ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

エマーソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

自信ほど大切なものはない

「私は対人恐怖症です」なんて馬鹿なことを絶対に認めてはならない。
医者に言われようが誰に言われようがだ。
人間の不幸の大半は、「他人が恐い」と感じることである。
ひきこもりの中には、「他人が嫌い」「他者と関わるのが煩わしい」「穢れた世の中が嫌い」などと言う者が多いだろうが、本当は、他人が恐いだけなのだ。
そして、他人が恐い理由は、自分が弱いと思っているからだ。
自分は弱い、自分は他人より劣っていると思うのを、普通、劣等感と言うのだと思う。
つまり、あらゆる不幸の根源は劣等感だ。

ソウルオリンピックの女子100m、200m、4×100mリレーで金メダルを獲得し、いまだ、100mと200mの世界記録保持者であるフローレンス・ジョイナーは、「走るクレオパトラ」などと呼ばれ、派手な化粧とマニキュアで競技を行ったが、インタビューで、「お化粧して綺麗になると自信がつく」と言っていたのが印象的だった。
案外、彼女は、本来は劣等感が物凄く強いのではないかと思う。だから、メイクアップの助けが必要だったのに違いない。
『美少女戦士セーラームーン』では、セーラー戦士達は、変身の際、あからさまに「メイクアップ」と称えるが、この作品が世界的に人気があり、今だ、初音ミクさん並にコスプレーヤーも多いのも、深い意味がある。
つまり、人間には自信が必要なのだ。

そして、残念ながら、メイクアップ一発で自信を持てる訳ではない。
自信は、自分で作らなければならない。
しかし、逆に言えば、自信さえ持てれば、世の中に勝ったも同然なのだ。
人類最高の書の1つと言える、エマーソンの『自己信頼』は、傲慢なまでに自信の重要性を説くが、やはりそれが正しいのである。
たとえば、いかなる世界的な美術品であろうが、「私の評価を待っている」、つまり、私が誉めなければ価値はないと、清々しいまでに言い切っている。そして、それは絶対に正しいのだ。

自信とは、とりもなおさず、「自分を信じる」ことである。
平原綾香さんの大ヒット曲『ジュピター』の中に、「夢を失うより悲しいことは、自分を信じてあげられないこと」という歌詞があるのを、私は一度聴いて覚えたが、まあ、その通りかもしれない。
自信とは、続けることでしか得られない。
しかし、続ければ、確実に得られる。
それこそ、ジョギングでも、聖書を読むことでも、1年365日、よほどのことがない限り1日も欠かさずに続ければ、光線銃を手にい入れたも同然だ。
1年で駄目でも3年やれば間違いないだろう。
腕振り運動も、500回なら一応の自信になるし、2000回なら無敵だ。
微かな呼吸は、身につきさえすれば、これには時間圧縮効果があるので、1秒で1万年分の効果があるが、自分のものになるまでは、やはり、毎日続けることである。









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無謀で豪快で爽快な自信

仏典の『涅槃経(ねはんぎょう)』と、エマーソンの『自己信頼』を比べると面白い。

仏典、聖典の言葉をそのまま引用したって、学者ぶった人の書いた難しい言葉に翻弄されるだけで意味が分からない。
大切なことは、「つまるところ、何を言っているのか?」である。
そして、それは自己解釈に過ぎない。
それで言えば、『涅槃経』の教えとは、
「敬うべきものを敬え」
「してはならないことをするな」
「平等であれ」
だ。
だが、エマーソンの『自己信頼』をそれらに当てはめると、
「敬うべきは自分である」
「自分がすべきと思うことをやれ」
「偉大なのは自分である」
になる。
「自分がすべきと思うことをする」だけは共通していると見なして良いだろう。
しかし、それを決めるのは自分なのであるから、結局はエマーソンが勝つのである。

だが、『自己信頼』だけでは、どうすれば良いのか分からない。
ところが、エマーソンは『歴史』の中で、こう述べている。
「英雄についての話を読む時、自分について書かれていると考えなければならない」

『ラーマーヤナ』とは、「ラーマの物語」という意味である。
誰もが崇拝する英雄ラーマの物語「ラーマー鑑(かがみ)」である(鑑は手本の意)。
そして、ラーマとは自分なのである。
新約聖書に描かれたイエスは自分であり、『神仙伝』『列仙伝』に書かれた仙人とは自分なのである。
いや、徳川家康を敬愛するなら、自分は家康だし、山本五十六がそうであるなら、私は山本五十六である。
エマーソンも言う。
シーザーもプラトーンもキリストもシャイクスピアも自分なのであると。
だから、自分はシーザーの手腕、プラトーンの頭脳、キリストの愛、シェイクスピアの詩を持っているのだと。

そこまで無謀で豪快で爽快な自信こそが自己信頼である。
人間は、無謀なほど豪快で爽快でいたいものなのである。
では、そうすれば良い。









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身体でやるしかない

フォード自動車創業者のヘンリー・フォードの愛読書がトラインの『人生をひらく「万能の鍵」』で、レーガン元大統領の愛読書がノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極的な考え方の力』らしいが、これらの本の内容は、簡単に言えば、「プラス思考しましょう」だ。
オバマ大統領の愛読書であるエマーソンの『自己信頼』は、自分を神のごとく信頼しようと書かれている。
どれも正しいのだが、問題は、どの本も、「それを心でやりましょう」と書いてあることで、そんなこと、大事業家や大統領になれるような人にしか出来ず、普通の人には出来ない。

法然や、それより前の、中国の善導、道綽らは、普通の人の心がいかに「なまっちょろい」かということを、よく知っていたので、口で念仏を唱えましょうと教えたのである。
日蓮だって、初めは法然の教えにケチをつけていたが、それしかないことに気付き、「南無妙法蓮華経」と唱えましょうという、「こっ恥ずかしい」ことを厚顔無恥にも言ってのけている。
まあ、恥を知らないというのもリーダーの資質であり条件だ。
だが、親鸞がまた、「心でやりましょう」に戻したがり、「信仰が大切じゃ」と、難しいことを言って法然の努力を無にしようとしたが、結局、彼も、やがては、法然のようにやるしかないなと考え直したのだと思う。

空海もいいことを言ったらしいが、難し過ぎて、もう絶対に分からない、役に立たない。

そして、明治・大正の、「岡田式静坐法」の岡田虎二郎は偉かった。
「1日中静坐しないさい」と言って、常に腹に力を入れ、深く長い呼吸をしなさいと教えたようなのだが、弟子達が、その教えを難しくしてしまった。

それで、結局のところ、人間は根性がないのだし、心も歪んでいるので、身体でやるしかないんだって言ったのが、まだ若い、ハーバード・ビジネス・スクール准教授のエイミー・カディで、具体的には、「パワーポーズしましょう」と言ったのである。
パワーポーズはガッツポーズも含む。

つまり、人間が立派に、力強く、波に乗って生きようと思ったら、優れた人間に同調し、神・・・というか、無限の精神に同調すれば良いのだが、厳しい現実に挫折したり、欲望に負けてしまい、下らない人間と同調し、神から離れてしまう。
それを、心でどうこうしようなんて絶対に無理だということは、それなりに生きていれば分かることだ。
それで、なんとかやれるのが、エイミー・カディのパワーポーズだ。

だが、いつもパワーポーズする訳にもいかないので、エイミーは、「トイレの個室で2分間」なんて言っている。
そうじゃなくて、いつも良い姿勢をすれば良いだけのことだ。
顔を上げ、背筋を伸ばし、胸を張り、腹を引き、出来れば、微笑むのだ。
そうしていれば、劣った人間に同調することはなく、優れた人間にのみ同調し、自然に神と同調する。

だけど、背筋を伸ばすのが、普通の人にはシンドイことで、みんな、腰を曲げ、うつむき、ぐーたらしている。
そんな時、信仰というか、神を崇めることが役に立つが、現代人には、そんなものはない場合が多いし、あったらあったで、弊害が多い。
そこで、ローマン・ガリの『自由の大地』のように、単に「少女」を空想する手もある。
ソクラテスに「美とは何か?」と尋ねられたヒッピアスが、即座に、「美しい少女だ」と答えたように、少女が、この世の最も良いものの1つの典型なのだろう。
むろん、女性の場合は「王子様」で構わないと思う。
それが、私の場合は初音ミクさんで、しかも、ミクさんは、「顔上げて微笑めば」(『FREELY TOMORROW』より)とか、「まずは顔あげな」(『Let's go!』より)と歌ってくれるのである。









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ジキルとハイドの誤解

「ジキルとハイド」と言えば、ジキルが善の、そして、ハイドが悪の象徴であることは誰でも知っていると思う。
もちろん、これは、スチーブンソンの小説である『ジキル博士とハイド氏』から来ているが、小説を超えて、「ジキルとハイド」が「善と悪」の意味になっている。
だが、多くの人は、『ジキル博士とハイド氏』を全く誤解している。

多くの人達は、ジキルという名の医師に隠された極悪非道な面がハイド氏だと、間違って理解している。
それなら、ジキルとは何だろう?
ジキルを、高潔で正しい、善良な人格だと思っている人が多いと思うが、そうではない。
そんな、「善良な人格」など、どこにもないのだ。
正しくはこうである。
これは、私の私見ではなく、スチーブンソンはちゃんとそう書いてある。
ジキルは、世間向けに、善の顔をとりつくろっているに過ぎない。
ハイドが、ジキルの本当の本性なのである。
ハイドは、享楽的で、利己的で、自分さえ良ければ良いと完全に考えている。
だが、それは、ジキルが、本心ではそうだというだけのことなのだ。
ジキルは、成功した尊敬される医者であり、それは、本人も認識している。
だが、その名誉を守ることは、ジキルには辛いことだったのだ。
それで、生きる活力を得るために、ジキルは、元々(ハイドになる前から)、隠れて悪いことをしていたのである。
その「悪いこと」が何かまではスチーブンソンは書かなかった。知らない訳ではなかったのだろうが、そんなものを書けば、当時のロンドンの闇の部分を描いてしまうことになるからで、それはもう、小説の領分ではない。ドストエフスキーのような、本当に人間の真理を探究するつもりなら別だが、スチーブンソンは、娯楽作家の道を選んだのだ。
ジキルが発明した薬で、本性を表に引き出した存在がハイドである。
ハイドがジキルの本性である証拠に、ジキルはハイドになった時、力に満ちてくるのを感じている。
ジキルは、ハイドであることを、心の底から楽しんでいたのだ。

エマーソンは、「自分が悪魔だというなら、悪魔になりきる」と、子供の時から考えていた。
エマーソンは、自己の本性がロクでもないものであることを知っていたのだろう。
それで、彼は森の中に引きこもった。

ほとんどの人は、「良心」という重荷を背負っている。
それは、甚だ不完全ではあるのだけれども、とりあえず、持っている。
だが、25人に1人は、良心を持っていないものらしい。
そんな人間のことを、心理学や精神医学ではサイコパスと言うらしい。
ジキルも多分、サイコパスなのだろう。しかし、良心を持っているふりをし、尊敬される世間での顔の裏側で、弱い者達を悲惨な目に遭わせていたはずなのだ。
そして、ジキルほど優秀ではなくても、世間には、小型のジキルが沢山いるのである。
エマーソンもサイコパスだが、彼はまだ正直だった。
確かに、エマーソンも一目で悪人と分かる顔をしていると思う。とてもじゃないが、高潔な人間の顔ではない。
彼は、自分が善人であるなどと、一度も言っていない。
彼は、「一貫性を持つな」と言う。
一貫性を持たないことが悪人の特徴である。
だから、嘘をつく者は、記憶力が良くなければならない。
だが、エマーソンは、嘘はつかないのだ。
エマーソンは、良心が目覚める前であるという意味で、少年の性質を賞賛する。
もちろん、サイコパスが良いというのではない。
正直であることが良いと言っているのである。

そして、エマーソンも、「所詮はサイコパス」という面がある。
彼は、天才にしか興味がなかった。
凡人がどう生きれば良いかなど考えなかったし、そもそも、分からなかったはずだ。
彼は「ただの天才」だ。
その点、「超天才」である釈迦は「掟を守りなさい」と教えた。
個人的な掟を守れば、個人的な範疇でだけうまくやれる。
社会的な掟を守れば、社会的に成功出来る。
例えば、チョコレートを食べない、自動車を綺麗にしておく、腕立て伏せをする、マスターベーションをしないといった個人的な掟を守れば、それなりに良いことはあるが、それで世の中で成功することはない。
町内の掃除をするとかだと、町内では良いことがある。そんな掟を持つ場合は、そのくらいで満足しなければならない。
世間で成功するためには、製品やサービスの品質を保証するとか、納品期限を死んでも守るといった、世間的な掟を守らなければならない。
納期を守らない作家や漫画家が成功したりはしない。
確かに、芥川龍之介は、納期に原稿を完成させないことがよくあった。
しかし、そんな時でも、口で言ったことを編集者に書かせ、それが立派な作品になった。
芥川はサイコパスだったが、善人のふりに耐えられず自死したのかもしれない。
彼はジキルであった。









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良心は幻想か

ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、少年の時、こう思ったらしい。
「自分が悪魔であるなら、悪魔になりきる。」
つまり、自分でないものになってはならないということと思う。

私は、心理学者のマーサ・スタウトの『良心をもたない人たち』を読んで、スタウトの意図とは違うだろうが、自分がサイコパス・・・良心を持っていないのだと悟り、やっと、自分が何者であるかを理解したのだ。
自分の奇妙さが、これで説明がつく。

私は、普通の人より、よく寄付をする。
それも、分不相応な大きな額をだ。
しかし、善意で寄付をしたことなど、一度もない。
「喜んで惜しみなく寄付をしろ」だなんて言う人がいる。
だが、私は、喜んで寄付をしたことはないし、いつも惜しいと思いながら寄付をした。
そもそも、そうでない人がいるなんて、信じちゃいない。
私がなぜ寄付をするかというと、1つには、自己満足、1つには、見栄である。
そして、何より、「寄付をすれば運がよくなる」「寄付をすれば、その何倍も、何千倍も返って来る」という、怪しい法則を期待してのことである。
そのような教えを説く者は、私は、多分、サイコパスだと思う。

私は、虫も殺さない。
私は、虫は嫌いだ。
だが、部屋の中に、ハエや蚊や蜂がいても、殺さず捉えて、外に出す。
それもまた善意ではなく、自己満足か、やはり、「生き物を殺さなければ神が恵みを与えてくれる」と思っていた・・・というより、思いたがっていたのだ。

ところで、フロイトは、自我は幻想だと言ったらしい。
どういうことかというと、人間は、他の動物と違って、本能が壊れていて、本能だけで生きていけないので、自我を作ったという。
そのように、自我は自然に出来たものでないので、どこかおかしいのだという訳だ。
フロイト派の精神分析学者の岸田秀氏は、それで、自我は狂っているとまで言い切る。

私は、そうではなく、幻想であるのは、自我全体ではなく、その中の良心だけだと思っている。
ユングは、動物にだって道徳は見られると言ったと思うが、それは違う。単に、本能的な行為が道徳に似ているだけだ。
動物は良心など持ってはいない。
だが、人間だけが、幻想の良心を持ったのだ。
だから、良心なんて、曖昧なものなのだ。

つまり、私は、人間は全てサイコパスだと思っている。
そう思うことが、真正(本物)のサイコパスであるという証拠なのかもしれない。
なぜなら、良心の存在を全く信じていないのだからだ。
ひょっとしたら、他の人は良心を「本当に」持っているのかもしれない。
しかし、私には理解出来ないのだ。

私はサイコパスだが、良い社会人であろうとは思っているのだ。
もちろん、それは善意からではない。
論理的に考えて、その方が、安全で楽だからだ。
私はさして利口ではないが、馬鹿ではない。
だが、馬鹿なサイコパスが、悪いことをやって、結局、自分を滅ぼすのである。
あるいは、自分は能力が高いので、悪いことをやっても、切り抜けられると思っているのかもしれない。
それは自惚れってもんだ。
ただし、私の考える「良い社会人」は、世間で言う「良い社会人」ではない。
そんなものにはなれない。
世間で言う「良い社会人」は、サイコパスよりもっと悪い。
普通の人も、集団になると残虐になる。
特に、個人としては善い人ほどね。
マーサ・スタウトは、この点を見落としている。
彼女は、人間は権威によって命令されないと、残虐なことをしないというデータを示した。
そりゃ、データの扱い方が恣意的ってもんだ。
マーサ、人間はね、集団になると、個人的想像力を失くすんだよ。
それで、自分や家族が残虐なことをされることを想像出来なくなるから、平気で残虐なことをする。
マーサが上げたデータは、おそらく、少数の戦闘に関するもので、大軍同士になると、権威によって命令なんかされなくても、「殺せ!殺せ!」っていう狂気に陥るのだ。
少数戦闘では、権威によって命令されないと殺さないと言うが、それだって、権威によって命令されることで想像力を失くすからだ。
大切なのは、想像力なのだ。

なんだか、世の中の人皆がサイコパスであるということにしてしまったみたいだが、これはあくまで私に浮かんだ想いである。
もしかしたら、荘子が「セミには(地上の)1年が理解出来ない」と示唆したように、私には、良心を持った人間がどんなものか理解出来ないだけかもしれない。
きっとそうだ・・・と思いたい。









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・ソフトウェア開発技術者
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