ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

コミュニケーション障害

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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コミュ障、社会不適合者が逆転するには

病院、空港、レストランなどに行くと、妙に緊張し、落ち着かない様子の者がいるものだ。
そんな人は、まして、パーティーや、社交的な会合・集会などでは、不審者のように様子がおかしくなる。
もちろん、どんな人も、場慣れしていない所では、多少は硬くなるものだが、それどころではない状態になる者がいる。
それは、たとえれば、天使のふりをして天国に来た悪魔のように、全くの場違い感を感じているのである。
学校や塾や習い事だって、そういった違和感のために、勉強や練習以前の段階でつまづいてしまう者がいる。

例えば、2人の人間がいて、片方は、さして優秀ではないのに、どこに行っても、立ち居振る舞いが堂々として落ち着いているが、もう一方は、本当は優秀なのに、多くの場所でうまく対応出来ず、場に入って行くことが出来ない。

人間というのは、社会的な生き物なのに、他者とうまくコミュニケーションを取る能力に著しく欠ける者がいる。
「ディスコミュニケーション」という「相互不理解」という意味の和製英語があるが、ディスコミュニケーションというのは、普通、片方に問題があるだけである。その問題がある者が、上に述べたように、社会的な場所でうまくやれないのである。
そんな問題がある者のことを、今は、「コミュニケーション障害」、略して「コミュ障」とか言うこともあるし、深刻な場合には「社会不適合者」とまで言われる。

コミュ障や社会不適合者は、幼い時に、親に、他人との交わり方を教えてもらえなかったのである。
人間同士のコミュニケーションのルールには、お決まりの部分や微妙な部分などがあるが、総合的に一定レベルのスキルがなければ、うまくコミュニケーションが出来ない。
今でも、日本では、日本人の中だけで通用するコミュニケーションを教えてもらう者が多く、日本人同士ではうまくやれるが、外国人相手だと駄目な者が多い。しかし、昔から、上流階級では、主に、アメリカ人ともうまくコミュニケーションが出来るように教えてもらった者が多い。実を言えば、アメリカ人のコミュニケーション方法は、大雑把で簡単なのである。
なぜなら、アメリカは他民族国家で、いろんな人がおり、優雅さや繊細さより、単純で分かり易いことが要求されるからだ。
それで、アメリカ人との対話の仕方を覚えるのは難しくはないが、やはり、日本式とは違うのである。
むしろ、日本人やイギリス人は、外国の人にとって、コミュニケーションが難しい種族である。
映画『007は二度死ぬ』で、日本に来た007ことジェームズ・ボンドは、丹波哲郎演じる諜報員タイガー田中から、様々なことでの日本式流儀を教えられるが、ここでの「日本式」の捉え方が極めて単純というか乱暴で、違和感を感じるかもしれない。しかし、そんなことを細かくやっていたら、時間がいくらあっても足りない。
例えば、田中はボンドに「日本では何でも男が先だ」と自信満々の笑顔で言い、ボンドが「それは羨ましいね」と言うが、日本人の視聴者は「そんなアホな」と思うかもしれない。しかし、超大筋では、そんなものかもしれない。

幼い頃に、他者とのコミュニケーションのコツを教わらなかった者が、社会でうまくやっていくことは難しい。
自分がなぜ、他人とうまくやれないのか、あるいは、社会でうまく振る舞えないのかが分からないのだ。
そんな者は、能力やエネルギーが高いほど、自分勝手とか独断的と言われ、希にワンマン社長のようになって成功することもあるが、そんな者は部下には嫌われている場合が多い。

初音ミクさんの歌を聴いていると、そういったコミュ障や社会不適合者の歌が多いことに気付くが、ボカロPだけでなく、初音ミクさんのファンそのものに、そういった欠陥のある人間が多いのだと思う。初音ミクさんは、気を使わなくていい、理想の少女だから、安らぎを感じるのである。
そもそも、初音ミクさんを、さん付けで呼ぶ時点で、そういった種族なのだと分かる(笑)。

そして、コミュ障や社会不適合者は、必ず高次の力の使い方を身に付けないと、生きていけないし、なんとかやっていけても、人生は辛いものになる。
幸いなことに、それ(高次の力の習得)は簡単であり、これまでコミュ障や社会不適合で辛い人生であったとしても、今後は気楽に心安らかにやっていける。
実を言えば、現在、自分をコミュ障や社会不適合と感じている人は増えている。
それは決して、引きこもりや変人でなくても、そんな人達は、世の中がおかしくなっているし、もっとおかしな方向に向かっていると感じているのである。
そんな人は、高次の力を持たないと、悲惨な状況になりかねない・・・というか、必ずなる。
世界の仕組みは、おかしいと言うより、恐ろしいものになりつつあるかもしれない。
やり方は、これまでも、かなり易しく書いてきたが、今後はさらに易しく書けるのではないかと思う。








コミュ障はどう生きる

ディスコミュニケーションという言葉をよく見聞きするが、これは和製英語で、コミュニケーション(communication)に否定を表す接頭語disを付けたもので、意味は、「相互不理解」「(対人)コミュニケーション不全」のようだ。
初音ミクさんが歌うナユタン星人さんの『エイリアンエイリアン』というヒット曲の中に、「重度のディスコミュニケーション」という歌詞があるが、人間というのは、コミュニケーションあってこその存在なので、重度のは困る訳だ。
ただ、この歌の場合もそうなのかもしれないが、本来は惹かれ合うはずの男女は、最初はディスコミュニケーションが強い場合もあるし、それはそれで楽しいものかもしれない。

だが、考えてみれば、同族でコミュニケーションなしに生きられる生物などいないし、よって、コミュニケーションしない生物はいない。
植物や微生物すらそうだし、細胞間でも活発なコミュニケーションがある。
さらには、分子間、原子間、素粒子間にだってコミュニケーションがあり、コミュニケーションなしに世界は成り立たない。

そして、高等動物ほどディスコミュニケーションが起こる。
猿だって、幼い時に他の子供猿と隔離されたら、もう、他の猿とうまくやっていけず、無理に他の子猿の中に入れようものなら、怯えて逃げてしまう。
犬や猫でも、そんなことが多少はあるかもしれないが、赤ん坊の時から人間に育てられても、他の犬や猫と仲良く出来るものだ。
つまり、高等動物になるほど、コミュニケーションには訓練が必要なのである。
だから、コミュニケーション障害というのは、コミュニケーションの訓練が足りていないだけのことと思われる。
ひきこもりというのは、対人恐怖症という言い方をすることもあるが、つまりは、何らかの理由でコミュニケーションの訓練が出来ていないだけである。
そして、コミュニケーションの訓練は、幼い時にやっておかないといけないのだろう。
つまり、基礎的なコミュニケーション能力を持たないまま大人になれば、そのまま「誰ともディスコミュニケーション」になる場合が多い。

誰ともコミュニケーションがうまく取れない者には、「私のコミュニケーション形態は普通の人と違う」と自分で思っている人もいると思う。
しかし、それはほぼなく、やはり単に、コミュニケーションスキル・・・今で言う「コミュ力」がないのである。
ところで、今の世界でも、戦争状態だったり、極悪非道な人間がうようよいて危険な地域が多く、そんな場所では、コミュ力がないと生きていけないので、いかにコミュニケーションスキルがない者でも、必死でコミュニケーションをするうちに、十分なコミュ力がつく。
言ってみれば、日本でひきこもっている者を、そんな危険な場所に放り込んでおけば、初めこそ大変だが、やがて見事な対人能力がついているものだ。それは、ボスに媚びへつらうだけかもしれないが、それが出来るようになるだけで大したものだ。
とはいえ、日本の学校で、孤立した子を無理に他の子にくっつけると、悲惨なイジメになるというのは、大人の影響で子供が歪んでいるからだ。
昔は、たとえ孤立した子がいても、面倒見の良い子供がいて、仲間に引っ張んだものだが、今は、子供も、物事を損得でしか考えない者が多いので、孤立した子は、たとえ仲間になれても、一方的に損を押し付けられ、手下扱いされることが多い。
しかし、それは単に、子供達が大人の真似をしているだけなのである。

梶原一騎さん原作の人気漫画『愛と誠』で、高原由紀という少女が、中学くらいだと思うが、女子少年院に入れられるが孤立し、ずっといじらめられるというか、いたぶられる。その理由が「なまじ顔が可愛い」であるから、何とも変な感じだが、辛い毎日であった。
ところが、由紀は根性が違っていた。
ナイフ投げの特訓に明け暮れ、腕を磨きに磨き、それが百発百中になった時、彼女はボスになった。
まあ、いろいろ無理のある話ではあるが、そこは漫画である。しかし、自分の力で、単に馴れ合うコミュニケーションではない、特殊なコミュニケーション・・・つまりここでは、支配力を得たとうのは、興味深い。
この漫画の主役の一人、太賀誠(たいがまこと)も似た過去があり、その厳しさを知っていることから、由紀のそんなところは評価していた。
こういったことを、ただの漫画と見るのが正常なことであるが、これを真に受け、
「馴れ合いのチャラチャラした関係などまっぴら。俺は強くなる」
と思い、本当に努力する者(馬鹿と言って良い)も稀にいる。
そもそも、梶原一騎の漫画に出てくるヒーローはそんなのが多いだろう。
まあ、馬鹿ではあるが、特にコミュ力のない男の憧れでもあるだろう。
実際は、どう考えても、非現実的なのであるが、一瞬の希望は持てるのかなあというくらいには思える。
しかし、そんな者が、ずっと誤解したままコミュニケーションスキルを持たずにいると、末路は哀れだ。
得なことは何もない。
今の言い方で言えば、コスパ最低である。
だが、私はコスパ最低が大好きなので、そんな生き方が嫌いではない。
一生まるごと損しよう。
ずっと苦しもう。
そう覚悟することである。
目指すは世界征服だ。
何か、「簡単に得られるコミュ力」みたいなものを期待されたのだろうか?
残念だが、そんなものはない。
どんなことも、地道にコツコツやるしかないが、特にコミュニケーションスキルに王道なしである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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