引き寄せの最も重要な原理は「良い気分でいれば良いことが起こる」である。
では、「気分」とは何だろう。
辞書には、気分とは「快・不快など、ある期間持続する、やや漠然とした心身の状態。」とある。
だが、「気分」は、英語のfeelingの最も単純な意味である「感情」「気持ち」と捉えても良いだろう。
つまり、「良い気分」とは、精神的な意味で「良い気持ち」である「良い感情」である。

では、どんな時が、精神的に「良い気持ち」なのだろう?
これが重要なのだが、私には難しく感じる。
たとえば、ハワイに行き、夜に美しい海岸に座って、波の音を聴きながら涼やかな風に吹かれたら、さぞ良い気持ちだろう。
あるいは、猫好きの人が、飛び切り可愛い子猫とでも遊ぶ時は、最高の気持ちかもしれない。

だが、そういった類のものではないが、小説や映画の、心がゆざぶられるような最高の場面で感じる感動は、普通の「良い気持ち」「良い気分」といったものを遥かに超えていると感じる。
また、確かに、「快楽」も、身体的であると同時に、精神的にも良い気持ちになると思われる。
たとえば、美味しいものを食べたり、性的な快感を感じることが快楽の代表みたいなものだが、それらだって、心を満たす部分も確かにある。
しかし、それらが、必ずしも良いものを引き寄せるかは疑問なのだ。
そして、いよいよ核心に迫る。
何かで読んだが、人間の最高の快楽とは、復讐を成し遂げることなのだそうだが、納得出来るように思う。
しかし、復讐の快感・快楽が、良い引き寄せを行うとはとても思えない。

そして、上に述べたことを振り返って気付くのだ。
良い気持ちだろうが、快感・快楽だろうが、あるいは、感動だろうが、どれも、「短い」のである。
猫と遊んでいる時は良い気持ちでも、いつまでも猫と遊んでいるわけにはいかない。いや、どれほど楽しかろうと、あまりに長い時間続けると、楽しくなくなり、苦痛にすらなってくる。
すると、引き寄せの本に書かれているように「ずっと良い気分」でいようと思ったら、次々に楽しいこと、面白いことを見つけなくてはならず、忙(せわ)しないことになり、そんなことをしていて良い気持ちになるとは思えない。

大多数の人間は頭を使わない。
引き寄せの本を読み、「良い気分が引き寄せを起こす」と分かっても、良い気分とは何かをここまで考えないので、あやふやなまま実践をするからうまくいかない。
そりゃ、理屈で考えるには限度があるが、全く考えずに「イェイ!」「最高!」なんて言っている馬鹿な人間はさほどのものを得ない。
受験の意味も考えずに「大学合格!最高!」なんて言ってるのも同じで、本当には頭を使っていないのだ。

本当の気分とは、外の世界で感じるものではなく、内面で感じるものなのである。
そして、内面が良い気分であれば、外の世界と調和するのである。
逆に言えば、内面が良い気分でなければ、外の世界と調和しない。
これこそが引き寄せの真の原理である。
長い間、ずっと、念仏や真言を唱えたり、お祈りをしていた人が、不意に世界に変化を感じることがある。世界が自分の中にあるような不思議な感じである。
そんな時の気分こそ、真の意味で最高であり、そうなってしまえば、その気になれば何でも引き寄せられるが、必要なもの以外を引き寄せようと思わなくなっている。

外面の・・・外の世界で良い気分を追い求めても失望に終わる。
このことをしっかり理解しないと、引き寄せは出来ない。
だが、これを理解した上で実践を考えれば、間違うことはないだろう。
『ザ・シークレット』は、この部分が抜けている。しかし、それが分かれば、この本は役に立つだろう。
次回に続く。








  
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