ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ジョセフ・マーフィー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

目標を短い言葉でつぶやく

フクロウは「Who?(フ―/誰だ?)」と鳴くという話を、見たり聞いたりしたことがあるだろうか?
私は、これまでの生涯で2度あるが、それはわずか数日の間に起こった。
最初は、ローラ・インガルス・ワイルダーの『大きな森の小さな家』の中の話で、著者ローラの父親のチャールズの少年時代、夜の森に初めて行った時に、不意に「フー(誰だ?)」という声が聞こえたと思ったら、あちこちから「フー」という声がして、それがフクロウだと気付かず、チャールズは恐くて逃げだしたというものだった。
当時、私は高校生だったが、この話が気に入って、頭の中でずっと「フー」とフクロウの鳴き声を真似していた。
すると、数日後、テレビで、イングランドかノルウェーだったかもしれないが、田舎のお爺さんが、
「フクロウは、誰だ?誰だ?お前は誰だ?って鳴くんだ。フー、フー、フーアーユー(Who? Who? Who are you?)ってね」
という話をする。
なるほど、Who are you?とまで鳴くのかと、私は感動したものだった(笑)。

私が、ずっと「フー」と呪文のように唱えながら考えたことが、この放送を引き寄せた、あるいは、作り出したのだろう。
そのテレビ放送の「Who are you?」で何かの決着がついたので、その後は考えなくなり、それから、二度とこんな話は見聞きしていない。

言葉を繰り返す効果について、著名な英文学者で評論家の渡部昇一氏(ミュンスター大学哲学博士)も著書に書いていた。
渡部氏は、ジョセフ・マーフィーの潜在意識の活用による成功法則の日本への導入者で、自ら、若い時から実践していた。
渡部氏は、『あなたはこうして成功する』の中で、一千万円を作るには、「一千万円」という言葉をたびたびつぶやくよう勧めている。
アメリカの作家、マイク・ハーナッキーは、『成功の扉』の中で「一千万ドルのことを考えば、ただちに、一千万ドルを引き寄せ始める」と書いている。
それなら、一千万ドルのことを考えるには、やはり、「一千万ドル」とつぶやくと良いと思う。
尚、ジョセフ・マーフィーは、「百万ドルが欲しければ、百万ドルをどう使うか考えろ」と、どれかの著書に書いているが、これも、百万ドルのことを考える良い方法で、このやり方の方が性に合う人もいると思う。
目標額について、仙道研究家の高藤総一郎氏が、今では古書が何万円もする本の中で、こんなことを書いている。
「10万円あったら、0を1つ付けるだけだと思って100万円を目標にすれば良い」
10万円なら、誰でもちょっと頑張れば作れるだろうから、「100万円」とつぶやけば良く、100万円あれば1000万円という訳だ。
10万円、あるいは、100万円出来た時に、喜ぶのは良いが、あまり達成感を持ってしまうと、なかなかそこから増えない。
特に、1000万円出来ると満足してしまう人が多いので、すぐに1憶円に狙いを定めると良いだろう。








真面目な理性が魔力の邪魔をする

涼宮ハルヒ(小説・アニメ『涼宮ハルヒ』シリーズのヒロイン。高1~高2)の魔法の使い方は、私とよく似ている。
ハルヒは、お寺のドバト(普通の鳩。正式にはカワラバト)の群を見て、「白鳩になればいい」と言ったら、翌日、本当にそうなった。
9月に「桜があればいい」と思ったら、1つの場所ではあるが、桜が満開になった。
なかなかやるではないか(笑)。
私は、小学4年生の時、天文の知識はゼロだったが、夜空の1つの星を適当に選び、「あの星が土星ならいい」と思って天体望遠鏡で見ると、必ず土星になった。
星を1つ変えるのだから、ハルヒに負けているとも言えまい。
車の多い車道で、信号のある場所まで行くのが面倒で、「目をつぶって飛び込んだら、車は来ない」と思うという方法でいつも道路を渡っていた(良い子・・・いや、大人も真似しちゃ駄目だ)。
「以前見た時代劇のあの回を録画したい」と思って、録画リモコンを握って待っていたら、ちゃんとそれが放送された。

大人になってからも、ヤケを起こして会社で微妙な立場になった時、「スカウトが来れば良い」と思えばそうなった。
まあ、基本的には、私の魔法は、個人的な範囲で済むもの限定のようにも思われるが、それは、エゴ(理性)がイド(本能)を抑えるから・・・ということもあると思う。
つまり、善良な人達に多大な迷惑をかけることや、道徳や倫理に著しく反する願いは叶わない。
とはいえ、イドの最大の欲望である「生きる」が脅かされたら、人様に迷惑をかけることもあるのかなあと思う。
それはともかく、この魔法の使い方を定式化し、誰でも使えるように出来るだろうか?
もちろん、可能と思う。
それが、アンダーグラウンドで流行りの「引き寄せの法則」である。

H.G.ウェルズの『奇跡を起こせる男』での、奇跡の使い方は分かり易い。
ただ言葉で命じるだけだった。
あの小説の奇跡を起こせる男、フォザリンゲーが最初にやった奇跡は、ランプが空中で逆さに燃えることだった。
彼は、自分で言うところでは「意識を集中して」、ランプに向かって、
「こわれずに逆さになれ、そして、ちゃんと燃えつづけろ!」
と命じたら、その通りになり、この時は、本人も驚いていた。
このやり方は、私には難しそうだ。
つまり、奇跡を起こすとしても、私の場合、自分で起こすというよりは、やはり何かに頼んでいる感覚がある。
その「何か」とは、30ページの最高の引き寄せ書『イット・ワークス』では、著者は「インマヌエル(我らの中にまします神)」と呼び、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』)では、「コズミック・エナージャイザー(桑名一央氏は「宇宙の活力」と訳)」だ。
まあ、両方の著者とも、「何と呼んでも良い」と述べているが。

完全な定式化はまだ出来ないが、最近思うことは、やはり、エゴ(理性)の反発を招かないことが重要なのだということだ。
その点、涼宮ハルヒは、利己的と言うよりは幼いので、かなりまずいこともやらかすが、それでも、古泉一樹(超能力者。某機関所属)の言う通り、あれでなかなか理性的なのである(でなければ地球はとっくに破滅している)。
エゴと言ったら「エゴイズム(利己主義)」を連想する人が多いと思うし、確かに、そんな意味もあるが、エゴは理性のことである。
叶えたい願いがあっても、それが理性の反発を招くものであっては叶い難い。
例えば、人の奥さんを彼女にしたいという場合には、理性は反発する。
しかし、理性が足りない人間の場合はそうではないが、そんな人間は集中力に欠けるので、あまりうまくいかない。
ただ、サイコパスの場合、人工的な都合の良い理性を持っているので、願望が叶ってしまい易い。それは単に「サイコパスは地頭が良い」というだけでなく、やはり、魔法的な力もあるのだと思う。
まあ、ここでは詳しく書かないが、サイコパスは破滅因子を持っている場合が多く、あまり良い生涯にならない場合が多い。

理性の反発を招かない願いを持つことだ。
そうすれば、後はガッツポーズをしておけば、大抵は叶うのではないかと思う。








自分が英雄であることを思い出すには

アメリカ最大の賢者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、エッセイ『歴史』の中で、極めて重要なアイデアを述べている。
それは、「英雄の物語を読む時は、それは自分の物語であると知れ」だ。
実際に、その通りなのだからだ。
私は、いったい誰を英雄と呼ぶべきか分からないのだが、イエス・キリストなら、その資格は十二分以上にあるので、新約聖書の福音書を読むなら、イエス・キリストという自分の物語を読むのだと自覚すれば良い。
それと似た教えとして、ジョセフ・マーフィーが、「『ヨブ記』(旧約聖書の中の一章)の意味を知りたいと思うなら、昔、自分がそれを書いた時のことを思い出せば良い」と述べている。
つまりね、どう転ぼうが、あなたは、ただ者ではなく、恐るべき存在・・・人類を代表する存在なのである。
そんな馬鹿なと思うのであれば、あなたは、親や学校や世間や社会や国家に洗脳されてしまっているだけである。
無論、自分が英雄だからと言って、得意になるようなことでもないが、静かな自信を持つべきなのである。
パラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』で、トラと素手で戦う男タイガー・ババが言っていたように、我々に欠けているものは、冷静な自信である。
まずは、エマーソンが言う通り、英雄の物語を、自分の物語だと自覚して読むと良い。

あるいは、『涼宮ハルヒの憂鬱』を読むと良い。
なぜなら、我々は、涼宮ハルヒなのだからだ。
もっと納得し易い言い方をするなら、我々は、涼宮ハルヒと同じ力を持っている。
願ったことは、いかなることでも現実にしてしまう力だ。
ハルヒは、自覚なく奇跡を起こしてしまう。
彼女がいつでも前向きで気分が良いからだ。
もちろん、時にはハルヒだって落ち込むが、すぐに回復する。
「ハルヒ」というのは、おそらく、『張(は)る霊(ひ)』なのである。
我々もまた、張る(膨張する)霊、膨らむ生命を持っていなければならない。
ハルヒの選択基準は、「面白いか面白くないか」だ。
これも、「楽しいか楽しくないか」「ワクワクするかしないか」「ゾクゾクするかしないか」「ロマンを感じるか感じないか」などと置き換えても良い。
楽しくないこと、ワクワクしないこと、ゾクゾクしないこと、ロマンを感じないことは、決してしてはならない。
ハルヒは、小学6年生の時から、ある事件をきっかけに面白いことを求め続けた。
求めたものは与えられる。
ハルヒは、「面白いことは待ってるだけじゃやってこない」「私が待ってるだけの女じゃないことを世界に教えた」と言ったが、その通りである。
ならば、ガッツポーズをすれば良い。
他に、特に何もする必要もない。したければすれば良いだけである。
そして、いかなる時も決して挫けず、全ては良い方向に向かっていると思うことである。
ハルヒは間違いなくそうなのだ。








願いがなかなか叶わない時

引き寄せのテクニックを使っても、なかなか願いが叶わない時はどうするか?
ジョセフ・マーフィーの本でも、『ザ・シークレット』のDVDでも、そのような話は当然ある。
願望が一向に叶う様子がなく、がっかりしたり、不安になるというものだ。
『ザ・シークレット』のDVDに登場する「賢人」達の中にも、最初は、なかなか状況が変化せず、引き寄せの法則を「信じる」「信じない」で揺れたことを告白している人もいる。

ジョセフ・マーフィーの、ある本の場合は、願いがなかなか叶わない女子大生は、聖書の「耐え忍ぶ者は救われる」という言葉を思い出し、望みを捨てなかった。そして、やがて願いは叶った。
『ザ・シークレット』では、願いが叶わないと感じる時のいらだちや不安も肯定する。
そして、やはり、「願いは叶っている」と思い続けることを奨励していて、それが出来れば、願いは叶う。

この問題に関し、私は、イギリスの作家コリン・ウィルソンの『右脳の冒険』に書かれていた、ウィルソン自身のエピソードが、最も参考になると思うのだ。
(ひょっとしたら『フランケンシュタインの城』の方かもしれないが、両方、良い本である)
子供の時、ウィルソンは弟と、森で迷ってしまったことがあった。
歩けば歩くほど、自分達がどこにいるのか分からなった。そして、どんどん疲れてくる。
さらに悪いことに、雨が降り出した。
疲労した冷えた身体、希望が見えない不安、絶望感。
弟は泣き出し、駄々をこねる。
その時、ウィルソン兄は「僕はお兄ちゃんなのだ」という自覚を呼び覚まし、心を奮い立たせた。
つまり、彼は「しゃんとして」、弟のように自己憐憫に耽ることを拒否し、無理にでも前向きな態度を取ったのだ。
すると、彼は軍神マルスと一体化したように、状況は良い方向に向かい出し、やがて、2人は森を脱出し、家に帰ることが出来た。
ウィルソンは、他の本でも、自分の意思で「しゃんとする」ことの大切さを説いている。
いかに、右脳や潜在意識に世界を動かす力があっても、顕在意識がうじうじしていては駄目なのである。

私が幼稚園の時、幼稚園で予防接種を受けたのだが、多くの子供が痛くて泣いていたが、私はやせ我慢をして、少しも痛くない顔をした。
すると、それほどの痛みを感じなかったことを、鮮明に覚えている。
これが「しゃんとする」力である。
また、小学6年生の時、ひどく寒い日に、野外で体育の授業があったのだが、男子も女子も寒くて縮こまりながら運動場に向かう中で、私は、またもやせ我慢し、「僕はちっとも寒くないぞ」と上着をまくり上げて見せた。当然、女の子にいいところを見せようと思ったのだ(笑)。
そして、そんなふうに「しゃんと」したら、やはり、あんまり寒くないのである。

「気合い」という言葉が一般に示すような、煩かったり、仰々しいのは嫌いだ。
(まあ、さっきの女子の前での「寒くない」アピールは、やや気合いっぽかったが 笑)
静かに、しかし、強い心で「しゃんとする」ことが大切である。
そして、そのために、無理にでも笑顔になったり、ガッツポーズをすれば良いと思う。
すると、潜在意識に火が付き、潜在意識は世界を揺るがしてでも、願いを叶えてくれるだろう。








自分の潜在能力を信じ、開発するには

自分の潜在能力(今は表には表れていないが、隠し持っている力)が、どれほどのものと考えているかは重要だ。
あなたは、それがどれくらいの大きさのものだと信じているだろうか?
親の力にも劣るのか?
せいぜいが、親や周囲の普通の大人のレベルか?
並の人間よりは上のレベルか?
優秀な一握りの人間と言えるほどか?
天才か?
ただ、一流大学や大学院を出ているという理由で、「自分は優秀だ」と言う者は、それで本当に自信があれば結構なことだが、実は、全く自信がない場合が圧倒的に多いのである。
脳科学者の中野信子博士が著書に書かれていたが、メンサという、人類の上位2パーセントに入るIQ(だいたい132以上)があれば入れるという団体があるらしいが、彼女も入ってみたが、凡人ばかりなのでやめたという。あんな入会テスト(知能検査)で合格することは、練習すれば誰でも可能だし、そもそも、IQ132程度で天才とは言えない。
まあ、それでも、メンサに入れて本当に自信が出来れば良いのだが、まあ、そんなことはあり得ない。なぜなら、本当の力がなければ、現実の自分は無力であることを思い知るしかないからだ。

そして、多くの人間は、幼い時から親に、自分は大した人間ではない・・・それどころか、バカでグズで役立たずで、駄目な人間だと言われ続けている。
学校でも、教師の歪んだ劣等感のために、生徒達は愚かな人間として扱われる。
そのようにして、虫けらのような能力しかない「凡人」が出来上がるのである。

平井和正さんが原作の、桑田次郎(二郎)さんの『エリート』という、数十年前の漫画がある。
その中で、普通の人間は、脳の5パーセント、筋肉の10パーセントの力しか使っておらず、もし、全ての力を使うことが出来れば、天才・超人になると説明され、竜太郎という、出来の悪い中学生男子が、宇宙生命体アルゴールによって、その全潜在力を解放され、たちまち、世界最高の頭脳と、超人の肉体の持ち主になる。
それが知的で温かい雰囲気の中で描かれている。
小学生とか中学生、せめて、高校生の時に、この作品を読んでいた人は、卓越した能力を発揮出来るのではないかと思う。

本当の自分は、想像も出来ないほどの素晴らしい力を持っていることを知らないまま大人になったのであれば、それを自分で知ろうとした方が良い。
ただ、脳科学や心理学などの難しい本を読んでも上手くいかないことが多い。
その理由は、学術的な本は、他の専門家の批判を恐れて、解り易さよりも正確さを重視し、回りくどい表現をするが、その正確さにしても「教科書に反しない」という意味のものであるから、結局、お茶を濁したようなものになっている。
自分は前衛的(時代に先駆けている)な研究者であるという者が優れたことを書くこともあるが、その中身の大半は独善的で押しつけがましい場合が多いのだ。
釈迦やイエスが素晴らしいことを言ってはいるのだろうが、それを解説する専門家は、大抵の場合、せっかくの素晴らしい教えを駄目にしてしまうものなのだ。

過激でなく、また、高圧的・権威的でもなく、そして、偏見がなく、親切に、人間が隠し持つ潜在能力のことを、そして、その使い方を説くものを学ぶことは、充実した人生を送る上で極めて有益なことだろう。
そんなことを目指したのが、『トーチェ氏の心の法則』であったと思う。
これは当時(1950年代)の科学に基いていたので、現代では、やや遅れの部分もあるが、やはり、有益な示唆を与えてくれると思う。
また、賢く読めば、やはり、半世紀以上、世界でロングセラーを続けるジョセフ・マーフィーやクラウド・ブリストルらの著書が役に立つだろう。
2006年の『ザ・シークレット』には、科学者や哲学者、作家、事業家、神秘学者らが共通の見解としての、人間の極めて高い能力を示してくれている。
ただ、こういったことは、本で読むより、耳で聴いた方が理解し易い面が多いと思われる。
だから、出来れば、CDやビデオで見ることをお勧めするのである。








プロフィール
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