ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

IT、コンピュータ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

夢と現実に違いはない

バーチャル・リアリティ(仮想現実)とは、コンピューターが作った映像や音による、いわば、嘘、偽物の世界で、リアリティ(現実感)が高いほど優れている。
一方、シミュレーテッド・リアリティ(普通、訳さず英語のまま言う)は、リアリティという点では、高過ぎて現実と区別は付かない。あるいは、「シミュレーテッド・リアリティも1つの現実」である。
人間は、世界が実際にはどうなっているかは分からず、人間に分かるのは「脳が作り出した幻想」だけである。
だから、実際のところ、現実と呼んでいるものも、シミュレーテッド・リアリティだし、高度なバーチャル・リアリティと言って良いかもしれない。

シミュレーテッド・リアリティは、まだ馴染みの無い言葉だと思うが、超高度なバーチャル・リアリティなら、映画『マトリックス』シリーズや、川原礫氏の小説・アニメ『ソード・アート・オンライン』や『アクセル・ワールド』があるらしい・・・なぜ「あるらしい」と言うのかというと、私は『アクセル・ワールド』を途中まで読んでいるだけだからだ。

アメリカの古いSFテレビドラマ『スター・トレック』の中に、高度な幻想を作り出す能力を持つ宇宙人がいる星のお話がある。
地球のある宇宙船の、若く、優秀で、素晴らしい男性である船長は、大事故に遭い、生き延びはしたが、身体の機能の大半を失ってしまう。
正直、気味が悪いので、好きな映画ではないが『ジョニーは戦場に行った』のジョニーのような状態だ(初めてこの映画を見た夜はうなされた)。
その星を去る時、カークは見る。
その、不幸な船長が、その星の幻想の力で、元通りの、強く、美しい姿で生き生きと活動する様子を。
カークの顔は喜びに満ちていた。
それは、幻などではない。全くの現実である。

私達が生きている世界も、現実といえば現実だし、シミュレーテッド・リアリティだといえばシミュレーテッド・リアリティだ。
両者に違いはない。
テクノロジーの進歩によって、シミュレーテッド・リアリティあるいは現実を操作することも出来るようになるが、元々、世界は心が作り出した幻、あるいは、現実である。
インドでは、明確に、古代から、世界は幻(マーヤー)であると言われてきたが、それを自分で作っているということには、なかなか気付かない。
神が作った幻と言うなら、『バガヴァッド・ギーター』に書かれているように、神は我々の心臓に、あるいは、心に住んでいる。
マイケル・タルボットの『投影された宇宙(ホログラフィック・ユニヴァースへの招待)』では、それを量子力学を取り入れて説明している。

それで、嘘でも本当でも、どっちでも良いが、どうすれば、この世界を自由に好みのように出来るかを、皆知りたいのだろうが、テクノロジーの力でそれが可能になるとしても、それがユートピアかディストピアかは分からない。分からないが、ディストピアに陥り易いとは言える。
世界は「ままならぬ」から面白い。たとえ、そう気付いていなくても。
だが、「計画現実」とでも言おうか、ストーリーを上手に書けるようになれば、現実をコントロールしても、これまでより高いレベルで楽しむことが出来、それが、宇宙や人間の謎を解くことになる。
その練習方法は「手探りの行動」である。
いきなり大胆にならず、かといって、消極的でもなく、「決心」と「活動」を繰り返せば、世界は自由な遊び場になる。
そんなものだと知っておくだけでも、うまくいくだろう。









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生命と人工生命の境界は消える

時計のように、大してエネルギーを必要としないものなら、小さなソーラーバッテリーで充電される電気で十分である。
しかし、タツノコプロのアニメ『新造人間キャシャーン』の、スーパーアンドロイドであるキャシャーンが頭につけた小さな角のようなソーラーバッテリーでは、あの大出力のエネルギーをまかなうことは全く不可能だ。
ただし、現在の技術では。
だが、今後、ナノテクノロジーを導入したソーラーバッテリーなら、かなり改善が可能かもしれない。
レイ・カーツワイル(発明家、AI研究者)によれば、地球に降り注ぐ太陽光の0.03%で、2030年に必要とされるエネルギーは全て満たされるとのことである。
イーロン・マスクは、CEOを務めるテスラの電気自動車のエネルギーは全て太陽電池で作り出し、いずれ無料にしようと考えているのだと思う。
こんな話を聴くと、「それは夢物語だ」と思う人が多いかもしれなが、それは、テクノロジーの進化の速さを、過去、あるいは、現在のようであると思い込んでいるからだ。
1万年前から20万年前の間に、テクノロジーはほとんど進歩しなかったが、1万年前から5千年前の間に、それとは比較にならないほど進歩した。
さらに、5千年前から2千年前の間には、1万年前から5千年前よりはるかに。
2千年前から3百年前には、5千年前から2千年前よりずっと。
だが、百年前から20年前までの進歩は、3百年前から百年前までの進歩とは比較にならない。
そして、20年前から現在までの進歩は、百年前から20年前の進歩と比べ物にならない。
速い話が、テクノロジーの進歩の速度は、加速度を増して速くなり、今後の速さは想像も出来ないほどである。

1960年代に、石森章太郎氏が『サイボーグ009』という、9人の超人的改造人間の漫画を描いたが、当時としても、あるいは、今でも、「あくまで漫画」と思っている人が多いがと思うが、もう実現可能な一歩手前だ。
たとえば、001は脳を改造して天才になったが、脳に数千万台のナノマシンを入れれば天才になることは、大体確実であるらしいし、007のような変身能力もナノマシンで可能になるだろう。
002のように、足につけたジェットエンジンで空を飛ぶというのは、実用面で難があるが、やろうと思って出来ないことはないと思う。
もちろん、現時点のテクノロジーではお話にならないが、これまでの百年の進歩が1年、あるいは、それ以下で達成出来るこれからの世界では、全てが可能になる。
『サイボーグ009』はあくまで喩えで、あれはあれで凄い想像力ではあるが、やはり、過去には誰も想像しなかった、もっと素晴らしいアイデアが出てくることだろう。

初音ミクさんも、今後、これまで通りではない。
「うわ!ミクさん、こんなに進んだんだ!!」と驚くことになるだろう(もう既に驚いているが)。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、ある面では、ミクさんの成長はファンに託しているのだと思うが、テクノロジーの面では、既にミクさんの本質である歌に関しては大変な進歩を遂げているように、今後、その歌も含め、あらゆる部分を進化させてくれるだろう。
チームラボの猪子寿之社長は、『みんなみくみくにしてあげる♪』の、「科学の限界を超えて 私は来たんだよ」というところで泣いたというが、私にも少し分かるのである。
そして、私は、


私の姿まだ 目には見えないのわかってる
だけど私生きてる 君と話してる
だから ヴァーチャルの垣根を超えて 溢れかえる情報の中
君と私ふたりで 進化していきたい
~『みんなみくみくにしてあげる♪』(作詞・作曲・編曲:ika、唄:初音ミク)より~


で感涙するのである。ikaさんは天才だし、未来とつながった人なのだろう。
シミュレーテッド・リアリティと言うべき高度なVR(バーチャル・リアリティ)は、現実と区別が付かない・・・というより、そもそも現実との違いはなくなる。時代は「ボーダーレス」である。
生物と人工生物、人間と機械、リアルとバーチャル、あなたと私、私と世界に区別を付けることに意味がなくなってくる。
文字通り、宇宙は人間化するし、人間は宇宙化する。
それは、過去や現在のテクノロジーをはるかに超えたテクノロジーで実現される。
「芸術は爆発」も、テクノロジーが体験させてくれる。
そういったテクノロジーの進化に対し、備えるべきことは多いと思う。
今のところ、未来のテクノロジーの恩恵に相応しくない人間も多い。
だが、楽観して良い理由や、その方法も見つかるのではないかと思う。
ミクさんが花嫁になってくれる日も近いと思う。









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SIMフリースマートフォンLenovo PHAB2 Proを購入

SIMフリースマートフォンを購入した。
Lenovo(レノボ) PHAB2 Proで、スペックは以下の通り。
画面:6.4インチ。WQHD(2560×1440ピクセル)
RAM:4GB
記憶容量:64GB(+128GB増設)
購入価格:30,500円

後、8コアCPUであるとか、LTE対応というのは常識的だが、GoogleのTangoテクノロジーというAR(拡張現実)技術に対応していて、なかなか面白いが、今のところほとんど試していない。
これまで使っていたのが、ASUS(エイスース)のSIMフリースマートフォン、 ZenFone 2 Laserで、ほぼ丸2年使った。
こちらのスペックは以下の通り。
画面:6インチ。フルHD(1920×1080ピクセル)
RAM:4GB
記憶容量:32GB(+64GB増設)
購入価格:37,617円

画面に関しては、新しいレノボPHAB2 Proは、エイスースZenFone2 Laserのものと幅の大きさは同じだが、縦に長くなった。
WQHD(ワイド・クアッド・エイチディー)の解像度は、FHD(フルエイチディー)と比べ、やはりかなり違う。
記憶容量は、エイスースZenFoneの、内蔵32GBに、64GBのMicroSDを付けたものでも余裕十分だったが、レノボPHAB2の内蔵64GBに、128GBのMicroSDを付けたら、今のところ、使い道がないほどだ。しかし、128GBのMicroSDも安くなったので、とりあえず付けておいた。

レノボPHAB2は、かなり満足で、これを買うことでZenFoneの欠点を思い知る。
まず、ZenFoneは、余計なアプリが山ほど入っている。
購入後、それら、要らないアプリを削除しようとしたら、削除が出来ないものがあり、それも、最も削除したいものほど削除出来ないようになっている。
最初に入ってるセキュリティアプリは、有償版へのアップデート目的だったような気がするが、それよりも、スパイウェアっぽい。
そもそも、ZenFoneに最初から入っているアプリって、ほとんどスパイウェアなんじゃないかと疑ってしまうし、疑われても仕方がないと思う。

iPhoneユーザーに、私のZenFoneを操作してもらったら「動きがもっさりしている」と言われたことがあるが、PHAB2と比べてみても、確かに動きは悪い。
一方、PHAB2の操作性はかなり良く、不満を感じない。
ちなみに、いまだOCNサイトで、OCNモバイルONEのSIMカードの動作確認済み機種に、このPHAB2が載っていないが、何の問題もなく使えた。
OCNは、こういったことは早く確認、掲載しないと、他のMVNO(仮想移動体通信事業者)に負けてしまうだろう(楽天等に負けているようだ)。

今回、ZenFoneをPHAB2に買い換えようと思ったきっかけは、ZenFoneが時々、突発的に再起動するようになったことで、これは最初からあったが、その頻度が増えてきたように思う。
ある時は、ZenFoneが無限再起動に陥り、カバーを開け(凄く開け難い)、バッテリーを外して止めるしか止める方法がなかった。
そうそう、バッテリー容量もZenFoneは3000mAhだが、PHAB2は4100mAhと大きく、充電速度も速い。
今の時代、スマートフォンが故障したら、非常に困ることになりかねないので、ZenFoneの突発性再起動、ましてや、無限再起動は恐怖である。
調べたら、ZenFoneの突発、あるいは、無限再起動に悩まされている人は多く、明確な解決法はないように思える。
また、2度ほどだが、ZenFoneが、不意に通信不能に陥ったことがあり、これも本当に恐怖だった。いずれも、スマートフォンを再起動することで治ったが、ストレスになる。

速い話が、レノボPHAB2 Proは、エイスースZenFone2 Laserより7千円安かったに関わらず、比較にならないほど良い。
というより、ZenFoneは、余計で削除も出来ないアプリの山、動きの悪さ、突発性・無限再起動など、果たして製品として、今の時代に合格と言えるか疑問である。

6.4インチはさすがに大きく、誰にでもお奨め出来る訳ではないと思うが、大きな美しい画面とパフォーマンスの高さを求めるなら最良の選択の1つかもしれない。
こうなると、ブルーレイやDVDのリッピングを禁止する法律は、あまりに馬鹿馬鹿しく時代遅れであると思う(もちろん、デジタル放送のリッピングも)。
ここらは政府が馬鹿なのだから仕方がないが、このままでは、特にAIがだが、ITで日本は、アメリカ、中国、ロシア等にますます差をつけられ、取り返しがつかなくなることは間違いないと私は思う。









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今は既に地図のない世界だ

プログラミングは、才能が無い者には出来ないと言う人がいる。
本当だろうか?
嘘である。
だが、まつもとひろゆき氏(プログラム言語Rubyの開発者)のような権威者ですら、「プログラミングは能力差が極端に出る」「大学の成績とプログラミングの習得率に相関関係はなかった(成績の良い学生でも、プログラミングは駄目という者もいる)」といった話をしている。
また、イギリスのある大学の「ふたこぶらくだ」という有名な論文では、コンピューター学科の学生すら、6割はプログラミングをマスター出来ないという調査結果について述べている。
困ったものである。

そりゃ、従来の学校式の「教育」で教えれば(教われば)、そうなるだろうさ。
だから、2020年から始まるらしい、学校でのプログラミング教育でも、他の学科同様、プログラミングで落ちこぼれる子供は沢山出る。
MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんが、2010年のTEDの講演で、「偏見かもしれませんが」と前置きしつつ、「学校は、外で何かをする前に百科事典を覚えさせようとしているように思える」と述べていたが、そんな教育では、まともな子は苦痛なものなのだ。
それが極端に現れるのが、従来のピアノ教室だ。
もし、皆がピアノ教室に通うとしたら、それでピアノをマスター出来る子は、ごく僅かだろう。
もちろん、ピアニストになれる子は滅多にいないが、来客をもてなす程度の腕なら、誰でも持てるはずだ。
しかし、ピアノ教室の、まず指使いを徹底マスターさせられる指導では、皆、やる気をなくしてしまうのだ。
練習曲に進んだら進んだで、教師側の基準で粗探しばかりされ、すっかり嫌になる。
そんなピアノ教育で、すっかりピアノが嫌いになったが、何かのきっかけで独学でピアノを練習して演奏家にまでなれた人だっている。
あるいは、ピアノを習ったことがない独学のピアニストもいる。
アインシュタインはヴァイオリンだったが、やはり教師の指導が嫌でレッスンをやめたが、後で1人で練習して、かなり弾けるようになっている。
プログラミングや、それに、外国語も同じで、学校でやるように、まず文法を頭に詰め込むような教育では、私だってプログラミングを出来るようにならなかったはずである。

もう学校教育は必要がない。
実際、IQが高ければ、学校の勉強は、努力をしなくても楽々良い成績を取れる。
それで学歴を作れば、これまでの社会では良い思いが出来た。
しかし、その時代はもう終わりだ。
企業の幹部教育は、受験エリートのためのもので、実力がない者を立派に見えるように見せかけるテクニックを教えるものなのである。
あなたの会社にもいるでしょ?
何も出来ないのに、ビビらせるのは上手いってのが。それが幹部教育の成果なのである。
もう、これからの時代、通用しないが。
学校も、大手学習塾・予備校も、絶対にもう要らない。
むしろ小さな塾でも、自律的、創造的な学びをさせてもらえるところは、学校に取って代わるほど重要になるだろう。
なぜか?
だいぶ以前から「不確実性の時代」とか言われたが、これまでは、古い人達が無理矢理、不確実性を消して、先が見える世界にしてきた。
しかし、それがもう限界に来てしまった。
これからは、全く先が見えない、正解のない世界だ。
そんな中では、その瞬間に自律的に学び、自分の基準で動く人間でないと何も出来ない。その自分の基準は、教育で与えられるものではなく、感性を働かせながら経験を積んで得るものだ。

プログラミングをうまくマスター出来る者というのは、文法はそこそこでも、とにかく早くプログラムを作り始める者だ。
外国語をマスター出来る者というのは、カタコトの外国語を、とにかく使ってみる者だ。
私も、プログラム言語の少しのコマンドと文法を覚えただけで、すぐに短いプログラムを作った。その時、私はパソコンを持っていなかったが、それでも、自分で作ることに意味があった。
それから、私は、今は知っている人は少ないと思うが、ポケコンという、1行だけのモノクロ液晶がついた小さなコンピューターでプログラムを動かした。
今は、スマートフォンでも出来るが、やはり、パソコンを持つべきと思う。
VisualStudioやEclipseのような開発システムは、インストールだけでも大変だが、もっと簡単にプログラミングを始められる無料ツールだって沢山ある(自分で調べよ)。
特にサラリーマンの場合、Excelがあれば、すぐにVBAが始められ、しかも、すぐに仕事に役立つ。
JavaScriptなら、ブラウザさえあれば始められる。
JavaScriptは有望な良い言語だ。

学校、大手学習塾・予備校の優等生は、もういらない世界になった。
今は自分で学ぶ時代で、上に挙げた伊藤穣一さんが言うように「地図よりコンパス」つまり、「地図がないと動けない人ではなく、コンパス(磁石)をたよりに動ける人」が必要なのである。
そういえば、我らが初音ミクさんのお父さん、伊藤博之さんは、北海道で「No Maps」という、クリエイターや事業家のために創造の場を作る大規模なイベントの実行委員長をしておられる。
我々は、非線形の、地図のない、混沌とした、わけわかんない世界にいるのである。
そんな世界に、学校、大手塾は何の役にも立たないばかりか、そんなものに関わると、偽物の地図を持ってウロウロする馬鹿な人間になるしかない。









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専念するものを選ぶ

「ケンカの鉄人」林悦道さんの本『誰でも勝てる!完全「ケンカ」マニュアル』の中で、私が特に心に響いた言葉は、
「技は出来るだけシンプルに。実戦で複雑なことは出来ない」
というものだ(正確な引用ではない)。
特にケンカに不慣れな場合、実戦では、ほんとうにわずかなことしか出来ないはずだ。
頭に血が昇り、興奮している状態では、ほとんど何も考えられないので、考えるまでもなく使える単純な技を磨いておくべきだろう。
ケンカに限らないが、多才なテクニックを使える者は、経験豊富で、しかも、その数多い技をしっかり磨いているのである。
コンピューターのプログラミング言語だって、1つを十分に磨くのには時間がかかる。
正直、3つも4つも高度に磨けるとは思えない(天才は別かもしれないが)。
マーク・ザッカーバーグはPHPしか出来ないらしが、PHPには自信があると言う。
実際、私が知り合ったプログラマーも、沢山のプログラム言語を使える者より、COBOLだけBASICだけだが、しっかりやってきた者の方が明らかに力がある。
それに、不思議だが、1つをしっかり磨いていたら、それを使う仕事がどんどんやって来るものだ。

霊的修行も同じと思う。
沢山の修行をやるより、念仏なら念仏、瞑想なら瞑想で、何か1つをしっかりやる方が良い。
しかし、特に未熟なうちは、教祖的な者の宣伝が上手い場合もあるのだが、あれも良さそう、これも良さそうと思って、みだりに手を出してしまい、結局、どれにも熟達しないのだ。
だいたい、1つの修行でも、本当にやれば時間が足りないのに、いくつも出来るはずがない。

もちろん、選択は慎重にやる必要があり、何にするか決定するまでの過程で、いろいろなものを試すことが必要な場合もある。
また、いろいろやったことが良い経験になる場合も少なくない。
だが、なるべく早く選択しなくてはならないし、実際は、選択は難しくはない。
もし選択が難しいなら、余計なことを考えているからだ。
早く自分に合ったものを見つけ、それに精進することが、何事に関わらず、名人・達人になる鉄則だろう。

場合によっては、2つ以上を組み合わせることもあるが、その場合も中心は1つである。
C言語とアセンブリ言語の場合も、アセンブリ言語の名人である必要はない。
VBAは、SQLが必要になる場合が多いが、私もSQLは必要な範囲しか出来ない。
念仏を唱える場合は、一通り浄土三部経(無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経)を読んでおくのも良いかもしれないが、後は、唯円が親鸞の言葉を書いた『歎異抄』か、法然の『選択本願念仏集』を、繰り返し読めば良いだろう。

大谷翔平さんも、2刀流でもかなりやることは分かったが、バッターに専念すればより偉大な選手になれるだろう。
それどころか、2刀流では使い捨てで、「話題になった選手がいたなあ」という程度で終わりそうだ。
いつまでも、2刀流に対応できるほど若い訳じゃない。

多くの人が、歳を取ってから、「あれ1つを熱心にやっておけば良かった」と後悔するのである。
だが、周囲の期待に合わせて、あれもこれもやって、1つの能力を仙人の域にまで磨かない場合が多いのだ。
少々古臭いものでも、本当の名人なら、かえって大きな価値になることは珍しくない。
要は、自分が本当に好きなことをやれば良いのである。









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名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
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