ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

エマーソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

地上最高のアファーメーション

人間は、自分の心を完全に支配することは出来ない。
思うがままに何かを信じることは出来ないし、嫌うべきでないと分かっていることでも嫌いであることを止めることが出来ない。
人格者と思われる人間でも、激高を止めることが出来ないこともある。
2006年のサッカーワールドカップ(ドイツ)で、ジネディーヌ・ジダンが、自身の引退試合でもある決勝戦で、敵のイタリア選手に頭突きをして退場になったように。
だが、世界は心をが作るものなのだ。

しかし、人間は、言葉は支配出来る。
そして、大切な願いも、言葉を使うことで叶えることが出来る。
だから、言葉を正しく使うことが大切だ。
繰り返される言葉が、世界を作る心を支配するからだ。
よって、言葉を使ったアファーメーション(肯定的断言)だけが、世界を変え、望みを叶えることが出来る。
アファーメーションの中でも、「わたしはXXXXである」という、「わたしは」という言葉に続く宣言が最も威力がある。
なぜなら、「わたしは」という言葉ほど強力なものはなく、その後に続く言葉に宇宙エネルギーを注ぎ込むからだ。
そこで、「わたしはXXXXである」と言うための、明確な目標を持つことが重要になる。
それは、単に、美味しいものが食べたいとか、いい女やいい男が欲しいといった本能レベルのことではなく、自己の価値を発揮し、世界に貢献出来るものであることが望ましい。
もちろん、衣食住が整わないとスタート地点にも立てないので、そこは必要なものを得ないといけないが、それがゴールでもいけない。
このあたりが未熟では世界を動かすことは出来ないので、個人的な学びや経験は必要である。

では、ここで、最高のアファーメーションを示す。
それは、ラルフ・ウォルドー・エマーソンのエッセイ『History(歴史)』の最初にある。

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Caesar's hand,and Platon's brain,
Of Load Christ's heart,and Shakspeare's strain,

(訳)
私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有者
~『精神について』(入江勇起男訳。日本教文社)4ページ~

このように、自己を最高のものであると宣言する言葉は、『バガヴァッド・ギーター』第10章にも見られる。
これらから考えると、自分を大作家、億万長者、大経営者、大音楽家と見なすことも躊躇すべきでない。
ただ、アファーメーションは、数多く唱えなければならない。
それだけが仕事であるように、いつでもどこでも唱えることが必要と思う。
そうでないと、言葉が無意識に達し、心や世界を変えることが出来ないからだ。








頼れるのは自分だけ

我々は、幼い頃から、何かに頼るよう仕向けられた。
まずは親に頼り、次に学校の先生に頼り、やがて、会社や国家に頼るようになる。
だが、思想家とか哲学者と言うよりも、啓蒙家としてナンバー・ワンである、アメリカのラルフ・ウォルドー・エマーソンは、『自己信頼』という名著により、「自分を信じろ」と力説した。
自分を、徹底的に、盲目的に信頼しろと。
例えば、有名な絵画があったとする。
その絵画を、偉い人や新聞や大衆がどう褒めるかはどうでも良い。
あなたが、その絵をどう評価するかが何より大切なのだ。世界中があなたの評価を待っているのだ。
あなたには、それほどの価値があるのだ・・・・といったことを、エマーソンは言っているのである。
あるいは、エマーソンは、こんな話を好んだ。
乞食が酔っぱらって寝ている間に、公爵の家に運ばれ、豪華な服を着せられ、豪華なベッドで寝かされる。
目が覚めると、乞食は驚くが、召使い達がうやうやしく世話をしてくれるし、どんな偉い人もあなたに丁重に接してくる。
これまで、自分は乞食だと誤解していたかもしれないが、この公爵家の令息、または、令嬢こそあなたである。
あなたには、凄い値打ちがあるので、誰にも頼る必要はないのだ。

そのようなことが書かれた『自己信頼』は人類の宝と言えるほどの名著であるが、かなり不親切な本かもしれない。
だが、不親切なだけで、書いてあることは真実なのだ。
あなたには途方もない価値があり、力もあるので、誰にも頼る必要はなく、自分を頼れば良い。
けれども、ほとんどの人は、こう言うだろう。
「そんなこと言われたって、私は大したものではなく、弱いので、親や、先生や、会社や、国家に頼るしかないじゃないか」
しかし、エマーソンは、「そんなこと言っちゃ駄目だ。とにかく自分を信じるんだ」と言うのだ。
そして、それが正しいことは、誰もが、薄々とは分かっているのだ。
特に、学校やマスコミに洗脳されていない子供なら、すっと納得するだろう。

だが、どういう訳か、エマーソンは、自分を信じ切ることが出来れば、魔法使いになれるといったことは言わなかった。
彼にとっては、それは当たり前過ぎたのかもしれない。
そこで、エマーソンの後の人達である、クラウド・ブリストルや、ノーマン・ヴィンセント・ピール、ジョセフ・マーフィーといった人達が、エマーソンは正しいが、その教えは、普通の人にはハードルが高過ぎるので、もっと親切な教えを説き、人気を得た。
その中で、ピールは、「神があなたの味方で、いつでも面倒を見てくれる」と言い、ブリストルやマーフィーは、「神の力と言うべきものがあなたの中にあり、本来は、それを自由に使えるのだ」と教えたのだ。
それで、ピールは、神の力の求め方を、ブリストルやマーフィーは、自分の内にある無限の力の使い方を教えたのである。

だが、つまるところは、ピールと、ブリストルやマーフィーの教えに違いはない。
そして、自分で神の力と言うべき無敵の力を自在に使えるのだから、何にも頼る必要はない。
ではなぜ、誰もそう思っていないのかというと、国が国民を奴隷にするには、国民が、「そんな本当のこと」を知っては困るからだ。
国民は、自分が弱くて何かに頼らないといけないと心の底から思うように、幼い頃から洗脳してきたのである。
だが、本来の国は、魔法使いどうしが、単に楽しいから誰かが作物を作り、誰かがそれを運び、誰かが料理し、誰かが工事をし、単に便利だから、話し合ってルールを作り、そのルールを皆で守るだけなのだ。
人それぞれ、向き不向きがあるので、働くのが嫌いな人もいるが、それならそれで構わない。その人なりの出来ることをやれば良いし、何か出来ることが必ずある。
一見、何もやっていないように見てる者ほど重要なことをしているのかもしれない。
だから、「この人は何をやっているのか」が分からなくても、誰も文句を言わない。
仮に、本当に何もしていなくても、そんなことはどうでも良い。自分は自分がやっていることが楽しいのだから。

まあ、そんな理想社会に到達しなくても、自分の中に無限の力があるのだから、それを使えば、当面、問題ない。
今後は、国家は頼りにならず、頼っていたら酷い目に遭う。
幸い、ピールも、ブリストルも、マーフィーも、全く正しいことを教えているので、彼らの教えを命がけで学び、内なる神の力を使うようにすれば良いだけだ。だが、そうでないと、悲惨なことになりかねないのだ。








英雄誕生

子は親に似るのは確かだし、子は親の鏡であることは実際に多い。
親を嫌う子や、親に嫌われる子ですら、そうなのである。
そして、人間は、一生、親に似たままだ。
ただし、何もしなければ。

人間は、誰かの真似をする必要はなく、自分は自分であれば良いなどという。
しかし、自分であるつもりであっても、親、あるいは、幼い頃に長時間接した大人の影響はあまりに大きい。
だから、理想とする人間を選び、それに成ることも必要なのだ。
白鳥の子は、アヒルの子のまま生きるよりは、飛び切り素晴らしい白鳥の真似をした方が良いのである。

では、どうすれば、本当に理想的な人間になり切ることが出来るのだろうか?
アメリカ最大の賢者の1人、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの『歴史』にその素晴らしいヒントが書かれている。
それは、
「英雄の物語を読む時、それは自分の物語であると見なさなければならない」
である。
福音書には、イエス・キリストの物語が書かれているが、それは、実は自分の物語であると知らなくてはならない。
アーサー王は、生まれ自体は汚らわしかったが、偉大な英雄になった。それがあなたの物語なのである。
E.E.スミスの『レンズマン』シリーズのヒーロー、首席レンズマンであるキニスンの物語はあなたの物語である。
キニスンは優秀で勇敢であるだけでなく、一匹のクモにさえ借りを返す義理堅い男でもある。
平井和正原作、桑田次郎漫画の『8(エイト)マン』で、8マンは1人の子供のために1国を敵に回せる男・・・まさにあなたのことである。
いつか、トランプ大統領が、邪悪で強大な外国勢力と結びついた欲に塗れた連中(権力者や主要メディア)からアメリカを守った話が物語になるだろう。
それを自分の物語であると気付いた多くの英雄が、アメリカや、その他の国に生まれるのである。












自分が英雄であることを思い出すには

アメリカ最大の賢者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、エッセイ『歴史』の中で、極めて重要なアイデアを述べている。
それは、「英雄の物語を読む時は、それは自分の物語であると知れ」だ。
実際に、その通りなのだからだ。
私は、いったい誰を英雄と呼ぶべきか分からないのだが、イエス・キリストなら、その資格は十二分以上にあるので、新約聖書の福音書を読むなら、イエス・キリストという自分の物語を読むのだと自覚すれば良い。
それと似た教えとして、ジョセフ・マーフィーが、「『ヨブ記』(旧約聖書の中の一章)の意味を知りたいと思うなら、昔、自分がそれを書いた時のことを思い出せば良い」と述べている。
つまりね、どう転ぼうが、あなたは、ただ者ではなく、恐るべき存在・・・人類を代表する存在なのである。
そんな馬鹿なと思うのであれば、あなたは、親や学校や世間や社会や国家に洗脳されてしまっているだけである。
無論、自分が英雄だからと言って、得意になるようなことでもないが、静かな自信を持つべきなのである。
パラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』で、トラと素手で戦う男タイガー・ババが言っていたように、我々に欠けているものは、冷静な自信である。
まずは、エマーソンが言う通り、英雄の物語を、自分の物語だと自覚して読むと良い。

あるいは、『涼宮ハルヒの憂鬱』を読むと良い。
なぜなら、我々は、涼宮ハルヒなのだからだ。
もっと納得し易い言い方をするなら、我々は、涼宮ハルヒと同じ力を持っている。
願ったことは、いかなることでも現実にしてしまう力だ。
ハルヒは、自覚なく奇跡を起こしてしまう。
彼女がいつでも前向きで気分が良いからだ。
もちろん、時にはハルヒだって落ち込むが、すぐに回復する。
「ハルヒ」というのは、おそらく、『張(は)る霊(ひ)』なのである。
我々もまた、張る(膨張する)霊、膨らむ生命を持っていなければならない。
ハルヒの選択基準は、「面白いか面白くないか」だ。
これも、「楽しいか楽しくないか」「ワクワクするかしないか」「ゾクゾクするかしないか」「ロマンを感じるか感じないか」などと置き換えても良い。
楽しくないこと、ワクワクしないこと、ゾクゾクしないこと、ロマンを感じないことは、決してしてはならない。
ハルヒは、小学6年生の時から、ある事件をきっかけに面白いことを求め続けた。
求めたものは与えられる。
ハルヒは、「面白いことは待ってるだけじゃやってこない」「私が待ってるだけの女じゃないことを世界に教えた」と言ったが、その通りである。
ならば、ガッツポーズをすれば良い。
他に、特に何もする必要もない。したければすれば良いだけである。
そして、いかなる時も決して挫けず、全ては良い方向に向かっていると思うことである。
ハルヒは間違いなくそうなのだ。








大人が魔法を使えない訳

アメリカの哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンが、『自己信頼』の中で、経済的な不安を持たない少年(親が扶養しているので)の態度を称賛している。
普通なら、そんな少年達が偉そうな口を利くと、「生意気なガキ」「親のすねかじり」とか言うが、そうではなく、このアメリカ最大の賢者は、それを見習うべき態度だと言うのである。
ところが、少年達も、大人になると、自分の面倒は自分で見るようになるが、特に、今の時代は、男も女も、自分に自信がないので、不安を感じるようになる。
それで、大人になっても、親や偉い人に頼り、不安を紛らわそうとするが、所詮、そんなのは誤魔化しである。
そんな不安や、不安が元である不満を利用したのが、アドルフ・ヒトラーだった。

人々のそのような不安に対し、ヒトラーとは違う優れた精神的リーダーは2つの道を教えた。
1つは、「神を信頼しろ」だ。
もう1つは、「自分が神だ。自分を信用しろ」だ。
前者の方が圧倒的に簡単で、アメリカの国家的モットー自体が「イン・ゴッド。ウィ・トラスト(我々は神を信頼する)」なのである。
日本でも、江戸末期の神道家、黒住宗忠は「まることの教え」、つまり、「まるごと、全部、神にまかせよ」と教えた。
方や、「自分を信頼しろ」と教え、称賛されているのが、上で述べたエマーソンである。
しかし、つまるところは、2つは同じことなのだ。
だが、順番としては、神、仏、あるいは、天とか宇宙を頼った方が良いかもしれない。
それでうまくいけば、自然に、自分を信用するようになるからだ。

ピエール・フランクの『宇宙に上手にお願いする方法』の最初のところに、楽しいことが書かれていた。
彼は、子供の時、天使に頼んで、何でも願い事を叶えてもらっていた。
希望通りの自転車でも、ハリウッド映画出演でも。
願い事は叶うのが当たり前だった。
どんな無茶な願いでもだ。
私も全くそうだった。
ただ、私は、フランクのように、天使とか、何か高次の存在に頼んだ訳ではないが、自分に頼んだという自覚もない。
ただ、願いが叶った様子を想像して楽しんでいたらそうなった。
希望通りの反射式天体望遠鏡のような物もだが、テレビ放送を自由にコントロールする得意技があり、これは、後で考えると、イエス並の奇跡と言って大袈裟ではない・・・と思う(笑)。

フランクは、大人になると、願いを叶えることが出来なくなった。
私もかなり苦手になった。特に、親や教師らから、負の暗示を叩きこまれた社会的なこと・・・例えば、お金のことに関しては。
大人になると、なぜ駄目になるのかというと、フランクの場合は、神とか天使に対する絶対の信用を持たなくなったのだと思う。
私の場合は、引きこもり時代にジョセフ・マーフィーの本を読み、そこそこ力を取り戻したが、いまひとつぱっとしない理由は、最近分かったが、クドクドと何度も願うからである。
いったん願ったら、ぱっと忘れるのがコツで、フランクの本にもそう書かれているし、大きな願いを叶えた人達は、皆、そう言っていると思う。
パム・グラウト(引き寄せの啓蒙作家)は、確かに、「紙に願いを何度でも書け」とか「1日に何度も願いを書いた紙を読め」と著書に書いているが、それは、あくまで、願いが実現したというイメージを定着させるためなのだが、普通の人は、そうすることで却って、願いに執着し、何度も願ってしまうということになり、結果、叶わない場合が多いのだろう。
これに関し、ドイツのベルベル・モーアが面白いことを書いている。
友人に、宇宙に願い事をするよう言われ、仕方なく付き合いで、いくつかの条件を満たす彼氏が出来るよう一度頼んだら、条件通りの彼氏が期限通りに出来た。
なぜ、うまくいったのかというと、「あまり馬鹿馬鹿しいから、願ったらすぐ忘れた」からであったという。
願ったらすぐ忘れるべきである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。






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