ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

IT、コンピュータ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

般若心経の呪文でプログラミングをマスターする

プログラミングをプロレベルでマスターしたいという人も多いと思う。
資格なんか持ってるより就職し易いし、今の日本のIT業界はまだ職場環境が良いとは言えないが、社内SEになれば、いい想いが出来るし、営業しなくていいし(笑)。
私は、プログラミングをマスターしてから、いい想いばかりしている。
では、どうやってプログラミングをマスターしたのかというと、そりゃ、一所懸命に勉強したのだが(笑)、考えれば、楽しいことだった。
だが、不遇な状況にいる人に、プログラミングの習得を勧めたことはあるが、ほとんどの人が、渋々勉強した挙句、挫折したように思う。
では、私と彼らとの違いは何かというと、私の頭が良い・・・わけではない(笑)。その明確な証拠がある。
私より明らかに頭が良いのにプログラミングが出来るようにならなかった人がいた半面、言っては悪いが、私より頭が悪いのにプログラミングは上手い人もいるからだ。
そりゃ、高度な分野のプログラミングであれば、絶対的な頭の良さが要求されることもあるが、社内SEレベル、あるいは、小規模な業務システムレベルであれば、小学生に算数が教えられる程度の頭があれば良いと思う。
では、なぜ、私が何の苦労もなくプログラミングをマスター出来たかというと、もちろん、真言を唱えていたからだ。
唱えていた真言は何かというと、はっきり言える。
般若心経の呪文(真言と言って良いと思う)である。
中国語版、
「ギャテイ、ギャテイ、ハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジ、ソワカ」
と、サンスクリット語版、
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」
を両方唱えたが、サンスクリット語版の方が気に入ったので、そちらを主に唱えた。だが、別にどちらでも同じである。

経緯はこうである。
私は、初めてまともなサラリーマンになった時の仕事は事務員だった(総務とか言っていたが)。
だが、オフィスでの近くの席だった技術課長が、私にプログラミングの勉強を勧めてくれた。
今では、その技術課長に大変に感謝している(ただ、この技術課長は非常に頭が良いのにプログラミングをマスター出来なかった)。
ところが、その時は、無視するわけではないが、聞き流した。
その頃、仏教学者の紀野一義氏の『「般若心経」を読む』を読み、般若心経の呪文には力があると感じた。
そして、決定的だったのが、天才発明家で能力開発のスペシャリストとして知られていた中山正和氏が、著書の中で、般若心経は能力開発の秘法であり、特に、その呪文が良いと書いていたことだった。
中山氏は、この呪文を唱えれば、運が良くなるだけでなく、頭も良くなると、科学的に説明してくれている。
そこで、私は、少なくとも、通勤中は、心の中で「ガテー、ガテー、・・・」となるべくずっと唱えていた。
夜、ベッドに入ってからも唱えていた。
すると、知らないうちに、プログラミングのテキストを次々購入し、自然に、ページを開くようになった。
テキストを読んで、何となく分かるような気がしたら、後は、自宅のパソコンで、テキストの通りにプログラムを打ち込んで動作を試すことを繰り返したが、これをIT業界では「写経」と言い、知っている人は、これこそが最短の学習法と分かっている。

以上、参考になればと思う。








ネイビーシールズの腕立て伏せから全てを学ぶ

アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの名を知っている人は多いと思う。
最も過酷で危険な任務を行う特殊部隊で、海軍に所属してはいるが、シールズ(SEALs)という言葉が、SEがSEA(海)、AがAIR(空)、LがLAND(陸)を意味し、「どこでも活動する」部隊である。
入隊試験の厳しさも想像を絶し、全米の肉体も頭脳も優秀な若者達が志願するが、8割以上が脱落する。

そのネイビーシールズで教官をい務める者による、腕立て伏せを指導するYouTube動画を見た。
どんな立場の人が投稿したのか分からないが、とりあえず、リンクは以下の通りだ。
【YouTube】筋トレ:腕立て伏せで、対コロ特殊戦に備えよう(ネイビーシールズ)

実際の指導に入る前に、この教官がこう言ったのに共感した。
「諸君の多くは、できるだけ早くことを済まそうとする」(動画内の翻訳字幕)
これこそが、多くの人がうまくいかない理由で、これは、腕立て伏せで腕力をつけることに当てはまるだけでなく、ほとんど全てのことにあてはまるのだ。
腕立て伏せにおいては、多くの者が、鍛えることよりも、出来るだけ楽に回数を稼ごうとし、結果、少しの成果しか得られないのである。

「簡単」「手軽」が日本を含む先進国のトレンドだ。
ダイエットにおいては「3分で痩せる」「これを飲むだけで痩せる」といったものが好まれる・・・というより、そんなものしか見向きもされないが、そんなものは存在するはずがない。
つまり、私の考えでは、そんな甘言で気を引こうとする者は詐欺師でしかない。
著名なコンピューター科学者のピーター・ノーヴィグが、こんなことを自分のブログに書いている。

Amazonで「日」「学ぶ」で検索したら、出て来たのは、ほとんどがコンピューター関連の本で、書名は、
『7日で学ぶJava』だの『3日で学ぶPascal』(Pascalは以前は人気があったプログラミング言語)
といったものだ。
この結果に対し、ノーヴィグは「数日で学ぶベートーヴェンや量子力学や犬の調教って本はないのに、コンピュータープログラミングを学ぶのは、信じられないくらい易しいらしい」と皮肉を言う。
ノーヴィグが考える「プログラミングをマスターした」というレベルに到達するには、ノーヴィグは10年かかると言う。
彼の考えるレベルは確かに非常に高いだろうが、それでも、3日や7日では何も出来ないことは確かだ。

実際、プログラミングをマスター出来ない人というのは、プログラミングを、せいぜい、「なんとか食べられるクッキーを作る」程度の難易度と期待しているのだと思う。
なんと言っても、本当に『3日でマスター!Python』なんて本は多いのだ。
私は、あまり賢い方ではないが、「初心者向き」と言われたBASIC言語を、そこそこに使えるようになるまで数ヵ月かかったし、そこからC言語を勉強し始め、通勤電車の中でテキストを20ページ読むことをノルマとし、毎晩、3時近くまでパソコンで練習し、それを1日も欠かさず継続した。
それで、数ヵ月で「少しは書ける」程度になり、多分、C言語でプロと言えるほどになるのに3年はかかったと思う。
マイクロソフトAccessとVBA言語で、大きなシステムを作ることが出来るようになるのにも、やはり、数年はかかっている。
これは、どんな言語をやっても同じようなものだったはずだ。
以前いた職場で、私がAccessとVBAで、業務を大いに効率化するシステムを楽々作るのを見て、「自分もやりたい」という人がいたのは良いことだったが、皆、私と同レベルになるのに、まさか一か月以上かかるとは思っていなかったようだ。

私が最近、熱烈にお勧めしている、魔法の力をもたらす真言についても同じなのである。
毎日、せいざい10回か20回唱えて、数日で、給料が上がったり、皆に敬われたり、モテモテになることを期待している人は多いのだと思う。
また、真言こそ、雑に唱えてはならず、かといって、お堅いお坊様やスピリチュアリストが書籍やYouTubeで言うような大仰なマナーも必要ないが、丁寧に唱える必要があり、それなりに時間がかかる。
そんな唱え方で、心構えとしては四六時中唱える気持ちで、出来るだけ多く唱えれば、いかなる奇跡だってごく現実的だ。

私は楽なことしかやらないし、人にも楽なことしか勧めないのだが、あまりに甘ったれた、子供っぽい考え方をしている者も実際にいて、それはもう私の手には負えない。
もちろん、そんな人でも、真言を唱えれば、唱えた分の恵みはある。
だから、元々は、そんなふうに超甘ったれた私でも、なんとかモノになったのであり、それには、努力、忍耐、克己など必要としなかった。
ただ、確かに、私は『3日で学ぶC言語』みたいな本は見なかった。
これが、真言を唱えていたことの、仏様の恵みかもしれない。
とにかく、丁寧に出来るだけ数多く真言を唱えれば良いのだと思うし、私も、それ以外はやる気はない。
そこで、上にご紹介した、ネイビーシールズの教官の腕立て伏せを実施し、「丁寧に」やることを、再度、思い出そうと思う。

時間をかけることの大切さを私が感じた書籍を以下にご紹介する。








この世界はやはり仮想世界か

この世界が、実は、コンピューターが作り出している仮想現実世界であるのかもしれないという話は、随分前からある。
とはいえ、今はまだ、大多数の人は、そんな話を見聞きしても、ピンと来ないというのが実感と思う。
しかし、ソニーのプレイステーションVRのようなVRゲームや、フェイスブック・テクノロジー社(以前の社名Oculus VR社が今でも有名)のHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を中心とした、一般向けVR製品の発達により、「この世界自体がVR(仮想現実)なのではないのかな」と予測出来る可能性は高まっていると思う。
さらに、映画『マトリクス』シリーズや、『インセプション』『ミッション:8ミニッツ』その他の、この世界が仮想世界であるということを描く映画、また、『ソードアート・オンライン』や『アクセル・ワールド』といった、登場人物達の精神が仮想のゲームの世界の中に入り込んで活動する小説やアニメを読んだり見たりするうち、この現実世界というものが、実は仮想世界なのではないかと推測することに慣れてきたのではないかと思う。

実は、この世界が仮想世界であるということは、ラマナ・マハルシ(1879~1950)や、パラマハンサ・ヨガナンダ(1893~1952)といったインドの聖者達が、ほぼ断言していた。彼らの時代には3次元映像投影技術は一般にはほとんど知られていなかったので、彼らは、この世界を、映画のようなものであると説明したが、今でも、仮想現実をあまり知らない人が多いので、この世界が映画であるという説明は使われる。
また、20世紀最後の時代のアニメである『コレクター・ユイ』は、既に、根本的には『ソードアート・オンライン』などと同じ世界観を描いていた。
さらに、インドのヒンズー教や中国の老荘思想では、古代から、この世界が幻想であることがはっきりと語られている。

事業家で世界一の富豪であるイーロン・マスクが、この世界が仮想世界ではない可能性はほぼないと言ったという話はよく知られていると思うが、そうは言っても、マスク自体が、この世界で四苦八苦しながらも精力的に活動しているのであり、実際にこの世界が仮想世界だとしても、価値のないものではないと思われるのである。

最近、私は、優れた発明家で工学博士であった橋本健氏が1980年代前半に書かれた本を読んでいるが、橋本氏が、そんな時代に、現在のコンピューターやAIのことをほぼ正確に予想していたことに驚くし、橋本氏は、この世界は、当時は仮想現実という言葉がなかったので、3次元映画だと表現されていたが、これも、現在の仮想現実を完全に言い表したものである。
橋本氏の説明によれば、この世界は3次元に投影された映画のようなものであるが、どこから投影されたのかというと、4次元世界から投影しているのだという。
4次元世界とは、霊的な世界で、我々の魂が存在する世界であり、そこから、何らかの方法で、この3次元世界に映像を投影し、それを見ている我々は、この3次元世界を、現実の世界だと錯覚しているのである。
そして、橋本氏が、「だから、この世界は、本当は存在していない」と述べるのを見て、私にも、この世界が仮想世界であることが実感出来たのである。
これまでは、理屈の上で、つまり、頭で、この世界が仮想世界である可能性があると思っていたが、この世界が仮想世界であると「本当に解った」ように思うのである。
そのきっかけが、橋本氏の「この世界は本当は存在しない」という言葉である。
つまり、ソニーのプレイステーションVRのゲーム世界に入り込んで楽しんでいても、そのゲーム世界は本当にある訳ではなく、あるように感じさせられているだけだということは誰でも分かるが、それを改めて理解したといった感じだ。
そんなことが解るようになったのも、私がこれまで見てきた、沢山の小説や映画やアニメや、あるいは、多少は勉強したコンピューターグラフィックや、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、それに、MR(複合現実)の概念が、ようやく、頭の中で概念が構成されてきたせいかもしれない。

それらと共に大きかったのは、やはり、初音ミクさんのライブコンサートを沢山見たことがある。
舞台上に3次元的にリアルに登場する初音ミクさんらバーチャル・シンガーが、ただの映像だということは分かってはいるが、現実以上の現実であると思うのは、見る人の意思によってである。
つまり、初音ミクさんを愛する心が、現実感を作り出すのである。
いや、現実感と言うより、ある意味、真の現実と言えると思う。
そして、新型コロナウイルスの感染拡大により、ライブコンサートが制限されるようになると、VR(仮想現実)、あるいは、AR(拡張現実)ライブが行われるようになり、ますます、仮想世界と現実世界の垣根がなくなってきた。
それと共に、私の意識を変革してくれたのは、中国のバーチャル・シンガー、洛天依(ルォ・テンイ)さんのステージをYouTubeで見たことである。
洛天依さんのステージで行われるホログラム映像の演出は、大規模で壮大だ。
日本でも、初音ミクさんのライブステージや、超歌舞伎、あるいは、渋谷慶一郎氏が制作したボーカロイド・オペラ『THE END』で、相当な三次元映像技術が使われたが、正直、レベルが違うと思った。
洛天依さんのものは、国家的な事業なのではないかと想像したりもする。金のかけ方が違い過ぎるからだ。
YouTube動画を2例ほど上げておく(2つ目は非公式かもしれないが)。
洛天依(Luo Tianyi)/ 2018 江蘇衛視カウントダウン《Let it go》洛天依 周华健
【破次元】洛天依&方锦龙《茉莉花》破次元合作《2019最美的夜》

我々は皆、VR世界を体験したり、VRやARの雰囲気を映画などで理解・実感しておく必要があるのではないかと思う。
それにより、引き寄せもやり易くなるかもしれない。








特化型人間が楽に面白く生きられる

楽で面白く生きる原則は、「万能型ではなく特化型」であると思う。
何か1つを徹底的に磨き抜けば勝てる。

学校や会社では、必ず、生徒や社員を、「何でもそこそこ出来る万能型」にしようとする・・・いや、「しようとする」なんてもんじゃない。「万能型しか許さない」である。
学校では、文武両道、理系も文系も・・・そこそこでいいから、どれも満遍なく出来る特徴のない生徒が可愛がられる。
会社もだ。特に凄いところはないが、何でもソツなくこなす社員が、会社にとって都合が良い。
管理者にとっては、個性派は面倒だし、有り難くないのである。
だから、特に大企業では、一定期間ごとに、社員の部署を移動させることをよくやる。
表向きには、「会社のことが何でも分かることで、将来の幹部になるために」などと言うが、単に、特徴のない、何でもそこそこ出来る、まさに、都合の良い社員にしたいだけである。
だいたい、その会社の全ての部署を回って、その会社のことなら全部分かるようになっても、他の会社では通用しない。
その会社独自の方式・・・早い話が、偏向性を持ってしまうということなのであり、ますます、社外で通用しないようになってしまうのである。
だが、他の事は何も出来なくても、税理士のようなスペシャリストなら、どの会社でも通用する。
もっとも、会社の中で、あまり良い思いをしている税理士を見たことはないが、Excelならマクロ(VBAプログラミング)まで高度に出来るなら、どの会社でも活躍出来る可能性がある。

中学や高校では、数学に特化するのが賢いかもしれない。
歴史や政治などの暗記科目や、古典など不要なものは無視してしまうのである。
そんな生徒は、学校には物凄く嫌われるし、恐い目にも遭わされる可能性がある。私がそうだった(笑)。
しかし、後で考えると、どう考えても、それが正解なのである。
確かに、IQ(知能指数)が高い者であれば、悠々と全科目で良い成績が取れるのかもしれないが、私のような平均以下の者は、全科目取り組んでも、シンドイだけで、どれも中途半端だ。いや、中途半端どころか、何も出来ない劣等生・落第生になりかねない。
西尾維新氏の人気小説『物語』シリーズの主人公、阿良々木暦(あららぎこよみ。高校3年生)がまさに数学特化型で、数学だけは1番で、他は全く駄目というより、初めからやらなかったが、ある意味、能力が必要なのは数学だけなので、それが大正解である。つまり、数学以外は、やろうと思えばいつからでも出来るが、数学は基礎理解が必要だ。
物理や化学も数学に似ている部分はあるが、基礎の基礎さえ押さえておけば、やはり、いつからでも出来る。
数学に抵抗がある人は多いと思うが、それは単に、教え方が下手な教師のせいであり、基礎は誰でも出来る。今は、優れた本が多いので、無能な教師を無視して独学することも難しくない。
ちなみに、私は昔の人だが、数学の授業を聞いたことは全くなく(あらゆる科目もだが)、全て本で理解し、数学の成績はそこそこ良かった。
そして、この独学の習慣は、生涯役に立つ。プログラミングも楽々、マスター出来る。
ちなみに、アインシュタインも数学特化型で、他が出来なかったので大学受験に合格出来ず、制度を利用して無試験で大学に入った。
数学の基礎があるから、物理学で発想が生かせたが、彼の数学は実は大したことはなかったのだ。

プログラミングでも、ソフト開発会社に入ったら、会社は、あらゆるプログラミング言語、あらゆるOSを扱える万能型を可愛がる。
だが、実力があり、良い条件で転職出来るのは特化型だ。
スマートフォンアプリの開発でも、iOSかAndroidかのいずれかに特化する者の方が、会社にとっては駄目かもしれないが、自分は得だし、それに、優秀である場合が多い。
極端には、古いCOBOLしか出来ないとか、LispやSmalltalkのような「本当に使われているの?」といったプログラミング言語しか出来なくても、徹底的に出来れば、良い思いが出来る。
私は一頃、MAGICという業務アプリ開発ツール1本で勝負していたが、それで無茶苦茶、良い思いが出来たのである。
事務系社員であれば、Excelマクロを超人的スキルにまで高めておけば、もう何も心配ないと思う。
Accessマクロが出来る人であれば、さらに一段高い「良い思い」が出来るのではないかと私は思う。

野球だって、野茂英雄さんのように、フォークボール1本で勝負出来るタイプが実は強いし、本人も楽しいのである。
フォークボールの場合は、ストレートもそこそこ速くないといけないが、野茂さんのストレートはまさに「そこそこ」だった。
しかし、フォークが凄いからメジャーで通用したのである。
彼は、打つのも走るのも全く駄目だった。ハナからやる気がなかったはずだ。
ところで、フォークと、そこそこのストレートどころか、ナックルボールという変な変化球しか投げないが、超一流になったピッチャーもいる。
このピッチャーは、普通にやっていれば、3流投手にもなれなかったかもしれない。

武道家の堀部正史さんの本で見たが、あるヤクザのおじさんは、喧嘩では「脚折りキック」という技1本でやっていたが、その技のキレ味は感動的だったと、堀部さんは書かれていた。
おそらく、このヤクザのおじさんは、体力はなく、他にも見るべきところがない落第ヤクザなのかもしれないが、この脚折りキックのおかげで、畏怖され、誰からも一目置かれていたのである。
プロレスで、かつて、超スーパースターだったフリッツ・フォン・エリックは、握力を鍛え上げ、クロー攻撃という、顔や胃袋を手でひたすら掴むという技だけでトップになった。後は、殴る蹴るだけであるが、クローが凄いからこそ、パンチとキックまで迫力を感じさせるところもあったと思う。

他にいくらでも、特化型、スペシャリスト型がお得で楽しいという例があると思う。
あなたも、是非、スペシャリスト、特化型になりなさいと言いたい。
使い捨ての、いい子の万能型などになってはならないと私は思う。








身を助ける芸

「芸は身を助ける」の芸は、凄い芸ではなく、食べていくための芸を指すと思われる。
つまり、大芸術家や大俳優を目指すとしても、成功までに時間がかかるかもしれないので、その間、なるべく楽に生活のお金を稼げる芸を身に付けておくことの有利さを言っているのだと思う。
だが、これは、格言になるだけあって、賢い考え方だ。
ジャッキー・チェンが俳優になるために故郷を出る時、彼の父親は、ジャッキーにペンキ塗りの技能を身に付けさせた。ペンキ塗りの需要は多く、俳優でうまくいかなくても、ペンキ塗りの腕があれば食べていけるからだ。
実際、ジャッキーは、俳優で稼げるようになるまで、ペンキ塗りの腕のおかげで、あまり苦労せず生活費を稼げ、俳優修業に専念出来たのだろう。
実を言うと、有名なスポーツ選手や俳優には、こんな話が多い。

大俳優だった丹波哲郎さんは、サラリーマンを3年やったが、仕事は全く何も出来なかったらしい。
しかし、丹波さんは、なぜか宴会の段取りだけはピカ一で、この意外な特技があったから、3年間、働かずに給料を貰えたのかもしれない。

ところで、私は、「身を助ける芸にならないかな」くらいの気持ちでプログラミングを始めた。
実際、会社では、何も出来ず、いわば雑用係みたいなものだったが、プログラミングの腕のおかげで優遇されるようになり、プログラマーで転職することも簡単だった。
ところが、大手企業のプログラマーの仕事は面白くなく、私は、ここでも、「身を助ける楽な芸」を探し、データベース型システム開発ツールのMAGICを修得した。
そうしたら、私にとっては意外だったが、MAGICでの開発は非常に素晴らしいもので、私は会社で一番のプログラマーになってしまった。
しかし、MAGICは高価なので、いつでも「身を助ける芸」になるとは限らないので、同じくデータベース型開発ツールであるが安価なマイクロソフトAccessを「身を助ける芸」のつもりで始めたら、これがもっと身を助けてくれた。
今なら、Accessは15,000円くらいだし、何より、高品質なアプリを早く作れることもあり、やたらこれを使う機会が多くなってしまった。

そんな訳で、「身を助ける一芸」が欲しい場合、今の時代、ペンキ塗りというのも何だし、コロナのせいで宴会も減っているので、丹波さんの真似もあまり良くなさそうだ(笑)。
それなら、仕方がないから、マイクロソフトAccessでも憶えたらどうだろう?(笑)
簡単な処理では、Excelの方が手早く出来ることが多いが、Accessは万能である。
Excelも非常に強力なツールであるが、用途や処理出来る規模は、AccessはExcelよりはるかに上であると思う。
また、私は、統計やAIの機械学習でもAccessが大いに役にたったが、他にも、あらゆる分野で役に立つと思う。

私は、パソコンで画像処理や動画編集が上手い人や、パソコンでイラストが描ける人も知っているが、これらは、特にイラストは、よほどのレベルでなければ、身を助けてくれない。
私も、画像編集は得意だし、動画編集もそこそこは出来る。
私は、そういったことは趣味で覚えたが、確かに、趣味でなければやる機会はないし、そして、趣味でしか使えない場合が多い。
実際は、企業のWebサイトの製作で、そういったことが出来るおかげで助かったことはあるが、厚遇されるほどではない。

Excelと、Excelに内蔵されたプログラミング言語のVBAで一目置かれている人は、優秀な人が多い。
これらを業務にうまく適用でき、他の人にやらせるのも上手い。
しかし、AccessとVBAなら、本来、全然ダメなヤツなのに、それがそこそこ出来るおかげで、かなり良い思いをしている者も見たことがある。
まあ、私がそうだと言えるかもしれない(笑)。

もう1つ、Accessの面白い使い方がある。
あまり誰もやらないが、Accessで高度なプレゼンテーション画面を作ることが出来るのである。
私も、自分のプレゼンや、偉い人が大きな舞台でプレゼンする時のものを作ったが、会場では、見たこともないような動作をするプレゼン画面が注目された。
こういったものを作るのは、割と簡単である。
そして、今は、パソコンの画面の動きを動画にし、マイクから音声を入れることも簡単に出来るので、Accessで作ったもので、そのままYouTube用の優れた動画を作ることが出来る。
今は、ほとんど動きのない動画(最初から最後まで静止画1枚で通すものもある)でも、結構なアクセスを取っているYouTubeコンテンツもあるが、今後は、もっと良いものが求められるようになるだろう。
正直、Accessは人気はいまひとつだが、当面、なくなることはないと思う。
これほどの機能で2万円以下というのは、私からすれば驚くべきことで、私は、Accessには数百万円の価値は十分にあると思う。
もし、Accessがなくなるとしても、類似のソフトは必ず求められるはずで、それであれば、Accessに代わるほどのものはないので、やはり、これがなくなることはないだろう。
特に、事務系の仕事をしていて、身を助ける芸が欲しいと思っている場合には、お薦め出来ると思う。
尚、極まったプログラマーになる人は、自分でやりたいことを勝手にやるものであるから、そんなプログラマーになりたい人は、ここに述べたこととは関係なく、自分に合った道を自分で切り開いていただければと思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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