ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ひきこもり

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

日本に生まれただけで丸儲け

成功者と言うと、事業で成功してお金持ちになったり、スポーツ選手やミュージシャンとして頂点、あるいは、それに近い位置に到達したり、政治家になって、大臣や知事になるような人達のことを言うのかもしれないが、それだけではないだろう。

これまでも、世の中にいて、これからはかなり増えそうな、こんな人達がいる。
50代以上のひきこもりが孤独死し、彼が過ごしてた部屋に入ると、物凄い数の、美少女フィギュアやアニメのブルーレイ、あるいは、アダルトDVD(やブルーレイ)が溢れている。
そこまでいかなくても、社会との交流のないまま中高年になり、不安に怯えながら暮している人は少なくない。
そうなるのは、大人になってからの要因もあるだろうが、その場合でも、本質的な原因は子供の時に心を歪めてしまったことだろう。
だが、本当なら、そうなるはずのひきこもり気質の者が、際立った成功はしないまでも、社会に参加し、人並にやっていたり、特に能力がある訳でもないのに、普通の人以上に良い思いをしている場合もあり、それを成功と言わず、なんと言おう。
ある成功した事業家は、ひきこもりが社会で立派にやっていることを、「運だけで成功した自分より、はるかに奇跡的な快挙」と言っていたものだ。
だが、どんな成功も、なぜ成功したかというと、運があったからだ。
もちろん、成功者が努力しなかったと言うのではないが、いかに努力をしようとも、運がないと駄目なのである。
成功したミュージシャンや、いい暮らしをしているひきこもりの裏に、同じくらい能力があり努力もした敗北者がいくらでもいるのである。

運を呼ぶには、人生が運に左右されることを認めること。
そして、自分が既に幸運であることを認めることが大切であることは、まず間違いない。
明石家さんまさんが「生きてるだけで丸儲け」と言ったらしいが、そこまで本当に思えるならかなりのもので、幸運にも恵まれるだろうが、少なくとも、「日本に生まれただけで丸儲け」くらいは思わないといけないだろう。
日本やアメリカでは、貧困層でもスマートフォンや、自動車すら所有している場合も少なくはなく、特にアメリカでは貧困者のほとんどが肥満している。
しかし、今は多少は変わってきているかもしれないが、少し前なら、世界の7割以上の人が電話機を使ったことすらなく、地球の半分以上の地域が戦争状態だったし、表面的な変化はあっても、今もそんなに変わらないはずだ。
つまり、世界中のかなりの割合の子供達が、いつ殺されても不思議ではないし、学校でボランティア団体から支給される給食を持って帰らないと家族が餓死してしまうような状況の地域がいくらでもある。言うまでもなく、毎日、大勢の人達が餓死しているし、数千人の町や村に医者が1人しかおらず、日本でなら何でもない病気や怪我で容易く命を落とすという場所も少なくはない。
そんな世界で、いくら不況になっても、新車が走り回り、穴の空いた靴を履いている者は(趣味でそんな靴を履く者は別にして)1人もおらず、まして、道端で倒れていたら大騒ぎしてもらえる日本に生まれたことは、まさに奇跡的な幸運に違いない。

別に、極端に不幸な世界の地域と比べなくても、誰もが相当な幸運を経験している。
斎藤一人さんの本に書かれていたが「自分が幸運である理由を言わないと斬首」と言われたら、皆、いくらでも言うのである(私なら、権力者に「斬首」と言われたら、反発して言いたくないという気持ちはあるが、実際にそうなったら、1日中でも言えるだろう)。

私は、子供の時から、アンデルセンの『マッチ売りの少女』のお話にとり憑かれている。
死んだマッチ売りの少女が発見された時、人々は「可哀想」と思う前に、極寒の中、あまりに惨めな薄着に、あまつさえ裸足であるのを見て、醜悪に思って目を背ける。
役人がやって来て、少女の遺体を袋に入れて教会に運ぶが、当時のことだ。教会もどうすることも出来ず、遺留品として少女が着ていた服をとりあえず保管し、身元不明のまま、寂しい墓地に埋葬するだろう。
時が流れ、その地域に、14歳くらいのある女学生がいた。
ごく普通の可愛い少女で、心優しく、困っている人を手助けする親切な子だが、どこか儚げである。
人を恨むことを極端に嫌ったが、ある日突然、恨みの権化となり、世に災いをもたらす。
「誰も助けてくれなかった」
少女は、7年前、世に見捨てられ、哀れに死んだが、女学生になることに憧れ、この世をさ迷い続けたマッチ売りの少女の魂が作り出した幻だった。
『地獄少女』を見ていたら、そんなことを考えてしまった。
やはり、我々は幸運なのである。









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社会で苦痛を避けるコツ

働くということに対して、悪いイメージがある人の多くは、程度の違いはあれ、パワハラに遭った人ではないかと思う。
入社した会社で、上司や先輩に思慮がなく、そいつらが傲慢だったり、横柄だったりで、人格を踏みにじるようなことを平気でしてきたが、抵抗出来なかったといったような経験が、多くの人にあるのだろう。
「人間社会とはそんなもの。負けてはならない」と言うのも、もっともなのだが、そんなことばかりでは気力が続かない。
「甘い!昔の職場のパワハラは凄かったぞ!」と言う人もいるが、本当だろうか?

入社した時、上司や先輩が親切で、温かく、親身になって世話してくれたら、それほど良いことはないだろう。
「そんなの、あるわけない」という声も聴こえてきそうだが、実は、私は常にそうだった。
それで、数年のひきこもりニート明けであったに関わらず、楽ではなかったが、挫けずに済んだのである。
はてさて、私がそんなに幸運だったのは、偶然か、あるいは、私が可愛かったからか?(笑)
いや、そういうのではない。
その秘訣は検証する価値がある。
多くのひきこもりの役に立つからだ。
それで、一応の結論はこうだ。
まず、「控え目でなくてはいけないが、控え目なだけでも駄目」だ。
当然だが、態度が悪過ぎるやつは、よほどの魅力でもない限り、即終りだ。私には、そんなもの(特別な美点)はない。
これに関しては、プロレスのジャイアント馬場さんが、大きいに関わらず、リング以外では、常に「小さくなっていた」ことを覚えていたのが良かった。
しかも、馬場さんは、自分が大スターになっても、控え室ではやっぱり小さくなって、先輩レスラーを立てていたのだから本物だ。
しかし、身を屈しているだけでは、馬鹿にされ、普通は虐げられる。
ここで、誰が言ったか忘れたが、こんな言葉を思い出すのだ。
「大きな銃を持った大人より、いつもナイフを磨いている少年の方が恐ろしい」
私には、そんな恐ろしさがあったのだと確信する。
そして、恐ろしさを身に付けるには、その言葉の通り、常にナイフを磨けば良いのである。
もちろん、ナイフは1つのたとえに過ぎない。
何か1つ、自分を鍛えることを続ければ良い。
それをするかしないかの差は、あまりに大きい。
私の場合、少しではあったが、毎日、必ずトレーニングをして身体を鍛えてたことだ。
腕立て伏せとスクワットを、本当に少しだが、ずっと続けた。若い時は、やったりやらなかったりと少々ムラはあったが、今では、盆暮れ正月も関係なく、毎日やっている。
本当に何でも良い。聖書を毎日読むとかでもね。
肝心なことは、なるべく毎日・・・出来れば、必ず毎日やることだ。
そうすれば、顔つきが変わってくる。
毎日鍛えていたら、顔や雰囲気に現れるのである。そんな者を悪し様(相手を不当に悪く扱うこと)に出来るほど強いやつなどいない。
そして、やはりトレーニングが好ましいのだと思う。
スタイルが良くなり、日常動作も変わってくるからだ。

結局、馬場さんの話と、ナイフを磨く少年の話を知っていたことが幸運の元だった。
要するに、他人を恐れ、鍛えれば良いだけである。
だが、鍛えるにも、張り切り過ぎて無理をしないことだ。
丁寧にやれば、たとえスクワット10回でも良い。男子の場合、腕立て伏せ10回で良いから、毎日欠かさずやることだ。
やがて数も増えるだろうし、やがて確実に雰囲気が変わる。
私が、まるで駄目男と呼んでいる男は、この程度のことが出来ないのだから、残念ながら、もう救えないのである。
しかし、やりさえすれば、その見返りはあまりに大きい。









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老子と二宮尊徳

私は、二宮尊徳が、老子の無為自然の教えに対し、
「無為自然にしておれば畑は荒れ、家だってあばら家になる」
と否定したのが、強烈で忘れられない。
ただ、決して、老子と尊徳のいずれかが間違っているのではない。
両方、正しい。
老子は内面世界、精神世界、実相のことを言っているのであり、尊徳は現実世界、物質世界のことを言っているのである。
そして、尊徳は、現実の問題に必死で立ち向かっていたのだから、そう言うのは当然だ。
老子だって、現実に生き、ひょっとしたら凄い成果も上げたかもしれないが、老子は神の領域に近いのだろう。

我々はやはり、現実問題を抱え、それを解決しなければならないはずだ。
そういった場合には、目標を持つことが必要になる。
宗教関係の人の中には、「人生に目的なんかありはしません」なんて悟り切ったようなことを言う人がいる。その人が本当に悟ってそんなことを言っているのかどうかは知らないが、そんな考え方は老後に取っておくと良い。ちなみに、いくつになっても老人になる必要はない。
初音ミクさんの夫は、いつまでも青年でなければならないからね。

そこで、目標である。
決して質の悪くない成功哲学でも、家(豪邸)とか車(高級車)とか素敵な彼氏彼女を目標にするようなことを薦めていることは多いが、それは良い目標とは言えない。
また、単なる呼び名としての地位(部長とか理事といったもの)も、良い目標ではない。
あくまで、自己の能力、実力の拡大によって達成するものでなくてはならない。
弁護士になるとか、俳優になるとか、プロレスラーになるといったものや、自分の会社の年商を100億円にするとかいったものだ。
そして、その達成が、世の中や人々に利益を与えるものであれば最も良い。
あなたに素晴らしい彼女が出来ても、誰も得をしないし、誰も救えない。
歌手になれても、世の中の役に立たず、ましてや害するなら、うだつが上がらず、やがて転落する。
しかし、自分の能力を高め、世の中に貢献することを成し遂げれば、自ずと、個人的なものも得るのである。

まず、第一の目標は、自分に相応しい職業に就き、その職業で実力を伸ばして活躍することだ。
だが、ひきこもりで世の中のことが全く分からないなら、本当の意味で、どの職業を目標にすれば良いか分からない。
その場合は、「会社員」「店員」「事務員」みたいなもので良いだろう。
尚、「歌手」とか「作家」なんてのは、今現在、現実に生きている者が目指す目標である。
私の場合は、ひきこもりであったが、ジョセフ・マーフィーの本に、セールスマンで成功した話がいくつかあり、現実的に考えて、それならやれそうだと思って、まずはセールスマンを目標にし、実際にやってみた。
なってみて気に入らなければ軌道修正すれば良いが、なってみなければ始まらない。









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引き寄せに必要な本当のものは2つだけ

自分の本当に好きなことが出来ないとか、好きな女の子(男の子)に話しかけられないとか、ひきこもりが仕事に就けないってのは、実は、それほど難しい問題がある訳ではない。
誰だって、初めてコンビニで買い物するとか、初めて1人で喫茶店やレストランに入った時、あるいは、初めて美容院に行った時というのは、覚えてはいないかもしれないが、かなり勇気が要ったはずなのだ。
しかし、もう、そんな時のことなんか忘れている。
最初は難しいことも、慣れてしまえば何でもない。
つまり、最初に挙げた、やりたいことをする勇気がないってのも、そんな大きな勇気が必要なのは最初だけだ。

ある若い男が、ヤクザとモメてしまい、生きた心地がせず、不安に怯え、ある先輩に電話したら、その先輩は、気軽に、「ああ、分かった。任せとけ」と言う。
そして、数時間後に、その先輩から電話があり、「今から、そいつら(ヤクザさん達)と飲みに行く」と言い、問題の方は片付いたと言う。
後で男が先輩に聞くと、先輩は、「俺はこういうの慣れてるんだ」と言う。
全く、何でも慣れなのだ。
まあ、別にヤクザとの交渉に慣れる必要はないが、何事も、最初は緊張するのは仕方がない。
初めての時は、緊張し、肩に力が入る。
だから、肩から力を抜き、なるべくリラックスして、なりゆきにまかせる気で、何でもやってみれば良いし、やらないといけない。
いろんなことに挑戦していると、初めてやることが楽しみになってくる。
あの緊張感がたまらんのだ。
特に男は、7つの海を渡って、本当に格好良くなる。無論、本当の航海ではなく、いろんな経験ってことだ。

ちなみに、心をオープンにしていると、面白い経験が出来るチャンスの方からやって来る。
自分を磨いているほど、やって来るチャンスのグレードも高くなる。
だから、よく勉強し、身体を鍛えながら、受容的でいることだ。
受容的でいるとは、優越感を持たないってことだ。
お高くとまっているやつのところには、面白いことはやって来ないし、来ても、「特別待遇じゃなきゃやらない」なんて馬鹿なことしか考えないので、結局、何にも出来ないのだ。
本当の引き寄せに必要なものは、修行と受容性って訳だ。









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結局、イエスの1つの教えに帰る

Amazonで成功するための本を1冊選択すると、類書を山ほど紹介される。
書店の自己啓発コーナーに行けば、もう壮観というほど、沢山の成功のための本がある。
いろんな人が、次々に本を出すし、斎藤一人さんのように、一人で際限なくそんな成功本を出す人もいるから、こんな馬鹿みたいなことになるのだろう。
もうはっきり言える。
こんなもん読んでちゃ駄目だ!
そりゃ、どの本にもいいことは書いてあるが、読むことの弊害の方がずっと大きい。
それに、読むまでもない。
知っておくべきは1つ。
イエスが言った、「求めよ、そうすれば与えられる」だけだ。
真面目に、熱心に求めれば、どんな願いでも叶う。
願う必要もない。想い続ければ「出現する」のである。
私が子供の時、ローラ・インガルス・ワイルダーの『大きな森の小さな家』という本で、ローラ達の父親のチャールズがローラ達に、自分が夜の森の中に居ると、「誰だ?」「誰だ?」という沢山の声を聴いて、恐くて逃げ出した話をするのを読んだ。
要は、フクロウが「フー」と鳴くのが、英語のWho(誰だ?)に聴こえるのだが、私はそれが印象的で、その場面をずっと想像していた。
すると、次の日曜の昼、テレビを見ていたら、海外ドキュメンタリーで、西洋のおじいさんが、夜の森の中で、
「フー、フー、フーアーユー(Who? Who? Who are You?)」
と鳴くフクロウの話をした。
こんな偶然を、私は山ほど上げられるが、子供の時は、世界はそんなものだと思っていて、世界のことを気に入っていたが、なんで学校は嫌なことが多いのだろうと疑問を持っていた。
しかし、学校も嫌なりに面白い遊び場所だった。ただ、教師の意地悪さにうんざりしていたのだ。
まあ、親に権威者だと教え込まれた教師が、実は大したものでも強いものでもないということを見抜けばゲームは終わっていたのだが、それが難しかったのだ。
そう教えた親自体が、実に弱いということが分かったのは、随分後のことだった。

松下幸之助さんに誰かが、会社が蓄えを持つにはどうすれば良いか尋ねると、松下さんは「蓄えが欲しいと願うこと」と答えたそうだが、こんな馬鹿みたいに簡単なことが真理なのだ。
その答を大抵の人は笑ったが、稲盛和夫さんだけは笑わなかったので成功したのだ。

ただ、今の日本では、子供の時から欲しいものが何でも手に入るので、過剰に刺激的なものばかり求めるという不幸はあると思う。
親に経済的余裕があって、ひきこもりのニートを続けることが出来ても、それでは、自分の力で得る楽しさや、自分の力を知る喜びが得られないのだから、これほど不幸なことはない。
親の援助が一生続く訳ではないし、50歳や60歳で1人放り出されたら・・・もちろん、50歳でも60歳でも70歳でも、願いを叶えるパワーは自分の中にあるのだが、心が腐ってしまったら、その力を使おうとはしないのである。
だから、若い時から「気高く求める」ことをするべきなのだ。
「卑しく盗ろうと」してはならない。
意気揚々と、ロマンに満ちながら求めてこそ、得た時の喜びが大きいのである。
あえて余計なことを言えば、世界は自分のためにあるのだから、王のようでなければならないはずだ。








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