各自が、自分がしっくりとくる唱え言葉(呪文、神呪、真言、祓詞、言霊…等)を1つ持っていると良い、いや、この暗い世界では、持っておくべきと思う。
良い言葉で、自分が好きなものなら何でも良く、それを唱えることで潜在意識の扉が開き、宇宙エネルギーとのルートが通じるのだから、これを使わない手はない。
「ナムアミダブツ」「南無妙法蓮華経」「アマテラスオホミカミ」「トホカミエミタメ」「アジマリカン」「神様の奇跡が起こる」「アーメン」・・・自分が気に入れば何でも良い。

アメリカ人は、「オーマイガッド」とよく言うのだと思うが、これは普通「なんてこったい」みたいな意味だと思われている。
しかし、マイガッド(My God:わが神)なんて、素晴らしい真言であり、これを言うことで、確実に守られ、幸運を得ているのである。
日本にも、似た言葉に「南無三(なむさん)」がある。
私が子供の時に、度々、奇跡を起こした言葉だ。
「南無三」も、「オーマイガッド」と同じく、「なんてこったい」といった意味にとられているが、これは「南無三宝」の略で、3つの貴い宝に帰依します(頼ります)という意味だ。
3つの宝とは、一応は、仏、仏の教え、仏の教えを説く僧ということになっている。
しかし、3は世界中で神秘数とか完全数として扱われている。
3自体に意味があるのだ。
キリスト教では、「三位一体」として、「父(神)」「子(キリスト)」「聖霊」を貴いものとしている。
古代ギリシャでは、ゼウス、アテーナ、アポローン、あるいは、ゼウス、ヘーラー、アポローンの3神に祈るのだと、アリストテレスは述べられている。
ダンテの『神曲(本当のタイトルは「聖なる喜劇」)』は、神秘数3に徹底的にこだわって書かれている。序章の1歌に続き、地獄33歌、煉獄33話、天国33歌で、その全てが3行ずつで書かれている。
西洋では、初音ミクさんのミクが、日本語では39だと知ると非常に驚く。神秘数3と、これが3つ合わさった9で名前が構成されているからだ。

私は、三の意味を知らずに「南無三」と唱えたのが良かったのかもしれない。
意味を知らないということは、意味を制限せず、あらゆる意味になるからだ。
三位一体とも、ギリシアの神々とも、あるいは、阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩の3仏の意味にもなるからだ。

また、「ナム」自体に、「アーメン」や「オーム」にも通じる言葉の力があり、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、南無観世音菩薩など、どれも強い力を持つ。
ものがよく分らない子供や、無知な者が「ナムナム」とだけ唱えても効力がある。
似た響きを持つ言葉であれば、本人が気に入っている限り力がある。
大日如来真言のアビラウンケンを「油売らんか」と覚えて唱えていたお婆さんの霊験は実に灼(あら)たかであったと言われている。
そもそも「アビラウンケン」自体が、本当は「アヴィラ、フーン、カーン」だ。
神、神様、御神、仏、仏様、御仏といった、どの言葉にも大きな力がある。
本当のところ、日本語の50音全てが神であり、霊力があると言われている。
合気道家で神道家の佐々木の将人さんによれば、「あー」だけで悪霊を祓い、問題が解決するのであるようだ。

「アマテラスオホミカミ」という、十言の神呪(とことのかじり)と呼ばれる神呪(しんじゅ)は、古事記の女神の名であるだけでなく、太陽神、根本神といった意味の他に、明かされていない意味もあり、その力は計り知れないと言う。

普段、何気なく出て来る言葉は速やかに作用する。
最初は、意識的に唱える必要があるかもしれないが、馴染んでくれば、何かの時にすっと出て来て、知らない間に問題が解決しているだろう。
なぜなら、人間は気付かず、何ごとも自分の力で解決していると己惚れているが、実際は、内なる何かが力を貸しているのである。
ここらの理屈は、ソクラテスが語り、『ソクラテスの弁明』に記されているが、それは、意味が分からないからということもあるが、無視されてしまってる。
実際は、人間は何も知らないし、何も出来ない。
ソクラテスが言った「私は自分に知恵がないことを知っているがゆえに、人類で最も知恵がある人間なのである」が真理である。
人間には出来ないことでも神に出来ないことはない。
その力に速やかに委ねる言葉に馴染んでおくと良い。








  
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