ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

サウンド・オブ・ミュージック

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

自己開発プログラムもセミナーも根本的に間違っていた

もし、セミナービジネスをやりたいなら、こんなふうにやれば良い。
と言うより、多くの有名セミナー講師は、このようにやっている。
まず、アメリカ発の自己開発プログラム(伝統ある優れたものはCDの音声教材が多い)を購入する。
もちろん、日本語化されている。そもそも、多国語化されているものでなければ信用がない。
値段はいろいろだが、100万円を超えるものも珍しくない。
それを、毎日少なくとも1時間、可能なら、数時間かけて勉強(と言っても聴くだけだが)する。
そして、その内容を、あたかも自分オリジナルのようにパクって・・・良い言い方をすれば、アレンジして自分が教えるのである。
実際、それで、かなり儲けているセミナー講師もいる。
私の知り合いにもそういう人がいて、その講師は私にもやるよう勧めてくれたが、幸か不幸か、その人が薦める成功プログラム(かなりの値段だった)に、あまりのめり込めなかったのでやらなかった。
ただ、悪いプログラムではなく、それなりに勉強になったし、トップクラスの多くの事業家やスポーツ選手、芸能人にも沢山の愛用者がいる。

面白かったのが、その自己開発プログラムを聴いているうち、かつてセミナーを受講した有名セミナー講師が、その自己開発プログラムまんまに喋っていたことに気付いたことだった。
確かに、そのセミナー講師独自の部分も付け加えていたが、根本は、その世界的自己開発プログラムである。

セミナーとか自己開発プログラムの中には優れたものもあるのだと思うが、それらを利用して本当に成功する人というのは、既にかなりの実力をつけていたり、特別な才能がある人で、平凡な普通の人が、それで成功することは、ほぼ全くない。
逆に、害がある場合も多いはずで、平凡な人間の場合は、害がある場合の方がずっと多いような気がするのである。

ところで、自己開発プログラムとセミナーの中で感じた面白いお話を取り上げる。
その(講師が自己開発プログラムをパクっていた)セミナーで、講師が、
「聖書には『初めに言葉ありき』と書かれているが、それは嘘です。正しくは、『初めにイメージありき』です。鮮明にイメージしたことが実現するのです」
と言った。
だが、聖書を引用することが多いことで知られる、アメリカの有名な成功書の著者、フローレンス・スコーヴェル・シンは、言葉が何より大切であると言い、今はどうか知らないが、斎藤一人さんなんかも、そう言っていたような気がする。
イメージ重視の密教の空海と、念仏という言葉以外は捨てた法然との違いのような感じもある。
金持ちになった自分をイメージすれば成功するのか、あるいは、「私は豊かだ」と自己宣言(アファーメーションいう)すれば成功するのか?
両方、駄目である。
だから、セミナーや自己開発プログラムで、凡人が成功することはない。
先程も述べたが、成功する人は、セミナーやプログラムを利用する前に、必要なものを得ているのである。

答は何か?
こんなこと、バラして良いのか不安だが(笑)、答は「初めにも終わりにも、気分(フィーリング)ありき」である。
どういうことかというと、子供の時、親に、気分の切り替え方を教えてもらった人が成功するのである。
一方、親が、「気分悪いなあ」「気ぃ悪いわあ」「ムカつく」と平気で言うなら、その子供は一生、底辺の奴隷である。
もし、そんな親に育てられたなら、全力で、気分の切り替え方を身に付けるべきだ。
それに役立つ成功のための一曲は、オスカー・ハマースタイン2世作詞の『私のお気に入り(My Favorite Things)』だ。
この曲は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』で最初に登場し、その後、世界中の多くのアーチストがカバーした。
歌詞を英語で覚え、忘れずにいると、その気になれば、何でもうまくいく。
個人的には、Mitchie Mさんの『FREELY TOMORROW』が良く、特に、「マジカルミライ2014」で初音ミクさんが歌うのを見て聴くのが一番であると思う。
本日は、初音ミクさんの生誕日(8月31日)のイヴ(前夜祭)であるので、早速、blu-rayを視聴しようと思う。








魔法が人々から隠された本当の理由

ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』には、成功者達は、成功するための秘密の教えである「シークレット」を知っているが、それを公開せず、独占していると書かれている。
それは本当だが、彼らがそれを公開しない理由は、悪意というよりは、公開しても仕方がないからではないかと思う。
つまり、丁寧に教えたところで、凡人が「シークレット」を使いこなせるとは思えないのだ。

もうかなり昔のことだが、私は「シークレット」を知っていると思われる金持ちと奇妙な会話をしたことを、ずっと覚えている。
私が何かに驚いた時、彼が不意に、
「反応してはいけない。反応してはいけない」
と2度言ったが、それは、重要なことを私に教えようとしてくれたのだと思う。

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』に、『私のお気に入り(My Favorite Things)』という、驚くほど多くのアーチストにカバーされた曲がある。
私は、高校生の時に何度も聴き、今でも英語で歌詞を思い出す。
その中で、日本語では、こんな歌詞がある。
「犬に吠えられた時、蜂に刺された時、悲しい時、私は私のお気に入りのものを思い出すと、そんなに悪い気分でなくなる」
この中に、「シークレット」が隠されていることに気付く。
詩を書いたオスカー・ハマースタイン2世は、当然、「シークレット」を知っていたはずだ。
つまり、こうだ。
悪いことがあったら、普通の人は、それに反応して、悪い気分になる。
だが、それを許さず、つまり、反応せず、悪い気分にならないようにしなければならない。
これは、言い換えると、自分の意思で「気持ちを変える」ということだ。
『ザ・シークレット』では、こんなふうに書かれている。
朝、ベッドから出て立ち上がった時、何かに足をぶつけたりして悪い気分になると、1日が悪循環に陥る。
だが、足をぶつけて、一瞬、悪い気分になっても、自分で気持ちを切り替えると、悪循環が絶たれる。
そして、良い気分になれば、連鎖反応的に良いことが起こる。
では、そのための最良の方法は?
それは、静かに黙想し、自分の感情に意識を集中して、1分間微笑む・・・である。
私は、常に微笑み、可能なら、ガッツポーズをすれば良いのだと思う。








本物は地味だが真に魅力的である

アメリカのTVドラマ『大草原の小さな家』を、Amazonプライムビデオで見た。
西部開拓時代の1家族であるインガルス一家が逞しく生きる話で、主人公である次女ローラの自叙伝的小説を基にしている。
私が見たのは、1973年のシーズン1の中の一話で(1980年のシーズン8まである)、ローラはまだ10歳くらいの少女だった。
私は高校生の時、『大草原の小さな家』より前の『大きな森の小さな家』を読んで興味を持ったが、高校の図書館で『大草原の小さな家』の後の『大草原の小さな町』を偶然見つけたことがあり、なかなか因縁のある作品だ。
ただし、おそらく、TVシリーズの『大草原の小さな家』は、ローラ自身が書いたものとは随分異なるものである。

作中の人物が書いたものを基にしているが、映画化した時に、ほとんど別物の作品になった例としては、『サウンド・オブ・ミュージック』や『アラビアのロレンス』がある。
『大草原の小さな家』もそのようなものだが、とにかくアメリカで大ヒットし、日本でもテレビドラマが放送され、大変に人気があったようだ。

で、私は『大草原の小さな家』の第1シーズン・エピソード6の『ローラの初恋』を見たが、面白いような面白くないような・・・(笑)。
ただ、もし、今の日本で、こんなテレビドラマを作るとしたら、ローラや、その姉メアリー役には、演技の実力より、アイドル級の美少女を使うはずだ。
いや、今のアメリカでも同じかもしれない。
ところが、このTVドラマでは、ローラもメアリーも、演じているのは、本当に、ごく普通の容姿の女の子だ。とはいえ、2人とも、後に映画女優になっているのだから、悪くはないし、実際のメアリーはかなり美人だったようで、演じているメリッサ・スー・アンダーソンも割と美人だ。
このドラマでも、メアリーはそこそこに可愛いが、ローラは、実際のローラがそうであったように、美少女とは言い難いかもしれない。
この『ローラの初恋』では、ローラは、転校してきた15歳のジョニーを好きになるが、ジョニーは、さっぱりとした性格のローラに好意は持つが、10歳位の特に可愛い訳でもない女の子に興味があるはずがない。
そして、なんと、ジョニーは、ローラの姉メアリーにぞっこんとなる。
いや、メアリーだって、せいぜい12歳くらいではないかと思うが、メアリーは頭が良くしっかり者で、金髪美少女である。
すると、ローラ達のお父さんのチャールズが穏かでない。
「15歳だって?そんな歳の男はロクなこと考えてないはずだ」と、自分の経験から断言する(笑)。
まあ、ローラ自身の原作小説に、そんな話はないと思うが・・・

実を言うと、私は、この1話見ただけで、一般受けするテレビドラマの「作りもの感」を感じ、もう全く見る気はない。
ただ、小説の方はこれをきっかけに関心が出てきた。
私は、本当の「エピソード1」である『大きな森の小さな家』しか読んでいないが、これがなかなか良かったと記憶している。
実際のチャールズ(ローラ達のお父さん)は、自然の中で生きる者の賢さを備えているように思え、それは学ぶに値する。
『アラビアのロレンス』は、原作の『知恵の七柱』は、ストーリーが複雑で、読めたものではないが、映画も良いと思う。
しかし、『サウンド・オブ・ミュージック』は、主人公マリア・フォン・トラップの原作を基にした、「稼げる映画」に過ぎず、私は全く好きでなく、正直言って、もう決して見たくない(音楽は良いが)。
『大草原の小さな家』も、『サウンド・オブ・ミュージック』的と思う。
作りもののドラマは、人々に悪い影響も与えると思う。
原作を読むと良いと思う。
尚、『知恵の七柱』や、それをロレンス自ら簡略化した『砂漠の反乱』は、読むと、魔術的な知恵を得られると言われている。













当ブログオーナー、KayのAI書。
数学やプログラミングが出来なくても、Excelが最低限使えるスキルがあれば、AIを作れるようになることを目指して書きました。
実は、数学やプログラミングが相当出来る人が本格的に機械学習やディープラーニングに取り組むより、案外に、この本で実習を行った方が、役に立つAIを作ることだってないとは思いません。
それは、電子レンジの原理であるマイクロ波理論に詳しい人が料理が上手い訳ではないのと似ています。
プログラミングにしたって、コンピューターの素人がプログラムした業務パッケージソフト(プログラム的には欠点も多い)が大ヒットしたこともあります。
だから、興味があれば、この本で気安くAIに取り組み、AIを実際に作っていただきたいと思います。

秘教的呪文の形

有名なミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』のサウンドトラックを高校生の時に買ったが、その中の、『I Have Confidence in Me(自信を持って)』という曲の1フレーズをよく覚えている。

Everything will turn out fine

「全ては良くなる」といった意味だろう。
次の行はこうだ。

I have confidence the world can all be mine

「世界は全て私のものだという自信がある」といったところだ。
詩を書いたのは、アメリカの偉大な作詞家・脚本家であるオスカー・ハマースタイン2世だ。

素晴らしいアファーメーションであり、効果的な自己暗示、呪文になり得る言葉だ。
明るい未来を指し示す言葉は、人々にエネルギーを与えるだろう。
これは、私がお勧めしている呪文、「全てうまくいく」と同じと言える。
普通は、これで良い。

ただ、秘教的にすることも出来る。
簡単に言う。
上の歌詞は、「未来はこうなる」という形だ。
これを現在形にしてしまう。

Everything will turn out fine → Everything is fine(全て良好)
I have confidence the world can all be mine → I have confidence the world is mine(世界は今、全て私のものと信じる)

仏教の深い教えでもあるが、潜在意識に時間というものはなく、常に「今」である。
だから、「マジカルミライ2018」で、初音ミクさんが「みんな大好きなあの歌」と言った曲のタイトル『ワールド・イズ・マイン』は究極的呪文である。

「全てうまくいく」の呪文で、ものごとがうまく回り始めたら、「全て善し」「全て順調」「全てうまくいっている」とすれば、さらに効果は強烈になる。
別に、初めからこうしても良いが、多少は、今の感覚に配慮し、馴染むやり方を選べば良いと思う。

とはいえ、あまりこだわることでもない。
そして、「大丈夫」「絶対大丈夫」は、そのまま現在形であるが、より今を実感するためには、「大丈夫だ」「絶対大丈夫だ」とすれば良いだろう。
それで言えば、さくらちゃん(『カードキャプターさくら』)の最強の呪文「絶対に大丈夫だよ」にも大きな意味があることになる。

いずれにしろ、呪文を唱えることを決して忘れないように。
それで幸福は約束されるのだから。









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生きているということ

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の主題歌『The Sound of Music』の初めは、「The hills are alive」だったと思う。
「丘は生きている」と言われたら、何となく雰囲気が分かるもの・・・だろうか?
『エースをねらえ!』の岡ひろみなら、「ああ、生きているなあ」と思うだろうが、「丘」は生きているのか。

つまりね、「丘が生きている」と思う人は、本当の意味で、「自分が生きている」のである。
「生きている人」「死んだような人」という言い方をよくするだろう。
ゾンビじゃないのだから、死んでない限り生きているのだが、生物学的に生きていても、「死んだような人」がいる。
まあ、「生き生きとした人」と「そうでない人」に分かれるような感じだ。

竹宮恵子さんの古い漫画で、町の人々がみんな死んでいるように感じている1人の少年(青年という雰囲気だったが)が、そんな死んだような人達の中に、「彼女は生きている!」と感じる1人の少女を見つけ、追いかけていったら、彼女は魔女で、心臓を食べられてしまう・・・といったオチだったが、なるほど、今の世の中、生きているのは魔女くらいのものだろう。

だが、我々は本当に生きていないといけない。
では、どんな人が「生きている」と言えるのか?
「大きな夢を持っている人」なんて聞くと恥ずかしくていけないが、「年商百億」とか「業界制覇」なんていう夢は、場合によっては地獄の目標で、そんなものを持っている人は、「生きている人」の場合もあるだろうが、「悪魔の手先」「小悪魔」かもしれない。
もっと良い言い方は、「主体性を持って生きている」ということだろう。
国家の言いなり、社会の言いなり、テレビの言いなり、有名人の言いなり、世間の言いなり、会社の言いなり、学校の言いなり、ママの言いなり・・・などの者は、主体性がなく、生きていないということだ。
ある意味、「わがままに生きている」とも言えるが、パパやママ、あるいは、会社に依存しながら勝手気ままに生きているのを、主体的とは言わない。
そうでなく、「完全にわがままに生きている」か、あるいは、「俺流で生きている」と言った方が良いだろう。

超絶俺様主義のキミに合うのはあたしだけ
~『Baby Maniacs』(作詞:q*Left、作・編曲:八王子P、歌:初音ミク)より~

「超絶俺様主義」って、まさに生きている感じだが、「キミに合う私」というのは、決して、「キミのいいなりになる」という意味でなく、「私もまた生きている」ということだ。
主体性を持つとは、自分の考えを持つということで、「千万人と雖も吾往かん(センマンニントイエドモワレユカン)」と言うことだ。
まあそれも、自分の力を冷静に見極めながらでないと、この世で生きていけないが、見極め過ぎてもいけないのだから難しい。
そうだ。現実問題、主体性を持って生きるには力が要る。
そして、鍛えない限り、力は得られない。
鍛えるとは、本を読むことでも、勉強することでも、肉体の鍛錬をすることでもない。
だが、自らの意志で、死ぬ気で、読む、学ぶ、鍛錬するなら、生きることにつながる。

「生きる」ってことは「死ぬ気でやる」ってことだ。
寺山修司氏の作詞による『あしたのジョー』のオープニング曲『あしたのジョー』の中の、
「たたけ!たたけ!たたけ!」
「吠えろ!吠えろ!吠えろ!」
「やるぞ!やるぞ!やるぞ!」
ってところが、いかにも「生きている」って感じるじゃないか?
獣の血、荒野の渇望、意地・・・そんなものを持ってるってことだ。









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