ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

サイコパス

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恥知らずで邪まな念仏使い

法然の書の中に、だいたいの意味で、
「釈迦は沢山の教えを述べたが、最後にはその全てを捨て、ただ1つ、念仏だけを選んだ」
と書かれたところがある。
もちろん、釈迦が本当にそんなことを言った証拠は何もないだろう。
仏教の専門家の大半は、むしろ、それを否定するかもしれない。
しかし、私は、釈迦は本当にそう「思っていた」と思うのだ。

釈迦自身が「南無阿弥陀仏と称えよ」と言った訳ではないかもしれない。
しかし、釈迦がそう言ったと考えて差し支えないと私は思う。
とにかく、釈迦は念仏を称えることが、救われる唯一の方法だと言ったのだ。
では、念仏とは何かというと、仏(如来)を想うということだ。
しかし、仏に名が無かったり、単に、「仏」、「如来」と言うと、人間は意識を向け難い。
人間の意識は、具体的なもの・・・形や色や名前があるものに向きやすい。
そこで、『観無量寿経』では、阿弥陀如来の姿を詳細に説いているが、結局のところ、釈迦は、「阿弥陀如来の名を覚えていろ」と言うのである。
そのためには、「南無阿弥陀仏」と称えれば良いというのは、後の世の人が考えたことで、法然や親鸞は、その教えを確立し、伝えたのである。

念仏といえば、今は、浄土宗や浄土真宗のお葬式や法事で、お坊様が称えているが、それは近年に出来た慣習とはいえ、別に間違いではない。
また、法然や親鸞の時代は、念仏は死んでから極楽浄土に生まれるための方法と考えられていたが、それはそれで良い。
だが、最後にはやはり念仏を選んだ一休がそう考えていたはずだが、念仏とは究極にして万能の・・・何と言って良いか分からないが、現代的には「ツール」のようなものである。
つまり、自分が仏になり、今、ここを極楽浄土にするためのツールだ。
それは、科学的、論理的にも、何の矛盾もない、自然なツールであると思う。
私も、いろいろ考えてみたが、やはりそうなのである。
簡単に言えば、意識を自我を超えた存在に向け、自我を退かせ、没我、忘我、無我に近付き、自己を忘れる。
すると、仏という万能の生命力に触れることが出来る。
念仏は、そのための、スイッチであり、プログラムであり、ツールなのである。

ただ、いまだ、念仏を、正しい心の持ち主になって・・・あるいは、なろうとしながら称えないといけないと思っている人が多い。
そうではない。
近所のセーラー服の可愛い女の子をどうにかしようと思いながら称えても一向差し支えない。
むしろ、その方が良い。
まあ、親鸞は、「薬があるからとて毒を好むな」と言い、わざとそうすることはないとは言ったが、わざとそうしなくても、当然そうなるのである。
親鸞や一休は「俺なら、そんなことしか考えない」と言ったも同然であるが、それが彼等が立派な念仏使いであった証拠である。
「マジカルミライ2016」で、鏡音リンちゃんが歌った『スイートマジック』では、「甘い魔法」使いは、意地っ張りでわがままだが、念仏使いは、恥知らずで邪まである。
「恥知らずで邪ま」は、サイコパスの代名詞とも言える。









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人類全員サイコパス

私が到達した揺るぎなき結論は、「人類は全てサイコパス」だ。
ジャーナリストのジム・ロンスンは、TED講演で「みんなどこかサイコパスだ」と言ったが、本音では、「みんな・・・あなたも私も全くのサイコパス」と言いたかったのだと思う。
サイコパスとは、良心をもたない人のことだ。
だが、良心を持った人間など存在しないに違いない。

ところが、世の中には、善人、人格者、優しい人・・・といったものがいるようだ。
しかし、そんな人々は、良心があるから善良なのではない。
善良に振舞うことがお得だと理解しているからだ。
それは知性の問題・・・早い話がIQが高いというだけのことなのだ。

一方、下着泥棒、殺人、強姦、歩きタバコ、着服、詐欺、歩きスマホ・・・等といったことは、誰しもやりたいと思うこともあるだろうが、最低限のIQがあればやらない。
最低限のIQがあれば、やったら損だと解る。
そういったことをやる人というのは、救いようがないほどIQが低いのである。
「やったら何が損なの?」
そんなことが解らない人が、「救いようがないほどIQが低い人」だ。
そんな馬鹿みたいに簡単なことを説明するのは、あまりに煩わしい。

IQがやや高い人間は陰口を言わない。
陰口を言う者は、かなりIQが低い。
だから、陰口を言うような者は、その陰口がいかに正当なものに聞こえても、決してプロジェクトチームに入れてはならない。
陰口を言わないのは、心が立派だからではない。
陰口を言うのは損だと理解する程度のIQを持っているだけのことだ。
陰口を言わない人間は、決して歩きタバコや歩きスマホや痴漢をしないことが、はっきり分かると思う。

IQは生まれつきの問題とも思える。
だが、念仏を称えれば、IQも上がる。
なぜなら、潜在的には人間は高いIQを持っているのに、それを引き下げているのは自我だからである。
自我の働きは、優越感を感じるよう論理を捻じ曲げることで、それがIQを下げるのだ(ここ重要だ)。
しかし、念仏(に限らないが)によって、自我より高い存在に意識を向ければ、自我は後退する。
それなら、理屈から言ってもIQは高くなるのである。

そもそも念仏はサイコパスのためのツールだ。
親鸞は言ったらしい。
念仏の効果を妨げるほどの悪はないし、念仏以上の善はないと。
全くその通りだ。
日本のある超天才数学者が毎日長時間念仏を称えていたのは、宗教的な理由よりも知性を大切にしたかったのではないかと思う。

ガンジーやマザー・テレサがサイコパスだと言った心理学者がいるらしいが、それは当然だ。
ジョージ・バーナード・ショーに、「先生、金曜日に結婚したら不幸になるって本当ですか?」と尋ねた人に対する答と同じだ。
「もちろんだよ。金曜だけが例外であるはずがない」
ガンジーやマザー・テレサが例外であるはずがないのである。
ドナルド・トランプは知性あるサイコパスだ。
一方、彼を口汚く罵る者達はIQが低いサイコパスだ。誰とは言わないが。
批判自体は構わないが、IQが高ければ批判をしても気品があるものだ。
気品のないことばっかりしている誰かが、一番口悪にトランプを誹謗してるだろう?
もちろん、トランプもサイコパスだ。
しかし、知性があるだけマシなのである。









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メリル・ストリープが醜く見えた

昨日、朝から醜悪なものを見た。
私は、アメリカのゴールデングローブ賞授賞式のスピーチで、有名な女優のメリル・ストリープが、トランプ次期大統領に対し、障害者の真似をして辱めたとして非難するのをテレビで見た。
わざとらしく深刻な顔をしながら、「息が詰まりそうでした」とも言ったらしい。
そして、会場にいた若い女優(と思う)が、いかにも同意を示すような顔で大袈裟に手をたたいた。
醜悪なのは、ストリープと、その若い女優の顔だ。
もちろん、2人ともとても美人だ。
それにも関わらず、その醜さに、私は見ていて気分が悪くなった。

確かに、これは私の個人的な感想だ。
だが、彼女達のだってそうなのだ。
しかし、ストリープは、「これは私の個人的な考えですが」とは言わない。
手段を選ばずに、個人的主張を正しいこととして、無理矢理に押し付けているのである。
そんな人間の顔が醜くないはずがない。

ストリープのその話は、あの場の発言として不自然なものではあるが、それでも、どうしても「個人的に」言いたいのであれば、こう言うべきだろう。
「もし、トランプ氏が、障害者を辱める意図を持って、その真似をしたのでしたら遺憾に思います」
なぜなら、それは、次期大統領や富豪というのとは関係なく、多くの同意を得られやすい状況で、仮にも、一人の人間を、劣悪な人間と見なすことなのだからだ。
それは、くれぐれも、慎重な配慮を持って行うべきことだからだ。
もし、ストリープが言うように、トランプが障害者を辱めたとしたら、それは、トランプが障害者を劣悪な人間と見なしたということであるが、ストリープのやったことも、それとなんら変わらない。
例えば、私が、自分の意見が通るような状況で、誰かを「こいつは馬鹿だ」と、一方的に言うようなものだ。
これほど醜い行為はない。

それに、そもそも、政治家が人格者である必要はないと思う。
有能な政治家や企業のCEOには、サイコパス(脳機能の不備のために良心を持たない人間)が多いという説もある。
サイコパスの遺伝子が長い人類の歴史の中で淘汰されなかったのは、少数のサイコパス(ただし優秀な)が活躍しなければ人類が滅びるからだ。
微生物でも、悪玉菌がいなければ善玉菌が働かず、悲惨なことになると言われている。
つまり、悪玉菌も必要なのだ。
別に、トランプが悪玉菌のようなものだと言うのではないが、今のアメリカの状況では、特に大統領ではなくても、サイコパスのリーダーは必要悪なのかもしれない。
もし、トランプがサイコパスなら、ストリープはよほどそうかもしれない。
まあ、個人的な考えであるがね。
ちなみに、私がサイコパスであるというなら、それは認める・・・というより、ずっと前から認識している。









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アメリカの危機はヒラリーだった

最近、アメリカ大統領選で負けたヒラリー・クリントンが、選挙で負けたのは、ロシアのプーチン大統領が指示したサイバー攻撃のせいだと訴えているらしい。
それはどういうことかというと、サイバー攻撃で重要な選挙に負けるヒラリーなんかに国を任せるなんて、危なくて出来ないということだ。
CIAその他のアメリカの情報機関が一生懸調査して分かったことは、ヒラリーの感覚は時代遅れで、ITに超弱いということなのである。
そもそもの発端は、ヒラリーは完全に認めているが、私用メールを公務に使ったという大間抜けな行為で、いまどき、さしてセキュリティ意識のない普通のサラリーマンでも、そんな阿呆なことはしない(少なくとも、してはいけないと分かっている)。
マスコミってのは、こういった思考が全く出来ないようだ。
一方、ビジネスで鍛えられているトランプのセキュリティはしっかりしていると予想される。
やっぱり政治屋・・・特に、特権意識を持ったようなヤツは駄目なのだ。
まとめると、大統領選挙へのロシアのサイバー工作が本当にあって、それでヒラリーが負けたのだとしたら、それは、ヒラリー・クリントンが大統領に全く相応しくない無能さを明らかにしたということなのである。

ところで、ヒラリーはさらに、プーチンがそんなことをしたのは、自分への個人的恨みからだとも言っているらしい。
私は、少なくとも超エリートというのはIQが高いものだと思っていたが、そのようなことを聞くと、ヒラリーは、元々はIQが高かったとしても、贅沢な生活のせいでIQが低下してしまったとしか思えないのだ。
そんな重要人物の個人的恨みを買うような、お高くとまったオバさんに大統領が務まるはずがないだろう?
トランプならプーチンとも仲良くやるだろう。
政治もビジネスも、つまるところ、人間関係なのだ。
過剰な自尊感情のために、相手の気持ちより自分の面子を重んじるようなヤツに重要な地位を与えてはならないのは、会社でも政府でも国際関係でも同じなのだ。

私は、大統領選では、ずっとトランプ支持だった。
それは、何度か書いたが、顔で分かることだ。
人間は、顔で全て分かる。
いちいち書くのも面倒だが、それは美醜の問題ではない。
トランプも男前だが、ヒラリーだって美人だ。
だが、ヒラリーの、あの悪魔のような邪悪な顔にはゾっとする。
そんな直観が働くことが大切だ。
これももう何度も書いたが、普通の人でも、CEOの顔写真だけで、その会社が儲かっているかそうでないかの判別が出来るし、やはり顔写真で、選挙で当選する候補者と落選する候補者、大学の優秀な学生とそうでない学生の区別が、かなりの確率で出来るという話は、驚くようなことではない。

成功したい、あるいは、平安な人生を送りたいなら、私的好みを消して顔で相手を判断出来るようになることだ。
それには、そこそこの数の人と、そこそこに深い関係を持たなければならない。
必要なら、自分を抑えるか自我をある程度消さなくてはならない。
浅い付き合いばかりとか、人との接触を避けていては、当然、人の審美眼、鑑定眼を養えないのは、美術品とも似たところがある。

尚、ついでの話だが、サイコパス(良心を持たない人間)の顔は、ちょっと読み難い。
しかし、それは、上っ面で誤魔化されるからであり、ちゃんと人の顔を見ることが出来るなら、そうそう騙されない。
また、サイコパス自身は、人の顔を読むのが苦手だ。
自分を抑えることが出来ないので、個人的好みが色眼鏡になり、顔を読むことに失敗するからだ。
サイコパスの私は、人の顔を読む時、なるべく呼吸をしないようにしている。そうすれば、自我が希薄になるからである。









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同情するくらいなら金をやれ

子供の時に、「人の気持ちになって考えろ」と、よく言われたのではないだろうか?
しかし、そんなことを言うのは、迷惑な、どうしようもない馬鹿だ。
人の気持ちなんか、分かるはずがないじゃないか?
分かると思ったとしたら、それは大抵、大誤解だ。

それと似たものに、キリスト教のものだと思うが、黄金律(ゴールデンルール)というものがある。
これは、「自分がして欲しいことを他人にしろ」というものだ。
しかし、それは、「俺は金が欲しいから、みんなに金をやろう」といったものではなく、相手の立場に立って、「自分なら何をして欲しいか」と考える必要がある。
日本でも、「相手の身になって考えろ」という言い方があるが、それなら黄金律に近いかもしれない。
しかし、それは、あくまで、
「相手の立場に立ったらどうかという推測の元に考えろ」
「相手の身になって、想像しろ」
ということであり、あくまで、「推測」「想像」に過ぎないのであり、実際の相手のことは「全く分からないのだ」ということは、いくら強調してもし過ぎることはない。
ところが、世の中では、「あの人達は、こう考えているに決まっている」、「あの人は、こう思っているのよ」と、安易に決め付けていることが多い。
そして、決め付けている本人は、「ほとんど当っているはず」と思い込んでいるが、実際は、「ほとんど外れている」。
他人の想い、考えなんて、決して分からないものである。
そもそも、自分の考えを分かってくれる人なんていると思うかい?
少し真面目に調べてみれば分かるが、親、兄弟姉妹、夫婦恋人、親友にしたって、相手のことなんて、そんなに分かっていないものなのだ。
まして、どうでも良い他人のことなんて・・・である。

サイコパスってのは、共感能力がない。
それは、サイコパスは、他人の感情に全く無関心だからだ。
だが、その分、他人の気持ちをデタラメに推測して、それが相手の正しい想いだという愚かな思い込みをしない分、まともな部分もあるのだ。

相手の気持ちを誤解しながらの同情ほど迷惑なものはない。
しかし、多くの同情は、相手に対する極端な誤解の上でされている。
その点、決して同情しないサイコパスの方が、マシな場合もある。
そして、そんなサイコパスは失敗を免れることもある。
(サイコパスの)私は、若い頃から、親しい人に「3万円貸してくれ」と言われたら、返ってこなくても困らないなら、あげるつもりで渡した。その際、余計なことは一切聞かなかった。
相手は(金を必要とする)本当のことは言わないだろうし、推測しても当らないと感じていたからだ。
金が返ってきたためしはないが、その相手はいずれ私の前から消えてなくなった。
それは、消えてくれた方が良かった人に違いない。
だがもし、相手の、金がいる理由を聞き、それに推測を加えていたら、相手との関係は続き、いずれ、厄介なことになっていただろう。
1人だけ、貸した金(20万円)を返してくれた人がいた。
1年かかったが、ある日、ぽんと全額返してくれた。
私は儲けた気がしたが、結局は、その人との縁も切れた。
貸した相手もサイコパスだった。彼は、嘘を言って私から金を借りたが、そんなことは感付いていた。しかし、私には、どうでも良いことだった。
彼が返してくれたのは、誠意ではなく、その方が得だと思ったからだろう。これも推測には違いないが、サイコパスって、そんなものである。
もし、彼が返してくれなくても、被害は20万円で済んだのである。
それに、私には、「20万円くらい、はした金だ」という見栄があり、相手もそこにつけ込んだのだろう。
今の私なら、あるいは、賢い人なら、そんな金を貸したりしないだろう。









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