ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

エマーソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

周囲が黙って従う

人間は、最低限のレベルに達すれば、自分のことを話さなくなる。
たとえ老人になっても、自分の物語を熱を込めて語りたがるなら幼児である。

ジョセフ・マーフィーは、著書の中で、「原則的には自分のことは話さない」と述べているが、それは、「読者の役に立つなら」という条件付なら話すということだ。
しかし、ほとんどの人が自分について語ることは、誰の役にも立たない。
私の場合、信頼出来る超能力発現の話は自分のものしかないので、それは時々書くが、それ以外の自分の話は、やはり余計である。

自分のことを話して喜ばれるのは、若いイケメンや美少女くらいのものである。
これに関して、アニメの『甘城ブリリアントパーク』で端的に表現されていた場面がある。
3人のオジさん達が、自分の高校時代の思い出話を悠然と語り始めると、現役美少女女子高生、千斗いすず(せんといすず)が、彼女らしく無表情であるが、即座に、毅然と遠慮も容赦もなく、叩っ切るように話を終わらせる。
そして、「誰も興味ないわ」と冷たく言い放つか、完全に無視する。
厳しい・・・が、そんな当たり前のことに配慮しないオジさん達に全面的に非がある。

有償サービスの場でなら、サーバー(サービス提供者)は、お客様が自分のことを語るのを熱心に聴く振りはする。
また、紳士であれば、女性が自分のことを語るのを、マナーとして熱心に聴くだけでなく、もっと話すように促すこともあるが、その様子を傍から見れば、その女性は滑稽でしかない。

なぜ、自分のことを語ってはいけないのか?
1つは、上に挙げた美少女、千斗いすずが言ったように、「誰も興味がない」からで、興味がない話ほど退屈なものはないのは、朝礼の校長の話や、結婚式の新郎の上司の話が退屈なのと同じだ。
しかし、もう1つある。
それは、話すまでもなく、自分の正体はバレているからだ。
そして、その人の正体は、その人が話すことの1/5ならマシなのである。
その、1/5以下の正体が分かってる時、誰が、虚偽の5倍増しの話など聴きたいだろうか?
アメリカ最高の賢者エマーソンは、人間というのは、頭の上で自分の本当の中身を晒しているようなものだと言った。
それは、振る舞いや表情や雰囲気にもかなり現れるが、人間には元々、一言も会話を交わさずとも、相手を見抜いてしまう力があるのである。

普通の人は、どうしたって安い。
その安い自分の中身が、頭の上で晒されてしまっている。
そんな我々を、皆が見下すが、我々を見下す者達も、我々同様安いのである。
では、どうすれば良いかというと、過去の自分を捨ててしまうことである。
1秒前の自分も忘れ、1秒後の自分のことも考えない。
ただ、今、ここに生きる。
自分は1本の腰骨に過ぎず、自分は誰でもなく、来るものはそのまま映し、去れば、何の痕跡も残さない鏡だ。
そんな人間であれば畏怖され、周りが従う。
誰もが機嫌を取らざるを得ない赤ん坊のように。
それが極まると、本当に姿が消える。宇宙いっぱいに広がるからだ。
そうであれば、全てが意のままだ。
具体的なやり方は、簡単なものでは、ずっと「私」と頭の中で唱え続ける。
もう1つあり、空の星の1つのように、高いところに吹く風のように、ただ在ることだ。在る以外に何の意味も持たないことだ。











ヴァーチャル充のすゝめ

本格的に引きこもりの時代になってきた。
もちろん、引きこもりが楽しく生きる時代だ。
引きこもりにしか出来ない、人々、あるいは、世の中の役に立てることが増えてきたのだ。
これは、インターネットとAIの発達の良い面である。
少し前までは、たとえ天才であっても、引きこもりが能力を発揮することは難しく、引きこもりは不遇だった。
そして、世の中に存在を示せないまま50代、60代になった人もいる。だが、そんな人達だって、逆転出来るかもしれない。

人間には、ものを作るのが好きな人、直接販売等の交渉が好きな人、あるいは、マッサージ等の直接サービスを提供するのが好きな人がいる。
そんなリア充な人達は、もちろん、そのままリアル世界でがんばっていただきたい。そんな人達はもちろん、これからも沢山必要だ。
しかし、今後の時代は、創造的な引きこもり・・・即ち、ヴァーチャル充が必要不可欠であり、しかも、多く必要になる。
リアルな活動が向いてないからといって、本来は自分を卑下する必要はないのだが、これまでは、リアルな活動でしかお金を稼げず、生活していけないので、引きこもりは低い場所に身を置かざるを得なかった。
だが、武道家の多くは球技が苦手と聞くが、だからといって武道家が自分を恥じないように、引きこもりもバーチャルな世界で特技があれば、それで良いのである。
そもそも、あらゆる意味で(哲学的、宗教的、科学的等)、リアルとバーチャルの優劣はなくなってきている。
まあ、リアルとバーチャルの両方を股にかける変な人(笑)も多くなるが、それも単に1つの役割であり、リア充やヴァーチャル充より偉い訳ではなく、どちらかというと、器用貧乏という感じすらする・・・まあ、そんなこともないかもしれないが・・・

バーチャル充は、精神的に研ぎ澄まされるべきである。
例えば、ゲームに打ち込むことによって・・・別に冗談ではない。
ただし、惰性でゲームをやるだけでは、やはり駄目である。
ゲームも本当に達人になれば、他の者には得られない特別なものを得ているが、それが、他の人、あるいは、世界の役に立つのである。
ゲームに限らず、バーチャル充は、オタクでなければならない。
本当は、リア充もオタクであった方が良いのだが、日本の大企業とマスメディアの社会では、オタクは禁止され、学校で事実上殺されていたので、オタクスキルを伸ばすのが難しかった。
しかし、これからは、リア充もオタクになれば良いと思う。

ヴァーチャル充は、自分が英雄であることを自覚しなければならない。
これは突飛なことではない。
世界最高の賢者であったラルフ・ウォルドー・エマーソンは、『歴史』というエッセイの中で、英雄の物語を読む時は、それが、自分について書かれたものであると思わねばならないと書いている。
全くその通りだ。
だからまず、英雄の物語を読むと良い。物語の中の英雄こそが自分の本当の姿である。

今後は、ヴァーチャル充の有利さが際立ってくる。
なぜなら、世界は深層の心が生み出した幻想に過ぎず、ヴァーチャル充である引きこもりの方が、世界創造の場に近いからだ。

ただ、ナポレオン・ヒルも述べていた通り、性エネルギーの浪費を犯してはならない。
性エネルギーこそ、あらゆる創造力の源であり、それが足りないと、思考や行動の力が弱まる。
思考はもちろん、行動力もヴァーチャル充に必要だ。ただし、それは、会社や学校での行動とは全く異なり、パソコンやスマートフォンで出来ることが多い。
例えば、YouTubeやバーチャルYouTuber(VTuber)としての活動もそれに含まれるが、他にもいくらでもある。
今は、SNSで生計を立てている人も少なくないが、高収益であれば長時間労働だ。ただし、それは、会社や学校の仕事や勉強と違って、楽しいこと、面白いことをやれば良いのである。
そして、その多くは、リア充には不可能で、ヴァーチャル充にしか出来ないのである。
「神様の奇跡が起こる」などの口癖を忘れず、なるべく心配せずに励めば、引きこもりのヴァーチャル充にだって世界を動かせることが解るだろう。
それどころか、先程も少し示唆したが(ヴァーチャル充が有利になるという話で)、今後は、引きこもりのヴァーチャル充「こそが」世界を動かすかもしれないのである。
とはいえ、リア充とヴァーチャル充は敵同士ではない。お互い仲良く共存する世界こそが、人類が立派に存続していける未来世界なのである。











ビートルズ『Yesterday』彼女はなぜ消えたかの答

ビートルズの最も有名な曲の1つ『Yesterday』の、特にこの部分を覚えている人は多いのではないかと思う。

Why she had to go?
I don't know, she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday.

つまり、愛する彼女は消えてしまったのだが、その理由が分からないということだ。
30年後に聞いたら、案外につまらない理由だったり、あるいは、彼女の大誤解のせいだったのかもしれない(嫌な話だ)。
普段、この男が、もっと注意深ければ、先に予兆を感じることが出来たかもしれない。しかし、そうではなかった。
まあ、女は星の数なんだから、そう悔やむことはないかもしれないし、後になれば、自分でもそう思うかもしれない。

で、なぜ彼女が言ってしまったか?
それはこういうことだ。つまり、避けられぬ運命だったのだ。言うなれば、「仕方がなかった」のだ。

しかし、もっと本質的なことがある。
そのための正しい問いは、
「なぜ私は、彼女を行かせてしまったのだろう?」
だ。
彼女が消えたのは、この「私」の意思なのだ。

たとえば、ある父親に、不登校の息子がいるとする。
その父親は、評判の良い心理カウンセラーがいたら、「息子はなぜ学校に行かないのでしょう?」と尋ねるかもしれない。
いや、そんなことは聞かず、「どうすれば息子は学校に行きますか?」と聞く父親が多いような気がする。
つまり、「息子が学校に行くスイッチがどこにあるか教えて下さい」と言うようなものだ。
しかしねえ。息子さんが学校に行かないのは、父親であるあなたの意思なのだ。
そう言うと、その父親は断固否定するだろう。
そんな父親は、あまり人生が楽しくないことだろう。
壁に初音ミクさんのタペストリー(織物のポスター)が飾られているのは自分の意志であることは分かっても、テレビからトヨタ自動車のCMが流れてきたり、ビスケットを床に落としたことが自分の意志であることは分からない。
だが、ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、そんなことが分かっていたので、
I am the owner of the sphere.(私は世界の所有者)
だと述べたのだろう。

あるアラブ人は、愛する家族を皆殺しにされた時、不意に、それが自分の意志であると気付き、悲しくはあったが、恍惚とした高揚を覚えた(W.B.イェイツの手記より)。
あなたは、なぜ新型コロナウイルスの感染を拡散させ始めたのだろう?
それは、人間としての知識や観念から考えても分からない。
ただ、揺らぎを起こしたかったのである。あなたの意識がね。
あなたは、学校でよく勉強が出来た頭の固い人の決まりきった話を聴いていたら、苦痛になって、そいつを一発蹴っ飛ばすとかして、場に揺らぎを起こしたいと思うだろう。
我々の意識は、世界に揺らぎを起こして変化させたいのだ。
そのために必要だから、新型コロナウイルスを作ったが、不要になれば、それは消える。

まあ、いきなり壮大なもので考えると、戸惑うばかりだ。
ならば、周囲で起こることの全てを自分の意志と思うと良い。
あまりに揺らぎのない生活を送っていると、多くの場合、自分の身体に悪い揺らぎが起こる。それが病気だ。
だから、なるべく冒険をした方が良い。
冒険の中で起こることは、自分の活力ある意思で、そのことを自覚すると、本当の意思と自分が一致してくる。
すると、世界は意のままになってくるだろう。

最初の話(ビートルズのYeaterday)に戻る。彼女はなぜ行ってしまったのか?2人の間が安定し過ぎ、揺らぎが起こらなくなったからだ。そのままでいれば、意識は揺らぎを起こすために、別の男か女を登場させたり、自分か彼女が病気になったりするだろう。
それでも良かったが、意識は別のやり方を選んだのである。








自分が最高の存在であることをこう言う

今朝述べた、エマーソンのように、「私は世界の所有者」と宣言することは、世間の教義や信条といった幻想に過ぎないものを打ち破り、真の自己に目覚めることになる。
私は世界の所有者・・・初めはそう思えなくても、この言葉を何百、何千と繰り返すうちに、その言葉の通りに潜在意識が形作られ、潜在意識を映したものに過ぎない世界に反映する・・・即ち、世界は、あなたに従い、意のままとなる。

では、このエマーソンすら貴んだ、インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』で、至高神クリシュナは自分をどう表現したか見てみよう。
その中で、特に神話の知識を要しない、我々でも比較的解り易いものを抜き出す。
まず、『バガヴァッド・ギーター』(日本ヴェーダーンタ協会)、「第一〇章 超越者認識の道」より引用する。
・光るものの中では太陽
・星々の中では月
・貯水池の中では大洋
・動かぬものの中ではヒマラヤ
・樹木の中では菩提樹
・人々の中では王
・武器の中では雷電
・獣類の中では獅子
・魚類の中では鮫
・河川の中ではガンジス河
・詐欺の中の賭博
・秘行における沈黙
・智者における智慧

次に、同じ部分を、文語調で訳された『至高者の歌』(三浦関造訳。竜王文庫)「第一〇場 至上神力の統一」で見る。
・爛たる群星中の燃え輝く日輪
・星宿の間に住む月輪
・湖水を凌ぐ大海
・厳たる諸山中のヒマラヤ
・一切樹木中の菩提樹
・人中の大王
・武器中の雷電
・野獣中の獣王
・鳥類中の鷲
・風の中の烈風
・諸川中の恒河(ガンジス河)
・詐欺中の大博奕 ※博奕(ばくえき)は賭博と同じ
・王者等の中の帝笏(ていしゃく) ※帝笏とは君主が持つ装飾的な杖
・秘密中の沈黙
・智者中の大智

クリシュナは至高神であるのだから当然であるが、自己こそ最高の存在であることを権威を持って断じる姿を想うと感動的である。
そして、エマーソンは、自分だけでなく、全ての者がそうでなければならないと確信し、『自己信頼』を書いたのである。
あなたも、上記の中から気に入った言葉を自分のキャッチフレーズとして常に使えば、そのようになるであろう。








震えが来る最高の言葉をアファーメーションに

最高の賢者エマーソンによる、最上のアファーメーション(自己誓約)になる凄い詩がある。
『History(歴史)』というエッセイの冒頭に記された2つの部分に分かれていると思われる詩の2つ目だ。
簡単な英語だが、意味が深いし、英語に強くない私にも、その美しさは感じられる。

I am owner of the sphere,
Of the seven stars and the solar year,
Of Cæsar’s hand, and Plato’s brain,
Of Lord Christ’s heart, and Shakspeare’s strain.

「spher(スフィア)」は、一般に「球」で、文学的には「天体」「天球」だ。
しかし、私が見た英語の本の注釈は an area of activity(活動範囲)とあり、確かに、spherには「(活動などの)範囲」という意味がある。
尚、spherは、天動説であった古代天文学では「天球」であり、全ての星はこの「天球」の中にあるのだから、宇宙そのものである。
入江勇起男氏(文学博士)は「世界」と訳しておられた。「宇宙」という意味の「世界」と思う。

次の「Of the seven stars and the solar year」も解り難い。
seven starsは、一般的には「北斗七星」であるが、次の「solar year(太陽年)」と合わせて考えると、1週間の星(太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星)を指すように思える。solar year(太陽年)は1年のことだ。つまり、全ての曜日と全ての月(1月~12月)を指すように思われるのだ。
ただ、入江勇起男氏は、素直に「七つの星と太陽年」と訳しておられる。ownerは「オーナー、持ち主、所有者、主人」である。

深い意味はあるが、入江勇起男氏のシンプルな訳を引用しよう。

私は世界の所有者、
七つの星と太陽年の所有者、
シーザーの手腕、プラトンの頭脳の所有者、
主キリストの愛、シェイクスピアの詩の所有者。

つまり、「自分は最も優れたものの所有者、主人である」と宣言しているのである。
これは、「私は神である」と言うに等しい。
人間は、ここまで達しなければならない。
最近、ここで、自己暗示、呪文、つぶやきの力について述べているが、「私は世界の所有者」というのが、最上の自己暗示であり、つぶやきだ。
これは、釈迦の「天上天下唯我独尊」に匹敵する。よって、こちらが好みなら「天上天下唯我独尊」とつぶやけば良いだろう。
意気込む必要はない。ただ淡々と、常に、出来るだけ多くつぶやくのである。千回、あるは、1万回、あるいは10万回である。

あるいは、ビートルズの『Nowhere Man(ひとりぼっちのあいつ)』の、

The world is at your command.
(世界は君の意のままなのだ)

とも同じで、この言葉を採用しても良いだろう(「世界は私の意のままだ」となる)。
十分にアファーメーションを行えば、世界はあなたに従うのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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