イギリスの作家コリン・ウィルソン(1931~2013)は、日本で言う中学しか出ておらず、15歳からは、工場労働者になったり、いろいろな肉体労働に従事し、やがて、フリーターというかヒッピーのようになっていたのだと思う。
しかし、23歳の時に書いた、心理学的評論『アウトサイダー』で、一夜にして世界的作家になったわけだ。
その後、数多くの著作を書いたが、日本で、彼ほど多くの翻訳書が出ている作家はいないかもしれないと思うほど、沢山の翻訳書が出ている。
それで、彼は何のためにそんなに沢山の本を書いたのかというと、現代人はクタクタに疲れ切っているが、部屋の中に好みのタイプの美女が(女性の場合は美男がだろう)全裸で入ってきた時のように元気にしてやりたいのだそうだ。
まあ、あまり良い譬喩とは思えないが、善意は本当であると思う。

ところで、その彼の『右脳の冒険』という、彼の本の中でもかなりの傑作と思える本の中で、実に衝撃的な一文が書かれている。
それは、「私は大金を掴んだことがない」だ(笑)。
さらに、その補足というか、証明のようなものだが、「銀行口座は、常に貸し出し超過の状態にある」と、自慢はしていないが、正直というか、当たり前のように書いていた。
心理学的オカルト分野では世界一の作家である彼が事実上の一文無しであるとはどういうことだろう?
もちろん、彼はホームレスではなく、それなりの生活はしていたと思うが、世界中で名を知られる大作家が富豪でないというのは、一種の信用詐欺のようなものだ。

ウィルソンは、引き寄せに関しては、全く書いたことがなかった。
彼ほどの知識(超人的だ)と洞察力(天才的だ)があれば、さぞ優れた引き寄せの本が書けたと思うし、超有名な世界的心理学者アブラハム・マズローと深い交流を持ち、事実上の共同研究をしていたようなもので、潜在意識や超越意識に関してはよく言及しているのに、なぜか、人間の深い心が現実を創造するのだという面に触れたがらなかった。
ところが、そんな彼が、誰よりも、引き寄せに関する深い洞察を与えてくれる研究を引用し、面白く解説するのだからおかしなものである。

ウィルソンが富豪になれなかったのは、間違いなく、彼の育ちによると思う。
つまり、子供の時に貧困意識が植え付けられ、生涯、それを払拭(ふっしょく。拭い去ること)することがなかったのだ。
彼は、イギリスの貧しい労働者階級の出身で、子供の時はアインシュタインのような科学者になることを夢見ていたが、家が貧しくて高校にも進学出来なかった。
今はどうか知らないが、イギリスは伝統的に、子供のうちにエリートと労働者に分けられ、労働者が知的エリートになることは難しい。
ウィルソンは、その難しいことをした例外的な人間だが、そんな国で育った彼は、貧困意識が深く心に根付いていたのだと思う。
そして、現代の日本人全体が、そのようになりつつある・・・いや、もうなっている。

そこで、昨日、「引き寄せのメソッドは1つに絞れ」なんて言っておいて何だが、特に、メソッドがまだ決まっていない場合「お金がある」を口ぐせにするのも、極めて幸福なことであるのではないかと思う。
私は、随分前に、ある金持ちと出逢い、仕事上は関係を持たない今も緩く交流しているが、彼は、ウィルソンと真逆で、心の中に富の意識があることが、はっきり分かるのである。
彼の口ぐせは、関西人ということもあるが「儲かってしゃーない」である。
お金を得ることはあまりに簡単で、何をやっても入ってくるが、使うのが難しくて悩むのだそうだ。
これは、政木和三さんが言われていた「お金が入ってくるのは仕方がないのですね」というのと、よく似ている。
「儲かってしゃーない」でも、「お金が入ってくるのは仕方がない」でも構わないが、シンプルに「お金がある」で十分であるという実例がある。
シンプルである方が続け易く、「お金がある」だけで、短期間で3憶円ほど作った人もいるし、その人によれば、誰がやっても、そうなるとしか思えないそうだが、それ(誰がやってもそうなる)は悟りの言葉のように思えたのである。
尚、「儲かってしゃーない」の人の社長室の本棚に、ジョセフ・マーフィーの古い本が1冊だけあったのを覚えているが、マーフィー理論が、どこか自分の考え方に通じるのだと思う。








  
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