ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

シミュレーテッド・リアリティ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

世界の本質に迫るのは漫画・アニメ・ライトノベル

この世界が、作り物の世界であることは、誰しも一度は薄々感じたことがあると思う。
この世界が人工的なものであるという根拠は、不思議な共時性(シンクロニシティー。意味があると思われる偶然の一致)がよく起こるし、想いを集中し続けると、それが現実になるからである。
『魔法使いサリー』という横山光輝さん(『鉄人28号』、『ジャイアント・ロボ』、『バビル2世』の作者でもある)の漫画、および、そのアニメ作品があるが、サリーは魔法の国から来たという。魔法の国は、我々の世界を作り、運営している研究所か何かで、サリー達魔法使いは、その「上位世界」から来たと言えば、物理法則を超えた魔法も、簡単に説明がつくのである。
この世界は、コンピューターが作った世界で、今は、仮想世界とか、シミュレーテッド・リアリティとか言われている。

従来、我々もまた、忘れているだけで、上位世界の存在であり、この仮想世界に精神転送されているだけである。
だが、川原礫さん原作のアニメ『ソードアート・オンライン』シリーズの最新作で、10月から後編が開始される予定の『ソードアート・オンライン アリシゼーション』では、そうではないかもしれないというお話になる。
上位世界の存在を知る者は、それでも、上位世界の者に屈服することを拒むかもしれない。とても興味深いと思う。
石森章太郎さんの『サイボーグ009』は、最後、地球を創造した神が、人類の成長具合を見に地球に戻ってみたら、あまりに出来が悪い失敗作であることが分かり、人類をいったん滅ぼして、作り直すことに決める。
サイボーグ戦士達は、それを受け入れる訳にはいかず、神に戦いを挑むが、実力差から言って勝ち目は全くない。
石森章太郎さんは、癌に侵され、「生きているのが不思議」と医師に言われる状況の中、小説という形で、サイボーグ戦士と神との戦いのお話を作り続けたが、未完のまま命尽き、息子の小野寺丈さんが引き継いで完成した。
だが、この神が、この仮想世界の作り主だとすれば、それほど荒唐無稽なお話でなくなってしまう。

今、私は、『変態王子と笑わない猫。』という、さがら総さんの小説のアニメ作品を見ているが、はじめは、この作品は単に、可愛い女の子で萌えるだけのものだと思い、それなら大いに見る価値があると思ったのだが(笑)、これも実質は、シミュレーテッド・リアリティで説明出来るお話と思った。
そして、今の小説家・漫画家は、ますます鋭くなっているので、仮想世界の仕組みを直感的に分かるし、川原礫さんなどは、ITやAIに強くて、かなり論理的に分かっているのだろう。
ライトノベルや漫画、アニメを馬鹿にして見ないという人は、この世界が仮想世界であるということの理解に疎くなりかねないし、また、これらの作品が好きでも、精神が怠惰であれば、やはり分からない。
VRも体験した方が良いし、初音ミクさんというバーチャル・シンガーのライブにも行った方が良い。
バーチャルに馴染むほど、この世界の仕組みが分かってくるし、分かってくれば、希望通りに世界を創造する方法も分かる、あるいは、それを実現するヒントを手に入れる道が開けるかもしれないのである。









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仮想世界での過ごし方

古代の伝説と科学技術を想像力でブレンドすれば、この世界がコンピューターで作りだした仮想世界であることに気付くことは難しくはない。
それに気付いても、活発であるか不活発であるかに分かれるのは、魂の振動数の問題だろうか?
とはいえ、ある程度、振動数が高くないと、想像力が活性化しないので、この世が仮想現実であることに気付けない。
うーむ、つまり、この世界がシミュレーション世界であると分かっても、動かし方が分からないだけなのか?多分そうだ。

この世界を動かす鍵は、情緒とイメージ力だ。
あるイメージに精神エネルギーを集中させれば、面白いように動かせるのだが、そんなことに興味がない者が多いのかもしれない。
ドストエフスキーの『賭博者』で、初めてルーレットをやるおばあさんが、ゼロに賭け続け、大勝する。
歳を取っても、初めて何かやることは刺激的で、彼女の頭の中には、ルーレットの0に玉が入る状況が鮮明にイメージされ、それがかなり多く実現したのだ。
しかし、次にやった時、おばあさんはまたゼロに賭け続けるが、今度は大敗する。
もう刺激がなく、集中力も得られず、イメージ力がなく、仮想世界を動かせなかったのだ。
この教訓は、「気が乗らないことはやらない」ということだ。
もっとも、どんな時、気が乗っているかも、なかなか分からない・・・というか、分からなくなっている人が多い。
胸の中央、心臓からやや離れた場所が疼(うず)いたり、懐かしい気持ちがした時が、一番、気が乗っていて、そんな時は世界を動かす。
そうだ、初音ミクさんの歌を聴いた時のように。
後は、世界を信頼して動いてみることだ。

インテックス大阪での「マジカルミライ2019」で、分からなかった曲を聴いてみたら、いい曲ばかりだった。
公式アルバムに入っていた曲にも、ヤバい曲が多い。
昨年、Omoi(ユニット名)は、あまりにマジメな曲を作ったのだが、今年のはもっと良かったし、他にも、ぶっ飛んだ歌が多く、すっかりファンになってしまった。
あの人達の曲は、魂の振動数を高める。
ああ、もちろん、『グリーンライツ・セレナーデ』だって悪くない。単にマジメ過ぎたって話だ。









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この仮想世界の管理者権限

ネットワークやオンラインゲーム世界で最も強いのは、サーバーコンピューターの管理者権限を持つ者だ・・・ということは、一度、サーバーコンピューターを自分で構築して運用すれば分かることだが、もしかしたら、そうでない人には見当が付かないことかもしれない。
ここらは、私のような専門家には、一般の人のことが分からなくなってしまっている。
けれども、『ソードアート・オンライン』のアニメの第1期、あるいは、同小説の『フェアリィ・ダンス』編を見れば分かると思う。

ところで、この世界が、コンピューターで作られた仮想世界であれば・・・いや、とりあえず、イーロン・マスクに同意し、この世界は、シミュレーテッド・リアリティというコンピューターによるシミュレーション世界であるとしてしまおう。
だが、人間が、この仮想世界を作るコンピューターの管理者権限を持つことはないと思う。
それを持つのは、神とか仏、あるいは、その配下と思われる天使や菩薩のような存在が、レベルの異なる管理者権限を持つのではないかと思う。
そこで、我々人間は、そんな管理者権限を持つ存在にお願いして世界を動かしてもらうか、ひょっとしたら、一時的にある程度の管理者権限を与えられるのかもしれない。
また、人間とはいえ、十分なレベルに進化すれば(例えば釈迦やイエスのように)、限度はあるかもしれないが恒久的な管理者権限を持てるのかもしれない。

私が、幼い時を中心に、度々、Super Magicを使ったのは、果たしてどんな方法によるのだろう?
まるで長門有希の呪文のようだったが。
ドストエフスキーの『賭博者』の中で、初めてルーレットをやるおばあさんが、0に賭け続けて大勝する。
その時、おばあさんは管理者権限を与えられていたか、管理者権限を持つ者を動かせたのだ。
しかし、2度目はそうではなかった。
私には、あのおばあさんの、1度目と2度目の違いがよく分かるのである。
ビギナーズ・ラックと呼ばれる「分からない強さ」にも似たところがあるのだと思う。
その方法を知りたいなら、鼻から静かにゆっくり息を吐くことだ。
これを馬鹿にせずにやるか、そうでないかの違いだけである。
ただ・・・これ以上言うと、私もヤバい。









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この世という仮想世界の遊び方

心をコンピューターの中に転送することを、いろいろな言い方をする。
古典的には「精神転送」だし、そうやってプレイするゲームをSFではよく「フルダイブ」と言うようだ。
シンギュラリティの概念で知られるレイ・カーツワイルは著書には「脳のアップロード」と書かれている。
その方法は、まだ確定していないし、必ずしも可能と言われている訳ではないが、道筋は見えてきた感じであり、10年以内には実現するのではないかと思う。
では、心がコンピューター(実感としては仮想世界であるが)に送られた時、魂もコンピューターの中にあるのかというと、量子脳理論が正しければ、そうであるということになるかもしれない。
だから、心をコンピューターに送った後、コンピューターが破壊されたら、元の身体に心は戻ってこない。
インターネットのような分散型コンピューティングでは、一部のコンピューターが破壊されても、全体に支障はないことが多いが、擬似人格としての心の機能はそうでも、心の本体・・・意思、クオリア、究極的に魂と呼ばれる人間の本当の実体がどうなるのかは分からない。

いずれにしろ、我々が、コンピューターが作る仮想世界に完全に移転出来るようにはなるかもしれない。いや、なるだろう。
そこでは、誰もが若く美しくいられるし、脳の拡張テクノロジーの進歩で、誰もがIQ200を超える天才になるかもしれない。
しかし、そういうふうにするのが、本当に幸福かどうかは分からない。
一説では、人間は本当は神なのであるが、不自由さを経験するために、この世に生まれているのだという。
なぜ万能の力を押さえ込み、万能でないフリをするのかというと、進歩のためとか、単に楽しいからだとも言われている。
すると、この世界は、我々が神と呼ぶ、高度な知的生命体が作った仮想世界であるということが信憑性を持って推測出来る。
言ってしまえば、我々はゲームキャラのようなものであるが、自分がゲームキャラであることを、意図的にか、自然にか、うっかりかはともかく、忘れてしまい、このゲームキャラを本当の自分だと思い込んでしまっているのだろう。

そうだ。
この世界は、コンピューターが作るシミュレーテッド・リアリティ、あるいは、ホログラフィック・ユニバースである。
我々は、その中の設定されたキャラクターに過ぎず、本当の自分が何であるかは分からないようになっている。
どうすれば、本当の自分を思い出し、万能の力を取り戻せるのかは分からないし、死ぬまで、それは出来ない設定なのかもしれない。
しかし、ゲームのように、各ステージをクリアすることで、レベルアップするのかもしれない。
例えば、ひきこもりステージをクリアして、社会人ステージに入れば、能力が数倍化するとかね。
そして、それが現実的であることを考えれば、この世界がますます、シミュレーテッド・リアリティだと感じられるのである。

だが、どちからというと、我々は作りもののキャラクターであり、操作されていると考えた方が良いと思う。
そうであれば、操作されるに任せた方が良い。
操作している者は、おそらくだが、賢くて、善良で、悪意はない。
むしろ、我々が、悪意を持ち易いキャラクターなのだ。
この世界は仮想世界であり、キャラクターである我々は、プレイヤーに協力的であれば、レベルアップしていけるのである。









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この世界はやはりコンピューターゲームか

「全ての病気は心因性と決め付けている」と、同じことを言った2人がいて、一人は、ドイツ人医師ゲオルク・グロデック(1866-1934)で、もう一人はNLP(神経言語プログラミング)の共同開発者であるリチャード・バンドラー(1950-)だ。
「魔法を使って治している」とまで言われた偉大な精神科医ミルトン・エリクソン(1901-1980)も、そうだったのではないかと思う(私が思うだけかもしれない)。
グロデックなどは、転んで怪我をすることも心因性なのだと言う。
彼らは、もちろん、それなりの根拠は持っているのだろうが、完全に証明することは出来ないはずだ。
それは、「確証はないが確信はある」といったものと思う。

この私となると、確信とまではいかないが、妄信よりはマシなレヴェルで、やはりそう思う。
全ての病気、怪我、さらには、貧困やトラブルなども全て心因性である。

話がガラっと変わってしまうようだが、この世界が、SFの『ソードアート・オンライン』のような、コンピューターで作られた仮想世界である、つまり、「シミュレーション仮説」という考え方があるが、イギリスの哲学者ニック・ボストロムは、「そうである可能性の方が高い」と言っているらしいが、アメリカの事業家イーロン・マスクは、「そうである」と決め付けているようだ。
イーロン・マスクは、電気自動車(最近はAI運転自動車で注目されている)のテスラ社や、民間宇宙船開発会社スペースXで知られているが、2017年に、脳に埋め込む通信インターフェースの開発を行うニューラリンク社も設立している。
(ついさっき、イーロン・マスクは、脳内インターフェースの臨床開始は来年の2020年と発表したようだ)
後、10年か20年のうちには、世界をまるごとデジタルコピーしたミラーワールドが出来、我々はそこに精神をアップロードするようになるらしいが、そこでの体験はリアルで、もう全く、シミュレーテッド・リアリティである。
実は、それが既に実現していて、我々はまさにその中にいるとするのが、シミュレーション仮説であるが、そうであるなら、最初に述べた、「全ての病気は心因性である」の信憑性も高まるように思う。
病気はシステムが作り出すもので、それは、我々個人の精神の影響を受けて起こるのであるから、当然のことである。

それなり・・・とまではいかないが、ある程度の理論的根拠を持って、この世界がコンピューターシミュレーションであると決め付ける・・・つまり、確証はないが確信を持つことも良いのではないかと思う。
高度なVR(仮想現実)やAR(拡張現実)、それに、今は少々お高くつくがMR(複合現実)を体験すれば、確信も高まるかもしれない。
そして、そうであれば、世界の動かし方も早くマスター出来るだろう。
『ソードアート・オンライン』のように、空中に出した操作パネルを指で操作するのも、本人の好みや視聴者への共感のためには良いだろうし、『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』のように、思っただけで。自分だけに見える情報パネルが現れるのでも良いが、それを心の目で見、心の手で操作しても良い。
そして、全てはゲームと同じで、今後の展開はあなたの選択次第なのである。
いや、この仮想世界の選択は、むしろ、振る舞いである。
英語のpretend(ふりをする)が流れを作り出す。
インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジなどは「時を超えているふり、空間を超えているふりをしろ」言い、それは体験であると言った(結果、神になる)。
この仮想世界での役割は、そうやって(ふりをして)決めるのである。
ある西洋人男性が言っていた。
「俺は禿げていることを神様に感謝している。禿げを全く気にしないことで男らしさを見せることが出来るんだ。おかげで俺はモテモテだ」
良いやり方である。何かにこじつけて、モテモテであるように振舞えば、そうなるのだ。それはそれで面倒なことになる面もあるのだが(笑)。









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