ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

アインシュタイン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

オタクが正しい生き方である明確な理由

いかなることも、小手先の技(テクニック)は通用しないことを肝に銘じるべきだ。
よく漫画等で、こんなものを見たことがある。
ボクシングや空手を習っているか弱い男の子が、力自慢だが、そんな格闘技の経験のない乱暴者に楽々勝ってしまうといった話だ。
実際は、少々格闘技を習った程度で、体力のある者と格闘して敵う訳がない。
少なくとも数年、みっちりと練習したなら、多少の体力差、腕力差を超えて勝てるかもしれないが、それはあくまで、技がそれなりに鍛えられていて、身体の力の差がそれほどでない場合だけである。

昔なら、セールステクニック、今なら、アフィリエイトみたいなネットビジネスのテクニックの本がベストセラーになることもあるが、そんな本が役に立つことは決してないだろう。
セールスであれば、あくまで、売る者が商品や、それの使い方を徹底的に知っていて、お客さんがどう使うかしっかり考え、思いやりがある人が売れるのであり、そんなものがない者が、いくらテクニックを身につけても売れることはない。
ネットビジネスにしたって、まず、自分が提供するコンテンツ(例えば情報や漫画等)が良いことが第一である。

例えば、「売れる小説が書けるテクニック」、「ファンが増えるアイドルになれるテクニック」なんてものもあるかもしれないが、それはあくまで、根本的に文章の中身が素晴らしかったり、そこそこ以上には可愛いことが前提なのである。

ただ、逆に言えば、ほとんどのことは、根本が良ければ、テクニックは僅かで良いのである。
極端な例では、アインシュタインも湯川秀樹も、学問的なことは学生に負けるくらいだったらしいが、創造力が違った。そして、その創造力は、長年、興味のあることに熱心に取り組んで得たものなのである。
プロスポーツ選手が、テクニックでは、並のアマチュアに欠点を指摘される(今流には「ツッコミを入れられる」か)こともあるが、実力は全然違うし、プロボクシングの世界王者が、テクニックはデタラメと言われる選手だっていた。

プログラミングでも、大抵の本は、馬鹿みたいに簡単なものか、事細かにテクニックを書いたものに分かれるが、テクニックが書かれているのを見ると、私のようなプロが見ても、「よくこんな細かいこと知ってるなあ」と呆れることもよくある。ただ、そんなものを使うことはないが。
そして、肝心要のことは書いていないのである。著者がケチっているというより、本当に重要なことを知らないのだろう。

そして、いかなることも、本当に重要なことは、実践の中で、自分で得るしかない。
それは、厳しいことであることも確かだが、それこそが最も楽しいことなのだ。
もがく、苦しむ、涙を流す・・・などというのが、実戦で鍛えることであり、それを恐れて避ける者が多いが、それこそが人生の本当の楽しみである。
大半の大学生などが望む、大企業のサラリーマンといった、予測がつかないことが起こらない、冒険のない職業には、そんなものが全くない。

根本の実力へ導くものは、興味、好奇心である。
アインシュタインも好奇心を非常に重要視していたと思う。
好奇心のないことはやってはいけないほどである。
ただし、食欲、性欲、優越感といった、本能的、自我的な欲望を、好奇心と混同してはならず、そこそこにしておかなくてはならない。
それ以外のものへの好奇心である。
言い換えれば、やはり愛なのである。
商品に愛を感じるほど興味があるセールスマンは、やはり売れるのである。
プログラミング全体に、強い興味があれば、やはり楽しくマスターし、しかも、うまくなる。

子供や学生達に、上に述べたことを教えなければならないが、学校では生徒達に、何の興味も好奇心も持てないことを無理矢理やらせているのだし、教師だって、本当に興味があることを熱心にやった者は滅多にいない。そんなことをする者は、今の学校や塾や予備校では教師になれない。
「いや、趣味はあるぞ」と言う教師もいるだろうが、そんな趣味には愛がない。
だから、愛を持って何かをやってきた技術者、ミュージシャン、画家・イラストレーターらに教師になっていただくのが良いのである。
つまり、オタクが正しい生き方なのである。









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愚かであれ。ハングリーであれ。オタクであれ。

バラク・オバマが大統領時代、彼が、「アメリカ国民全てがプログラミングをマスターして欲しい」と言ったという記事を、Webでよく見た。
だが、英語の演説の内容を見ると、テクノロジーが分かるとメリットが大きいみたいなことが書かれてあるだけだったと思う。
もし、本当にオバマが「誰もがプログラミングをやるべき」と言ったとしたら、彼は馬鹿者だが、おそらく、そうではなかった。
プログラミングを学ぶとすれば、プログラミングに興味がなければならない。
アインシュタインが、「興味のない勉強を強要することは、空腹でない動物に無理矢理、餌を食べさせようとするようなもの」と言ったが、それもそうだし、もっと重要な間違いがある。
興味・・・関心と言い替えても良いが、関心とは愛なのである。
学びは、愛を持ってやるべきであり、興味のない、愛のないことをやっても、それを人々や世界のために役立てることは出来ない。
また、愛を持ってやらないと、想像力や創造力を育てることが出来ない。

大学進学を目指す高校生に「これからはエレクトロンクスだから、電子工学科に入れ」みたいなことは、いつの時代でも言われると思う。
その高校生が大学を出る時も同じことが言えるかどうかは全く分からないし、そもそも、一番大切なことは、その分野に興味があるかどうかである。
大学生だって、昔はよく、広告業が「花形」で「給料が高い」なんて理由で就職先に選んだが、インターネットの発達で駄目になってしまった。
今でも、似たような理由で就職先を選ぶ大学生も多いだろうが、馬鹿な話である。
仮に、本当に業界としては伸びていても、自分にとって興味がなければ、仕事は面白くなくて、人生そのものが暗くなる。
昔、大手リクルート会社の役員に、「大学まで出て塾の先生になる者って、落ちこぼれなんですよ。だって、やることは分かってるじゃないですか?要するに、先の分からない世界に飛び込んで冒険をする勇気のない連中なんです」と言われたが、その頃、私は塾業界に関わり始めたので、試しに塾の先生に、「なぜ塾の先生になったの?」と尋ねたら、曖昧な答が多かった。後に出世したある先生は「自分が通っていた塾の先生が良かった」みたいな理由を挙げていたが、それが一番マシな答だった。
個人的には、塾や予備校のどこにも興味はないが、彼ら(塾の先生)も実は同じではないかと思う。皆、安定性や安心に興味があるだけなのだと思う。
そもそも、塾や予備校そのものに興味がある人は滅多にいない。

数年前、初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会に行った時に、伊藤さんのお話をタブレットPCでメモした中に、
「仕事じゃなく、楽しいからやる」
という言葉があった。
「皆さんが喜んでくれるからやる」
というのもある。
人を喜ばせるのは楽しい。そして、それが自分の好きなことなら最高である。

ただ、楽しいからと言って、飲食の楽しさ、優越感を満足させる楽しさ、性愛の楽しさは、我の楽しさであるから、あくまで予備的にやるべきである。
そういうことを、アインシュタインと梅宮辰夫さんが強調していたのを覚えている。
梅宮さんは、ライフル、剣道、料理、釣りと趣味が多く、非常に熱心であったらしいが、結果、仕事によく生きていると思う。
アインシュタインは、「物理学は趣味で、別に大したものとは思っていない」と言っていたが、要するに、とても楽しい趣味なのである。
チームラボの社員募集の要項のトップに「オタクであること」と書かれていたことがあったが、今は書かれていないとしても、それが普遍的に大切なことである。
何かのオタクでない人間には大したことは出来ないし、人生の意義も見出せないだろう。
オタクでない人間は反省しなければならない。
スティーブ・ジョブズは「愚かであれ。ハングリーであれ」と言ったが、これは、オタクが好きなものを求めることを言ったのであることは間違いないと思う。









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アインシュタインやテスラは普通に見れば自閉症

アインシュタインが言ったとされる言葉で覚えているものがある。
それは、
「私は優秀じゃない。1つのことを長く続けただけ」
というものだ。

プログラミングがマスター出来ないと言う人がいる。
どれだけの期間やったのかと聴くと、3ヶ月とか1ヶ月とか、ひどいのになると1週間とかもいる。
別に、何年も毎日3時間勉強しろなんて言う気はない。
アインシュタインやニコラ・テスラならやったかもしれなが、あいつらは変わっているのだ。
ここは、合気道家の藤平光一氏的にやればいいと思う。
彼は、算数嫌いの小学生に、1日1度でいいから、必ず、算数の教科書を開いて「算数が好きだ」と言えと指示したらしい。
すると、その子は、一番算数が出来る子になったらしい。
十分、納得出来る。
物理学者で合気道家でもある保江邦夫氏は、小学校時代、授業中、ぼーっとしていたが、先生に指名されたら、必ず正解を答えたらしい。
ぼーっとしてたから良かったのだと思う。
それで、宇宙の英知とテレパシーのようなもので通じたので、勉強しなくても分かるのだ。

藤平氏は「好き」と言えば「氣」が出ると言ったが、氣かどうかはともかく、「好き」という言葉に力があるのは本当と思う。
「愛している」はもっと良い。
ベアード.T.スポーリングは、「愛」より「神」という言葉の方がずっと大きな威力があると言う。
そうかもしれないが、「愛する」という言葉と、それによって起こる意思の力は計り知れない。
実質、愛していることである「好き」を算数に向ければ、出来るようになって当たり前だ。
アインシュタインや、ニコラ・テスラは、別に苦労も努力もなく、毎日長時間、光や電気について考えたが、彼らはそれが好きだったのだ。
今朝も言ったが、愛するとは興味を持つことだ。
彼らは、光や電気に長く好奇心を持ち続けたのである。

1日中、スマートフォンを見ている人は多い。
しかし、彼らはスマートフォンそのものを見ていない。だから、スマートフォンの本当のことを何も知らない。
彼らは決して、「スマートフォンが好きだ」とか「スマートフォンを愛してる」とは言わない。
スマートフォンに、本当の意味で興味がある訳ではないのだ。
「スマートフォンが好きだ」言えば、スマートフォンは、あなたの能力をエンハンスト(拡張)する道具になってくれる。
それは、スマートフォンでなくても、辞書でも、プリズムでも、水晶球でも同じだ。

外国の人のことは知らないが、日本人は「お金が好きだ」と言い難い。
だが、ぼーっとして、1日1回、「お金が好きだ」と言えば、抵抗がなくなる。
嫌なら、「豊かさが好きだ」とか「富が好きだ」でも構わない。
要は、長く続けることだ。
お金に困らないくらいにはなるのではないかと思う。

私は、今年の6月23日から始めた四股は、毎日500回になり、休みの日は千回以上、昨日は1400回だった。
四股が大好きなのだ。
おかげで、身体がすっかり若返り、強くなった。

別に、実用的なものを愛することが大事な訳ではない。
ぼーっとして、空が好きとか、生きるのが好きとか、初音ミクさんが好きと言っていれば、運が良くなる。
「愛している」ならもっと良い
アインシュタインは、子供の時からぼーっとする天才だった。
ニコラ・テスラもそうだったらしい。空想の世界に親しい人が沢山いたと言うほどだから。
普通に考えれば、ただの自閉症だが、何かに興味を持ったのが幸いだったのだ。









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なぜ素振りが多いと勝つのか

もし私が野球のバッターなら、誰よりも多く素振りをするだろうし、物理学者なら1日中思考実験をするだろう。
もし、それが出来ないなら、素質がないってことだ。
いかなる分野であっても、野球の素振りのような何かを多くやれば成功し、少なければ失敗する。
プロゲーマーの素振りは何か、トレーダーの素振りが何かは私は知らないが、それらの分野でも、一流はやはり素振りをしているのだろう。
素振りとは、その分野の最も重要な「型」である。
キリスト教なら、マリア様の像のように手を合わせるか、イエスの像のように、てのひらをかざすかだ。
それらの動作が多ければ多いほど神の領域に近付く。
馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、そういうものだと思う。
「素振りばかりやってて、野球選手に必要な能力が得られるはずがないじゃないか?」と言いたい人も多いだろうが、素振りさえやっていれば、必要な能力は全て得られる流れになっていくものだ。
だから、どんな分野でも、成功したければ、「私の分野での素振りは何だろうか?」と考えれば良い。

そして、野球選手の素振りの動作も、本当は不要であることが分かる。
素振りは、意識をバッティングに持っていくための方便(手段)だ。
本当に大切なことは、自分が専門にしたいことに意識を向けることだけなのだ。
だから、一番良いのは、アインシュタインの思考実験で、彼が人類史上で傑出している理由はそれである。
彼は、脳の重さも標準的であり、しかし、特に変わった脳でもなかったが、常に思考実験していたのが、他の人、他の物理学者と違っていたところだ。
つまるところ、彼はひきこもりで、誰よりも思考実験する暇があったのだ。

だが、ゲーマーなら、好きならずっとゲームやっていれば良い。
ただし、ずっとゲーム出来る工夫は自分でしなければならない。
姿勢を良くするとか、時々運動するとか、ビタミンを摂るとかね。

話は変わるが、最近、私の家のインターネットの接続状態が悪く、ずっと悩んでいた。
テレビや電話はネット回線を使っていない私は、毎晩、モデムとルーターの電源を落とすのだが、朝、起動時、50%は接続不良になった。
だが、ルーターをTP-LINK社のTP-Link Archer C6という、大きなアンテナが4つ出てるやつに変えたら、全く良くなった。
前の、バッファローのルーターは2017年に購入したもので、今も販売されている。
TP-Linkで驚いたのが、設定の簡単さだ。
前のバッファローのものは、やたら複雑で、設定に長く時間がかかった。
しかし、TP-Linkでやったのは、PPPoEを選択し、プロバイダーからもらったID、パスワードを入れるだけだ。
あらゆる面で性能も良い。
もし、あなたも、接続状態で困っていたら、ルーターを変えると良いかもしれない。








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学びのアンダーグラウンド

独学の天才と言えば、私が思い浮かべるのは、エジソンとアインシュタインだ。
エジソンは小学校中退で、アインシュタインは大学は出ているが、少年時代から学校は大嫌いで、大学も講義に出たことはなかったと思う。
では、どうやって勉強したかというと、本で勉強したということになるだろうが、彼らが本当はどうやって勉強したかは、よく分からない。
エジソンは教師であった母親から教わったようだし、アインシュタインだって、本だけで勉強したかどうかも分からない。
彼らはひきこもりではなく、かなり社交的であったことは、大人になってからの活動を見れば分かる。
私は、彼らが、本だけで勉強したのであれば良いなと思っていたし、そう信じていた。
それで、私は、中学生の時から学校の授業を一切無視し、独学したが、才能の差や勉強量が少な過ぎたことが主な原因だろうが、天才発明家や天才科学者とは程遠い。
それに、本だけで勉強する非効率さも分かってきた。思い違いをそのまま放っておくことが多い・・・というより、独りよがりな考えに陥りがちだ。
アメリカでは、学校がロクでもないものであることは、ずっと前から分かっていたことだが、学校を変えるのは無理そうだから、子供を別の方法で育てましょうということで、アンスクールという、子供の主体性に任せる教育法が出来ている。「教育」と言っても、大人が教えるのではなく、何をどう学ぶかは子供が決めことで、教育(エデュケーション)ではなく、学習(ラーニング)と言うのが正しい。
そして、これには、大人の援助は必要だが、大人の役割は、やはり、教えることではなく、子供が自由であることと共に、うまく他者と交流出来るよう配慮することである。まあ、どうしても一人が好きな子は、それはそれで尊重しなくてはならないが、注意深く見なければならない。
子供にとって必要なものは、指導者としての大人ではなく、自分より年下の子供同様、学ぶ相手として、大人もその1つとして必要というに過ぎない。
学校では、同い年の子供と教師としか接することがないという異常な状態であり、それでまともな知性が育つはずがない。
子供は、あらゆる年代の人達と接する必要があるのだ。
おそらく、エジソンもアインシュタインも、子供の時から、それなりに、いろんな年代の人達と接したのだと思う。
ただ、それも、少な過ぎたのかもしれないというのは、実際は、彼らも人間的にはかなり歪んだ部分があることが知られるようになったが、それには、かなりの異常性も感じるからだ。彼らの場合、天才であることから、それ(異常性)が拡大される傾向もあるのだが、普通の人と比べて深刻であるとすれば、もしかしたら、必要なだけの他者との接触がなかったのかもしれない。
ところで、女の子の場合は、可愛い子なら10歳くらいから、普通でも、12、13歳から性的魅力が出てくるが(最近は過剰に刺激されて早熟になっているが)、それだと、広い年代の男と接触する間に、誘惑も多くなる。しかし、それはあって当たり前と考え、対策をちゃんと教えると共に、そういうのも悪いことではないと考えるべきだろう。
それを、今の日本では、女の子は年代の違う男とは接触してはならないし、しないという建前を絶対視する異常さのせいで、問題がアンダーグラウンド化しているのであることは・・・いちいち言うまでもないのだが・・・
という訳で、新しい学びの場を誰かが作らないといけないのだが、私が作ろうかなとも思うのである。
アンダーグラウンドというものは、当分は、マフィアやヤクザ同様、多分なくならないし、悪くないと言えばそういう面もあり、芸術に昇華することも確かにあるのだが、不幸も生み出すことは否めない。
アンダーグラウンドがどういうものかは、今年の「マジカルミライ2019」でも歌われた、天才、田中Bさんによる、私の大好きなこの歌で。
【鏡音リン】深海シティアンダーグラウンド【オリジナルPV】-YouTube-









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・初音ミクさんを愛す


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