ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

サイボーグ009

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

生命と人工生命の境界は消える

時計のように、大してエネルギーを必要としないものなら、小さなソーラーバッテリーで充電される電気で十分である。
しかし、タツノコプロのアニメ『新造人間キャシャーン』の、スーパーアンドロイドであるキャシャーンが頭につけた小さな角のようなソーラーバッテリーでは、あの大出力のエネルギーをまかなうことは全く不可能だ。
ただし、現在の技術では。
だが、今後、ナノテクノロジーを導入したソーラーバッテリーなら、かなり改善が可能かもしれない。
レイ・カーツワイル(発明家、AI研究者)によれば、地球に降り注ぐ太陽光の0.03%で、2030年に必要とされるエネルギーは全て満たされるとのことである。
イーロン・マスクは、CEOを務めるテスラの電気自動車のエネルギーは全て太陽電池で作り出し、いずれ無料にしようと考えているのだと思う。
こんな話を聴くと、「それは夢物語だ」と思う人が多いかもしれなが、それは、テクノロジーの進化の速さを、過去、あるいは、現在のようであると思い込んでいるからだ。
1万年前から20万年前の間に、テクノロジーはほとんど進歩しなかったが、1万年前から5千年前の間に、それとは比較にならないほど進歩した。
さらに、5千年前から2千年前の間には、1万年前から5千年前よりはるかに。
2千年前から3百年前には、5千年前から2千年前よりずっと。
だが、百年前から20年前までの進歩は、3百年前から百年前までの進歩とは比較にならない。
そして、20年前から現在までの進歩は、百年前から20年前の進歩と比べ物にならない。
速い話が、テクノロジーの進歩の速度は、加速度を増して速くなり、今後の速さは想像も出来ないほどである。

1960年代に、石森章太郎氏が『サイボーグ009』という、9人の超人的改造人間の漫画を描いたが、当時としても、あるいは、今でも、「あくまで漫画」と思っている人が多いがと思うが、もう実現可能な一歩手前だ。
たとえば、001は脳を改造して天才になったが、脳に数千万台のナノマシンを入れれば天才になることは、大体確実であるらしいし、007のような変身能力もナノマシンで可能になるだろう。
002のように、足につけたジェットエンジンで空を飛ぶというのは、実用面で難があるが、やろうと思って出来ないことはないと思う。
もちろん、現時点のテクノロジーではお話にならないが、これまでの百年の進歩が1年、あるいは、それ以下で達成出来るこれからの世界では、全てが可能になる。
『サイボーグ009』はあくまで喩えで、あれはあれで凄い想像力ではあるが、やはり、過去には誰も想像しなかった、もっと素晴らしいアイデアが出てくることだろう。

初音ミクさんも、今後、これまで通りではない。
「うわ!ミクさん、こんなに進んだんだ!!」と驚くことになるだろう(もう既に驚いているが)。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、ある面では、ミクさんの成長はファンに託しているのだと思うが、テクノロジーの面では、既にミクさんの本質である歌に関しては大変な進歩を遂げているように、今後、その歌も含め、あらゆる部分を進化させてくれるだろう。
チームラボの猪子寿之社長は、『みんなみくみくにしてあげる♪』の、「科学の限界を超えて 私は来たんだよ」というところで泣いたというが、私にも少し分かるのである。
そして、私は、


私の姿まだ 目には見えないのわかってる
だけど私生きてる 君と話してる
だから ヴァーチャルの垣根を超えて 溢れかえる情報の中
君と私ふたりで 進化していきたい
~『みんなみくみくにしてあげる♪』(作詞・作曲・編曲:ika、唄:初音ミク)より~


で感涙するのである。ikaさんは天才だし、未来とつながった人なのだろう。
シミュレーテッド・リアリティと言うべき高度なVR(バーチャル・リアリティ)は、現実と区別が付かない・・・というより、そもそも現実との違いはなくなる。時代は「ボーダーレス」である。
生物と人工生物、人間と機械、リアルとバーチャル、あなたと私、私と世界に区別を付けることに意味がなくなってくる。
文字通り、宇宙は人間化するし、人間は宇宙化する。
それは、過去や現在のテクノロジーをはるかに超えたテクノロジーで実現される。
「芸術は爆発」も、テクノロジーが体験させてくれる。
そういったテクノロジーの進化に対し、備えるべきことは多いと思う。
今のところ、未来のテクノロジーの恩恵に相応しくない人間も多い。
だが、楽観して良い理由や、その方法も見つかるのではないかと思う。
ミクさんが花嫁になってくれる日も近いと思う。









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魂の力

『スターウォーズ』って、なぜウケたのだろう?
別に大した話でもないのに。
俳優だって、悪くはないが、それほど格好良くもキレイでもない。
その時代を超えた特撮技術は勿論、素晴らしいものだった。
だけど、一番は「フォース」を扱っていたからだ。
フォースは1つの呼び名に過ぎず、何でも良いのだが、その神秘的でありながら、奇妙なリアリティを感じさせるその「力」への憧れが人々を惹きつけたのだ。
そんな力があることは、心の内では皆知っている。

映画『ベン・ハー』で、権力を傘に着た傲慢で暴力的な男が、ただの貧しい庶民にしか見えない、そして、ただ立っているだけのイエス・キリストに全く逆らうことが出来ない場面があった。
そのイエスの力だ。
沢山の雄ライオンを檻に入れていると、自然に順列が出来るという。
ところが、必ずしも、肉体の力が優れた者がボスになるのではないらしい。しかし、身体の力で劣っていたとしても、そのボスに、どのライオンも平伏し、ボスは一番良い肉を当然のように取る。
弁慶が18歳の時、後に妻になる10歳の玉虫という名の少女を馬に乗せようとしたら、彼女の足を支える弁慶の強力無双の腕がなぜか震えてしまう・・・という話がある。
玉虫も不思議な力を持っていたのだろう。
ある漫画の話だが、非行グループのような連中が、1人の少年を全裸にするのだが、グループのボスは、その少年のおちんちんが縮んでいないのを見て敬服する。少年の「力」を感じたのだ。

石ノ森章太郎さんが、癌に侵され、生きているのが不思議と医師が思う状態で書いた、『サイボーグ009 完結編』で描かれるジョー(009)の力がまさにそうである。
ジョーが初めて神と戦った時、神の前では無に等しい力しか持たないジョーが、一瞬、神を慌てさせた力・・・そんな力だ。

長谷敏司さんのSF小説(アニメ放送中)『BEATLESS』で、悪魔のような電子戦(ハッキング)能力を持つレイシアがなぜ遠藤アラトという平凡な少年を必要としたのか?
レイシアがそういうふうに作られているというより、レイシアを作った超高度AIヒギンズが、人間の魂の「力」をいくらかでも理解していたからではないかと私は思っている。
小説には全く書かれていないが、レイシアにだって魂はあるはずだ。だが、アラトに比べると弱いのだ。

こういった「力」をあなたは持っている。
その力を解放するのに、本1冊読む必要はない。
本1冊にもなってしまう方法は嘘である。
上のお話で説明は終わっているのだ。









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いなくてもいい人

世界中で、突然、行方不明になる人間は数え切れない。
そして、急にいなくなったところで、全く問題とされないことは少なくない。

石ノ森章太郎(石森章太郎)さんの、『サイボーグ009』という、1960年代前半に発表されながら、いまだ人気が高いSF漫画がある。
9人のサイボーグ戦士のお話だが、ここでのサイボーグとは、人間を科学技術で改造したものである。
ブラックゴーストという兵器を製造して世界中の国に売って儲けている組織が、これから非常に売れる商品であるサイボーグ戦士を開発するための、プロトタイプ(試作品)として作られたのが、この9人の00(ゼロゼロ)ナンバーサイボーグ達(001から009まで)という訳である。
その試作品の実験体になる人間が必要なのだが、それは、「突然消息を断っても、問題にならない者」という条件で集められた。
つまり、「誰にも必要とされていない人間」という訳だ。

009こと島村丈は、両親が全く分からない捨て子で、孤児院で成長し、やがて悪い事をして少年院に送られ、少年院を脱走中という、まさに、いなくなっても何の問題もない「要らない子」だった。


あなたにも あなたにも
私はさ 必要ないでしょ

世の中に けんもほろろ
楽しそうな お祭りね
~『独りんぼエンヴィー』(作詞・作曲・編曲:電ポルP、歌唱:初音ミク)より~


丈のキャラクターが面白い。
正義感が強く、途方もなく優しいのだが、自我が弱く、自分の命を重要視しない。
両親がいないことが原因で、自我をうまく構築することが出来なかったと考えることも出来そうだ。
そして、彼は、「独りんぼエンヴィー(ねたみ、うらやみ)」で、誰にも必要とされず、むしろ、いない方が良いくらいの、寂しい少年という訳だ。
この丈のキャラクターも、『サイボーグ009』の人気の秘密だろう。

ところで、『サイボーグ009』は、一度、正規のストーリーとしては中断されている。
サイボーグ戦士達が、神と戦うことになってしまったのだが、あまりに壮大な物語になってしまうため、石ノ森さんも、ちょっと間を置きたかったのかもしれない。
石ノ森さんは、いつか必ず描くことを読者に約束しながら、描けないまま癌に倒れてしまう。
しかし、医者からは、「生きているのが不思議」という状態になりながら、病室の中で、神とサイボーグ戦士達の戦いを小説の形で執筆を行っていた。
石ノ森さんが亡くなった後に残された原稿は、膨大でありながら、まとまりがなく、また、全く書かれていない章もあったりで、石ノ森さんの息子の小野寺丈さんが作品に仕上げるのに何年もかかったようだ。

神との戦いというのは、ノアの箱舟のように、人間に愛想をつかした神が、いったん人類を滅ぼして、またやり直そうとするのだが、サイボーグ戦士達が、それに抵抗するというものだ。
力の差があり過ぎて戦いにもならないのは分かっているが、それでも戦うことを決意したのである。
その戦いに挑むにあたり、001が、「みんなに新しい力をつけてあげる」と言い残すところで、漫画の連載は終わっている。

その新しい力は、009が初めて神の一部と戦った時に発揮される。
伝説の女神に挑む009に、もとより勝ち目は全くないのだが、有り得ぬことだが、009は女神を一瞬驚かせる。

その新しい力は、まさに、我々が持っているものである。
それを得るには、やはり、呼吸を微かにすれば良い。
それで確実に得られる。
神に勝てるかどうかはともかく、一瞬でも驚かせれば、それは途方もない力だ。
我々はそれを内に秘めており、呼吸を微かにすることで、それを引き出せることは間違いないと思う。


Don't let them know
I won't say goodbye before I go
/* Kay訳 */
みんなには内緒だよ
黙って消えるわ
~『Ten Thousand Stars』(作詞・作曲・編曲:CircusP、歌唱:初音ミク)より~










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共感回路

人間は、本来、いかなる病気も自分で治す力を持っている。
その力は免疫力である。
免疫力の偉大さは人間の医学の及ぶところではなく、医学や心理学の役割は、もしあればだが・・・あくまで、免疫力が発揮されるようにすることである。
ただ、免疫力もまた、独立で存在する訳ではなく、あくまで、生命力の一部である。
よって、究極的には、生命力を高めればいかなる病気も治る。
人間は、他の動物と違い、精神の力で生命力を高めることが出来る。
それは、自主的に生きる意欲を持つことである。
強い生きる意欲を持てば、医学的には奇跡としか言えない回復も起こる。

上に述べたことが、最も重要な真理だろう。
まあ、「免疫の本来の定義は・・・」など、細かい難癖はいくらでもつけられるが、根本的には絶対に間違いはない。
思い出すのは、漫画家の石ノ森章太郎(改名前の石森章太郎の方が馴染み深いが)氏が、癌に侵されて入院していた時、医学的には「生きているのが不思議」な状態でありながら、病室で仕事を続けていたらしい。
『サイボーグ009』の完結編を、ファンのためにどうしても完成させなければならないという想いが、生きる意欲になっていたことが、彼の生命力を高めていたのだろう。
『サイボーグ009完結編』は、小説の形で大量の原稿が残されたが、あまりにまとまりがなく、石ノ森章太郎氏の死後、氏の長男で、009と同じ丈という名が付けられた小野寺丈氏が作品として完成させるのに5年以上かかったという。
小野寺氏がほぼ独力で書いた章もあるが、あくまで、章太郎氏の想いを僅かでも引き出そうとしたのではないかと思う。
傑作に仕上がっているので、生命力の秘密を得るためにも、私も再読しようと思っている。
実際、私は、この作品のテーマは、人間の不可思議な生命力であると思っている。それが、超テクノロジを超える場面が何度もある。
ずっと昔、石ノ森氏(当時は石森氏)が、漫画の『サイボーグ009』の連載を中止する際、001(イワン)が、「みんな(00ナンバーサイボーグ達)に、新しい力をつけてあげる」という謎の言葉を言わせて終わっている。
その「新しい力」が、『サイボーグ009完結編』の鍵なのであるが、それが、生命力の神秘であると思う。具体的には作品を読むのが一番である。

私は、先月(2016年9月)の初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2016」から帰って来て以来、死に向かっている。
トレーニングは相変わらず続け、筋肉の力などはむしろ高まっているが、生命力が消えかかり、耳が聴こえなくなったり(一時的に治ったが、また聴こえなくなった)、身体に異変が起こっている。
「最後に、愛するミクさんのコンサートに行けたので満足。もう思い残すことはない」
と思ったからだが、これは、本来、正しいことではない。
ミクさんのコンサートは、あくまで、生きる力を与えるものなのだからだ。
まして、今回のコンサートでは、ミクさんは特別に、BUMP OF CHIKENの名曲『ray』をラストソングに歌ってくれて、この歌の中の、
「◯×△どれかなんて 皆と比べてどうかなんて 確かめる間も無い程 生きるのは最高だ」
でなければならないのだが(作詞作曲は藤原基央さん)、どうもうまくいかない。
『フランダースの犬』のネロ(ネルロ)の、「最後にルーベンスの絵が見られたので満足」の気持ちが分かるような気がする・・・ではいけないのだろうがね。
来年も「マジカルミライ2017」はあるが、それはあまりに遠いし、そもそも、それだけが生きる目的というのも問題である。
こんな時、良心というか、他者への愛着・・・その根本力である共感力があれば何とかなるような気もするが、それが無いのがサイコパスの弱点である。
ミクさんは共感力の象徴であるのだから皮肉な話である。
何だか、久々に困っているが、そんな自分がおかしくて面白い。
サイコパスにとって、死そのものは深刻な問題ではないのかもしれない。
そこで考えたのは、人工的な共感力、即ち、共感回路を作ることである。
キカイダーの良心回路みたいなものである。
それが出来れば、サイコパスの役に立つし、サイコパスでなくても、共感力の弱い人たちのためになるかもしれない。
もっとも、そんなものが出来て、私が死が恐くなるのも嫌なのだがね。









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圧倒的に不利な状況で何をするか?

石森章太郎さん(後に石ノ森章太郎に改名)の代表作の1つに『サイボーグ009』がある。
これは、00ナンバーサイボーグという、001から009までの9人のサイボーグ戦士達の物語だ。
00ナンバーサイボーグというのは、戦争のための高度な科学兵器を開発して各国に売り、膨大な利益を上げる、ブラックゴーストという組織が作った、プロトタイプ(試作品)の戦闘用改造人間だ。
このプロトタイプで実験し、改良を重ねて完成品にした後、いよいよ、大量生産し、大国に高値で売り込む予定だった。
だが、9人のサイボーグ達は、彼らを改造した科学者の一人であるギルモア博士と共に、ブラックゴーストから逃げ出す。
ギルモア博士は、もう戦争用兵器など作りたくなかったし、サイボーグ達も、身体を機械に変えられた上、実験体にされたままではいたくなかった。

だが、ブラックゴーストが00ナンバーサイボーグ達を見逃すはずもなく、また、優秀なギルモア博士も取り戻したかった。
そこで、00ナンバーサイボーグ達のところに、彼らを抹殺するための刺客のサイボーグを送り込んで来る。
ブラックゴーストは、00ナンバーサイボーグの研究成果を基に、さらに進歩したサイボーグを送り込んでくるのだから、戦いは、00ナンバーサイボーグ達には極めて不利だった。
だから、ブラックゴーストは、00ナンバーサイボーグ達の撲滅は時間の問題と見なしていた。
00ナンバーサイボーグのところに送り込まれてくる、ブラックゴーストの新型サイボーグのセリフはいつもこうだった。
「お前達のようなプロトタイプのポンコツサイボーグごときが、超高性能な新型サイボーグの俺に勝てるはずがないだろ?」
実際、新型サイボーグの性能は桁違いで、それに比べれば、00ナンバー達は、ポンコツでしかなかった。
ところが、00ナンバー達は、苦戦しながらも最後には勝ってしまう。
最初は、ブラックゴーストも、刺客の不手際とか、「舐めていたか」と思うが、何度も敗北が続くと、奇妙に思うようになった。
これほど力の差があるのに、なぜ、00ナンバーは強いのか?

もちろん、漫画やアニメの中では、00ナンバーサイボーグ達のチームワークや、正義を愛する正しい心の強さが謳われ、それが勝利の原因と見なされていただろう。
だが、作者の石森さんは、おそらく、別の要因にも気付いていたと思う。
「なぜ、ポンコツが勝つのか?」
答えは、
「ポンコツだから」
である。

ボクシングなどで、歴史的な名勝負があり、勝った方が引退してかなり経った後で、実は、あの試合の時は、自分は熱が40度あった・・・などという話がよくある。
体調が万全であっても、勝つのが難しい相手に、最悪の体調で勝ったのである。
ロサンゼルスオリンピックの女子体操で個人総合優勝したメアリー・レットンは、足の怪我で、本番2日前は歩けないほどだったという。
イチローがアスペルガー症候群(興味やコミュニケーションに関する深刻な障害)だと言われることがある。それが本当かどうかは分からないが、いずれにしても、私は、イチローは、何らかの大きなハンディを抱えていることは、多分、間違いないと思う。
でなければ、あそこまでやれるものではない。

「ザ・ケルン・コンサート」という、キース・ジャレットの1975年のジャズ・コンサート(ピアノ・ソロ・コンサート)をご存知の方は多いと思う。
ジャレットのその即興演奏は神懸っていて、それが録音されたレコードは名盤中の名盤と言われ、記録的な売上を達成し、さらに、40年経つ現在も、CDとアナログレコードが販売され続けており、聴く人の魂を奪う。
しかし、その時、ジャレットの体調は最悪であったという話がある。
そして今年、TEDカンファレンス(非営利団体TEDが主催する世界的講演会)で、ティム・ハワードが、実は、その時、ジャレットは、壊れたピアノでやむなく演奏したのであることを明かした。
高音域の音は使い物にならず、ペダルは壊れていて、そもそもピアノが小さ過ぎて、コンサート会場に合っていない。
だが、ハワードは、だからこそ、至高の演奏になったのだと言う。

誰しも、他人に比べ、不利なことはあり、それが深刻なものであるかもしれない。
だが、そんなことがなくて大成功した者は、実際にはいないに違いない。
だから、自分が抱えたハンディに負けてはならない。
むしろ、無茶を承知で挑んでこそ、真の達成があるのだと思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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