ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

イェイツ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

名優は役に入り込まないものだ

私はあまり読んだことがないのだが、美内すずえさんの漫画作品『ガラスの仮面』は、1975年に連載開始され、いまだ続いているらしい。
その、かなり初期の頃のお話で、主人公の北島マヤがまだ中学生頃の話と思うが、マヤが、逃げた小鳥を追う演技をしているうちに、本当はいないその小鳥が高いところに留まってしまったと言って、本気で困っていたというものがあったと思う。
演技と現実の区別が無くなってしまったマヤに対し、役者としての素質を評価されるような描かれ方をしていたと思う。

よく分からないが、私はマヤは、あまり良い役者ではないと思う。
演じられている架空の人物が困っていても、役者は困らないものだ。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツは、偉大な劇作家でもあったが、彼も『ラピス・ラズリ』という詩の中で、主役を自覚するほどの役者は、悲劇を演じていても、自分が泣いたりしないと述べている。
役者は、ハムレットもリヤ王も陽気だと知っているからだと言う。
ハムレットやリヤ王が陽気だというのが分かり難ければ、詩人の加島祥造さんが、この詩を意訳したように、作家であるシェイクスピアや役者が陽気なのだと思えばいい。

我々は、あの小鳥を追う演技をしたマヤと同じ状態なのである。
人生は、神がシナリオを完結させている舞台に過ぎないのに、演じられる人物と自分を同一視して、悲劇に浸っている。
イェイツは、「ほら、あそこにオフィーリアが、そっちにはリヤ王が・・・」と述べ、人々の悲劇のヒーロー、ヒロイン振りを笑う。
そうではないのだ。オフィーリアもジュリエットも皆、陽気なのだ。書いたシェイクスピアが陽気なのだから、役者は陽気に演じないといけないのだ。

『閑吟集』に、「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」(何まじめくさってんだ。人生は夢だ、狂えばいいんだ)とあるが、まあ、夢の方が現実よりお芝居だと感じやすいと思う。そして、現実もまた夢だと言うのである。江戸川乱歩も、ラマナ・マハルシもそう言っていたのである。

あるイギリスの名優がロミオを演じた時、こんなインタビューをした者がいた。
「ロミオはジュリエットに手を出したと思いますか?」
名優はこう答えた。
「ロミオはともかく・・・私ならそうするね」
まあ、これはあくまでジョークなのだが、名優らしさが感じられる話である。

インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジは、世界は幼稚園の学芸会、あるいは、マジックショーのようなものだと言っていた。
また、映画『燃えよ!ドラゴン』で、ブルース・リー演じる武道家リーは、師に、「良い戦いは、少人数で真剣に演じる劇に似ています」と述べるセリフが非常に印象的だった。

ただ、人生が劇であることを知るには、どうしても受け入れる必要があることがある。
そのことを言わずに、「人生は劇だ」と言っても、それは的外れになる。
それは、人生という劇のシナリオは神が既に完結させてあり、それは決して変わらないということだ。
ましてや、役者たる我々に出来事をコントロールすることなど、絶対に不可能だ。
このように、運命は全て完全に決定されていること。我々は、いかなる支配力も持たないことを受け入れてこそ、人生が劇、あるいは、夢であることが本当に分かってくる。
ニサルガダッタ・マハラジが、「自分を地平線の彼方にいる誰かのように感じる」と言ったように、聖者は、身体や心を自分と同一視しない。
『燃えよ!ドラゴン』でも、リーは、「好機が来ても私は打たない。拳自らが打つ」と言ったのは、まことに正解で、全ての出来事はただ起こるのであり、自分は操り人形に過ぎないのである。
リーの師が、「敵にどう備える?」と問えば、リーは「敵はいない」と言う。師が「なぜだ?」と問えば、リーは、「私がいないから、敵もいない」と言う。
この映画は、娯楽映画ながら、本物の武道家であったブルース・リーの求道の精神が込められているのだろう。

ただし、演じている人物と自分を同一視している役者(北島マヤもそうだった)にとっては、敵は現実に存在しているのだ。
時々、本で読んだことを鵜呑みにしただけで、「時間も空間も存在しない。全ては幻想だ」と分かったようなことを言う者もいるが、そんな者は、その軟弱なボディーに強烈なパンチでも喰らってのた打ち回ってみれば、自分にとっては、全て現実であることが嫌というほど分かるだろう。
そうだ。普通の人にとっては、世界は夢でも舞台でも幻想でもなく、厳然たる現実である。
自分が世界を動かせると妄想している凡人にとっては、人生は辛い現実なのだ。
だが、自分には世界をコントロールする力は一切無いと本当に受容すれば、殴られても、痛みにのたうつ自分を他人のように感じるようになるのである。

精神分析学者の岸田秀さんが、全ては幻想であるという『唯幻論』で有名になった時、誰かが、岸田さんを殴り、「全て幻想なら痛くないだろう」と岸田さんに言ったという。
いや、そりゃ、痛いさ。しかし、岸田さんには、あまり現実感はなかったと思う。多分ね。

運命は全て決定済みであることを受容するようになると、いろいろ面白いこともある。
何か、非常に困ったことが起こるとする。
そして、動揺し、不安になり、場合によっては、恐怖すら感じる。
だが、次の瞬間、「あれ、私は何に困っていたのだろう?」と思う。
実際、何も思い当たらない。
単に、請求書が溜まり、払うアテがないというだけのことだ。私に何の関係があろう?
そして、次の瞬間には、「あれ、何かあったような気がするが…覚えていないし、まあ、いいか」となる。
ひょっとしたら、あなたも3分前には、別の会社に勤めていたのかもしれない。
バートラント・ラッセルという、数学と哲学の天才で、アリストテレス以来の大論理学者と言われる人がいた。数学者でありながら、ノーベル文学賞を受賞したという変わった人だった。その彼が、『世界5分前仮説』といって、世界は5分前に出来たものかもしれないという説を作ったが、これがどうにも否定できないのである。

しかし、いずれにしても、世界を創造するのは神であって、我々ではない。
我々はただ、役を演じる役者なのである。









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この世はままならぬから楽しい

世の中には、「願いが叶う方法」とか「希望が実現する方法」といったものがあるように言われ、それを商売にしている者も多い。
そういった者の中には、イエス・キリストこそ、希望、願望を実現させる力を持つ代表的な存在であると述べる者もよくいる。
イエスは、いかなる難病も即時に治し、数個のパンと数匹の魚を数千人に食べさせて満腹させ、水をぶどう酒に変え、死人すら蘇らせた。
しかし、イエス自身は、実際は何もしていない。
例えば、イエスは、弟子に、「この先を行くと、子ロバがつながれているから、それを解いて連れて来なさい」と言い、弟子が行くと、やはりつながれた子ロバがいる。
それで、その子ロバを解こうとしたら、持ち主が、「何してんだ?」と言うので、やはりイエスに教えられたとおり、「主がお入用だ」と言うと、邪魔されずに連れてくることができた。
しかし、それは別にイエスの力によるものではなく、はじめからそうなると決まっていたと、ちゃんと福音書に書かれている。
イエスに起こった一切の出来事は、イエスが起こした奇跡を含め、全ては最初からそうなると決まっていたのであり、主だったものは、大昔に書かれた聖書(旧約聖書)に書かれていたのである。

我々も同様だ。
我々には、人生や世界に対し、何のコントロールをすることもできない。
願いが叶ったように見えても、それは、最初からそうなると決まっていたことでしかない。
だから、願ったことが叶ったように見えることがある一方、願いもしなかったことが叶ったり、願っても叶わないことの方が圧倒的に多いのである。
いうなれば、我々は、シナリオ通りに演じる舞台の役者である。
シェイクスピアやイェイツは、それを深く感じていて、人生が舞台のようなものである、あるいは、舞台のようなものでしかないと度々言っていたものだ。
イェイツは、人生は悲劇だが、演じる役者が泣いていてはいけないと言った。ただの舞台なのだから。
シナリオは完全に決まっていて、役者がそれを変えられる訳がない。
つまり、我々個人個人の思いの通りに世界が変わるはずがない。

我々の運命は、全て完全に決められているが、それの何が不満なのだろう?
そりゃ、金持ちになったり、可愛いあの子と結ばれることは無いかもしれず、病気になり失業して悲惨な目に遭うのが運命かもしれない。
しかし、全て受け入れていれば、たとえどんな状況でも、心晴れやかで喜びすら満ちるのである。
シラーの詩をベートーヴェンが歌にした『歓喜の歌』でも、別に億万長者になったり、美女を侍らせたから歓喜するのではなく、内なる魂を知ることで喜びに満ちるのである。
一方、金持ちになり、名誉を受けた者ほど惨めで不幸なのかもしれないのだ。

『灼眼のシャナ』という小説・アニメで、ベルペオールという名の、大変な力を持つ3眼の美女は、大きな計画が最後にいつも躓くのだが、そんな時、「やはり世の中はままならぬ」と言って、多少の無念さは見せるが、案外サバサバしていた。この「ままならぬ」は彼女の口癖のようなものだったが、最後の最後は、ままならぬままで良いと受け入れたのか、実に幸福そうであった。
イエスとて、自我では、「ままならぬ」と思っていたはずだ。
イエス自身、「私の想いではなく、あなた(神)の想いがなされますように」と祈ったのである。
つまり、イエス個人の願いや希望があっても、それが叶うということではなく、既に神が決めた通りになるのであり、イエスはそれを完全に受け入れていたから神のキリストだったのである。
キリストになるとは、つまり、こういうことなのである。
イエスの秘法を一言で言えば、スコットランド出身の聖者マード・マクドナルド・ベインの身体を借りて言ったように、「私自身は無だ。神が全てを為す」であると思う。
我々はキリストになるべき時であり、そうでなければ、どうも危ないようなのだ。
そんな時、邪まなことを言って、我々を惑わす者が多いことも予言されている。「あなたの願いは必ず叶う」とか「望みを全て実現する法」とか言って商売する者達もまたそうなのかもしれないが、そんな連中は下っ端なのであり、本物の強敵はその後で出てくるかもしれない。









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たゞ狂え

夢の中で大変なことを教えてもらった。
夢の内容も実に凄いものだったが、それはあくまで、霊の世界のことを私の自我が記憶できる形で変形したものであるから、あまり意味は無い。ただ、芸術的には面白いかもしれないので、どこかに書き付けてはおく。
そして、夢の中で啓示されたことを知れば、あなたも人生で無敵である。

私は、何度か、アイルランドの詩聖W.B.イェイツが、人生が悲劇と見なしていたことを述べた。
我々は、悲劇を演じる役者だ。
しかし、あくまで役者だ。それを忘れてはいけない。
そして、イェイツは、主役を自覚する役者は、いくら悲劇だからといって、自分が泣いたりしないと述べた。
それは、『ラピス・ラズリ』という、彼が71歳の時の詩にある。
ところで、役者がなぜ泣かないかだが、役者は、ハムレットもリア王も陽気(gay)だと知っているからだという。
この、「ハムレットもリヤ王も陽気」というのが分かり難いのだ。
陽気(gay)という言葉を使ったのは間違いだという者もいる。
詩人、画家、英文学者の加島祥造さんは、陽気なのは、作家(シェイクスピア)や役者なのだと意訳した(大胆だ)。
そして、イェイツは、陽気さこそが、恐怖を乗り越えると書いた。

このgay(陽気)が、偉大な意味であることは、イェイツを深く知る者なら、誰でも知っている。
しかし、やはり難しい。先の加島祥造さんは、『イエーツ訳詩集 最後のロマン主義者』で、それについて偉く難しい解説をしている。
だが、私は夢の中で教えてもらった。
結論から言うと、このgay(陽気)は、crazy(狂った)という意味だ。
室町後期の歌謡集である『閑吟集』に、

何せうぞ くすんで 一期は夢よ たゞ狂へ

という有名な歌がある。
意味は、「何まじめくさってんだ、人生なんて夢だ、遊び狂えよ」だ。
何とも偉大な歌ではないか。
ハムレットもリヤ王も、陽気というより、狂ってるのだ。現代的に言うなら、「あいつら、イカれてる」である。
「イカれてる」というのは、かなり昔から若者が好むスラングだが、いい感性だ。
「君にイカれてる」は、「君に狂っている」とも言えるだろう。
もちろん、悪い意味で「イカれてる」を使うこともある。しかし、誰だってイカれてるのだ。

みんな、人生の狂い方を知らないのだ。
人生なんて夢であり、真面目に生きるようなものではない。
こう言ったら、「みんながそう言って、好き勝手したら大変なことになる」なんて言う者がいる。
なったりするもんか。真面目に生きるから大変なことになるのだ。
いきなりは難しいかもしれないが、間違いなくこれが真理だ。
仏教学者のひろさちやさんの『「狂い」のすすめ』に、こう書いてある。

人生に意味なんてありません。
「生き甲斐」なんてペテンです。

この時、ひろさちやさん70歳。イェイツが『ラピス・ラズリ』を書いたのとほぼ同じ歳だ。
東大卒の元大学教授。著書数百冊。週2回で年棒1300万円の条件で、ある女子大の教授に誘われたが、サイコロを振って断ったというイカれた方だ。
老人になっても、美しい乙女を必殺の殺し文句で口説くイェイツも困った、いや、イカれたじいさんだった。まあ、フラれたのは間違いないだろうが。









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人生という悲劇の楽しい過ごし方

いつも書くようだが、人生は劇であり、我々は役者だ。
そして、私もあなたも、ロクな役は与えられていない。
そもそも、ロクな役を与えられている者はいない。
誰も自分がガンジーやマザー・テレサになりたくはないだろう。もし思っているとしたら、大変な見当違いをしているのだ。もし、彼等について正しく認識していれば、あんな役は絶対お断りのはずだが、それでも、そんな役を当てられたら、それをやらないといけないのだ。
逆に言えば、その宿命になければ、彼等のようなことをやろうとしたって出来ない。
富豪の成功者、スーパースターの役だって、実際を知れば全く割に合わないものだということが分かるだろう。
そして、我々凡人の役回りなんて、世界にうんざりするしかないのだ。
どんな役を見ても、最大の劇作家の一人でもある20世紀最大の詩人W.B.イェイツが言ったように、人生は悲劇だ。

ポール・マッカートニーは、『エリナー・リグビー』という歌で、「孤独な人たちを見ろ」と言い、2人の、最高に孤独で惨めな人間を描いて見せる。
その極め付けの不幸人エリナー・リグビーやマッケンジー神父が我々だ。あなたがどうかはともかく、私はそうだ。
だが、ポールは、『ヘイ・ジュード』では、「悲しい歌を楽しく歌え」って言うのだ。
彼は幸福ではないだろうが、人生の過ごし方をよく知っているのだ。

イェイツは、役者は自分が泣いたり、役を放り出してはいけないと言った。
そして、ハムレットもリヤ王も陽気なのだと明かす。
エリナー・リグビーやマッケンジー神父は陽気であるべきなのだ。
我々は、誰もが不安と恐怖に支配されているが、イェイツは、陽気さが恐怖を克服すると言う。

『バガヴァッド・ギーター』で、アルジュナ王子は、親しく愛する人達と戦争するのが嫌だと言って泣き、自分の義務を放棄しようとした。
三流役者が役を降りたがるようなものだ。
イェイツが、「主役を自覚する役者は自分が泣いたりなどしない」と言ったように、アルジュナは主役失格だった。
しかし、至高神クリシュナの教えを受け、アルジュナは良い役者になったのだ。

本物の劇の役者と我々の違いは、シナリオを知っているか知らないかだ。
その意味では、我々は人形劇の人形に近い。
それなら、我々は人形に徹すべきだろう。
シナリオは最後まで完全に決まっている。
役者がシナリオを変えられるという思想はいつの時代でも人気があるが、神様は、そんな嘘を言う役者を必ず作るのだ。
そして、我々は、そんな嘘を信じる役をすることもある。
それも陽気に演じれば、ちょっとした喜劇として面白い。
シナリオが決まっていたら面白くないといったおかしなことを言う人は多い。
我々はシナリオを知らないのだから、面白いに決まっているじゃないか?
しかも、作家は、シェイクスピアやゲーテをはるかに上回る方(神様)だ。
それを面白くないなんて言うのは、とんだ強欲な役者だが、そんな登場人物も必要なのだ。

「この世で一番楽しいことは何か知っているかね?スピネル」
「何ですか?エリオル」
「予想しないことが起こることだよ」
~『カードキャプターさくら』(CLAMP)より~









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能は世界を模した究極の舞台劇

映画やテレビドラマ、あるいは、アニメがいかに発展しても、舞台劇が無くなることは決してない。
食べていけないからという理由でほとんどやる人がいなくなったが、人形劇や紙芝居も、もっと行われるべきである。
舞台、人形劇、紙芝居は、映画やテレビドラマより、ずっとリアルなものだ。実際の世界、あるいは、人生に近いのである。
シェイクスピアやイェイツといった最高の作家が、小説ではなく戯曲(舞台のための作品)を書いたのは、もちろん、舞台劇にすることが前提であったのだろうが、そうでなくても、彼等の作品は戯曲が最も相応しい。
小説では、作中の一人の人物は、そのまま一人である。しかし、劇の場合は、「演じられている人物」と「演じている役者」の2人が存在する。
劇作家は、そこに神秘なものを感じ、高揚もすれば畏怖も感じるのである。
神が世界のシナリオを書き、人々はそれを演じる役者なのだが、役者は神自身であることを、優れた劇作家達は感じている。
劇作家達は、舞台で演じられる劇を見ながら、自分が役者になっているのである。そして、同時に世界を創造した神を演じているのである。
神を演じる劇作家を含めて、戯曲なのである。
そして、究極の舞台劇は日本の能である。
イェイツも能に深い関心を寄せ、自分の舞台劇にその手法を取り入れた。
能が、神が創った劇である世界の有り様を見事に再現しているからである。

そういった視点で戯曲を読み、舞台を観劇すれば、世界や人生に対する洞察が深まり、世界の実相に目覚めるきっかけになるだろう。
そして、日本人でありながら能を見ないのはなんとも勿体無い。狂言や歌舞伎も、そういったところではやはり同じなのである。

昨夜も書いたが、いかなる悲劇を演じていても、役者が泣いたりしない。
役者は陽気である。そして、作家も陽気なのだ。
世界や我々の人生を創造した神は陽気なのだ。我々は陽気に演じないといけないのである。
時々取り上げる、初音ミクと巡音ルカのデュエット曲『ワールズエンド・ダンスホール』は、「全然良いこともない」という女の子が自殺でもするかのような歌だが、やはりどこか陽気なのである。だから素晴らしいのである。
ボーカロイドの歌詞置場 ワールズエンド・ダンスホール
ロサンゼルスの大劇場ノキア・シアターで、ミクとルカがこの曲で素晴らしいダンスパフォーマンスを見せた。特別な衣装で、唯一の英語の歌唱、そして、ルカのミニスカート姿も珍しかった。ミクが少し笑顔を見せたが、ルカはいつもの無表情だった。しかし、どこか2人が陽気に感じられたのだ。
私もあなたも、きっと何もいいこともないし、世界にうんざりしているだろう。
でも、主役を自覚する役者らしく、あるいは、ミクやルカにように、陽気に悲劇を演じれば良いのである。
世界を創った、そして、我々自身がそれである神が陽気なのだから。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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