ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

イチロー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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なりたいものに勝手になる

私は、プログラマーやシステムエンジニアになるにはどうすれば良いかといったことをよく聞かれるし、そのような相談者に対し、カウンセリングをしたこともある。
しかし、本音を言えば、
「勝手になれば」
「俺の言うことなんか聞かない方が良い」
と思うし、私以外の者の言うこととなると、偏見を植え付けられる恐れが大きいので、(私の話より)もっと聞かない方が良いと思う。
プログラマーになりたいなら、プログラミングくらい出来るはずだし、何を知っておくべきで、何をすれば良いかなんて、私より、(偏見の少ない)君達の方がよっぽど知ってるはずだと思うのである。
いまどき、プログラミングなんて、ほとんどタダでいくらでも出来るし、必要な情報は、ネットや書籍で、いくらでも手に入る。
そこそこプログラミングが出来る人なら、企業の方でいくらでも欲しがっている。
全く「勝手になれば」であるが、下で、もっと丁寧にフォローしよう。

しかし、「勝手になればいい」は、プログラマーに限らない。
アメリカの作家マイク・ハーナッキーが『成功の扉』に書いていたが、彼はよく、中年以上の人などに、
「作家とは羨ましいですね。私も、昔は作家が夢だったんですよ」
と言われることがあるらしい。
そんな時、ハーナッキーは、必ず、
「じゃあ、あなたも作家になればいいじゃないですか」
と返答するという。
別に、冗談でも冷やかしでもない。極めてマジに言っているのである。
ところが、そう言ってやると、相手は、
「でも請求書の支払いはちゃんとしなくてはいけませんし、会社の方も、後10年はクビにしないと言ってくれてますし」
と、まともに受け取らないようだ。
そんなこともあり、ハーナッキーは、出版社から、物書きで成功する方法の本を書いてくれと言われて『成功の扉』を書いたのだが、この本の原題は、
“The Ultimate Secret to Getting Absolutely Everything You Want”
で、意味は、「欲しいものを全て確実に手に入れる究極の秘法」だ。
つまり、作家になることに限定せず、あらゆる願いを叶える方法なのである。

ところが、その『成功の扉』の後で書いた本で、ハーナッキーは、
「『成功の扉』の読者から、この本を読んでも願いが叶わないという相談を沢山受けた」
ことを明かしている。
そんな相談者と話していると、そのような人達は、願いを叶えるために必要な電話の1本もしていなかった。
これは、プログラマーになりたいのに、プログラミングもしていないというのと同じである。
早い話、プログラマーになろうなんて気は、本当は無いのだ。
だが別に、プログラマーになんてならなくて良い。
格闘家の堀部正史さんが『喧嘩芸骨法』で書いていたが、
「誰でも三度のメシより好きなことがあるはずだ。私の場合は、それが喧嘩だったので、子供の時から喧嘩に励み、格闘家になった」
のであるが、これが自然なことなのである。
ただし、いくら好きでも、「美味しいものを食べる」とか「エロいことをする」など、快楽に関することは違うと思った方が良い。
(まれに、池田満寿夫さんや、団鬼六さんのように、エロいことで大成功した人達もいるが、あまり気楽に真似しないよう忠告する)
ゲームなんかは微妙だが、ゲームを命懸けでやれると感じているなら、その天性があるかもしれない。
しかし、そんなこと、自分で判断すべきであろう。

とはいえ、ここは親切に、なりたいものになる、また、天性の才能があるかどうか見分ける簡単な方法を述べる。
作家になりたいなら、
「私は作家だ」
と心で、ゆっくり丁寧に、ずっと唱えるのだ。
そうすれば、作家になれる。
しかし、唱えるのがシンドかったり、唱える習慣が出来ないなら、本当は作家になどなりたくないのだ。
そもそも、本当に作家になりたいなら、すでに、それなりに書いているはずである。
村上春樹は、修行時代、昔のことだから(ワープロもなかった時代と思う)、原稿用紙10枚をノルマに毎日書いていた。
おそらく、盆暮れ正月例外なく書いたはずだ。
イチローだって、自分は毎日練習していることについて、
「どうして練習を休まないといけないのか理解出来ない」
と言っていたと思う。
ただし、村上春樹は、原稿用紙10枚以上は書かなかったそうだ。
一方、確かに、イチローの練習時間が長かったことは知られている。取材した記者によると、「イチローの練習は永遠に続く」のだそうだ。
しかし、イチローは練習を楽しんでいたのだし、実際、「毎日やりたいですね」と言っていたのだ。
村上春樹も、楽しく書けるのが10枚だったのだろう。
ただし、イチローも村上春樹も、それを、地球が爆発しても続けたのだ。

ところが、「自分は何が向いているか分からない」「夢がない」なんて言う者が多い。
それは、あなたが奴隷の仕事しか選べないようになるために、学校とテレビに思想統制されたからだから、まあ、仕方がないかもしれない。
だが大丈夫。
これに関しては、何度も書いたが、世界的セールスマンだった、夏目志郎さんの話が参考になる。
失敗ばかりのまるで駄目男人生をばく進していた夏目さんは、神様にこう祈った。
「これまでの人生の失敗は私の責任です。しかし、これからの人生については、神様、あなたに責任を取って欲しいのです。まずは、これはという仕事を下さい」
すると、夏目さんが言うには、奇跡が起こり、翌日、百科事典販売会社からスカウトが来たのだ。
まあ、そんなに難しいことをしなくても、
「神よ、与えたまえ」
と心で言えば良いのである。
イエスも言ったではないか。
「欲しいものは何でも神に求めよ。全部、与えられるだろう」
(マタイ福音書より)








凡人に極められる分野は1つだけ

幸福な一生にしたければ、自分が好きで得意なこと・・・出来れば、三度の飯より好きなことを見つけ、それに邁進することだ。
出来れば、早いうちにそんなものを見つけ、1万時間もやれば、「1万時間の法則」が大体正しいと思うので、プロになれる。
そして、プロの中でも、所詮、長い時間を費やした者が抜きん出る。

ところで、では、コンピュータープログラミングはどうかというと、注意しないといけないことがある。
コンピュータープログラミングと言ったところで、分野が多いし、近年、ますます多くなってきた。
OSやコンパイラなどを作る基本システム分野、通信分野、グラフィック分野、統計分野、シミュレーション分野、企業システム分野、AI・・・そのいずれにも、さらに、小さくはない専門分野がある。
IT業界で、上位者として楽しく仕事をしている人は、ある程度は何かの分野に特化している。
私のように、あれこれ手を出してきた者は中途半端になる。
どの一分野も、生涯をかけても、なかなか究極までは到達しないので、やはり、いずれは(ただし、あまり遅くなく)専門分野を決めた方が良い。

アインシュタインは学生時代、数学と物理学のどちらの研究者になろうか迷ったらしいが、数学は、その一分野でも一生をかけて足りないと思ったことが、物理学を選んだ1つの要因であったらしい。
それでも、世の中には、ロジャー・ペンローズのような数学者にして物理学者という凄い人もいるし、数学に強い物理学者も多い。
だが、アインシュタインがそうなのだが、湯川秀樹も数学はあまり強くなかったらしい。
しかし、そのように、物理学に特化したから、2人は大成功したのかもしれない。
大谷翔平さんも、ピッチャーかバッターかのどちらかに特化した方が良いと思う。
また、ピッチャーの中でも、野茂英雄さんは、ほとんど、ストレートかフォークしか投げなかったという。
それどころか、ナックルボールを磨きに磨いて、それ一本で名投手になったメジャーリーガーもいて、考えてみたら、それは楽しいことだと思うのだ。
バッターでも、ホームランしか狙わなかった落合博満さんや、単打を重視したイチローも、やはり、特化を狙ったことが良かったように思う。

言うまでもなく、「俺は酒の道一本」だとか、グルメ道に血道を上げるとか、色の道一筋というのは、まあ、99%以上は悲惨な結果になる。
エドガー・アラン・ポーは、確かに酒が入る度に筆も冴えたらしいが、彼は普通の人ではない。
しかし、この大天才も、酒のために40歳で貧困の中で病死している。
しかも、その2年前、エドガーが24歳の時に13歳で結婚したヴァージニアも結核で死んでいる。
まして、凡人である我々は、ある程度は快楽を避け、節制に励むべきだし、快楽の誘惑に勝てるだけの充実感を得られるものを見つけることが大切だ。
思うに、ポーは天才過ぎて割と簡単に成功出来たので、余裕があり過ぎたことが災いしたのだろう。

とにかく、「自分の専門は何か」に対し、1秒で答えられないなら、迷い多い人生になりかねない。
その問いに対し、まさか「酒飲み」とか「ただのゲーマー」とは答えられない。
そして、長年続けてきたことに価値があれば、望まなくてもお金は入って来るだろう。
けれども、何も特別なことを続けてこなかったら、寂しい晩年になる。
元マイクロソフト日本法人の社長だった成毛眞さんは、著書の中で、既に歳を取っていてもいいから、定年までに何かで1万時間やることを薦めていた。確かに、歳を取っている場合、やり直しがきかないので、真剣にならざるを得ないが、危機感を感じて真剣に考えれば、良い道が見つかるものだ。
ところで、何かに一途に取り組んでいるとして、「これをやっていて、本当に食えるようになるのか」ということは、私ならあまり考えない。
日本を代表する思想家の吉本隆明さんは、「物書きになりたいなら、とにかく毎日書け。書けなくても書こうとはしろ。それで10年やれば必ずモノになる」と書かれていたが、それが本当かどうかは分からない。
だが、スティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学での有名な講演で言ったように、信じるしかないのである。
結論。
好きなことを見つけ、それで身を立てられると信じ、粘ることだ。
そのためには、やはり、いつも言う通り、アファーメーションが大いに力になるはずだ。








引き寄せの素振り

北野たけしさんが言ったからどうというのではないが、彼が著名人の話をする時、実際に会って話していると思える場合には、多少、ポイントが高い(信憑性がある)かもしれない。
で、その北野さんが以前、何かのテレビ番組で、プロ野球のバッターの素振りについて、
「一晩中、バット振ってるやつって、やっぱり好きでやってんだ」
みたいなことを言われていたが、それが当たり前であることと共に、北野さんは、実際に思い知ったことがあるのかもしれない。

改めて言うのも何だが、人間は好きなこと、楽しいこと、面白いことをしなければならない。
イチローが素振りをする時、
「苦しいけど、打撃上達のために」
なんて思っているはずがない。
楽しいから振っていたに決まっている。
だが、やっぱり、何かのために、シンドいけど、筋トレしたり、勉強したりする人が多いのだ。
それが、一般の人間の能力を、低レベルに留めておきたい支配者の企てでもあるかのようにね(笑)。

『信念の魔術』という本で知られるクラウド・ブリストルは、暇があったら、そこらの紙に$(ドル)マークを書いてしまうらしい。
つまり、お金が大好きで、実際に、大きな富を築いたようである。
だが、皆が皆、お金が好きな訳ではないので、各自、自分が好きなことをやれば良い。
私は¥マークを書いても、そんなに楽しくはない(笑)。

プログラミングの素振りは、「写経」で、良いプログラムを何も考えずタイピングすることだ。
写経が楽しいなら、間違いなく優れたプログラマーになれると思う。

引き寄せの法則では、イメージして楽しい気分になれば、イメージした通りが現実になる。
だが、「イメージしなければならない」と思ってイメージしても、楽しいはずがないから、それは現実にならない。
イメージするだけでは駄目で、良い気分になることが絶対条件だ。そこを省いてしまっている引き寄せの本が多い。
それどころか、良い気分でいれば、宇宙の方で、あなたをさらに良い気分にする出来事を「みつくろって」くれる。
政木和三さんは、研究所の近くのホテルのレストランでは、初めて行った時から、座っても何も注文しなかったらしいが、いつも、丁度良いものを出してくれると言う。
実際、私が一緒に行った時も、政木さんも私も何も注文しなかったが、和風の美味しい料理が出てきたものだった。
本当の願いなら、それが実現した時のことを考えると楽しくなり、宇宙は、その良い気分に同調して、それを実現してしまうのである。
そして、本当に楽しいことなら、長い時間でも考えていられるだろう。
イチローの素振りや、ブリストルの$マークのように。
(願った後、忘れてしまうという手もあるが、つい考えてしまうほど楽しければ仕方がない。大いに考えると良い)

また、『イット・ワークス!』で教えていることも、毎日、楽しく出来るし、考えるだけなら、いくらでも考えることが出来、それが楽しければ、やればやるほど願望の実現は速くなる。
これが、引き寄せの素振りと言えるかもしれない。








日本人らしい細やかさを生かせば勝てる

私は一頃、世界的芸術家の岡本太郎さんや池田満寿夫さんに夢中になり、彼らの著作をよく読んでいたが、その時、つくづく思ったことが、
「育ちは隠せない」
ということだ。
悪い言い方では、「お里がバレる」と言うが、それはもう確実にバレる(笑)。
芸術における簡単な例を挙げる。
西洋の絵画には、女性のヌードが多く、最初にこれを見た日本人には衝撃であった。
衝撃であったということは、日本人には似合わないということだ。
だから、日本人画家が真似して女性ヌードを描いても、さっぱりサマにならなかった。
岡本太郎が言うところでは、西洋では、中流家庭でも家は大きく、部屋も沢山あり、夏は女性は部屋に鍵をかけて裸になることは珍しくはないらしい。
そして、部屋にずっと1人でいるのは退屈なので、親しい人と一緒に裸になることも多いのだと思う。
つまり、裸になったり、それを見ることにも慣れているので、ヌード画も、それほど不自然ではない。
ヨーロッパでは、お客さんと一緒に、女性でも裸でサウナに入ることが珍しくない国もあるらしい。
しかし、うさぎ小屋と揶揄(やゆ。からかうこと)される日本の中流以下の家で、ふすま1枚向こうでお姉ちゃんが裸で転がっているはずがない(笑)。
今ですら、日本人画家の女性ヌードは、どこか無理があると思えるのだ。

※ただし、明治以前には日本人も、銭湯だけでなく、家の前で女性が水浴することが普通で、裸になること自体は抵抗がないこともあったが、西洋のように、それが日常という感覚とは違うと思う。

また、池田満寿夫さんは、西洋のコンクールで、日本では大画家と言われる人達を差し置いてよく入賞したが、ある時、そんな大画家が、池田さんに、
「お前が入選するのは、版画であるという以前に、絵が小さいからだ」
と指摘し、池田さんも、すぐ納得したらしい。
まず、版画の出品が少ないので、入選の可能性が高まる。
それと共に、池田さんの作品は、十数センチ四方のものもあったりで、特に、西洋人画家の馬鹿でかい作品と比べればミクロの作品だ。
だが、やはり小さな家で育ち、何もかも省スペースでやる日本人が大きな作品を作るのは無理がある。
しかし、そんな日本人だからこそ、小さな空間を生かすノウハウが、幼い頃から育つのである。
日本人の手先が器用なのも、小さなものを使うことが多いからで、それは自然、緻密さにつながる。

初音ミクさんを見てても、日本らしい細やかさがあると思う。
最近は、中国生まれのボーカロイドも増え、確かに、中国らしい、雄大で伸びやかな、少女の場合は優雅さといった良さもあるが、やはり、ミクさんと比べると、どこか大雑把な感じはあると思う。
アメリカ製ボーカロイドは今のところないと思うが、作ったとしても、おそらく、大味過ぎて、日本的な細やかな情緒はないと思う。
まあ、それは、アニメなどを見ても分かると思うが。

日本人は、よほどの富豪の家で育った場合は別だが、ちまちま慎み深くやるのが向いている。
イチローが、ちまちまシングルヒットを打ったと言ったら言い方は悪いが、あれほど緻密なバッティングはアメリカ人には向いてないので、アメリカでイチローのようなバッターはなかなか現れまい。
ただし、だからイチローがアメリカでコーチをやっても、あまり成果は出ないのではと思う。

だから、あなたが中流以下の家庭で育った日本人なら、日本人らしい仕事を日本人らしくやるのが向いている面は、やはりあると思う。
例えば、プログラミングでも、各国の特徴がある。
アメリカ人は、共通部品を最初に作って、それらをダイナミックに組み合わせてでっかいものを作るのが得意だ。
アメリカで「オブジェクト指向プログラミング」が発達した理由はそれだ。
日本人の場合、共通部品と言いつつ、部品ごとに細かい差異を作ってしまうので、効率が悪く、大きなシステムを作るのは苦手だ。
中国人の場合は、発想は壮大で、凄いものを作る反面、仕上げは雑で、トラブルがいっぱい出る。

引き寄せも同じである。
アメリカのナポレオン・ヒルやジョセフ・マーフィーなどを見ても、やはり、アメリカンな雄大さがある。
それを日本人がそのままやろうとしても、なかなか馴染まない。
勘違いしている人がいるが、引き寄せをやっても、皆が皆、億万長者になる訳ではなく(なりたい訳ではなく)、アメリカ人は、マーフィーらの本を読んで、自分に適したことで成果を上げていると思う。
しかし、日本人の場合、その人にあった細かい解説をしないと、うまくやれない面があると思う。
また、アメリカ人のものでも、フローレンス・スコーヴェル・シンや、ロンダ・バーンら女性が書いた(制作した)ものの方が、細やかで日本人に向いている。
昨夜も紹介した、成功法則の古典『イット・ワークス』は、わずか30ページほどの中で、親切、細やかに書いてあり、日本人向きと思う。
同じ傾向のものが、『マスターの教え』や『マジック・ストーリー』(『人生を変える魔法の物語』のタイトルの翻訳もあり)と思う。








どうすれば特別な人間になれるか

イチローさんが昔、子供向けの講演で、「早く好きなことを見つけて下さい」と言われていたらしいが、なぜ、早く好きなことを見つけたら良いのかを説明していたかどうかは、私は知らない。
「そりゃ、子供の時からやっていたら有利だからじゃないのか?」
と思うかもしれないし、それは間違いではないが、それでは誤解が起こる。
なぜ、子供の時からやっていると良いのか?
それに対しては、多くの人が、「若い方が学習能力が高いから」と思うだろう。
確かに、それもあるかもしれないが、それが本質ではない。

正しい答は、「沢山時間をかけられるから」だ。
イチローさんは、誰よりも野球に時間をかけたから成功したのだ。
そして、時間をかけるためには、イチローさんが言うように「好きなこと」でないと無理なのだ。
子供の時から、毎日、無理矢理、長時間、ピアノのレッスンをやらせたって、ピアノを好きにならと、音楽家にはなれない。

イチローだけでなく、成功した人は皆、長時間をかけたから成功したのである。
この点、決して例外はない。
だが、逆に言えば、時間をかけさえすれば、誰でも成功する。これもまた真実である。
アメリカのプロ野球選手だった、テッド・ウィリアムズは、子供の時からバッティングが大好きで、子供の時から、起きている時間の全てをバッティングにつぎ込んでいた。
バッティングをするために目覚め、いつでもどこでもバットを振り、夜は親がベッドに押し込まない限りバッティングをしていた。
もちろん、それは大袈裟だろうが、そんな雰囲気であったらしい。

プログラミングをマスター出来るかどうかは、かけた時間だけで決まる。
また、プログラミングの実力は、プログラミングをした時間に正確に比例する。
ただ、やはり、好きでなければ、長い時間やれない。
学校でプログラミングを教えるらしいが、やめた方が良い。
学校は、「授業でやることを嫌いになる場所」だからだ。
言うまでもなく、大切なことは、プログラミングを好きになることだ。

米津玄師さんって人は、才能もあるだろうが、やはり、誰よりも音楽に時間をかけたはずである。
たとえ彼だって、他の面白そうなことに誘惑され、そんなものに時間を取られていたら成功しなかっただろう。

アニメの『ソードアート・オンライン』の第2期の『ソードアート・オンラインII』で、主人公のキリト(男子高校生)が、新しいゲームに挑むのだが、新参者ながら、普通の者とは全く違う特別さがあり、作中の人物や見ている私も惚れ惚れさせてくれる。
彼の特別な雰囲気が、あり得ないことだが、実力者のシノン(女子高生)の心を乱してしまう。
では、キリトの特別さの正体は何かというと、やはり、学校にも行かずにオンラインゲームに注ぎ込んだことで作られたものだ。
つまり、あなたにとってイチローはイマイチでも(笑)、キリトのようになりたければ、何かを好きになって、それに時間を注ぎ込むことだ。
そうすれば、シノンのような可愛い子もクラクラさせられるのである(笑)。
いままで、時間を注ぎ込む何かをやってこなかったとしたら、それこそ、早く何かを始めなければならない。
マイクロソフト日本法人の社長だった成毛眞さんは、著書の中で、定年までの10年ほどで、そんなことをすれば、その後自由に生きられるようなことを書かれていたが、言い換えれば、それをしなければ、不自由な定年後が待っている訳である。
たとえ怪しげなことだって、好きで長い時間をかければ、特別な力を持てる可能性が高い。
少なくとも、何にものめり込まなかった人とは比べものにならないはずである。













当ブログ著者、KayのAI書。
数学やAI理論は分からず、プログラミングも出来ないが、Excelなら使えるという人に、実用AIを作れるようになっていただくための本です。
もちろん、理系の人にも楽しんでいただける内容になっています。
楽しい実習形式ですが、退屈なテーマを避け、なるべく面白いテーマを採用したつもりです。
ほぼ全ての実習のためのデータが作れるExcelマクロを無料でダウンロードできます。
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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