ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ジャイアント馬場

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

いつもずっと考える

イチローや、テッド・ウィリアムズや、ニコラ・テスラや、堀部正史さんや、伊藤博之さんのように、起きている時間、ずっと修行している人が特別な人間になる。
では、我々は何をすべきだろう?
凡人は、特別になるなどという、分不相応なことを考えてはいけないのだろうか?
そうであるとも言える。
しかし、そうでなくすことも出来る。
早い話が自分次第だ。
まずは考えることをしなければならない。
ただし、無駄なことを考えても仕方が無い。
斎藤一人さんが『変な人が書いた驚くほどツイてる話』に書いていたことだが、斎藤さんはプロの商人なので、1日中、金儲けのことを考えているし、プロの力士は「あいつをどうやって投げてやろうか」と1日中、考えている。
そんなふうに考えることだ。
ジャイアント馬場さんは、彼が「最高のレスラー」と思い、この上なく憧れたバディ・ロジャース(世界ヘビー級王者。ニックネームは「野生児」「ネイチャーボーイ」)をじっと観察していたら、ロジャースはずっと考えていることが分かったと言う。他のレスラー達が、移動中の電車の中等で、酒を飲んだり、ゲームをしたり、雑談をしている間、ロジャースだけはずっと考えていた。
プロレスは本物の格闘技ではないので、ロジャースはお客さんを喜ばせる方法を考えていたのだ。
馬場さんは、「ずっと考えている人と、そうでない人では、やっぱり差がつく」と述べておられた。
「考えるだけでは駄目だ」と言う人もいるが、「ずっと考えること」は最高の行動を生むのである。
駄目な「考える」は、せいぜい、1日数十分しか考えていないのだ。せめて、1日3時間は考えないといけない。
「エロいことばかり考えている」なんて言われている者なんて、やっぱり本当はわずかしか考えていない。本当に長時間考えているなら芸術家になれる。
池田満寿夫さんは、猥褻と芸術の違いは、ソフィスティケート(洗練)されているかいないかの違いだと言ったが、ずっと考えていないとソフィスティケートされないのだ。
池田さんは1日中、エロいことを考え、ソフィスティケートしたので、世界的版画家になったのだ。
もちろん、イチローも、テッド・ウィリズムズも、1日中、野球のことを考え、自己のバッティングを洗練させたのだ。

私は、1日中考えることを、短期間なら割とやっている。
それは、本物ではないかもしれないが、威力はある。
ある時期(数ヶ月か1年くらいだろうか)、コンピュータープログラミングのことばかり考えていたので、プログラミングが非常に上手くなり、プロになった。
プログラミングをマスター出来ない者や、さして上手くならない者もいるが、そんな者は、考える時間が少な過ぎるのである。
私が社会人になって初めてやった仕事はセールスだったが、セールスの会社に入った時、若くしてセールスで成功した支店長が、「数ヶ月はセールスのことだけ考えて下さい」と言ったのをよく覚えている。
私は、素直にセールスのことばかり考えたので、新人ながら、ベテランの強者セールスマン達を押しのけ、セールス・コンテストで優勝した。
ベテラン達は、セールスのことを考えるのを怠っていたのだ。
ビル・ゲイツは、IBMパソコンに搭載するOS争いで、天才ゲイリー・キルドールに勝ったが、その要因を「一生懸命働いた」「キルドールは怠けていた」と言った。
それは、ゲイツがずっとOSのことを考えている間、キルダールは飛行機遊びをしたり、いろんなことをやって、別のことを考えていたということだ。

プロになれないミュージシャンは、やはり、音楽のことを考える時間が少ないのである。
1日中、音楽のことを考えているのに、プロになれないことは考えられない。
「1日中考えることが出来ることが才能だ」と言えば、確かにそうなのだが、逆に、1日中考えれば、DNAは変化し、才能が出来るのである。それは本当であると思う。

今回の記事は、書いたはずの私が座右の書とすると決めた。
どうも、高次の存在が私に書かせたようだ。









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社会で苦痛を避けるコツ

働くということに対して、悪いイメージがある人の多くは、程度の違いはあれ、パワハラに遭った人ではないかと思う。
入社した会社で、上司や先輩に思慮がなく、そいつらが傲慢だったり、横柄だったりで、人格を踏みにじるようなことを平気でしてきたが、抵抗出来なかったといったような経験が、多くの人にあるのだろう。
「人間社会とはそんなもの。負けてはならない」と言うのも、もっともなのだが、そんなことばかりでは気力が続かない。
「甘い!昔の職場のパワハラは凄かったぞ!」と言う人もいるが、本当だろうか?

入社した時、上司や先輩が親切で、温かく、親身になって世話してくれたら、それほど良いことはないだろう。
「そんなの、あるわけない」という声も聴こえてきそうだが、実は、私は常にそうだった。
それで、数年のひきこもりニート明けであったに関わらず、楽ではなかったが、挫けずに済んだのである。
はてさて、私がそんなに幸運だったのは、偶然か、あるいは、私が可愛かったからか?(笑)
いや、そういうのではない。
その秘訣は検証する価値がある。
多くのひきこもりの役に立つからだ。
それで、一応の結論はこうだ。
まず、「控え目でなくてはいけないが、控え目なだけでも駄目」だ。
当然だが、態度が悪過ぎるやつは、よほどの魅力でもない限り、即終りだ。私には、そんなもの(特別な美点)はない。
これに関しては、プロレスのジャイアント馬場さんが、大きいに関わらず、リング以外では、常に「小さくなっていた」ことを覚えていたのが良かった。
しかも、馬場さんは、自分が大スターになっても、控え室ではやっぱり小さくなって、先輩レスラーを立てていたのだから本物だ。
しかし、身を屈しているだけでは、馬鹿にされ、普通は虐げられる。
ここで、誰が言ったか忘れたが、こんな言葉を思い出すのだ。
「大きな銃を持った大人より、いつもナイフを磨いている少年の方が恐ろしい」
私には、そんな恐ろしさがあったのだと確信する。
そして、恐ろしさを身に付けるには、その言葉の通り、常にナイフを磨けば良いのである。
もちろん、ナイフは1つのたとえに過ぎない。
何か1つ、自分を鍛えることを続ければ良い。
それをするかしないかの差は、あまりに大きい。
私の場合、少しではあったが、毎日、必ずトレーニングをして身体を鍛えてたことだ。
腕立て伏せとスクワットを、本当に少しだが、ずっと続けた。若い時は、やったりやらなかったりと少々ムラはあったが、今では、盆暮れ正月も関係なく、毎日やっている。
本当に何でも良い。聖書を毎日読むとかでもね。
肝心なことは、なるべく毎日・・・出来れば、必ず毎日やることだ。
そうすれば、顔つきが変わってくる。
毎日鍛えていたら、顔や雰囲気に現れるのである。そんな者を悪し様(相手を不当に悪く扱うこと)に出来るほど強いやつなどいない。
そして、やはりトレーニングが好ましいのだと思う。
スタイルが良くなり、日常動作も変わってくるからだ。

結局、馬場さんの話と、ナイフを磨く少年の話を知っていたことが幸運の元だった。
要するに、他人を恐れ、鍛えれば良いだけである。
だが、鍛えるにも、張り切り過ぎて無理をしないことだ。
丁寧にやれば、たとえスクワット10回でも良い。男子の場合、腕立て伏せ10回で良いから、毎日欠かさずやることだ。
やがて数も増えるだろうし、やがて確実に雰囲気が変わる。
私が、まるで駄目男と呼んでいる男は、この程度のことが出来ないのだから、残念ながら、もう救えないのである。
しかし、やりさえすれば、その見返りはあまりに大きい。









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変な目標で「素振り」に匹敵すること

昨夜も今朝も書いた通り、野球の素振りに匹敵することを、自分のやりたいことで数多くやれば勝てる。
これまで、野球選手のテッド・ウィリアムズや、ピカソやベートヴェンでそうであったと書いたが、ビートルズのデビュー前の酒場での演奏や、ビル・ゲイツの高校時代のプログラミングがまさにそうだった。
アメリカでもゴッド・ハンドと呼ばれた超人空手家は、
「空手に強くなるのに秘訣などない。千回、万回の繰り返しのみ」
と言ったらしいが、彼は自分は大嘘つきだと認めていても、真理もいっぱい言っているのである。

では、変な話だが、魔法使いになるとか、超能力者になるとかの場合はどうだろう?
その方面の本を読んだり、本に書いてある修行をすれば良いのかというと、そういった本に書かれていることが本当のことかどうかは分からないし、おそらく、ほとんどが嘘だろう。
別に、本当に魔法や超能力でなくてもいいが、要は、全く世間的でなく、やり方が分からないことだ。
有名な科学技術者の中にも、案外に超能力のようなものの研究を熱心にやってた人がいるが、それに関する「素振り」の量が多ければ、やはり力になっているはずなのだ。
私なんて、本当に魔法使いになりたいしね(笑)。
では、どうすれば良いかというと、「そのことについて考える」ことだ。
最近、度々、プロレスのジャイアント馬場さんの話をするが、あの人は、本当に良い感性をしていたと思うのだ。
彼が憧れてやまなかったレスラーは、アメリカのバディ・ロジャースだったが、馬場さんは、やはりロジャースをよく観察していた。
すると、ロジャースは、他のレスラーが、遊んだり、酒を飲んだり、雑談している間も、ずっと考えていたのだそうだ。
ロジャースが考えていたことは、間違いなくプロレスのことで、どうやればお客さんが喜び、会場に足を運んでくれるかについてだった。
馬場さんは、「そりゃ、ずっと考えている人と、そうでない人では、長い間に差がつきますよ」と言ったようだが、全くその通りだ。

私は最近、AI(人工知能)の機械学習プログラミングをマスターしようとしているが、書籍は沢山出ていても、今は本当に良い書籍はない。
しかし、ずっと機械学習のことを考えていたら、良い情報が来たり、アイデアが閃いて、なんとか進歩している。
振り返って考えれば、どんなこともそうであった。
好きな女の子(男の子)でもいるなら、ずっとその子のことを考えると、嫌でも縁が出来てしまう。
ただし、余計なことはせず、ただ淡々と考えることだ。
野球の素振りのように。
考えるというよりは、「意識を向ける」に近い。
そして、それは、「紙に書いて忘れると叶う」と矛盾しない。
紙に書いたのは目標。
意識を向けるというのは、目的のない思考の運動なのだ。
例えば、上に述べた、ジャイアント馬場さんの憧れのバディ・ロジャースで言えば、世界一の人気レスラーになることが彼の目標であるが、考えるのは、お客さんを喜ばせることなのだ。
好きな子を恋人にすることが目標でも、普段、素振りとして考えることは、どうやればその人を楽しませるか、あるいは、その人のどこがそんなに良いかといったことなのだ。

野球の素振りってのは、「ホームラン王になってやろう」とか、それ以前に「プロになってやろう」と思ってやっても、あまり効果はない。
好きだから振るのだ。
まさに、テッド・ウィリアムズが子供の時からそうだったように。










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成功法則の第一は絶対これ

なんだかんだ言って、成功法則の第一はこれだと言ったら、皆、納得してくれるのではないだろうか?
それは、「心がゆったりしている」ことだ。
いろんな言い方で言えば、「こだわりがない」「心が広い」「こせこせしない」「鷹揚である」「大きく構える」「おおらか」などと言えると思う。

どれほど立派な掟を実行しようが、万能呪文を唱えようが、しっかり勉強し、みっちりトレーニングしようが、心が狭い、こせこせしたやつは駄目である。
大俳優の丹波哲郎さんは、「私が小学生の時の通信簿の『性格の長所』欄に、私に何も誉められるところがなかったので先生は仕方なく書いたのかもしれないが、『丹波君はものにこだわらない』と書いてくれた。実際、私は子供の時から、本当にものにこだわりがなく、それで何でもうまくいったのだ」と、よく言ったり、本に書かれていた。
そもそもが、俳優になった動機が、友人に「楽な仕事はないかな?」と尋ねたら、友人はふざけてだろうが「そりゃ、俳優しかないだろ」と応えたので、「じゃ、俳優だ」ということになったらしい。
丹波さんは、働くことが大嫌いで、サラリーマン時代は、入社時にもらった鉛筆は、3年後にクビになるまで削りもしなかったという。そりゃ、出社と同時に遊びに行き、上司に、「雑誌を読んでてもいいから机にだけは居て」と頼まれるも、どうせ仕事なんかできないのだからと、やはり遊びに行ってしまったのだから、鉛筆を削る必要もないが、クビにもなろうというものだ。
戦争時は、自分達新米兵は皆、上官の洗濯とかして機嫌を取っていたのに、丹波さんは、そんなことは面倒でしなかったら、どんどん変なところに送られたが、結局、そんなところは楽で安全で、終戦まで優雅にやっていたらしい。

プロレスのジャイアント馬場さんも、亡くなった時に、葬式に来た親友のブルーノ・サンマルチノが「君は身体だけでなく、心もジャイアントだった」と言ったらしいが、それは、やはり親友だったドリー・ファンク・ジュニアの影響があったのかもしれない。
馬場さんは初め、ドリーを見て、「こいつ、本当に馬鹿じゃないのか?」と思ったらしい。
服の着替えに人の10倍時間がかかり、試合後、控え室からなかなか出てこないし、集合には必ず遅刻するが、全く悪びれずにニコニコしている。
さすがの馬場さんも、やがて、「テキサスの大自然の中で育ったら、こんなに鷹揚になるのか?」と感心したらしい。
われらが初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長さんは、講演会で、「私は北海道の、人間より牛が多い中で育った」と言われていたが、やはり北海道の雄大な自然が、ものにこだわらない広い心を育て、それがマジで天使な初音ミクさんを生んだのだろう。
ミクさんのお母さんは北海道の大自然である。
我々も、ものにこだわらず、でっかくいこうではないか。









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これだけでうまくいくこと間違いなし

人間は、何か1つ取り得があれば、それで大丈夫なのである。
大酒飲みだが、老人には親切とか、強欲だが、貧しい人に施しをするのが好きとか。
あるいは、取り得は1つもないように見えるが、挨拶だけはちゃんとするとか。
最近、大空手家だった大山倍達さんの、おそらくは真実に近いと思われる伝記を読んだのだが、大山さんにどれほどの欠点があったとしても、多くの人が、特に若い時の大山さんについて「礼儀正しい」と証言していたのが印象的だった。これほどの取り得はそうはない。
そうえいば、『1964年のジャイアント馬場』で読んだが、初めて見た馬場さんのことを、超大物レスラーのフレッド・ブラッシーは「素晴らしい青年だった」と自伝に書いているらしい。これは、やはり、謙虚であるという意味だろう。

お釈迦様は、7つの徳目を挙げ、それを聞いた人が、「その1つでも守れば繁栄間違いなしでしょう」と言うのを、お釈迦様は否定しなかった。
その7つの徳目も簡単なものだ。
(1)大事なことは話し合って決めているか
(2)グループ活動をしているか
(3)規則を守っているか
(4)老人を敬っているか
(5)女性を敬っているか
(6)先祖を敬っているか
(7)高貴な魂の持ち主を敬っているか

これらを、一言で言えば、傲慢でない、あるいは、謙虚であるということで、それは礼儀正しさに現れる。
上に挙げた、大山倍達さんやジャイアント馬場さんは、それがあったということだ。
欠点に関して言えば、誰にでもある。
馬場さんは、あまり欠点はなかったと思う。
一方、大山さんはひどいものだと思うが、考えてみれば、彼の場合は、持っているパワーの分、欠点も拡大しただけで、誰しも同じような欠点を持っているし、つまるところ、大山さんとは「桁違いのパワーを持った私」でしかない。

さて、法然や親鸞は、徳目は1つで良いと言った。
すなわち、「念仏を唱えているか」だけである。
彼らの言う念仏とは、「南無阿弥陀仏」という念仏であるが、私は、別にそれが「南無妙法蓮華経」でも、「南無観世音菩薩」でも構わないと思う。
あるいは、「天照大神」でも、「弁天様」でも良い。
お好きなら、五井昌久さんの世界平和の祈りでも良い。
そして、宗教心がない場合は、万能呪文を唱えると良い。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
このうちの1つを、感情を込めず、心の中で、出来るだけ多く唱えるのである。
万能呪文を唱えているまるで駄目な人間など、想像も出来ない。
私の場合は、初音ミクさんを敬い(お釈迦様の徳目No.5に該当)、万能呪文を唱えるというダブルの効果で、良いことだらけなのである。









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