ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

エメラルド・タブレット

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

好きになったら

この世の創造の原理というのは、「1+1=3」という数式で表すことが出来る。
「1+1→無限」と言った方が正しいのだが、とりあえず、「1+1=3」で良い。
易でいう、陰と陽から世界が生まれるという道(タオ)の原理である。
男と女から子供が出来るというのも、その1つだが、もっと適切に言うと、「男と女が引き合って、子供を生む」となる。
「引き合う」というのは「愛」ということで、アインシュタインは物理学を愛して新しい理論を構築し、スティーブ・ジョブズはテクノロジーを愛して新しい機器を発明した。
アインシュタインは、相対性理論を発見したというよりは、やはりどこか文学的に創造したのである。宇宙の原理だって、いろんな表現が出来るからだ。
原子の周りを電子が回っているというのも、正確ではないのかもしれないが、それはそれで1つの表現であり、間違っているというのではない。

何かを愛し、何かに愛されれば、何かを生み出す。
ヘルメスの「エメラルド・タブレット」にその原理が書かれているのかもしれないが、頭で考えると抽象的な隠喩で訳が分からなくなるが、さらっと見れば心の奥で分かるだろう。
それよりも、初音ミクさんの『ヒビカセ』を聴いた方がよほどよく解る。若くて創造的な人が、あの歌にハマってしまうのも当然だろう。

だから、誰でも、何かを本当に好きにならないといけないのだ。
自分にしか興味がない者は、何も生み出せないし、お金ですら得られない。
お金も一種の創造的エネルギーで、何かを好きになって創造力を発揮した者のところにしかやって来ない。
そこで、よく言われるのは、男女間の性的引力を創造エネルギーに変換するってことだ。
これはもう、古代から世界中で言われていることで、性的エネルギーを昇華せずに、そのまま使ってばかりの者は、全く何の成果も得られない。
「英雄、色を好む」とは言っても、それだけではただの助平な駄目親父で終わる。
ナポレオン・ヒルは、そこらへんを、あまりにお粗末にしか書いていないように思えるが、それとも、書籍ではなく、高価なプログラムの方では教えているのだろうか?
もしそうなら、「そんなことタダで教えろよ」と言いたい気がする。
いや、そうじゃないか。
もし、それについて、「何を読めば解るのですか?」と聞かれたら、「読んで解ったりしない」と言うしかない。
「何かを好きになったら、心の振動を高めろ」というだけのことなのだ。
初音ミクさんの声が好きになったクリエイター達が、プロも作れない凄い歌を作るようなものだ。

絵が本当に好きなら偉大な画家になるし、株取引だって芸術で、本当に好きになれば世の中に貢献し大金持ちにもなれる。
「好きになって、心の振動を高めれば全てを生み出す」
だから、まずは何かを本当に好きになることだ。
好きにずっと浸っていれば、心のエネルギーが動き出す。
エネルギーを漏らして無駄使いせず、正しく導けば、それは無限の創造になる。
偉大な人とは、それをやったというだけのことなのだ。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

ぶれないことの魔力

「ぶれない」とは、態度、考え方、方針が全く変わらないことを言う。
ぶれない者が、信念のある人間だ。
「ぶれないヤツ」と、人に思われたり、自分で思うようになれば、まず誰にも負けることはない。
ぶれない人間は、決断が速く、後悔をしない。
また、ぶれない人間は、本当に重要なこと以外にはこだわらない。
そんな人間が負けるはずがない。

たとえ卑小なことでも、「ぶれたら死ぬ」くらいの思いがあれば、高度な存在が味方し、守られ、助けを受けるだろう。
それこそ、丹波哲郎さんがサラリーマン時代、「仕事はしない」方針を厳守し、出社と同時に、必ず遊びに行ったのも、彼がぶれない男だったからだ。
だが、そんな丹波さんだって、自分が社内にいないと誰かが困る時には、社内にいたと思うのだ。
実際、丹波さんは、宴会の幹事だけは、辣腕(凄腕)を振るったらしい。
ぶれないことは良いことであるが、引くべきところは引くことも大切だ。

しかし、まずは、ぶれない何かを持たねばならない。
ぶれないやつはクールだ。
男でも女でも、絶対にモテる。

キミを振り向かせる為なら どんな手でも使うわ
超絶俺様主義のキミに合うのはあたしだけ
~『Baby Maniacs』(作詞:q*Left、作曲・編曲:八王子P、歌:初音ミク)より~

この歌の、この部分の詩のことを、私はずっと考えていた。
この「超絶俺様主義」というのは、自己中心主義のことではない。
そうではなく、ぶれない男のことである。

重要なものごとの達成のためには、ものごとは全てフラクタルであることを知っておくと良い。
ヘルメースのエメラルド・タブレットに書かれてあるように、「下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし」ということだ。
つまり、小さなことの達成が、大きな達成につながる。
何か、ちょっと難しい程度のことでも、決してぶれないようになれば、もっと大きなことでもぶれないようになる。
例えば、「毎日腕振り運動を必ず千回やる」にぶれなければ・・・つまり、1年365日、決して欠かさなければ、ハートがぶれない波動になっていき、輝くぶれない男(あるいは女)になるだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

神に飛び込むには勇気が必要

1970年頃のイギリスのSFテレビドラマ『謎の円盤UFO(原題:UFO)』で、神秘思想を感じる興味深いお話があった。
人形劇の『サンダーバード』、『キャプテン・スカーレット』で知られる、ジェリー・アンダーソンの制作であるが、彼は、この作品で、初めて人間の俳優を使っている。

こんなストーリーだ。
地球を侵略しにやって来る、人類をはるかに超えた科学力を持つ宇宙人との苦しい戦いを続けていた、地球防衛組織シャドーの最高司令官ストレイカーは、膨大な予算を勝ち取り、NASAのロケットに最新のカメラを積み、宇宙人が、どの惑星からやって来るのかを探る作戦を実行する。
作戦を始める前のストレイカーは、「失敗を恐れていては何も出来ない」と不敵に笑い、自信も示した。
しかし、作戦は見事に失敗し、何も分からないという結果に終わった。
自分が軽く見ていた細胞学者の指摘で、知識の欠如が作戦の失敗の原因であることを認めたストレイカーは、宿敵とも言える上司の、ヘンダーソン長官の部屋にいた。

ストレイカーは、窓枠をなぞった指についた埃を見ながら、
「この埃の中にも、宇宙が存在しているのです」
と言う。
仏教の経典である『華厳経』は、「極小のものの中に全体を含む」が根本的な教義であるのだと思う。
また、ヘルメスのエメラルド・タブレットにも、「下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし」という有名な言葉があるが、それも同じ思想であると思う。
世界各地に、このような思想があるのは、それが真理だからではないだろうか。

人間は、神という大海の一滴の水のようだとは、よく言われる。
だが、土埃にまみれた一滴の水なのだ。
そんな我々は、大海が見えないし、大海と自分が同じ成分であるとは想像もしない。
自分と大海の関係も分からない。
そして、愚かにも、自分は土埃だと思っているのだ。

やるべきことは、大海に飛び込むことだ。
今、まとっている土埃(身体や心や所有物)に執着せず、大海と一体化することだ。
そうしたら、自分が土埃でないことが分かるだろう。
大海に飛び込むとはどういうことかと言うと、神に全てまかせることだ。
では、神に全てをまかせるとはどういうことかと言うと、直観を大切にするということだ。
神とは、直観の源泉であるのだからだ。

物質や理屈が大切でないとは言わないが、直観はもっと大切だ。
物質や理屈より直観を優先させることは勇気がいる。
理屈では右が安全で左が危険なのに、直観は左に行けという。
そんな時、迷わず左を選んだのが岡本太郎だが、ほとんどの人が安全な右を選ぶのだ。
ところが、初音ミクさんの歌では、大抵が左(理屈と反対の方)に行けと言うのである。
このことからも、ミクさんの歌がいかに芸術的であるかが分かるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

生きがいをどう見つけるか?

この頃、つくづく、イエスが言った、「人はパンのみで生きるのではない」ということを本当のことだと思うようになった。
イエスは、その後に続けて、「神の言葉によって生きる」と言ったらしいが、このような暗号、あるいは、隠語で言うのはやめて欲しかったと少しは思うが、悪くはないかもしれない。

一般的に言えば、やはり、人間は、生きがいのようなものが無ければ、食べ物だけで生きることはできない。
ただ、その生きがいは、食欲や名誉欲、あるいは、性欲を満たそうというようなものでは、たとえそれを得られても、決して満足するということがなく、より大きな欲望をいつまでも求め続け、待っているのは惨めな絶望である。
あなたは、いきなり悟りを求めるということはなくても、もっとマシな何かを目指した方が良い。

私は、最近、時々ご紹介している、野尻抱介さんのSF小説『南極点のピアピア動画』 を読んでいて、最初は、SFとしてはせいぜい色物(主要な位置にない、ちょっと変わった作品)と思っていた。
だが、私は電子書籍で読んだので、ページ数は分からないのだが、70%くらいのところから夢中になり、最後は全く感動してしまった。
あまり内容には触れないでおくが、この作品に登場する小隅レイと名付けられたボーカロイドは、初音ミクをモデルにしているというより、ほとんど初音ミクそのものである。
そして、この作品を読み、私は、初音ミクに実際に逢えるということを、ほとんど確信してしまった。
この希望だけで生きていけるのである。
それは、一応は、ただの思い込みだけではないと言っておく。
人類をはるかに超えるテクノロジーや、人類がまだ知らない宇宙の神秘的な力により起こり得ることであると、直感が教えるのだ。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』や、『エメラルド・タブレット』、そして、アダムスキーによる宇宙人の文明の紹介を読んでいたことも、その確信を助けているのかもしれない。
『南極点のピアピア動画』の作者の野尻抱介さんも、ニコニコ動画を運営する株式会社ニワンゴの親会社である株式会社ドワンゴの川上量生会長による、この小説の解説を読むと、初音ミクに魂を奪われた人のようだ。

あなたも、何か、生きる希望を見つけられればと思う。
私がそうであったように、いつも念仏を唱えていれば、それは自然に得られるはずである。
これも、思い込みや、理屈ではなく、念仏を唱え続けることの中で得た直感による確信である。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

平安や財を得るには意外にも法然やドリール博士が教えた方法が最も確実である

身体的な平安や財力といったものを得る真っ当な原理は、意外に思うかもしれないが、法然上人の『選択本願念仏集』人や、ミュリエル・ドリール博士が英訳した『エメラルド・タブレット』に明確に見られる。それらは、これほどの方々がはっきり述べているのであるから、絶対に間違いのないことである。
この2人が共に語っていることは、これら世俗的な幸福や成功は、あくまで手段であるということだ。つまり、それ自体が、目的ではなく、目的にもなり得ない。

法然は、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える行者に対し、仏は沢山の仏をその者の元に送り、仏達は、その者を2重3重に取り囲んで護るのだと保証している。また、文殊菩薩や観音菩薩が親しい友となってくれて、いつも寄り添ってくれるのであるとも言っているのである。
これをどんな意味に捉えるかは人それぞれで良いが、このことを法然は、一般の人々ではなく、知的で熱心な探求者に述べたのである。それが『選択本願念仏集』で、法然はその書の最後に、「読んだら、必ず捨てよ」と書き、これが秘法であることを述べた。しかし、それを渡された者は、そのあまりの価値にその指示を守らなかったのである。
ドリール博士は、財力というのは、あくまで人類への奉仕の目的で持つべきものであると述べている。言い換えれば、世界平和のために使うものであるなら、富はいくらでも集まるのであり、それは確かに、あなたに潤いも与えるだろう。だが、自分の器量を顧みて、自分が平静でいられる限度以上は決して求めてはならない。いかに正しい目的で集めた富であっても、必要以上に得てしまうと、欲望のために理性を失い、心は落ち着きを失って荒れ、最も大切なものを失うのである。
そして、法然もドリール博士も、正しい方法でなら平安を得られることを、自ら実証もしたのである。

現代の人間は、法然が生きた12世紀や13世紀の人とは、知的にも霊的にも異なる。
その頃の人々は、まだ自分と他人との区別を、今の人達ほどには付けなかった。特に庶民においてはそうであった。
そんな素朴な人々は、法然の念仏の教えは受け入れ易かった。
しかし、知的には進歩したが、徳を失い、霊的に穢れた現代の人々は、必ずしも念仏が適合しないかもしれない。
だから、自分で、自分に相応しい神の名を見つける必要があるかもしれないのである。
私は、その必要があったが、無事に自分の神の名を見つけたので、全てを得たのである。
あなたの仏神は、阿弥陀かもしれないが、その名があまり相応しくないかもしれない。阿弥陀の名の価値は、昔も今も何らの違いはないが、人々の固定観念が問題なのである。
だから、アメノミナカヌシの方が向いているかもしれないし、アポローンという名が驚くほど合うかもしれない。
ただ、注意しておきたいのは、アポローンにしろ、スサノウにしろ、神話のお話を表面的に受け取ってはならないということだ。
どの神も極めて高貴であるのだが、神話のお話は何かの象徴なのである。
また、ツキヨミのように、古事記や日本書紀でほとんど活動が伝わっていない神の名にも、計り知れない価値がある。
神の名は、神そのものである。
あなたの神の名を何としても得て、それを常に唱え、神と和らぐ(親しくする)ことだ。
すると、詩篇91に書かれている通り、神は、「この者は私を愛して離れないゆえに、私はこの者を守る」と言うのである。
だから、イエスは「第一の律法は、『汝の神を愛せよ』だ」と、はっきり言ったのだ。
これをゆめゆめ忘れてはならない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ