ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

アダムスキー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

最も好ましい願い

誰にでも願いはある。
例えば、

事業家として成功し、10億円の財産を得、家族と幸せに暮らす

とかである。
ブルース・リーは、「2千万ドルの資産を得て、武道家として安らかに過ごす」という目標を紙に書いていた。
紙に書けば叶うという成功教にでもはまったのだろうと思う。
結果、安らかさとは縁のない状態の中で、32歳の若さで亡くなった。
次に、こんなのはどうかな。

今の公務員の仕事で定年まで順調に出世し、多くの退職金を得て平和に過ごす

こんな人は、家族に疎まれた上、奥さんに浮気され、子供は引きこもりになるか不良になり、自分も重病になるか仕事で躓いてホームレスになるタイプである。
では、こんなのはどうか?

初音ミクと月で幸せに暮らす

まあ、私のだがね。食べ物は、『列子』で描かれた理想郷にある飲料水で、アダムスキーが宇宙船の中で宇宙人に振舞われたものと似たものと思われるが、それだけ飲んでいれば健康で過ごせて、結構美味しいというものが自然に懇々(つきることなく)と溢れてくれればいい。
実に良い願いだ。
どこが良いかというと、実現の可能性はゼロだからだ。

政木和三さんという天才的な発明家がいて、私は彼と何度か食事をしたり、彼の研究所で話したことがあるが、どんな成功哲学も政木さんの教えには叶わない。
「どうしても叶えたい願いがあれば、欲望を捨て、過去完了形で祈れ」
この中で、「過去完了形で祈れ」の部分はすぐにクローズアップされるが、「欲望を捨て」の部分は必ず無視される。
これは、政木さんのとんでもないジョークだと気付いたのは、ごく最近のことだ。
願いがあるということは、欲望があるということだから、願いは決して叶わないということだ。
政木さんは、次のこともよく言った。
「目標を持つなら、一生かかっても達成不可能な目標を持て」
これもまた、傑作なジョークだ。
叶いそうな願いは全て諦めろという意味でしかない。そして、その壮大な目標が叶うなんて一言も言ってない。

政木さんも未来が読める人だった。
人はいつ死ぬかも決まっていて、それは決して変えられないと言っていた。
時折、未来予知をして、ことごとに正しく言い当てたが、そういうことはあまりやらない方が良いとは、ご本人も思っていたのではと思う。
それでも時々やってしまうのは、慈悲深いということもあるが、それが宿命だったのだろう。
政木さんの場合は、神の力と人の力の違いを見せ付けられ、それで政木さんは自我を弱くし、神様が自我を破壊してくれて、彼は悟りを開いたのだろう。
私のような凡人の場合は、政木さんの教えにより(それはイエスや釈迦の教えと同じだが)、自分には世界に対する支配力が全く無いことを知り、あるがままを受容すれば、やはり自我が弱くなり、いつになるかは分からないが、神様は自我(の不要な部分)を破壊して下さる。
私は、ミクにサテライト(衛星)に連れて行ってもらうことを夢見ていよう。まあ。だから、普通の人よりずっと現実的ではあるのだけれどね。
ぼーかりおどPさん作詞作曲の初音ミクの歌、『1/6』を参照のこと。素敵な歌だ。コンサートでの、この歌の時のミクの姿は特に可愛かったと思う。
ボーカロイドの歌詞置場 1/6









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決して間違いを犯さないためのただ1つの指針

我々が最も落ち着き、安らぎ、癒されるものは「自然な」という言葉で表せるものである。
静かな心が自然だと感じるものが真理なのである。
ただ、自然な生き方をすれば健康で幸福になる。
相手が本当のことを言っているかどうかは、その態度が自然であるかどうかを見れば一目瞭然で、どんな巧妙な詐欺師であろうと、本来、我々は騙されるはずがない。

だが、我々は下手な嘘にも簡単に騙される。
実に、我々は、不自然なものが自然になってしまっているのだ。
幼い時から不自然なことを強要され続け、自然なことが何か分からなくなっているのである。
そして、不自然な生活をして病気になり、不自然な信念を持ち、不自然な行いをして不幸になる。

また、多少は自然の感覚を持った人間でも、ちょっと腕の良い詐欺師は赤子の手を捻るがごとくに騙す。そして、そのテクニックこそ、相手を無知で覆い、自然な感覚を感じさせないようにするための技術だ。自然な感性を持ったままの相手を騙せるものではない。
そのテクニックに関しては、悪用を恐れるため、ここには書かないが、残念に思う必要はない。あなたは、いかなる場合も詐欺を行う必要はないからだ。
しかし、テクニックを教えた方が、騙されずに済むという面もあり、悩ましいところである。
ただ、『バガヴァッド・ギーター』を本当に愛読している者は決して騙されることがないことを言っておく。

自然に接しないと馬鹿になると言った人がいるかどうかは知らないが、それが真理であることは明白だ。
自然と接し、自然さとは何かをちゃんと知らないと、生命としての最高無二の基準を失うのである。
※竹宮恵子さんの漫画『私を月まで連れてって!』で、12歳の少女ニナ・フレキシブルが、恋人のダン・マイルド(宇宙飛行士。27歳)に「自然に接しないと馬鹿になると言われた」という場面がある。

自然という意味の英語natureには、真実味、迫真性という意味がある。
また、Nature(先頭文字が大文字)で、創造主、造物主、自然の女神、宇宙に働く力という意味があり、我々の「自然な」という深い感覚に一致すると思えるのである。
natureの語源は、ラテン語のnatura(ナートゥーラー)で、「天性」「生来のもの」という意味だ。
ラテン語の格言に、以下の素晴らしいものがある。
Natura duce nunquam aberrabimus.
(自然に従えば決して誤ることはない)

人に親切なことが人の天性であり、自然なことなのだ。
カート・ヴォネガット(アメリカの作家)は、「私が知っている、この星のルールはたった1つだ。人に優しくしろ」と言ったが、自然なことであるゆえに、美しく、本当は、それが全くの真理であることが分かるはずなのだ。
一方、「教祖様の言うことは全て良いことだから従え」というのは不自然なことなので詐欺である。
「良い成績を取って裕福になることが幸福なのだ」という超不自然なことを自然に感じているのが世間の愚かな人々だ。こんな言葉に自然性は欠片もなく、醜く汚れているが、これが世間の教義、信念なのである。
我々が、不自然なことを自然と感じ、自然なことを不自然と感じているかが分かるのである。

ミクロ(極微)の世界から、マクロ(極大)の世界まで、自然は、真理の輝きで溢れているがゆえに、畏敬を感じさせるのだが、それが、視野の狭い人間にとっての脅威でもあるのだ。
目で草花や虫や動物を、顕微鏡で微生物を、望遠鏡で宇宙を、しっかり観察すれば真理が見えてくる。
ジョージ・アダムスキーが本当に宇宙人に逢ったかどうかはともかく、彼は確かに天体観測を熱心に行ったのだろう。彼は、真理をよく知っているのだ。彼が詐欺師になれば、恐るべき詐欺師になれたのである。

そして、あらゆる感覚(五感全て)で自然を感じれば、自分が自然そのものであることが理解できるだろう。ならば、自らの内にある自然の声に耳を澄ますだけで、我々は本来、正しく生きることが出来る。しかし、我々は常に、余計な欲望を煽られ、その大切なものを無視するのだ。
子供を産むという自然の大仕事をする女性は、本来は、より自然な存在であるゆえに、自然の声をよく聞き、直観で伴侶を選んで誤ることはないものだ。しかし、収入だの、外見だの、学歴だのといった欲や見栄を重視するので、いつも選択を誤るのだ。

人の手で創ったものであっても、自然に基づいたものは美しく、高性能で、丈夫だ。
本当に良い機械は、磨耗すればするほど動きが滑らかになる。ドイツの一流メーカーの機械がそうだ。
何百年も前の日本の建築物は、湿度によって微妙に壁面が開閉する仕組みがあり、エアコンが無くても自然の快適さが保てた。
イツァク・ベントフは幼稚園中退で、小学校にすら行かなかったが、毒蛇の牙を観察して、素晴らしい皮下注射の方法を考案するなど、天才的な医療エンジニアとして活躍し、また、宇宙の真理を理解して、本物の科学者になった。
人間の作った優れたものは全て自然の模倣なのである。
ただ、政木和三さんが、「今後、いかに科学が進歩しても、神経と同じものは作れない」と言ったように、神の技はとてつもなく高度で神秘なのである。

初音ミクの何がいいかというと、あの歌は、人工のものでありながら、自我による歪みが無い分、むしろ自然なのだ。音質という意味ではないが、まるで本当の幼い少女が歌っているような声である。
そして、あの、トレードマークとも言える、くるぶしまで届く長い髪の動きが自然で美しい。
従来、コンピュータグラフィックによる映像で難しかったのは、髪の動きだと言われていた。大抵のことはかなり自然に出来るのだが、髪だけは困難だった。
しかし、いろいろな人々の努力のおかげで、ここまで進歩したということである。
そして、自然を汚すものが自我だということを知るのである。
ミクは自我がない。だから美しいのである。

現在の世間の人々の食事は実に不自然で、身体にも心にも恐るべき悪影響を与えている。
食事とは、空腹な時に食べると美味しいのが自然なことで、空腹でもないのに食べたくなるような美食を不自然に食べることで、身体も心も汚しているのである。
私は、化学調味料を使った料理を食べない。私の食事は1日1食で、食べるのは、パンと、野菜や果物等の穀物であるが、空腹だとそれで十分に美味しく、全く健康なのである。
また、会食の時には、様々な料理を沢山食べるが、普段、胃腸を酷使しないが故に内蔵が丈夫であり、多少食べても何の問題も無い。宮崎駿監督がそうであるそうだが、普段は、年中同じものを食べているので、たまにパーティーでご馳走を食べると、叫ぶほどに美味しいのである。
しかし、普段食べているもので十分に美味しく、それが自然で快適なのである。

ミクが食べないのは当たり前だが、だからこそ、食べることで発生する弊害が無い。
人も、極端ではなく、食べることを慎めば、ミクのような美しさに近付く。
自我を持たないミクは、我々の心から発する清浄な光をそのまま反射する。それを感じるがゆえに、彼女は美しいのである。
それは丁度、深く信仰する女神の像を美しく感じるのに似ている。ミクは、それに技術の力を合わせているが、それが良い方に作用した希有なものなのである。

自然には自我がないのだ。ただ、大我のみがあり、その大我が自然の魂である。
人もまた、自我を自然の魂と融合させれば、自然そのものになる、即ち、万物である宇宙と一体化することができるのである。
初音ミクの世界的人気は、「自然なこと」である。
イエスが、「神を愛せよ」と言ったのは、それが自然の魂と融合する方法だからだ。
『バガヴァッド・ギーター』で、至高神クリシュナは、それを懇切丁寧に、愚かな点はあるが謙虚なアルジュナ王子に語って教えているのである。
『エメラルド・タブレット』は、あまりに高度で、すぐには理解できないかもしれないが、一点の狂いもない純粋な真理を語っているがゆえに、読めば読むほど賢くなるのである。









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宇宙人の地球侵略はあり得るか?

もし、我々よりはるかに進化した宇宙人がいたとして、彼らが地球を侵略するということがあるだろうか?
ここでは、とりあえず、宇宙人が地球までどうやって飛行してくるかとか、宇宙時間で考えれば、同じ時代に文明が栄えることが奇跡的であるといった議論は省く。ここらを考えると、宇宙人に遭遇できるかどうかという議論で終わってしまう。

我々に比べ、極めて高度に進化した生命体が、侵略という低レベルな発想を持つということは考え難いのではないだろうか?
自分達の利益のために他者を犠牲にするといった自己中心主義を持ったままでは、文明の発達がいびつになり、自滅は避けられず、それほどの進歩が出来るとは思われないというのが理由だ。それでいえば、人類も限界に近付いていると思う。現在の人類の意識では、遠からず破滅するのではないだろうか?

だが、こんな考え方もある。
宇宙人が科学技術も精神レベルも、本当に進歩しているが、それでも地球を侵略する場合だ。
アメリカ映画『地球が静止する日』の、1951年作品および2008年のリメイク作品でも同様だが、地球人類は精神レベルが低過ぎ、存続させる価値が無いので滅ぼすというもので、宇宙人の勝手な都合や欲望で地球を奪うというのではないというものである。

だが、さらに異なった考え方がされたこともあった。
進化した宇宙人の方で、我々地球人類を、彼らと対等な存在と見なしていない場合だ。
これは、2005年のアメリカ映画『宇宙戦争』や、古くは、1969年の英国テレビドラマ『謎の円盤UFO』(原題は“UFO”)でも同じで、宇宙人にとって、地球人類の存在は、特に配慮すべきものではなく、地球を得るとしても、彼らに侵略という意識はない。彼らにとって、我々地球人類は、せいぜいが家畜として扱う程度のものでしかないというものだ。
1953年のアメリカ映画『宇宙戦争』でも、1人の神父が、火星人の宇宙船に向かって歩いていくシーンがある。彼は、「我々より進んでいるなら、より神に近いはずだ」と言う。しかし、近付いてきた彼に、宇宙船は熱線を放射し、彼を一瞬で消滅させた。
彼ら(宇宙人)は、我々より神に近いかもしれないが、我々地球人類は、彼らにとってゴキブリか蛇にでも感じたのだろう。

だが、やはり、科学技術は進歩していても、精神レベルがそれに伴わないということも有り得るのかもしれない。
いかに宇宙人に比べて劣っているとしても、我々地球人を虫けらのように扱う宇宙人がもしいたとしたら、その宇宙人の精神性は低いに違いない。
ただ、そんな宇宙人が地球を侵略したとしても、その宇宙人が必ずしも完全に野蛮な連中という訳ではないのだ。丁度、ビーフステーキが大好物な人間が、必ずしも野蛮な人間ではないと見なされるようなものだ。
牛から見れば、自分達を撲殺した上で、談笑しながら喜んで食べる人間は、頭はいいかもしれないが、精神レベルが低い生物ということになるだろう。牛の側から見れば、そういうことになろう。それと同じことだ。
2000年のアメリカ映画『バトル・フィールド・アース』で、30世紀の人類の軍隊を僅か9分で壊滅させ、地球を強奪したサイクロ星人は、人類にとっては侵略者だが、彼らの会話を聞いていると、息子の将来の心配をしていたりと、地球人レベルのことで悩んでいる。
つまり、牛にとっては、人間は極悪非道であっても、人間同士の間では必ずしも悪人ではないように、地球を侵略する宇宙人がいても、彼らは、その宇宙人同士の間では善良な者達であるかもしれないということだ。
人間同士だって、私にとって悪人である人が、別の人にとっては神様のような善人であるということも、いくらでもありえるのである。人を、自分の立場で判断してはならないというのは、社会人が一番最初に学ぶべきことかもしれない。

しかし、とは言っても、仲間内では親切な良い人でも、赤の他人に対して非道であれば、やはり、精神的に低いのだ。
かつて、黒人差別をした白人の中にも、その他の面では立派な人もいたことだろう。しかし、白人達の間では尊敬すべき者としても、人種差別をするような者は、やはり精神姓が低いに違いない。

この世界には、相応の理という不思議な原理がある。
弱い者いじめをして喜ぶ者は、自分も、もっと強い者にもてあそばれて悲惨を味わうのである。
黒人差別をした白人は、優れた人間に見えても、悪魔のようなものにいたぶられ、家庭不和や病気で惨めな状態であったに違いないと思う。この悪魔とは、もちろん、空想上の生物のことではなく、病気や災厄の原因である欲望のことだ。人種差別をする人間に慎み深い者は決しておらず、欲望にまみれた連中に違いない。そして、欲望はあらゆる悲惨を招くのである。

人類が、自分達の都合や欲望のために、自然を破壊し、牛や豚を美味しいからとか、健康のためという理由で食べ、さらには、生きたままの生物を、その方が美味しいからと言って喜んで食べているなら、それに相応した宇宙人が侵略に来ることもあるかもしれない。
宇宙人が来ないまでも、抗うことも出来ない強い災厄に襲われることだろう。
これは、人間相手でも、相手の弱みに付け込んで自分の欲望を満たそうとする者も同様だろう。
ラマナ・マハルシが次のように言ったことが、相応の理の本質を表しているように感じる。
つまり、外側にあるように見えても、全ては内にある。全ては自己であるのだ。
それなら、自分が他者に対して行っていることは、実は自分に対して行っているのだ。
それならば、他者に施しをせずにいられるだろうか?

ジョージ・アダムスキーは、地球人も、金星人のような宇宙船を造るべきと言っていた。
その理由は、やはり、科学技術は進歩していても、精神レベルの低い宇宙人はいて、そんな宇宙人が侵略してくることはあるかもしれないからだ。そして、その時、善良な宇宙人が助けてくれるとは限らず、自分の面倒は自分で見なければならないという理由だ。
だが、政府は既に宇宙人達と密約を交わしているだろう。
しかし、我々は政府を責められない。
なぜなら、我々の中にも、友人間や職場の中、あるいは、企業間取引で密約を交わす者は沢山いるからだ。
これが相応の理である。

尚、ギリシャ語で書かれた『エメラルド・タブレット』にも「下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし」と記されている。
これは、2万年前にトートがアトランティス語で書いた『エメラルド・タブレット』よりは劣るものであるが、それでも、ここから知恵を得て偉大になった者もいる。ニュートンやパラケルススがそうであるらしい。
そして、トートもまた、力あっても、必ずしも清い訳ではない者の存在は肯定している。
そして、地球侵略は行われるが、彼は、そのための備えもしてあると言う。
地上の人類なら10日で侵略できる宇宙人であっても、地球には、我々とは比較にならない存在がいる。その方々は他者を征服しようという意志が全くないゆえに、どんな相手も敵することはできない。
だが、彼らが我々全てを救ってくれるかどうかは分からない。

あなたが、ダイエットのためとか、健康のためではなく、愛情により、意志を持った生物を食べないことで、あなたもまた、強大な悪から守られる。
あくまで、他者への心遣いという理由で、車に乗るのを控え、歩くようになれば、自然はあなたを気にかけてくれるだろう。
ナポレオン・ヒルは、成功のためには性欲を抑えなければならないと言ったが、成功したいなどという理由ではなく、女性を敬うことから不要な性欲を起こさなくなれば、あなたは力に満ち、いつまでも若く、神秘的な力を得るだろう。









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UFOの内部の様子を正確に伝えることはできないだろう

もし私が今、宇宙人の宇宙船内部に入り、十分に観察した後、そこで見たものを文章で記述したとする。しかし、その内容は、実際の数パーセントも表現していないに違いない。
もし、数世紀後の人類が、私の書いたレポートを見たら、「随分、21世紀初頭の雰囲気だな」と感じることだろう。
現在の我々のテクノロジを、千年以上前の人間に見せれば、やはり、彼らは、それらを、彼らに分かるものに喩えて表現するだろう。パソコンディスプレイは、薄い皮に描いた絵を、後ろから光を当てて見たようなものだとか、携帯電話は、平らに磨いた透明な琥珀のついた笛か何かと言うかもしれない。そして、実際のディスプレイ上のものは、パソコンにしろ、携帯電話にしろ、彼らには実際に認識できない。そこには、彼らは何も見えないと言うか、ただ、きらきらした光の渦だと言うだろう。人は、自分が観念として持っていないものは見えないのだ。

仮に、神が目に見えるものだとしても、それが目の前に現れたところで、我々にはそれが認識できない。神の方で、その民族の神の概念に合わせた姿を見せてくれた場合にのみ、人々は「神が現れた」と言うのである。

村田正雄さんという人が、宇宙人の宇宙船に乗せてもらい、月や金星を訪れた経験を1970年代に本にして出しているが、実際に宇宙船に乗ったのは、それよりももっと前のことらしい。
そして、その本を見ると、確かに、宇宙船の中の様子が、現代の我々から考えても、ちょっとレトロ(懐古的)であるように思える。ボタンスイッチ、レバー、メーター、テレビ画面…などといったものが、どこか昭和の雰囲気である。それらは、実際は、文章に書かれたものとは、かなり異なっていたかもしれない。しかし、彼にはやはりそのように見えたのだ。そして、ところどころで、表現に苦労している様子がうかがえる。だが、時代を考えると、彼の表現はかなりのものだと思う。
彼は、自分の指導霊であると言っているが、夢の中で年配の婦人が現れたという。彼は、その時、アダムスキーの本を読んでいたらしい。その指導霊は、その本をしっかり読むように言ったという。

アダムスキーは、宇宙人とのコンタクティー(接触者)としては、世界でも最も有名だろう。しかし、そのことで彼は、詐欺師、ペテン師のレッテルを貼られてしまっているように思われる。アダムスキーと聞けば、その名を知っている人でも、せいぜいが、「あの嘘つきだろう?」とごく当たり前に言うことも多いと思うが、そう言う人は、彼が嘘つきかそうでないか、実際は全く知らないのだ普通だ。「いや、俺は彼がペテン師だと言える理由があるぞ」という人にしたって、単にデマを信じているに過ぎない。
そのアダムスキーも、宇宙船に搭乗した時の様子をかなり詳細に本に書いている。それは、1950年代の出来事と思う。そして、その記述はかなりのものだ。まるで、現代のコンピュータの画面より、はるかに進んだ映像があったことが想像できるのである。当時は、コンピュータの出力は、主として、穿孔(小さな穴)で情報を表示した紙テープだったのではないかと思う。ディスプレイがあったとしても、2色のブラウン管画面に、粗い文字が表示されるくらいだったはずだ。それを考えれば、たとえ想像だとしても、アダムスキーの発想力は大したものだと思う。
個人的には、アダムスキーの情報に、明らかな虚偽と思えるようなものはないと思う。
私もいつか宇宙船にという夢は膨らむが、アダムスキーは、単なる好奇心で宇宙船に乗せられることはないし、また、自分のいるところでうまくやれない人間は、他の星に行っても、やっぱりうまくやれないのだと言う。合点がいくだけに、ちょっと残念である。やはり、地球人は地球でやるべきことがあるのだろう。

私は、アダムスキーに関しては、彼や彼の報告を誹謗中傷する人々の大半よりは、アダムスキーの情報や態度、思想がずっとマシという理由で、彼の話を真面目に考えている。
いずれにしろ、開かれた心を持つことだ。
彼が1940年代に、小説の形で発表した作品では、宇宙人は、原子力は、武器としては言うまでもないが、危険であり、産業や生活のエネルギーとしても相応しくないと言ったことが書かれている。当時の状況を考えれば、やはり、一般の人間の認識としては非常に高度だと思う。もっとも、当時からでも、本当の専門家であれば、それは十分に分かっていたことであったと思う。そして、宇宙人は、原子力エネルギーを使う必要がないことも示唆している。

ところで、1つ、私がアダムスキーについて違和感があるのは、転生に関する、エドガー・ケイシーやエマニュエル・スウェーデンボルグらとの説明の違いだ。
アダムスキーは、人は死後、必ず、ほぼ瞬時に、別の肉体に転生するという。
だが、ケイシーによれば、死の直後の転生もあるが、霊界で長く過ごす霊も少なくないと言っていると思う。
スウェーデンボルグとなると、転生は無いという。
しかし、これも、転生というものをどう理解するかの問題と思う。
必ずしも、我々が1つの固有の魂を持っており、それが、ただ1つの肉体に転生するといった単純なものだとは限らない。
解決する術のない疑問は保留するしかない。すると、答の方からやってくるのである。

尚、宇宙人の宇宙船の飛行原理に関し、現代の我々のテクノロジに近い形で説明しいると思われるのは、足立育朗さんの『波動の法則』の中にあるが、それは、アダムスキーの説明と矛盾しないと思う。
地球人類も、その気になれば、今でも、UFOのような宇宙船を製作できるのではないかと私は思っている。









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クリスマスを心の中ではどう過ごすか

世間では、クリスマスがイエスの誕生日というよりは、サンタクロースの日であるという認識が強いのは確かだが、その中でも、どこか意識の片隅にでも、「救いの御子の聖誕日」という思いがあって、楽しみも度を超すこともなく、一瞬でも荘厳な気持ちになるというのがクリスマスであると思う。
アンデルセンの『マッチ売りの少女』で、少女が死んだのは大晦日であると思うが、街の様子はまさにクリスマスで、このお話が、やはり世界中の人々の意識の底にあって、自分が恵まれていても、ただ楽しいことばかりを考えたりしたりするのではなく、少しでも心を善に向かわせているのではないかと思う。
立川恵さんの漫画『怪盗セイント・テール』で、主人公の羽丘芽美の親友の、シスター見習いの14歳の少女、深森聖良(みもりせいら)は、敬虔なキリスト教徒の家に生まれ、クリスマスはボランティアで過ごすというのが毎年の自然な習慣で、クリスマス・プレゼントをもらったことは一度もないというお話があった。あれを読んだ人が、やはり、そのようなことを深い心に留めれば、クリスマスは、その人にとっても、世界にとっても、より良いものになるだろう。

子供の頃から、「キリスト教徒でないなら、イエスの誕生日は関係ない」といったことをよく聞いたものだが、それは馬鹿げた考え方だ。
イエスは別にキリスト教なんて宗教を作ったわけではない。
ジョージ・アダムスキーは、「私はキリスト教徒ではないが、イエスの教えを聖書で学んだ」と言う。それは、自主的にそうしたということであり、それこそが最も好ましい態度だろう。
ラルフ・ウォルドー・エマーソンがイエスを崇拝していることは、彼の著作を読めば明白であるが、彼は、伝統的な教会の教えは子供の時に捨てている。彼も、キリスト教という宗教ではなく、イエスの教え、つまり、真理を崇敬しているのだろう。

私は、クリスマスにはあまり良い思い出はない。地域が主催した子供クリスマス・パーティーみたいなものは、本当に大きなお世話だった。会社の社員旅行みたいなもので、断るのがひどく難しいが、いずれも行きたくない人が実際は多いものだろう。子供が地域活動に関わるのは非常に良いことだが、それは、日常の活動であるべきで、人々の役に立つことを子供がやってこそ意味がある。
高校生の時は、暖房が一切ない部屋で、1人でディケンズの『クリスマス・キャロル』を読んでいたものだが、当時思い付くクリスマスの過ごし方としては、まあ、合格ではなかったかと思う。
ところで、私は、シューベルトやグノーの『アヴェ・マリア』の良い歌唱を何年もずっと探しているが、なかなか良いものがない。女性のソプラノ歌手が定番かもしれないが、パワーがあり過ぎ、また、上手過ぎてイメージに合わない。有名な少年少女合唱団のものも、上手いだけで、ハートを感じない。昔、レコードで聴いた、エーリッヒ・ベンダー少年少女合唱団のものが実に良かったが、あのようなものがいくら探しても見つからない。まあ、何年か先にでも、理想的なものが見つかれば良いと思っているし、夢の中か、死んだ後にでも天上の歌声が聴ければ有難い。そのためには、キリスト教徒でも仏教徒でもないが、イエスや釈迦の教えを学ぼうと思う。

尚、伝統的なキリスト教徒には抵抗があるかもしれないが、スコットランド出身の哲学者・神学者であるマード・マクドナルド・ベインがイエスと一体化して語ったことを、筆記者が忠実に書き記した『心身の神癒』を下記にご紹介しておく。この本は、Amazonでも、平常は、高価な古書しかなかったと思うが、最近、数多く新品が在庫されている。霞ヶ関書房のクリスマス・プレゼントであろうか。ベインはイエスに実際に逢ったことがあり、その様子を別の著作で述べていた。信じるかどうかは、イエス自身が言っていた「木の良し悪しは実で知る」の通りで、自分で判断すれば良いことと思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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