「メソッド」とは、「方法」「方式」「やり方」といった意味で、一定の形として確立したメソッドを、「〇〇メソッド」のような言い方をすることがある。
引き寄せにも、いろんな種類のメソッドが有り、優れたものも多いが、なぜ、そんなに多くのメソッドがあるのかというと、やはり、人それぞれで性質が違い、それぞれのメソッドに対する向き不向きがあるからだ。
たとえば、願望が叶ったことをイメージするイメージング・メソッドは、割と強く、得意な人と苦手な人に分かれるし、坐禅や静坐といったメソッドや、マントラ・メソッドも、やや向き不向きがある。
アファーメーション(肯定的確言)に関しては、メソッドとして合わない人はあまりいないが、使う言葉には向き不向きがあるだろう。

そして、肝心なことは、出来るメソッドは1つだけで、せいぜい2つまでだということだ。
アファーメーションに関して言えば、1つのアファーメーションで1メソッドと思って良い。
うまくいかない人は、あれもこれもと、沢山のメソッドをやっている場合が多い。
なぜ1つでないといけないのかというと、普通は、それを、毎日なるべく多く、そこそこの期間続けないといけないが、それには、1つに絞らないと無理なのだ。
奇跡的な成果を短期間であっさり出す人は、本当に、馬鹿の1つ憶えよろしく、1つのメソッドに満足して、楽しく行っている。

「天国言葉」というものをご存じかもしれない。
一種のアファーメーションだが、「愛してます」「ついてる」「うれしい」「楽しい」「感謝してます」「しあわせ」「ありがとう」「ゆるします」など、8つもあるらしい。
この中の、気に入ったもの1つなら良いが、2つ以上ならストレスになるし、全部となると苦行だろう。
黒住宗忠は「ありがたい」だけ唱えるよう教えたのだが、それが誠実な先生だろう。
そして、これらの言葉を全部とか沢山言えと教える「先生」に限って、その他にも、あれもやれ、これもやれと言っているものである。
そういうのを宗教と言うのであるが、それを教えている「先生」は、「私のは宗教ではない」と言うのである。
だが、考えれば分かるが、誰しも、個人的にやることが沢山あるのである。
だから、引き寄せのためにやれるメソッドは1つだけ・・・せいぜいが2つである。
1つの団体に、過剰に自分を捧げることを宗教と言うのだと思う。
それで言えば、そのように信者(会員などと言っているのかもしれないが)の心身を過剰に独占することを、宗教と言わず何と言おう。

宗教には儀礼的に関わるのみにするべきと私は思う。
自分がやっていることを宗教ではないと言いながら、信者の時間やエネルギーを奪う「先生(実質の教祖)」には、よくよく注意しなければならない。

引き寄せが上手い人というのは、例えば、「お金がある」というような簡単なアファーメーションを唱え続けただけという者なのだ。
下手な方法でも構わない。
1つのことを、しつこくと言っては何だが、粘り強く続けた者が勝利する。
せっかく「神様の奇跡が起こる」と唱えているのに、あれも唱えています、これもやっていますと言う人がいる。
おそらく、あまり成果が出ていない人と思う。

私も、いろんなメソッドは紹介するが、自分に合ったものが見つかるようにと思ってのことである。
あるいは、今やっているメソッドを、より楽しくやれるヒントになればと思うからである。
一番にお勧めするのは、今この一瞬に集中して生きる「中今メソッド(巷では「今今メソッド」と言うらしい)」であるが、やや感じを掴み難いかもしれない。
それならいっそ、「お金がある」とか「幸せだなあ」とひたすら唱えることをお勧めする。
ちなみに、最強なのは、矢追純一さんのように、「私は頭が悪いので考えることを放棄し、大きな力にまかせてしまう」ということで、納得出来る限りは、これをお勧めする。
私は、特に頭が良くないので、「ど」がつく単純なメソッド1つでないと続かないが、困ったことに、好奇心だろうか、うっかり、いくつかのことをやっていることがあるが、これは一種の趣味なので、まあ、いいかと思っている。

メソッドとは別に、本を読むのも良いことだが、どの本も大概素晴らしいので、特に引き寄せがうまい人は、引き寄せの本に関しては、一冊を丸暗記するまで読むのである。

いかなるメソッドも、「無」に向かうものであり、同じなのだ。
だから、1つを粘り強くやれば、全てを得られるのである。








  
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