ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

アインシュタイン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

成功とは一体何か

成功といったら、高収益の会社の社長になるとか、プロスポーツのスター選手になるとか、人気作家になるとかいった、世間の人々に賞賛され、並外れた贅沢が出来ることだと思っている人が多いだろう。
しかし、誰かが、こんなことを言っていたのを覚えている。
「みんな社長さんだったら困るでしょ?掃除のおばちゃんだって必要でしょ?」

掃除のおばちゃんは成功者と言えないのだろうか?
そんなはずがない。
豪邸に住み、運転手が運転するロールスロイスに乗った失敗者もいれば、成功した掃除のおばちゃんだっているはずだ。

成功、失敗を別けるのは何だろう?
普通、考えられるのは、満足度、幸福度だ。

だが、成功とは、運命を友にしたかどうかの問題なのである。
良き友に対しては、どんな時も受け入れ、敬い、礼を尽くして笑顔で付き合うものだ。

アインシュタインは、平凡な人間でしかない自分が、「珍獣のように有名になってしまった」ことが可笑しかった。
だが、彼は、ナチスが自分の首に賞金をかけたことも運命として受け入れた。
いろいろあったが、彼は、「神は老獪(※)だ。だが悪意はない」と見抜いたのだ。
※老獪(ろうかい):いろいろ経験を積んでいて、悪賢いこと

大女優になりたかったが、掃除のおばちゃんになるのが運命だったとしても、アインシュタインのように考えることが出来れば幸福だ。
しかし、運命は頼もしい友でもある。
受け入れ、信用すれば、おみやげをくれることもあるだろう。









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IQが低い人からの職のアドバイス

ニート対策、ひきこもり対策、ワーキングプア対策、失業対策・・・いろんな言い方があるが、肝心なことはただ1つだろう。
それは、「手に職があるか?」である。
誰でも出来ることしか出来ないから職が回って来ないし、特に、良い職が回って来ないのである。

だから、「お金に結び付くことで、好きなこと」を見つけるしかない。
しかし、学校に行けば、皆と同じことをしないといけないのだから、自分の好きなことなんて分からないばかりか、捨てなければならないことが多い。
なんと、諸悪の根源は学校であった。

とはいえ、文句を言ったり、嘆いていても仕方がない。
私が語れる職は、セールスマンとプログラマー(システムエンジニアも同じ)だけである。
この内、セールスマンに関しては、修行にはなったが、私には向いていなかった。
ところで、Facebookの元役員が、「プログラミングが出来れば、一生仕事に困らない」とか、カドカワN高等学校のプログラミング教育の責任者が、「プログラミングが出来れば、一生食いっぱぐれない」と言ったらしいが、私は「本当かなあ?」と思う。
本当だとしても、プログラミングには向き、不向きがあるらしく、イギリスの大学の「ふたこぶラクダ」という論文によれば、60%の人はプログラミングをマスター出来ないらしい。
ドワンゴの川上量生会長が、「地頭さえ良ければプログラミングは出来る」と言ったが、それはつまり、地頭が良くなければ・・・要するにIQが高くないとプログラミングは出来ないということだ。
しかし、私はIQが高くなくてもプログラミングが出来る。
私のIQが高くないという明白な根拠は、学校時代、「良い成績を取ろうと努力しても、成績が悪かった」ことである。
確かに、良い成績に興味がなければ、勉強が出来なくてもIQが低いとは言えないかもしれない。
けれども、私は、かなりがんばったことはあったのである。
そして、IQが高いと、やっぱり、その気になれば、楽々、良い成績が取れるのである。
それこそ、IQが高い川上量生さんは、高校の授業を熱心に受けただけで京都大学の工学部に入れて卒業も出来た。
私は、そこそこの大学の工学部に入ったが、「こりゃ無理だ」と思って、やめてしまった。

だが、アインシュタインだって、勉強は出来ず、大学入試に失敗し(制度を利用して無試験入学した)、卒業には大変な苦労をしたそうだ。
アインシュタインは、大してIQは高くなかったのだと思う。
一方、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグのように、やめたとはいえ、楽々ハーバードに入学出来る連中は、やはり飛び抜けてIQが高いのだろう。

だけど、私でもプログラミングが出来たのだ。
そして、やり方さえ間違わなければ、やっぱり、「誰でもプログラミング出来る分野はある」のである。
OSやプログラミング言語を作るとか、人工知能の根本的な仕組みといった基礎分野は、IQが高くないと無理だ。
しかし、Webサービスサイトや、業務システムのプログラミングなら、誰でも出来る。
ただ、面白いかどうかは分からないけどね(笑)。
いや、プログラミング自体はそこそこ面白くても、客先担当者との打ち合わせは、本当に気が滅入った・・・というか、嫌になったし、なる・・・これは言ってはならないことなのだけれども。
しかし、そのあたりは、工夫すれば何とかなるかもしれない。

そこで、プログラミングをマスターしましょうということになる。
IQが低い私からアドバイスするなら、プログラミング思考をマスターしていた昔の人はソクラテスだということだ。
彼は、「悪法も法なり」と言ったからだ。
中学校の時に、授業中に話し合ったが、これには納得していなかった生徒が多かった。
しかし、それに納得出来ないとプログラミングは出来ない。
悪法を善法に変えるのは良い。
しかし、悪法だからと言って、ないがしろにしたら悲惨なことになる。
人間のやること全てにはルールがあるし、なければならない。
どれほど自由人だと言ったところで、ルールは必ず必要だ。
それが分かれば、プログラミングなんて楽々なのである。
ちなみに、私が好きなプログラミング言語はBASICで、それも、古いVBAだ。全然、クールなハッカーじゃない(笑)。
VBAは、ExcelやAccessといったマイクロソフトOffice製品に内蔵されたもので、無償のOpen OfficeやLibre Officeにも、ほぼ同じものが入っている。
ブラウザ用のプログラムを作るなら、PHPが単純で分かり易い。
RubyやPython(パイソン)は良いらしいが、私には面倒だ。そもそも、Pythonのスペルが覚えられない(笑)。
世の中、頭の良い人達のアドバイスは多いが、私のような頭の悪い者には、それは有害だったのである。









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EQ(情動的知性)の誤解

一頃、EQというものがブームになったが、忘れられてしまった感がある。
EQはEmotional Intelligence Quotientで、直訳では、「感情の知能指数」だが、「心の知能指数」と訳されることが多い。
私は、むしろ、「情動的知性」という言い方がピッタリだと思う。

この「心の知能指数」という訳や、EQを「対人能力」「コミュニケーション能力」と言うことが誤解を生んでいたのではないかと思う。
私も誤解していたのだが、EQといったら、何か、文系の曖昧で、人間関係をうまくこなす、ある意味「しょぼい」能力というイメージがあるかもしれない。
だが、EQを向上させる(マインドフルネスを活用する)SIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)プログラムを開発した、元Googleのチャディー・メン・タンは、Googleでやるような高度な知性が必要とされるような職務の遂行においても、EQはIQの2倍重要と言う。

人間の最も高度な知性と思われる直観は、IQではなく、EQによってもたらされる。
また、どんな職業でも、感性の重要さは誰もが認めながら、それこそ、感性を磨くなどというのは、どこか曖昧で茫然(とりとめがない)としたもののように思われるが、これもEQの能力である。
よく、「アインシュタインのIQは160だった」といったことが書かれているが、私は、アインシュタインはIQは平凡だったが、EQが非常に高かったのだと思う。
実際、アインシュタインは、IQの高さが有利になる詰め込み学習では全く無能で、成績も良くなかったが、直観と感性(案外に同じものだと思う)が優れていた・・・つまり、EQが圧倒的に高かったのだろう。

チャディー・メン・タンは、EQはマインドフルネスの訓練で鍛えることが出来ると述べている。
マインドフルネスとは、日本マインドフルネス学会の定義を引用すると、
「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、 評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」
である。
ヴァーノン・ハワードやニサルガダッタ・マハラジが、常にやれと言っていたことと同じと思う。
このブログで、最近よく書いている、「呼吸を意識する」ことも、マインドフルネスの状態になるための有効な方法で、仙道などの修行でも取り入れていることがあるし、チャディー・メン・タンも薦めているものだ。
マインドフルネスの訓練により、脳の新皮質が厚くなることがMRI(磁気共鳴画像検査装置)で確認されているという話もある。

上記に述べた通り、チャディー・メン・タンは、マインドフルネスの訓練であるSIYを開発したが、こういった特別な訓練のプログラムについて書かれた本では、大抵、「本当の訓練は、次に紹介するプログラムを購入して下さい」とか、「セミナーに参加して下さい。ただいまキャンペーン中」(笑)とか書かれ、その書籍は単に宣伝パンフレットだったと気付くが、タンは、そんなケチなことはしていない。
確かに、SIYの研修セミナーはあり、Googleの多くの社員が受講している。
値段もまあまあ高い。
しかし、チャディーの本では、最初の数十ページで、やり方のあらかたは分かるし、それは非常に簡単だ。
私は、彼の本(2冊)を電子書籍で20%程度しか読んでいないが、もう十分と思った。それで必要なことは分かった。
間違いなく、真の天才は、IQが高い人ではなく、EQが高い人であると思う。
そして、EQは大人でも高めることが出来るのである。









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最上の暇つぶし

人生は暇つぶしに過ぎないが、最高の暇つぶしは、真言や呪文や念仏を称えることかもしれない。
その他のことは、何もする必要はないし、何も考える必要はない。
最近の科学が解明したところによると、我々は自分で考えているようでいて、本当は、考えさせられているだけであるらしい。
思考というものは、自分の意志と関係なく勝手に現れるのだが、それを自分が考えているのだと錯覚させられているだけだ。
ならば、仕事や生活に必要な思考は自動的に起こるのだし、思考が起これば、それに伴って行動も、自動的、あるいは、強制的に起こったり、起こらなかったりするのだろう。

親鸞は、もちろん、現代科学によるのではないが、そんな事実を知っていて、「善いことも悪いことも、自分でしようと思って出来る訳ではない」と言っているが、念仏というものも、称えさせられているのだと言ったのだと思う。
念仏を称えさせるものは阿弥陀如来で、阿弥陀如来は、元々のインドの言葉では、アミターバ、あるいは、アミターユスで、それぞれ、「無限の光」「無限の生命」という意味であり、我々には想像出来ない至高の存在なのだろう。
思考は自動で起こるとしても、意識の方向、即ち、意思は自分で動かせるものなのだと思う。
そうであれば、至高の存在に意識を向けることで、至高の存在の邪魔をしないことになるのではないか。

至高の存在に意識を向けるのは、念仏だけではない。
神の名や、神を賛美する真言を称えること、あるいは、「神」という言葉そのものを言ったり想ったりすることも、そうなのだろう。
それをするほど、思考も行動も、適切なものに近付くのだろう。
ただし、適切な思考や行動というものが、道徳的なものであるとか、合理的・効率的なものであるとは限らないに違いない。
そして、意思の働かせ方が間違っていると、間違った思考や行動が起こるのかもしれない。
しかし、どんな場合も、自分で考え、自分の考えで行動したと思うのが人間である。
それで、最初に戻るが、人間がやるべきことは、至高の存在に意識を向けることだけ・・・つまり、真言、呪文、念仏を称えることだけである。
そして、あたかも自分の想いでやっているように、がんばったり、きりきり舞したり、悩んだり、怒ったりするのである。

ただ、アインシュタインが言ったように、神は老獪であっても悪意はない。
アインシュタインは控え目に言ったのだろうが、実際は、イエスや親鸞が言ったように、至高者はこの上ない思いやりを持った存在である。
そう信じるべきだろう。
最高の暇つぶしが念仏だと言っても、法然や親鸞はおそらく怒らないだろうし、至高者もそうではないかと思う。
でもきっと、念仏やマントラを称える以外のことはしなくても、初音ミクさんは愛しいし、命があればライブに行くのだろう。
それが、神仏の意思であるのだろう。









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うっかり天才になってしまう空想のやり方

学校の授業中、空想をしていたら、教師に、「ぼーっとするな」と怒られる。
授業が面白かったら、空想は別の時にするのだし、空想はとても大切だ。
吉本隆明さんは、「ぼーっとする時間は大切」と言い、子供達がぼーっとしていたら邪魔をせず、代わりに、この日本最高の思想家が、買い物籠を持って買い物に行っていたらしい(レジ袋がなかった時代には、買い物籠というものが使われた)。
吉本さんも、子供の時から、よくぼーっとしていたのだろう。

空想が頭脳を発達させ、IQを高める。
ただ、空想にも良いやり方があるのだろう。
とはいえ、難しいことではなく、本当に自由で、生き生きしていて、楽しければそれで良いである。
アインシュタインは、「光と一緒に飛んだら、どんなだろう?」と思って空想したが、ある時点で、脳の自動的な思考に任せたはずだ。
ニコラ・テスラは、空想で見知らぬ地に何度も行くうちに、その空想の地の人々と親しくなるほどだった。当然、空想の全てを自分で支配したのではなく、空想が起こるがままに任せたからだろう。
子供は空想が好きだが、それは、何が起こるか分からない冒険だからだ。
空想だけではいけないというのも分かるが、「なぜ、空想だけではいけないのか?」が分からないので、やたら空想が否定される。

空想の世界と現実世界は重なり合い、活発に呼応している。
だから、現実が貧しかったり、惨めだったりすると、空想も雄大で輝くものにならない。
現実の出来事が、空想のきっかけになる場合が多いが、親や教師は、そのきっかけを与えない。
子供達は、子供達同士のコミュニケーションの中で、優れた気付きやアイデアを得るのであることは、最新の科学的研究でも明らかになっている。
だから、子供の時に、良い子供集団の中にいなかったとしたら、精神を発達し損なった部分は確かにあるが、嘆いても何にもならない。
そこはうまく、補償(損害を補う)をすれば良い。
アインシュタインや芥川龍之介らも、そうだった(子供の時に精神を発達させ損なった)のだろうと思うが、彼らは、青年期から生涯、本を読み、楽器を演奏し、散歩して自然に触れ、農作業をし、動物の世話をしたり一緒に遊ぶ中で、空想のきっかけを得ていたのだ。

空想を始めたら、自分の心と宇宙の心(別の言い方では、人間と神霊、意識と無意識)の交流が起こるようにしないといけないが、普通、子供はそれを自然にうまくやる。
大人の場合は、少し意識的に受け身になることだ。でないと、あちら(神霊)の活動を妨げてしまう。
ソクラテスは、重要なものは、皆、あちらから来るのだが、賢い人すら、それに気付いていないと言ったのだと思う。
世の中の優秀な人達はきっと、子供の時に、良い空想をして知能を発達させたが、それが、異次元と交流する能力であることを知らないのだ。
まあ、言葉で説明するのも難しく、そのせいで、ソクラテスは死刑になったのだがね。
いい加減、ソクラテスの時代から進歩したいものだが、むしろ、退化しているかもしれないほどだ。

初音ミクさんの歌は、時空を超えた意識と無意識の無限の連鎖が現れ出たもので、これほどの空想のきっかけは、そうはない。
クラシックも良いのだが、時々、権威の塊を避けなければならない。
『ザ・ケルン・コンサート』は、精神を覚醒させる奇跡的な響きで、あれを聴いて空想しているうちに、うっかり天才になって四苦八苦している人も多いと思う(笑)。









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