問題のある子供を教育することは難しい。
この教育とは、洗脳のことではないが、では、何なのかというと難しい。
天性を伸ばすためのものとか、本当の意味で賢くなるためのもの、幸福になるためのもの・・・などと言えるかもしれないが、では一言で言うと・・・となると難しい。
「当たり前のことが出来るようになる」でも良いが、これが、偏見を持った大人にとっての当たり前であれば、子供に偏見を叩き込むことになる。
そして、私もあなたも、親にとっての当たり前を叩き込まれ、偏見を持ち、そのために、かなり厄介なことになっているわけである(笑)。

子供だけではない。
問題のある大人を教育することも難しい。
私やあなたのような大人のことだ。
そして、大人にとって良い教育というのは、引き寄せが出来るようになることだ。
実は、子供にとっての教育も同じなのだ。
ここで、教育の目的を一言で言えることに気付いた。
正しい教育とは、真の意味で優れた人間になることだ。
そして、真に優れた人間とは、引き寄せ能力が高い人間のことなのだ。

子供の教育も、大人の教育も、別に変わらない。
良い教育であればね。
子供の教育と大人の教育で大きく違うなら、それは、あまり良くない教育、あるいは、悪い教育だ。

『ヒマラヤ聖者の生活探求』の著者、ベアード.T..スポールディングは、一瞬で正しい教育を受けた。
頭の良い教師は、一瞬で教育するのだ。
スポールディングが4歳の時のことだ。
教師は、スポールディングに文章を見せ、「どう思う?」と尋ねた。
スポールディングは「分かりません」と答えた。
4歳のスポールディングには、読めないか理解出来なかったのだろう。
すると教師は、
「そんな態度は捨てなさい。自分にはちゃんと分かっているという態度でいなさい」
と言い、スポールディングは「はい」と返事をした。
それで、スポールディングは、14歳で名門大学を卒業した。

態度・・・これこそが最も重要と知らねばならない。
態度が全てを引き寄せる。
人間は、自分が考える通りの人間になると言われる。
そうではない。
人間は、とった態度の通りの人間になるのだ。

もう1人、賢い教師の話をしよう。
アメリカの小学校の女性の教師だ。
その教師のクラスに、かなり問題のある家庭の問題のある子供がいた。
黒人の男の子で、スラム街の子供らしかった。
その子は、授業中、後ろを向いて座っているのだ。
普通の教師なら、「前を向かないかこら!」とか言って怒るだろうが、この教師はそうではなかった。
この教師はまず、その子供に、
「私が何を尋ねても、『僕が賢すぎるからです』と答えなさい」
と指示した。
こんな指示は受け入れやすい。
私は賢すぎるからね(笑)。
そして、この教師は、その子に尋ねた。
「なぜあなたは後ろを向いているの?」
その子は答えた。
「僕が賢すぎるからです」
そしたら、この教師はいった。
「あなたのようなハンサムが後ろを向いてるなんてもったいないわ」
以降、その子は、前を向いて座るようになり、その後、アメリカ屈指の脳外科医になった。

私に何が起きても、それは、私が賢すぎるからだ。
そして、私はモテてモテて仕方がない。モテてモテて仕方がない態度だからね。
お金が入ってきて仕方がない。お金がいくらでも入ってくる態度だからだ。
いつも心の中で、あるいは、口に出して、「(私は)賢すぎるからね」「(私は)モテるからね」「(私は)お金があるからね」と言うと良いだろう。








  
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