ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

ゲーテ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

天下無敵の幸運

アメリカのテレビドラマ『大草原の小さな家』のお話を少ししよう。ある夜、大勢の客をディナーに招いていた家で、その家の主人である年配の男性が、フットボール選手だった若い頃の自分の活躍を話していた。それは、自分が劇的タッチダウンを決めたゲームで、彼は、そのことを、もう何度となく話して聞かせていたのだった。
「そう、あれは50ヤードはあった」
客達はマナーに則って賞賛を示し、主人は得意げだ。
「今夜は楽しかったよ」
主人は満足して、客達に別れを告げた。
客達が去った後、妻が静かに微笑みながら、ためらい勝ちに言う。
「あなた、タッチダウンまでの距離が話すたびに長くなるわ」
主人は顔色を変え、
「私が嘘を言っているとでも言うのか!?」
と怒りを表す。妻には元より悪意はなく、
「そうじゃないわ。年を取れば、誰でも記憶違いがあるわ」
と弁解する。
主人は不機嫌そうに、
「私はもうろくなどしておらん!」
と怒鳴るが、後ろめたさも感じている。
妻は、老人の自慢はみっともないことを控えめに指摘すると同時に、主人に気遣いもしていた。彼だって、心の中では、そんなことは分かっているのだろう。

「過去に生きる」という言葉がある。
昔は他人に抜きん出ていたのに、今はただの人だったり、あるいは、落ちぶれてしまっている者が、輝かしかった昔の栄光にすがって生きている状態を言うものだろう。
子供向けの話では、『機関車やえもん』という、50年以上もロングセラーを続ける絵本作品がそんな話だった。
実は、あの宮本武蔵もそうだった。
年を取った武蔵は、なんとか仕官できた藩で、昔の自慢話ばかりして周りの者達に嫌われていたようだ。ただ、いつもそうであったという訳ではなく、そんなことが何度かあったという程度のことかもしれない。それでも、老人の自慢はみっともないのだ。

ゲーテは言っている。「自慢をするな。青年時代の過ちを卒業しないうちに、老人の過ちを犯したいのか?」と。

だが、人は老人になってから愚かになるのではない。
若い栄光の時に、すでに過ちを犯していたのだ。
自慢をする老人のわびしさは、その因果なのだ。
若かろうが、老人だろうが、どんなに大きなことを成し遂げても、それを自分がやったと思っていなければ、そんな因果は彼に作用しない。

オリンピックの柔道決勝で、勝利した日本人選手が、対戦相手の前で何度もガッツポーズをしてはしゃぐ姿を見せたことがあった。
元来、日本人はあんなことはしない民族だ。
しかし、マスコミは、スポンサーの思惑通り、激賞の報道を繰り返し、本人はますます重い因果を背負うことになる。彼は、いつかそれを清算できるのだろうか?
柔道も、相撲同様、礼に始まり礼に終わる。勝っても賞賛は受けないのが決まりだったのだ。
勝った方が、負けた方を思いやるというだけではない。
自分が勝ったのではない。勝ったのは自分ではない。
ただ、自然の本性のまま戦い、宿命を果たしただけなのだ。
だから、結果について、思い煩うことはない。
全ては神の至高の力が動かす。ならば、成果は神に捧げればいい。
これを、老子は、「聖人は偉業をなしても、成果に寄りかからない」と言ったのだ。
極限の努力をして、なおかつ、そのような悟りに達した時、彼は天地と一体となり真に無敵となる。

あるヤクザが、昔、銀行強盗をやった時の自慢をしていた。
それを聞いていた、私の友人だった会社社長が羨ましく思ったという。
「私には、あんな風に自慢できることが何もない」
そのヤクザにとって、自慢ではあったが、栄光ではないだろう。その後、ブタ箱にぶち込まれたはずだ。だから、だからこそ、オリンピックの金メダルよりは、まだマシなのだ。
そのヤクザも、いつかは、「俺は馬鹿なことをした」と悟るからだ。彼は、それを手放せると分かれば、喜んで手放すだろう。
大悪人が意外に早く悟るというのは、そんな理由である。

思い切って行動するほど、恥ずかしい思い出が積み重なるものだ。
吉行淳之介が、本当の紳士ってのは、思い出すと思わず首をすくめたくなることがあるものだと何かに書いていた。
吉行淳之介が、どんな意味でそう書いたのかは覚えていないが、紳士ってのは、自分の栄光に酔うより、他者への心遣いが強いからそうなるのだと思う。
紳士の代表である騎士について、アラン・ワッツは、「騎士道では、深刻な決闘ですら、遊び心を忘れないのだ」と述べていたのを思い出す。遊びに栄光は無縁だ。

あの柔道金メダリストが、相手選手の前で繰り返したガッツポーツを思い出して、思わず首をすくめるようになった時、初めて彼の偉大な努力が彼に味方するだろう。
しかし、それは何十年先だろう?いや、彼が生きているうちであれば、まだマシなのだ。
本当は、こんなことにならないよう、師が導ければ良かったのだが、今は、そんな師もいない。しかし、教えられるまでもなく、そんな天の理に自然に従っていた日本人は、本来は偉大な民族だったのだ。
それを完全に教える師が、『バガヴァッド・ギーター』の至高神クリシュナである。
「我が為したと思わず、成果を神に捧げよ」
美しい道理を外れない者を神は愛する。それをクリシュナは、「我を愛する者を我もまた愛す」と言ったのだ。
神に愛される者に恵みがないはずがない。
それは観念でも宗教でもなく、単に自然なことである。自然なことだから、例外は決して見ることはない。
これが幸運の秘訣と言うなら、天下無敵の幸運の秘訣である。









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姿も年齢も地位も名前も全て忘れる

形を忘れなければ幸福になれず、生きがいもなく、心安らかでいることもできない。
自分は背が低いから駄目だとか、もう40歳を過ぎたから先が見えたなどというのは、あまりにも形に囚われているのだ。

私が知っている、一番もてる男は、身長が157cmだった。
ジャイアント馬場さんは207cmもあって、かえってそれで劣等感を持っていた。しかし、馬場さんだって、そんなことに悩むべきではなかったのだ。
そして、157cmと207cmでは、たったの50cmしか違わない。

ルイス・キャロルは、60歳を過ぎても、少女のガールフレンドが一杯いた。彼は、生涯に渡り、少女にばかり、膨大な数の手紙を出したが(男の子にも1通だけ出していることが確認されているらしいが)、その中に、秘訣らしいことが書かれている。それは、「忘れることはこの上なく楽しい」ということだ。彼は、自分の年なんて忘れていた。彼と長い間親しかった少女は、彼が60歳を過ぎても、顔にしわ1つなく、若々しかったことを書き残している。歳を忘れれば、歳など取らないのだ。
実は、私もそうだった。ある時期、家の前は遊びに来る少女達が鈴なりだった(私は20歳を過ぎていた)。みんなとても可愛い小学生で、ちょっと家族を心配させたようだが、同じ目線に立っていれば、対等に付き合えるものだ。
ゲーテにいたっては、70歳を過ぎて10代の美少女の恋人がいた。しかし、彼はかっこいいおじ様などではなかった。確かに、彼は、若い時は美青年だったが、中年過ぎた頃、彼に憧れて彼の家を訪れた青年が、あきらかな失望の色を示すほど肥満して醜かった。しかし、その頃も、ずっと若い恋人がいたのである。

江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠は、ある時、掛け軸にするための書を書いて、人に授けた。その字を見た優れた書家が、文字から溢れる人徳の高さに感動したが、よくよく見て、「これは18歳か20歳の人の書いた字のようだが、その若さでこれほどの人徳があるとは・・・」と不思議がった。それを書いた宗忠は68歳だったが、確かに、18歳の気分で書いた書だったのだ。宗忠は、年齢などどうにでも出来たのである。そして、習い事をする時は、8つの子供のつもりでやれば上達しやすいと言っていたようだ。
ジョセフ・マーフィーも、神に頼みごとをする時は、8つの少年にならなければ駄目だと言った。そして、一途に神を信じるなら、どんな願いも叶うのである。

『荘子』に、最悪の醜男が、男にも女にももてまくる話がある。若い娘は妾でもいいから側に置いて欲しいと言い、男は皆、彼と義兄弟の契りを結びたがる。王様は、彼に国の政治を任せて、共に国の繁栄を喜ぶことを生きがいとしたがる。しかし、その男は、醜いばかりか、何もできず、知恵や見識がある訳でもないのだ。
荘子は、孔子の口を借り、その秘密を語る。この男は、あらゆる作為を捨て、道(タオ)と一体化しているので、皆、彼の形など忘れてしまうばかりか、彼から感じる、道に惹きつけられるのだ。詳しい説明は、『荘子』を読まれたい。
道元は、仏道(仏教)を一言で言うなら、「自己を忘れること」と言った。
姿、年齢、地位、富、名前、家柄・・・その程度のことすら忘れれば、天下無敵である。ましてや、自己の全てを忘れれば、神や仏に等しい。
中島敦の『名人伝』(『列子』にもほぼ同じ話がある)では、天下一の弓の名人が、ある時、なにかの道具を見て、どこかで見たことがあると思うが、それが何かどうしても思い出せなかった。それは・・・弓だったのだ。









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神に任せることと怠惰になることとは違う

このブログで、度々、「宇宙の英知、あるいは、神仏に全て任せろ」、「諦めれば願いは叶う」と書いており、それは正しく、真実であるが、私は別に、怠惰になれと言っている訳では決してない。神仏に任せるべきことや、諦めるようなことと言うのは、あくまで、自分ではどうにもならないことである。
自分で出来ることをやらずに諦めたら、神仏が力を貸してくれるはずがない。
このあたりは、サミュエル・スマイルズの有名な言葉の通り、「神は、自分を助ける人を助ける」のである。

あなたが男性であるとして、好きな女の子がいて、是非、良い関係になりたいと思うことは自然であり、良いことである。
ところが、「どうせ俺なんか」と諦めてはどうにもならないし、自分で何もしなければ、ただ憧れているうちに、他の男がさらっていくに違いない。
まずは、声をかけて話が出来るようにならないと先に進まない。黙って、献身的につくすという手でうまくいく場合もあるが、それではほとんどの場合、気味悪がられることになるのがおちだ。
話が出来るようになれば、ゲーテも強く勧めたように、親切にすることだ。プレイボーイだったゲーテは、それで大概うまくいくと請け負っている。70歳を過ぎて10代の恋人がいたゲーテの言ったことだ。間違いないだろう。
食事に誘えるようになれば、プレゼントを渡すことも自然にやれるはずだ。
あまり早い告白は駄目だが、遅いのは良くない。もしうまくいくなら、既に相手は期待しているものだ。女性を待たせるものではない。
そして、後は、神仏に任せるのである。結果は、あなたにどうすることが出来るものでもなく、そうするしかない。
そして、これで、大抵はうまくいくものだ。もし駄目な場合、きっと神様はもっと美人を用意してくれているものだ。

逞しい身体が欲しければ、自分で鍛えるしかない。
無理はいけないが、本当に強くなりたいなら、ある程度はがんばらないといけない。こんな願いで、諦めるだの、神仏に任せるだの、断ち物だのと言うのは馬鹿である。

だが、本当は、あらゆる願いに関して、こういうことが言える。
それは、著名な精神分析学者のC.G.ユングが好んだ話にある。ある雨乞い師が、干ばつに苦しむ村にやってきて、3日で奇跡的に雨を降らせたというものだ。
どうやったのかと尋ねる村人に対し、雨乞い師は、「何もしてない」と答えた。雨を降らせるなんてことを、人が出来るはずがない。だから、彼は、神に全て任せたのだ。実際、彼は何もしていない。
対して、それまで、村人達は、神に任せていなかった。
神に任せるとは、神の意思に従うことだ。村人達は、自分の考えや欲望に従い、神の意思を無視し続けてきたのだ。

目の前に、好みのタイプの女の子が現れるというのは、決して偶然ではない。それを得よという神の意思かもしれないし、女の子と口を利くのが苦手なら、練習しろという意味かもしれない。どんな神の意図があるにせよ、かすかな神の声を聞き(心を静めて閃きを感じ)、それに従うことだ。
そうすれば、結果がどうであれ、あなたは素晴らしい恵みを得ることになるだろう。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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明日のことを語る (哲学はなぜ間違うのか?)
手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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