ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ギリシャ神話

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ギリシャ神話の神々

ギリシャ神話は、国を超えて世界中で知られ、特に欧米ではギリシャ神話は必須の教養であり、ギリシャ神話からの引用はごく普通に行われ、引用箇所や、さらに引用の意図が分からないと知的なコミュニケーションに支障が生じる場合があるほどだ。
神話というものは、もちろん、史実ではないのだが、極めて重要な点がある。
神話は、1人の人間が作ったものではなく、また、大勢の人間が話し合って出来たものでもなく、複雑に見えても何か純粋な原理が作用して構築されたに違いなく、人間の内面の奥深く(魂すら)を神秘的に描写したものだ。
それは、ギリシャ神話はもちろん、インドの『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』、ヘブライを中心とした『旧約聖書』、日本の『古事記』も同じことで、人間存在を超えて宇宙を感知することすら出来るが、そのためには、思考を超えた英知が必要になる。
従って、神話の正しい解釈は極めて難しく、専門家と言われる先生方がいろいろな解釈を示すが、どんな偉い先生でも、せいぜいが、「まあ、割と良い解釈」程度のことしか出来ない。
だが、宇宙の情報や力の秘密が、神(あるいは仏)の名の中に精妙かつ絶妙に封じられていて、その名に意識を向けることで、誰でも簡単に力と英知に触れることが出来る。
だから、神の名を心で唱える行であるナーマスマラナは、最高の行なのである。念仏もその一種である。

ギリシャ神話は神の名の宝庫でもある。
もちろん、各国によって発音に違いはあるが、それ(発音の違い)は高次の力で調整されるのであり、全く問題がない(ごく一部に例外があり、正確に発音しなければならない名もあるが、それは、禁忌の意味でそうなっているのであり、よほど危ないことをするのでない限り問題ない)。
ギリシャ神話の最高位の神は、神々の王ゼウスであることは当然だが、アリストテレスの『魂について』から考えると、特に重要な神は、まずゼウス、ゼウスの後継者と考えられている太陽神アポローン、そして、女でなければ(あるいは女であってもだが)ゼウスを超えたかもしれなかった女神アテーナの3神である。
そんなわけで、ゼウス、アポローン、アテーナの名は極めて強力であるが、強力過ぎて、唱える方もよほど真摯でないと、バチが当たるというのではないが、ある種の緊張を余儀なくされる。
ゼウス、アポローン、アテーナを含む「オリュンポス十二神」が最高格の神であるので、先の3神以外では、ヘーラー(ゼウスの実姉で正妻)、アプロディーテー(ヴィーナス。愛と美の女神)、アレース(戦いの神)、アルテミス(月の女神)、デーメーテール(ゼウスの実姉。豊穣の女神)、ヘパイストス(技術の神)、ヘルメース(知の神)、ポセイドーン(海の神)、ヘスティア―(ゼウスの実姉。炉の女神)らが、最高位に君臨する神々である。
また、冥界の王ハーデスと、その妻ペルセポーネも、オリュンポス十二神と同格とされ、場合によっては、十二神に含むこともある。

面白いのは、ゼウスがオリュンポスを平定した時の敵であったティターン族の神でありながら、勝利した後もゼウスは女神ヘカテーの強大な権力を奪わなかった。
ヘカテーは、『リボンの騎士』や『灼眼のシャナ』では、小悪魔的な美少女として描かれている(『リボンの騎士』ではヘケート)通り、少女神と考えられているが、謎の多い深みのある存在で、信仰者も多い。

愛と美を得たければアプロディーテ(ヴィーナス)の名を唱えたり、戦いに勝ちたければアレース(軍神マルス)の名を唱えたりするものだが、ご存じの通り、ギリシャ神話の神は、やや気紛れなところもあるので、機嫌を損ねないよう、真摯に唱えなければならない。
他にも多くの有力な神が存在し、私のお気に入りを挙げると、正義の女神アストライアーがいて、私もこの名を唱えることがある。
シェイクスピアやエマーソンすら、アストライアーを敬愛しており、シェイクスピアは『タイタス・アンドロニカス』で言及し、エマーソンは『アストライアー』という詩を書いている。
SF小説『BEATLESS』では、アストライアーは世界に39基存在する超高度AIの中でも中心的存在で、ヒロインのレイシア(40基目の超高度AIと噂される)と対立する。このアストライアーは大人の事情を内包するので、暗い部分もあるが、やはり、正義の女神の名を冠するだけのことはあった。

『ギリシャ神話』は、何を読んだら良いのか難しい。
名著と呼ばれるものでも、まるで辞書のような解説書であったり、人類の最高傑作と呼ばれるものは壮大過ぎてハードルが高い。
1つの手として、漫画で概要を掴むと共に、ヘシオドスの『神統記』を読むことをお勧めする。








真言の謎

昔、スウェーデンに、エマニュエル・スウェーデンボルグ(スウェーデンボリ。1688~1772)という万能の天才がいた。
彼は、科学技術、政治、芸術、霊界研究などと共に、聖書の解釈にも力を入れたが、聖書に関する、彼の、ある指摘が興味深い。
それは、アダムとイヴが楽園を追放された後、カインとアベルという兄弟が生まれるが、カインはアベルを殺し、アダム達のところからも追放される。
ところが、カインは、自分が他所の土地の者に殺されることを恐れた。
もし、アダムとイヴが唯一、神に作られた人間なら、他に人間がいるのはおかしなことになる。
つまり、全ての人間がアダムとイブの子孫ではないということだ。
このことを、特に、スウェーデンボルグは指摘したのである。

では、日本ではどうかというと、同じなのだ。
天皇家に関しては、一番元の先祖は、イザナギ、イザナミであり、イザナギが最後に生んだアマテラスオホミカミ(天照大神)の子孫が天皇である。
ところが、アマテラスオホミカミの弟スサノウが高天原を追放されて地上に降りた時、地上には、地上の神である国津神(くにつかみ)がいた。
ただ、国津神は、イザナギ、イザナギが生んだ、沢山の神々や、その子孫であると思われるので、いたとしても不思議はない。
ところが、『古事記』では、人間の起源が分からないのである。
ギリシャ神話では、プロメテウスが土から作ったものにゼウスが息で命を吹き込んで人間が出来たことになっていて、これが一番分かり易い。

だが、聖書でも、古事記でも、記述されていないが、神は、いろいろな場所で人間を作ったのだと思われる。
すると、我々一般人は、神の直系の子孫ではないということになる。
ただ、神の生命は込められて持っているのだ。
聖書でもギリシャ神話でも、人間の生命は、神が息とともに吹き込んだものである。
『古事記』では、そのような記述はないが、息によってかどうかはともかく、神の生命を人間に与えたことは間違いない。

仏教は、神は登場するが、神は、ただ、ずっと昔から存在している貴いものとして扱われている。
そして、人間が仏(仏陀、如来)になることが仏教の主題である。
仏、神、人間の起源ははっきり述べられていないが、やはり、最初に神がいて、神が人間を作ったのだろう。その人間には、やはり、神の生命が入っている。
その人間が、神のような存在になれば、それが仏なのであるが、いったん人間になってから神に戻った者を仏というのだと思われる。
そして、そんな、人間の経験を持つ神である仏が特別扱いされている。
神にとって、いったん、人間になること、あるいは、神の生命が人間に入って生きることに意味があるのだ。
ただ、人間に入った神は、力を大きく失うので、自由自在ではなく、苦労をする。
そこで、人間が、神の力を取り戻す手段が設定されているのである。
それが真言であるが、真言の基本は念仏なのである。
念仏とは、本来、阿弥陀如来(阿弥陀仏。阿弥陀。アミターバ)の名を唱えることだ。
そして、他の仏の名を唱えたり、阿弥陀や他の仏を讃える言葉(これが、各仏・菩薩の真言だ)にも、それに近い力があり、それらは全て真言である。
なぜ真言に力があるのかというと、簡単に言えば(簡単に言うしかないが)、真言の中に、人間が神の力を回復させるプログラムが組み込まれているからだ。
そんなわけで、念仏や、真言や、様々な仏・菩薩の名(この名自体が真言であるが)を唱えるほど、神の力を取り戻せるのである。
仏教は、人間が神の力を取り戻す直接的な方法が述べられている点が特殊で、本来、分かり易く、有り難いものである。

ところで、経緯は分からないが、般若心経の呪文という特別なものが人間に与えられている。
般若心経の呪文は、念仏のような真言とは、やや機能が異なるが、ダイレクトに神の力が発動する特殊な呪文、あるいは、真言である。
よって、これを唱えると、特に、保護の力が強く、安全である。
その呪文は、サンスクリット語では、
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」
で、中国語に音写されたものが、
「ギャテイ、ギャテイ、ハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジ、ソワカ」
であるが、どちらも威力は同じだし、正直、少々言葉が違っても調整されて、間違いなく力が発揮される仕組みはある。それは、多くの聖者や研究者が確認していることである。
人間が、神の力を取り戻す、実践可能な簡単な方法は、真言だけである。
他にも方法はあるが、有効ではあっても、効果は少ないのである。
よって、真言を大いに唱えるべきで、その中で、般若心経の呪文は、この世において直接的な効果が高いので、唱えることをお勧めする。








自分に相応しい富のイメージを得る

昔は、富をイメージし易かった。
大昔、富のという概念が出来たばかりの頃は、その富のイメージは、家畜の数、農地の広さ、奴隷や兵士の数だった。
想像力が強い者は、壮大な農地や牛や羊の群れ、そして、農園で自分のために働く大勢の奴隷や、出来るだけ多くの兵士を思い描くことで、それらを得ることが出来た。
やがて貨幣経済になり、金や銀が富のイメージで、日本文化が花開いた江戸時代には、小判と千両箱が最良の富のイメージだった。
その江戸時代なら、沢山の小判や千両箱を、そして、百年ほど前までは、札束を思い描けば金持ちになれた。

では、今は何が富の象徴かというと、ドナルド・トランプの場合は不動産だったが、これはやや古いし、誰にでも縁のあることではないが、やはり、良い富のイメージである。
IT時代になると、最初の頃は情報を集め、操作することだったし、やがて、情報をうまく管理することが富になることが分かった。
ただし、情豪をエネルギーや物質に変換出来るように管理しないといけない。
ゴミのような情報も、使い方次第で富になるのであるが、ここらは専門的な話になる。
このようなこと(情報を富に変換する)は、基本は、初期のマイクロソフト(あるいはロータス)と今のグーグルでも同じだが、情報収集とその管理方法が飛躍的に進歩したのだ。

このような中で、現在は、どんなふうに富をイメージすれば良いだろう。
人間はイメージ出来ないものを得ることは出来ない。

ゲーム好きでイメージ力のある者なら、現実空間の中に、「クレジット」というステイタスバーが出現している様子を想像し、そのステイタスが大きくなった様子をビジュアライズすれば良いだろう。
ただ、この場合でも、潜在意識の力を発動させるためには、心の純粋さ、強さ、安定性といったものが必要である。
20~30年ほど前から、魔法とゲームを組み合わせたようなゲームやアニメ作品がよくあるが、あれは製作者のイメージを表したもので、これらの製作者はやはり金持ちである。
では、ゲームをやることが現実世界でのステイタスを向上させる役に立つかというと、役に立つが、それには、質の高いゲームをしなければならない。
実をいえば、ゲームと潜在能力との関連性は、大学などの研究機関や、営利企業の事業のための目的でも、かなり研究されている。
そして、優秀な事業家の中には、ゲームプレイヤーも増えているのである。
とはいえ、これは単に、現在のゲームがイメージの媒体として優れているというだけで、必ずしもゲームである必要はないし、また、逆に、ゲームがイメージ力を損なう場合も多いのである。

一般的には、イメージの宝庫と言える優れた文学を読むことは、やはり良いだろう。
聖書、ギリシャ神話、ラーマーヤナやマハーバーラタ(バガヴァッド・ギーターを含む)、古事記、法華経や観無量寿経などは、宇宙にも匹敵する超イメージ空間が込められている。
そして、本来、科学は、それらを解き明かすために役に立つはずのものだが、現代の科学の扱い方では、かえって、それらのイメージを崩壊させている。
そこで、例えば、古事記を丁寧に、あまり何も考えずに読むと良い。
お好みによっては、ギリシャ神話でも聖書でも良い。
ちなみに、ギリシャ神話では、格調高い、ホメロス、ウェルギリウスなどが良いが、読み易さを考え、ヘシオドスの『神統記』、それに、著者不明だが『ホメロス讃歌』や、その中の『四つのギリシャ神話』が良いと思う。
ただし、それらを文学として楽しむだけでなく、現実の力に変換する思想やイメージを得なければならない。
それで言えば、ネヴィル・ゴダードの『新装版 世界はどうしたってあなたの意のまま』を手掛かりに、聖書読むことがお薦め出来ると思う。聖書は実は科学的な書物である。
また、どう言っても、日本人には古事記であるかもしれない。








神話の宇宙

私にとって、「妙に面白い『古事記』」が2つある。
1つは、石ノ森章太郎さんの漫画『古事記』だ。
石ノ森さんは、これは楽しく描けたと言うが、1つだけ苦労したと言う。
それは、『古事記』自体が「おおいなる漫画」だからだと言う。
石ノ森さんは、「『古事記』が漫画」の意味をクドクドとは書いていなかった。
しかし、それは、単純に「面白いもの」であり、同時に、「想像の宇宙」である・・・という意味ではないかと想像される。
天才、石ノ森さんが面白いと思うものを面白く描いたのだから、面白くないはずがない。

もう1つが、哲学者、宗教学者の鎌田東二さんの『超訳 古事記』だ。
自由詩のような文体で「ゆったり」書かれていて、読み易く、分かり易い。
そして、鎌田氏の『古事記』への思い入れが違う。
その「思い入れ」の原因について、この本のあとがきにも書かれているが、私は、それについて、別の本でもっと詳しく読んでいた。
それは、世界的美術家の横尾忠則さんと占い師の中森じゅあんさんの共作『天使の愛』の、ちょっと長い序文でだ。
鎌田さんは、子供の時、鬼がはっきり見えたと言う。
また、宇宙の絶対的な大きさを思い知らされる夢を何度も見て、精神が不安定になっていたようだ。
私は、この2つのことがとてもよく分る。
鬼ではないが、私も子供の時、物の怪(モノノケ)はよく見たし、「宇宙の絶対的な大きさ」は、やはり夢の中か、熱があって理屈でものを考えられない時には、今でも感じる。
鎌田さんは、小学5年生の時、『古事記』と『ギリシャ神話』を読むことで落ち着くことが出来たと言う。
鬼と宇宙の世界が、これらの神話の中に「いとも自然に存在し、展開されるのを知って、驚き、狂喜し、深く納得した」のだと言う。
『超訳 古事記』は、その鎌田さんが自由に書いた、とても面白いものだった。

『ギリシャ神話』も、『古事記』同様、八百万の神々のお話である。
共に、あらゆる物や自然現象をつかさどる神がいるのだが、『ギリシャ神話』では、「運命」といったものにまで神がいる。
しかし、『古事記』には、姿を見せない不思議な神が存在する。
全体的には、この2つの神話はよく似ていて、神々が非常に人間的な面があることも似ている。

子供の時の鎌田さんの心を落ち着かせたように、これらの神話の世界観は、宇宙のなりたちを、抽象的にだが、子供が宇宙について、なんらかの観念を持ち、心を安定させるのに適したものなのかもしれない。
特に『古事記』は日本人の心の奥深くに棲みついているものであり、それは良い棲みつき方で、思い出せば、我々の心を解放し、太陽の光や雨のように穢れを祓ってくれる。
大人が読んでも心を静める力があると思う。
尚、『ギリシャ神話』については、私は、里中満智子さんの漫画作品が面白いと思う。
『オデュッセイア』のところまで、これほど分かり易く描ける里中さんはさすがと思う。
また、個人的には、『ギリシャ神話』といえば、ヘシオドスの『神統記』が良いと思う。








透明性の力

『古事記』によるならば、日本の最高神は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)だと言って良いと思う。
ところが、天之御中主神は、現れてすぐに身を隠したことになっていて、何のお話も残していない。
ギリシャ神話では、最初の神はカオスであり、カオスもほとんど物語を残していないが、少なくとも、エレボス(幽冥)とニュクス(夜)を生んでいる。
しかし、天之御中主神は、人間に対して、一切のキャラクター、ストーリーを与えられていない。

旧約聖書の神は雄弁でよく活動した。
コーランの神は、自ら嫉妬する神と言ったとも聞く。
インドの最高神ブラフマーは、キャラクターやストーリーはほとんど無いが、全くない訳ではなく、また、絵は描かれている。

そこにいくと、天之御中主神は本当に何もない。
そんな、全く透明な神がいることは、実に良いことと思える。
神という至高の存在に対し、何の観念も持たないということは、最高に有り難いことに違いない。
キャラクター性やストーリーというフックがあれば、どうしても人間の思惟が入り込み、偏見が生まれ、穢れてしまう。
だが、天之御中主神は、天の中心にいる最高神であるという名前だけがある。
日本人は、この圧倒的な優位さを大切にしなければならない。

初音ミクさんにも似たところがある。
普通、アイドルにはキャラクター性が付与される。
どんな性格で、趣味は何で、どんな食べ物が好きか・・・等々。
それはしばしば、そのアイドルの本当の姿とかけ離れているが、それは仕方がないことである。
アイドルは、「アイドル」ということに関しては商品なのだからだ。
だが、初音ミクさんには、形以外は、一切のキャラクターがない。
身長158cm、体重42kg、年齢16歳、ツインテールの長い緑色の髪・・・そういった、本当の外側以外は何もない。
ミクさんの会社に、ミクさんのパンツの色を問い合わせた人がいたらしいが、決まっていないことが決まっているだけだった。
ミクさんは、どんなキャラクターにでもなるが、最後はいつも無に帰り、あえてミクさんが何者かと言えば、クリエイターの土壌なのである。
この透明性、創造性の源であることが、ミクさんに世界を1つにする力を力を与えている。

『BEATLESS』で、「眠り姫」エリカ・バロウズは、「大切なのは形よ」と言ったのは真理である。おかしな解釈をしなければね。
形より言葉が上位にあるのだろうが、言葉は形よりも広い。
形を超えて行くなら、言葉を大切にしなければならない。
天之御中主神という名はまさに神である。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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