ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

ジャイアント馬場

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

三角関係が真の愛を生む時

世の中は、つくづく矛盾だらけだと思った人もいるだろう。
まるで世界はパラドックスで出来ているかのようだ。

「がんばれ」と言う人がいれば、「がんばらなくていいんだよ」と言う人もいる。
「成功したかったら欲を出せ」と言われたり、「無欲で臨め」と言われたりする。
自己主張は大事だが、謙虚であることも大切に違いない。

そこで、ヘーゲルという頭の良い哲学者が、止揚なんてことを考えた。だが、もっと分かりやすい訳語を考えて欲しかったなあとは思う。これは、ドイツ語のAufheben(アウフヘーベン)の訳で、「あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること」なんて意味らしいが、これでは、「高次」という言葉を定義しない限り意味をなさない。また、ここでの「統一」の意味も、本当は相当な説明を要するはずだ。いや、「生かす」も「保存」も、通常の意味と違う。つまり、この説明に何の意味もない。

止揚を分かり易く説明する。正確ではなくても、実際的に述べる。

「美味しい。でも、美味しくない」
小説・アニメの『灼眼のシャナ』で、シャナが恋敵の吉田一美が作ったプリンを食べた時に言った言葉だ。
一美の腕前は抜群で、彼女が作ったプリンは確かに美味しいが、それをシャナと一美が共に愛する坂井悠二が褒めると、シャナは自分はそんなものは絶対に作れないから(シャナは料理が出来ない)、美味しいとは思わない。
では、ここで新しい何かを持ってきて、「美味しい」を生かすのが止揚だ。
シャナは、悠二を巡る一美との低レベルな争いを脱し、高い意識を持つことで止揚した。これまでは、一美への嫉妬で悠二にも迷惑をかけることもあったが、一美とは親友になり、愛の質を高めたのだ。悠二が一美の料理を褒めれば、一美が嬉しいのは当然だが、今や、シャナも嬉しいと思うようになったのだ。

井上昌己(しょうこ)さんの歌『愛の神様 恋の天使』という名曲がある。
作詞は古賀勝哉さんで、作曲は井上昌己さん自身だ。
歌詞を適当に抜き出すと、

愛は言葉、恋はセリフ
愛は神秘、恋は謎
愛は炎、恋は火事
愛はすべて、恋は全部

などがある。上手いことを言うものだ。
これは、こんな風に考えれば良い。
例えば、「愛は炎、恋は火事」であるが、これは、「恋は素晴らしいが、火事(トラブル)になりやすい」という矛盾を、「愛は炎」という新しい解決で止揚したと言えるだろう。何でも燃やす身勝手な火ではなく、人を温め、光となる、愛に満ちた炎になるのである。

止揚って、難しいものじゃない。
「分かった。でも、分からない」
1999年のアニメ映画『アキハバラ電脳組 2011年の夏休み』の中で、主人公の中学2年の少女、ひばりがぽつんと言った言葉だ。
東京秋葉原が、やがて吹っ飛んでしまうのは、ひばりが愛する王子様、クレイン・バーンシュタイクのせいだということは分かった。しかし、クレインがそんなことをするとは信じられない。
そこで、ひばりは止揚をしなければならない。
だが、ここでひばりは言う。
「あたし、考えるの苦手だから、行ってみるしかない」
ひばりは、クレインがいるプリモモビーレという人工衛星に飛ぶことを決心する。自分で確かめるために。

止揚ってのは、自分が信じることをやることで起こる。実際は、決心することで、その状況が生まれる。
中国の老子など、世界中の賢者が、「1と1から3が生まれる」と言ったのはそのことなのだ。矛盾を解決することを決心すれば、より高い3が始まるのだ。

宇宙生命体バシャールが、三角関係は良いことで、実は、三角関係が本当の愛だと言ったのもうなづけるのである。上の、悠二とシャナと一美の関係もそうだが、1つの男女の組み合わせは決まるだろうが、3人目が加わることで、より高いところに行けるのである。それは、心に曇りのない、高貴な三角関係でなければならない。

さて、「努力すべきだが、努力なんてしてはいけない」は、どう止揚すれば良いのだろう?
まさか、こんなことを解説するほど、私は野暮ではない。
ところで、プロレスラーのジャイアント馬場さんが、こんなことを言っていた。
「馬場という男は、プロレス入りしてから、全てが順調だった」
しかし、本当は、レスラーとしても、プロモーターとしても、馬場さんは苦難続きだった。
だが、別に馬場さんは嘘は言っていない。
これがヒントになると思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

個性的なアウトサイダーはどう生きるか

いじめの本質とは、「出る釘を叩く」である。
特に、学校というものは、「前に倣え」つまり、皆が同じであることで秩序が保たれている。
学校とは、「目立つやつ」、すなわち、「変わったやつ」は、決して許されない所なのだ。
いじめにあった子供が自殺した時でも、学校は、「気付かなかった」「いじめと認識していなかった」と言うが、あながち嘘ではない。
学校にとって、いじめは、秩序維持のための好ましい現象であり、出来る限りそれを黙認しようとするものなのである。

岡本太郎は激しくいじめられた。超個性的であったからだ。生徒はもちろん、教師にも徹底していじめられた。個性は、学校の秩序を乱すのである。

森山風歩さんは、筋ジストロフィーという、筋肉が無くなっていく病気のために、歩き方がおかしいということのために、クラス総動員のいじめに遭った。もちろん、教師に相談しても無駄だった。普通でない子の存在を許さない学校では、どんないじめも黙認される。教師の信頼厚い優等生もいじめに参加したが、不思議なことではない。それが学校である。

『火星人地球大襲撃』という映画で、地球人類をはるかに超える文明を築いていた火星人が滅びた理由が明かされる。それは、火星人の中にもあった、異分子を許さない性向だった。

ジャイアント馬場さんは、学生の頃から並外れて大きかったが、目立たないように、いつも小さくなっているおとなしい少年だったのは、目立つと危ないことを感じていたからかもしれないと思う。そんな馬場さんをなめてか、1人の男子生徒が、身体のことで馬場さんをからかったことがあった。馬場さんは、号泣しながら、その男子生徒をやっつけたという。腕力・体力では当時から桁違いだったが、それでも馬場さんは身体のことで強い劣等感を持っていたのだった。

他人と同じようでなくて辛い目に遭っている人はいるだろう。
では、そんな人はどうすれば良いかというと、方法はただ1つだ。
それは、自分が異分子を受け入れることだ。

ジョディ・フォスターが14歳の時に主演した『白い家の少女』という映画がある。
ジョディが演じたリンという少女は、自分の考え方をしっかりと持ち、自分の個性を大切にする、利発で大人びた美少女で、まさに、ジョディに相応しい役だった。
詩人であるリンの父親は、リンに、「大人は個性的なお前を決して認めない」と言ったが、それに対応するための、父親の遺言となったアドバイスは、「賢くなって戦え」だった。
だが、それを守ったリンは、2人の大人を殺すことになる。
原作小説でも映画でもそうは言わなかったが、父は愚かだった。

私なら、こうアドバイスしただろう。
世界の所有者として振る舞いなさいと。
それは、次のようにすることだと。
どんな人の行いも、それをすることを許しなさい。
どんな出来事も、それが起こることを許しなさい。
どんな人の個性も認めなさい。
お前が見下したり、攻撃したりしない限り、誰もお前を害したりできない。

許せない人間が存在する限り、あなたは自分が世界の所有者であることを思い出せない。
認めることができない人間がいる限り、あなたは魔法の力を手にしないのである。

小説・アニメの『僕は友達が少ない』で、美少女で成績抜群だが友達がいない三日月夜空(高2女子)は、ギャルゲー(ギャルゲーム。魅力的な女性が売り物のゲーム)に陶酔する星奈(高2女子)や、ボーイズラブ(若い男同士の同性愛)等に熱狂する理科(高1女子)に顔をしかめたり、見下すようなことをしなくなれば、いやでも、男にも女にもモテモテになるだろう。
主人公の小鷹(高2男子)は、夜空や星奈に比べれば数段進歩しているが、「不味いたこ焼きを平気な顔で売っているやつは赦せない」と言わなくなれば、不器用でも友達が作れるに違いない。
彼らより、もっと不利な条件で、同姓、異性の友達が多い者など、いくらでもいるのである。

岡本太郎は、小学校の同窓会で、「君にはよく殴られたなあ」と言いながら、かつて自分をいじめた相手と酒を飲むまでになったが、閉鎖的な日本の画壇も認めればよかったと思う。そうであれば、病魔に侵されることもなかったかもしれない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

世界を創るのは心であるという証明

星野富弘さんという画家(詩人でもある)の描いた草花の絵を初めて見た時、実に不思議な印象を受けたものだ。上手いのかどうかは、私にはよく分からないのだが、どこか子供が描いたとうか、まさに、良寛さんが描いた絵のように、今でも感じる。良寛さんが、子供と全く対等に遊んだことはご存知かもしれない。子供は、心そのままの存在だ。良寛さんもそうだったのだろう。そして、星野さんの絵は、人の心そのままだと思った。
星野富弘さんが、首から下が全く動かないと知って驚いたものだ。
彼は中学校の体育教師だった。スポーツ万能で、身体には絶対の自信を持っていた24歳の時、学校の部活で、器械体操の指導中だったと思うが、床に落下して頚椎を損傷し、以後、そんな身体になってしまったようだ。
だが、彼は、筆を口でくわえて絵を描くことを始め、数多くの詩画集を出版するようになったのである。

首や背骨を損傷して神経の断絶を起こし、身体が動かなくなったという人の話は時々聞く。
印象に残っているものでは、アメリカの自己啓発分野の世界的企業の社長の友人が、自動車事故でそのような状態になり、最高の医者が、一生、手足を動かすことはできないと言ったことから始まる話だ。だが、この社長は、その友人に、「医者の言うことなんか信じるな。絶対に治るさ」と言って、自分が開発した自己開発プログラムのカセットテープを彼に毎日聞かせた(当時、CDは存在しなかった)。
その社長の友人は、見事回復し、やがて、彼の会社の社長を務めることになった。私は、その社長と会った日本人の友人から、この話を聞いた。その社長は有名な人物だが、一応、名は伏せる。
他にも、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』にも、飛行機事故で重症を負った男が奇跡の回復をした話とか、ナポレオン・ヒルが、耳の器官を持たずに生まれた息子が、一生音を聴くことができないという医者の話を決して受け入れず、結果、息子はなぜか聴くのに不自由することはなかったという話を読んだことがある。

プロレスのジャイアント馬場さんは、試合中、アルバート・トーレスという選手に、彼の得意のフライング・ヘッドシザーズという技を受けて、マットにもろに頭から落ちた時、全身がしびれ、意識ははっきりしているのに、身体が全く動かなくなったことがあるらしい。タッグマッチだったので、試合は続いていたが、馬場さんは試合終了まで、そのままの格好だったようだ。普通の人なら、そのまま全身麻痺になったかもしれないが、プロレスラーの身体は常識外れだ。常識外れの訓練をするので、プロレスラーの常識は普通の人間とは全く違う。馬場さんは、辛いながらも、何と、翌日の試合も出場したという。もちろん、何の後遺症も残らなかった。
常識外れの訓練ということでは、プロ野球選手でもあった馬場さんは、こんなことを言っていた。「ぶっ倒れるまでやるのがスポーツの訓練だと思っていたが、プロレスの訓練というのは、ぶっ倒れてから始まるんだ」。科学的には正しいことではなく、身体を壊すことになるだろうが、プロレスをやる人というのは、ハートが違うのだろう。
昔は、1マイル(1609メートル)を6分以内で走れば即死するというのが定説だったらしいが、誰かがそれを達成したら、次々にそれをやれる選手が出たものだ。

私、自然に治ることは無いと言われるメニエール氏病を、医療を全く頼ることなく治したことがある。
また、この9月は、かなりの重症の乾癬という皮膚病にかかり、全身赤黒くはれ上がり、手の関節部分まで侵されるという、かなり危ないところまでいったが、これも、一度も病院にいかず、薬品も一切使わずに治してしまった。服を脱ぐと、床が大袈裟でなく白くなる(剥離した皮膚が一瞬で積もった)、まさに乾癬であった。乾癬を治す方法はなく、何十年も苦しみ、あまりの辛さに自殺をした患者すらおり、本当に死なないまでも、死にたいと思っている患者は少なくないと聞く。
私もまた、心の力で治したのだと思う。
正直、メニエール氏病は、ストレスの強い時には現れることはある。どうも業病のようだが、その都度、治している。私にとっては、何かを教えてくれる有難い病気だ。
身体に限らず、世界を創るのは心であることは間違いない。それを忘れないでいただきたい。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

家族の死の時にも自由が利かなかった人たち

フィギュアスケートの浅田真央選手の、グランプリファイナル戦直前の緊急帰国と、全日本選手権出場の決定で、いろいろ思い出すことがある。
もう何十年も前のオリンピック大会で、ある西洋人の金メダル候補の選手がいた。だが、彼は、妻の出産日が近かったため、競技を欠場して帰国した。後悔はしていないと言う。当時は、オリンピック選手は純粋なアマチュアで、民主的な国の選手であれば、ほぼ完全に個人の意志が優先されたということもあった。
これと逆だったのが、プロレスのジャイアント馬場さんで、お母さんが亡くなれた後だったと思うが、知らせを聞いて、馬場さんはすぐに故郷の実家に帰ろうとしたが、決まっていたバラエティ番組の出演を断れなかった。テレビ局が許可しなかったのだと思う。当時の馬場さんは、野球の王、長嶋にも並ぶスーパースターで、テレビの力は絶大であり、自由の利かない立場だったということだろう。それで、馬場さんは、母親の骨も拾えなかった。
ある年配の普通の女性の話であるが、彼女はただ1匹の犬と一緒に生活していた。他に家族はなかった。犬は部屋で飼っていて、一緒に寝るほど可愛がっていた。だが、その犬も歳を取り、ある朝、とても容態が悪かった。しかし、彼女は仕事を休むことが出来なかった。「帰って来るまでがんばってね」と言い残して、やむなく出勤したが、帰宅した時には、犬は死んでいた。尚、犬には、決して、寂しいとか悲しいという感情はない。そんな感情があるように人の方で感じるだけである。

奴隷というものがあった時代には、奴隷達は、親が死にそうだったり、自然な感情として、その数倍辛い、わが子が死にそうな時でも、全く自由はなかっただろう。
いや、現代でも、浅田さんのような状況で、国家が自由を与えてくれなかった人は必ずいるはずだ。
自由が利くなら、是非、そうすべきだろう。だが、そうでないならどうすれば良いか?それが宿命と、黙って受け入れるしかない。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツの謎の手記の中で、あるアラブ人は、家族を殺された時、家を奪われた時、そして、自分の死期を悟った時、至上の歓喜を感じた。イェイツは何か難しい説明もしていたが、彼が、神の思し召しを受け入れたというのではないとは書いていた。よく分からないが、きっと彼は、神と一体化する体験をしたのだ。
我々も苦しい時には、そうすればいいのだし、その可能性を与えられているということなのだろう。
イェイツのこの手記が書かれているイェイツ論の名著と、運命を扱った3つの素晴らしい本を以下にご紹介しておく。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

晩年にやっと人になれた超人的武道家達

我が国の決闘の中で、最も知られているものは、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘ではないかと思う。
ところで、この巌流島の決闘も含め、剣の道を極めんとする、武蔵の生涯を、奇妙に美化する風潮がある。
武蔵は、13歳の時、初めての決闘を行って相手を殺し、その後、幾たびも決闘を繰り返し全勝したとある。戦国時代であり、武蔵は、戦にも何度も、一平卒(下っ端の兵士)として参加し、「自分より前を走る者はいなかった」と、自分の勇猛さを自画自賛する。
その武蔵の生涯の集大成として書かれたのが、『五輪書』だ。これには、戦いに勝つテクニックや、その心構えが細々と書かれ、身体を張った実践者が書いた生々しい実用性が評価され、海外でも、一部に人気がある。
だが、武蔵の生涯がどれほどのものだったのだろう?
上にも述べたが、それが美化して語られることが多く、武蔵の崇拝者も多いかもしれない。
困ったことに、武蔵の物語は、我々は、冷静に考える前に語られてしまっており、気が付かないうちに崇高なもののように思わされてしまっていることが多いのだ。
その、迷信を覚ますためにも、あえて言い切れば、武蔵の生涯は、あまりに馬鹿げた、悲しくも愚かな修羅の道でしかない。
私は、今、武蔵がいれば、彼もそう言うと確信しているのだ。

武蔵は、小次郎と決闘をした29歳の時以降、その足取りが全く残されていないという。当時、29歳といえば、もうかなりの晩年だ。体力も衰え、1対1の勝負ならともかく、剣豪の誉れ高い武蔵を倒すために、多勢で押し寄せてこられれば、武蔵も自信がなく、こそこそ隠れて過ごすしかなかったのではと思う。
そして、武蔵は安住の地を求め、士官を希望する。だが、有名な剣豪でありながら、武蔵は、どの藩からも拒否される。当然ながら、武蔵は武芸師範の地位を求めたが、武蔵の、実用本位ではあっても、心が無い武芸は関心を持たれなかった。既に戦国の世ではない。武芸は、戦いのものであると共に、心を磨くためのものであるという認識が広まっていた。武蔵は、指揮官も出来ると宣伝したが、武蔵にそんな経験は無く、少し話せば、人を見る目を持つ者が誤魔化されることはない。武蔵に出来ることは、ただ、個人の能力で敵を切るだけだ。
さらに、どの藩も、武蔵の人間性を問題にした。人間として、1つの能力でしかない武芸の力をことさらに誇る武蔵が、人間関係を乱すことは確実と思われた。
だが、数を当たれば、武蔵を採用する藩もついに出た。だが、それまで武蔵を拒絶した藩の見る目は正しかった。武蔵は、過去の自慢話ばかりする、嫌われる惨めな老人だった。
武蔵の本当の修行は、そんな晩年であった。
そして、武蔵も、いくらかものが分かってきた。養子に迎えた息子には、武芸を教えず、学問をさせた。息子は立派な人物となり、藩の要職についたといわれる。

昭和の巌流島の決闘と言われたものに、力道山と木村政彦の決闘があった。1954年のことである。
日本のプロレス王、力道山と、全日本柔道選手権13連覇の無敵の柔道家であった木村政彦の対決は日本中の注目を集めた。木村も当時はプロレスラーであり、決闘とは言っても、あくまでスポーツの試合で、日本ヘビー級王座決定戦として行われた。
この試合についての真実は、諸説あって、本当のことは分からない。しかし、最近も、非常に詳細に書かれた分厚い本が出ており、いまだ、その関心の高さはあるのだろう。
それで、事実らしいことは、この試合は引き分けの約束が出来ていたということだった。大きな利害が絡めば、力道山と木村だけの意志ではどうにもならないことも出てくるだろう。
だが、結果は、力道山が木村を完膚なきまでに叩きのめし、病院送りにしている。なぜそんなことになったか、はっきりしたことは誰にも分からない。木村自身、著書『鬼の柔道』で、当時のことを少し触れており、また、テレビで語ったこともあったと思うが、それも木村の推測でしかない。
木村は、史上最高の柔道家の名誉を失ってしまった。
だが、彼は、後に指導者として素晴らしい働きをし、尊敬されるようになった。
なんだか、木村政彦に、宮本武蔵が重なって感じる。戦いに勝ち続けたことではなく、それを捨て、己を省みた時に、本当の道が見えたのだ。

決闘などというものは、人間のやるものではない。
西洋の騎士道では、実は、決闘においても、大人の余裕を失うのは恥ずべきことで、どこか遊びに感じるところがあるものだ。
力道山と木村政彦の決闘のずっと後、アントニオ猪木は何度もジャイアント馬場に対決を申し入れたが、馬場は全て無視した。もし、馬場が応じたとしたら、また、力道山と木村政彦の時のような馬鹿げたことがくり返されたかもしれない。彼らは武道家ではない。プロスポーツ選手であり、沢山の利害関係の中でビジネスをするプロモーターだ。当然、そうなったはずだ。馬場は、「そんなことは猪木だって分かっているはずだ」とよく言っていたようだ。

スポーツの試合でも、あまりに勝敗にこだわるのは、いかがなものかと思う。
サッカーの試合や、フィギュアスケートの競技大会の報道を見ると、利得を貪り、権威を得ようと血眼になる、浅ましく卑しい修羅の世界しか見えてこない。
我々に大人の余裕、遊び心がまるでなく、猿のように欲望を満たそうとする中で、子供達への影響も深刻なものになっている。
この現実世界に、修正の余地は既に無く、いったん壊すしかない。釈迦やイエスも予言した世界は来るのだろう。だが、恐れることはない。どんな世界でも安全でいることはできるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新トラックバック
明日のことを語る (哲学はなぜ間違うのか?)
手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
ある神秘体験
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
お気に入りブログ
◆開き直りのススメ
彫刻家、石彫人さんが語る、マケドニアでの体験で培った開き直りの精神が心の壁を取り払ってくれます。
◆インフォニティ@情報ソムリエ
リア友、4大陸制覇は目の前、ロックな20代のブログ。見ろ!
◆書之時 華文字
インザちゃんのブログ、もとい!オランダ在住の書家、華文字さんのブログ。
◆風阿弥・記
不思議なドローイングアートを制作されているイラストレーター、風阿弥さんのシュールな作品展ブログ。
◆ガマ仙人の徒然草
街の中で無為自然に生きるガマ仙人さんのブログ。IT、柔術も一級品という変わったお方でもあります。
◆昭和を思い出すレトロなデザインが好き
日本人が希望と温かい心を持っていた時代を鮮やかに甦らせる、dandanさんの昭和レトロなブログです。
◆若く長生き! 幸福生活養生法
東洋医学の知恵で、健康と長寿の至福をもたらす養生先生の叡智に溢れるブログです。
現在の人気ランキング
QRコード
QRコード
初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
livedoor プロフィール

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ