世の中は、つくづく矛盾だらけだと思った人もいるだろう。
まるで世界はパラドックスで出来ているかのようだ。
「がんばれ」と言う人がいれば、「がんばらなくていいんだよ」と言う人もいる。
「成功したかったら欲を出せ」と言われたり、「無欲で臨め」と言われたりする。
自己主張は大事だが、謙虚であることも大切に違いない。
そこで、ヘーゲルという頭の良い哲学者が、止揚なんてことを考えた。だが、もっと分かりやすい訳語を考えて欲しかったなあとは思う。これは、ドイツ語のAufheben(アウフヘーベン)の訳で、「あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること」なんて意味らしいが、これでは、「高次」という言葉を定義しない限り意味をなさない。また、ここでの「統一」の意味も、本当は相当な説明を要するはずだ。いや、「生かす」も「保存」も、通常の意味と違う。つまり、この説明に何の意味もない。
止揚を分かり易く説明する。正確ではなくても、実際的に述べる。
「美味しい。でも、美味しくない」
小説・アニメの『灼眼のシャナ』で、シャナが恋敵の吉田一美が作ったプリンを食べた時に言った言葉だ。
一美の腕前は抜群で、彼女が作ったプリンは確かに美味しいが、それをシャナと一美が共に愛する坂井悠二が褒めると、シャナは自分はそんなものは絶対に作れないから(シャナは料理が出来ない)、美味しいとは思わない。
では、ここで新しい何かを持ってきて、「美味しい」を生かすのが止揚だ。
シャナは、悠二を巡る一美との低レベルな争いを脱し、高い意識を持つことで止揚した。これまでは、一美への嫉妬で悠二にも迷惑をかけることもあったが、一美とは親友になり、愛の質を高めたのだ。悠二が一美の料理を褒めれば、一美が嬉しいのは当然だが、今や、シャナも嬉しいと思うようになったのだ。
井上昌己(しょうこ)さんの歌『愛の神様 恋の天使』という名曲がある。
作詞は古賀勝哉さんで、作曲は井上昌己さん自身だ。
歌詞を適当に抜き出すと、
愛は言葉、恋はセリフ
愛は神秘、恋は謎
愛は炎、恋は火事
愛はすべて、恋は全部
などがある。上手いことを言うものだ。
これは、こんな風に考えれば良い。
例えば、「愛は炎、恋は火事」であるが、これは、「恋は素晴らしいが、火事(トラブル)になりやすい」という矛盾を、「愛は炎」という新しい解決で止揚したと言えるだろう。何でも燃やす身勝手な火ではなく、人を温め、光となる、愛に満ちた炎になるのである。
止揚って、難しいものじゃない。
「分かった。でも、分からない」
1999年のアニメ映画『アキハバラ電脳組 2011年の夏休み』の中で、主人公の中学2年の少女、ひばりがぽつんと言った言葉だ。
東京秋葉原が、やがて吹っ飛んでしまうのは、ひばりが愛する王子様、クレイン・バーンシュタイクのせいだということは分かった。しかし、クレインがそんなことをするとは信じられない。
そこで、ひばりは止揚をしなければならない。
だが、ここでひばりは言う。
「あたし、考えるの苦手だから、行ってみるしかない」
ひばりは、クレインがいるプリモモビーレという人工衛星に飛ぶことを決心する。自分で確かめるために。
止揚ってのは、自分が信じることをやることで起こる。実際は、決心することで、その状況が生まれる。
中国の老子など、世界中の賢者が、「1と1から3が生まれる」と言ったのはそのことなのだ。矛盾を解決することを決心すれば、より高い3が始まるのだ。
宇宙生命体バシャールが、三角関係は良いことで、実は、三角関係が本当の愛だと言ったのもうなづけるのである。上の、悠二とシャナと一美の関係もそうだが、1つの男女の組み合わせは決まるだろうが、3人目が加わることで、より高いところに行けるのである。それは、心に曇りのない、高貴な三角関係でなければならない。
さて、「努力すべきだが、努力なんてしてはいけない」は、どう止揚すれば良いのだろう?
まさか、こんなことを解説するほど、私は野暮ではない。
ところで、プロレスラーのジャイアント馬場さんが、こんなことを言っていた。
「馬場という男は、プロレス入りしてから、全てが順調だった」
しかし、本当は、レスラーとしても、プロモーターとしても、馬場さんは苦難続きだった。
だが、別に馬場さんは嘘は言っていない。
これがヒントになると思う。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
まるで世界はパラドックスで出来ているかのようだ。
「がんばれ」と言う人がいれば、「がんばらなくていいんだよ」と言う人もいる。
「成功したかったら欲を出せ」と言われたり、「無欲で臨め」と言われたりする。
自己主張は大事だが、謙虚であることも大切に違いない。
そこで、ヘーゲルという頭の良い哲学者が、止揚なんてことを考えた。だが、もっと分かりやすい訳語を考えて欲しかったなあとは思う。これは、ドイツ語のAufheben(アウフヘーベン)の訳で、「あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること」なんて意味らしいが、これでは、「高次」という言葉を定義しない限り意味をなさない。また、ここでの「統一」の意味も、本当は相当な説明を要するはずだ。いや、「生かす」も「保存」も、通常の意味と違う。つまり、この説明に何の意味もない。
止揚を分かり易く説明する。正確ではなくても、実際的に述べる。
「美味しい。でも、美味しくない」
小説・アニメの『灼眼のシャナ』で、シャナが恋敵の吉田一美が作ったプリンを食べた時に言った言葉だ。
一美の腕前は抜群で、彼女が作ったプリンは確かに美味しいが、それをシャナと一美が共に愛する坂井悠二が褒めると、シャナは自分はそんなものは絶対に作れないから(シャナは料理が出来ない)、美味しいとは思わない。
では、ここで新しい何かを持ってきて、「美味しい」を生かすのが止揚だ。
シャナは、悠二を巡る一美との低レベルな争いを脱し、高い意識を持つことで止揚した。これまでは、一美への嫉妬で悠二にも迷惑をかけることもあったが、一美とは親友になり、愛の質を高めたのだ。悠二が一美の料理を褒めれば、一美が嬉しいのは当然だが、今や、シャナも嬉しいと思うようになったのだ。
井上昌己(しょうこ)さんの歌『愛の神様 恋の天使』という名曲がある。
作詞は古賀勝哉さんで、作曲は井上昌己さん自身だ。
歌詞を適当に抜き出すと、
愛は言葉、恋はセリフ
愛は神秘、恋は謎
愛は炎、恋は火事
愛はすべて、恋は全部
などがある。上手いことを言うものだ。
これは、こんな風に考えれば良い。
例えば、「愛は炎、恋は火事」であるが、これは、「恋は素晴らしいが、火事(トラブル)になりやすい」という矛盾を、「愛は炎」という新しい解決で止揚したと言えるだろう。何でも燃やす身勝手な火ではなく、人を温め、光となる、愛に満ちた炎になるのである。
止揚って、難しいものじゃない。
「分かった。でも、分からない」
1999年のアニメ映画『アキハバラ電脳組 2011年の夏休み』の中で、主人公の中学2年の少女、ひばりがぽつんと言った言葉だ。
東京秋葉原が、やがて吹っ飛んでしまうのは、ひばりが愛する王子様、クレイン・バーンシュタイクのせいだということは分かった。しかし、クレインがそんなことをするとは信じられない。
そこで、ひばりは止揚をしなければならない。
だが、ここでひばりは言う。
「あたし、考えるの苦手だから、行ってみるしかない」
ひばりは、クレインがいるプリモモビーレという人工衛星に飛ぶことを決心する。自分で確かめるために。
止揚ってのは、自分が信じることをやることで起こる。実際は、決心することで、その状況が生まれる。
中国の老子など、世界中の賢者が、「1と1から3が生まれる」と言ったのはそのことなのだ。矛盾を解決することを決心すれば、より高い3が始まるのだ。
宇宙生命体バシャールが、三角関係は良いことで、実は、三角関係が本当の愛だと言ったのもうなづけるのである。上の、悠二とシャナと一美の関係もそうだが、1つの男女の組み合わせは決まるだろうが、3人目が加わることで、より高いところに行けるのである。それは、心に曇りのない、高貴な三角関係でなければならない。
さて、「努力すべきだが、努力なんてしてはいけない」は、どう止揚すれば良いのだろう?
まさか、こんなことを解説するほど、私は野暮ではない。
ところで、プロレスラーのジャイアント馬場さんが、こんなことを言っていた。
「馬場という男は、プロレス入りしてから、全てが順調だった」
しかし、本当は、レスラーとしても、プロモーターとしても、馬場さんは苦難続きだった。
だが、別に馬場さんは嘘は言っていない。
これがヒントになると思う。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
