ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

イェイツ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

罪なき者から石を投げよ

新約聖書で、姦通の罪を犯した女を、人々が石打ちの刑にしようとする場面がある。
「姦通」とは、おそらく、この女が夫以外の男とセックスしたといったものだと思う(どの本も曖昧な書き方をしている)。
また、「石打ち」とは、石を投げつけることだ。そんなことをすれば、女は大怪我するか死ぬが、元々が死刑のつもりでやるのだろう。
そこに、イエス・キリストが現れ、「罪のない者から石を投げよ」と言ったら、誰も投げなかった。

アメリカの大統領選の中で、録音されたトランプ氏の「わいせつ発言」を激しく非難する人が沢山いるのだと思うが、イエス様が現れて、「罪なき者から悪口を言え」と言われて、それでもトランプ氏を罵倒出来る者っているのかなあ。
私には絶対に出来ない。
トランプ氏が言ったようなことを、本当に言ったことがない、あるいは、今現在、言ってないという男なんて存在するのかなあ。
もちろん、発言内容は性的嗜好によって違うだろうし、「ああいったこと」を言い合える友達がいないという場合もあるだろうが、あれと同レベルの、まあ、公言は出来ないような発言をしたり、言わないまでも、心の中で(頭の中でなら、おそらくはもっと低レベルになる)考えたことのないという男は、まずいまい。

有名な宗教家の五井昌久氏は、イエスの「邪まな目で女性を見るなら、姦淫したも同じ」という言葉に対し、「そんなことをしてはいけないというのは、特に若者には無理。当時は性風俗があまりに乱れていたから、あえてイエスはそう言ったのでしょう」といったことを著書に書かれていたが、それが「まとも」な考え方と思う。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツは、「老人の男だって、本音は、もう一度若くなって、あの娘を抱きたいと思っているのだ」と言い、それが一生治らない「不治の病」であると述べていたと思う。
イェイツは、その詩才を有益に私的活用し、老人になっても、美しい少女を口説いていたというが、それは、ゲーテも全く同じだったはずだ。

初音ミクさんだって、ステージでは、ミニスカートで膝を上げたりするし、腰はよく振るし、時には、ちょっとだがセクシーなポーズもするが、それはまさに「健康的なお色気」とでも言うようなもので、「この私ですら」、低劣な妄想を起こすことは、マジで決してない。
「ちょっと楽しいな」と思う程度である。
これが本当に愛しているということなのだと思うが、そんな存在がいるのは幸せと思う。
また、私のいるオフィスに、好みのタイプの女性がいないことは、嬉しいことと思うのである。
まあ、若い頃は、少々好みと違っても見境なかったが・・・というのは、もし私が総理大臣に立候補して、いいところまで行ったら問題になるだろうか?
まさか、あなたはそうではなかったとは言わせない・・・いや、私が想像出来ないだけで、「ご立派な」男もいるのかもしれないが。









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生き抜く力との接触

昔は、『サザエさん』のカツオ君のように、学校から帰ってきたら、ランドセルを玄関に放り出して、一目散に遊びに行く子が多かったし、遊びに行ったら、いつまでも帰って来ず、また、小さな子供にお母さんが「ご飯よ」と呼んでも、子供達は知らん振りで遊び続けるという光景もよくあった。
そんな子供達は、全く正常なのである。

著名な心理学者のスガタ・ミトラ氏や、MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏らは、揃って、「教育、教師は必要ない。子供同士のコラボレーションが子供の知性を伸ばす」と言っていると思うが、実際のところ、ほとんどの人が誤解しているが、子供は親や教師から学ぶことは全くなく、子供同士の交流から学ぶのである。

人間は、肉体的に弱く、群れなければ生きていけない動物であるが、集団の中では、近い年齢の者同士のグループが出来、その中で成長するのが自然なことのようだ。
かといって、学校のように、同じ年齢の者だけで分けてしまうようなことはなく、グループの年齢には、ある程度の幅があり、年上の子が年下の子を指導する。
これが、人間にとって、最も自然なことである。
ルドルフ・シュタイナーは、「良い教師は空気のようなもの」と言ったが、大人は、離れて見守り、どうしても必要な場合だけ介入すれば良い。そして、普段は「介入してはならない」。
では、子供達は、近い年齢の者同士の集団で何を学ぶかというと、まず、集団の規律であり、規律は自然に出来る。
次に、子供達は、集団の中で、目立たないといけないのである。そのために、自分の得意なこと、才能があることに磨きをかけるのである。

子供というのは、集団の中で目立とうとするのが当たり前である。それによって、才能を伸ばすのであるし、それ以外に、才能を伸ばす適当は方法はない。
ところが、学校の中で、変な目立ち方をする子供が必ずいる。
それを、「浮いてる」「悪目立ちしている」などと言い、そんな子が秩序を乱してしまう。
そして、そんな浮いた子が、いじめの対象になる。
なぜ、浮いてしまうのかというと、親に教育され過ぎて、子供達のルールではなく、親のルールに従っているからだ(別の場合もあるかもしれないが)。
いじめられる子というのは、母親が構い過ぎている子が多いのだと思う。
グループの子供達が右と言っているのに、その子だけは「ママが左と言っているから」と左に行こうとするのである。

人間でも猿でも、子供同士の集団にどうしても入って行けない子供がいる。
それは、ほとんどの場合、母親がべったりくっついていた子供だ。
その理由は様々であろうが。
しかし、そんな子供は、多くの場合、引きこもりや、社会不適応者になってしまう。
私が、まさに、そんな子供で、今に至るも、集団の中に入ることは出来ない。
だから、ずっと引きこもっていたが、働くようになってからも、集団の中は不快で、他人は嫌いだ。
私のような者は、何か得別な力を持たなければ、この世で楽しくやっていけない。
そして、私はそれを持てた。

ジミーサムPさん制作の初音ミクさんの『ONE NIGHT GIRL』という歌がある。
『夏祭初音鑑』で、ミクさんが歌っていた時の姿が非常に印象的だったが、この歌は、孤独な・・・多分、少年が、夢の中で出会った少女に恋するというものだが、その少女は、ただの夢の存在ではないような気がする。
自分の中にいる、霊的な何かのように感じるが、多分、その通りだ。
ユングは、男性の中にある女性原理をアニマと読んだが(女性の中の男性原理はアニムス)、アニマとは、元々は、ラテン語の「生命」「魂」である。
全く、ミクさんはそんな存在だ。
そんな存在に触れ、交流すると、人は、特別な力を持つようになる。
「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツも、アニマ・ムンディ(世界霊)という存在を語り、それとの接触を重要と考えていたのだと思う。
そして、今は、ミクさんを通して、それに直結することが出来る。
私は、ずっと昔に、イェイツ同様、精霊の少女を通してそれと交流出来たので、力を得て、世界をある程度は従えてきた。
そのマニュアルは、神話やお伽噺であるような気がする。
だが、今は、ミクさんから無限の力が注がれる。
参考になればと思う。









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孤独な魂に徹する

少し前に、孤独が心を鍛えるという話をしたが、心が強くなければ、どんなこともなし得ないだろう。
だから、人間は孤独に耐えなければならないが、孤独になるためと言っても、引きこもったりして、無理に孤独になる必要はない。
そうではなく、志を持てば、嫌でも孤独になる。
志を持っていれば、普通の人とは、行動も考え方も合わなくなるので、どうしたって孤独になる。

普通の人は群れたがる。
心の奥に必ずある天への志向性より、グループに入る安心感を選ぶのだ。
また、学校は、グループに入らなければやっていけない・・・あらゆることで不都合になる仕組みになっている。
学校の根本にあるのは、工場労働者を作るというポリシーであり、そのためには、志を持たない凡庸な人間にする必要があるからだ。
だから、学校では、群れていれば快適であり、志があって孤独でいれば、かなり辛い思いをしなければならない。

孤独になるきっかけは、幼い時に、他の子供と接触する機会がなく、他人との接し方、距離の取り方を身体で覚えなかったことが多い。
このあたりは、人間も猿と同じだと思う。
赤ん坊の時、他の子猿達と隔離された子猿は、他の子猿達を恐れ、グループに入ろうとしないが、人間も同じなのだろう。
つまり、初歩的なコミュニケーション力がなくて孤独になるのだ。
そんな孤独な猿は、ほぼ全て、生涯に渡って日陰者になる。
だが、人間の場合は、ここが違う。

孤独になるきっかけはいろいろで、上のように、コミュニケーションを取る方法が感覚的に分からないということもあれば、わがままなために他の者達に嫌われるという者もいる。
その両方ともなれば、まず間違いなく引きこもりになる。
だが、どんな理由で孤独癖がついたかなんて、どうでも良いことだ。
どうせ孤独なら、志を持ち、孤独に徹することだ。
幼い時に、首尾よくコミュニケーション力を持て、仲間とうまくやっている者でも、何かのきっかけで志を持てば、自ずと、他の者達とやっていけなくなり、孤独になるが、そんな者は多くない。
仲間と群れて快適なら、そこから敢えて抜け出すような者は滅多にいないからだ。

岡本太郎は子供の時、大いに孤独で、非常に辛い目にあったが、それは、太郎が、岡本かの子という偉大なる変人に育てられ、他の子達とあらゆる点で違っていたからだ。
岡本太郎は、子供の時は苦しかったろうが、それがなければ、後の大芸術家、岡本太郎はなかった。
強制的に与えられた孤独ではあったが、太郎自身も、自らを貫いた・・・つまり、志を持っていたから、強くなったのだ。

今、仲間達とチャラチャラと群れ、快適にやっている者は、凡人のつまらない人生を送る可能性が圧倒的である。
だが、どんな理由だろうが、他人とうまくやれず、孤独であるなら、是非とも高い志を持ち、試練に耐えることを決意すべきである。
結果、人生が悲劇に終わっても、それはそれで満足出来るに違いない。
イェイツだって、「人は、人生が悲劇だと認識した時に、初めて本当に生きることを始める」と言ったように、人生は元々が悲劇かもしれないのだ。
だが、志を持ち、孤独で心を鍛えれば、人生は喜劇であることが分かる。
ならば、楽しむべきである。
イェイツだって、本当は、リア王もハムレットも陽気だと言うのだ。
リア王の魂すら笑っていた。
なら、我々もそうすべきである。
リア王やハムレットになれるのも、孤独な魂の特権だ。
それは、誰も知らないが、震えるほど楽しいことである。









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人生の主役と端役の違い

特に宗教家や神秘主義者は、人生の目標は自我の消滅だと言う。
正しいように感じるが、本当に自我が無くなったら、人間は生きていられない。
そうではなく、自我を弱くするとか、大我という大きなものに屈服させるのが正しいのだと言う人もいる。
だが、自我の弱い人間や、自分を小さくみなす人間は弱い。
弱い人間は、言い訳をし、弱音を吐き、泣き言を言い、卑屈で卑怯だ。どこにも良いところがない。
それなら、傲慢で強い人間の方が百万倍もマシだ。

人生は小説のようなものだ。
ところで、学校では、何かの小説について、「作者は何を言いたいのか?」を答えさせられたことがあったと思う。
これほど愚かな教育はない。
そんなことが分かる小説があるとすれば最低最悪の作品だ。
良い小説の作者の意図なんて絶対に分からない。
推測は出来るが、その推測は完全に間違っているし、そんな推測に何の意味もない。

同じように、人生という小説を書いた神の意図は絶対に分からない。
推測しても完全に間違っているし、その推測に意味はない・・・いや、そんな推測をすることは愚かだ。

だが、小説の作者に、何らかの想いはあったはずだ。
そして、人生の作者である神にも、やはり、何らかの想いはある。
いずれの想いも完全に隠れている。
だが、想いはある。

優れた小説を読み、自分には分からないが、作者には何か高貴な想いがあったということを信じれば、その小説は自分にとって素晴らしいものとなる。
そして、自分の人生のシナリオを書いた神の意図は分からないが、それは想像も出来ない高貴なものであることを信じれば、人生は素晴らしいものになる。

我々は、人生という戯曲の主役だろうか?
それは自分次第だ。
イェイツが正しいことを言っている。
それは、「主役をするほどの役者は、自分が泣いたりしないものだ」である。
泣き言を言ったり、弱音を吐く者は端役にしかなれず、主役ではない。









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人に目力を与える3つのもの

『ベン・ハー』という映画がある。
1959年の作品であるが、11部門のオスカーを受賞したことは、『タイタニック』と『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』に並ばれはしたが、いまだ史上最多である。
イエス・キリストが登場する、この映画は、あくまで、アメリカの作家ルー・ウォーレスが書いた小説を原作とする架空の話ではあるのだが、下に挙げるように、おそらく、多くの人にとって、真理を感じさせる、とても印象深い場面があった。ちなみに、原作の副題は『キリストの物語』である。

まさに、イエス・キリストの時代のお話だが、王家の血を引く名門貴族ジュダは、陰謀により、奴隷の身分に落とされるほどの罪人にされてしまう。
大勢の囚人達と共に、焼け付く砂漠を長時間歩いて渡らされ、死ぬほどの渇きの中で、ようやく中継点の村につく。
村人達も心得ており、護送兵達や囚人達に水を飲ませるが、ジュダは護送兵の隊長に嫌われ、隊長は、ジュダに水をやろうとする村人に、「こいつにはやるな」と一喝する。
ジュダは、それはもう、哀れなんてレベルではない状態である。自分は水をカブカブと飲む隊長が胸にこぼした水に、ジュダは恥も外聞もなく、吸い付くような真似すらするが、その程度の水ではどうにもならず、ついに気を失って倒れる。
ジュダは、そのまま死ぬはずだった。
だが、そこに、一人の男がやって来て、手桶の水をジュダの後頭部から首のあたりに注いでやって冷やし、ジュダが意識をわずかに取り戻すと、ジュダに水を飲ませる。
それを見た隊長は激怒して、こらしめてやろうと近付いてくるが、その男は隊長の方を向いて立つ。
隊長は不思議な威圧感を感じて怯むも、気を取り直して前に出ようとしたが、なぜかそれが出来ず、苛立たしそうにしながら去ってしまう。
その男は、後に、イエス・キリストであったことが分かるが、圧倒的に強い立場にあった隊長が気圧(けお)された、その力は何だろう?

それを「目力」と言って良いだろう。
一応、言っておくが、たとえ目が見えない者にも目力はある。
その場合でも、やはり、目の周辺の表情から、その力は出る。
三一(さんぴん。賎しい者のこと)が、いかに必死でにらんでも、何の目力もない。
プロレスやボクシングの大試合の前の共同記者会見で、選手同士がにらみ合うことがあるが、その競技では強くても、人間的に三一であれば、せいぜいチンピラの「ガン付け」であり、見ていて滑稽なだけでなく、少しも目力がないので、相手も威圧されない。

『神様のメモ帳』という小説で、ヒロインのアリスは、美しくはあっても、見かけは11歳くらいの(本当の年齢は最終巻で明かされる)子供だが、彼女に会った人気アイドルの高校生の少女が、鳴海(主人公。高1男子)に、「あの子、アイドルなんかよりずっと目力がある」と言う。
人気アイドルになれるような子は、可愛いだけでなく、目力が必要だということであるが、アリスが、それをはるかに上回ることは言うまでもない。
大勢の部下を従え、かなりの勢力を持つヤング・マフィアである雛村壮一郎(ひなむら そういちろう)も、凄い目力の持ち主だが、アリスには飼い犬のように従ってしまうのも、アリスの神的な目力のためだろう。

言うまでもなく、目力とは、心の力の表出である。
心を鍛えた者のみが目力を持つ。
「君を強くする」という言葉は、「君の心を強くする」を略して言ったものだ。
人間にとって、何より大切なことは、心を強くすることだ。

Hey lonely boy リアルな自分は ちっぽけなんかじゃない
Hey lonely girl リアルの孤独は 君を強くするから
~『愛Dee』(作詞:Mitchie M・Cotori、作曲・編曲:Mitchie M、歌: 初音ミク&巡音ルカ)より~

「20世紀最大の詩人」と言われた神秘家W.B.イェイツも、「孤独だけが心を鍛える」と言った。
群れるような者には強い心は持てない。
そうだ、雛村壮一郎は誰より孤独だったし、アリスはもっと孤独だったのだ。
その雛村壮一郎に、本心ではなぜか好かれ、そしてアリスに、本心では愛された藤島鳴海も並外れて孤独だった。
このあたりは、小説とは言っても、高い人気がある小説では、真理を正確に描いているものだ。
そして、志ある者だけが孤独に耐え、自分が定めた掟を死んでも守る。
目力は、そうやって得るものである。

老子は、「倹約」「慈愛」「人々の前に立たない」という3つの宝を持つと言った。
だが、アリス達は、「孤独」「志」「掟」という3つから出来た十字架を背負うのである。









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