ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

社会・教育

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

斎藤一人さんについて

斎藤一人さんという、銀座まるかんという会社の創業者で、納税額が公表されていた時代には上位の常連で、1位にも2度ほどなっており、純資産が200億円という(Wikipediaより)人がいる。
著作も大変な数なのだが、最初の本は『変な人が書いた成功法則』(1997)で、私は、この本は非常に良いと思ったし、2003年の『変な人が書いた驚くほどツイてる話』も読んだが、これも素晴らしかった。
しかし、果てなく著作を出し続け、後になるほどおかしなものになっていき、あくまで個人的にだが、「この人、馬鹿か詐欺師ではないのか?」と思うようになっていた。
けれども、私は最近、斎藤さんが無駄に本を出し続ける理由が分かったように思うのだ。

斎藤さんの最初の本『変な人が書いた成功法則』の主題は、「困ったことなんか起こるはずがない」で、本当は、斎藤さんは、この1冊だけを書けばよかったのだと思う。
だが、その後の本、『変な人が書いた驚くほどツイてる話』で、「私が成功したのは、『ツイてる』と言ったからです」というのが本当かどうかは分からないが、「ツイてる」は、前向きな口ぐせとしてトップクラスで、これを勧めることは良いことであったと思う。
だが、いくら何でも、この2冊で十分であった。
しかし、その後も本を出し続け、講演をしまくっていたのは、チヤホヤされて賢者気取り、さらには、神様気取りの哀れな老人になったのだと、私は短絡的に思っていた。

しかし、こんな事実が、確実にあったと思うのだ。
最初の『変な人が書いた成功法則』は素晴らしい本で、成功すべき人なら、これを読めば成功に近付けると思う。
ところが、これを読んでもさっぱりの人がいる・・・というより、それが圧倒的なはずだ。
そして、『変な人が書いた驚くほどツイてる話』を読み、「ツイてる」と言えば、やはり、ツクべき人はツいたが、全然ツかない人が圧倒的だったのだ。
それが当たり前である。
成功するとか、常にツくとかは、単純な知識や小手先のテクニックで得られるものではなく、人物の問題なのである。
斎藤さんは、才能ということもあったと思うが、育った環境、様々な経験を通して、人物を磨いたから成功したのだ。

そして、斎藤さんというのは、根本的に非常に親切な人間なのだと思う(これも成功の要因だろう)。
だから、興味を持って海外の自己啓発書を読むうちに、自分がうまく教えれば、皆を成功させることが出来るに違いないし、そうしたいと思うようになったのだと思うのだ。
しかし、自分ではどんどん良い本を書いているつもりが、それらを読んでも、凡人が良くなることは全くなかったのである。
けれども、それでも諦めずに、本を出し続け講演をし続けているのだ。

『変な人が書いた成功法則』『変な人が書いた驚くほどツイてる話』を読んで成功しない人は、その後の斎藤さんの本を読んでも、決して成功しないと思う。
逆に言えば、成功すべき人は、この2冊あたりを読めば、成功する可能性が高い。
さっきも述べたが、肝心なものは、人物・・・言うなれば、人間性である。
これは、優秀とか学歴があるとか、人付き合いがうまいとかいったことではない。
欠点はあっても、肝心なところでは誠実であり、必要なだけの責任感があり、超人的とは言わないまでも、十分な忍耐がある・・・そんな当たり前のことに欠けた人間が成功することは、当たり前に考えてあり得ない。人物に欠けていても、ごく短期的にならうまくいくこともあるが、それはやはり、ごく短期的でしかない。
逆に、当たり前の人間性があれば、上に挙げた斎藤さんの1冊か2冊を読めば、成功する可能性が高くなるかもしれない。
尚、それらを本を読むと、直接には書かかれていないが、斎藤さんは『マスターの教え』という本を肯定していることが分かるので、そちらを読んだ方が良いかもしれない。








あなたは醜いアヒルの子か

シンデレラ症候群(シンデレラ・コンプレックス)という言葉は時々聞くが、醜いアヒルの子症候群(醜いアヒルの子シンドローム)という言葉もあるようだ。
(シンデレラ・コンプレックスは、「シンデレラ・コンプレックス症候群」「シンデレラ・コンプレックス・シンドローム」と言うのが正しいと思う)
いずれも、「今は駄目だが、いずれは・・・」といった願望が強い人のことと思う。

『シンデレラ(サンドリヨン。灰かぶり姫)』は、古い伝承を、ペローやグリム兄弟が取り上げて広めたものだが、『醜いアヒルの子』は、アンデルセン個人の創作だ。
そして、『シンデレラ』は、正直、許容出来るレベルの理不尽と言ったら怒られそうだが、本当に不幸な少女達の中では、シンデレラはかなりマシで、本当の人生の苦しさを知る者から見れば、「あんなん普通や」となるかもしれない。
また、シンデレラが成功したのは、彼女が稀に見る美少女だったからだし、魔法使いの力を借りることが出来た点が大きい。
だから、シンデレラ・コンプレックスを患う者は、やや「おめでたい妄想家」という雰囲気がなくもない。

だが、醜いアヒルの子症候群は、ちょっと深刻だ。
シンデレラは不幸な時から美少女だった。
しかし、醜いアヒルの子には美点が全くない。
『醜いアヒルの子』に強く感情移入する者もそうで、そんな者達は本当に苦しく、夢にすがるようなところがある。
しかも、これは作者のアンデルセン自身の物語がベースであるので、リアリティや希望を感じられてしまうのである。
「自分は、今は誰からも認められず、力もないが、本当は白鳥なのだ。いつかは才能を発揮し、誰もが称賛、さらには、羨望する存在になる」
と思うことで、やっと辛い今を生きる悲しい人達。
なぜ、「悲しい人達」と言ったのかというと、そんな人達が本当に白鳥になることは、まあ、滅多にないからだ。
そして、醜いアヒルの子症候群を患った者は、自分は白鳥にはなれなくても、大人のアヒルになれればいいという悟りの境地に至ることが出来ず、いつまでも・・・もしかしたら、死ぬまで醜いアヒルの子症候群でいるかもしれない。

ビートルズの『エリナー・リグビー』という歌がある。
エリナー・リグビーは、残飯をあさる貧しい老婆だが、ボロボロのドレスに、ありったけの宝石(偽物だろう)を付けて王子様を待ち続けている・・・そんなひどく惨めな老婆だ。
彼女は、シンデレラ・コンプレックスといった幸せな者ではなく、生涯、醜いアヒルの子だった。

アンデルセンは確かに、かつては醜いアヒルの子だった。
14歳で故郷のオーデンセの村を出て、首都コペンハーゲンに出た時は、まさに、醜いアヒルの子以外の何者でもなかった。
舞台俳優志望で、歌も練習していたが、やっと演劇関係の人の前で歌を披露する機会が出来た時、アンデルセンの歌を聴いたその人は、アンデルセンは気が狂っているのではないかと疑った。そのくらい、下手というよりは向いてなかった。
そんな少年アンデルセンは、幸運ななりゆきで学校に、そして、大学にまで行けたが、苦難の学生時代だった。
だが、アンデルセンは天才だった。
彼は自伝で、「神の加護により幸福な人生だった」と書いている。
確かに、彼は容姿が醜く、結婚はおろか彼女の1人も出来たことはないし、作品が広く海外にまで知られるようになっても、当時の出版業界の事情もあり、富には無縁だった。
それでも、国家から、多くはないが年金をもらい、働く必要がなく、外国旅行に明け暮れた。
何より、多くの人に称賛されていることで満足感があったのだろう。
ある時期までは、アンデルセンは、作品は知られていても、彼自身は誰からも褒められなかった。
しかし、ある日、学生たちが集って彼を称賛した時、彼は気絶するほど感激したというから、彼は本当に、今でいう承認欲求に飢えていたのだろう。

そんな彼が、達成感と、そして、多分だが、世間の理不尽さへの恨みも込めて『醜いアヒルの子』を書いた。
そして、これを読んだ多くの凡人が、「自分もいつか」と思いながら、結果、多くの場合、良くても虚しく諦め、悪ければエリナー・リグビーになった。

私やあなたは醜いアヒルの子だろうか?
その通りと言うのは、あなたを騙して儲けたい、詐欺的な新興宗教の教祖やセミナー講師のような者達だろう。
そして、重要なことを指摘すれば、アンデルセンだって、成功したのは「たまたま」で、たとえ天才とはいえ、彼だって本当は高確率で醜いアヒルの子のまま一生を終わっていたのだ。
才能があるからといって成功するほど、この世は天国ではない。
だが、白鳥になることが本当の幸福ではないことに気付けば、鷹になれる。
鷹になって、悠然と空を飛ぶ境地になれる。
その姿には、白鳥も羨むことだろう。








頭を良くする簡単な方法

天は人の上に人を作らずと言うが、現実的には、人間の能力には差があり、その中でも重要な頭の良さにも明確な差がある。
これもまた、現実の話として、公立の中学では、頭の良さが極端に違う者同士が、同じ教室、あるいは、隣の席にいたりする。
ただ、中学校では、頭が特に良い者にとっても、頭が悪い者が邪魔になることはあまりなく、その頭の良い者がよほど性格の悪い人間でない限り、頭が悪くて何ごとも上手く出来なくて困っている者がいたら、助けることが多いと思う。
高校や大学以上では、それほど極端に頭の良さに差がある者と関わることは少ないと思う。
だが、社会人になると、超大企業の場合は少ないかもしれないが、頭の良さがかなり異なる者が、同じ部署、あるいは、他の部署や取引先の関わり合う人間にいたりする。
そして、頭の良い者にとっては、頭の悪い者に足を引っ張られたりするうちに、頭が悪い者に嫌悪感を持つようになることがある。
ここらが、頭が悪い者がいても、利害関係があまりない中学の時と違うところだ。

自分のことは、とりあえず棚に上げるが、会社の中で、「こいつ本当に馬鹿だな」と思った人は確かに少なからずいる。
ただ、その者が本質的に・・・つまり、生まれつき頭が悪いのかというと、そんな場合もあるのかもしれないが、あまり多くないと思うのだ。
その理由は、「こいつ、頭が悪いな」とうんざりさせられるような者でも、何かの時に、妙に鋭かったり、物覚えが良かったりということがあって「あれっ」と驚くことがよくあったからだ。
「こいつ馬鹿だと思っていたけど、実は頭悪くないんじゃね?」
とか思うが、それでも、仕事で関わると、「アホにもほどがある」と思うのである。
だが、やはり、馬鹿に見えても、ほとんどの者は、本質ではかなり優秀なのだ。
それなのに、なぜ馬鹿なのかというと、家庭や学校で、頭を使えないように、あるいは、間違った頭の使い方をするように教育されているからとしか思えない。

有名な映画監督だった伊丹十三氏が、心理学者の岸田秀氏の本を読んだ時のこんな感想を語っていた。
「自分が、かぶせられた帽子を外されたカブトムシのように感じた」
つまり、自分の能力を封印していたものから解放されたということである。
まあ、誰もが、岸田氏の本を読んだらそうなるとは限らないが、我々は、学校やテレビなどで付けられた、能力の見えない手枷足枷を壊さなければならないことは確かだ。

その方法をクドクド説明せず、シンプルに言う。
1つは、仏・菩薩の真言を淡々となるべく多く唱える。例えば、観世音菩薩真言なら「オン、アロリキャ、ソワカ」だ。これを唱えると良い。有声、無声どちらでも良いが、無声をお勧めする。
1つは、少し温度が高い蒸しタオル(熱いと感じるほど温度が高くてもいけない。適度に絞った濡れタオルを1/6程度にたたみ、電子レンジで600W1分30秒加熱する)を、後頭部の下の方に5分当てる。
そして、プログラミングをやったことがなければ、Excel VBAか、Access VBAを練習して欲しい。マスターするごとに頭が良くなるから。
そうすれば、さらに良いことに、社員募集面接で「Exce VBA、滅茶苦茶出来ます」「Access VBA、滅茶苦茶出来ます」と言ったら、良い条件で採用されるだろう。頭が良くなっているので、仕事も出来るはずである。
尚、一応言っておくと、頭が良過ぎると、普通の職場では仕事がうまくいかず、辛いことになる可能性があるので、自分がそうだと思ったら、就職せず、個人事業をやることだ。








本当の崇敬

アメリカ映画だと思うが、昔、テレビで、その1シーンを見て、非常に強い印象を持ったことがある。
西部劇を思わせるような雰囲気の広い酒場の中で、庶民風の男達が大勢、酒を飲んでいた。
その中で、つまらない理由に違いないが、小競り合いが発生し、殴り合いになると、それがどんどん伝播していき、店中の男達が殴り合いをする。
ところが、やや年配のバンドマン達は、平気な顔で淡々と演奏をしていたが(喧嘩などありふれたことなのだろう)、アメリカ国歌『星条旗よ永遠なれ』の演奏を始める。
すると、国歌が演奏されていることに気付いた男達は喧嘩をやめ、直立不動になると、右手を胸に当てた。

これを見て私は、この男達は国家に洗脳されているのではないかとも少し思った。
しかし、男達は、国歌を聴くと、恐怖感を伴った強制的なものを感じたわけでは全くなく、自主的に崇敬の形になったのだ。
恐怖感どころか、安心感を感じたように思えるのだ。
このように、恐れのない、自由意志による自主的な行いは洗脳とは無縁である。
彼らはアメリカ合衆国建国の歴史・・・独立戦争、憲法制定を知り、それを成した者達を心から尊敬しているのである。
(ちなみに、アメリカ国家『星条旗よ永遠なれ』が作られたのは1896年で、西部劇の舞台である西部開拓時代は1860年代から1890年までなので、その映画は西部劇ではないと思われる)
一方、高圧的な声で「天皇陛下バンザーイ!」と声が上がると、こわばった顔で庶民達が「天皇陛下バンザーイ!」と言ってバンザイをするのは、自主的な行いではなく洗脳の可能性がある。
無論、全く恐怖感がなく、自主的にそうするなら、国家に対するかどうかはともかく、天皇への崇敬であり、そんな人達も大勢いたことだろう。
どこかの独裁国家では、庶民達は、我々から見たら、いかにもわざとらしい顔や声や動作で独裁者を讃え、死ぬと必死で鳴き真似をするのは、やはり恐怖による強制を露骨に示すが、似たことをする地位の高い人達には、恐怖と言うよりは、「そうした方が得」という打算の方が大きいかもしれない。その場合、その行いは、ある意味、自主的と言えば自主的だが、不誠実に、不正直に、心にもないことをやっているのである。

我々も同じだ。
強制されて、真言、念仏、祝詞、あるいは、聖書の言葉を唱えても、何の意味もないし、まして、「得だから」という思いでそれをやれば、心が穢れ、卑しい人間になり、力を得られず、持っている力も失う。
完全にとは言わないまでも(多少の欲やエゴがあっても)、崇敬の気持ちと共に行えば霊的に浄化され、霊的な穢れによる不幸や不運が解消したり、それに打ち勝つ力が起こるのであると思う。








蒸しタオル熱刺激療法、本格的に効果が出る

何度も話題にしているが、私は、昨年(2021年)12月30日から始めた、井本整体主宰の井本邦昭氏(医学博士)の「蒸しタオル熱刺激療法」を、昨日まで18日間実施した。
目的は、重度の乾癬(かんせん。皮膚病)の治療である。
乾癬で自殺した人がいることを少しも不思議とは思わないほど、私も厳しかったが、本格的に楽になったのは昨日(1月18日)だ。
首を触って、肌がスベスベであることに深い感慨を覚える。
実は、首の肌がスベスベであったという記憶がないのだ。
少し前に、隣の家の88歳のおばあさんに、「首、どうしたの?」と言われたほどの状態だった。
とにかく、これでマフラーが巻ける(笑)。

私は以前から、あらゆる病気は、血流を正常にすれば治ると思っていて、概ねでは、その通りと思う。
血流を良くするためには、血液をサラサラにすれば良く、そのためには、十分な水分を摂り、適切な食事を適切な量摂り、適度に運動することが大切であることは常識と思う。
しかし、健康的な生活を送っているつもりでも、何らかの理由で、身体の一部の血流が悪くなることがあり、そうなると、その周辺がだんだんと悪くなり、ある時期から急激に悪くなることがある。
血流を悪くする原因には、怪我や、身体の一部の圧迫、身体の動かし方の癖や、職業による特定の姿勢を長く取る・・・等々が考えられ、それらによる血流の悪化が、初めのうちは、肩こりや頭痛、腰痛などとして現れる。そして、それを放置すると病気になる。
血流を良くしたいなら、風呂に入ったり、適度にアルコールを飲むなども効果はあるが、症状が進んでいる場合には、効果が少ない。
そこで、蒸しタオルによる、熱刺激療法を行えば、見事に血流が回復し、健康になることが多いと思う。

どこを温めれば良いかだが、基本的には、痛い部分や、私の場合は、肌の状態が悪い部分だが、実は、蒸しタオルを当てて気持ちが良いと感じる部分が良いと思う。
これに関して、こんな思い出がある。
私は昔、やたらと風邪をひき、良いことではないが、風邪薬を月に2瓶ほど飲んでいたことがある(笑)。良くないことは分かっていたが、仕事のために風邪を抑える必要があり、やむを得なかった。
そんな時、誰かが、私の肩に、蒸しタオルを置いたのだが、その気持ちの良さに驚いた。
その人が私に、「それは風邪じゃなく、肩凝りだよ」と言ったが、納得した。
肩凝りと言うより、首の凝りかもしれなかった。
1日10時間、パソコンのディスプレイを見ていたのだから、凝りもする。全くの職業病である。

一般的には、首の後ろや前、後頭部、額、胸、腰等に蒸しタオルを当てると気持ち良いだろうし、血流が悪くなっている人の場合は、私のように、あまりの気持ち良さにびっくりするかもしれない。

私は、皮膚病や肩凝りなどを除けば、普通の人よりはるかに健康なので、ついつい、悪い症状を放置するようである。
それで、今回のような酷い状況になってしまうのだろう。
だが、私にはもう1つ、昔から悪いところがある。
ごく若い時から、胸に圧迫を感じることがあり、1~2か月に一度くらいは、それがかなり強くきて苦しんでいた。
そして、ある時、安倍元総理も真っ青の激務(半年間休暇なく、朝7時半から夜0時前まで働いた)をした際、胸に激痛を覚えて倒れた。狭心症というやつかもしれない。
その症状は今も少しあるのだが、蒸しタオルを胸に当てると、やはり、恐ろしく気持ち良い。
おそらく、肺か心臓の血管に血流の悪い部分があり、ひょっとしたら、このままでは突然死をしていたかもしれないが、助かったわけである。
井本邦昭氏、および、蒸しタオル療法を教えてくれたプリンアラモードさんにはいくら感謝してもし足りない。
私の父は脳梗塞を原因として、大した歳でもないのに亡くなっているが、それまでに、肩凝りや腰痛を訴えていた。蒸しタオル熱刺激療法を知っていたら、死なずに済んだと思う。

何でもかでも蒸しタオル熱刺激療法という考え方も良くないが、とにかく、ほとんどお金もかからず、タオルと電子レンジがあれば、すぐに出来る。
騙されたと思って試す価値は非常に大きいと思う。
私の個人的な推測では、蒸しタオル熱刺激療法が普及すれば、医療の7割と医薬品の9割は不要になると思う。
後は、当たり前に健康的な生活をし、ストレス対策をやれば良いのだと思う。

尚、私は、毎日、腕振り運動2千回と四股(柔術式)千回をやるようになった。
これらは、あまりシンドイ運動ではなく、私はまだヒーロー志望なので(笑)ここまでやっているが、腕振り運動千回と四股40回くらいを毎日やれば、かなり鍛えられると思う。
柔術式の四股は、足の裏はあくまで地面を向いたまま・・・つまり、膝を曲げたままで、あまり高く上げず、降ろす時は、つま先から静かに降ろす。腰は、なるべく深く沈めるのが良いが、ほとんど沈めないやり方もある。
手で膝や腿を押さえて補助するようにすれば、スクワットのように膝を痛める恐れもない。
腕立て伏せやスクワットも少しはやるが、腕振り運動と四股を中心にやるようになった。
これも、熱刺激療法で、身体の仕組みを実感出来たことで、こうするのが正しいと思うようになったためである。

私も、まだ完治とは言えず、霊的な部分の癒しも必要かもしれないが、とにかく良い経験であると思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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