行動しなければ願いが叶わないとよく言われる。
ジョセフ・マーフィーを日本に紹介した大島淳一(渡部昇一)さんや、斎藤一人さんらが、著書でそのように書いておられたのを憶えている。
一方、究極の成功の秘訣について本を何冊か書いているアメリカの作家マイク・ハーナッキーは、
「アメリカでは行動主義が幅を利かせているが、願いを叶えるためには、何もしなくて良い」
と述べ、いくつもの例を挙げている。
こう真逆のことを堂々と言われても困る。
実は、どちらも正しく、どちらも間違いなのだが、どちらかというと、どちらも間違っている。
つまり、行動した方が上手くいく場合が多いのは確かだが、それは、たまたまで、本当は、行動をするかどうかは、どうでも良いのだ。
本当に大切なことは、行動するとかしないとかではなく、ユニークであることだ。
その理由は、【2022/12/13】怠け者でも運が良くなる方法で大体書いたので繰り返さないが(別に知らなくても大丈夫だが)、そこで書いたように、神のような存在は、ユニークな人間を求めている理由があるのだと思う。
例えば、
「個性的になれ」
「特別になれ」
「人のやらないことをやれ」
と言えば、ピンとくるのではないかと思う。
一方、世間や権威やテレビが押し付けるのは、
「出る釘になるな」
「平凡であれ」
「人と同じことをやれ」
と、全く反対である。
アルベルト・アインシュタインは、アメリカのプリンストン高等研究所の高給な研究員だったが、他の研究員のように自動車を買わなかったばかりか、バスにも乗らず、長い距離を歩いて通勤した。
彼は、子供の時から、ずっとユニークだった。
もちろん、奇行をすればいいってもんじゃない。
とはいえ、その奇行を本当にやりたいなら、やれば良いのだ。
スマートフォンを持てない理由があるわけではないが、敢えて持たなかったり、携帯電話自体を持たない人は、それが好きでやっている場合は、願いが叶い易いのだ。
1日1食なんてのもそうで、本当にそうしたいと思って、そうすれば、やはり素晴らしく幸運に恵まれる。
ただし、自尊心や見栄みたいなものでやっても、痩せはするだろうが、いい痩せ方をしないし、願いも叶わない。
1日1食でなくても、この飽食・美食の時代、敢えて、少食・粗食に徹すると、願いが容易く叶う。
ただし、それを自慢したり、人に押し付けたりすると、駄目な場合が多いようである。
私もそうだったなあ(笑)。
関英男博士のように、毎朝、腕振り運動を2000回やるのもユニークだし、佐川幸義の弟子の中には、佐川流四股を毎日2000回以上踏んでいる者もいるが、やはりユニークである。
好きでやっている場合は、さぞ、幸運に恵まれることだろう。
個性的であれ。
特別な存在であれ。
それが本当の「世界で1つだけの花」という意味ではないのかと思う。
ジョセフ・マーフィーを日本に紹介した大島淳一(渡部昇一)さんや、斎藤一人さんらが、著書でそのように書いておられたのを憶えている。
一方、究極の成功の秘訣について本を何冊か書いているアメリカの作家マイク・ハーナッキーは、
「アメリカでは行動主義が幅を利かせているが、願いを叶えるためには、何もしなくて良い」
と述べ、いくつもの例を挙げている。
こう真逆のことを堂々と言われても困る。
実は、どちらも正しく、どちらも間違いなのだが、どちらかというと、どちらも間違っている。
つまり、行動した方が上手くいく場合が多いのは確かだが、それは、たまたまで、本当は、行動をするかどうかは、どうでも良いのだ。
本当に大切なことは、行動するとかしないとかではなく、ユニークであることだ。
その理由は、【2022/12/13】怠け者でも運が良くなる方法で大体書いたので繰り返さないが(別に知らなくても大丈夫だが)、そこで書いたように、神のような存在は、ユニークな人間を求めている理由があるのだと思う。
例えば、
「個性的になれ」
「特別になれ」
「人のやらないことをやれ」
と言えば、ピンとくるのではないかと思う。
一方、世間や権威やテレビが押し付けるのは、
「出る釘になるな」
「平凡であれ」
「人と同じことをやれ」
と、全く反対である。
アルベルト・アインシュタインは、アメリカのプリンストン高等研究所の高給な研究員だったが、他の研究員のように自動車を買わなかったばかりか、バスにも乗らず、長い距離を歩いて通勤した。
彼は、子供の時から、ずっとユニークだった。
もちろん、奇行をすればいいってもんじゃない。
とはいえ、その奇行を本当にやりたいなら、やれば良いのだ。
スマートフォンを持てない理由があるわけではないが、敢えて持たなかったり、携帯電話自体を持たない人は、それが好きでやっている場合は、願いが叶い易いのだ。
1日1食なんてのもそうで、本当にそうしたいと思って、そうすれば、やはり素晴らしく幸運に恵まれる。
ただし、自尊心や見栄みたいなものでやっても、痩せはするだろうが、いい痩せ方をしないし、願いも叶わない。
1日1食でなくても、この飽食・美食の時代、敢えて、少食・粗食に徹すると、願いが容易く叶う。
ただし、それを自慢したり、人に押し付けたりすると、駄目な場合が多いようである。
私もそうだったなあ(笑)。
関英男博士のように、毎朝、腕振り運動を2000回やるのもユニークだし、佐川幸義の弟子の中には、佐川流四股を毎日2000回以上踏んでいる者もいるが、やはりユニークである。
好きでやっている場合は、さぞ、幸運に恵まれることだろう。
個性的であれ。
特別な存在であれ。
それが本当の「世界で1つだけの花」という意味ではないのかと思う。