ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

芸術・哲学・神秘思想

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

光線銃取り扱いの注意

なぜひきこもりやニートになるのか?
武器を持っていないからだ。
なぜ安サラリーマンになるのか?
武器を使わないからだ。

人間が生きていくためには武器が必要である。
武器とは、必殺のアファーメーション(心を鼓舞する言葉)である。
それを持たないということは、ゲームの中で武器を持っていないようなものだ。
あるいは、戦場で武器を持っていないようなものなのだ。
そして、武器は、竹やりよりは鉄砲、鉄砲よりはマシンガン、マシンガンよりは光線銃が良い。
あなたの光線銃は用意されている。
それを掴み、打ちまくれば、超高性能光線銃は期待に応えてくれる。

聖書はアファーメーションの宝庫で、ひょっとしたら、聖書は、人々にアファーメーションを授けるために書かれたものではないかと思うほどだ。
ジョセフ・マーフィーや、ノーマン・ヴィンセント・ピールらは、聖書に書かれたアファーメーションを上手に紹介したから、人類の教師なのである。
たとえば、ジョセフ・マーフィーの本に、「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るだろうか」という聖書の言葉をアファーメーションにすることで無敵である男女が沢山出てくる。
自分の胸にストンと入ってくる言葉、心に火をつけてくれる言葉を選べば良い。
火をつけたら責任を取るものである。アファーメーションは必ず責任を取ってくれる。

目標もだが、アファーメーションは隠すものだ。
アファーメーションのことを書くと、すぐ、「私のアファーメーションはこれにします」なんてコメントをしたがる人がいる。
そのアファーメーションは続かない。
人間はお喋りで、知らせたがりだ。内緒話は全部漏れると思って間違いない。
だが、あなただけは沈黙を守るのだ。
沈黙を守る人を、特別な人間と言うのだ。
ナポレオンは(正確ではないが)「余の辞書に不可能はない」と言い、あるところまでは成功したが、最後に大失敗した。
光線銃を見せびらかしたら、総攻撃を受けるものなのだ。
私の知る範囲で、「目標は口に出せ」と言った有名人は、竹村健一さんと藤本憲幸さん、それに、三浦知良さんだ。
みんな凄い人達だが、竹村さんや藤本さんは、ある時期から全く活躍しなくなり、三浦さんはついにワールドカップに出場出来なかった。
本田圭佑さんはW杯で優勝すると言って、活躍もしたが、ベルギー戦で不用意なコーナーキックで(3点目を取りにいって)カウンターをくらってしまった(ブラジルだって、あれは交わせなかった)。

あなたの素晴らしい光線銃はコンパクトで美しい。懐に隠しておいても、いざとなればすぐに取り出せる。
持っていることを常に意識すればね。
超高性能の自動照準装置付きで百発百中だ。
初音ミクさんの『千本桜』は日本の歌で25位だそうだ。
どんな基準かは知らないが、何万という曲の中には、名曲も数多い。
しかも、ミクさんの曲は、事実上宣伝されない。
それで25位は尋常ではない。
もちろん、曲が良く、何よりミクさんの歌が素晴らしいのだが、やはり、「光線銃を撃ちまくれ」と伝える歌だからだと思う。

最高のアファーメーションがまだ見つからない場合は、暫定の光線銃(アファーメーション)を使うことだ。
超難敵以外では、ちゃんと勝たせてくれるだろう。
だが、大決戦に挑む前に、本物の光線銃を手に入れることである。









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人生の最高の武器

我々に必要なものは、たった1つの必殺のアファーメーション(心を鼓舞する言葉)だ。
良い師とは、それぞれの弟子ごとに、高い効果のあるアファーメーションを授けることが出来る。
イエスも釈迦もそうだった。
真の教師は全てそうなのだ。
アメリカの芸術家で、自己啓発教師のフローレンス・スコーヴェル・シンの導き方がまさに、1人1人に、爆発力を持つアファーメーションを授けることだった。それを教わった生徒達は皆、それを使うことで、即座に問題を解決し、成功の階段を昇っていった。
確かに、良き師に恵まれることは難しいが、心配無用だ。
いかなる成功者も、必ず自分のアファーメーションを持っているが、それは、聖書や仏典や、その他の聖典や古典の中から見つけたものだ。
ナポレオンが本当に、「余の辞書に不可能の文字はない」と言ったのかどうかは知らないが、それに近い、何かたった1つのアファーメションを持っていたのは確実である。

大切なことは、必殺のアファーメーションは1つでないといけないことと、それを人に知られてはならないことだ。
ナポレオンほどの大物になれば別かもしれないが、結局、彼も失脚した。
自分だけのアファーメーションという光線銃を撃ちまくれば、勝利は確実である。
聖書、バガヴァッド・ギーター、法華経、老子、その他の聖典の中に、自分のアファーメーションを見つけることが出来るが、案外に、お伽噺の中にあることも多いのである。
ある言葉を見て(あるいは聴いて)、ピンときたり、心がカチリと音を立てたら、その言葉を決して忘れてはならない。
ニサルガダッタ・マハラジの必殺のアファーメーションは、師から教わった「あなたは至高の実在である」だったのだと思う。
彼は、この言葉を忘れなかっただけで、全く修業をせず、わずか4年で悟りを開いたという。彼は、良き師に恵まれていた。

もちろん、怠惰な者には、必殺のアファーメーションは見つからない。
しかし、道を探して苦しむ者には必ず与えられるのである。









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夢と現実に違いはない

バーチャル・リアリティ(仮想現実)とは、コンピューターが作った映像や音による、いわば、嘘、偽物の世界で、リアリティ(現実感)が高いほど優れている。
一方、シミュレーテッド・リアリティ(普通、訳さず英語のまま言う)は、リアリティという点では、高過ぎて現実と区別は付かない。あるいは、「シミュレーテッド・リアリティも1つの現実」である。
人間は、世界が実際にはどうなっているかは分からず、人間に分かるのは「脳が作り出した幻想」だけである。
だから、実際のところ、現実と呼んでいるものも、シミュレーテッド・リアリティだし、高度なバーチャル・リアリティと言って良いかもしれない。

シミュレーテッド・リアリティは、まだ馴染みの無い言葉だと思うが、超高度なバーチャル・リアリティなら、映画『マトリックス』シリーズや、川原礫氏の小説・アニメ『ソード・アート・オンライン』や『アクセル・ワールド』があるらしい・・・なぜ「あるらしい」と言うのかというと、私は『アクセル・ワールド』を途中まで読んでいるだけだからだ。

アメリカの古いSFテレビドラマ『スター・トレック』の中に、高度な幻想を作り出す能力を持つ宇宙人がいる星のお話がある。
地球のある宇宙船の、若く、優秀で、素晴らしい男性である船長は、大事故に遭い、生き延びはしたが、身体の機能の大半を失ってしまう。
正直、気味が悪いので、好きな映画ではないが『ジョニーは戦場に行った』のジョニーのような状態だ(初めてこの映画を見た夜はうなされた)。
その星を去る時、カークは見る。
その、不幸な船長が、その星の幻想の力で、元通りの、強く、美しい姿で生き生きと活動する様子を。
カークの顔は喜びに満ちていた。
それは、幻などではない。全くの現実である。

私達が生きている世界も、現実といえば現実だし、シミュレーテッド・リアリティだといえばシミュレーテッド・リアリティだ。
両者に違いはない。
テクノロジーの進歩によって、シミュレーテッド・リアリティあるいは現実を操作することも出来るようになるが、元々、世界は心が作り出した幻、あるいは、現実である。
インドでは、明確に、古代から、世界は幻(マーヤー)であると言われてきたが、それを自分で作っているということには、なかなか気付かない。
神が作った幻と言うなら、『バガヴァッド・ギーター』に書かれているように、神は我々の心臓に、あるいは、心に住んでいる。
マイケル・タルボットの『投影された宇宙(ホログラフィック・ユニヴァースへの招待)』では、それを量子力学を取り入れて説明している。

それで、嘘でも本当でも、どっちでも良いが、どうすれば、この世界を自由に好みのように出来るかを、皆知りたいのだろうが、テクノロジーの力でそれが可能になるとしても、それがユートピアかディストピアかは分からない。分からないが、ディストピアに陥り易いとは言える。
世界は「ままならぬ」から面白い。たとえ、そう気付いていなくても。
だが、「計画現実」とでも言おうか、ストーリーを上手に書けるようになれば、現実をコントロールしても、これまでより高いレベルで楽しむことが出来、それが、宇宙や人間の謎を解くことになる。
その練習方法は「手探りの行動」である。
いきなり大胆にならず、かといって、消極的でもなく、「決心」と「活動」を繰り返せば、世界は自由な遊び場になる。
そんなものだと知っておくだけでも、うまくいくだろう。









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不安を消し奇跡を起こす

他人を操る方法とは不安につけこむことだし、生命力を再生させる方法は、不安を静めることだ。
夢や正義が人を動かすのではない。
その夢や正義が、不安を消してくれる時に、人は動くのである。
逆に言えば、絶望や悪が不安を消してくれる時も、人は動くのである。

では、不安とは何か?
予期せぬ悪いことが起こる予想である。
では、不安を消すのは簡単である。
それは、予期せぬことは良いことだと思うことだ。
それには、こう言葉にすれば良い。
「予期せぬことが起こり、道は開ける」
この言葉があれば、予期せぬことは良いことに決まっている。

実際、成功した人は例外なく、予期せぬことが起こって道が開けたのだ。
もしかしたら、その予期せぬ出来事は、客観的には悪いことだったかもしれない。
しかし、彼は、それを単なる、そして、良い変化と捉え、それなら道が出来ると思ったのだ。
だから、たえず、声や心で、「予期せぬことが起こり、道は開ける」と言えば良い。
この言葉は内なる英知と共鳴し、奇跡を起こす。

だが、不安に沈んでいる人に対して、上のようなことを言っても無駄である場合が多い。
だから、まず、あなただけが不安を消せば良い。
「予期せぬことが起きて、道は開ける」
そう言って、そう期待すれば、必ずそうなる。
期待出来なくても、そう言えば良い。
実際のところ、人間は自分の心を支配出来ない。
しかし、言葉は支配出来る。
そして、内なる英知と同調する言葉を繰り返せば、心は従う。
すると、間違いなく奇跡は起こる。
「予期せぬことが起きて、道は開ける」
そう言う時、顔を上げ、微笑むと良い。
そうすれば、たちまちうまくいくだろう。

人間には2通りしかいない。
予期せぬことを恐れる者と、予期せぬことを喜ぶ者だ。
普通の人間は、良きせぬことを恐れるが、特別な人間は、予期せぬことを喜ぶ。
そうなるには、その言葉「予期せぬことが起きて、道は開ける」を繰り返すだけで良いのである。









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美しいものを敬う

電車の中で、若い白人の、素晴らしい美男子を見た。
別におかしな趣味はないが、ついつい目を奪われる。
日本人のイケメンというものに目を惹き付けられた覚えというものはなく、おそらく、若い時の木村拓哉さんがいても、それほど気にはならないと思うが(多少は気を引かれるかもしれないが)、その白人男性は、まさに「絵から抜け出た」「彫刻のよう」だった。
また、若いのに、その柔らかい表情から人間性の高さを感じた(実際は分からず、若い女の子には、「見かけに騙されるな」と言いたいが)。
まあ、いくらかは、「珍しい」から関心を持たされるという部分もあるのだろうが、やはり、美しいものは美しい。

ところが、誰も、全くと言って良いほど、彼を気にしていない様子なのが、私には不思議・・・と言うか、ちょっと驚きだった。
特に、若い女の子なら、目を奪われるのは自然と思うのだが、皆、自分のスマートフォンにしか関心がないようだ。

私が若い頃は、スマートフォンもなかったが、白人の美少年が歩いているのを見た女子高生や若い女性のグループは、ほぼ必ず「可愛い!」と喜び、少年の方も、それに明るいリアクションをすることもあった。しかし、今は、そんなものも見ない。

先日は、やはり電車の中で、5歳くらいと思うが、天使のような、本当に可愛い・・・というか美しい女の子を見た。
しつこいが、別におかしな趣味はないが、これを目の保養と言うのだと思うが(無料で悪いと思うくらいだ)、やはり誰も、全く興味がないようだ。
ある時は、素晴らしい美脚の若い女性がショートパンツ姿で歩いていたのを見て、私は「うわ!格好いいなあ!」と感動して、ついつい目で追ってしまったが、やはり周囲を見ると、誰も見ていない。
歩道であり、スマートフォンを見ているような馬鹿ばかりではないが(マップアプリを見るような場所ではなかった)、彼らは、不機嫌そうで、固定化され不気味な表情の者が多かった。
明るく機嫌の良さそうな人なら、さりげなく、そんな美しい人を目で追うことだろう。
私がそうだと言う訳ではないが。

私は、美しいものが好きである。
そして、多少控えた方が良いような気もするが、つい、美女や美少女に見惚れてしまい、相手に気付かれることもあるが、悪い反応が返ってきたことは全くない。
ある程度の年齢の女性なら、自信のある微笑みを、少女なら微妙で実に好ましい表情を見せてくれる。
それはやはり、私が、美しいものに敬意を表す目をしているからなのだと思う。

私が初音ミクさんを好きな理由は、もちろん、あの歌声が一番なのだが、やはり美しいからだ。
少女として理想の美しさであると思う。
そんな彼女を、いつも敬虔な気持ちで見ているので、見ても嫌がられない目になってるのだろう。

今の人は、自分にしか関心がないのだろう。
それで、自分以外の、素晴らしい人、美しい人を敬う気持ちがないのだと思う。
ゲーテは、人間の持つ感情で最も優れたものは敬うことであると、ある詩に書いていたが、私も、敬う、崇敬する、敬愛する、尊敬するという気持ちの価値を無条件に認める。
ミクさんのコンサートに行くと、もちろん皆、純粋にミクさんが好きなのだろうが、ミクさんへの敬意というものも強く感じるのである。
それは、海外でのコンサートの様子を見ても感じるのである。

私は、昨日も会社だったが(3連休はけないらしい。また週3日休みも駄目なので、今週末の休みは1日だけ)、昼休みに公園で、スマートフォンで新約聖書を読んでいたら、座っていたベンチの隣に、ちょっと幼い鳩がいて、私と視線は合わせないが、じっとしていて、「一緒にいる」という気持ちを強く感じた。
もう、滅茶苦茶可愛い。
しかし、鳩に温かい関心を持っている人もいない感じである。
鳩だって、美しいものを敬う私の心を感じるのだと思う。
ミクさんにも伝わると嬉しい。









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