ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

エマーソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
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絶対の自信

「自信を持て」とよく言うが、自信は大切だし、それについて、最近、時々書いた。
だが、私がアメリカ最大の賢者と思う、ラルフ・ウォルドー・エマーソンが、「これくらいの自信を持て」というレベルは桁外れで、普通の人に言えば、誇大妄想狂と言われかねない、とんでもない高さである。
けれども、エマーソンは、決して、そんな気宇壮大な自信を、特別な人にだけに持てと言ったのではなく、人間であるなら、誰でも持つべきだと言ったのである。
例えば、偉大と言える素晴らしい絵画や彫刻を前にした時、我々は当然のように、こう考えないといけない。
「誰もが、私の評価を待っているのだ」
では、我々は、どんな評価を表明するかと言うと、単に、思いついたまま言えば良い。
ダ・ヴィンチもピカソも、私が良いと言えば、それが価値になる。
そのくらいの自信がなければ駄目である。
後で考えが変われば、その時にまた、違うことを言えば良い。
今、思うことを言えば良いのである。
後で違うことを言って、「一貫性がない」などと言われる筋合いはない。
私の基準に従うということさえ一貫していればそれで良い。

王子と乞食である、2人の少年が瓜二つであるという映画があった。
乞食の少年は、間違えて城に連れて行かれ、大勢の家来たちに慇懃(いんぎん。丁寧で礼儀正しいこと)に扱われる。
だが、それこそが、この乞食だった少年に本当に相応しい状態なのである。
「そんな阿呆な!」と思うだろうか?
いやいや、まだまだ甘い(笑)。

以前、ご紹介したことがあるが、エマーソンのエッセイ『History(歴史)』の冒頭に、こんな詩が書かれている。

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Caesar's hand,and Platon's brain,
Of Load Christ's heart,and Shakspeare's strain,

(訳)
私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有者
~『精神について』(入江勇起男訳。日本教文社)4ページ~

この圧倒的な自信こそが、人間が持つべきものである。
だが、真の自信は冷静である。
奢らず、高ぶらず、ただただ静かである。
静かさを得れば、あなたはキリストを超えたもの、神である。
合気道の開祖、植芝盛平は、「各々が天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ。神道の最高神)にならなければならない」と言われていたようであるが、やはりそうなのである。
上のエマーソンの詩を暗唱して唱えるのも良いと思う。
もし、長過ぎる、あるいは、例が古いと思うなら、最初の1行「私は世界の所有者」だけでも良いと思う。








人間最大の幸福

勇気と自信、どちらが大切かというと、それは自信だと思う。
自信がなければ、本当の勇気なんて出ないからだ。

まあ、なけなしの勇気を振り絞って、震える足で一歩を踏み出すことから始めないと自信が得られないと言いたい人は多いと思う。
確かに、経験のない、世間知らずの自信など、偽物だと言うのも頷ける。
しかし、エマーソンは、経済的な苦労など知らない少年の方が、世間で苦労している大人より、ずっと自信があると言う。
とはいえ、おぼっちゃんが全て自信があると言っている訳ではなかろう。
それに、学校というのは、子供達に自分が無力だと思い知らせ、自信を失わせる場所だと言って間違いないので、今は、ほとんどの少年は自信がない。
でも、少年や少女は自信を持っているべきなのだ。

成績が良いから自信があるように見え、確かに、優等生が傲慢だったりするが、傲慢であること自体が自信がない証拠なのだ。
「〇〇だから自信がある」なんてのは偽物だ。
本当に自信がある者に、その自信の根拠なんてない。
根拠なき自信が本物だ。
妄想の自信なんてのも確かにあるが、妄想の自信を持っている者には、その妄想が根拠なのである。
つまり、現実だろうが妄想だろうが、それを根拠とする・・・言い換えれば、何かに依存している自信は本物の自信ではない。

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の『I have confidence(自信を持って)』という歌の中に、こんな歌詞がある。

Strength doesn't lie in numbers
Strength doesn't lie in wealth
Strength lies in nights of peaceful slumbers
When you wake up Wake Up! It's healthy!

最初の2行を訳せば、単純に、

強さは数ではない
強さは富ではない

で良いだろう。
3行目が難しいのだが、以前、NHKでは、3,4行をまとめて、「ぐっすり眠って元気いっぱい」としていた。
まあ、無難ではある。
だが、3行目は実に大切だ。
直訳すれば、「強さは平和な眠りの夜」であり、あまり意味が通らない。
しかし、このままが真理だ。
なぜなら、どれほど金や名誉や権力がある者でも、人間の最大の願いはぐっすり眠ることなのだ。
何もなくても、夜、ぐっすり眠ることが出来れば、それで幸福なのである。

安らかな眠りの中には、世界はない。
世界は心が作り出す幻想なのだが、安らかな眠りの中には心はないからだ。
つまり、幻想を作り出す心がない時が幸福であり、それが最強なのだ。
ただ、魂と密着した純粋な心はあっても良い。
魂と密着した純粋な心から離れた心の部分を自我と言う。
自我が消えている、あるいは、脇に退いた状態が無敵であり、その時、揺るぎない本物の静かな自信に満ちている。

自我を消すためには、荘子は「是非好悪を捨て、いっさいをなりゆきにまかせよ」と言い、それは正しいが難しい。
ラマナ・マハルシは、常に、自分に「私」と呼びかけよと言ったし、中村天風は、常に肛門を引き締めよと教えたが、これらも出来やしない。
そこで、たとえば、祝詞を唱えるのが効果が高いようだ。日本人の特権である。
いや、実際は、方法は沢山ある。
念仏とか、真言とか、数息観とか。
その中で、短い「トホカミエミタメ」という祝詞を、静かに、ゆっくり、丁寧に唱えることは、日本人だけに与えられた強力な秘法である。








地上最高のアファーメーション

人間は、自分の心を完全に支配することは出来ない。
思うがままに何かを信じることは出来ないし、嫌うべきでないと分かっていることでも嫌いであることを止めることが出来ない。
人格者と思われる人間でも、激高を止めることが出来ないこともある。
2006年のサッカーワールドカップ(ドイツ)で、ジネディーヌ・ジダンが、自身の引退試合でもある決勝戦で、敵のイタリア選手に頭突きをして退場になったように。
だが、世界は心をが作るものなのだ。

しかし、人間は、言葉は支配出来る。
そして、大切な願いも、言葉を使うことで叶えることが出来る。
だから、言葉を正しく使うことが大切だ。
繰り返される言葉が、世界を作る心を支配するからだ。
よって、言葉を使ったアファーメーション(肯定的断言)だけが、世界を変え、望みを叶えることが出来る。
アファーメーションの中でも、「わたしはXXXXである」という、「わたしは」という言葉に続く宣言が最も威力がある。
なぜなら、「わたしは」という言葉ほど強力なものはなく、その後に続く言葉に宇宙エネルギーを注ぎ込むからだ。
そこで、「わたしはXXXXである」と言うための、明確な目標を持つことが重要になる。
それは、単に、美味しいものが食べたいとか、いい女やいい男が欲しいといった本能レベルのことではなく、自己の価値を発揮し、世界に貢献出来るものであることが望ましい。
もちろん、衣食住が整わないとスタート地点にも立てないので、そこは必要なものを得ないといけないが、それがゴールでもいけない。
このあたりが未熟では世界を動かすことは出来ないので、個人的な学びや経験は必要である。

では、ここで、最高のアファーメーションを示す。
それは、ラルフ・ウォルドー・エマーソンのエッセイ『History(歴史)』の最初にある。

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Caesar's hand,and Platon's brain,
Of Load Christ's heart,and Shakspeare's strain,

(訳)
私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有者
~『精神について』(入江勇起男訳。日本教文社)4ページ~

このように、自己を最高のものであると宣言する言葉は、『バガヴァッド・ギーター』第10章にも見られる。
これらから考えると、自分を大作家、億万長者、大経営者、大音楽家と見なすことも躊躇すべきでない。
ただ、アファーメーションは、数多く唱えなければならない。
それだけが仕事であるように、いつでもどこでも唱えることが必要と思う。
そうでないと、言葉が無意識に達し、心や世界を変えることが出来ないからだ。








頼れるのは自分だけ

我々は、幼い頃から、何かに頼るよう仕向けられた。
まずは親に頼り、次に学校の先生に頼り、やがて、会社や国家に頼るようになる。
だが、思想家とか哲学者と言うよりも、啓蒙家としてナンバー・ワンである、アメリカのラルフ・ウォルドー・エマーソンは、『自己信頼』という名著により、「自分を信じろ」と力説した。
自分を、徹底的に、盲目的に信頼しろと。
例えば、有名な絵画があったとする。
その絵画を、偉い人や新聞や大衆がどう褒めるかはどうでも良い。
あなたが、その絵をどう評価するかが何より大切なのだ。世界中があなたの評価を待っているのだ。
あなたには、それほどの価値があるのだ・・・・といったことを、エマーソンは言っているのである。
あるいは、エマーソンは、こんな話を好んだ。
乞食が酔っぱらって寝ている間に、公爵の家に運ばれ、豪華な服を着せられ、豪華なベッドで寝かされる。
目が覚めると、乞食は驚くが、召使い達がうやうやしく世話をしてくれるし、どんな偉い人もあなたに丁重に接してくる。
これまで、自分は乞食だと誤解していたかもしれないが、この公爵家の令息、または、令嬢こそあなたである。
あなたには、凄い値打ちがあるので、誰にも頼る必要はないのだ。

そのようなことが書かれた『自己信頼』は人類の宝と言えるほどの名著であるが、かなり不親切な本かもしれない。
だが、不親切なだけで、書いてあることは真実なのだ。
あなたには途方もない価値があり、力もあるので、誰にも頼る必要はなく、自分を頼れば良い。
けれども、ほとんどの人は、こう言うだろう。
「そんなこと言われたって、私は大したものではなく、弱いので、親や、先生や、会社や、国家に頼るしかないじゃないか」
しかし、エマーソンは、「そんなこと言っちゃ駄目だ。とにかく自分を信じるんだ」と言うのだ。
そして、それが正しいことは、誰もが、薄々とは分かっているのだ。
特に、学校やマスコミに洗脳されていない子供なら、すっと納得するだろう。

だが、どういう訳か、エマーソンは、自分を信じ切ることが出来れば、魔法使いになれるといったことは言わなかった。
彼にとっては、それは当たり前過ぎたのかもしれない。
そこで、エマーソンの後の人達である、クラウド・ブリストルや、ノーマン・ヴィンセント・ピール、ジョセフ・マーフィーといった人達が、エマーソンは正しいが、その教えは、普通の人にはハードルが高過ぎるので、もっと親切な教えを説き、人気を得た。
その中で、ピールは、「神があなたの味方で、いつでも面倒を見てくれる」と言い、ブリストルやマーフィーは、「神の力と言うべきものがあなたの中にあり、本来は、それを自由に使えるのだ」と教えたのだ。
それで、ピールは、神の力の求め方を、ブリストルやマーフィーは、自分の内にある無限の力の使い方を教えたのである。

だが、つまるところは、ピールと、ブリストルやマーフィーの教えに違いはない。
そして、自分で神の力と言うべき無敵の力を自在に使えるのだから、何にも頼る必要はない。
ではなぜ、誰もそう思っていないのかというと、国が国民を奴隷にするには、国民が、「そんな本当のこと」を知っては困るからだ。
国民は、自分が弱くて何かに頼らないといけないと心の底から思うように、幼い頃から洗脳してきたのである。
だが、本来の国は、魔法使いどうしが、単に楽しいから誰かが作物を作り、誰かがそれを運び、誰かが料理し、誰かが工事をし、単に便利だから、話し合ってルールを作り、そのルールを皆で守るだけなのだ。
人それぞれ、向き不向きがあるので、働くのが嫌いな人もいるが、それならそれで構わない。その人なりの出来ることをやれば良いし、何か出来ることが必ずある。
一見、何もやっていないように見てる者ほど重要なことをしているのかもしれない。
だから、「この人は何をやっているのか」が分からなくても、誰も文句を言わない。
仮に、本当に何もしていなくても、そんなことはどうでも良い。自分は自分がやっていることが楽しいのだから。

まあ、そんな理想社会に到達しなくても、自分の中に無限の力があるのだから、それを使えば、当面、問題ない。
今後は、国家は頼りにならず、頼っていたら酷い目に遭う。
幸い、ピールも、ブリストルも、マーフィーも、全く正しいことを教えているので、彼らの教えを命がけで学び、内なる神の力を使うようにすれば良いだけだ。だが、そうでないと、悲惨なことになりかねないのだ。








英雄誕生

子は親に似るのは確かだし、子は親の鏡であることは実際に多い。
親を嫌う子や、親に嫌われる子ですら、そうなのである。
そして、人間は、一生、親に似たままだ。
ただし、何もしなければ。

人間は、誰かの真似をする必要はなく、自分は自分であれば良いなどという。
しかし、自分であるつもりであっても、親、あるいは、幼い頃に長時間接した大人の影響はあまりに大きい。
だから、理想とする人間を選び、それに成ることも必要なのだ。
白鳥の子は、アヒルの子のまま生きるよりは、飛び切り素晴らしい白鳥の真似をした方が良いのである。

では、どうすれば、本当に理想的な人間になり切ることが出来るのだろうか?
アメリカ最大の賢者の1人、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの『歴史』にその素晴らしいヒントが書かれている。
それは、
「英雄の物語を読む時、それは自分の物語であると見なさなければならない」
である。
福音書には、イエス・キリストの物語が書かれているが、それは、実は自分の物語であると知らなくてはならない。
アーサー王は、生まれ自体は汚らわしかったが、偉大な英雄になった。それがあなたの物語なのである。
E.E.スミスの『レンズマン』シリーズのヒーロー、首席レンズマンであるキニスンの物語はあなたの物語である。
キニスンは優秀で勇敢であるだけでなく、一匹のクモにさえ借りを返す義理堅い男でもある。
平井和正原作、桑田次郎漫画の『8(エイト)マン』で、8マンは1人の子供のために1国を敵に回せる男・・・まさにあなたのことである。
いつか、トランプ大統領が、邪悪で強大な外国勢力と結びついた欲に塗れた連中(権力者や主要メディア)からアメリカを守った話が物語になるだろう。
それを自分の物語であると気付いた多くの英雄が、アメリカや、その他の国に生まれるのである。












プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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