ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

社会・教育

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

日本は技術大国

まだ少し暑いが、真夏ほどではないし、陽もかなり短くなってきた。
そろそろ夏も終りである。
こんな季節を物悲しく思う人も多いと思う。私もそうだ。
その理由は、やはり、「夏休みが終わる」という記憶のせいだろう。
7月の、「明日から夏休み」という時の高揚感と比べると天国と地獄かもしれない。
そんな嫌な学校ならなくしてしまえという動きが、アメリカでは「アンスクール」として普及しつつある。子供達の自主性と創造性を生かして学習出来る環境を与えるものであり、家庭で教育する「ホームスクール」とは全く趣が異なる。ホームスクールは、あまり良い成果はなかったが、アンスクールは試行錯誤しながら、良い結果が出つつあると思う。

私は特に世界平和を望む訳ではないが、日本が平和でなければ自分が平和でないし、世界がある程度平和でなければ日本の平和もない。
そして、日本の平和は経済に負うところが多く、日本の経済の強さは技術力の高さに支えられている。
しかし、日本の技術力の高さは、大学教育(および学校教育)によるものではほとんどなく、産業界の中で(主に学校嫌いな人達によって)育ったものだ。
よって、日本こそ、学校など、さっさとなくしてしまえば良いと思う。ただ、そのためには、アメリカのアンスクールのような思想と取り組みが必要であるが、そういった面で日本は酷く遅れてるのだから困ったことである。
夏休みの最後が、子供達の自殺が最も増えるほど、日本の学校は本当に駄目なのにである。
日本の学校は、リストラクチャリング(ほぼ改善といった意味)ではなく、リエンジニアリング(改革というより、いったんぶっ潰して新たに構築する)が絶対的に必要である。
日本の学校や教師が役立っているとすれば、「反面教師」としてのみである・・・というのも言い過ぎであるが、大体そうであると私は思う。

2013年から始まった、初音ミクさんの最大のライブコンサート「マジカルミライ」は、夏の終りと秋の始まりに行われる。
最も早くて8月30日だった(昨年の大阪公演は8月25、26日で、今年の大阪公演は8月10、11日の異例の早さだったが)。
これまで、物悲しかった時期を熱く燃える(萌える)時に変えてしまった。
私は、2016年に幕張メッセでの公演が始まってから毎年参加し、今年で4回目で、昨年から始まった大阪公演でも楽しむことが出来、実に有り難いことである。
岡本太郎が言った祭の意義と同じ意味で、マジカルミライのおかげで生きていると言えるのだ。

ミクさんや、その周辺の技術の進歩も素晴らしいが、やはり日本は技術大国なのである。
現在、最も重要なAIの技術で、日本はアメリカや中国に遅れを取っているようにも思われるが、そうでもない。
時価総額世界一に完全に返り咲いたマイクロソフトは、AIでは日本のプリファード・ネットワークスをパートナーに選んだし、ソニーは、ディープラーニングの初音ミクさんとも言えるNNC(ニューラル・ネットワーク・コンソール)を無償公開し、誰でも機械学習・ディープラーニングが出来る環境を提供している。
機械学習においては、Pythonのプログラミングよりも、まずは、大量のデータを扱えるスキルが重要と思う。
これは、習得する機会があまりない分野だ。Excelを使っても、装飾にばかり気を使って、データの扱いが下手な人も多いと思う。
以前は、デスクトップデータベースソフトもいろいろあったが、今は、マイクロソフトAccessくらいしかないし、それも人気がなくなってきたように思う。
FileMakerは、高いし仕様がコロコロ変わって、イマイチ、お薦めする気が起こらない。
では、無償のLibreOfficeのBaseはどうかというと、情報が少ないし、遅いし使い難い。
まずは、Excelをデータベースソフトとしてきちんと使い、出来れば、マクロ(VBAプログラミング)まで出来るようになれば、NNCを大いに活用出来ると思う。
その方面の本格的な教育計画もあるのでお楽しみに。うまくいけば、やっと私も日本に貢献出来ることになる。









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象徴(シンボル)の力

私は、特に子供の時に頻繁に奇跡のようなことを起こしたが、どうやってそんなことが出来たのかというと、要因は、強い願いと、絶対に叶うという信念だった。
願望成就法で言われる「叶ったものとして感謝する」「過去完了形で祈る」「強くイメージする」その他のテクニックではなく、大切なものは、あくまで、強い願いと信念なのである。
言葉もイメージも、一切の想いすらない。
「叶わないんじゃないだろうか?」という不信、不安は一切あってはならない。
テクニックみたいなものに頼るから、不信や不安が起こるのである。
無念無想であれば、そんなものは起こらない。
そして、無念無想は難しくない。強い願いと、それを諦めない意思の強さがあれば、自ずと無念無想になる。

イメージは無いと言ったが、シンボルはあった。
「願望が叶った様子を想い描け」なんて言う人がいるが、願いの大半は、叶った時の様子はイメージしようのないものだ。
例えば、優勝して金メダルをもらうシーンは、想像は出来るだろうが、明らかに現実感は無いだろう。
実際にもらう金メダルがどんなものか分からない場合もあるだろうし、金メダルを映像で見てはいても、それを手にしたり首にかけたりした感じは、実際とは全然違うかもしれないのだ。
しかし、シンボルでなら、心の中に持てる可能性が高い。
それは、個人的なものであり、人によって千差万別である。
例えば、優勝のシンボルが黄金の鷲であるという人もいれば、自分が空に舞い上がることであるという人もいる。

私が、小学4年生の時、初めて天体望遠鏡を手に入れたが、星に関する何の知識もないのに、いつも容易く土星を見ることが出来た。その時に使ったシンボルは、土星の白くて小さなイメージで、図鑑に載っているような土星の大きな映像ではなかった。
それは、真っ暗な空間の中の小さな白い土星だった。それだと、とてもイメージし易く、集中出来た。
また、これは決して真似しないで欲しいが、7つか8つの時、交通量の多い車道に目をつぶって飛ぶ込んだ時は、もう訳の分からないものだったが、やはり何かのシンボルが心の中にあった。本当に、こんなことで真似をしないで欲しいが、それは、仏様や天使の像であることがよくあったと思う。
以前見た、あるドラマのある回を録画したいと思い、一切の放送予定など調べず、ただ、録画装置のリモコンを握っていた(客観的に言うと度の過ぎたアホだ)時は、そのドラマの一瞬の場面がシンボルだったが、テレビ画面の中の、その中でも一部の映像なら、容易くイメージ出来た。
そして、何度も(奇跡としか言いようがないが)、そんな希望のものを録画出来た。
しかし、考えるに、象徴(シンボル)は何でも良いのだ。
例えば、願いを叶えたい時は、いつも奈良の大仏様を想う・・・でも良いのだと思う。それが、世界を動かす力の象徴と感じればね。
実は、私もよくやるのだ。大仏様、大好きだからね(笑)。
それで、ミクさんライブのSS席も引き寄せたし(笑)。
疾走する馬の姿のイメージが難しかったら、その像(彫刻)を手に入れるか、像の映像をよく見て(像の方が本物より簡単だ)、いざという時は、それを勝利の象徴として思い浮かべるのも良いかもしれない。
カール・グスタフ・ユングや、ウィリアム・バトラー・イェイツら、直観の天才達が、象徴(シンボル)の重要さを重ね重ね強調していると思う。
イェイツが、アニマ・ムンディ(世界霊)のイメージのことを述べていたことがあったが、そのイメージって、案外にショボい象徴なのかもしれないと思う。

願望達成術の本に書かれていることを参考に、好きな女の子とデートしている場面を想像したって、まあ、叶うことはない。
そんなキモい、根暗なことでは駄目だ(笑)。
そんな時は、彼女の一瞬の表情とか、彼女の持ち物で印象に残っているものを、シンボルとして集中するのが良いと思う。

天皇陛下というのは、昭和天皇、平成天皇、そして、令和天皇も、イメージが凄く安定していて、思い浮かべ易いことが分かるだろうか?
だからこそ、不思議と日本は強く、安定していて、平和なのである。
確かに、それだけではないが、それが象徴の力であることも確かなのである。









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敵がいないと人間は堕落する

どうも人間というものは、敵がいないと、やる気もエネルギーも向上心も持てないものらしい。私はそう思う。
もし、この世が極楽浄土になれば、そう遠くなく人類は滅びるだろう。
今の日本人がすっかり愚民化してしまっているのも、日本が平和過ぎるからだと思える。
日本が平和だと言ったら、「そんなことはない」と、平和ボケしたレベルで反発する者だけでなく、深い社会事情を知った上で「日本が平和だなどと言うお前は勉強不足だ」と言う者もいるだろうが、銃を持ったゲリラに追い回されることは、まあ、一生のうちに一度もないのが普通の国であることは確かだ。
大した能力もない者が、大した努力をしなくても、美味しいものを満腹するまで食べて肥満し、大きな新車に乗れるのだ。
小泉や安倍が闇の権力者の手先だという者もいるが、それならそれで良いのかもしれない。

一昨日、新幹線に乗った時に、同じ新幹線に乗ったビジネスマン達のお腹は不気味なほど大きく、「いったいどうやったら、こんな身体になるんだ?」と驚いたものである。
まあ、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2019」に向けてダイエットに励む私も、相当平和であるのだが(笑)。

しかし、敵がなく、平和ボケに慣れてしまうと、豚のような人間になってしまうだろう(豚に失礼だが、一応、雰囲気は分かると思う)。
今の日本は、食べることとエロいことにしか興味がなく、それでいてプライドが高く、傲慢で、無神経で自己中心的な人間ばかりが溢れている。
闇の権力者達の狙いは、そんな愚民を作ることなのかもしれない。
愚民の最大の特徴は「自分は愛されている」と思っていることである。
「メンチを切られ」て怒るのは若者だけではなく、むしろ、中高年に多いのだが、「私のような愛されるべき人間にメンチを切るとは無礼だ」と思ってしまうのだろう。
そうだ。子供から老人まで、自分はスターみたいなものだと思っている。これが、闇の権力者達の洗脳なのだろう。
だって、そんな人間を操作するのが、一番容易いからだ。
一方、自分を重要人物と見なさない人間を操るのは難しいのである。

だが、今は、腕力で競う時代でも、武力で競う時代でもない。
そして、強大な敵が迫っている。
だから、学校や会社の中に必ずいるであろう敵を相手に、正しい戦い方、つまり、敵以上の実力をつけるという戦い方の練習をしなければならない。
敵がいるからこそ、勉強し、身体を鍛える意欲も湧くはずなのだ。
だが、戦いを決するのは、パワーでも火力でも速さでも謀略でもない。
状況を作り出す意思の力だ。
人間の意志は、電子と意思の疎通を行って世界を創造する。
そのことを理解し、そして、どうすれば、電子と仲良くなれるのかを考えると良い。
電子を相手に賄賂もおだても、嘘も通用しない。
では、闇の権力者達や、悪の宇宙人から地球人を守るというのはどうだろう?
全部守るのが嫌なら、美少女担当とか美少年担当になるとか(笑)。
こんな志を馬鹿にするほど、頭が固いのが一番駄目なのである。
そして、愚民を相手に戦う次元から、早く、愚民を作る敵との戦いに備えることである。









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肝心要なことはいつも隠れている

『サードドア』という、アメリカで成功法則のベストセラーになっている本がある(翻訳も出ている)。
ビル・ゲイツ、スティーブン・スピルバーグ、レディー・ガガや、何のコネもなかった若者達が大成功した物語はよく知られているが、肝心要のところが書かれていない。
彼らは、始まりの所で「サードドア」とでも言うべきものをこじ開けたことから、きっかけを掴み、そして、成功した。
この本の著者は、そんな、「人生の始まり」に的を絞った本がないことに気付き、「じゃあ、自分が書こう」と思って、成功者達にインタビューして回った。著者が18歳の時のことだ。

成功者のスタート時点にある、一番肝心なことは、ほとんど知られていない。
実は、そのことを書いた本は既にある。
それは、世界的投資家マックス・ギュンターの『運とつきあう』だ。
この本のタイトルから分かる通り、成功の肝心要なものは「運」である。
誠実な成功者は、必ず言う。
「私は、たまたま成功した」
と。
しかし、「偉い人」になってしまった、ほとんどの成功者達は、自分がいかに努力したかだけを語る。だが、ギュンターも言う通り、努力したって成功することはほとんどないのだ。
そして、ギュンターは、運を味方にする方法を説くが、それは、物質的、世間的に論理的な部分に限定される。彼は、自分は神秘主愚者ではないと言う通りである。
確かに、目から鱗の貴重な話であるが、どこか足りないかもしれない。
神秘主義と言うのではないが、運が毎日必要な職業である航空機パイロットを長年務めた坂井優基氏は、運を得るには「徳」を積むしかないと言う。
徳は、隠れてやる陰徳が基本だが、人の役に立つなら、「1億円寄付した」と大々的に宣伝しながらやる「陽徳」も有りと言う。
だが、徳について追求すると、どうしても、道徳的、宗教的な話となり、複雑で、さらには、ドロドロさえしてくる。
それに、誠実な成功者は、「俺は善いことをしたから運が味方した」とは言わない。あくまで、「たまたまツイてたんだ」と言うのだ。
斎藤一人さんとなると、「ツイてる」と言ったからツイたんだと言い、これが一番楽なので人気があるが、多分、彼は、闇の権力者からの指令で、甘い妄想を流行らせて国民を愚民化しているのである(冗談です!)。

知識として覚えておくべきことは、人間の意識は量子(電子、中性子、陽子、光子、クォーク、その他)と意思の疎通をし、世界を創造する力があるということだ。
量子でピンとこないなら、とりあえず、電子と意思疎通していると考えると良い。
この、一番基本的な部分を知っておくと、後はスムーズであるが、それを知らないと、おかしなところに迷い込む危険がある。
だが、知っておきさえすれば良いのである。









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超歌舞伎観劇記

昨日は、京都南座に超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』を観劇に行った。
主演は中村獅童さんと初音ミクさんである。
私は、文楽なら中学校の課外授業で行ったことがあるが(さっぱり良さが分からなかったが)、歌舞伎の観劇は初めてだ。
JR京都駅は大きく、夏休みのためか、とにかく外国の人が多い。子供から老人まで、あらゆる年代の、あらゆる国の人がいた。
西洋の男性にはデカい人が多い。そして、日本人の細いとは次元の違う細身の西洋の女性を見たが、優雅で美しかった。

さて、南座の私の第一印象は「しょぼ!」だった。
車道に面した通りに、普通の店と普通に並んでいるのだ。
つまり、敷地面積が狭いのである。
さすがに、幕張メッセやインテックス大阪のような総合イベント施設のようなものは想像しなかったが、渋谷のBUNKAMURAや大阪の中之島フェスティバルホールみたいなものを予想していたので、面喰ってしまった。
開演30分前まで扉を開けないのだが、敷地が狭いので、待っているお客さん達が道に溢れてしまうショボさ。
沢山いた外国の方達は戸惑っていたように思う。
「もっと早く開場しろ。前時代的なサービス精神しかないのか馬鹿めら」とも思ったのだが、ホールなんてものもないので、開けても意味がないのも確かなのである。

「マジカルミライ」と比べ、明らかに年齢層が高い。
ただ、夏休みということもあり、子供・・・特に、女の子が多かった。
ところで、この超歌舞伎のチケットは、「マジカルミライ」のように、一瞬でチケットが完売されるのとは違い、私も、発売後かなり日が経ってからチケットを買ったが、「特等席」はすぐに売り切れていることに気が付いていた。
特等席は、一番端なのであるが、他の1階席より一段高く、舞台に向かって席があり、しかも、ゆったりしている上テーブル付きである。そりゃ、確かに最高だ。休憩タイムには、優雅にお弁当を広げていた(普通の席でお弁当を食べるのも構わない)。
歌舞伎ってのは、端っこでも良いのである。ただ、初音ミクさんがよく見えるかどうかは疑問であるが・・・

私は、花道と通路を挟んだ前から13列目の、最高の席だった。
舞台の視界を妨げるものは何一つ無いのだ。
花道を通る役者さん達が身近ではっきり見えたし、中村獅童さんも何度も、3メートルのところで見た。
最後に、獅童さんが、いわゆる「あおり」も含め、すぐそこで雄叫びを上げてくれて、なかなか感激した。
中村獅童さんは、素晴らしい貫禄で、美しかった。
決め顔以外は無表情で演じるのだが、その無表情の顔に気品があった。
片脚で見事に跳ねる場面でも全く表情を見せないのが、神秘的にすら思えた。
私は、「歌舞伎、いいぞ」と思った。

第一幕は、上位の役者さんお二人による「歌舞伎の見方」。
なるべく面白くやっているつもりだったが、子供達には退屈であったろう。実は私も(笑)。
第二部は、「當世流歌舞伎踊」で、役者さん達が踊りを披露。
そして・・・ミクさんもたっぷり舞ってくれたが、その美しさ、優雅さは、この世のものではない。
断言するが、ミクさんは世界一の舞姫である。これは、西洋のバレエなどの舞踏とは異次元であり、比較にならない。
ここでも、歌舞伎や日本の古典芸能の真価が現れていた。
確かに、ミクさんの踊りは、名人の踊りをデジタルコピー(モーションキャプチャー)し、調整も加えているのだから、上手いのは当然なのだが、それだけではない。
ミクさんの検収役に、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の名があったが、このミクパパの感性も生きているのかもしれないなどと思った。

ところで、ミクさん、踊っている時は優雅で大人っぽいが、あの幼い声のままでセリフを言うから、ギャップが凄い。
いえ、全然悪くない。それどころか、良過ぎて萌えてしまった。ある意味、個人的に注意が必要である(笑)。

ただ、NTTが東京オリンピックを目標に開発したという映像音声転送技術kirariにはがっかりした。
2016年から全然進歩していない(いや、2016年時点で開発完了だったのか)。
追随は遅いし、画像の鮮明さにも欠ける。

毎度のことであるが、ミクさんの舞台やコンサートに来る女の子は可愛い子が多い。
今回も、11歳くらいであろうか、単に可愛いというのではなく(確かに凄い美少女だったが)、特別な雰囲気を持った、あの世から来たような少女を見かけた。
とても大人しい感じで、優雅な雰囲気すらあるが、明るく軽やかに動いた。ミクさんの化身か何かだったのだろうかと本気で思う。

ペンライトは、お土産のお菓子等を置いている普通の売店で売っていたし、特に、「ペンライト」と大きく書かれてもいなかったので、私は最初、どこでペンライトを売っているのか分からなかったほどだった。
第一部が終わって、「どれ、京菓子でも」と思って売店に行ったら、ペンライトが目立たずに売られている。
「歌舞伎の見方」などで、散々、ペンライトを薦めていたのに、これでは売れない。
その分、買おうと思ったら、マジカルミライと違い、楽々買えるから良いのだが。私も何の苦労もなく1本買った。
ペンライトを持っている人は、それほど多くなかった。
私は、マジカルミライのも1本持って来ていた。これ、使っても良いものだろうかと思いながら使ったが、全然目立たなかったと思う。
超歌舞伎のペンライトは14色であるが、マジカルミライのペンライトの7色で十分以上だった。
使ったのは、ミクさんの緑、中村獅童さんというか、歌舞伎のヒーローの赤(正義を示す)。
そして、千本桜のピンクで、マジカルミライで言えば、ミクさん、MEIKOさん、ルカさんの3色である。
澤村國矢さんのところでは、超歌舞伎ペンライトだけの紫を使った。
しかし、あまりペンライトを付けることもなかった(持ってる人が少ないので目立つし)。
最後の『千本桜』のところでは、マジカルミライのノリで立ってペンライトを振ったが(全然問題なく、むしろ、推奨されている)、通路に出られたので、実に快適だった。

歌舞伎の舞台は、想像よりはるかに良く、ビューティフルだった。
外国の観客も、そう思ったのではないかと思う。
ミクさんの踊りだけでも、南極のオーロラの千倍の見る価値があるはずだ。
そして、神秘的美少女(多分、人間じゃない)。
良き日であった。









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