願いさえすれば、どんな大きな願いも即座に叶う・・・いや、正しくは「既に叶っている」。
だが、すぐにキャンセルしてしまい、叶っていない状態になってしまう。
受験に合格しているのに、それもキャンセルし、不合格にしてしまう。
そんなふうに、ガッカリすることを繰り返していると、どんなふうにガッカリするかが願いになる。
1点で不合格になるか、全くお話にならない成績で不合格になるか、どっちにしようかなんてね。

なぜ、ガッカリ体験ばかり選ぶのというと、やっぱり、好きなことをしていないからだ。
自分が好きなこと、やりたいことではあく、褒められることというか、怒られないことばかりするからだ。

イタリア映画『愛のほほえみ』で、可愛い少女オルガは言う。
「あたし、やっちゃいけないって言われることは全部したいの」
彼女に、あれは駄目これも駄目と言う大人が、いつもガッカリ体験しかしていないことを、オルガは見抜いているのである。
つまり、「やれ」と言われることは全部面白くなく、「やっちゃいけない」と言われることは大抵面白いんだ(笑)。
確かに、我々だって、テレビが「やると良い」と言うものは全部「やるべきでない」とし、テレビが「駄目ですよ」と言うなら「なら良いことなのだな」と思えば、大体正解なのだが、やはり大人なら、自分が好きなこと、楽しいと思うこと、面白いと思うことを自主的に選んでやるべきである。
それが人に迷惑をかけるようなことでなければ、遠慮なくやれば良い。
そんな心構えでいれば、願ったことはどうせすぐ叶う・・・いや、叶っているのだが、それをキャンセルすることはない。

岡本太郎は「嫌われたっていい。いや、嫌われないといけない」と言ったが、人間として、好きなこと、楽しいこと、面白いことをやれば、世間の人々には嫌われることが多いからそう言ったのである。
だが、本当に好きなことをやっていたら、そのうち、嫌われなくなり、好かれるようになってくる。
実際、岡本太郎のような、超変なオッサンだってアイドル並に好かれていたじゃないか?(笑)
でも、「好かれよう」と思ったら、やっぱり鈍ってくる。
好かれる、嫌われるには無頓着で、とにかく、自分が楽しいことをするのだ。
宇宙人バシャールも、そういう意味でワクワクすることをやりなさいと言っただけで、ワクワクしてボランティアをするような者達は、まあ、本当に楽しいのかもしれないが、多くの場合は、やっぱり他者の承認を求めているだけなのだ。

こんなこともある。
強く願ったことに対し、「叶わくなくて良かった」と思う。
彼女にしたい女の子が、実はかなり性悪だったと、後で分かった場合がそうだ。
実はそれ、いったん、彼女にして、散々酷い目に遭った後で、自分で意図的にキャンセルした場合が多いのだ。
その子を彼女にした記憶がなんとなるあるようなら確実にそうである。
実際、人生なんて、ところどころ、妙に記憶が途切れていたり、2重の記憶があるものなのだ。
願った時にはもう叶っている・・・すでにある・・・を知っていれば、その謎が解け、そして、正しいことが出来るようになる。
記憶の改ざんや、デジャヴュ―(既視感)なんてのも、上で述べたようなことが原因である場合が多い。
とにもかくにも、やりたいことをやることである。