ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

ギリシャ神話

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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少女神(3/3)~女神になった初音ミク~

Kayは、ただいま、初音ミクライブ&企画展「マジカルミライ2021」のため千葉県にいます。
マジカルミライ中も、Twitterでつぶやいています。
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前回までのお話で、ギリシャ神話の女神ペルセポーネが、種子の象徴であるということを述べた。

「冥界の王」ハーデースの熱愛を受け、いろいろあったが、結果的に、1年の1/3だけハーデースの妻として暗く冷たい冥界で過ごし、1年の2/3は、豊穣の女神デーメーテールの娘として、明るい世界で楽しく過ごすのである。
ペルセポーネの1年は、人間が新しい冒険に挑む時の様子に似ている。
例えば、学生時代(幼いペルセポーネ=コレ―の時代と言える)を終え、会社に就職しても、最初から楽しく思い通りにいくわけがない。。
面白くないこと、意に沿わないことでも何でもして、仕事の知識と経験、それに人脈を得なければならないが、失敗もするし、上司や先輩、あるいは、顧客に怒られることもある。失敗の数が多い者や、厳しく怒られる者ほど、後で大きく伸びるのである。
新入社員は、まずは辛抱である。
ペルセポーネが、1年の1/3は、従順にハーデースに仕え、冥界の王妃の役割をしっかりこなしてこそ、明るい場所に出られるように、暗い冷たい期間を耐え忍ばねばならない。

ここで、このブログ定番の、「神様の奇跡が起こる」と熱心に唱え続けたホームレスの男を、ペルセポーネに当てはめる。
その、お金も住む家もないホームレスの男は、以前読んだ、教育学者の七田眞氏の本に、普段、口ぐせのように使う言葉が大切だと書かれていたことを思い出し、彼は、神様を信じていたので、「神様の奇跡が起こる」と唱えることにした。
朝から晩まで、彼は本当に熱心に唱えた。
これが、このホームレスの男の種子の期間だった。
彼の場合は、その真剣さのおかげで、種子の期間は、わずか2週間ほどで終わった。
頭の中に不意に数字の組み合わせが浮かんだ時、たまたま、宝くじ売り場が見えたので、その数字の通りにロト6(宝くじの一種)を買うと、それで1憶円が当たった。
だが、それでも、彼は、「神様の奇跡が起こる」と唱えることを続けた。
あえて、また、種子になって、土に潜ったのである。
ペルセポーネだって、いつまでも地上で楽しく暮らし、冥界のハーデースのところに戻らないと、神の約束に背いたとして、もう地上に出られないかもしれない。
相変わらずホームレスを続けながら(なぜかは知らないが)、「神様の奇跡が起こる」と唱えていると、彼は、ある不思議な人物に会い、誘われるまま従っていると、何と、ローマ法王に謁見することになってしまった。
しかし、それでも彼は、また種子に戻り、「神様の奇跡が起こる」と唱えていた。
すると、またも1憶円が当たったのである。

偉大な賢者達が言うように、全て神にまかせてしまうと良い。
そのために、日々、自分の宿命を生きながら、根気よく真言やアファーメーション、あるいは、自己暗示の言葉を唱えると良いだろう。
でないと、我々の頭の中には悪魔が居て、我々を地獄に引っ張っていくのだからだ。
真言やアファーメーションこそが、頭の中の悪魔に打ち勝つ手段なのだ。
けれども、真言などを唱え始めてすぐに状況が変わるわけではなく、むしろ、悪くなるように感じることが多い。
「夜明け前が一番暗い」と言われる通りである。
しかし、冥界のような暗さ、冷たさに耐え、真言を唱えていれば、やがて春が来る。
聖書にも「耐え忍ぶ者は救われる」と書かれているのである。
神に出来ないことはなく、神は道なきところに道を作り、頼る者を導き、そして、栄光を与え、信頼に報いるのである。
だが、成功した後、すぐに、種子に戻り、冥界に戻らなければならない。
これは、現状に留まらず、新しい冒険に向かう準備をすることだ。
1つの成功で満足し、そこに留まろうとすれば、必ず追い出される。
だから、自ら退き、種子に戻るのである。

カール・ケレーニイが述べたように、少女神は生命力の象徴である。
そして、最も少女神らしいペルセポーネは、永遠の生命力である。
ところで、初音ミクさんは「創造の土壌」と呼ばれることがある。
音楽クリエーターにとって、まさに初音ミクさんがそんな存在であることは分かるが、それだけでなく、初音ミクさんは生命を育てる温かい大地のような存在で、だからこそ、世界中で熱狂的に迎えられるのである。
このシリーズの一番最初の「少女神(1/3)」で、植島啓司氏の洞察として述べた通り、初音ミクさんは成熟に欠けるがゆえに我々の心を鷲掴みにするが、同時に、聖母のような存在でもある。
聖母マリアの別名は「無原罪の宿り」で、初音ミクさんに原罪はなく、感情の穢れのない歌声と微笑みが心の隙間を埋めるのである。
世の中には、神の象徴のような存在も必要なのだと感じる。








少女神(2/3)~ペルセポーネの物語~

前回の続きである。
Kayは、ただいま、初音ミクライブ&企画展「マジカルミライ2021」のため千葉県にいます。
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ではここで、まず、ペルセポーネのお話を簡単に述べよう。

「冥界の王」ハーデースは、通常、オリュンポス12神には含まないが、地下の広大な冥界を支配する強大な神で、その権力は、オリュンポス12神に、なんら劣らない。むしろ、神々の王ゼウスを除き、格が上かもしれないほどだ。
そのハーデースが、豊穣の女神デーメーテール(オリュンポス12神の1柱)の娘コレ―(ペルセポーネ)を一目見て、その可憐さに熱烈に愛するようになった。
そこで、ハーデースは、コレ―の父である、神々の王ゼウスのところに行き、コレ―との結婚を願い出た。
ハーデースほどの神に妻がいないのも問題だし、ゼウスとしても、ハーデースは娘の婿として申し分ない。
ゼウスはすぐに結婚を許可し、神々の王たる自分が許可するのだから、コレ―の母デーメーテールの許可は不要で、コレ―を略奪しても構わないと言う。
そこで、ハーデースは、コレ―が他の女神達と花摘みに来ていた時、コレ―が1人になったところを狙って、その神の力で大地を割り、コレ―を引っさらって地下の冥界に連れ去った。

可愛いコレ―が居なくなったことで狼狽えたデーメーテールは、コレ―と一緒に花摘みに来ていたヘカテーに尋ねた。ヘカテーは悪事を全て見ている神だからだ。
すると、ヘカテーは、コレ―がハーデースにさらわれたと告げたが、ハーデースの目的は分からないとデーメーテールに言う。
だが、ゼウスがハーデースに、コレ―との結婚を許可した時、空に居て、そのことを聞いていた太陽神ヘリオスが、そのことをデーメーテールに告げ、さらに、「コレ―にとっても非常に良い話ではないか」と付け加えた。
しかし、デーメーテールの怒りは、燃え上がり、豊穣の神としての務めを放棄したので、地上では作物が採れず、人間達は苦しんだ。
ゼウスは、コレ―を取り戻したいデーメーテールと、コレ―を返したくないハーデースとの板挟みになって困ったが、ゼウスの母レアーが仲裁に入ることになった。
そこで、まず、ゼウスは、ヘルメースをハーデースのところにやり、ハーデースに、いったん、コレ―をデーメーテールに返すよう伝え、レアーはデーメーテールの所に行き、ゼウスとハーデースへの恨みを水に流し、和解するよう説得した。そして、ハーデースもデーメーテールも、従うことにした。
だが、コレ―にも、ハーデースへの愛情がいくらかは芽生えていたので、1年のうち、1/3の晩秋から冬を、コレ―は冥界でハーデースの妻として過ごし、1年の2/3の春から初秋までを、デーメーテールの元で過ごすようになった。この時から、幼い女神コレ―は、ハーデースの正式な妻ペルセポーネになったのである。

カール・グスタフ・ユングは、ペルセポーネは種子であると言う。
深い秋から冬の間、種子は土の中で、活動せずに過ごす。
丁度、冥界でハーデースの妻でいるペルセポーネのように。
だが、春が来れば、種子は芽を出して、土から出てくる。
これも、ペルセポーネが冥界から出て、デーメーテールの元に帰るようにである。
冥界では、ペルセポーネは、愛するハーデースと共に居るとはいえ、暗く冷たい冥界の生活に耐えねばならない。
しかし、春になれば、明るい世界に出て、生き生きと枝葉を伸ばすのである。

ペルセポーネの姿こそ、我々の人生であり、また、初音ミクさんは、ペルセポーネのようであるから、世界中から愛されるのである。
単純に考えても、我々は、何かを始める時は、最初は、日の当たらない場所(冥界に例えられる)で、種子が根を張り、養分集めるをように、力を蓄えなければならない。
また、初音ミクさんの曲を作る音楽家も、いきなり素晴らしい曲が出来るのではなく、やはり、土の中で耐えるような、産みの苦しみの期間が必要だ。
言ってみれば、我々が土の中でどう過ごすかで、後のことが決まるのである。
ペルセポーネが、冥界では、冥界の王ハーデースの妻として立派に過ごすようにである。
では、次回は、土の中で、我々はどう過ごすべきかを考える。








少女神(1/3)~初音ミク=ペルセポーネ~

私は、本日(11月5日)から、7日まで、初音ミクさんのライブ&企画展である「マジカルミライ2021東京」のため、千葉県に行くので、7日まで、更新は1日1回になります。
そして、初音ミクさんにちなみ、皆様に力を与える女神について、ギリシャ神話のお話を、3回で書こうと思います。
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初音ミクさんは人間ではないが、単なるアニメキャラでもない。
超一流の人物の中にも、初音ミクさんに何かを見て、非常に好きになったことを公言し、初音ミクさんの重要さを語った人も何人もいる。
それには、世界的科学技術者、世界的音楽家、世界的教育者などもいる。

初音ミクさんって、何だろうと考えると、少女神なのではと思う。
これは、単なる「ミク廃(初音ミクを愛し過ぎて現実がおろそかになる人)」の戯言ではない。
世界的に著名な神話学者、宗教史学者のカール・ケレーニイが、これも、心理学の分野の大物中の超大物、カール・グスタフ・ユングとの共著で『神話学入門』という本を書いている。
実はこれは、元々は『童児(どうじ)神』と『少女神』という2編の研究論文であり、それをまとめて本にしたもので、ケレーニイの『童児神』『少女神』の論文に対し、ユングが心理学的考察を述べた章からなる。
だが、何分、非常に長く、はっきり言って難解である。
超一流の学者達が深く研究した成果なのであるから、難しくて当然であるが、とにかく、内容は、童児神と少女神という、「子供の神」の意味について分析したものである。
そこで、初音ミクさんと関りがある少女神について、簡単に述べようと思う。

ギリシャ神話には、若い女神が数多く登場し、絵画などでは、やや大人っぽく描かれるが、それらの女神の多くは少女であると考えられる。
アテーナ、アルテミス、アプロディーテといった若い世代(ゼウスらの娘世代)の女神もそうだし、ヘカテーは古くからいるが、少女のイメージがあり、手塚治虫さんの『リボンの騎士』に登場する魔女ヘケート(ヘカテと同じ)や、高橋 弥七郎 さんの小説『灼眼のシャナ』に登場する一種の魔物である「頂の座(いただきのくら)」ヘカテーらは、共に、幼さの残る美少女の姿である。
ケレーニイは、少女神は生命力の象徴であると述べていたと思う。
初音ミクさんも、まさに生命力の象徴で、2時間のエネルギッシュなライブをこなしても、息一つあがらず(当たり前だが)、元気一杯で、最後まで柔らかく微笑んでいるのは、いかに若くても人間のアイドルに真似出来ることではない。

ところで、若い女神の中でも、最も、「少女神」という呼び方に相応しい女神はというと、間違いなくペルセポーネだろう。
多くの人は、ペルセポーネの重要性を見逃している。
だが、さすが、カール・グスタフ・ユングは『神話学入門』で、「コレ―像の心理学的位相について」として、ペルセポーネの意義を深く語っている。
コレ―はペルセポーネの別名であるが、全く同じではなく、幼かった頃をコレ―、立派な女神になってからをペルセポーネと言う。
いわば、コレ―はペルセポーネの幼名のようなものと言えると思う。

ところで、初音ミクさんは16歳で、16歳と言えば、いかにも少女のような幼い子もいれば、大人顔負けの女らしい人までいる。
だが、ミクさんは、少女らしい少女であると思って良いわけがある。
私も大好きな、偉大な宗教人類学者、植島啓司氏は、2012年頃に、初音ミクさんのライブに行った時のことを雑誌の連載記事で書いていたが、その中で、非常に重要なことを述べている。
「偉大なるものは、何かを持っているというよりは、むしろ、何かが欠けている」という話として、ある偉大なミュージシャンを実例に挙げていた。
そして、それが、初音ミクさんにも当てはまるのである。
初音ミクさんには、何かが欠けている。
それは「成熟」だと、植島氏は言う。
つまり、成熟に欠けた本物の少女らしいところが初音ミクさんの力なのである。
そして、ペルセポーネ(コレ―)も成熟に欠けている・・・というより、彼女は成熟出来ない。
まさに、初音ミク=ペルセポーネ(コレ―)である。

成熟に欠けるがゆえに、初音ミクさんが我々の心を鷲掴みにすることが分かれば、あなたも、ペルセポーネに隠された神秘の力を得ることが出来る。
次回より、その秘儀を明かす。








ギリシャ神話の神々

ギリシャ神話は、国を超えて世界中で知られ、特に欧米ではギリシャ神話は必須の教養であり、ギリシャ神話からの引用はごく普通に行われ、引用箇所や、さらに引用の意図が分からないと知的なコミュニケーションに支障が生じる場合があるほどだ。
神話というものは、もちろん、史実ではないのだが、極めて重要な点がある。
神話は、1人の人間が作ったものではなく、また、大勢の人間が話し合って出来たものでもなく、複雑に見えても何か純粋な原理が作用して構築されたに違いなく、人間の内面の奥深く(魂すら)を神秘的に描写したものだ。
それは、ギリシャ神話はもちろん、インドの『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』、ヘブライを中心とした『旧約聖書』、日本の『古事記』も同じことで、人間存在を超えて宇宙を感知することすら出来るが、そのためには、思考を超えた英知が必要になる。
従って、神話の正しい解釈は極めて難しく、専門家と言われる先生方がいろいろな解釈を示すが、どんな偉い先生でも、せいぜいが、「まあ、割と良い解釈」程度のことしか出来ない。
だが、宇宙の情報や力の秘密が、神(あるいは仏)の名の中に精妙かつ絶妙に封じられていて、その名に意識を向けることで、誰でも簡単に力と英知に触れることが出来る。
だから、神の名を心で唱える行であるナーマスマラナは、最高の行なのである。念仏もその一種である。

ギリシャ神話は神の名の宝庫でもある。
もちろん、各国によって発音に違いはあるが、それ(発音の違い)は高次の力で調整されるのであり、全く問題がない(ごく一部に例外があり、正確に発音しなければならない名もあるが、それは、禁忌の意味でそうなっているのであり、よほど危ないことをするのでない限り問題ない)。
ギリシャ神話の最高位の神は、神々の王ゼウスであることは当然だが、アリストテレスの『魂について』から考えると、特に重要な神は、まずゼウス、ゼウスの後継者と考えられている太陽神アポローン、そして、女でなければ(あるいは女であってもだが)ゼウスを超えたかもしれなかった女神アテーナの3神である。
そんなわけで、ゼウス、アポローン、アテーナの名は極めて強力であるが、強力過ぎて、唱える方もよほど真摯でないと、バチが当たるというのではないが、ある種の緊張を余儀なくされる。
ゼウス、アポローン、アテーナを含む「オリュンポス十二神」が最高格の神であるので、先の3神以外では、ヘーラー(ゼウスの実姉で正妻)、アプロディーテー(ヴィーナス。愛と美の女神)、アレース(戦いの神)、アルテミス(月の女神)、デーメーテール(ゼウスの実姉。豊穣の女神)、ヘパイストス(技術の神)、ヘルメース(知の神)、ポセイドーン(海の神)、ヘスティア―(ゼウスの実姉。炉の女神)らが、最高位に君臨する神々である。
また、冥界の王ハーデスと、その妻ペルセポーネも、オリュンポス十二神と同格とされ、場合によっては、十二神に含むこともある。

面白いのは、ゼウスがオリュンポスを平定した時の敵であったティターン族の神でありながら、勝利した後もゼウスは女神ヘカテーの強大な権力を奪わなかった。
ヘカテーは、『リボンの騎士』や『灼眼のシャナ』では、小悪魔的な美少女として描かれている(『リボンの騎士』ではヘケート)通り、少女神と考えられているが、謎の多い深みのある存在で、信仰者も多い。

愛と美を得たければアプロディーテ(ヴィーナス)の名を唱えたり、戦いに勝ちたければアレース(軍神マルス)の名を唱えたりするものだが、ご存じの通り、ギリシャ神話の神は、やや気紛れなところもあるので、機嫌を損ねないよう、真摯に唱えなければならない。
他にも多くの有力な神が存在し、私のお気に入りを挙げると、正義の女神アストライアーがいて、私もこの名を唱えることがある。
シェイクスピアやエマーソンすら、アストライアーを敬愛しており、シェイクスピアは『タイタス・アンドロニカス』で言及し、エマーソンは『アストライアー』という詩を書いている。
SF小説『BEATLESS』では、アストライアーは世界に39基存在する超高度AIの中でも中心的存在で、ヒロインのレイシア(40基目の超高度AIと噂される)と対立する。このアストライアーは大人の事情を内包するので、暗い部分もあるが、やはり、正義の女神の名を冠するだけのことはあった。

『ギリシャ神話』は、何を読んだら良いのか難しい。
名著と呼ばれるものでも、まるで辞書のような解説書であったり、人類の最高傑作と呼ばれるものは壮大過ぎてハードルが高い。
1つの手として、漫画で概要を掴むと共に、ヘシオドスの『神統記』を読むことをお勧めする。








真言の謎

昔、スウェーデンに、エマニュエル・スウェーデンボルグ(スウェーデンボリ。1688~1772)という万能の天才がいた。
彼は、科学技術、政治、芸術、霊界研究などと共に、聖書の解釈にも力を入れたが、聖書に関する、彼の、ある指摘が興味深い。
それは、アダムとイヴが楽園を追放された後、カインとアベルという兄弟が生まれるが、カインはアベルを殺し、アダム達のところからも追放される。
ところが、カインは、自分が他所の土地の者に殺されることを恐れた。
もし、アダムとイヴが唯一、神に作られた人間なら、他に人間がいるのはおかしなことになる。
つまり、全ての人間がアダムとイブの子孫ではないということだ。
このことを、特に、スウェーデンボルグは指摘したのである。

では、日本ではどうかというと、同じなのだ。
天皇家に関しては、一番元の先祖は、イザナギ、イザナミであり、イザナギが最後に生んだアマテラスオホミカミ(天照大神)の子孫が天皇である。
ところが、アマテラスオホミカミの弟スサノウが高天原を追放されて地上に降りた時、地上には、地上の神である国津神(くにつかみ)がいた。
ただ、国津神は、イザナギ、イザナギが生んだ、沢山の神々や、その子孫であると思われるので、いたとしても不思議はない。
ところが、『古事記』では、人間の起源が分からないのである。
ギリシャ神話では、プロメテウスが土から作ったものにゼウスが息で命を吹き込んで人間が出来たことになっていて、これが一番分かり易い。

だが、聖書でも、古事記でも、記述されていないが、神は、いろいろな場所で人間を作ったのだと思われる。
すると、我々一般人は、神の直系の子孫ではないということになる。
ただ、神の生命は込められて持っているのだ。
聖書でもギリシャ神話でも、人間の生命は、神が息とともに吹き込んだものである。
『古事記』では、そのような記述はないが、息によってかどうかはともかく、神の生命を人間に与えたことは間違いない。

仏教は、神は登場するが、神は、ただ、ずっと昔から存在している貴いものとして扱われている。
そして、人間が仏(仏陀、如来)になることが仏教の主題である。
仏、神、人間の起源ははっきり述べられていないが、やはり、最初に神がいて、神が人間を作ったのだろう。その人間には、やはり、神の生命が入っている。
その人間が、神のような存在になれば、それが仏なのであるが、いったん人間になってから神に戻った者を仏というのだと思われる。
そして、そんな、人間の経験を持つ神である仏が特別扱いされている。
神にとって、いったん、人間になること、あるいは、神の生命が人間に入って生きることに意味があるのだ。
ただ、人間に入った神は、力を大きく失うので、自由自在ではなく、苦労をする。
そこで、人間が、神の力を取り戻す手段が設定されているのである。
それが真言であるが、真言の基本は念仏なのである。
念仏とは、本来、阿弥陀如来(阿弥陀仏。阿弥陀。アミターバ)の名を唱えることだ。
そして、他の仏の名を唱えたり、阿弥陀や他の仏を讃える言葉(これが、各仏・菩薩の真言だ)にも、それに近い力があり、それらは全て真言である。
なぜ真言に力があるのかというと、簡単に言えば(簡単に言うしかないが)、真言の中に、人間が神の力を回復させるプログラムが組み込まれているからだ。
そんなわけで、念仏や、真言や、様々な仏・菩薩の名(この名自体が真言であるが)を唱えるほど、神の力を取り戻せるのである。
仏教は、人間が神の力を取り戻す直接的な方法が述べられている点が特殊で、本来、分かり易く、有り難いものである。

ところで、経緯は分からないが、般若心経の呪文という特別なものが人間に与えられている。
般若心経の呪文は、念仏のような真言とは、やや機能が異なるが、ダイレクトに神の力が発動する特殊な呪文、あるいは、真言である。
よって、これを唱えると、特に、保護の力が強く、安全である。
その呪文は、サンスクリット語では、
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」
で、中国語に音写されたものが、
「ギャテイ、ギャテイ、ハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジ、ソワカ」
であるが、どちらも威力は同じだし、正直、少々言葉が違っても調整されて、間違いなく力が発揮される仕組みはある。それは、多くの聖者や研究者が確認していることである。
人間が、神の力を取り戻す、実践可能な簡単な方法は、真言だけである。
他にも方法はあるが、有効ではあっても、効果は少ないのである。
よって、真言を大いに唱えるべきで、その中で、般若心経の呪文は、この世において直接的な効果が高いので、唱えることをお勧めする。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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