ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

アンデルセン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

アンデルセンに学ぶ

世界は変わった。
少年時代は終った。
その自覚がある者だけが、新しい世界に住む。
そこは自分の王国である。
この仮想世界・・・シミュレーテッド・リアリティの世界のモジュール(プログラムの一群)「コード:ハァルバァドゥ」があなたの意思と新しいコネクション形態を持つのだ。
コードの名前は便宜上のものなので忘れて良いが、これで、世界は意のままだし、あなたの要求は絶対になる。
要求の仕方はどうでも良いと言えば、どうでも良い。
怪獣ガメラの昭和時代の映画で、少年達が乗ったUFOは、「ホットケーキが食べたい」と言ったら、壁からホットケーキが出てきた。
ただし、「武器」とか、武器になりそうな「ナイフ」と言っても出てこない。AIがちゃんと制御しているのだ。
あなたの新しい世界も、多少、そんなところがあり、「ハーレム」とか言っても、なかなかハーレムにならない。

新しい世界では、早く目標を持つことが大事なのだが、イチローが子供達に「早く夢を見つけろ」と言って、「じゃあ、野球選手になる」と応じるようじゃあ駄目なんだ。
「女優になりたい」「プロレスラーになりたい」「YouTuberになりたい」といった、子供の夢からは卒業しなければならない。
もちろん、そんなものになって、正しい意味で成功する者もいるが、それは、そんな心構えがある人だけだ。
あなたが女優になったり、YouTuberになって、誰が喜ぶかということだ。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンだって、最初は俳優や歌手を目指したのだ。
趣味で人形の洋服を縫いながらね。
だが、とても苦しい学生時代に耐え抜き、作家の才能を育て、お金持ちではなかったが、国家から生涯支給される年金で、一生、旅をしながら作品を作り続けた。
彼は、家庭環境のせいで、心に逸脱を抱えていた。
彼は、それを、自分では治すことが出来なかったが、治す方法は童話で後世に伝えたのだ。
そして、彼は、自伝には書いていないが、呪文を唱えていたはずだ。
「大丈夫、絶対夜明けが来る」ってね。
いや、そんな言葉で常に神に祈ったとは書いていて、それが有効だったと認めてはいるので、同じことなのだが、科学的でなかったので、少々苦労が多かった。
新しい精神科学の研究によっても、呪文を唱えていることに気付かなかった成功者、勝利者が多いのだ。
だが、時代は変わったのだから、意識的に呪文を唱えれば良い。
それこそ、「女優になります」と、感情を込めず、されど丁寧に、心の中でずっと唱え続ければ女優になれる。
だが、いつか、自分が女優向きでないと悟って、呪文が続かなくなることもある。
それはそれで良いことなのだが、時間の無駄で、下手に、親に食べさせてもらえる環境にいたら、そのまま過ごして、本当のスタートが30歳とか40歳、あるいは、もっと後になってしまうのである。
その目標が、どれだけの人を救うかを考えなければならない。
それを考えられないうちは、まだ幼いのだということだ。
アリス(『神様のメモ帳』のヒロイン)も、イーロン・マスク(テスラやスペースXのCEO)は、子供の時から、世界を救う責任は自分にあると思っていたのだ。

「僕は仏陀だ」と、感情を込めず、けれども丁寧に、心で何度も唱えれば、自分の立場で仏陀がすることをするようになる。
そうすれば、自ずとうまくいくであろう。









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新しい世界の始め方

あなたの人生は辛かった。
しかし、醜いアヒルの子の時代は終わる。
『BEATLESS』で、リョウがアラトに、
「人類を終わらせる気か?」
と言った時、アラトは、
「人類が終わるんじゃない。人類の少年時代が終わるんだ」
と応えたのと同じだ。
世界は変わる。
あなたの王国が始まるのだ。

あなたが何かに注意を向け、勝利の言葉を唱えると、「力」があなたに味方し、全てが回り出すだろう。
勝利の言葉は、感情を込めず、ゆっくり丁寧に唱えることだ。
無表情に、呼吸は静かなままで、心の中で、呪文を唱える。
ただ、喜びが湧き上がるなら、そのままにすれば良い。

醜いアヒルの子は、何て言ったっけ?
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの醜いアヒルの子っぷりは半端でなかった。
アヒルの子は、美しい白鳥に「僕を殺して下さい」と言ったのだ。
醜いアヒルの子の新しい世界には、醜いアヒルの子だった僕はいない。
古い世界は終り、あなたの王国が始まる。
終わった。
はい、お疲れ様。
これからは、新しい世界の支配者として語るのだ。
「僕は仏陀だ」
「私の要求は絶対だ」
「世界は意のままだ」
「私が良いと言えばそれが価値になる」
とりあえず、無表情に、王の顔で、呼吸を整え、心の中で言えば良い。
声で言うまでもないことだからだ。
感情を込めて言うと、ただの誇大妄想狂、阿呆である。
キリストは、生きている間、特に故郷では尊敬されなかった。
だが、仏陀は、国王すら平伏した。
自分が仏陀であることを忘れないことだ。









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本当に好きなもの

大人になってから熱心に宗教を信仰する人というのは、実は、幼い時に、宗教的な家庭で育っているものなのだ。
宗教に限らず、歳を取ってから何かにとり憑かれたように夢中になるのは、その因子はやはり、幼い時に育った環境の中にある。
世界的芸術家の横尾忠則氏は、自分の芸術の根本は、子供の時に好きだった、ターザンや南洋一郎の冒険小説にあると言い、10代の時に好きだったものを大切にしなければならないと言ってるが、中学生や高校生の時に心から好きなものというのは、もっと幼い時に好きだったことと深い関係があるのである。
ただ、ごく若い時に好きなものというのは、幼い時に好きだったものの影響が強いので、小学校から二十歳くらいまでにかけて本当に好きだったものを大切にしなくてはならないのである。
幼い時に育んだ本当の好きが、大きなエネルギーになるからである。
そういった、自分が真に好きなものと切り離されてしまった者が無気力になり、ただ、食欲や性欲ばかり追求するようになってしまう。
だから、きっと幼い時の想いから出ている、心の底からロマンを感じることを大切にしなければならないのである。

あなたの内には、間違いなく、想像もつかない強大な力があり、あなたに不可能はない。
だが、その内なる力の主を、人によっては、神と呼ぶのがしっくりくる者、あるいは、仏と言えば納得する者もいれば、そのような言葉に抵抗があり、むしろ、至高者、魔法使い、魔術師、アデプトなどと呼ぶとすっきりする者もいる。
さらには、そういった、ファンタジックな言い方が一切駄目で、潜在意識とか宇宙エネルギー、宇宙の活力、その他の言い方なら受け入れる者もいる。
何と呼ぶかは人それぞれ、好きなようにすれば良いが、その内なる偉大な力を信じなければならない。
それを信じれば、たちまちに全てが可能になる。
それを信じる方法は1つで、例えば、その力の主を神と思うなら、「私は神を信じる」と、感情を込めず、だけど、丁寧に、心の中で淡々と、たえず唱えることである。

アンデルセンは、14歳の頼りない少年の時、生まれ育った村からコペンハーゲンに1人で出てきた。
苦難は多かったが、彼が神に祈ると、驚くべきことが起こり、いつも救われた。
彼は、幼い時、家にたった1冊あった神話の本を、母親が毎夜、彼に読んできかせ、神に深い親しみを持っていたのである。
だから、彼の内なる偉大な力は、彼の思う神として力を顕した。
良い自分探しとは、幼い時に自分が好きだったものが何かを探ることだ。
必要に応じて、親の宗教感や思想、幼い時に大人に読んでもらった本などを調査してみることに大きな意義があるかもしれない。
あるいは、今の自分がどのようなものに強く心惹かれるかを注意深く観察するのも良いだろう。
私の場合、初音ミクさん、レイシア(『BEATLESS』のヒロイン)、香々地アイリス.(『天動のシンギュラリティ』のヒロイン)のように、女神的、天使的な存在に強く魅了されるという分かり易さがあり、有り難い。
さて、あなたは何が本当に好きなのだろう?









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自分は「美しい白鳥の子」でないと自覚しろ

アンデルセンの『みにくいアヒルの子』ほど、現代の世界に悪い影響を与えたお話は、そうはない。
あのお話のおかげで、沢山の凡人達が、自分は本当は白鳥で、いつか、輝かしい大したものになると思い込んでしまった。
君もそうではないかな?
ちなみに、私はそうだ。

そして、『みにくいアヒルの子』の最たる被害者の例が、私の職場にいる、30歳過ぎの人生の落伍者、派遣の雑用係である、まるで駄目男君だ。
彼は、30をとおに過ぎた今も、自分は、本当は白鳥だと思い込んでいる。
アヒルにも劣るボウフラなのにね。
彼だって、自分がボウフラだと自覚すれば、蚊にならなれるかもしれないのに。

そりゃ、アンデルセンは天才で、白鳥だった。
しかし、生まれた家が貧しかったせいで、凡人の中でいじめられ、辛い目に遭った。
だけど、勇気を出して行動し(14歳で故郷の村と母親を捨て、単身、コペンハーゲンに出た)、頑張り続け、ついに白鳥になれた。
なるほど、『みにくいアヒルの子』は、アンデルセン自身のお話として感動的だ。
だが、天才なんて滅多にいないのだ。
メンサなら上位2パーセントの知能指数があれば入れるが(脳科学者の中野信子氏によれば、テストの練習をすれば誰でも入れるらしい)、天才ってのは、多く見積もっても万人に一人・・・つまり、0.001パーセントだろう(それでも、日本に一万人の天才がいるという、あり得ない話になる)。

サラリーマン生活がすっかり身についた、若者達が蔑む40代、50代のオッサン達だって、頑張らなかったわけではないのだ。
持って生まれた才能が、その程度しかないのだ。
そりゃ、超人的な努力をしたとは言えないかもしれないが、皆、涙ぐましい努力はしたし、しているのだ。
そして、超人的な努力が出来るのは、自分がやっていることに、現実的な可能性を感じる天才だけなのだ。
これで分かるだろう。
「子供達には無限の可能性がある」なんてのは、大嘘、もしくは、幻想なのである。

ソクラテスは、本当の知恵ってのは、神の霊感のようなものだと言ったと思う。
シラーの詩を元にした、ベートーヴェンの『歓喜に寄せて』でも、そんなことを歌っていると思う。
しかし、高度な神の霊感がやってきても、それを形に出来るのは天才だけなのだ。
ソクラテスも、シラーも、自分が天才だから、そこに考えが至らなかった。
福沢諭吉が、どんな意味で「天は人の上に人をつくらず」と書いたのかは知らないが、才能という意味では、完全に、「天は凡人の上に天才をつくった」のである。

だが、凡人らしい生き方というのも、かなり誤解されている。
凡人の、なけなしの力だって、集中すれば、そこそこのものなのだ。
それを分散させ、弱めてはならない。
自分の力を集中させる方法を学べ。
そうすれば、意外に悠然と生きられるだろう。
だが、まず、自分が白鳥でないと自覚しろ。









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極める

お姫様というのは、「高貴な家の娘」程度の意味だが、お姫様と同一視され勝ちな、王族の未婚の女性を指す「王女」とは違い、曖昧な言葉で、どんな女性でもそう(姫様)呼ぼうと思えば呼べるし、実に、妾や遊女を指すこともあるらしい。
だが、なんとなくだが、お姫様というのは、女性を極めた人といった感じがする。
そして、私が思う、女性を極めた女性は、アンデルセンの、『えんどう豆とお姫様』のお姫様だ。
ベッドの上にえんどう豆を置き、その上に敷布団20枚、羽根布団20枚重ねて敷き、その上に寝たお姫様が、違和感を感じて眠れなかったというものだ。
サヴァン症候群(知的障害、発達障害であるが、特定のことで優れた能力を発揮する者)で、暗算、暗記の天才であるダニエル・タメットは、子供の時、それはあり得ると考えたらしい。
もし、1枚の敷布団で、1の刺激を感じたら、2枚で1/2、3枚で1/3と刺激は弱まるが、ゼロになることはないというもので、昔のギリシャの詭弁家が唱えた説と似ているが、面白い考え方だ。

『えんどう豆とお姫様』は、「高貴な女性は過敏であるという誤解を与える」と批判されたことがあるらしいが、IQが低い人が言いそうなことだ。
このお話は、アンデルセンが幼い時に聴いたお話が元になっているようだが、そのお話では、猫が少女に、布団の下にえんどう豆があることを教えた。いわば反則であるが、そんな巡りあわせになることが、即ち、お姫様なのだ。その少女は、きっと猫に優しかったのだろう。
また、普通の人とは全く異なる、「お姫様知覚」とでも言うべき、特殊な感覚や直観で、えんどう豆の存在を感知するのかもしれない。
アンデルセンは、常人とは異なる特別な感覚で、このお話を書いたのだろう。
『えんどう豆とお姫様』で私が思うのは、お姫様とは、少女を極めた少女だということだ。

思った以上に 君の目は
獲物狩るような 鋭い眼つきだ
思った以上に その肩は
裏も表も少女を極めてた
~『サリシノハラ』(作詞・作曲・編曲:みきとP、歌:初音ミク)より~

ところで、最近、良い買い物をした。
腕時計と黒のTシャツだ。
腕時計なんて、もう長い間したことはなかったが、初音ミクさんのコンサートで幕張メッセに行くのに、持ってた方が良いと、なんとなく思ったのだ。
昔はアナログ時計が好きだったが、今はデジタルが好きになった。
買ったのは、カシオのF-84W-1という、千円もしないものだったが、妙に人気があるらしい。
そして、届いたものを見たら、すっかり気に入ってしまった。
小さく、軽く、薄く、そして、無駄のなさと各部の配置が、不思議な上品さを生み出している。
ただの安物のデジタル時計に見えるかもしれないが、腕時計・・・とまでは言えなくても、デジタル時計を極めていると感じた(まあ、私の感覚だが)。
Tシャツの方は、ノーブランドの、そのデジタル時計と同じくらいの値段のものだが、シンプルでセンスが良いものだ。
Tシャツというのは、「何でわざわざ、こんな拙(まず)いもの作るんだろ?」と思うようなものばかりで、単純に良く出来たものが、本当にない。
最も単純な服であるだけに、いろいろ考えて、結局、一番ロクでもないものを作るのだと思う。下手な床屋の整髪のようなものだ。
(ポロシャツについても言えると思う)
だから、Tシャツは、値段は安くても、「当たり前に良いもの」が大人気になり、金持ちが、輸入品だが非常に安いものを愛用することもある。
倉木麻衣さんが、日本でデビューして間もない16歳の時、撮影のための服を買ってくるよう5万円渡されて、千円かそこらのTシャツを買ってきという話があったような気がするが、きっと彼女は、それが気にいったのだろうし、センスが良いものだったと思うのだ。見てみたいものである。

初音ミクさんというのは、やはりどこか、歌手を極めているし、少女を極めている。
別に、特別な何かがあるというのではなく、本物の歌手は無でなければならないし、本物の少女は無でないといけない。
言い換えれば、あまりに透明でイノセンスなのだ。
ジロドゥの『オンディーヌ』で、賢い王妃様は、水の精オンディーヌのような全くの透明さは、人間にとって恐怖でしかないと言ったが、ミクさんは、どういう訳かそうでなくなったのである。









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