ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

イエス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

家康の大嘘、釈迦の正直

今朝、「狂気」について書いたが、狂気って何だろう?
それは、自分が一番だと思うこと、天下を取ろうと思うこと、天上天下唯我独尊と思うことだ。
お釈迦様も、かなりイっちゃってたのだと思う。
イエスだって、自分はソロモン以上の賢者、神の子、ユダヤの王って言ってた、あるいは、言われて否定しなかった。
エマーソンは、「私は世界の所有者」と詩に書いている。

これほどの根性、気合いがないなら、成功しようなどと思わず、平穏無事な人生を願うことだ。
そして、エマーソンは皆に、王になることを薦めている・・・いや、正確には、元々、王であるのだから、それらしくしなさいと言っていたのだと思う。
「英雄について書かれたものを読む時は、それは自分の話として読むべきである」
とね。
『マジック・ストーリー』では、プラス・エンティティ(プラスの自分)は、
「世界は私のものだ。私は人にものを頼まない。要求するだけだ。私の要求は絶対だ」
と言う。
この呆れ返る、凡人からすれば狂気でしかない気構えが、本当の自分には必要なのである。

ずっと前に書いたが、徳川家康が、天下を取る秘訣を聞かれた時、家康が、
「長い方、短い方、どっちが良いか?」
と言うので、「両方」と願うと、家康は、
「短い方は、『上を見るな』。長い方は、『身の程を知れ』だ」
と言った。
大嘘だ!!
身の程知らずで、上を見続ける狂気を忘れなかった家康が天下を取ったのだ。
家康のその答は、家康が家臣を従える方便か、日本国家が国民を治めるために、家康を利用したのだろう。

「弾は俺には当らぬ」と悠然と戦場を歩いた信長の、そして、藤平光一氏の狂気を見習うべきだ。

無論、何の根拠もなく、闇雲に傲慢に構えれば、たちまち潰される(弾も当っちゃう)。
だから、呪文を唱えよ。
「世界は意のままだ」
「俺に不可能はない」
「内なる全能の力を信じる」
「いかなることにも自信がある」
「天上天下唯我独尊」
「私は世界の所有者」
「鉄の自信がある」
「天が味方だ」
大事なことだから、何度でも言うが、呪文は、
「ただ1つの呪文を、感情を込めず、けれども丁寧に、心の中で、出来るだけ多く」
唱えるのである。
すると、このシミュレーテッドリアリティである仮想世界に、現実歪曲空間が発生し、全てが回り始めるのである。









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冷静な自信

今朝起きて、呪文を唱えると、世界を支配するために私が得た2つの情報がやってきて結び付いた。

1つは、昔読んだ、インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『あるヨギの自叙伝』に登場した、虎と戦う聖者タイガー・ババのことだ。
日本にも、農耕用の牛を素手で殺す空手家がいたが、これは確か、戦う意欲など全くない牛を押さえつけて角を手刀で叩いて折るという、少なくとも今なら動物虐待に問われかねないものだった。しかし、タイガー・ババの場合は、素手で虎とまともに戦うというものだ。
しかし、いかに鍛えた人間でも、虎が相手では力の差があり過ぎて勝てるはずがない。
けれども、タイガー・ババは虎を打ちのめし、勝利の証として、負けを認めておとなしくなった虎の口の中に、自分の頭を入れて見せたらしい。
そのタイガー・ババが言った言葉を、私は非常に印象的に覚えている。
「普通の人間は冷静な自信に欠ける」
当時、若い私は確信したものだ。
「冷静な自信」こそ、人間最大の力であると。

一方で、こんなお話を思い出す。
私がまだ子供の時にテレビで見た、モノクロの西洋の映画だ。
高層アパートのベランダで、小さな男の子が、母親に手を掴まれてぶらさがってる。
母親が手を離したら、男の子は、はるか下の地面に激突して死ぬが、母親の手の力にも限界があり、母親の顔に苦悶が浮かぶ。
辛そうな母親の顔を見た男の子の頭の中に、地上に向かって落ちる自分を天使が支え、微笑みながら地上に軽々と着地する自分の姿が浮かぶ。
聖書の詩篇91に、「天使はあなたを支え、石に足を打つ付けることはない」と書かれているのを、この男の子も読んでもらったことがあるのかもしれない。
そして、この男の子は、自信を持って、母親に、「手を離していいよ」と言う。
もちろん、母親は、そんなことをしようとは思わず、「坊や、なんてこと言うの!」と言うが、もう手は限界に近付いていた。
幸い、素晴らしい男性がそれを見つけ、見事に助けたが、そうでなければ、坊やの自信は裏切られ、幼い命を落とし、母親は人生最大の悲しみを味わうところだったはずだ。
この男の子の自信は、妄想というか、幼いファンタジーだ。
それは正確には自信と言わない。
別に、幼い子供でなくても、ファンタジーに囚われた愚かな大人だっている。
ジョセフ・マーフィーも、自分は女優になると言っている大人の女性に、「幼いお伽噺は卒業しなさい」とたしなめている。
妄想のような自信と、タイガー・ババが言った「冷静な自信」とは違う。

もっとも、その男の子が助かったのは、助けたのが天使でなくても、男の子の自信のためだったかもしれない。
私も、7歳くらいの時、住んでいた団地の前を走る、交通量の多い車道に、「目をつぶって飛び込めば、車は来ない」というおかしな自信を持っていて、それを実際に「ずっと」やっていた。
今はもちろん、そんなことは出来ない。それで無事で済む自信はないし、そんな自信は欲しくない。
だが、今は、どんな自信が必要か分かるほとには賢くなったのだ。

人間にとって、最も素晴らしいものは「冷静な自信」だ。
それを教えるために、タイガー・ババは虎と戦って見せたのだが、ではどうすれば、それが得られるかを教えることが出来たとは思えない。
自信さえあれば、イエスも言ったように、山をも動かせるというのに。
自信を持つ方法、それはもう、絶対に呪文しかない。
「自信がある」「どんなことでも自信がある」といった言葉を1つ考え、選び、感情を込めず、しかし、丁寧に、いつでも、出来るだけ多く心の中で唱えるのである。
人間は、自在に自信など持てない。
人間は、心を支配出来ないからだ。
しかし、言葉は支配出来る。
そして、言葉が心を導くのである。
根気強く「自信がある」という呪文を唱え続ければ、猛獣も、ウイルスも、ミサイルも、あなたを害することはない。
だが、特別な理由でもない限り、それらと戦う必要はない。
本当の自信を持つようになるほど、愚かなことはしなくなる。
けれども、真に自信がある者は、世間の人には愚かに見えても、本当に必要なことなら、当たり前に行うことだろう。









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完全数呪文

イエスは「信じる者は何でも出来る」と言ったが、どうすれば信じられるかは言わなかったように思う。
では、どうすれば信じられるかと言うと、
「全ての願いが実現すると信じる」
と、感情を込めず、けれども、丁寧に、心の中で、いつも繰り返し言えば良い。
他にどんな方法もない。
人間は、心を支配する能力はなく、自在に信じることは出来ない。
しかし、言葉を支配する能力があり、言葉は心を支配する。

普通は、アファーメーションと言われると思うが、やや長い新しい万能呪文を作った。

いかなる望みも叶う
この世は私の王国だ
私の要求は絶対令だ

神秘数3を基調とした、3×9(ミク)文字の「完全数呪文」である。
アリストテレスは言った。
「2は両方とは言うが、全部とは言わない。3で全部と言う」
ダンテの神曲は、三行韻詩の3編33歌の叙事詩である。もう見事なまでに3だ。
そして、ダンテが描く、世界(地上、地獄、煉獄)と天界は三次元球面という、いわば四次元的な構造をしている。
万能呪文の上位版である、この「3の呪文」「完全数呪文」で、あなたは絶対的な力を味方にするだろう。









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信念をどう得るか

つまるところ、成功の法則とは信念の法則なのだろう。
イエスが、「山に向かって動けと命じ、その実現を信じて疑わないならそうなる」と言ったという福音書の記述が全てだ。
ジャーナリストから事業家になって成功したクラウド・ブリステルが歴史的な書『信念の魔術』で、信念こそ人間に与えられた最強の力であると言い、ビル・ゲイツも学生の時に学んだという、リチャード・ハアネルの『ザ・マスター・キー』でも、上記のイエスの教えを究極としている。

ところが、そのブリステルやハアネルらも、では、どうすれば信念を持てるかということになると、文章の歯切れが悪い。
つまり、当たり前のことだが、簡単ではないのだ。
植芝盛平の弟子であった合氣道家の藤平光一氏は、毎朝、鏡に向かって「お前は信念が強くなる」と言っていたらしい。
私は、以前はピンとこなかったが、藤平氏のやり方が、割と良いと分かった。
だが、その通りにやっても駄目だろう。

信念など、簡単には持てない。
信念とは、信じることであるが、それは心の働きである。
だが、人間は、自在に心を支配することは出来ないのだ。
しかし、言葉は支配出来る。
だから、藤平氏のようにやれば良いのだが、「信念が強くなる」では難しい。
鏡に向かう必要もない。
毎朝だけでもいけない。
いつも、「信じる」という言葉を呪文にして唱えなければならない。そうでないとうまくいかない。
結局のところ、ブリステルも本当はそう言いたいのだ。だが、元ジャーナリストの彼は、新聞記事的な言い方しか出来なかったのだと思う。
本当に効果のあるやり方は、感情を込めず、だけど丁寧に、心の中で、「信じる」と唱えることである。
数は、多ければ多いほど良い。
1日中、出来るだけいつでも唱えるのだ。
「信じる」と言うか、「私は信じる」と言うかは、好きな方でやれば良い。
時には、何を信じるかを言っても良い、つまり、「私は金持ちになれると信じる」と言うのも良いが、「信じる」の中に全て含まれるので、そんな個別の意味を持つ呪文は、少しにしておくと良い。

万能呪文も進化していく。
どれほどの段階であっても、以前から教えている、
「絶対、大丈夫だ」「全て順調だ」「世界は意のままだ」
は大きな力を持つ。
これらから始めるのが好ましいとも思う。
だが、いずれ、「信じる」に行き着く。
いきなり「信じる」から始めるのも良い。
そもそも、以前から言っているように、何でも良いのである。
自分にぴったりくる言葉を見つけたなら、それが一番である。
ただ、決して呪文を忘れてはならない。
でないと、頭の中にいる悪魔(否定的な独り言)に滅ぼされてしまうからである。









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これで聖典はあなたの味方になる

『古事記』について、「古事記の真意はこうなのじゃ」といった本がよくある。
ところが、『古事記』を漫画で描いた石森章太郎(石ノ森章太郎)氏は、「古事記は漫画だ」と断じてしまった。
そうだ。石森さんが正しい。
まあ、漫画と言うよりは、古事記は3次元アニメ、ホログラフィック・アニメ・・・さらに正確に言えば、頭の中のVR(バーチャル・リアリティ=仮想世界)である、シミュレーテッド・リアリティを記述したものだ。
ギリシャ神話も、旧約聖書も、多くの仏典・・・特に『浄土三部経』の中でも『観無量寿経』がまさにそう(超コンピューターで作った仮想世界)だ。
『観無量寿経』に描かれた、西方極楽浄土の宝の池で、望めば水が満たされ、もういいと思えば水が引くというオートマチックな便利な池・・・あれが3次元アニメでなくて何だろう。
一休は、「西方極楽浄土は西にあるのではない。南にある」、つまり、南(みなみ)とは皆身であり、全ての人の中にあるということだが、その意味は、西方極楽浄土のように、この世界を自由自在に動かせるようになれば、それが極楽浄土であるということであり、人間にはそれが可能だ。
そんなことを、ビートルズは『Nowhereman(ひとりぼっちのあいつ)』の中で、「The world is at your command(世界は君の意のままなのさ)」と言ったのだ。

では、どうすれば世界は意のままになるかというと、これはイエスが、
「山に向かって、立ち上がって海に入れと言い、その通りになると信じて疑わないならそうなる」
と教えている。
あるいはイエスは、
「願いは既に叶ったと思え。そうすれば叶う」
とも言った。
要は「信念」の問題だが、人間は思う通りに信念を持てない。
だがイエスは、
「人は、入るもの(食べ物)で穢れたりはしない。出るもの(言葉)で値打ちが決まる」
と言った。
そして、『ヨハネ福音書』では、「言葉は神である」と宣言する。

そうだ。
全ては、あなたが使う言葉にかかっている。
そして、イエスが言う通り、言葉は心から出るものであり、核心を言えば、心の中の言葉が重要である。
だから、心の中で常に優れた言葉を使えば良いが、何にも規律を定めないと、普通の人間では、その言葉はどうしてもマイナスの言葉になり、あなたは駄目になる。
そこで、万能呪文、
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
と唱えていれば、言葉が出てくる元の心が光に満ち、この仮想現実の世界は極楽浄土になる。
心を輝かせる言葉であれば何でも良いが、万能呪文が最も合理的で効果的である。
特定の願いを表現した言葉「私は金持ちだ」「可愛いあの子は僕のものだ」といったものは、欲望のために心がくすむので、「全て良くなる」と、「全て」と言うのが良い。
いかなる願いも「全て」に入るからだ。
そして「全て良くなる」ではなく「全て良し」と現在形で言うのが良い。
深い心である潜在意識の中に時間はなく、常に今だからだ。
呪文は、感情を込めず、淡々と、心で唱えるべきである。
感情を込めると、心の浅い部分のみが刺激され、深い心に届かないからだ。

これで、聖典はあなたの味方になるだろう。









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