ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

エリナー・リグビー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

地獄を紙一重で逃れたことを知りゾっとする

デルポイ(デルフォイ)の神託の第一、「汝自身を知れ(身の程を知れ)」が本当に難しいことを思い知った。

自分を知るには、自分と似た人を研究すれば良いのではないだろうか?
私に似ているのは、脳の機能的欠陥により、共感や良心を持たないサイコパスだ。
しかし、書籍で取り上げられるサイコパスには、たとえ凶悪犯罪者であっても、スペックが高い者が多いし、あからさまに、「サイコパスは高い能力を秘めている」と主張する研究者や批評家、ジャーナリストもいる。
サイコパスには、感情に左右されずに冷徹な判断を下すことが成功につながる、経営者、弁護士、医師、将校が多いと言う。
刑務所に入るような下級サイコパスにしたって、そこで驚くべき才能を発揮して、いい思いをしているという例もあった。
どうも、彼らは私よりずっとハイスペックのようで、彼らを通して自分を見ることは出来ない。

精神分析学者の岸田秀氏は、毒親(母親)に育てられて精神が病み、それをなんとかしようとして精神の研究をして、人間の本性を解明した(らしい)。
岸田秀氏の著書には、非常に納得出来るところが多く、一頃はハマったが、離れてしまった。
岸田氏は、自分がおかしいことは認めているが、結局、人間自体が狂った存在であるとしている。
私だって、人間は大なり小なり狂っているというのは認めるし、世の中の人間がクズだらけなのは分かるが、全般的に言えば私よりマシだということを、感情的には納得しないが、論理的に分かってしまった。
そんな訳で、岸田氏の理論は、私には役に立たない。
岸田氏がモデルにした、吉本隆明氏の思想はと言うと、彼は日本最高の思想家らしいが、私には、やはり無縁の存在だ。いや、彼が間違っているのではなく、やはり彼の説く人間の性質ってのが、私からすれば上等過ぎるからなのだが。

これまで、「ああ、これが私だ」と思ったのは、ビートルスの『エリナー・リグビー』に出てくる、変な老女エリナー・リグビーだった。この歌に出てくる、もう一人の「孤独な人」マッケンジー神父は、いやしくも神父様だ。私だって、神父や僧侶になりたいが無理で、やはり、マッケンジー殿も、私からすればハイスペックだ。
では、エリナーお婆さんは?
老婆になっても、王子様を待っているような雰囲気があるあたり、妄想という点では私に似ているといえなくもないが、あそこまで信念があるからこそ、銅像まで作ってもらえたのだろう。私が死んでも、絶対に銅像は作ってもらえない。
どうやら、私はエリナーさんにも負けているようだ。
いや、そもそも、エリナーさんは大物である。
でないと、マッカートニーに歌ってもらえないさ。

だが、ついに、私が勝てる人間がいることが分かった。
詳しく言うのもはばかられるが、自分以下の人間の存在を知って爽快感を味わいたければ、中村淳彦氏の『ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書) 』を読むと良い。
しかしだ。私が、この本に出てくる、とんでもナイナイな人間にならなかったのは、やはり、プログラミングが出来るようになったからだ。
紙一重ってやつだ。笑い事ではない。
BASIC言語を発明し、その著作権を放棄してくれた、ジョン・ケメニー博士とトーマス・カーツ博士に感謝する。
そして、彼らのBASICをパソコンに移植し、誰でもプログラミングが出来る世界を作ってくれたビル・ゲイツに感謝する。
だが、私は、微かに存在する自分以下の人間を見ることで、私自身が、かなり分かってしまった。
それまでは、自分はもう少し高級な人間と思っていたが、それは希望的な思い込みに過ぎなかった。
せめて、中村氏の本のような人間になる瀬戸際の人を救うために、プログラミングをお奨めしたく思う。悪いが、私には、他にお奨め出来るほど知っていることはない。
だから、プログラミングに興味があるなら死ぬ気でやって欲しいと本当に思う。
来年の目標とかにしたりしてね。









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自分が出て行かなくても、王子様はやって来る

結婚したいのに出来ない女性に対し、
「待っているだけでは駄目だ。自分で探しに行くべきだ」
と言う人がいると思う。
しかし、それはどうかと思う。
自分が出て行ったら、涙ぐましい努力をした挙句、焦って、カスを掴むのがオチだ。

自分で出て行かず、待ち続けて死んでしまった悲惨な女が、ビートルズの『エリナー・リグビー』に登場する老婆エリナー・リグビーだ。
しかし、彼女には足りないものがあったのだ。
そもそも、彼女は、端(はな)から王子様が現れることなど、信じちゃいなかったのだ。

西尾維新さんの「物語シリーズ」のヒロインの一人、羽川翼がこう言ったことがある。
「都合の良い展開を想像するんです。でないと、そうなった時に手を差し出すことが出来ません」
その通りだ。
チャンスは必ずやってくる。
そして、チャンスを引き寄せるために、自分を磨くのだ。
内海康満さんが良いことを本に書かれていた。
「矢に的が当る」
ってね。
「え?『的に矢が当る』じゃないの?」
って?
そうではない。
矢を磨いていれば、的の方から当りに来るのだ。
女を磨いていれば、王子様の方からやって来るのである。
白雪姫のように。

何事も同じである。
日々、顔を上げて、明るく過ごすことだ。
出来るだけ、自分の呼吸を意識すれば、自分が磨かれる。
そうしていれば、やるべきことがあれば、自然にやるようになる。
そして、都合の良い展開を想像するのだ。
もしかしたら、想像と全く同じ展開にはならないかもしれない(大抵は想像以上だからね)。
それでも、助けが来た時には分かるものだ。
自分を磨いておけば、それが正しい助けだと分かるのである。









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人間のほとんど全ての問題は「人に好かれない」こと

インターネットによって、これまで、社会と没交渉だった孤独な人が個人的に社会と関わることが出来るようになった。
それで分かったことがある。
それは、「人間のほとんどの問題は、人に好かれないこと」だ。

「生きるのが辛い」「人生が苦しい」「悪い星の下に生まれた」
こういった類の苦しみを訴える者の、ほとんど唯一の原因は、人に好かれないことだ。
しかし、本人(生きるのが苦しい人)にとって、こう指摘されることは、あまりに「痛い」ことだろう。

ビートルズの『エリナー・リグビー』に登場する、誰にも相手にされない老婆エリナー・リグビーや、誰も説教を聴きに来ないマッケンジー神父の問題もただ1つ、「人に好かれないこと」なのであることは明らかだ。
彼等が、少しでも人に好かれるなら、あれほど惨めになったりはしない。
この歌の作者ポール・マッカトニーは(ジョン・レノンが多少、歌詞に手を入れたらしいが)、エリナーらを「孤独な人」と呼ぶが、孤独な人とは、人に好かれない人とイコールだ。

ジャイアント馬場さんは、「全てのモメゴトは嫉妬から起こる」と言ったが、モメゴトすら起こせない孤独な人がいるのだ。
モメゴトが起こせるなら立派なものだよ。

もし、学校にまともな先生がいるなら、「こいつ、このままでは誰にも好かれない」と思う子供がいれば、なんとかしてやらないといけない。
そのままでは、その子は一生不幸なのだから。
だが、教師は、そんなことしてる余裕はないらしい。

『新世紀エヴァンゲリオン』の最終回あたりで、碇ゲンドウが、「私は自分が愛されるなんて信じていなかった」と言うが、愛かどうかはともかく、案外に好かれてはいたさ。
綾波レイにはもちろんとして、シンジにだって。
それよりも、視聴者にね(笑)。
全く、羨ましい限りだ。


ハロ 昔のアニメにそんなのいたっけな
ハワユ 羨ましいな 皆に愛されて
~『ハロ/ハワユ』(作詞・作曲・編曲:ナノウ。歌:初音ミク)より~


初音ミクさんが、孤独なOL(?)を演じるこの歌が、まさに、辛い、嫌な人生を生きるしかない人間の状態を表している。
【初音ミクSoft】 ハロ/ハワユ 【オリジナル】 - YouTube -

さて、どうすれば人に好かれるかだが、それは人類最大の難問だ。
せいぜい、人気者を観察して原因を解明するしかないが、孤独な人にとっては、その原因は「反吐が出る」ようなもので、だから、その人は孤独なのだがね。
私が昨年9月、超満員の幕張メッセ国際展示場9番ホールで見た、初音ミクさんの愛されっぷりは半端じゃなかった。
それは、アメリカでもカナダでもメキシコでも中国でも台湾でも、それに、インドネシアでもそうだ。
なぜミクさんが愛されるのかというと、可愛いから・・・だけでなく、彼女は運命を生きているからだ。
曲の作者が意図した通りに忠実に歌う。それが彼女の運命だ。
そして、その運命を淡々と生きている。
『荘子』の中に、アイタイダという、天下一の醜男ながら、男にも女にもモテまくる男がいる。
彼が、まさに自分の運命を生きていたのだろう。
自分の運命でなければ、宰相の地位を押し付けられても、黙って消えてしまった。
孔子(の口を借りて荘子がなのだが)が言っていたが、アイタイダは生まれながらの本性のまま生きている。それはつまり、運命を受け入れて生きているってことだ。









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スクワットだけはやっておけ

「差別だから言ってはならない」と騒ぐ連中がいるが、世の中には、駄目なやつ、出来損ない、クズ、無用者・・・は確実に存在する。
そんな者達は、努力しようが、運に恵まれようが、社長になったり、プロスポーツ選手になったりすることは絶対にない。
安月給で人の嫌がる仕事をして食べていくしかないが、そんな仕事にすらあぶれたり、ちゃんと出来なくてクビになったりする。
そして、歳を取れば取るほど、さらに状況は悪く、苦しくなる。
いや、そもそも、初めから働くことが出来ない人だっている。
普通のIQを持っているのに、育ちのせいで、そうなってしまった者は、教育や訓練でどうにかするのは、極めて難しい。
しかし、彼等だって、人並のプライドは持っている・・・どころか、むしろ、我が強く、見栄っ張りな場合が多い。
だから、本人だって辛いのである。
「私はこんなクズだったが成功した」なんてヤツは、元々クズでなかったというだけのことだ。たまたま一時的にひねていたのかもしれないが、家が金持ちだったり、IQが高かったり、才能があったのである。

ビートルズの『エリナー・リグビー』という歌には、上に挙げた駄目人間の代表とも言える、老婆エリナー・リグビーや、マッケンジー神父が登場する。
だが、エリナーはともなく、マッケンジーは神父になれたのだ。本当に駄目なヤツには望むべくもないことだ。
「あいつらはどこから来たんだ?どこに行けばいいんだ?」って歌の中で言うが、どこから来たなんて分からないし、どこにも行く場所はない。
エリナー・リグビーの銅像なんてものがあるが、このエリナー、スリムでイケてるじゃないか?
本物のエリナーは、きっと、ブクブクに太り、いつもベンチで何か食べてるんだ。

こんな駄目な人達は、格好は悪いが、なんとか安全で、常識的な範囲の労働時間で生活出来る・・・いわゆる、憲法が保障する最低限の人権を保てれば、それで大成功なのである。
それだって、あり得ない奇跡だ。
そんな奇跡を見たいものだと思う。
そして、おそらくだが、私はそんな奇跡を起こせたのだろう。
ところが、私の職場にいる、まるで駄目男君(30歳過ぎの人生の落伍者。派遣の雑用係)は、そうはなりそうもない。
だけど、まるで駄目男君を笑う「普通の人」だって、明日は彼と同じ境遇かもしれない。
普通どころか、昨日までエリートだった人が、まるで駄目男になってしまうことも珍しくはないが、そこから立ち直ることは、さらに奇跡だ。

私のお気に入りのスーフィーの格言「神を信用しろ。だが、駱駝はつないでおけ」から考え、何をすれば良いのだろう。
ドワンゴ会長の川上量生さんはブログで、多分、こんな駄目な者達について書いたのだと思うが、「運動しろ」と述べておられた。
◆はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記|2015-06-14 ひきこもりはメゾネットに住むべき
私も賛成だ。
川上さんは、家に2階があったのが幸運で、生活の中での、その昇り降りが運動になったと書かれているが、そういえば、私は、いい加減にだが、スクワットと腕立て伏せだけはやっていた。
「神を信用しろ。だが、スクワットだけはやっておけ」
である。









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孤独な人達

私は二十歳の時に、不意にビートルズを聴き始めたが、『エリナー・リグビー』という歌が衝撃的だった。
エリナー・リグビーとは、一人の老女の名前だ。
貧しくて、誰にも相手にされない、哀れな、実に哀れな老女だ。
虫が喰った服で、ありったけの宝石を付け(イミテーションの宝石かもしれないが)・・・つまり、精一杯おめかしして、窓辺に座って誰か(王子様だろうか)を待っているうちに死んでしまう。
きっと、一生、王子様を待ち続けたのだ。
若い時、彼女はどんな人だったのだろう?
きっと、若い時ですら、良いことなんてなかったに違いない。
L.ロン.ハバートの、何という小説だったか忘れたが、主人公の女性は、何十年間、決まった時間に勤めに行き、タイピストとして働き、決まった時間に家に帰って食事して寝るという、全く同じ日々を繰り返し、変わったことは何もせず、ひたすら平穏無事に暮らしていたが、60歳過ぎて死が訪れた時にやっと、自分の人生が何と虚しいものだったかに気付き、愕然とするというものがあった。
エリナー・リグビーは、それと同じくらいか、もっと寂しい人生を送ってきたのかもしれない。

この曲では、エリナー・リグビーのような人を「孤独な人」と呼ぶ。
そして、「孤独な人達は、どこから来たんだろう?そして、どこに行くんだろう?」と歌う。
そんな孤独な人達は、確かにいるのだ。
どこにだってね。
二十歳の私は、この歌を聴いてゾっとしたのだ。
これが自分の人生かもしれないと思ったのだ。
そして、今、エリナー・リグビーよりは、多少、マシなように見えて、果たして、本当にそうだと言えるだろうか?
孤独な人達がどこから来たのかと言えば、それは運命だ。
前世で悪いことをしたのかどうかは分からないが、生まれながらにして孤独な運命を背負っていたのだ。
自分ではどうすることも出来なかったに違いない。
自分は、エリナー・リグビーのようにはならないようにしたいと思っても、運命には逆らえない。

直接的には、エリナー・リグビーのような孤独な人を作るのは、家庭環境だ。
私には、エリナー・リグビーの、心が歪んだ母親が目に見えるようなのだ。
狭い了見に閉じ込められた、自己中心主義で、心にいつも不安を抱えた哀れな女だったのだろう。

私の職場にいる、30歳過ぎの派遣社員で、どう見ても人生の落伍者である、まるで駄目男君も、全く同じなのだ。
彼もすぐに年老い、自分を「良い場所」に引き上げてくれる誰かを、間抜けな顔でじっと待ち続けるのだ・・・今と同じようにね。
彼が、自分の運命を解き放てるなら、誰にだって希望はあるが、それは不可能に思える。

だが、ふと気付く。
全ての人がエリナー・リグビーなのだと。
例外など、ただの一人もいない。
そして、その理由は、我々ひとりひとりから、何かを盗み続けている泥棒がいるからなのだ。

面積比の公式言えますか 子供の時の夢は言えますか
その夢すら溝に捨てたのは おい誰なんだよ もう知ってんだろ
~『ロストワンの号哭(ごうこく)』(作詞・作曲・編曲:Neru、歌:鏡音リン)より~
【鏡音リン】 ロストワンの号哭 【Project DIVA X】 -Youtube-

ある国の王様は、「私はその泥棒を見つけ出した。即刻死刑だ」と言った。
イエスは、死刑とまでは言わないが、
「汝敗れたり。わが後方(しりえ)に退け」
と言ったのだが、その相手はサタン(悪魔)だった。
私も泥棒を見つけたのだが、それが何かを言葉で表現しようとすると、ひどくややこしい。
ただ、勝つ方法は、正面から見ることだ。
長く見れば見るほど、勝つチャンスが出て来る。
見る方法?
コントラストで見分けるしかないように思う。
仏様とか、初音ミクさんのように明るい存在との対比で区別出来る。
『法華経』や『無量寿経』を読んだり、初音ミクさんを見ている時、心の視界の片隅にそいつが見える。









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