ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

イエス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

アイデンティティを持つ第一歩

『涼宮ハルヒの憂鬱』の第1期アニメのオープニングの中の、顔が隠れた長門有希の絵の元になったストーリーだったと思うが、長門有希が書いた小説に、こんな感じのことが書かれていたと思う。
幽霊に名はないが、名前をつけてやると幽霊でなくなる。
長門有希は、幽霊のように何もない存在だったが、有希という名を得たことで、何かになったのである。

この場合は、「幽霊」を虚無といった意味で言っているのだろうが、要は、名をつけることで、虚無ではなくなり、存在するようになるということだ。
分かり易く言えば、名前がなければ、居ないのも同じだが、名前をつけることで、何者かとして、ここに居ることになるのである。

『物語』シリーズの中の『終物語』で、忍野メメが、「俺の可愛い姪っ子に何しやがる」と言い、扇が自分の姪っ子であると宣言したことで、怪異(妖怪)であった忍野扇は怪異でなくなった。
扇がメメの姪っ子であるというのは扇の嘘だったが、メメがそう言うことによって、扇はメメの姪っ子としての存在を得てしまった。
だから、妖怪として消される必要がなくなり、その後も存続し続けるのである。

名前はあっても、クラスの中で無視され続ければ、その子は居ないも同じである。
その子自身、自分のアイデンティティがない・・・つまり、自己を確立出来ないのである。
存在出来ないことほど苦しいことはない。
だから、最大のイジメは無視だと言われる。

『チャイニーズ・ゴーストストーリー』で、イン導師が「わしは幽霊か?人間か?」と悩んだ。
あれほど修行を積んだ者でも、アイデンティティの喪失は辛いのだ。
人は皆、自分の存在証明を求めている。
今の人にはアイデンティティがないので、自分の存在証明がなかなか得られないが、それは苦しいので、自分を認めてくれる人を渇望している。

だがね、忍野メメが、扇のことを「俺の姪っ子」って言ったように、あなたは、自分で自分のことを何かだと言わないといけない。
「わしはおらんのじゃ」と悟ったフリ、聖者のフリをしたって駄目だ。
聖者は、まず、自分の強いアイデンティティを確立してから、それを壊したのだから。

では、あなたは何だろう。
クリシュナはアルジュナに言った。
「人類で最も優れた男よ」
「敵を殲滅する者よ」
と。何度も何度も。
それで、アルジュナは自分のアイデンティティを強くしたのだ。
エマーソンは自分を「世界の所有者」と言った。
大雑把で良い。
イエスのように「王(彼の場合はユダヤの王)」というのはいかがか?
でっかくいこうではないか。









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運命を受け入れるとうまくいく理由

「一切をなりゆきにまかせ、作為を捨てれば、充実した一生を送ることが出来る」と言った荘子だが、では、荘子の著作『荘子』に登場する、一切をなりゆきにまかせて作為をしなかった人達は、どうなっただろうか?
そのうちの1人は、身体がひんまがるような重病になり、苦しみ抜いて死んだ。
だが、彼は、安らかに大往生したとある。
1人は、貧乏のどん底で食べるものもなく飢える。それでも、納得はしていたが・・・
駄目じゃん(笑)。
ただし、荘子が生きた、今から2400年程前の中国は、庶民は権力者に蹂躙され、何の希望もない時代だったことを忘れてはならない。
法然や親鸞の時代も似たようなもので、彼らは、庶民の最後の希望である、「念仏を唱えれば、死んだら極楽浄土に行ける」ことだけを説いたのと同じだ。
しかし、親鸞は、念仏を唱えれば、現世でも幸福になれることを説くようになった(現世利益和讃)。
親鸞は、念仏を唱える以外に、良いことをしようと思ってはならず、また、悪いことをしてしまっても後悔する必要はないと教えた。
まさに、なりゆきにまかせるということだが、そこには、阿弥陀如来への絶対的信頼がある。

実は、イエスも、荘子や親鸞と同じことを説いている。
「神の許しがなければ、どんなことも起こらない。そして、神はあなたを愛しているのだし、あなたが欲しいものなんか、言われなくてもちゃんと解っている。安心しなさい」

言い切ってしまうと、この世は、超高度なコンピューターが作り、動かす仮想世界、シミュレーテッド・リアリティーだ。
だから、基本的運命は完全に決まってる。
しかし、私のようなプログラマーの考えでは、これほど高度なプログラムを作るなら、精妙な柔軟性を持たせないはずがない。
原始的な今日のプログラムさえ、起こる事象が影響を与え合い複雑微妙に連鎖する世界を構築出来るようになってきてるのだから。
世界に身をまかせ、逆らわなければ、適切に対応出来るよう、我々は作られている。
そして、世界に直接働きかけるのではなく、自分自身に作用を与えることによって、世界は動くように出来ている。
毎日、腕振り運動を千回やれば、それに応じて世界の方から動くようにね。
ここらへんも、プログラミングから推測出来るのである。

だが、ある人が、ラマナ・マハルシに「私は世界に身をまかせているが、良いことがない」と言うと、マハルシは、「あなたにはまだ作為がある。本当に身をまかせていない」と答えた。
なりゆきにまかせるとは、決して、怠惰になることでも、厭世(えんせい)的になることでもない。
思いっきり音楽活動をするのが運命ならそれをするし、『バガヴァッド・ギーター』のアルジュナのように、戦争をする運命なら、勇敢に戦う。
あるいは、反戦運動をするのが運命なら、やはりそうするしかないのだ。
ジョージ・ワシントンは、運命に身をゆだねるまでは散々な人生だったが、運命を受け入れ、逆らうことを止めた時に、偉大な人生への道を歩み始めた。
『バガヴァッド・ギーター』は、このシミュレーテッド・リアリティである世界を生きるためのマニュアルなのである。
『荘子』や『歎異抄』は良い参考書のようなものである。









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家康の大嘘、釈迦の正直

今朝、「狂気」について書いたが、狂気って何だろう?
それは、自分が一番だと思うこと、天下を取ろうと思うこと、天上天下唯我独尊と思うことだ。
お釈迦様も、かなりイっちゃってたのだと思う。
イエスだって、自分はソロモン以上の賢者、神の子、ユダヤの王って言ってた、あるいは、言われて否定しなかった。
エマーソンは、「私は世界の所有者」と詩に書いている。

これほどの根性、気合いがないなら、成功しようなどと思わず、平穏無事な人生を願うことだ。
そして、エマーソンは皆に、王になることを薦めている・・・いや、正確には、元々、王であるのだから、それらしくしなさいと言っていたのだと思う。
「英雄について書かれたものを読む時は、それは自分の話として読むべきである」
とね。
『マジック・ストーリー』では、プラス・エンティティ(プラスの自分)は、
「世界は私のものだ。私は人にものを頼まない。要求するだけだ。私の要求は絶対だ」
と言う。
この呆れ返る、凡人からすれば狂気でしかない気構えが、本当の自分には必要なのである。

ずっと前に書いたが、徳川家康が、天下を取る秘訣を聞かれた時、家康が、
「長い方、短い方、どっちが良いか?」
と言うので、「両方」と願うと、家康は、
「短い方は、『上を見るな』。長い方は、『身の程を知れ』だ」
と言った。
大嘘だ!!
身の程知らずで、上を見続ける狂気を忘れなかった家康が天下を取ったのだ。
家康のその答は、家康が家臣を従える方便か、日本国家が国民を治めるために、家康を利用したのだろう。

「弾は俺には当らぬ」と悠然と戦場を歩いた信長の、そして、藤平光一氏の狂気を見習うべきだ。

無論、何の根拠もなく、闇雲に傲慢に構えれば、たちまち潰される(弾も当っちゃう)。
だから、呪文を唱えよ。
「世界は意のままだ」
「俺に不可能はない」
「内なる全能の力を信じる」
「いかなることにも自信がある」
「天上天下唯我独尊」
「私は世界の所有者」
「鉄の自信がある」
「天が味方だ」
大事なことだから、何度でも言うが、呪文は、
「ただ1つの呪文を、感情を込めず、けれども丁寧に、心の中で、出来るだけ多く」
唱えるのである。
すると、このシミュレーテッドリアリティである仮想世界に、現実歪曲空間が発生し、全てが回り始めるのである。









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冷静な自信

今朝起きて、呪文を唱えると、世界を支配するために私が得た2つの情報がやってきて結び付いた。

1つは、昔読んだ、インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『あるヨギの自叙伝』に登場した、虎と戦う聖者タイガー・ババのことだ。
日本にも、農耕用の牛を素手で殺す空手家がいたが、これは確か、戦う意欲など全くない牛を押さえつけて角を手刀で叩いて折るという、少なくとも今なら動物虐待に問われかねないものだった。しかし、タイガー・ババの場合は、素手で虎とまともに戦うというものだ。
しかし、いかに鍛えた人間でも、虎が相手では力の差があり過ぎて勝てるはずがない。
けれども、タイガー・ババは虎を打ちのめし、勝利の証として、負けを認めておとなしくなった虎の口の中に、自分の頭を入れて見せたらしい。
そのタイガー・ババが言った言葉を、私は非常に印象的に覚えている。
「普通の人間は冷静な自信に欠ける」
当時、若い私は確信したものだ。
「冷静な自信」こそ、人間最大の力であると。

一方で、こんなお話を思い出す。
私がまだ子供の時にテレビで見た、モノクロの西洋の映画だ。
高層アパートのベランダで、小さな男の子が、母親に手を掴まれてぶらさがってる。
母親が手を離したら、男の子は、はるか下の地面に激突して死ぬが、母親の手の力にも限界があり、母親の顔に苦悶が浮かぶ。
辛そうな母親の顔を見た男の子の頭の中に、地上に向かって落ちる自分を天使が支え、微笑みながら地上に軽々と着地する自分の姿が浮かぶ。
聖書の詩篇91に、「天使はあなたを支え、石に足を打つ付けることはない」と書かれているのを、この男の子も読んでもらったことがあるのかもしれない。
そして、この男の子は、自信を持って、母親に、「手を離していいよ」と言う。
もちろん、母親は、そんなことをしようとは思わず、「坊や、なんてこと言うの!」と言うが、もう手は限界に近付いていた。
幸い、素晴らしい男性がそれを見つけ、見事に助けたが、そうでなければ、坊やの自信は裏切られ、幼い命を落とし、母親は人生最大の悲しみを味わうところだったはずだ。
この男の子の自信は、妄想というか、幼いファンタジーだ。
それは正確には自信と言わない。
別に、幼い子供でなくても、ファンタジーに囚われた愚かな大人だっている。
ジョセフ・マーフィーも、自分は女優になると言っている大人の女性に、「幼いお伽噺は卒業しなさい」とたしなめている。
妄想のような自信と、タイガー・ババが言った「冷静な自信」とは違う。

もっとも、その男の子が助かったのは、助けたのが天使でなくても、男の子の自信のためだったかもしれない。
私も、7歳くらいの時、住んでいた団地の前を走る、交通量の多い車道に、「目をつぶって飛び込めば、車は来ない」というおかしな自信を持っていて、それを実際に「ずっと」やっていた。
今はもちろん、そんなことは出来ない。それで無事で済む自信はないし、そんな自信は欲しくない。
だが、今は、どんな自信が必要か分かるほとには賢くなったのだ。

人間にとって、最も素晴らしいものは「冷静な自信」だ。
それを教えるために、タイガー・ババは虎と戦って見せたのだが、ではどうすれば、それが得られるかを教えることが出来たとは思えない。
自信さえあれば、イエスも言ったように、山をも動かせるというのに。
自信を持つ方法、それはもう、絶対に呪文しかない。
「自信がある」「どんなことでも自信がある」といった言葉を1つ考え、選び、感情を込めず、しかし、丁寧に、いつでも、出来るだけ多く心の中で唱えるのである。
人間は、自在に自信など持てない。
人間は、心を支配出来ないからだ。
しかし、言葉は支配出来る。
そして、言葉が心を導くのである。
根気強く「自信がある」という呪文を唱え続ければ、猛獣も、ウイルスも、ミサイルも、あなたを害することはない。
だが、特別な理由でもない限り、それらと戦う必要はない。
本当の自信を持つようになるほど、愚かなことはしなくなる。
けれども、真に自信がある者は、世間の人には愚かに見えても、本当に必要なことなら、当たり前に行うことだろう。









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完全数呪文

イエスは「信じる者は何でも出来る」と言ったが、どうすれば信じられるかは言わなかったように思う。
では、どうすれば信じられるかと言うと、
「全ての願いが実現すると信じる」
と、感情を込めず、けれども、丁寧に、心の中で、いつも繰り返し言えば良い。
他にどんな方法もない。
人間は、心を支配する能力はなく、自在に信じることは出来ない。
しかし、言葉を支配する能力があり、言葉は心を支配する。

普通は、アファーメーションと言われると思うが、やや長い新しい万能呪文を作った。

いかなる望みも叶う
この世は私の王国だ
私の要求は絶対令だ

神秘数3を基調とした、3×9(ミク)文字の「完全数呪文」である。
アリストテレスは言った。
「2は両方とは言うが、全部とは言わない。3で全部と言う」
ダンテの神曲は、三行韻詩の3編33歌の叙事詩である。もう見事なまでに3だ。
そして、ダンテが描く、世界(地上、地獄、煉獄)と天界は三次元球面という、いわば四次元的な構造をしている。
万能呪文の上位版である、この「3の呪文」「完全数呪文」で、あなたは絶対的な力を味方にするだろう。









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