ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

イエス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

苦労なんかしない

恐れや不安がない人間は、楽しい人生を送ることが出来る。
では、恐れや不安の正体とは何かというと、世の中には、自分より強い人が沢山いて、その強い人達の多くが、自分に対して親切ではないという嫌な予想だ。
一番良くないのは、自分より強い人がいくらでもいて、その人達のほとんどが、自分に優しくないと思うことだ。
逆に、一番良いのは、自分より強い人もいるだろうが、そんな強い人は、皆、自分に優しいと思うことだ。

だが、このことをどう思うかは、ほぼ、生まれ育った家庭で決まる。
親が、子供に対し、自分の方がずっと偉くて強いことを見せつけ、しかも、(稀には優しいこともあるかもしれないが)子供をいじめてばかりいる・・・そんな親が実に多く、ある調査では、全家庭の8割以上の親がそうであるという話がある。
父親だけでなく、母親もほとんど同じ、あるいは、本質的には母親の方が子供をいじめているとも言われている。
ところが、学校、あるいは、テレビでは、「母の愛は海よりも深く」なんて教わるのだから、その子は頭が混乱して、思考力を失くす。
さらにまずいことがある。
それは、母親は、自分が子供をいじめることが大好きであることを巧妙に隠し、「海よりも深い愛」を注いでいるかのように見せかけ、子供もそれに騙されている場合が多いということだ。

上のような親のために無力感を持った人間は、世の中でうまくやっていくことが難しく、いつも弱い立場に立たされ、辛い人生を送る。
では、どうすれば良いかというと、ある庶民(貧しい百姓)の念仏行者の男の例が参考になる。
その男は、元々は念仏行者ではなかった。
ところが、彼が19歳の時、父親が亡くなったのだが、父親が最後に、「俺が死んだら親様を頼れ」と言う。
自分が親なのに「親様を頼れ」とは変な話であるが、この「親様」とは阿弥陀如来のことである。
阿弥陀如来とは、阿弥陀仏であり、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える対象である。
彼は、父親が言ったことの意味がなかなか分からなかった。
ところで、彼は、飼っていた一頭の牛を大変に可愛がっていた。
彼が、その牛と、山に草刈に行った時のことだ。
草刈に励み、大きな草の束が3つ出来たので、牛に2束背負わせ、自分も1束背負った。
ところが、その1束が重く、歩くことが出来なくなり、牛に、「すまない」と言って、自分のも背負わせたところ、牛は全く平気である。
それで彼は悟った。
この牛でさえ、力ということではそうであるように、世の中には、想像も出来ないほど強い存在がいて、それが阿弥陀如来であり、その阿弥陀如来は、徹底的に優しい慈悲に満ちた存在であるはずだ。
彼は、お坊様の話を真面目に聞いていたので、そう確信したのだ。
それで、父親が言った通り、阿弥陀仏を親と思い、念仏を唱えて、全面的に頼ることにしたのだ。

イエス・キリストだって、「重荷があるものは私のところに来なさい」と言ったが、行ったらどうなるのかよく分からない。
しかし、ラマナ・マハルシが、よく分かるようにしっかり言ってくれている(イエスも分かり易く言ったのかもしれないが、転写や翻訳の際に、変な記述になったのかもしれない)。
マハルシは、次のように言っている。

どんな重荷を負わされようと、神はそれに耐える。神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をまかせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろうか?われわれは列車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。列車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。
~『私は誰か?』より~
【PDF】私は誰か?

親と頼るべき存在のことは、神でも、仏でも、阿弥陀如来でも、潜在意識でも、呼び名は何でも良いと思う。
『イット・ワークス』の著者は「インマヌエル(我らの中にまします神)」と呼んでいるが、やはり、どのような名前で呼んでも構わないと述べている。
『イット・ワークス』には、そんな偉大な力の助けを確実に得る方法が書かれているし、トランプ大統領の愛読書『積極的考え方の力』(ノーマン・ヴィンセント・ピール)も、神の力を求める方法を書いたと著者が述べている。








神罰はあるか

「正義は必ず勝つ」とか「悪が栄えた試しはない」と言うが、本当だろうか?
それは本当であり、ただ、正義が勝ち、悪が滅びるのに多少の時間がかかるだけだ。
だが、要するのは「多少の時間」に過ぎない。
だから、真理を言うなら、平家物語の冒頭にある通り、
「奢れる者は久しからず。ただ春の夜の夢のごとし」
である。

少しの間なら、悪いことをしても愉快に過ごせることはある。
だが、人間というのは、「本当の喜び」を欲しがるものだ。
それは悪人も同じである。
悪人であっても、自分の子供が可愛いと思うところを見ても、そんなことが分かる。
あるいは、悪人であっても、親友や恋人や妻や夫を愛するところは同じなのである。
だが、悪人は、それらを奪い去られる。
その惨めさは地獄のようである。

あるいは、悪人であろうと、健康を望まないはずがない。
大抵の悪人は、それを容赦なく奪われるし、仮にそうでないとしたら、数倍化した精神的苦痛が与えられる。
そして、やがては健康も完全に奪われる。
つくづく、悪にメリットはない。
少し長い目で見ればね。

テレビや新聞しか見ない、あるいは、ネットでも大手のポータルサイトしか見ない人は知らないと思うが、アメリカ大統領選挙は、今も続いているし、それどころか、ますます戦いは激しさを増している。
どちらが善で、どちらが悪とは言わないが、善と悪との戦いであることは間違いない。
バイデン側から見れば、トランプ側が悪であり、トランプ側から見れば、バイデン側が悪である。
主要メディア(CNNやニューヨークタイムズ等)はバイデン側であり、一部のオンラインメディア(エポックタイムズ等)がトランプ側であると言えるかもしれない。

バイデン側から言えば、選挙で負けたのに、敗北を認めず、アメリカを混乱されるトランプ側は悪である。
トランプ側から言えば、選挙で不正を働き、民主主義を奪うバイデン側や主要メディアは悪である。

だが、上に述べた通り、悪にメリットはないのだ。
少しの間は、悪いことをしても、贅沢で快楽に満ちた愉快な時間を送ることが出来る。
だが、末路の哀れさを考えれば、私なら、それほどの悪に手を染める気はない。

キリスト教、ユダヤ教、それに、イスラム教では、神や神の代弁者の教えに背くことが悪であり、神は必ず悪を罰する。
それは、善人も悪人も知っているはずなのだ。
そのせいか、神を畏れない振る舞いを続けていると、これらの宗教を信仰する悪人は、人相が悪くなる。魂の苦しさが顔に出てしまうのだ。

仏教の中でも、浄土仏教では、仏は悪人も救う。
ところが、キリスト教でも、深くイエスの教えを理解する者は、同じ結論に達するらしい。
神といい、仏といっても、本質は愛なのだから、どんな人間も憎まない。
だが、魂自体が神であり仏なのであるから、神仏の性質とあまりに違うことを続ければ、自分で悲惨を作ってしまうことは、逆に、神が人を罰する、一般的なキリスト教やユダヤ教の教えと一致してくるのである。
だが、浄土仏教を知る者には、念仏という手段があり、素早く悪の報いを免れることが出来る。
だから、海外でも、やむなく悪に加担し、魂を傷付けている者には、念仏の教えである『歎異抄』を愛読する者は多いのである。

いずれにしろ、イエスが言ったように、「隠されたものは、必ず明るみに出る」。
念仏を知らない悪人は、神の罰を免れることはなく、必ず悲惨に遭う。
「悔い改めよ」とか「神を畏れよ」という言葉は、快楽に目が眩んだ愚か者に対して効果がないことは、だいたい分かっている。
「念仏を唱えよ」が、最後の救いである。
ただし、「神よ、哀れみたまえ」も同じである。
悪人であることを止められないなら、「南無阿弥陀仏」あるいは「神よ哀れみたまえ」「主イエスよ、哀れみたまえ」と常に唱えるが良い。
それで、早くに悪を捨てる気になれば、痛みは少なくて済むかもしれない。








山の動かし方

大きな願いを叶えることについて、イエス・キリストは、
「山に向かって、歩いて海に入れと命じ、そうなると信じて疑わないならそうなる」
と言い、人間が隠し持つ力の大きさを示した。
だが、「信じて疑わない」ことが難しい。
引き寄せの法則の本にも、よく、「絶対叶うと固く信じて下さい」などと無責任なこと(笑)を書く人がいるが(年配の著者に多い)、これは、「叶わなかったとしても、俺の教えが悪いのではなく、お前の信念が足りないからだ」という逃げを最初に打っているのだろうか。
信念を強くする方法に関しては、合気道家の藤平光一氏が、毎朝、鏡の中の自分に向かって、「お前は信念が強くなる」と言っていたという話があるが、あれほどの人物でも、そんなことをしないといけないなら、我々凡人には、信念の獲得はあまりに遠い道かもしれない。

もし、簡単に信じることが出来るなら、どうなるだろう?
映画『トワイライトゾーン 超次元の体験』の中の12歳くらいの少年のように、どんな奇跡でも起こせるが、それでは、とてもまずい状態になる。
しかし、実際は、そうはならない。
疑いというものは、必要だから起こるもので、少しも悪いものではない。
もし、疑いを起こす能力がないなら、「俺は宇宙の帝王だ」とか「私はキリストの愛人だ」などと言って、隔離されることになるだろう。

では、結論に入る(笑)。
山を動かすというのは、しかるべき理由があって難しいのだが、水の上や、草の上を歩く程度であれば、信じることが出来れば可能だ。
もっと易しいものなら、『トーチェ氏の心の法則』に書かれている話が参考になる。
トナカイの肉しか食べないエスキモーが完全に健康であったり、また、ある未開民族では、脚の骨が折れて元気に走り回る。
これは別に、「トナカイの肉だけ食べてても栄養失調にならないという信念を持っている」とか、「脚の骨が折れても走れるという信念を持っている」のではない。
「トナカイの肉しか食べないと栄養失調で病気になる」ことや「脚の骨が折れたら走れない」ことを「知らない」のである。
M.マクドナルド.ベインの『解脱の真理』だったと思うが、草の上を歩く少女の話があるが、彼女は、普通の人のように「草の上を歩けない」ことを知らないのだ。
ただし、無知は問題でもある。
そこで、こんなやり方がある。
高藤総一郎さんの著書(今は古書も高価だ)に登場するある僧は、超人ハルクのような怪力の持ち主だが、元々はそうではなかったし、修行もほとんどしないという。
ただ、瞑想しながら、大岩を持ち上げたり、大木を引っこ抜いたりすることを想像すると、やがて、それが出来るようになったようだ。
その後は、山を持ち上げる想像をしているらしい。
そんなふうに、少しずつ、心を慣らしていくのである。
今後は、ますますVR(仮想現実)が進歩してくるので、これを利用した魔法力開発訓練も作れるようになるが、これは、別の問題も引き起こす。
つまり、現実で超人にならなくても、VR世界で万能であれば良いと感じ、現実に興味を失くすのである。
そこで、現実を夢とみなすことだ。
夢は、数限りなく見ているので、VRとは年季が違う。
夢の中でだって、物理法則は働くし、道徳が制限を加えてくれる。
つまり、夢だって甘くないのだ。
しかし、確かに、変革を起こし易い。
だが、夢も現実も、実は大した違いはない。
夢の中でも、高貴さ敬虔さを忘れなければ、つまり、立派な人であることを諦めなければ、世界は思い通りになるのである。








願いを叶える夢見術

眠っている時に、見たい夢を見るということは、誰もが挑戦したことがあると思う。
しかし、成功率はあまり高くない・・・あるいは、成功した試しはないと思う。
眠っている時は、顕在意識は停止しており、夢に現れるのは潜在意識の中にあるものだ。
誰も、潜在意識の中がどんなものかは分からないし、ほとんどの場合、潜在意識の中身は自分でも想像しないようなものなので、夢が予想外であるのは当たり前である。
また、夢というものは、目覚めて時間が経てば、ほとんど覚えていないが、それほど、潜在意識の中にあるものは、顕在意識で思うこととはかなり違うのである。

実は、夢で見たことは、何らかの形で現実になるものだ。
なぜなら、夢に現れる、潜在意識の中にあるものは、顕在意識で何度も繰り返し考えることによって作られたものだからだ。
だから、見たい夢を見るには、眠る前に考える程度では駄目で、普段から、繰り返し繰り返し考えなければならない。
そして、夢に見るほど繰り返し考えられたことなら、いずれ、現実にも表れるのである。

そうすると、面白いことが分かる。
引き寄せの法則で、願望を現実世界で実現しようと思ったら、イエス・キリストが福音書で言っているように、
「願いは叶ったと思えば叶う」
のであり、目標を明確にし、なんとか叶ったと思えれば良い。
しかし、叶った状態をイメージしても、心の中に、疑い、抵抗、葛藤が生まれ、うまくイメージ出来ない。
例えば、貧乏な人が、自分が金持ちになった状態をイメージしても、「まさかありえまい」と思ってしまうようにだ。
あるいは、憧れの女の子と恋人になったイメージをしても、「あんな素敵な子が僕なんか相手にするはじがない」「あんな高貴な子が僕の恋人だなんて恐れ多いし天が許さない」などと思うこともあると思う。
ところが、「こんな夢を見よう」と思ってイメージしたら、あくまで、夢なのであるから、もっと楽にイメージ出来ると思う。
それに、夢とはいえ、願いが叶う体験をするのは楽しいことなので、非常に良い気分でイメージが出来る。
すると、願いは叶うのである。
そんなことを続けていたら、夢と想像と現実の区別がつき難くなると思う。
その状態が快適に思えれば、願いはすぐに叶うようになるし、「願う前に叶う」という、初めは少し奇妙に感じるが、愉快なことも多くなる。
その頃には、あなたはもう地上のマスターである。








子供魔法教室

苦しい状況、辛い立場にいるなら、世間で言うところの現実的問題解決とは別に、現代の魔法、引き寄せをマスターすると良い。
確かに、人間の運命なんて複雑だし、本来は、他者の世界についてあれこれは言えないのであるが、引き寄せの魔法に不可能はないのも確かである。
日本の中でさえ、自殺を選んでしまう人達が少なくないし、世界には、さらに想像も出来ないほどの不幸がいくらでもある。
その中で、特に女性や子供を守ることは、物質的には非常に難しい場合が多い。
けれども、弱い立場、苦しい事情を抱える人達は、宇宙の法則についてあまりに無知だし、そもそも、こういった話は、胡散臭く思われたり、さらには、非難されることもあるだろう。
しかし、子供の時から魔法を使っていた私には、それには、悪い境遇から抜け出せる希望を感じるのである。

不幸の中にある子供達は、大人の救済・援助がなくては救われない。
だが、「変な意味」での援助は、瞬間は助けられたように見えても、さらに深い不幸を呼び込む。
上にも述べたが、子供の不幸すら複雑な運命があるのかもしれない。
しかし、子供ですら、ましてや、大人であれば、魔法(宇宙の法則)を活用出来れば、運命を変えられるに違いないと思うのである。
確かに、何でも思い通りにはいかないかもしれない。
それは、不可能なことがあるというのではなく、宇宙の仕組み、人間の精神の仕組みの上で、何らかの理由で起こし難いことがあるのも確かだという意味である。
だから、現時点で出来ることから始めなければならない。

まず、世間的な常識でも分かることは、いかなることであれ向上するためには、繰り返し行うことが大切だということだ。
野球のバッティングが上手くなりたいなら、素振りを繰り返す回数を上げれば良いようなものだ。
引き寄せの魔法も同じだ。
もっとも、人間は、元々が、この魔法を使えるのであるから、何も教わらず、何の修行もしなくても、魔法の力を使う子供もいる。
そんな人達は、大人になってから、「子供の時は、魔法を楽々と使っていた」とよく言う。
そんな子供の時のことを、夢のように思う者も多いが、確かに現実だったと認識し、その気になれば、今でも、あるいは、今の方が大きな魔法を使えると知っている人もいる。
だが、いずれにしろ、本当は、どんな子供にでも可能なのである。
そして、大人であっても、繰り返すことで魔法を身に付けることが出来る。

魔法とは、よく言われる言い方で言えば、「望む状況の波動に周波数を合わせること」であるが、これは正しいながら、曖昧に感じられても仕方がないので、魔法を教える上で、あまり適切でないかもしれない。
少し昔、波動という言葉自体が一般的でなかった頃には、魔法とは「精神に自在に変革を起こすこと」と言われ、現在でも、こちらの方が良いかもしれないが、随分、ハードルが高く感じる。
最も単純に言えば、微妙なニュアンスはあるが、「心が楽しい」「気持ちが明るい」「気分が良い」ことが、魔法発動の条件である。
確かに、集中された想念は魔法を起こすが、この場合、理性、自意識、自我、思考・・・そういったものが消えるほどの集中が要求される。
ただ、経験的には、強い願いがある時は、割と容易い。
けれども、普通は、悪い気分にある時、自分で気持ちを切り替えて、良い気分になれば良い。
私が好きな言い方では、まずは、「しゃんとする」ことである。
そして、福音書に書かれたイエスの教えを使う。
即ち、「願いは既に叶ったと思う」ことだ。
そうであれば、「心が楽しい」「気持ちが明るい」「気分が良い」のが自然だ。つまり、当たり前だ。

一部の引き寄せの教えにあるように、「願いが叶ったと思って感謝する」ことは、難しいかもしれない。
現実には叶っていないことに感謝することは難しいからだ。
人間は、現実に願いが叶って初めて感謝する。
だから、既に叶っていることに感謝するのである。
何でもいいから。
住む家がある、着る服が1着でもある、歩く脚がある、見る目がある・・・何かはあると思う。
さすがに、「生きていることに感謝する」と言うのは、素晴らしいことではあっても、実際には難しいが、誰でも、その上に、さらに良いものを1つくらいは持っていると思う。
私の場合、あり過ぎて、かえって普段、見過ごしてしまうのであるが。

いずれ、「子供魔法教室」でも作りたいものだと思う。
魔法以外にも、普通の生きる術も学べると良いだろう。
残念ながら、少し先かもしれないが。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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