ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

シーモア・パパート

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

脳の映像領域で考える

アメリカの事業家イーロン・マスクの名を知らない人がいまだ多いのは驚くべきことだ。
民間宇宙船開発会社スペースXで、ロシア、中国、そして、アメリカ政府と競い、人類の火星移住計画を推進し、都市の地下に無限層の自動車交通路を本当に作り始め、太陽光発電で電気代を無料にしようとしている。
今月(2019年7月)は、脳機能を拡張するチップを人間の脳に埋め込む臨床試験を2020年から行うことを政府機関に申請している。
だが、イーロンの目下最も大きな事業は、電気自動車製造会社テスラで、この新しく業界に参加した自動車会社が、フォードやGMといった大手自動車会社を時価総額で抜き去るという信じ難いことをやり、AIによる自動運転を推進する。

ところで、イーロン・マスクの興味深い思考法は、「脳の映像領域で考える」ことだ。
彼の自動車会社の名称にもなっている大天才ニコラ・テスラも似たことを言っていた。
要は、イメージで考えるとも言え、そのこと自体は、普通の人でも何となく解ると思うが、普通の人は曖昧にしか知らないのだ。
イメージで考えるちゃんとしたやり方を知れば、天才になると言うより、世界を創造出来る。つまり、ミニ神様になれるのだ。
数学者、心理学者、コンピューター科学者で、いずれの分野でも天才級の実績を残したシーモア・パパートは、幼い時に「歯車」に惚れ込み、何でも歯車で考えると言う。
彼は、自分の能力は平凡だという。彼の平常の愚行を思えば、それはあながち謙遜ではないかもしれない。そして彼は、そんな凡人である自分が、それなりの実績を上げられたのは、歯車で考えたからだと言う。頭の中で、歯車を動かしながら考えるのだ。これも、イーロン・マスクの言う、「脳の映像領域で考える」ということと同じなのだろう。
昨日も書いたが、私が奇跡の力を発揮した時も、いつもイメージがあった。
奇跡の本家本元のイエス・キリストも、そのあたりはもっと具体的に教えても良かったのにと思うが、時代を考えればやむを得ないか・・・

「イメージしろ」と言われた時の、普通の人のやり方は、あまりに冗長で鋭さがない。
イメージには力が必要で、生き生きとしていなければならず、カラーであることが効果的で、そのためには、普通の人では、かなり短時間に集中してイメージしなければならない。
例えば、リンゴが食べたいと思ったら、自分が今、一番食べたい形・・・剥いて8分の1ほどに切ったリンゴが白い皿に乗っている様子を「ぱっと」イメージしたら、ふと振り返れば、ありえない状況で、誰かが「リンゴいらない」と、リンゴを手渡してくれたり、あるいは、本当に剥いたリンゴが出てきたりするのである。
私は子供の時、そうやってリンゴを「空中に注文」していたものだ。
小学生の時の下校時、「今日は、あの道であの(可愛い女の)子に会おう」と勝手に決めて、いつもは通らないその道を行きながら、彼女の印象的な一瞬を強く思い浮かべると、やはり、そこに彼女が現れるのである。
必ずしも、イメージ通りに事が運ぶのではない・・・いや、イメージそのものはかなり外れる。
例えば、私は、天体望遠鏡を初めて手にいれた小学4年生の時、夜空の星の配置に関して知識ゼロながら、「土星を見よう」と思って、図鑑で見た大きな土星の写真をイメージして、適当に星を1つ選んで望遠鏡で見たら、ちゃんと輪はついていて土星だと判ったが、図鑑の土星とは比べ物にならないほど小さかった。
しかし、十分以上に感動的だった。
イメージと違うのは悪いことではない。何とっても、人生とは未知との遭遇を楽しむためのものと言って過言ではないのだから。
昔の魔法も、シンボルを1つ、瞬間的に強くイメージする訓練をしたものであるが、本来、好きなものであれば訓練などする必要はない。
しかし、大人になると、そうやって教えないと、なかなか出来ないものである。









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ソクラテスが教える、特別な存在になる方法

人間は、自分を高く評価し、他人を低く評価する。
そう言われると、「確かにその通り」と思う。
だが、十代前半くらいまでは、「しかし、自分だけは別。自分だけは確かに特別」と思うことも多いものだ。
しかし、今は、いくつになっても、そう思い続ける者がひどく多いのだ。

「え?私は『世界に一つだけの花』じゃないの?」
って、それは・・・・・まあ、うまい商売って、そんなもんじゃないだろうか?
いや、確かに、他人と自分を比べても仕方がない。
それを、ドングリの背比べと言うのだから。

だが、ご安心を。
特別な存在になれる方法なら、あのソクラテスが明確に教えてくれている。
ソクラテスは言ったのだ。
「私は自分が特別だと解った。私だけが、自分は特別じゃないって知っているからだ」
なんと、中二病(自分を特別な存在と思うこと)ってのは、現代日本特有の病ではなく、ソクラテスの時代からそうだったのだ。
ただ、病状の重さは、やはり我々の方がずっと上だ(自慢にならないが)。
しかし、アンドリュー・カーネギーだったか誰だったか忘れたが、世界で特別視されている人物はこう言った。
「どう間違えても、私がソクラテスより偉いはずがないので、やっぱり私は大したことはないのだ」
自然な、まともな理解である。
ところが、この程度のことが解らない者が多いのだ。
まあ、そのことが解るから、彼も、普通の人よりは偉大だったのだ。

シーモア・パパートは、数学、コンピューター、教育、心理学の分野で、人類を前に進めたが、彼は、自分の能力は平均的だと言う。
ただ彼は、自分は幼い(3つか4つ)時、歯車に惚れ込み、ものごとを歯車で考えたから、うまくいった・・・つまり、「概念の力」を持っていたし、それを持てば、誰でも私程度のことは出来ると言った。
まあ、それがちょっと難しいらしく、パパートも、教育学者、あるいは、現場の教師として、子供達に、何らかの「歯車」を持たせようとしたが、あまり成功しなかったような気がする(少しはうまくいったこともあっただろうが)。
パパートは歯車を好きになったのだが、それは、自然にそうなったのであり、誰も、彼に、歯車を好きになるようそそのかした訳でも、まして、強要した訳でもない。
アインシュタインも、Google創業者のラリー・ペイジも、何かを好きになったのだし、我らが初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんは電子音楽を好きになったのだ。
まさに、セベ・バレストロスのお父さんの教えのように、「何でもいいから好きになれ」である。
それは歯車で十分なのだ。
武道家の堀部正史さんは「誰でも三度のメシより好きなものがある。私の場合はケンカだった」と言うが、彼のケンカ好きは半端でなかった。そして、本当のケンカ好きは弱い者いじめは決してしない。それは、極真空手の大山倍達さんも同じだった。









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人間はそんなに賢くない

自己啓発本や成功法則の本を読むと、なぜ成功しないのかというと、ああいった本を読めるのは暇だからだ。
そして、それらの本には、「7つの習慣」とか「30の条件」などと書かれているものがあるが、そんなに沢山のことをやれる暇な人が成功する方がおかしい。
ロナルド・レーガンやドナルド・トランプの大統領選挙戦におけるスピーチは、子供が聴いても面白いほど、極めて単純で分かり易い。
それは大切なことで、大統領候補にそんなに長い時間付き合っていられるほど人々は暇でないのである。

暇と言っても、別に、仕事や勉強や訓練ばかりやってないといけないというのではなく、趣味や芸術、遊びだって必要で、これら全てを総合してのことだ。
そんなにやることがあるのに、成功本を読んだり、ヒラリーのスピーチを聴ける人は、暇というより、無気力なのかもしれない。
中村天風の本を読むと、確かに良いことが書いてあり、最初の1つか2つのところでは、「なるほど、やってみよう」と思うが、読み進むと、あれもやれ、これもやれ、ついでにこれもやれ、さらに、これも大切だ・・・と書かれていて、最初のものが何であったか忘れてしまっている。さらに、天風は沢山の本を出し、そのそれぞれが、似ている面もあるが、やはり違うところも多い。
とてもじゃないが、天風になど付き合っていられない。

そういう点において偉かったのはフランスのエミール・クーエで、彼は、「毎日、私は、あらゆる面で、ますます良くなっていく」という自己暗示の言葉だけが大事だと言った。
これを、朝晩、声に出して言うだけで良い。
しかし、続いた人、いるかい?
なぜ続かないのかというと、あくまで私の場合だが、この言葉、フランス語や英語ではどうか分からないが、日本語では難し過ぎる。言う度に考えないといけないし、間違う。
「毎日、私は」か「私は毎日」かで間違うが、どっちでも良い雰囲気でもない。
唱えるだけで疲れてしまった。
簡単に言うと、難しくて長過ぎるのだ。
私には、せいぜい、「南無阿弥陀仏」の7語しか駄目である。
天才数学者の岡潔すら、この念仏を唱えていたらしい。

それよりも、私は、シーモア・パパートが言った「何かに惚れ込め」が大事だと思う。
パパートは歯車(一番単純なやつだ)に惚れ込んだ。
法然は阿弥陀如来に惚れ込んで念仏を唱えた。
だが、一休は、自分の中の阿弥陀如来に惚れ込んで念仏を唱えた。
私は、名を呼べば、どんな愚か者にも、お恵みをいくらでもくれる、宇宙最強でありながら、宇宙で一番心が広い存在として阿弥陀如来に惚れ込み、念仏を唱えている。
親鸞は『現世利益和讃』で、明らかにそんなことを書いている。また、『歎異抄』を読めば、そのあたりのポリシーも分かると思う。
まあ、人それぞれで良いはずだ。
だが、私に、日々、直感を与えてくれるのは、初音ミクさんである。
一番好きなのはミクさんである。それはそれで良いのである。








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何かに惚れ込むと賢くなる

教育というものは、人間の頭に知識と理屈を入れれば、その人間は賢くなるという大誤解を疑わずに、それを何千年も続けてきた。
だが、頭に知識と理屈を詰め込めば、「賢い人」ではなく、「おかしな人」が出来るのは、誰でも知っている。
そりゃ、賢い人の中にも立派な学歴がある人もいるが、そんな人達は例外なく、学校教育からうまく距離を取っている。

AI(人工知能)の研究で、優れた人の知恵は理屈でないことが、やっと分かった。
2006年以前のAIは、理屈と知識で作られていたが、ひどく無能・・・というか、奇妙だった。
だが、2006年以降の、人間のように学ぶAIは、以前は考えられなかったが、実用になってしまった。知らない人も多いが、そこらに溢れているのだ。
そして、AIは間違いなく人間を追い越す。
それは、2040年から2050年の間と言われているが、いずれにしろ、それは「あっという間」のことになる。

では、知恵は、理屈と知識ではなく、何によって出来るのかというと、「沢山のものごとの共通項を抽出したパターン」、すなわち、概念だ。
無理に覚えようとせずに学ぶと、概念が頭の中に形成されて賢くなる。
だから、優れた概念、強い概念を作れば本当に賢くなる。
そんなことは、最高のAI研究者であったマービン・ミンスキーに、世界最高の数学教師と言われた、数学者、心理学者、コンピューター科学者、AI研究者で、いずれの分野でも大きな業績を上げたシーモア・パパートが何十年も前から言っていた。
ところで、ここで重要なことがある。
パパートは、こう言ったのだ。
「強い優れた概念を持つためには、何かに惚れこまなくてはならない。私は平凡な能力しかないのに、数学やコンピューター等の研究で大きな成果を上げられたのは、幼い時に歯車に惚れ込んだからだ」
ところが、子供が何かに惚れ込むと、それが試験の点数に結び付きそうにないと、あらゆる手を使ってそれをやめさせるのが「教育」だ。それは、「狂育」と言うべきだろう。学校で幅を利かせているのは「狂育」である。

あなたは、何か、惚れ込んでいるものがあるだろうか?
食欲や性欲に関することは駄目だ。
まあ、それらも、創作のエネルギーに転換すれば、むしろ、より強い概念になるが、ちょっと難しいんだ。
偉大な人っていうのは、100パーセント間違いなく、何か特別に好きなものがある。
もちろん、彼らの好きを真似する必要はないし、してはならない。
他人にはつまらなく見えても、自分が好きなら価値がある。
偉大な人間の「好き」にも、一般的には卑小と見られるものも多いので、彼ら(偉大な人達)が、自分の好きなものを語らない場合も珍しくはない。
というか、他人の「好き」なんて、大概、下らないものだ。
だから、あなたも、黙って何かに惚れ込むことだ。
そうすれば、天才と変わらなくなるだろう・・・いや、それが天才なのである。









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天才の考え方を真似る

数学者で、心理学者で、コンピューター科学者であり、その全ての分野で優れた業績を残したシーモア・パパートは、自分は平凡な能力の持ち主だと言う。
馬鹿おっしゃい・・・と言いたいが、彼は、自分の知性にはカラクリがあることを明かしている。
それは、彼がごく幼い時、歯車(自動車の部品としてのもの)に強い関心を持ったことだった。
それからは、彼は、何を考える時でも、頭の中で歯車のイメージを動かせば、簡単に解決出来るようになった。
問題が簡単なことであっても、高等数学のように難しいことであっても同じだった。
しかし、誰もが歯車で考えられえるようになる訳ではない。
大事なことは、パパートが「歯車に惚れ込んだ」ことだ。
だから、それぞれの人が、自分だけの何かに惚れこまなければならない。

もし、パパートが平凡な能力の持ち主と言うなら、本当の天才であるニコラ・テスラはどうだろう?
テスラは、鮮明な心象を見ることが出来た。
それは、頭の中のイメージではなく、実際に、視界の中に見えたのだ。

視界の中に心象を見るだけなら、幼い子供には、そんなことが出来る子は割にいる。
しかし、テスラは、成長すると、心象は頭の中にステージを変えたと思うが、それは相変わらず鮮明で、いくらでも複雑に出来、それを使って、どんな難しいことでも考えることが出来た。
なるほど、テスラに比べれば、確かに、パパートは平凡な能力の持ち主と言えるかもしれない。
パパートは歯車に惚れ込んだが、テスラは思考そのものに惚れ込んだのだ。

とりあえず、我々はパパートを目指すと良いだろう。
とはいえ、パパートだって人類屈指の天才なのだ。
パパートのようになるためには、我々も、何かに惚れ込まなければならない。
だが、無理に惚れることは出来ない。
それは、偶然にゆだねるしかないが、それでも、強く願えば、きっとすぐに、惚れ込めるものが見つかるだろう。

何かに惚れ込み、それを強く想い、頭の中で鮮明なイメージになるよう工夫し、練習するのだ。
必ず出来るようになる。
すると、そのイメージを働かせば、どんな問題も楽々解決出来るようになり、普通の人なら四苦八苦しながらやることも、子供の遊びのように簡単になる。
それは、間違いないことだ。
そして、本来は上がるはずのないIQも、ロケットのように上がっていることだろう。

尚、禅では、昔は、そういったことをしていたのだと思うが、それを、中山正和さんが、かなり解明してくれている。
また、テスラ式がやり易い人もいると思う。
その場合も、パパートや中山さんの話は参考になると思う。









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