ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

キリスト

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

一秒だけ邪念なく彼女を見れば

聖者とか神人あるいは大賢者と呼ばれるような人は、別に特別な何かを持っている人ではない。
余計なものを持っていない人のことだ。
例えば、無知を持っていなければ賢者なのだ。
ただ、その無知の覆いを除くことが、途方もなく難しいのだ。

聖者とは、無念無想の人だ。
無念無想というのは、簡単そうだが、いかなる想いも持たないことの難しさは少し考えれば分かる。
テレビや広告やインターネットは、儲けるために人々の欲望を煽る。心が落ち着つかずにさ迷うのは欲望のためだ。
よって、一切の欲望を持たなければ、無念無想であり、即ち、聖者だ。
そんなことはとても無理と思うかもしれない。
もっともだ。
だが、私は聖者になれるのである。
ただし、1秒だけだ。
1秒だけなら、キリストでも仏陀でも、大政治家でも、大悪人にでもなってみせる。
小悪人ってのは欲望にまみれているが、大悪人というのは無欲で、巨大な悪行を行為者の自覚なく、ただ、宿命に従ってやっているのだ。
偉大な人間というのは、小市民や小善人になるくらいなら大悪人になれとよく言うのである。

ある国際的なビジネスマンは、尊敬する世界的ビジネスマンと全く同じオフィスを作り、同じ服を着ていた。
これも効果的な成功するための方法だ。
あなたにも、尊敬する、あるいは憧れている誰かがいるかもしれないが、その誰かと同じようになるのは難しい。そこで、まず形からという訳だ。そして、形から入るというのは良い方法だ。
しかし、一瞬であれば、あなたは誰にでもなれる。
それが分かれば、世俗で成功することは難しいことではない。
態度は事実より重要だというのは、世俗の覇者から、人間を媒体にして意志を表す宇宙人の誰かもよく言っていることだ。
四六時中、ピカソらしい態度はとれないだろうが、一瞬なら可能だ。
ずっと岡本太郎でいようと思ったら大変だが、一秒なら簡単だ。
その一秒を重ねていけば、やがて等価値のものになるだろう。時間というのは幻想に過ぎない。一瞬で可能なら、百年でも同じだ。
その気になれば、大事業家でも大芸術家にでもなれるだろう。
そして、本当にピカソや岡本太郎になるということは、誰になることでもないし、誰ででもあることだ。
釈迦やイエスの教えを一生守るのは難しそうでも、一瞬なら守れるだろう。
一瞬なら嫌いな隣人も愛せるし、一瞬なら女性を邪まな目で見ないことも出来るだろう。
人は、本当に価値のあるものを見つければ、一瞬が全てだと分かるのだ。
アスリートは、世界記録なんて、それほど大事だと思っていない。勝利の瞬間が永遠なのだ。ただ、怠惰な栄光がその瞬間を汚すのだ。
どんなに惨めな中でも、真理の瞬間はある。それを見つければ永遠を得るのである。

イエスや釈迦について書かれたものを読んだり、大賢者の書いたものを読むのは、無知を持たない者の様子を知るためだ。
そして、一瞬でも彼等と同じになれば、既に達成したようなものだ。だが、知らなければ、無知の覆いは取り払えない。
日本では、昔から、「祓えたまえ、清めたまえ」と言ってきたのだ。
至高の聖典『エメラルド・タブレット』でも、マスターはトートに言うのだ。「知識を得て、無知の覆いを取れ」と。
エマーソンは述べている。「英雄について書かれたものを読む時は、自分について書かれているのだと思え」と。「私は、イエスであり、プラトーンであり、シェイクスピアである」と。









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十字架は人の身体の形

人が両腕を真横に広げた姿は十字架になる。
そして、縦と横が交差する部分が、人間では胸になる。
人が、自分の心の在り処を示す時、手で胸を押さえるが、それは、感情が高ぶった時に、痛みや高揚感を感じる胸のあたりに心が在ると感じられるからだろう。
そして、感情の強さと共に鼓動が強くなる心臓に、中国では、心の臓器を指す心臓と名付け、我が国もそれに倣っている。英語では、心も心臓もハートと言う。

我々の肉体は十字架なのだ。
そして、中央部分に心の座がある。
これは、十字架に磔にされたイエスと同じで、イエスは、自我を表す。
イエスが十字架上で死んだように、我々も、目には見えないが、肉体に磔になっている自我を殺さなければならない。
それは、当然苦痛である。
イエスが、「主よ、なぜ我を見捨てた」と叫んだように、我々の心(=自我)も叫ぶのである。
しかし、見捨てなければならない。
主は、我々の意識だ。意識は、自我が苦しむのを、ただ見ているだけでなくてはならない。

どんな立場の人間であれ、生きている限り、辛いことが必ずある。
辛い状況、出来事は、犠牲を求める高次の心が起こしたものだ。
その時、我々は、自我を守らずに、犠牲に差し出し、見捨てて殺さなくてはならない。

アメリカの思想家ヴァーノン・ハワードは、このことについて、こんな書き方をしている。
心がぐらつくとき、ぐらつくままにさせなさい。それを、科学者のように冷静に見つめなさい。
すると、やがて、心は抜け落ちる。その時、何が起るかを見ていなさい。

イエスは、磔で死んだ後、3日で肉体を造り直した。
だが、それは、以前と同じ身体ではない。弟子達ですら、復活したイエスを見て、それが誰か分からなかったと、福音書に記されている。
我々もまた、自我を滅ぼした後、新しい純粋な心を造るが、それは、黄金色に輝くものだ。古来、このことを錬金術(アルケミー)と呼んできた。

王様だろうが、大富豪の子供であろうが、犠牲を差し出すチャンスはいくらでもある。この世はつらいものだ。
ある王様が、「私の人生を台無しにしていた泥棒を見つけた。即刻死刑だ」と言ったという伝説があるらしいが、それも、このことを表している。

普通の人は、自我に加勢して、自我を救おうとするので、キリストになれない。
しかし、自我に、「なぜ見捨てた」と言わせれば、我々の勝利である。
幸いなことに、辛く苦しい人生では、キリストになるチャンスに満ち溢れている。
これまでは、極端に悲惨な状況にあった者が、一瞬間、キリストの姿を垣間見せることはあったが、それは、自我を救いようがないからだ。
しかし、我々は、それほどの不幸を待つことはない。
見捨てることさえ出来れば、小さな苦しみで良いのである。
その訓練は、食の慎みだ。
あまり極端にやっては、かえって自我は強まるが、食べたいという自我を見捨て、食を厳しく慎めば、自我を見捨てる訓練になるのである。
これに慣れれば、あらゆる状況で、苦しむ自我を見捨てることが出来るようになる。
自我と一体になって、メランコリー(憂鬱)に浸っているようでは、キリストになれない。









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クリスマスを心の中ではどう過ごすか

世間では、クリスマスがイエスの誕生日というよりは、サンタクロースの日であるという認識が強いのは確かだが、その中でも、どこか意識の片隅にでも、「救いの御子の聖誕日」という思いがあって、楽しみも度を超すこともなく、一瞬でも荘厳な気持ちになるというのがクリスマスであると思う。
アンデルセンの『マッチ売りの少女』で、少女が死んだのは大晦日であると思うが、街の様子はまさにクリスマスで、このお話が、やはり世界中の人々の意識の底にあって、自分が恵まれていても、ただ楽しいことばかりを考えたりしたりするのではなく、少しでも心を善に向かわせているのではないかと思う。
立川恵さんの漫画『怪盗セイント・テール』で、主人公の羽丘芽美の親友の、シスター見習いの14歳の少女、深森聖良(みもりせいら)は、敬虔なキリスト教徒の家に生まれ、クリスマスはボランティアで過ごすというのが毎年の自然な習慣で、クリスマス・プレゼントをもらったことは一度もないというお話があった。あれを読んだ人が、やはり、そのようなことを深い心に留めれば、クリスマスは、その人にとっても、世界にとっても、より良いものになるだろう。

子供の頃から、「キリスト教徒でないなら、イエスの誕生日は関係ない」といったことをよく聞いたものだが、それは馬鹿げた考え方だ。
イエスは別にキリスト教なんて宗教を作ったわけではない。
ジョージ・アダムスキーは、「私はキリスト教徒ではないが、イエスの教えを聖書で学んだ」と言う。それは、自主的にそうしたということであり、それこそが最も好ましい態度だろう。
ラルフ・ウォルドー・エマーソンがイエスを崇拝していることは、彼の著作を読めば明白であるが、彼は、伝統的な教会の教えは子供の時に捨てている。彼も、キリスト教という宗教ではなく、イエスの教え、つまり、真理を崇敬しているのだろう。

私は、クリスマスにはあまり良い思い出はない。地域が主催した子供クリスマス・パーティーみたいなものは、本当に大きなお世話だった。会社の社員旅行みたいなもので、断るのがひどく難しいが、いずれも行きたくない人が実際は多いものだろう。子供が地域活動に関わるのは非常に良いことだが、それは、日常の活動であるべきで、人々の役に立つことを子供がやってこそ意味がある。
高校生の時は、暖房が一切ない部屋で、1人でディケンズの『クリスマス・キャロル』を読んでいたものだが、当時思い付くクリスマスの過ごし方としては、まあ、合格ではなかったかと思う。
ところで、私は、シューベルトやグノーの『アヴェ・マリア』の良い歌唱を何年もずっと探しているが、なかなか良いものがない。女性のソプラノ歌手が定番かもしれないが、パワーがあり過ぎ、また、上手過ぎてイメージに合わない。有名な少年少女合唱団のものも、上手いだけで、ハートを感じない。昔、レコードで聴いた、エーリッヒ・ベンダー少年少女合唱団のものが実に良かったが、あのようなものがいくら探しても見つからない。まあ、何年か先にでも、理想的なものが見つかれば良いと思っているし、夢の中か、死んだ後にでも天上の歌声が聴ければ有難い。そのためには、キリスト教徒でも仏教徒でもないが、イエスや釈迦の教えを学ぼうと思う。

尚、伝統的なキリスト教徒には抵抗があるかもしれないが、スコットランド出身の哲学者・神学者であるマード・マクドナルド・ベインがイエスと一体化して語ったことを、筆記者が忠実に書き記した『心身の神癒』を下記にご紹介しておく。この本は、Amazonでも、平常は、高価な古書しかなかったと思うが、最近、数多く新品が在庫されている。霞ヶ関書房のクリスマス・プレゼントであろうか。ベインはイエスに実際に逢ったことがあり、その様子を別の著作で述べていた。信じるかどうかは、イエス自身が言っていた「木の良し悪しは実で知る」の通りで、自分で判断すれば良いことと思う。









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金持ちのふりをする方法

昔見た映画で、ある若い詐欺師が、彼のボスに、金持ちに見える方法を伝授されていたのが面白かった。本当の彼は、金持ちどころか貧民だった。
ホテルに到着した時の心構えとして、「荷物を自分で持つな」「部屋に案内されたら、まず部屋にケチをつけろ。『殺風景だな』とか。金持ちは文句が多い」などであった。
他にも、「プールを見て、はしゃぐな(見飽きているはずだから)」「海をぼーっと見るな(理由は忘れた)」などがあった。

本当かどうか知らないが、米国の大物俳優や大物ミュージシャンには、ホテルに宿泊する際、部屋の造りや内装に自分好みの注文を出す者がいるらしい。壁の色やカーテンの色、家具や絨毯の好みから、シーツの端からステッチの幅も指定してくるということもあると聞いたことがある。工事が必要な改造を通達してくる者もいるとか。
まあ、本当かどうか知らないし、別にどうでもいいことだ。

ただ、どれも、本当に愚かだと笑えるものだ。
いや、慈悲深く、哀れむべきかもしれない。
そんな馬鹿げた性質にとりつかれてしまった者には、間違いなく悲惨が待っているからだ。人類史上、いまだかつて、例外は1つも無い。
そういったことをする大物達は、家庭で大きな問題を抱え、友に裏切られ、離婚して多額の慰謝料を請求され、健康を損ない、麻薬に手を出し、事業に失敗し、人生に疲れ果て、悔恨と屈辱の中で死んでいく。周りの誰も、彼らのために、本当の幸福について教えてあげることができない。

なぜそうなるかというと、そういった自然に反したことは、個人の心がつながっている、永遠の心を傷付けることになるからだ。
その永遠の心を神と言うなら、それは、神の望むことではない。

江戸末期の神道家、黒住宗忠は、自分の心の本体である、天照大神の心を傷付けることを何より恐れた。怒ったり、悲しんだり、欲をかいたりはもちろん、恐れたり、驚いた時すら、神の心を傷付けたことを反省した。
人類の中で、神の心に最も近い心でいた1人がイエス・キリストだとすれば、イエスが、どうするか考えればいい。
イエスが、自分の荷物を決して自分で持たないだろうか?
イエスが、宿泊する部屋に案内されて、「殺風景だ」と言うだろうか?
イエスが、ホテルの部屋の壁の色はブルーでないといけないと主張するだろうか?カーテンはピンクだと指定してくるだろうか?
米国の大物達もキリスト教徒のはずだが、おかしなものである。
イエスも釈迦も、別に難しいことを教えたのではない。ただ、大きな理に従えと言っただけだ。ただ、当たり前をやれということだ。
禅語にも、「朝御飯は食べたかね?」「はい」「では、食器を洗いなさい」というだけの短いものがあるが、この話にあれこれ難しい解釈をする「禅の専門家」がいるらしい。しかし、これを当たり前に受け入れれば、悟りすら開けるのである。









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真の生きがいとは

人は、生きがいがあれば色鮮やかな人生を生きていけるが、生きがいがなければ、本能だけで動く空虚な灰色の人生を生きなければならない。
生きられると、生きねばならないの違いは大きいだろう。

だが、我々は、子供の頃に生きがいを壊されてしまっている。
子供の時、本当の生きがいは魔法使いになることだったのに、お医者さんになるとか、サッカー選手になるというものに、無理矢理変更させられなかっただろうか?
いつまでも子供の夢を見ていてはいけないという、もっともらしいことを言う者もいるが、だからといって、奴隷としての生きがいを持ってはならない。
テレビで、小学生の子供が、焼肉やハンバーグといった美味しいものを食べに行くのを最大の楽しみにしているのを見せた番組があったが、本来、子供というのは、楽しいことをやっていれば寝食を忘れるものである。あの子供は既に奴隷であり、生きていないのである。本当の生きがいがないと、人は食べることとセックスにしか関心を持たないのである。
それに引きかえ、魔法使いになるというのは、高貴で賞賛されるべき生きがいである。
ただ、それが、自分だけの、個人の欲望に基く生きがいであるなら、確かに、早く卒業すべき子供の夢であり、大人にとっては妄想である。
しかし、ただ金持ちを目指すのは愚かなことで、魔法使いになるついでに金持ちになることが合理的なら、そうすれば良いだけのことである。
「子供が私の生きがい」なんてのもとんでもない。子供は早くあなたを不要とするようにならなければ、そのあなたの生きがいとやらは死んだも同然なのだ。あなたは迷惑なのである。

つまるところ、人間の目標なんて1つしかない。神や仏になることだ。
だが、人に神や仏は見えない。だから、イエスは人の形をとった神の姿(それをキリストという)の手本を示し、目指すべき生きがいを人々が持ちやすくしたのだ。また、浄土系仏教の聖典『観無量寿経』では、仏の姿を見る方法と、それになる道を示した。興味深いのは、イエスも、『観無量寿経』も、それを成し遂げるまでは、神や仏がその人を守ることを保障している。つまり、本当の生きがいを持つ者は天に保護される。
サミュエル・スマイルズは「天は自分で自分自身を助ける者を助ける」と言ったが、本当に自分自身を助けるとは、真の生きがいを持って生きることである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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明日のことを語る (哲学はなぜ間違うのか?)
手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


PV since 2010/09/08
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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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