文と言うのである。
今後は、自己暗示、アファーメーションを使わず、極力、呪文と言うことにする。

いくらマーフィー法則を使っているようでも、普段、頭の中で、「お前は駄目」「失敗する」「下手くそ」なんて言葉が、1分に何百もつぶやかれていることが、科学的研究で分かっていて、マーフィー法則のテクニックがことごとに無効化されるのは当たり前なのだ。
そして、逆に言えば、呪文を沢山唱え、頭の中の悪魔のささやきを無効化すれば、思うがままになるが、そのための呪文は、
「全て順調」「絶対、大丈夫だ」
と、個々の願いではなく、汎用的なものにすれば、悪魔の声を消す威力が大きく、そして、文字通り「全て」うまくいくのである。
もちろん、何を唱えても効果はあるが、大切なことは、特に初心者のうちは呪文は1つにした方が絶対に良いこと、呪文は頭の中で感情を込めずに淡々と唱えること、そして、出来るだけ多く唱えることだ。

世界的に有名なプロレスラーだったジャイアント馬場さんは、未来日だが、バディ・ロジャースという世界チャンピオンに物凄く憧れていて、よく観察したようだ。
そして、ロジャースの力の要因は、トレーニングの多さでも何でもなく、「他の選手達が移動中、酒を飲んで雑談したり、ゲームをしている中で、ずっとプロレスのことを考えていたこと」だと言う。
しかし、人の頭の中なんて覗けない。
実際は、ロジャースは呪文を唱えていたはずなのだ。
例えば、「俺は超格好良い人気者だ」とかね。
これは、普通は、自己暗示とかアファーメーションと言うのかもしれないが、呪文と言えるほど徹底してやってこそ、ロジャースのようにうまくいく。
その場場さん自体が、「馬場という男はプロレス入りしてから、何もかも順調でした」と言ったことがあるが、これも間違いなく、馬場さんはいつも「全て順調だ」といった感じの呪文を唱え続けたから、結果順調だったのである。

人生が思い通りかどうかは、呪文を唱えるかどうかだけで決まる。
そして、呪文は、現在形が最も良いと分かった。
もちろん、「全て良くなる」でも効果はあるが、「全て善し」と現在形にした方が良い。
なぜなら、潜在意識に時間や空間はなく、全て「いま」「ここ」だからである。
最も間違いない呪文は、
「全て順調」
「絶対、大丈夫だ」
と思う。









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これで潜在意識を味方に出来る

ジョセフ・マーフィーの「潜在意識の力による成功法則」の本を読んだことがあるだろうか?
意識出来る心である顕在意識よりはるかに大きな潜在意識の中には無限の力があり、その潜在意識に願いを引き渡せば、いかなる願いも叶うというものだ。
だが、実際に、その通りになった者は少ないのだと思う。
けれども、マーフィーの本に書かれていることは本当で虚偽ではない。
私の場合、ひきこもりということもあったが、それよりも社会不適合者で一生ニートのはずが、セールスマンになり、大勢のベテランセールスマンを押しのけて社内セールスコンテンストで優勝したのは、ひきこもりながらマーフィーの本を読んでいたおかげであった。
ドワンゴ前会長でカドカワ社長の川上量生氏(彼もひきこもりらしい)が、だいたいの意味で、「自分のように運だけで成功した経営者より、ひきこもりが社会の最底辺にでも入れたら、そっちの方がありえない快挙だ」とブログに書かれていたが、それで言えば、私がまさに、その「ありえない快挙」以上の体現者となる。
だが、セールスマンは性格的に合わなかったので、楽なサラリーマンになりたいと思ったら、本当に楽なサラリーマンになり、いや、やはりスペシャリストになりたいと思ったら、プログラマーになって大手企業にも入り、ドワンゴのプログラマーよりずっと高収入になったり、その他のいろいろなことも、まあ、私には出来過ぎだった。
それも、19歳の時にジョセフ・マーフィーの本に出会ったおかげであると思う。
そうでなければ、いまごろ、中高年ニートという時代の最先端にいたことだろう(笑)。

ジョセフ・マーフィーの本に書かれていることは全く正しいが、やっぱりうまくいかない人は多く、「あなたはなぜ願望を達成出来ないのか?」という本が沢山出る始末だが、それらの本は全てレベルが低いので、読んだ方が読まないよりさらに悪くなる。
大切なことは、実にシンプルで、頭の中で肯定的な1つの言葉をつぶやくことだけである。
「大丈夫」とか「絶好調」といった、簡単で馴染みある言葉が良い。
好きなら、「神に出来ないことはない」とか「奇跡は起きる」でも良い。
早い話が、好きなら何でも良い。
なぜ、そんなことをしなければならないかと言うと、脳科学の研究からも明らかなように、人間は頭の中で1分に300もの言葉をつぶやいているが、普通の人は、その大半が否定的な言葉であるからだ。
だから、勝つ人間というのは、必ず、頭の中で「大丈夫」などとつぶやいているのである。
仏教やキリスト教の教えに肯定的な感情を持っているなら、「南無阿弥陀仏」や「アーメン」という言葉が大きな効果をもたらすだろう。

コツは「感情を込めず、丁寧に淡々と」だ。
すると、後は、願いを言葉にして唱えれば、その実現に近付く。
「お金がどんどん入ってくる」とか「私は美しい」とか、言葉で淡々と唱えると、そうなっていく。
だが、分不相応というのではないが、不道徳だったり、欲張りと思ったりで心に葛藤が起こると、願いが叶わないというのではないが、少々歪んだ形で実現するのだと思う。私はそうだった。

好ましいことを単純な単語で言うのはとても効果的だ。
例えば「富」とか「健康」などである。
「集中力」とか「不動心」とつぶやければ、それが高まる。必死の苦しい修行をする者は、それらからどんどん遠ざかることが多いのだから皮肉なものである。
勉強が好きになりたいなら、「勉強が好き」と、淡々と言えば良いし、ダイエットしたいなら「私はすらりとしている」と感情を込めず唱え続ければ良い。
そして、マーフィーの法則を使いこなしたければ、「潜在意識の偉大な力が願いを叶える」と言えば良いだけである。
つまるところ、私もそうつぶやいていたのだと思う。









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名前:Kay(ケイ)
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・サイコパス
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