ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

イエス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

なぜ素振りが多いと勝つのか

もし私が野球のバッターなら、誰よりも多く素振りをするだろうし、物理学者なら1日中思考実験をするだろう。
もし、それが出来ないなら、素質がないってことだ。
いかなる分野であっても、野球の素振りのような何かを多くやれば成功し、少なければ失敗する。
プロゲーマーの素振りは何か、トレーダーの素振りが何かは私は知らないが、それらの分野でも、一流はやはり素振りをしているのだろう。
素振りとは、その分野の最も重要な「型」である。
キリスト教なら、マリア様の像のように手を合わせるか、イエスの像のように、てのひらをかざすかだ。
それらの動作が多ければ多いほど神の領域に近付く。
馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、そういうものだと思う。
「素振りばかりやってて、野球選手に必要な能力が得られるはずがないじゃないか?」と言いたい人も多いだろうが、素振りさえやっていれば、必要な能力は全て得られる流れになっていくものだ。
だから、どんな分野でも、成功したければ、「私の分野での素振りは何だろうか?」と考えれば良い。

そして、野球選手の素振りの動作も、本当は不要であることが分かる。
素振りは、意識をバッティングに持っていくための方便(手段)だ。
本当に大切なことは、自分が専門にしたいことに意識を向けることだけなのだ。
だから、一番良いのは、アインシュタインの思考実験で、彼が人類史上で傑出している理由はそれである。
彼は、脳の重さも標準的であり、しかし、特に変わった脳でもなかったが、常に思考実験していたのが、他の人、他の物理学者と違っていたところだ。
つまるところ、彼はひきこもりで、誰よりも思考実験する暇があったのだ。

だが、ゲーマーなら、好きならずっとゲームやっていれば良い。
ただし、ずっとゲーム出来る工夫は自分でしなければならない。
姿勢を良くするとか、時々運動するとか、ビタミンを摂るとかね。

話は変わるが、最近、私の家のインターネットの接続状態が悪く、ずっと悩んでいた。
テレビや電話はネット回線を使っていない私は、毎晩、モデムとルーターの電源を落とすのだが、朝、起動時、50%は接続不良になった。
だが、ルーターをTP-LINK社のTP-Link Archer C6という、大きなアンテナが4つ出てるやつに変えたら、全く良くなった。
前の、バッファローのルーターは2017年に購入したもので、今も販売されている。
TP-Linkで驚いたのが、設定の簡単さだ。
前のバッファローのものは、やたら複雑で、設定に長く時間がかかった。
しかし、TP-Linkでやったのは、PPPoEを選択し、プロバイダーからもらったID、パスワードを入れるだけだ。
あらゆる面で性能も良い。
もし、あなたも、接続状態で困っていたら、ルーターを変えると良いかもしれない。








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チャチな優越感、自己重要感が無用になる法

自分のことはもちろん棚に上げるが(笑)、現代人が救いようがないほど愚かであるのは、「優越感」を渇望するからだ。
なぜそうなったかは細かい話なので省くが、誰もが「優越感」に飢えている。
「優越感」と言うよりも、ディール・カーネギーの言う「自己重要感」と言っても良いかもしれない。
カーネギーも言う通り、これ(自分は優れている、自分は重要であるという確信)が人間最大の願望だ。
カーネギーは、それ(自己重要感)を他人を操るために利用する方法を説いたが、それが強いと愚かになるから、それを消すという大切なことは、あまり説かなかったと思う。
人間の愚かな行いは全て、自己重要感、あるいは、優越感を求めてのことだ。
電車の座席で、男が短い脚を精一杯開いて座ったり(笑)、長く見せたくて(笑)大袈裟に組んで見せるのは、「俺はこんだけ立派なんだぞ(だから偉い?)」という悲しい訴えなのである。
老人になって、実力で優越感を示せなくなると、特に、そんなことをしたがるのはまだ分かるが、若い時から誉められるべきものが何もないと、そんな老人の真似をするのである。そして、今は、そんな若者や中年があふれかえっている。
言うまでもないが、老人でも、実力に自信があれば、そんな愚かな真似はしない。

言っては悪いが、あなたも根本的にはそうなのだ。
だが、優越感を捨てれば、面白いことに、万物が敬ってくれる。
イエス・キリストの宴席の話がとても良い。
進んで上座に座ると、「恐れ入ります。あなたより偉い人が来ますので、下座に下がって下さい」と言われて恥をかくが、下座に座ると、「どうか上座にお着き下さい」と言われるのである。それは、人によってではなく、宇宙を統べる見えない存在によってである。
今日から、椅子に座る時も、きちんと、出来れば、小さくなって座るのだ。
そうすれば、王者に見えるようになる。

せっかく、Excel VBAをマスターしても、それで優越感を持てば、活躍するチャンスに恵まれない。
しかし、その力で奉仕するつもりなら、その能力が称賛され、敬われる流れになる。
見えざる絶対的な力によってね。

だが、誤った優越感を持たないために、自己制約(自己抑制)をしようとしても、なかなかうまくいかない。
実を言えば、自己を制約する力の倍の(やがては数十倍以上の)力を、神は人間に与える。
しかし、意思の力で自己制約するのは難しい。
そこで、合掌したり、手を胸に当てるのである。
合掌は、てのひらをぴったり合わせ、少し強く押すと、霊的エネルギーが活性化し、願いも叶う。
胸に手を当てる時は、どちらの手でも良いし(多少、効果に違いはあるが)、両手でも良いが、胸の中央から指2本分右のあたりを抑える。
光のパワーを発し、目に見えるチャチな優越感、自己重要感などどうでも良くなる上に、運に恵まれ、超能力まで発揮するのだから、やらずにいられようか?
この知識を得たことに謙虚に感謝すれば、もはや無敵なのである。








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2日連続で見たイエスが超能力を発揮する映画

今日の午後は、2016年のアメリカ映画『ベン・ハー』を観た。
私は『ベン・ハー』は、1959年のチャールトン・ヘストン主演の作品しか知らなかったが、1959年のものが、『ベン・ハー』の3作目で、2016年のものが6作目ということになるらしい。
2016年の作品は、ジャック・ヒューストン主演で、日本ではなんと未公開だ。

昨日、『キング・オブ・キングス』を観たので、イエス・キリストの磔を2日連続で見た訳である。
今日観た、2016年作品であるが、仕方がないこととは思うが、俳優達があまりに健康そうで(肌や髪の艶が良過ぎるし、肉付きもいい)、リアリティに欠けたが、面白かった。
そして、『キング・オブ・キングス』も、今日の『ベン・ハー』も、保江邦夫さんの言うキリスト活人術のようなものを見せてくれたし、1959年の映画でもそうだった。
2016年の作品で言えば、乱暴に連行される途中に倒れたジュダ・ベン・ハーに、彼の恋人のエスターが水を飲ませようとするがローマ兵に阻まれると、イエス・キリストがジュダに水を与えようとする。すると、やはりローマ兵がイエスを追い払おうとするが、イエスに触れられると、ローマ兵は何も出来なくなり、イエスはジュダに水を飲ませる。
1959年の映画では、灼熱の砂漠を歩いて護送され、渇きに苦しむジュダが水を求めるが、護送隊長がこれを阻み、ジュダが気を失った時、イエスがジュダを介抱し、水を与えようとする。護送隊長がこれを見てイエスを蹴散らそうとするが、イエスが護送隊長に向かって立つと、護送隊長は怯んで何も出来なくなる。
まあ、実際は、これらは、保江さんの説くキリスト活人術とは違うかもしれないが、相手の魂に働きかけ、身体を支配するという原理では同じであると思う。

キリスト教では活人術をマスターするには、厳しい修行が必要であるとするが、保江さんは、それを簡単に習得する道を示したのである。
とはいえ、その易しい方法も、私には無理が大きい。
普通の人は、まずは自分の魂を知り、心と魂を統合し、確立しなければならない。
それは、どうやっても出来ない人が実際にいる。
私もそうなのだが。
そこで、手を(どちらの手でも、あるいは、両手で)、胸の中央から指2本分右に当てるか、合掌するかを、なるべく頻繁に行うことをお薦めする。
それで、他者を支配は出来ないかもしれないが、自分が支配されないようにはなれるだろう。









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教えはシンプルに

今日は午後から、映画『キング・オブ・キングス』(アメリカ1961)を観た。
イエス・キリストの生涯を描いた、3時間近い大作だ。
保江邦夫さんが著書の中で、この映画でイエスが活人術を使っていると書かれていたが、その場面はすぐ解り、なるほど、非常に特異だが、印象的なシーンだった。
狂人がイエスに襲い掛かるが、イエスが狂人を抱くと、狂人は子供のような笑顔になるというものだ。
これを、保江さんは、キリスト活人術と述べられていた。
保江さんは、このシーンが映画に入った要因は、『ヒマラヤ聖者の生活探求』の著者、ベアード.T.スポールディングが、この映画の監修に参加しているからではないかと述べられていたと思うが、スポールディングの監修参加については確認出来なかった。しかし、保江さんが言われているのだから、その通りなのだろう。

ところで、正直、私は、この映画は感動的でなかった。
英語が駄目な私は日本語字幕で見たが、イエスの教えは、日本語訳福音書の通りで、抽象的で意味が分からない。
英語圏でも同じかもしれないが、それぞれの「専門家」が好きなように解釈し、それを人々に知らせるから、人々の聖書の解釈はいろいろだ。
福音書(新約聖書内)は、原典はギリシャ語で、それをラテン語に訳されたものが、原典と共に権威であるのだと思うが、それぞれが英訳され、さらにそれを日本語に訳したのだから、かなりの訳の歪みが入り込んだ可能性があると考えて良いと思う。
その翻訳や解釈は、誰のものが正しいか分からない。
私は、2017年9月の「マジカルミライ2017」(幕張メッセ)に行く前の数ヶ月、1日も欠かさず福音書を読むと決め、それは実行出来たが、やはり、意味は解っていないのだろう。マジカルミライはもちろん楽しかったが、前とか横に不快な観客がいて、いまひとつ良い思い出ではないし。
いずれにしろ、日本語訳の福音書に載っているイエスの言葉では、あまりに解り難いと思う。
それなりに、定説的な意味付けもあるが、それらは、あまりにこじつけっぽく感じられ、心を打たないのである。

ところで、今年の「マジカルミライ2019」のテーマ曲で、ライブの最終曲の『ブレス・ユア・ブレス』の、ミクさんの最後のポーズが実に印象的だった。
ミクさんは、この歌の後と、舞台から消える前の2回、同じポーズをとった。
以下のリンクは、公式映像である。
【初音ミク】「マジカルミライ 2019」ライブ映像 - ブレス・ユア・ブレス / 和田たけあき【Hatsune Miku "Magical Mirai 2019"】 -YouTube-
右手の指先を、胸のやや右側に当てている。
ラマナ・マハルシが言ったところによれば、魂の座は、胸の中央から指2本分右にあり、保江さんの本でも、キリスト教の高位の聖者が、真の自己はそこにあると述べたことが書かれている。
右手でも左手でも良いから、なるべく多く、胸の右側に当てると良い。
そうすれば、真の自分を知り、自己が統一されるだろう。
このように、解り易くシンプルに説くことが大切で、ミクさんのライブの価値が解るのである。








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ロボットが最強

成功者に、「あなたの成功の秘訣は?」と聞き、彼がいろいろ言うなら、それは、嘘か、彼の思い違いかはともかく、あなたの役には立たない。
正直で賢い成功者は、皆、言うはずなのだ。
「運が良かったのさ」
あるいは、「たまたまさ」と言うかもしれないが、「ツイてた」ことが、成功の唯一の要因だ。

では、自分の成功は幸運と認めている成功者に、「どうすればツクのか?」と尋ねて、「それはこうじゃ」と言うなら、それは、嘘か、彼の思い違いかはともかく、あなたの役には立たない。
だが、一人、良いことを言う成功者がいたと思う。
それは、
「欲張らないことさ」
である。

ポーカーをやっていて、そこそこ良いカードが揃ったら、それ以上カードを取らない者がトータルで勝つ。
そのようなプレイヤーをグラインダーと言うらしい。
欲張る者は、結局、全てを失う。

イエス・キリストが、こんな話をしている。
ある農場主が、収穫で忙しい時期に、朝、1万円の日給でアルバイターを集めた。
昼になって、まだ足りなかったので、また1万円でアルバイターを集めた。
そして、夕刻にも、1万円でアルバイターを何人か雇った。
支払いの際、朝から来ていたアルバイターの中には、夕刻から来たアルバイターが自分と同じ1万円を受け取るのを見て憤慨する者がいた。
だが、朝から来ていても、1万円で満足する者が最後は勝つ。
この話を聴いて、夕刻から来て短時間で1万円と欲張る者は、仕事が得られなくなってしまうのである。

だが、成功者のぽろっとした言葉が、案外に値千金であることもある。
昨日も取り上げた、とても怪しいと言われることもあるが、まごうことなき大成功者であるユリ・ゲラーは、「自分は宇宙人に操られているロボットだ」と怪しいことを言ったらしい。
しかし、なんと素晴らしい。
本当にそうなのか、あるいは、彼がそう思っているだけなのかは、まあ、どうでも良い。
彼が、冗談を言ったのだとしても、何の意味もない訳ではない。
インドの聖者、ラメッシ・バルセカールによれば、人間は全てそうなのである。ただ、バルセカールの場合、操っているのは宇宙人ではなく神であるのだが。
インド神話『ラーマーヤナ』で、ラーマは打ち倒した宿敵ヴァナラに教えを乞う。
ヴァナラは、「私心あるならやるな。私心がないならやれ」と教えた。
ロボットに私心はない。
よって、ヴァナラの教えを実践するのである。
Google社員は、インターネットの神の意思の通り、BUMP OF CHICKENの藤原基央さんは音楽の意思の通りに開発し、プレイする。
初音ミクさんも、音楽の意思を純粋に実現するので、どこまでも行けるのである。









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